伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2020年09月

吃音親子サマーキャンプの仕組み−吃音親子サマーキャンプ(21)PART2

 第21回吃音親子サマーキャンプ特集の第2弾は、キャンプの大きな柱の一つの表現活動・演劇の舞台裏を紹介しています。事前に指導を受けたスタッフを中心に、子どもたちと劇の練習をしますが、手順は、グループに任せています。最終的な上演まで、他のグループがどのように練習をしているか、僕も知りませんし、スタッフにも分かりません。今回、それぞれのグループに練習中のグループの様子を報告してもらいました。これに刺激を受けたスタッフたち、翌年のキャンプへの大きなエネルギーになったようです。
 明日は、第21回吃音親子サマーキャンプを特集した同じ号に載せた「竹内敏晴さんに壊された私のことば」と題した僕の文章を紹介します。これは、藤原書店の『環』という雑誌に掲載されたものです。


第21回吃音親子サマーキャンプ 2010年
   会場    滋賀県荒神山自然の家
   参加者数  125名
   芝居    モモと灰色の男たち


第21回吃音親子サマーキャンプ報告の機関紙の巻頭言

  
吃音親子サマーキャンプの仕組み
            日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 21年続いている、2泊3日の吃音親子サマーキャンプのプログラムは実にシンプルだ。
 当初、ある地方自治体の言語聴覚士と実行委員会を作って取り組んでいたが、意見は、このように常に対立した。

◇ 吃音に悩んでいる子どもに、話し合いや劇など、プレッシャーになることをさせず、仲間と出会い、楽しい経験をさせる「楽しいキャンプ」
◇仲間と出会い、課題に仲間と挑戦し、達成した「喜びを自らつかみ取るキャンプ」

 数年後、日本吃音臨床研究会単独で開催するようになって確立したプログラムは、そのまま現在も変わっていない。遊び、楽しみの要素は、2時間ほどの野外活動があるだけだ。
 初めて参加した人は、遊びの要素のなさと、そのあまりのハードさに驚くが、キャンプが進む中で、そのハードさに慣れ、実はこれが楽しいキャンプなのだと気づいてくれる。おそらく、世界でもこのような吃音キャンプは類を見ないだろう。
 キャンプの3つの柱は次のとおりだ。
 1 吃音に向き合う、話し合いと作文教室
2 劇の稽古と上演
 3 親の学習会
 90分の話し合いは、初めて参加したことばの教室の担当者や言語聴覚士が、子ども達がここまで集中して話し合いができるのかと驚くほど深い。そして、滋賀のキャンプに参加する子どもが特別な存在ではないのだから私たちにもできると、話し合いやグループ活動をその後の臨床に取り入れるようになる。キャンプで大切にしていることが、全国に広がるのはうれしいことだ。島根県、静岡県、岡山県、群馬県へとキャンプは広がっている。
 しかし、演劇活動は、私たちも、竹内敏晴さんとの出会いと、竹内さんの全面的な協力、指導がなければできなかったことで、どこででもできることではないだろう。
 「劇の稽古」がどのように展開されているのかを私は詳しくは知らない。その時間帯は、保護者の学習会があるので、立ち会えないからだ。各グループの取り組みは、スタッフ会議で知る程度だ。
 今回のグループごとの報告で、各グループが何を大切にして、どう取り組んでいるのかが分かり、興味深かった。竹内敏晴さんのレッスンを何度も受け、吃音だけでなく、ことばや表現について、幾度となく話し合ってきた仲間だから、共通することが多いのは当然だが、その時、その時の参加するメンバーにあわせて、独自の取り組みが変わっていっておもしろい。
 キャンプは、子どもたちにとっては、劇と話し合いが両輪で、どちらを欠いても、私たちの吃音親子サマーキャンプにならないことが、今回の報告でもよく分かる。
 かつて学校教育の中には、勉強には自信がないが、運動会では活躍するなど、バランスがとれるところがあった。正義のガキ大将も機能していた。しかし今は、自信を失わせないようにとの教育的配慮で、自分が何ができて何ができないかが鮮明にならない。キャンプでは、話し合いでは話せなかった子が、演劇の稽古でイキイキと友だちと関わったり、反対に話し合いや遊びの場ではイキイキしていた子が、演劇では苦戦したりしている。
 それぞれが、得意なことと、苦手なことの両方に向き合っている。そして、それぞれの子どもが自分の特徴を活かせる場があり、居場所がある。
 話し合いで気になった子どものことは、スタッフ会議で共通のものとなり、演劇の稽古にバトンタッチされる。その連携がうまくいき、変わっていく子どもを私は何人も見ている。話し合いも、演劇も、自分と向き合わざるを得ない、ある意味厳しいプログラムだ。どちらか一方では、子どもの力を見誤ってしまう。子どもの力を信じ、それぞれの子どもに関わり、吃音親子サマーキャンプの、全体としての装置としての「場」を大切に考えるスタッフと、今後もキャンプを続けたい。(了)  (2010.11.28)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/30

