伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2020年11月

吃音に対する見方が大きく変わった、どもり内観 (6)

 この日の初参加者は、家族と共に参加しました。父親、母親、妹の3人が付き添って参加しました。大阪吃音教室では、このように、親やきょうだい、友人、上司など、本人とかかわりのある人が一緒に参加することがあります。特に初参加の場合は、成人であったとしても、できれば家族の参加をすすめています。家族が行く場所がどのようなところか知っておいてもらうことで、本人が安心して参加できると思うからです。本人が参加しなくなっても、きょうだいや親だけが参加し続けることもあります。講座の内容は、どもらないその人たちにとっても、自分の人生を振り返るいい機会になるようです。
 今回の「どもり内観」は、新しく参加した人にとって刺激的だったように思います。
 
《どもりさん》に対して「して返したこと」

・会社の同僚に、吃音を公表した。
・どもりだからだめだと思われるのが嫌だから、仕事の出来る人間になろうと努力した。
・どもりはこんなにおもしろいのだと、いろんな人に話した。
・どもりを隠さず、堂々とどもってあげている。
・どもりながら、人に笑顔で接することで、どもりにお返しをした。
・人からどもりを指摘された時、ごまかすのではなく、肯定してあげた。

伊藤 聞き返されたり、どもることを指摘されることは、嫌なことと思わずに、チャンスと考えたい。わざわざ自分から言うよりも、指摘された時のほうが吃音を公表しやすい。
 僕たちの大阪吃音教室の例会や、吃音親子サマーキャンプのスタッフとして参加していることが、どもりに対するお返しだと思う。どもりを否定的に考え、どもっているとかわいそうだと思っている人たちに対して、どもっていても大丈夫、吃音について考えることで、いろんなことを勉強する機会になる。「どもりっていいものなんだぞ」、「どもりながら豊かに生きることができるんだぞ」と、どもる子どもや、社会一般に伝えることになり、どもりさんに対していっぱいお返しをしてると思う。

《どもりさん》に「迷惑をかけたこと」

・しなければならないことで、うまくできなかった時、できないのは全てどもりのせいにしてた。
・若い頃だけど、どもりをなくしてしまおうと思った。
・どもりで悩んでいる時、どもりってこんなに悲惨だということを他人に印象付けた。
・どもるくらいなら、他に障害があったほうがマシだと思ったことがある。
・音読で、先生が順番に当てていく時、先生は僕を当てずに飛ばした。どもったらかわいそうだと思ったのだろうけれど、担任の先生に余計な気遣いをさせた。
伊藤 どもりで悩んでいた時は、自分のどもりを蔑み、虐げ、呪い、否定し、隠し逃げ、どもりさんに悪いことをしたなあと思う。だから、許しを請うというか、かけがえのない自分のパートナーなんだから、一生運れ添う相手として大切にしたいなあとしみじみと思うようになった。

《参加者感想》
・心が軽くなった。
・これからも吃音と仲良くつき合いたいと思えた。
・これまで吃音を否定して来たけれど、今は少し、そうではなくなった。
・今、気持ちが温かくなり、ほんわかして、不思議な感じがする。
・もっと自分のどもりを大切にしたい。
・吃音がマイナス面だけではないと知って、とても勉強になった。(付き添って参加した母親)
・気持ちが楽になった。
・自分自身は吃音をまだ否定的に思っているが、みんなの話を聞いて、すがすがしい思いがしている。
・否定してばかりで、吃音に悪かったなと思う。
・単なるプラス思考ではなく、事実として吃音には良いところがたくさんあることが分かった。
・自分には「どもりさん」という友だちがいると分かって、うれしい。
・こんなことを初めて考えた。自分とは別にもう一人の自分がいるような感じがしている。
・昔は兄の吃音を馬鹿にしていたが、馬鹿にしていた自分が恥ずかしい。(付き添って参加した妹)
・今日は初めて来て、新しいことを知ることができた。参加して良かった。(付き添って参加した父親)   (どもり内観の報告 了) 2006.2.24


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/30

「吃音のおかげで今がある」の気づきをもたらす、どもり内観 (5)

昨日の続きです。僕が担当した講座「どもり内観」の2つめのバージョンです。どもりそのものに対して、「してもらったこと」、「して返したこと」「迷惑をかけたこと」を振り返ります。どもりを「どもりさん」と呼んで外在化します。それだけでどもりが違ったもののように感じられるから不思議だと参加者が言っていました。
 随分前から、僕たちはナラティヴ・アプローチ的な取り組みをしてきたことになります。実際に「どもり内観」で自分の吃音を違った角度から捉えなおし、他の参加者の「どもり内観」の話を聞くことで、これまでもっていた吃音の支配的な物語(ドミナント・ストーリー)から、オルタナティヴ・ストーリーに変わったという人は少なくありません。
 「どもりさんにしてもらったこと」を話す時のみんなの表情は、「どもり自慢」をしているようで、とても楽しいものです。参加者の声を紹介します。

 
どもりに「してもらったこと」、どもりに「して返したこと」、どもりに「迷惑をかけたこと」を考えて下さい。

 まず、「どもりさんに、してもらったこと」

・どもったとき、相手の反応によって相手がどんな人なのかがわかりやすいので、人格判断をさせてもらっている。
伊藤 なるほど、面接の時に、私たちがどもったとき、面接官がとのような反応をするかで、その人の人間性を、どもる僕たちが判断できるのですね。

・飛び込み営業をする時、吃音の発声練習だと思ってやると、どんどん営業成績がよくなった。聞き返されるとどもるので嫌だから、声も大きくなり、ゆっくりと言い、滑舌もよくなった。
伊藤 聞き返されるが嫌だという人は多いのですが、聞き返されないように丁寧に言うのもひとつの手ですね。また、聞き返されるのをみんなは嫌がりますが、闇き返されたらチャンスだと考えることもできます。話の内容や、自分に関心があるから、聞き返してくれるわけで、普段よりは大き目にゆっくりしゃべればいいので、聞き返されることをありがたいと思えば、聞き返されることにうろたえなくてすみます。聞き返されることは、どもる人にとってはすごく有利だと考えたらいい。

・どもりのおかげで他の悩みが少なくなった。小さい時に恥ずかしい思いをいっぱいしてきているので、それを思い出したら「こんなことぐらい」となって、積極的になれた。
・注文のときなど、言いやすいものを中心に選ぶので、選択肢が少なくなって選びやすい。・言い換えをよくするので、ことばの意味を考えるようになった。

・いろいろ勉強できたのは、どもりのおかげだと思う。他の領域の専門家だけでなく、谷川俊太郎さんや鴻上さんなどの著名人と一緒に話をしたり、飲むことができたのもどもりだったからだ。これまで知らなかった世界が広がった。また、「自分を語れることがある」ということに気づいた。特に自分の子どもに対しても、普通はあまり自分のことを話すことはなかなかできないだろうと思うけれど、どもりがあるおかげで、どもる自分を語ることができている。

・「自分の世界、我の世界」がすごく強くなった。もしどもりじゃなかったら、つき合いたくない友達の誘いにものっていたかもしれない。でも、どもってまで、つまらない人とのつき合いはしたくないと思うので、煩わしい人間関係は断って、「我の世界」を広げることができた。
伊藤 おもしろいですね。「我々の世界」ではハンディがあるので、そこそこにしておいて、自分は何が好きなのか、何に喜びを求めるのかという「我の世界」を大事にするのはいいね。どもる人で、活躍している著名人はいっぱいいる。どもりという、ある意味ハンディがあるから、その人たちは、自分の世界を耕していった人でしょう。真継伸彦さんや重松清さんなどの小説家は特にそうでしょう。どもりに悩むことで、自分の内面を深く掘り下げることにつながることはあるけれど、悩み方が下手だと、せっかくの自分の内面世界を耕さずに終わってしまう。

・どもりで悩んできた経験があるので、悩みに対して強くなった。

・大阪吃音教室に参加するようになって、同じどもる人でも、症状もバラバラだし、悩み方も悩むポイントも違い、一人一人聞いてみないと分からないということが分かった。
伊藤 本当にその通りで、言語聴覚士養成の専門学校の学生が、自分には経験がないからどもる人の気持ちが分からないというけれど、そうじゃない。同じようにどもるからといって、どもる人同士が分かり合えるかというと、そんなことはない。むしろ、どもらないけれど共感能力のある人が、どもる人の悩みをとても理解している。

・話すことよりも、聞くことの大切さを教えてもらった。
・同じ職場で、他の人よりも、どもる人どうし仲間意識が持てた。

伊藤 僕は、どもりに「してもらったこと」は山ほどあります。物事を深く考える力がついたし、内面の世界を書く力もついた。孤独で生きたことによって、ひとりで考え、ひとりで行動する孤独の力もついた。いろいろな力が身について、世界大会など人にはできない経験をした。どもりじゃなかったらどんな人生を送ったんだろうなあと思う。
(つづく)2006.2.24


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/29

どもり内観 (4)

 2014年の大阪吃音教室の講座「どもり内観」を紹介してきましたが、それからさかのぼること8年、2006年2月に、僕が担当した「どもり内観」の報告記録が残っていました。
 前半は、吃音そのものではなく、人間関係に焦点を当てて、過去を振り返っています。どもって立ち往生したり、困難な場面に遭遇したとき、周りの人が自分に「何をしてくれた」だろうか、そのことに関して自分はその人に「して返したこと」があるかないか、どもっているということで「迷惑をかけたこと」はないかを振り返っていました。後半は、どもりそのものについて考えました。まず、前半を紹介します。

大阪吃音教室だより
        「どもり内観」 2006.2.24  担当 伊藤伸二

 事実は事実として受け止めよう

伊藤 今日は、「どもり内観」をします。自分がこれまで生きてきた中で、「世話になったこと(してもらったこと〉」、自分自身が「して返したこと」、「迷惑をかけたこと」、この3つについて振り返ってみましょう。
 僕も何度か内観の経験があります。
 奈良内観研究所でした集中内観は、一週間、一人で部屋にこもって思い出します。まず母親について先ほどの3つを考えます。次に父親のこと、結婚しているなら配偶者のことを順に思い出すのです。最初は、そんな子どもの時のことなど思い出せないだろうと思うのですが、一週間普通の世界から遮断された世界にいると、いろんな事が思い出されてきます。だからといって世話になったことを感謝しろといっているわけではなく、事実は事実として受け止めようということです。3つの中で、吃音に悩んでいた時は、自分自身が迷惑をかけられたことというのは、山ほど思い出すことができます。だけど、世話になったことや、して返したことはなかなか思い出せません。
 「どもり内観」という名前をつけていますが、僕たちがしているのは、内観の手法を使って、吃音に関わる人生を振り返るというものです。今回、2つの違うバージョンを考えました。まず、人間関係に焦点を当て、今までの過去を振り返って、どもって立ち往生したり、困難な場面に出会った時、周りの人が自分に「何をしてくれた」だろうか、そのことに関して自分はその人に「して返したこと」があるかないか、どもっていることで誰かに「迷惑をかけたこと」はないかを振り返ってみましょう。次に吃音を「どもりさん」にして、どもりさんについて考えます。まず、周りの人に対してです。

 周りの人に「してもらったこと」「して返したこと」、「迷惑をかけたこと」

 過去、吃音で悩んだり困ったりしたときや、困難な場面に出会ったとき、周りの人にしてもらったこと、して返したこと、迷惑をかけたことを思い出し、紙に書く。グループに分かれて自分が書いたことを話し合い、その後、全体で発表した。話し合いの中で、出てきたことをいくつか紹介します。