吃音と向き合い、成長していく卒業生−吃音親子サマーキャンプ (21)

 第21回の吃音親子サマーキャンプは、2回にわたってニュースレターで特集しています。変わらないプログラムですが、毎回違うドラマが繰り広げられます。ドラマの主人公は、どもる子どもであり、親であり、どもる大人やことばの教室の担当者、言語聴覚士などのスタッフです。三者が対等に主人公になったドラマは、笑いあり涙ありの、年に一度のスペシャル版です。

 静岡のキャンプで知り合い、僕たちの滋賀県でのサマーキャンプに参加するようになった子がいます。年に一度会うたびに大きな変化が見られました。小学生の時はマイペースだったのが、中学生、高校生になり、年下の子の面倒をみるようになりました。からだを動かすのが苦手で、山登りなどからは逃げていたのに、荒神山へのウォークラリーを率先してリードするようになり、たくましくなりました。そんな彼も、この年、卒業式を迎えました。
 「大学ではラグビー部に入るので、サマーキャンプにスタッフとして参加できないです。僕は、今度、どもる子どもの保護者としてサマーキャンプに参加します」
 こんな名言を残して、彼は卒業していきました。そして、大学はラグビーの名門大学に入り、ラグビー部で4年間活躍しました。大学を卒業後は、主要なスタッフとして参加し続けています。人は変わる−そう僕が確信を持ったひとりの青年です。