・吃音について世話になったことは、ある人が私の悩みを聞いてくれたことですが、私も、その人の話や悩みを聞いてあげた。
・よく考えたが、「して返したこと」が少なかった。また、「世話になったこと」と「迷惑をかけたこと」の区別がしにくかった。具体的には、自分が電話できなかった時、他の人に代わってもらった。
・学校で英語の先生が友達の吃音をバカにしたとき、別の友達が「先生が、そんなん言うな」とかばってくれた。
伊藤 僕もいろいろ考えたけど、吃音に悩んでいたころは、「してもらったこと」はあまり思い浮かばない。でも、どもる人のグループを作ってからは、「してもらったこと」は、いっぱい思い浮かぶ。40年前に僕と同じような多くのどもる人と出会えたのも、東京正生学院のおかげだし、自分がグループのリーダーとして活動し始めてからは周りの人にいっぱいお世話になった。悩んでいるときは、「してもらったこと」はほとんど思い浮かばないものなのかもしれませんね。
・僕はどもって発言がうまくいかない時に、友達が横から助けてくれたという経験があるが、これはとても嫌だったので、してもらったことにカウントできない。
・大阪吃音教室に来て、皆さんに悩みなどを聞いてもらっている。内観を悩んだので、これからは、他の人の話にも耳を傾けてお返しをしたい。
伊藤 キーワードとしては、アドラー心理学の共同体感覚でいう、自己肯定、他者信頼、他者貢献の3つを実感しないと、なかなか人間関係の中に出ていけない。その中の一つの他者信頼、世の中には吃音をからかったりする人もいるけど、基本的にはそんな人ばかりではない。悩みや苦しみを聞いてくれる人もいるし、困った時に手を貸してくれる人もいる。それが現実だと思うけれど、それらはすぐ忘れてしまう。世の中全部が自分のことを悪く言うとか、世の中全部が敵で自分の足を引っ張るというイメージを持ってしまうと、どもりながらでもがんばっていこうというエネルギーをなかなか持てない。
 僕もどもり内観をしてみて、吃音に悩んでいたころのことを振り返っても、「してもらったこと」はなかなか思い浮かばなかった。ある意味、だから、21才まで僕は一人で悩んでいたんだなあと思う。でも、それは、白分自身が悪いのかもしれない。周りの人に対して、自分は困っているとか、助けてほしいとか、弱音を吐いていれば、ひょっとしたら「してもらったこと」はいっぱいあったかもしれない。吃音を隠して逃げて、どもることを恥ずかしく思っていると、人に援助を求められない。助けを求められない。僕たちの方から、助けを求めたり、弱音を吐いたり、自分の惨めさを誰かに伝えるようなことをしたりしていたら、あんなに悩むことはなかったんじゃないかと、今は思う。(つづく)2006.2.24


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/27

どもり内観 (3)

 どもり内観は、ナラティヴ・アプローチの外在化の手法のように僕たちは使っています。吃音について語るとき、自分の中の吃音を、ただ単に「どもりさん」と呼びかけるだけで、取り組むみんなには、吃音を客観的にとらえることができるようになっています。大阪吃音教室の人たちにとっては、,痢屬匹發蠅気鵑砲世話になったこと」を語るときが一番楽しそうです。そして、お世話になったことと比べて、して返したことの少なさに気づくことが多いようです。また、迷惑をかけたことをしっかりと振り返ることで、吃音との今後のつきあい方が明確になったという人がいました。実際に大阪吃音教室でみんなの発言を聞いていると、吃音の豊かな世界を実感することができます。
 前回のつづきで、△靴栃屬靴燭海函覆靴討△欧燭海函法´L堆任鬚けたこと を紹介します。

*どもりさんにして返したこと(してあげたこと)
・どもる自分を認めてあげた。
・どもりを否定しないようになった。
・どもっていても、積極的に他の仕事をした。
・吃音を職場で公表してあげた。
・プライベートでもどもりを話題にしている。
・どもりを好きになった。
・やんわりどもりは治らないと話した。
・話すことから逃げなかった。
・どもりは悪いものではないことを発信した。
・公立図書館でどもりの本を調べた。
・大阪吃音教室として、伊藤さんの本を、図書館に贈呈した。
・昔、どもりをからかった人を殴った。
・世間のどもりのイメージを変えた。

*どもりさんに迷惑をかけたこと
・長い間、どもりさんを否定していた。
・どもりさんを、かっこ悪いと思った。
・治そうとした。
・どもって、いらだって、人に八つ当たりした。
・話すことから逃げた。
・治らないと自分の人生は始まらないと思った
・しなければいけないことから逃げた。
・会話の中での沈黙をどもりのせいにした。
・仕事の選択肢の少ないことをどもりのせいにした。
・自分の全人格を否定した。
・お礼の電話をしないで義理を欠いた。
・失敗をどもりのせいにした。
・就職ができないのをどもりのせいにした。
・会話の中に入っていけず、盛り上げることができなかった。

§まとめ
 どもる人にとってどもり内観をする意味は大きい。どもりながらも生きているという実感をもつためには、社会への信頼が必要だ。社会は敵だと思ってしまうと厳しいし、ストレスとなる。自立して、社会と調和して生きるには何が必要かというと、アドラー心理学でいう、共同体感覚だ。

,△覆燭呂△覆燭里泙泙任いぁ(自己肯定)
△△覆燭楼貎佑任呂覆ぁ人はみな仲間だ。(他者信頼)
あなたには生きてきた力がある。他人に貢献できる力がある。(他者貢献)

 親や他者に愛された経験は「話を聴いてもらえた、受け入れられた」となり、自己肯定につながる。「迷惑をかけた」と思っていたことが、実は相手が「してくれた」ことだと思えたら、私たちはもう少し楽になる。「迷惑をかけた」ことばかりを考えていたら委縮してしまうし、自分を否定的に考えてしまう。
 内観によって自分が多くの人や物などに支えられ、生かされているという自覚をもち、他者信頼ができるということは生きる力となる。その経験は他者に対してお返しするという他者貢献につながる。
 「どもってもいい」と言われても、人を信じられなければ、どもれない。「人を信じたい」と考えるとき、内観は大きな力を与えてくれる。
 過去と他人は変えられない。嫌な出来事による自分の感情もコントロールできないが、自分の思考や行動を変えることはできる。自分の思考や行動を意識的に変え、生活の変化をもたらすきっかけとなる方法の一つが内観である。
担当&報告 徳田和史 (了) 「新生」2014年12月号 NO.470より


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/26

どもり内観 (2)

 昨日のつづきです。
 2014年11月28日の講座を担当した徳田和史さんの、NPO法人大阪スタタリングプロジェクトの機関紙「新生」に掲載された報告を紹介します。
  \は辰砲覆辰燭海(してもらったこと)
  △靴栃屬靴燭海(してあげたこと)
  L堆任鬚けたこと
 今回は、,寮は辰砲覆辰燭海(してもらったこと)です。みんなは、口々に吃音のおかげで、いろんなことができるようになったと、感謝の気持ちをこめで、発言していきます。吃音を否定し、「吃音を治す、改善する」立場の人々からは、絶対に出てこない発言です。うれしそうに発言していく人たちの表情を紹介できないのが残念です。

§内観に必要な安全感
 特に「L堆任鬚けたこと」は、否定的で悔やまれ、自責につながる人生の側面を経験する。重要な他者に迷惑をかけた想い出によって生じる苦痛な感じに取り組むためには、安全で愛されているという感覚が必要である。
 前述のとおり、内観の創始者である吉本伊信は浄土真宗の教えに影響を受けて内観を発展させたのであるが、これは浄土真宗の開祖である親鷺の教えにつながり、その教えを説いた『歎異抄』に次の記述がある。「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや…」。直訳すれば「善人だって悟りをひらくことができるのだから、まして悪人が悟りをひらき往生できないわけがない…」となる。ここでいう善人とは「自分ほど善い人間はいない、自分はこんなにも善を積んでいるのだから、必ず成仏できる」と信じている人であり、悪人とは「自分ほど罪深い人間はいない。自分のような者が悟りの世界に入るということは到底できない相談であって、悟りの世界に到達するためには仏様におすがりする以外にない」と思い込んでいる人を意味している。
 親鷺は、自力の心を捨て他力(仏様)を信じ、ひたすら念仏を唱えることによって、阿弥陀仏の極楽浄土に往生し成仏できると説いた。これはまさに基本的信頼感や安全感であり、自分は罪深いことをしたという罪悪感をもっていても、それでも受け入れられ、生きることを許されているという教えである。
 吉本伊信も親鷺のこのあたりの教えから内観を発展させたのではないだろうか。

§どもり内観
 後半は参加者全員でどもり内観をおこなった。休憩時間を利用した15分ほどの限られた時間の内観であったが、"どもりさん"に対して、あるいは"周りの人"、"吃音教室"に対して、内観3項目の手法で自分の過去をふり返ってもらった。
(内観ワークシートを配り、各自が記入)
その後、一つの輪の中で順番に一人ひとり発表してもらい皆でシェアした。

*どもりさんに世話になったこと(してもらったこと)
・いろんなことが勉強できた。
・同じ悩みの友と出会えた。
・大阪吃音教室に導かれた。
・吃音ショートコースに参加することができた。
・自分を見つめ直すきっかけになった。
・いろんなことを判断し、決定するきっかけをつくってくれた。
・自己紹介ですぐに覚えてもらえた。
・吃音世界大会で海外旅行に行くきっかけを作ってくれた。
・心が強くなった。
・大阪吃音教室に来るまで文章を書くことがなかったのに書くことができた。
・自分を磨くきっかけになった。
・人前で話す練習ができた。
・遊び仲間ができた。
・吃音ショートコースで講師の有名人に会えた。
・受け入れることを教えてもらった。
・勉強の、予習していないのをどもりのせいにしてごまかした。
・仕事を世話してもらった。
・傲慢にならず謙虚になれた。
・自己開示のきっかけになった。
・人前でしゃべることができるようになった。
・弱い立場の人に対して、優しくなれた。
・人の話が聞けるようになった。
・沈黙が苦痛にならなくなった。
・マイノリティを理解できるようになった。
      (つづく)  「新生」2014年12月号 NO.470より


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/23

どもり内観

 大阪吃音教室のユニークな講座のひとつに、「どもり内観」があります。
内観は、かなり前に、友人の友人だった大阪大学教授の三木善彦さんに大阪吃音教室に来ていただき、学んだのが最初です。その後、奈良内観研究所には何度も行きました。
内観療法入門の表紙 2003年には、吃音ショートコースという2泊3日の合宿で、デイビット・レイノルズ博士(アメリカの文化人類学者)を講師に、内観法、森田療法をもとにした『建設的な生き方』を学びました。
 2013年には、三木善彦・潤子夫妻を講師に『内観への招待』のワークショップをしました。ずいぶん長く学んできたことになります。
 大阪吃音教室では、内観法を年に一度は「どもり内観」として取り入れています。
 レイノルズさんも三木さんも、「どもり内観」には、とても驚き、関心をもって下さいました。当事者がこのような形で内観を活用しているのは例がないということでした。
 2014年11月28日の講座を担当した徳田和史さんの、NPO法人大阪スタタリングプロジェクトの機関紙「新生」に掲載された報告を紹介します。

大阪吃音教室だより
         どもり内観
                        2014年11月28日(金)
                        講座担当・報告 徳田和史

心の宝と出会える本 表紙 大阪吃音教室で『内観』を最初に耳にしたのは、2003年の吃音ショートコースで、デイビット・レイノルズ博士(アメリカの文化人類学者)を講師として『建設的な生き方』を学んだときではなかろうか。この『建設的な生き方』は、日本独特の心理療法である森田療法と内観療法の理念、手法をもとに、レイノルズ博士によって創始されたもので、「事実を受け入れ、目的を知り、なすべきことをなす」という教えである。
 このとき初めて内観の概念を知り、以後、本格的に学んだのは2013年の吃音ショートコースで、奈良内観研究所の三木善彦・潤子夫妻を講師としておこなわれたワーク『内観への招待』であった。以下、今回の例会で内観をふり返り、大阪吃音教室ならではの"どもり内観"をやってみた。