第21回吃音親子サマーキャンプ 2010年
   会場    滋賀県荒神山自然の家
   参加者数  125名
   芝居    モモと灰色の男たち

第21回吃音親子サマーキャンプを特集したニュースレターの一面記事を紹介します。

 
卒業生への応援歌
      日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 吃音親子サマーキャンプが終わり、送迎バスを見送ったとき、今年も、ケガも事故もなく無事に、みんなの力でいいキャンプができたとほっとする。私にとって、満足感に包まれる好きな時間だ。
 私が信頼するスタッフのいい仲間と、参加者ひとりひとりの吃音への思いと力が集まると、こんな素晴らしいキャンプができるのだと、毎年、人の力の結集のすごさを思う。そして、非日常の3日間の生活を終え、ある意味厳しい日常生活に出て行く子ども達に、ここで得た、「吃音を生きぬく力」をさらに育てていってほしいと心から願う。
 今年で21回目のキャンプだが、サマキャン卒業式は、今年で8回目。途切れずに卒業生がいるのはすごいことだ。卒業式を迎えるには厳しい条件がある。3回以上参加していることが絶対条件である。話し合い、劇に取り組む3日間を3回は経験しないと、キャンプが大切にしていることが、からだに、心に浸みていかないからだ。高校2年生の時キャンプを知って参加し、高校3年生になった次の年、卒業式がなくとても悔しがっていた子が今スタッフとして卒業式に立ち会っている。どもる子ども、親にとって、キャンプの卒業式には、他の卒業式にはない特別のものがあるのだということを、今年の卒業式でも再認識した。
 岩手県から父と子で参加した高校3年生は、新学期が始まっており、全校生徒が参加しなければならない大切な行事と重なった。学校側と交渉しその行事を欠席して、卒業式のある最後の吃音親子サマーキャンプに参加した。そして彼は、高校生の話し合いの中で、これまで「いじめ」に近い吃音にまつわる体験を話し、涙とともに、過去の苦しみを整理した。仲間の中で、不安をもちつつも将来への思いを語っていた。劇の取り組みでも小さな子ども達を支えながら、劇作りの中心にいた。
 卒業証書を受け取って、今後はできたらスタッフとして参加したいと言った後、3年間、遠く岩手県から一緒に参加してくれた父親に感謝のことばを述べた。卒業への思いが伝わってきた。
 キャンプのプログラムの中で、卒業式は、私にとっても格別の思いがある。小学生低学年から参加している子どもとは長いつきあいになり、一年一年の成長をキャンプの中で見てきた。なかなか話し合いに加われなかった子が、話し合いをリードしている。劇をとても嫌がっていた子が、楽しそうにセリフの多い役、難しい役に挑戦している。子どもの成長が、我が子のようにうれしい。
 静岡のキャンプで小学4年生の頃に出会った男の子が、参加するようになって、今年卒業式を迎えた。知り合った頃から、どこにいてもすぐ私を見つけて、気がつくといつも私の傍にいる子だった。からだを動かすことが嫌いで、からだを使うプログラムはいつも一人、パスをしていた。マイペースで、他の人と何かに取り組むことが苦手なように私には見えた。かなりどもることを承知で、劇ではナレーターを申し出て苦労し、泣き出したこともあった。その子が、高校ではラクビー部に入り、みるみるうちにたくましくなった。劇の稽古や他のプログラムでも、小さな子ども達の世話をし、率先して取り組んでいた。初めて出会った頃とはまるで違う青年に成長している。子どもの変わる力にうれしくなる。その子は卒業式で、母親、姉の前でこう挨拶した。
 「大学でもラクビー部に入るので、スタッフとしてキャンプには参加できないだろう。でも、一緒に参加していた姉がこのキャンプが大好きで、福祉関係の勉強をしているので、姉にスタッフとして参加してもらいます。僕は、今度、どもる子どもの親としてキャンプに参加したいです」
 辛いこと、悩んだことも多々ある中で子ども達は、吃音について話し合い、考え、ことばを育てて、キャンプから卒業していく。将来、吃音に悩むことが起こったり、今よりもどもるようになることもあるだろう。しかし、今後、どのようなことが起ころうとも、キャンプで掴んだ生きる力は、免疫力となって、生き抜いてくれると信じている。
 子どもの力を信頼してキャンプは続いていく。(了) (2010.10.25)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/29

いい仲間がいたから続いた20年、吃音親子サマーキャンプ (20)

 この年、吃音親子サマーキャンプは、20回の節目を迎えました。1990年、琵琶湖のほとり、和迩浜の民宿で始めたときは、まさかこんなに長く続くとは思いもしませんでした。20回を記念して、2種類の缶バッジを作りました。缶バッジに刻んだことばは、僕たちが、セルフヘルプグループで大切にしてきたことばです。

あなたはあなたのままでいい
あなたはひとりではない
あなたには力がある

変えることができるものは 変えていく勇気を
変えることができないものは それを受け入れる冷静さを
変えることができるかできないか それを見分ける知恵を

 もうひとつこの年の吃音親子サマーキャンプは、忘れられない特別のキャンプになりました。これまでサマーキャンプを支えてきて下さった竹内敏晴さんがキャンプが終わって1週間目の9月7日にお亡くなりになりました。芝居のための事前レッスンを竹内さんにしていただいた最後のキャンプでした。
 6月にガンが発見され、手術はしないで、最後までレッスンをすると聞かされていました。大阪の定例レッスンをこれまでどおり行い、僕たちのサマーキャンプ用の事前レッスンも合宿で行い、サマーキャンプと同じ日程で行われた東京での公開レッスンにも車いすで参加されました。サマーキャンプの最終日、竹内さんに向かって「竹内さーん」とみんなで大きな声で呼びかけ、拍手を届けたこと、よく覚えています。

第20回吃音親子サマーキャンプ 2009年

   会場    滋賀県彦根市荒神山自然の家
   参加者数  140名
   芝居    雪わたり(宮沢賢治:原作)

 第20回吃音親子サマーキャンプを特集したニュースレターの一面記事を紹介します。

  
吃音親子サマーキャンプ20年

             日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 1990年の夏はとても暑かった。
 冷房のない民宿の暑さと、初めてのどもる子どもとのキャンプの熱気は、私の記憶の中で決して色あせることはない。あの場、あの空気、スタッフの熱い思い、琵琶湖の静かな湖面とともに。
 1965年、民間吃音矯正所・東京正生学院で、初めて同じようにどもる人とたくさん出会えたとき、「吃音に悩んでいるのは私だけではなかった」という、いいようのない安心感が広がった。そして、せき止められていたダムの水が、一気に川に流れ出すように、どもることの苦しみ、悲しみ、怒りなど、これまで押さえ込んでいた吃音への思いを話した。そして、それを「僕も同じだったよ」とうなずき、一所懸命聞いてくれる仲間と出会えた。
 あのときのうれしさ、喜びは、からだにしみていて、今でも、決して忘れることはない。
 「僕も、生きていていいんだ」
 こう心底思えるほどに、それまでの私は、どもりに傷つき、どもりに振り回され、孤独な、苦悩の学童期・思春期を送っていたのだった。
 1965年秋、私は11名の仲間とどもる人のセルフヘルプグループを作った。様々な活動を共にするたくさんのいい仲間と出会った。いろんな活動を力の限り続けた。そして、いつの間にか「どもりでよかった」とさえ思うようになった。
 セルフヘルプグループでたくさんのことを学び経験し、今は幸せだが、私の吃音のために失われた学童期・思春期はもう戻ってこない。それがとても悔しい。今、どもっている子どもには、私のような、悔しい学童期・思春期を送ってほしくない。私が経験した安心感や喜びを子どもたちにも味わってほしい。そして、どもりながら、楽しい豊かな人生が送れることを知って欲しい。これがスタートだった。
 なぜ、20年も吃音親子サマーキャンプは続いたのだろう。仕事として、またその延長としてしているわけはない。誰かに命じられて、また、責任感で続けているのでもない。いつキャンプをやめても誰からも責められることはない。いつでもやめることができるから続いているのだともいえる。
 あの場が、あの場に流れている空気が、その場をつくりだしている人の輪が好きなのだ。
 あの場、あのときの笑顔、笑い声が好きなのだ。
 話し合いの中で苦しかったことを思い出し、ぽろぽろと涙を流す。うれしくて泣いてしまう。その涙をしっかりと受け止める静かさが好きなのだ。
 そのような場が好きだという人たちが集まってくることがうれしい。
 今年もスタッフが集まってくれるだろうか、あの人は来てくれるだろうか。私は毎年不安になる。そして、その人たちの参加申し込みが届くようになって、さあ、今年もやれるとほっとする。
 今年も40名ほどがスタッフとして集まって下さった。不思議に思う。遠くから交通費を使って、家族を説得し、さまざまな事情を乗り越えてスタッフとして参加して下さる人たち。そうだ、この人たちがいてくれたから、20年間続けることができたのだ。
 キャンプの終わりには、いつもスタッフを紹介するために立ってもらう。子どもと親を囲むように立つ人たちに、本当にありがたいと思う。人間は一人では何もできない。ひとりひとりの力は小さくても、いい仲間が集まれば、大きな力になる。そして、こんなにいい空間を、知らず知らずのうちに、自分たちでも気づかないうちに作り出している。
 この仲間たちに感謝するとともに、今回は、特別の感慨深い思いがあった。私たちの心意気を感じとって、キャンプのために毎年脚本をつくり、演出指導をして下さった竹内敏晴さんの劇を上演する最後のキャンプになったからだ。
 6月初めにがんが発見されながら、脚本を完成させ、劇のためのレッスンをして下さった。キャンプでは、竹内敏晴さんに感謝の気持ちを込めて、大きな拍手をしたのだった。その役割を来年からは渡辺貴裕さんが継いで下さるのもうれしい。(2009.11)
 

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/28

強く否定している吃音と向き合うことは難しい 吃音親子サマーキャンプ (19)