§内観の概念
 内観は、1965年に吉本伊信が浄土真宗の一派に伝わる修行法から発展させたもので、「自分の歴史をふり返り、自己を発見する」という教えである。内観は当初、自己内省法、あるいは自己啓発法として出発し、その後、精神医学における治療法として発展した。この方法は「内観法」、あるいは単に「内観」とよばれるが、心理療法として使うときは「内観療法」とよんでいる。
 ちなみに森田療法は1919年、森田正馬により創始された心理療法で、「不安や緊張は悪いものではなく、人間が本来もっているものであり自然な感情である。これらを追い出すのではなく、それらを自然なるものとして受け入れながらより良く生きていく」とする教えである。
 手法としては、森田療法が直接自分の心を掘り下げるのに対して、内観療法は「他者との関係」において自分を客観視するもので、ここが両者の大きな違いである。

§内観の手法
 内観には、集中内観、短期内観、日常内観の3つがある。1週間かけておこなうのが集中内観、2〜3日でおこなうのが短期内観、日常的に短時間でおこなうのが日常内観。
 中核となるのが、集中内観であり、内観研究所に1週間宿泊し、内観者は1日15時間、屏風あるいはスクリーンに囲まれた1〜2メートル四方の空間で、重要な他者(母親、父親、祖父母、兄弟等)に対して次の内観3項目を行う。

\は辰砲覆辰燭海(してもらったこと)
△靴栃屬靴燭海(してあげたこと)
L堆任鬚けたこと

 ひたすら内省し、その間、新聞やテレビなどの日常刺激や他人との会話は禁じらている。内観者は1時間半から2時間おきに訪れてくる内観面接者に想い出したことを報告する。(報告の時間は短くだいたい5分以下)
 調べるのは年代順、生まれてから小学校に入るまで、小学校低学年、高学年、中学校時代…というように年齢を区切って現在までを調べる。例えば、「幼稚園のとき私がしてもらったことを報告します。母は私に運動靴を入れる手提げ袋を手作りしてくれました」、「してあげたことは、母に肩こりをやわらげるように肩たたきをしてあげたことです」、「迷惑をかけたことは、母の目の前で友だちと喧嘩をしてしまい、母をとても心配させました」、という具合におこなう。
 この極めて単純で標準化された内観3項目が内観の特徴で、この手法により私たちは、親子、夫婦、家族、友人、知人、地域、神仏、大自然などによって支えられ、生かされていることを自覚し、感謝し、奉仕する。「感謝しなさい」と押しつけるものでもない。あくまで「事実を知ること」が内観である。「こうした方がいい」のアドバイスも基本的にはせず、自己決定を重んじる。(つづく)
  「新生」2014年12月号 NO.470より


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/22

論理療法による個人ワーク

 大阪吃音教室で実際に行った論理療法による個人ワークの様子を、当時のニュースレターから紹介します。自分の問題を出してくれたのはSさん、消防士です。

 
大阪吃音教室報告 論理療法講座 1992.1.31 
                      (報告 徳田和史)

 今回は、参加者の中から個人の問題を出してもらい、伊藤さんがカウンセラーになって、論理療法による個人ワークを行いました。その中のひとつを紙上再現してみます。

伊藤 今、日常生活の中で現実にとても困っているとか、腹が立っているとか、イライラするとか、悩んでいるとか、具体的問題としてあれば、支障がない範囲で出してみて下さい。論理療法の考え方で、多少なりとも自分を楽にすることができるかもしれません。自分の問題を出してみようと思う方いませんか?