 吃音親子サマーキャンプの名前のとおり、僕たちは、親子での参加を原則としています。親は、単なる付き添いではなく、話し合いもあるし、作文も書くし、2日目は午前午後通して学習会もあります。そして、もうひとつ、親のプログラムで欠かせないのが、今から10年以上も前から始まった《親の表現活動》です。
 これが始まったきっかけは、ひとりの母親の素朴な問いかけからでした。「どもりは治らないとして、何か子どものことばや声にとっていいことはないだろうか。トレーニングのような、レッスンのようなものはないだろうか」の質問に答える中で、偶然始まりました。声を出すには、からだが大事だとなり、子どもたちが劇の練習をしている時間に、竹内敏晴さんから習った「からだ揺らし」をしたり、歌を歌ったりする「からだとことばのレッスン」を行いました。せっかく練習したのだから、子どもたちの前で披露しようということになり、劇の上演の前座を務めることになったのです。今や、サマーキャンプの名物ともいえるものになりました。初めは、恥ずかしがっていた親たちが、今は、その時間を楽しみに参加しているという人もいるくらい、熱が入り、見事なパフォーマンスになっています。
 工藤直子さんの「のはらうた」を基本に、「荒神山ののはらうた」として取り組んでいます。たとえば、こんな詩を、話し合いのグループごとに、振り付けを考え、からだを使って表現します。普段見たことのない親の姿を、子どもたちは自分たちの劇の前に見ることになるのです。

  きまったぜ
                             かまきりりゅうじ
  さっと ひとふり カマを ふったら
  あさひ ぐんぐん のぼって くるぜ
  ぐいっと もひとつ カマを ふったら
  ことり ピーチク うたいだすぜ
  きらりと おまけに カマを ふったら
  ちょうちょ はたはた おどりだすぜ
  カマの タクトで あさをよぶ
  おれは のはらの コンダクター
  いえぃ きまったぜ

 親たちの表現活動は、次の二つの効果を生み出しています。
〇劼匹發燭舛侶狆絮蕕紡个垢觚方を変える
 大勢の観客の前に立ち、一人で自分を支える、引き返すことのできない場に立つ、学校生活で苦戦をしている子どもだったら、そんな子どもの気持ちがよく分かるようになります。親は、自分も味わったあのどきどき感を子どもたちも今感じているだろうと思いながら、子どもたちを見ることができます。
▲好織奪佞砲眤腓な影響
 初めて参加したスタッフにとって、親の表現活動は大きなインパクトを与えるようです。ここまでするのか?というくらいの弾けた親の姿に感動し、勇気をもらったという感想をよく聞きます。

第19回吃音親子サマーキャンプ 2008年

   会場    滋賀県彦根市荒神山自然の家
   参加者数  126名
   芝居    王様をみたネコ

第19回吃音親子サマーキャンプ(2008年)報告のニュースレターの巻頭言

 ひとつのきっかけにすぎないけれど

              日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二

 「新学期に学校へ行く準備もあるし、行っても何も変わらないだろうから」
 吃音親子サマーキャンプを、直前にキャンセルした中学1年生の男子の参加しない理由を、父親がFAXしてくれた。どう説得しても、彼はかたくなにキャンプへの参加を拒んだらしい。説得し切れなかった父親の無念さが伝わってきて、思春期のどもる子どもへの支援の難しさを改めて思った。
 彼は中学校に入学してまもなく、発表や音読などでどもりたくなくて、学校を休んでいる。本人も学校へは行きたいし、吃音についてもなんとかしなければ、とは思っている。それなのに、吃音親子サマーキャンプには絶対に行きたくないと言う。
 この強い拒絶は、私の経験から想像すると、自分と、吃音と向き合うことへの不安や怖さがあったのだろうと思う。これまで向き合ってこなかった問題に向き合うことは誰もが恐いことだろう。困難な場に直面しても、嵐が通り去るのを待つ。吃音に閉じこもっていた方が楽なのだ。かつての私がそうだった。
 21歳の夏、「どもりを必ず治します」と宣伝していた民間吃音矯正所の門を前にしても、私のからだはこわばり動けなかった。言いようのない不安と、恐ろしさと、どもる自分への嫌悪感が広がった。「ボクは自分がどもることを認めたくない」と、だだっ子のように、駅と公園とその矯正所を行ったり来たりしていた。この門をくぐると、自分のどもりを認めることになる。この不思議な感覚を私は今でも鮮明に覚えている。
 参加しなかった中学1年の彼の言うように、キャンプで「何も変わらない」かもしれない。しかし、「何かが変わる」かもしれないのに、参加する意欲がわかない。同様の経験をした私は、彼に昔の私をだぶらせていた。
 私の開設する電話相談「吃音ホットライン」は親からの相談が大半だ。吃音親子サマーキャンプを紹介することは多いが、タイミングによっては強く薦める。小学校高学年になって、中学に入学して、高校に入学して、学校へ行けなくなったり、吃音が大きな問題になる子どもは少なくない。良い友だちや先生に恵まれたこれまでの生活環境が一変し、自分ひとりで吃音と向き合うことはとても難しいことになってくるのだ。
 今年も親からの電話相談の後、子どもや親の体験文などを添えて、キャンプの案内を送った。その数は多いが、特にこの人には参加して欲しいと思った6名には、電話や手紙などで強く薦めた。子どもの強い抵抗にたじろぎ、子どもの意志を尊重しすぎるあまり、参加を断念した親もいる。一方で、子どもの気持ちは理解できても、キャンプに行けば子どもは変わると、変わる力を信じて、信念をもってキャンプへの参加を促して、子どもを連れてきた親もいる。今年も、子ども自身は行きたくないと意思表示をしていた、小学6年生と、高等専門学校生が親の粘り強い誘いによって参加した。事前の電話の感触で、私は恐らくこの二人も参加しないのではないかと予想していた。だから、この親子が参加してくれたことは、私にとって今回のキャンプの大きな喜びのひとつだった。
 行きたくないと言う子どもをキャンプに連れてくるのはとても難しい。「連れてきてくれるだけでいい」という私のことばを信じて、キャンプの場に連れてきた親に、私は心からの敬意の念をもつ。事実、二人とも当初は浮かぬ顔をしていた。キャンプの初日には「今、90パーセント帰りたい」と言っていた子も、時間がたつにつれてどんどん変わっていった。
 大きな抵抗を示し、不本意な気持ちで参加した子どもに、特別なプログラムがあるわけではない。しかし、安心して語れる、聞いてもらえる場に身を置き、他人が語る姿をモデルにして、おずおずと自分を語り始める。苦手な表現活動にみんなで取り組む中で、何かが変わり始める。キャンプはひとつのきっかけにすぎないのだけれど、それは、子どもの変わる力を耕し、育むきっかけとなっている。 (了)  (2008.10)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/27

吃音が治らなかったら、何か問題がありますか? 対話を続ける、吃音親子サマーキャンプ (18)PART2

 この年、宮城県から小学6年生の女の子と母親、妹が初めて参加しました。宮城県女川町という遠い所から参加するだけでもすごいことだと、僕は思います。
 後に、僕は、講演にはいつも、この女の子が書いた作文を紹介するようになりました。
 2011年3月11日、あの東日本大震災の大津波で亡くなった阿部莉菜さんです。莉菜さんのお母さんである容子さんは、次のように、初参加の感想を書いています。子どもだけでなく、親にとっても、初めての場所に、それも2泊3日という宿泊を伴うところに参加するのは勇気がいることだと思います。人見知りの強い人にとっては、高いハードルです。でも、それを乗り越えて、阿部容子さんは、前を見ていました。そんな親の必死な思いは、きっと子どもに響くのでしょう。

    
大きく一歩前進
                              阿部容子
 大きく一歩前進しました。娘のどもりの現実を知りつつも、知識を得ようともせず娘に不安な思いをさせていました。パソコンでたまたま出てきた吃音親子サーマキャンプを開いてみたのも、参加できる可能性があったことも、全て運命としか思えないほどでした。(略)
 一日目、子どものことなどそっちのけで自分の居場所を見つけるのに大変でした。正直二度と来るもんかと思ったくらい苦しかったです。関西の人は、積極的で明るくて、前向きで、自分の性格に嫌気がさしていました。地元でもそうです。自分から仲間に入ることができず、私にとっても学校は辛い場所です。(略)
 今回のキャンプをきっかけに、クラスのみんに吃音について伝えなければいけないと思いました。娘はできました。がんばりました。私も前を向いてしっかりと歩かなくてはいけないと思いました。本当に参加してよかった。次は初めから自分をさらけ出し、みなさんと仲良くなれるようにしたいです。阿部さん一家、足並みをそろえて前進します。



第18回吃音親子サマーキャンプ 2007年
   会場    滋賀県荒神山自然の家
   参加者数  138名
   芝居    ちい姫とアントン(エートリヒ・ケストナー原作)