消防署に勤務しているSさんが問題を出してくれました。

Sさん 仕事柄、消防車とか救急車に乗務します。昨日も救急車に乗務していたのですが、車輌には無線機が搭載されており、絶えず本部と無線で連絡をします。患者の容体とかを刻々と送信するのですが、緊急の、特に深夜においての場合、早く言わなければいけないと思う気持ちが先に立って、ゆっくりと言えなくなり、どもって言葉が出ない場合があります。言いやすい言葉に言い換えていると時間がかかるので実は困っているのですが。
伊藤 どもって言葉が出なくても、結局は無線はしているんですよね。その無線で、どのような不都合が起こりますか?
Sさん 無線で必要なことは伝えていますが、本部の無線の相手がイライラしているのです。
伊藤 なぜ、相手がイライラしているのが分かるのですか?
Sさん 普段の日常会話の中で、「無線の時はもっと早く話せよ」とか言われるのです。
伊藤 それに対して、あなたはどのように答えるのですか?
Sさん 「何とかつまらないように早く話すようにします」とか言うんですけどね。
伊藤 でも、現実にあなたはどもるので、本部の人の期待通りにはできないのでしょう。今日は、論理療法の講座なので、言葉が出にくいことに対してのアプローチではなく、現実に起こっていることをどう受け止めるかのアプローチですが、それでいいですか?
Sさん はい。
伊藤 今の仕事に就いて何年になりますか?
Sさん 18年です。無線を使い始めてからは2年です。
伊藤 2年間、ずっと今のような気持ちを持っているのですか?今まで自分で解決するために工夫したり、努力したことはありますか?
Sさん これではいけないと思い、落ち込むのですが、努力はしていません。
伊藤 努力をしていないということは、何とかやれているということですか? どういうふうに解釈したらいいのですか? どうしても解決したければ、悪あがきにしろ、いろんなことを工夫して、努力しているはずですが、それをしなかったということは、切羽詰まった問題ではなかったということですか? 上司や無線を伝える相手から、「早く話せ」と指摘されても、その指摘は自分としては耐えられる範囲なんですね。
Sさん まあ、そう言われれば、そうですね、はい。
伊藤 消防士として18年間がんばってきた。そして、2年間は、無線も使ってきた。「おまえ、何を言うてんのや、しようがないなあ」と言われても、2年間がんばってこれたのは事実ですよね。ということは、これからもがんばれるということではありませんか?
Sさん そうですね。そう言われると、少し気が楽になります。自分なりにがんばってきたんだなあという気持ちにもなります。
 アマチュア無線をしたり、電話で練習したことがありますが、練習と現実とでは違いますね。実際の現場では相当精神が動揺していますから。
伊藤 ということは、場面を想定していくら練習しても、緊急な場面で深夜という本番とは状況が違いますね。この問題を解決するには、現実の場面、つまり緊急で深夜という場面で、自分で工夫してみなければしようがない。自分なりの何かをみつけることですね。場面に慣れるということも大切だろうし。
 ただ、失敗した時、うまくいかなかった時に、自分でひどく落ち込まないように自分自身を助ける考えを持つことが大事です。無線でどもらずに早く伝えたいと思うのは当然のことですね。だけど、それを絶対そうしなければならないと考えたら、その仕事を辞めるしかないでしょうね。上司から「おまえは役に立たん」と文句を言われたら、無線のない職場に配置転換してもらうか、転職するしかない。
 無線で早く伝えたいという気持ちは大事で、自分なりに努力はするけれども、それができないからといって自分を責める必要はない。現実に2年間無線と関係してきて、給料がダウンしたわけでもないですよね。「まあ、どもらずに無線できたらいいなあ」程度に考えてみる。「緊急の用だからどもらずに早く伝えるべきだ」の考え方から解放されれば気持ちは楽になりますよ。「早くよりも、確実が大事だ」と考えて、「早く」とせかされて早く言っても、丁寧に言っても、そんなに時間は変わらないと思いますよ。
 ついつい持ってしまっている、非論理的で非現実的で実現不可能な考え方は、一般的には認められている考え方かもしれない。スムースに話すべきだ、緊急の時には早く話すべきだ、などは、一般的には正しい考え方かもしれない。しかし一方、自分自身にとってはどうかと考えてみる。それができない自分ならそれを選択しない。助けてくれるのは自分しかいないのだから。
 早く、うまく話すに越したことはないけれども、うまく話すことができない自分を責めることはやめよう。そして現実に消防署員として本当に不都合なら、上司から配置転換か“クビ”と言ってくるだろうし、そうでない限り自分はちゃんと仕事をこなしているのだ、という考えを持っていいんじゃないでしょうか。
 論理療法の考え方はこう展開していくのですが、Sさんどう感じますか?
Sさん ただ、出勤している各車の全ての者が、自分のどもる無線を聞いているという不安が、なかなか消えません。でも、聞いている人たちが、自分が考えるほどは、気にならない人もいるかもしれないと、今、思いました。
伊藤 なるほどね、全車輌に無線がいくのなら、できればスムースに話したいよね。当然そうだ。「また、あいつ、どもって話している」と思われたくないね。
Sさん そして本部の者が、「早く話せ」と無線を通して言ってくるんですね。自分のペースで話せればいいのですがね。
伊藤 相手のペースに合わせようとしたら、合わせられない僕たちはシンドイね。向こうは向こうのペースがあるから要求してくるでしょう。こちらはこちらのペースがあるのだからそれを通して構わない。やっぱり、相手に合わせようとか、普通にしようとか、そういうことが自分を悩ませている根本かな。
 自分は自分でしかないわけだし、自分のペースでいくしか方法がない。そしてまた論理療法は全て“考え方”の問題として処理してしまおうというわけではなくて、変えられるものであれば、“できごと”に対してもアプローチをしてみてもいいのです。どもらないで無線できるように、吃音の症状をある程度隠したいということであれば、それができるのであれば、それはやってもいい。でも、それができない場合に、できないからといって、自分を責めることはやめよう、ということなんですね。

 以上がSさんに対する個人ワークです。いかがでしょうか。
 事実に基づき、論理的に“考え方”をチェックし、心の中の文章記述を変えてみましょう。“できごと”は同じでも“考え方”を変えれば“悩み”も変わります。自縄自縛の考えを解きましょう。そして人に惑わされないで自分を大切にしましょう。(了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/19

吃音と論理療法の少しの解説

 Nさんの仲人の体験を、日付を追いながら紹介してきました。論理療法の具体的な話をするときに、Nさんの体験はぴったりです。そこで、僕は、大阪教育大学の講義のときに、Nさんに来てもらって、学生たちに話をしてもらいました。生の語りを聞いて、学生たちの、論理療法に関する理解は深まりました。少し考察します。

第一段階 モチベーション
 吃音に悩んでいても、実際に治そうとするには動機が必要です。就職の面接試験が近づいてきた、管理職に昇進して話す機会が増えた、地域や趣味の会などでスピーチの機会ができたなど、自分の人生にとって大きなできごとに直面すると、吃音治療の動機が高まります。Nさんも、仲人を依頼されたことで、最初は一般の社会人が参加する「話し方教室」に参加したもののうまくいかず、吃音を治したいと思い、大阪吃音教室を訪れました。

第二段階 自己開示
 それまで、吃音のことを誰にも話してこなかったNさんは、大阪吃音教室に参加して、ほかのどもる人の体験を聞くうちに、自分のことも語ろうと思うようになります。そして、参加して3回目に、仲人を依頼されて困っていることを話します。グループの中で、自分の問題を出し、他の人の意見を聞きながら、自分の問題に直面していったのです。

第三段階 行動の再決断
 大阪吃音教室に来るまで、Nさんは、「結婚式の仲人はどもって挨拶してはいけない」というイラショナル・ビリーフ(非論理的な考え)をもっていました。だから、吃音を治そうと思って大阪吃音教室に来ました。しかし、吃音は簡単に治るものではないと知り、いったんは仲人を断ろうと思います。しかし、「人生の困難はこれに立ち向かうよりもこれを避けたほうが楽である」の、アルバート・エリスの指摘する非論理的思考をテーマにディスカッションして、ほかの人の体験を聞き、自分の持っているイラショナル・ビリーフに気づき、その論ばくに成功し、引き受けますと再決断しました。