第18回吃音親子サマーキャンプ報告の月刊紙「スタタリングナウ」の巻頭言 

   
吃音が治らなくても

             日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二

 「吃音は治るものなんですか?」
 「治らないと思いますよ」
 「えっ、・・こんな質問しなければよかった」
 寂しく暗い表情で、間髪を入れずに言ったこのことばに、母親のショックと落胆ぶりが表れていた。同席していたことばの教室の教師、後ろで記録をしていた二人のことばの教室の教師も、母親の正直なリアクションに凍りついたという。
 11月の初め、神奈川県秦野市立西小学校で、神奈川県のある地区の言語障害研究会の研修会があった。午後の講演の前に、午前中は会場校の小学1年生と2年生の二人の子どもの指導につきあったのだ。子どもが帰った後、母親との懇談がもたれた。冒頭のやりとりだけを紹介すると、冷たい、ひどい話し合いのように思われるだろうが、ここから話し合いは大きく展開していく。
 「吃音が治らないと聞いて、ショックのようですが、治ると思っていたのですか。治らないとしたらどうなりますか。かわいそうですか。もし、そう思っておられるのでしたら、そう考える方がかわいそうですよ。どもっていても大丈夫ですよ」
 当初はショックからか緊張がみられたが、私の問いかけによく話をし、またよく私の話を聞き、徐々に二人の母親の表情が和らいでいった。最後には、「どもる子どもの将来に不安がありましたが、安心しました」とまで言って下さった。
 この短時間の変化には、ことばの教室の教師も驚いていた。数日後、母親から、気持ちが楽になったと書いた感想文がFAXされてきた。
 「吃音は簡単には治るものではない」との情報は親としてはショックだろう。しかし、ある程度の時間をかけて、吃音について正確な情報を伝えると、ほとんどの人は理解して下さる。
 治らなくても吃音からマイナスの影響をあまり受けずに、吃音とつきあうことができることを、具体例をたくさん挙げて説明するからだ。「治らない」というある意味マイナスの情報の5倍以上の「どもっていても大丈夫」の情報を伝えるのだ。
 吃音の研究臨床では相も変わらず、吃音症状が吃音の中核の問題であり、「治すべき、改善すべき」の前提がある。吃音をマイナスのものと見る吃音観があるからだろう。私は、吃音をマイナスのものととらえない。「どもっていても大丈夫」と本音で思っているから「吃音治療、改善」は目指さない。
 「吃音は治らないもの」との前提に立って、吃音がその人の生活や人生に大きなマイナスの影響を与えないように、「吃音と向き合い、吃音と共に生きるにはどうすればいいか」を40年近く考えてきた。そして、様々な活動の中から、私はその考えにますます確信をもつようになった。
 どもる人のセルフヘルプグループ、大阪スタタリングプロジェクトの活動、吃音親子サマーキャンプや、島根県、静岡県、岡山県のことばの教室の教師が企画する吃音キャンプや相談会、研修会、講演会などで、多くのどもる人、どもる子どもや保護者と出会ってきた。その数はおそらく世界一だろうと私は思っている。
 私は自分自身の吃音の苦悩の体験から、吃音の問題は、吃音そのものにあるのではなく、吃音をマイナスのものと考えることで影響を受ける行動・思考・感情が中核的な問題だと主張してきた。
 私たちが直接関係した人々の多くは、吃音に関する行動・思考・感情が変化し、吃音が人生の大きな問題とはならなくなった。吃音が問題とはならなくなった実績は、他の吃音臨床家の「治癒もしくは改善」の治療実績とは比較にならないくらい私たちが圧倒的に多いと思う。また、私たちが直接知らない世界中では、さらに多くのどもる人々は、吃音が問題とならなくなり、吃音と共に生きている。
 この事実があるから、「吃音は治らない」と私は躊躇なく言うことができる。そして、何をしたらいいのかも具体的に提案できる。
 私自身の吃音体験を話すとき、同時に大きく変わったどもる子どもやどもる人々の顔、それを支えた親の顔がたくさん思い浮かぶ。それを支えに、私は今日も「吃音は治らない。治らなかったら、何か問題がありますか」から問いかけていく。(了)  (2007.11.20)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/26

吃音親子サマーキャンプを支えるスタッフの力−吃音親子サマーキャンプ (18)