第四段階 変わるための実践
 イラショナル・ビリーフがラショナル・ビリーフ(論理的思考)に変わったとしても、実際の行動が不可欠です。Nさんは、大阪吃音教室以外にも、良いと思えることは何でもしようと様々な実践を続けました。そして、「できれば、うまく挨拶したい。でも、うまくできなかったとしても自分なりに精一杯努力してきた結果なのだから仕方がない。仲人がどもって挨拶したからといって、結婚式がダメになるわけではない」と、不安に対処しました。そして、当日は「山より大きい猪は出ない」と自分に言い聞かせ、不安に耐えました。その結果、どもりながらも、自分でも満足のいく、また周囲に感動を与えて結婚式は終わりました。

第五段階 吃音宣言と自己肯定
 Nさんは、仲人の挨拶の中で、自分の吃音を公表しました。吃音に直面し、吃音とともに生きる生き方をNさんが選んだということです。10ヶ月、彼は自分の吃音としっかりかかわりました。Nさんの、吃音との新しいつきあいが始まったということになります。  Nさんのおかげで、僕たちもこのように整理できたありがたい経験でした。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/18

困難に出会ったときは、逃げないで直面することが大切−吃音と論理療法実践3

 山より大きい猪は出ない

 いよいよ結婚式が近づいてきました。Nさんは大阪吃音教室で練習したいと、挨拶文を書いてきました。その仲人の挨拶文は、どこかの本の抜き写しのようで、一般的な誰にでも書けるようなもので、ちっともおもしろくありません。最初は断ろうと考えた仲人を引き受けることを決意してからのNさんの努力は、若い人へのメッセージとしては素晴らしいものになると思うので、体験を入れた、Nさんらしいものにしたらどうかと提案しました。Nさんは、それを素直に受け入れ、書き直します。正直にこれまでの経緯を綴った挨拶文は、Nさんにしか書けないオリジナルなものでした。そして、「困難に出会ったときそれから逃げないで直面することの大切さ」を伝えるには、十分な実体験が入っています。
 当日までは、しっかりと準備し、当日は、どもったらどもったときのことと、覚悟を決める。これが、どもる僕たちにできる唯一の方法だといえます。論理療法は思考を変えることが目的ではなく、行動をするために背中を押すものです。Nさんの体験はまさに、論理療法実践の体験にふさわしいものでした。Nさんが、僕たちと出会わなかったら、仲人を引き受けることだけで、こんなに豊かな体験はできなかったでしょう。後日、僕が非常勤講師をしていた大阪教育大学の講義の90分、Nさんに話してもらいました。大学で話したことをNさんは、いい機会だったと、とても喜んでくれました。
 Nさんの体験のつづきです。今日で最後です。

9月5日
 やっと文章もできあがり、家で何度も練習した。それなりの自信を持って、「話し方教室」で発表したが、家のようにいかず、かなりどもった。司会者が「今の奈良さんのスピーチに対する感想をどうぞ」と呼びかけるが、みんなうつむいている。重い沈黙が続いた。私はたまらず「今の私のスピーチではひどくどもってしまったから内容が聞きとれなかったのでしょう。だから批判のしようがないのではないでしょうか」と言ってしまった。みんなは、「うん」とうなずいた。違う答えを期待していた私はあっさりと同意をされてがっくりとした。

9月29日
 大阪吃音教室ででも練習をしたいと思っていたが、その機会を見い出せないままに今日まできてしまった。例会終了後の喫茶店で挨拶の文章をみんなに見てもらった。いろいろな意見が出された中で「これじゃ奈良さんらしくない。去年の12月から苦労してここまできたことが何一つ入ってない。新郎と媒酌人との関係で吃音のことを出したらどうですか」と言われた。本当にそうだと思った。作った文章には、これまで練習してきたことや、どもる人間としての自分らしさは入っていなかった。どもりのことを入れようと考えたら気持ちがずっと楽になった。

10月6日
 結婚式は5日後に迫っている。これまでとは違う文章を入れた。新郎から仲人を頼まれて最初は断ろうと思ったこと、私がどもりであることを話し、それでも改めてお願いしますと言ってくれた二人の熱意、その後の私の成長、仲人を依頼してくれた二人への感謝と、さらに私がしてきたように困難に出会ったときそれから逃げないで直面することの大切さでしめくくった。大阪吃音教室終了後の喫茶店で、作り変えた挨拶を聞いてもらったとき、皆が大きな熱い拍手をしてくれた。口々に「素晴らしい、バッチリや、これで大丈夫や」と言ってくれた。私はこのとき、10月10日、うまくいく予感がした。

10月10日
 控え室では比較的落ちついていたものの、新郎新婦を案内し、披露宴の場に行進するとき、胸が高鳴り、足が震えた。したいこと、しなければならないことは全てやった。もう思い残すことはない。それでも背中がぞくっとする。「山より大きい猪は出ない」心の中で何度も何度もつぶやいた。
 「ただいまご紹介に預かりました…実は私はどもります。新郎の熱意にこの大役を引き受け、そのおかげでいろいろな人々と出会い、素晴らしい体験をしました。…」みんながじっとこちちを見て聞き入って下さっているのが分かった。スピーチが終わると、私の娘のいるテーブル、つまり新郎の友人たちのテーブル全員がVサインを出した。自分でも満足のいく出来に安堵しながら披露宴が終わった。すぐ娘婿が私に近づき「お義父さん、よかった。僕心配しててん」のことばに、私が吃音で苦しみながらもこの仲人を引き受け、努力していたことをみんな知っていてくれたのだと分かった。
 翌日、娘と静かに語り合う機会があった。「お父さん、本当によかったね」のことばに、ふとどもりでよかったという気持ちが湧いてきた。「どもりであったからこそこんな素晴らしい出会いと経験ができたのだ」と涙ぐみながち話すと、娘も泣き出した。
 昨年の12月から今日まで、思い起こせば吃音とのつき合い方を学んできたような気がする。それまでは吃音と直面することを避けてきた。しかし、2月10日に大阪吃音教室と出会い、その日から吃音とのコミュニケーションが始まった。
(了)1989年10月26日


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/17

吃音と向き合うとは、行動すること−吃音と論理療法実践 (2)

 仲人を引き受けると決心してからのNさんは行動的でした。いいと思うことは何でもしようとアクティブに動きました。まず、どもる人の全国大会であるワークショップに参加しました。そのときのテーマは「生きがい療法」でした。
生きがい療法でガンに克つ 表紙 元サイズ ハーフ「生きがい療法」は、倉敷市の柴田病院に勤められていた伊丹仁朗さんが、末期の癌患者とともにモンブラン登頂をしたことで、新聞やテレビで大きく取り上げられました。その伊丹さんの著書「生きがい療法でガンに克つ」を読んだ僕たちは、伊丹さんを講師に迎え、2泊3日のワークショップを開催しました。森田療法的なこの「生きがい療法」は、僕たちの考えと共通することが多く、ワークショップは実り多いものになりました。そのワークショップに、以前、石川県から、息子の結婚式で新郎の父親の挨拶が恐くてできないと何度も大阪に来て僕に相談していた人が参加しました。その人をNさんに紹介しました。その新郎の父親としての挨拶をした人の体験も参考になったようです。
 その後、関西話し方教室のフェスティバルで優勝し、伊丹仁朗さんの「生きがい療法」の1日学習会にも参加しました。自営業で仕事が忙しいにもかかわらず、娘さんの友だちの仲人の挨拶に、ここまで真剣に取り組めるとは、やはりどもる人のまじめさ、真剣さには目を見はるものがあります。仲人の挨拶はひとつのきっかけで、長年、自分を悩ませてきた吃音に50歳代になって初めて向き合うことができたのが、うれしくて、いろいろと活動したかったのかもしれません。
 そんなNさんですが、結婚式が近づいてきて、仲人の挨拶文を作り始めてまた悩みます。平らな道をまっすぐに進んでいくのではないと痛感させられます。くねくねと回りながら、落ち込んだり持ち直したりしながら、吃音とつき合い、吃音とともに生きていくのだと思います。
昨日の続きを紹介します。

5月3・4・5日
 2月に仲人を引き受けると正式に返事をしてかち、とにかくいいと思うことは何でもやってみようと決心した。ゆきづまったり、迷いが出たとき、大阪吃音教室に出てさえいれば、何かが得られる。休んではいけないと思った。その延長で5月の伊丹仁さんを講師にした「生きがい療法」の吃音ワークショップに参加した。大勢のどもる人と出会い、特に新郎の父親としての挨拶で悩んだ体験を持つ人と話し合えたことは有意義だった。また大勢の人の前で悩みながちも仲人をすることになったいきさつを話した。

5月13日
 「関西話し方教室10周年記念フェスティバル」が催される。254人ほどが参加し、15人がスピーチを競う。その前の「話し方教室」で、スピーチを予定した3人が出場を辞退し、その3人の内2人がどもる人だったということを知った。先生から「Nさんは辞退しないで下さいね」と言われた。逃げ出したい私の気持ちを先生は見抜いていた。
 当日、15分前、控え室に行く。何度水を飲んでも喉が乾く。さあ、自分の出番だ。もう仕方がない。どうにでもなれと思った。司会者が私の紹介を始めた。「Nさんは小さい頃からどもりで悩んでおられます」と言って下さったおかげで緊張が少しほぐれた。「みなさん、こんにちは…」うまくスタートできたが、中途でどもり出した。後半またもちなおし、なんとか終わった。控え室に戻ると先生がかけつけ、「Nさん、大変よかったよ」といって下さったが、半信半疑だった。とにかく終わった。全身の力が抜け、ぐったりとしているとき表彰式が始まった。「優秀賞、エントリーナンバー18番、N・Yさん」に、私は耳を疑った。舞台の上で表彰状の朗読を聞いているとき、足が震えた。そして、トロフィーをいただいたときは思わず万歳をしてしまった。雲の上にいるような気分。自分が自分でないように思った。翌朝は4時半に目が覚めた。あの苦しかった出場前、スピーチが終わった後の満足感、表彰式でのあの感激。どもる人間がどもらない人たちと一緒にあのスピーチ大会に出たことを思い出していると、涙が自然にあふれてきた。論理療法のアルバート・エリスが非論理的思考としてあげた、『人生の困難は立ち向かうよりもこれを避けた方が楽である』のことばをふと思い出した。

7月6日
 吃音ワークショップin伊豆で知った「生きがい療法」の学習会が倉敷で行われる。仕事をやりくりして参加した。「生きがい療法」でいう死の恐怖を吃音恐怖に置き換えた。不安を持ちつつもやるべきことはしなければならないという思いを改めて確認した。この学習会に参加する前、私は少し落ちこんでいた。というのは、優秀賞をもらったスピーチコンテストのビデオを見たからだ。うまくやれたと思っていた。優秀賞までもらったのだから。しかし、自分が考えていた以上にひどく醜くどもっている。思わず目をそむけたくなった。舞台で万歳をしたあの感激をそのままにしておきたかった。ビデオなど見るべきではなかったと悔やんだ。優秀賞は「がんばれ!」という意味だったのだと悟った。この日の「生きがい療法」一日勉強会は私にもう一度「がんばれ」と励ましてくれた。

8月6日
 そろそろ仲人の挨拶文を作らなければならない。『仲人のスピーチ』『仲人の仕方』という本を2冊買い、読み始めた。2冊をじっくり読んだが結局は同じことが書いてある。何度も何度も文章を作り、書き直した。言いにくいことばを言いやすいことばに換えるため文章がぎこちない。なかなか納得のできる文章が作れずに思い悩んだ。まだまだ先のことだと思っていたのに、文章を作り始めると不安が急に広がってきた。文章がなかなかできないせいもあって、仕事の合間にもすぐ仲人の挨拶のことが思い浮かぶ。10月10日、うまい具合に病気にならないかな、本当にそう思い始めた。できたら逃げたい。(つづく)      1989年10月26日


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/16





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