 吃音親子サマーキャンプを30年間も続けることができた大きな要因の一つは、毎回45名ほどのスタッフの力です。スタッフは、大阪スタタリングプロジェクトのどもる大人と、どもる子どもに関わることばの教室担当者や言語聴覚士です。初めて参加するスタッフも、何回か参加しているスタッフも、毎回参加している人も、それぞれに役割があります。全国から参加するので、事前に実行委員会を開くことはできません。会場に集まってから1時間のスタッフ会議のみで、サマーキャンプが始まります。どう動いていいか分からないまま、スタートするのですが、いつの間にか、すうっと溶け込んで下さっているのがいつも不思議です。
 2日目の午前中に、作文教室と平行して、「サマーキャンプ基礎講座」というプログラムを設けています。サマーキャンプを先入感なしにまず体験してもらって、その上で、疑問や質問を出してもらい、それに答えながら、僕たちが、これまで大切にしてきたことを伝えるという形をとっています。初めは、担当する子どもたちの指導に活かしたいと思って参加したが、いつの間にか自分の楽しみのために参加していると、多くのスタッフが話します。交通費を払い、参加費を払って参加するスタッフの存在が、大きな原動力となって、吃音親子サマーキャンプを作り上げてきました。


第18回吃音親子サマーキャンプ 2007年
   会場    滋賀県彦根市荒神山自然の家
   参加者数  138名
   芝居    ちい姫とアントン(原作:エートリヒ・ケストナー)

体験することの意味

     日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二

 私は、言語聴覚士養成の専門学校の数校と、大阪教育大学では、特別支援教育に携わる現職教員の内地留学生に、吃音の講義をしている。吃音に関心がなかった人々が、私の講義を聴いて、吃音に強い関心を持ち、吃音のよい理解者となって下さるのが、「どもりの語り部」としてはうれしい。
 講義の中で必ず取り組んでいるのが、臨床事例研究のようなスタイルで、どもる子どもと成人の具体的な事例を通して考え、話し合うことだ。その演習をすることで吃音の指導を具体的にイメージできたと、受講者がふりかえりに書いてくる。
 学童期・思春期の子どもたちへの具体的なアプローチについては、吃音親子サマーキャンプを一つの例として考える。吃音を治したいと願うどもる子どもや保護者の支援のために、言語聴覚士やことばの教室の教師が取り組む2泊3日のキャンプのプログラムを、グループで話し合い考えてもらうのだ。その発表にコメントをし、また話し合い、次に私たちが実際にしているキャンプの記録のビデオをみてもらう。さらに、そのキャンプを取材して放送されたTBSの「ニュースバード、−特集吃音−」をみてもらって解説する。
 全ての人が、自分たちが考えたキャンプとのあまりの違いに驚く。学生や教師たちは、子どもたちが楽しく活動するために、いろいろ工夫して、プログラムを考えるが、吃音に対する取り組みとしては、キャンプファイアーのスタンツの練習くらいで、吃音についての長い時間の話し合いや作文教室、子どもにとっては難しいと思えるような劇の上演などは思いもよらない。
 だから、年齢別に分かれて90分の話し合いが2回と90分の作文教室という吃音と向き合う時間の長さに驚く。実際の子どもたちの話し合いの映像や作文、話し合いの記録を読んで、さらに驚く。
 ことばの教室の担当をしている人は、高学年ならともかく、低学年の子どもたちには、長い時間、吃音について真剣に話し合うとは信じられないと言う。また、そんな厳しいキャンプでありながら、子どもたちが楽しそうに、いきいきと活動していることにも驚く。学生や教師たちがプログラムとして考えたのは楽しい活動だったが、与えられる楽しさは、今後の力にならない。楽しかったという思い出だけになってしまう。
 私たちのキャンプは、受け身でいて、楽しい、おもしろい活動は何一つない。吃音に向き合うことは時に苦しい。作文教室では、一人で90分も吃音と向き合うとつらいことを思い出し、泣き出す子どももいる。また、劇の練習が始まって、ついさっきまでは楽しそうに友達と話して遊んでいた子が、朗読が苦手で、シナリオが読めない。また、これまで言い換えていた言葉が言い換えることができずに立ち往生して泣き出すこともある。
 とても厳しいキャンプだが、同じようにどもる仲間がいて、支えてくれる大人がいるから、がんばってみる。できないと思っていたことができる自分に喜びを感じる。そして、キャンプの最終日、話し合いが楽しかった、劇が楽しかった、来年も来るからねと、子どもたちは口々に言う。
 こう説明しても、おそらくあまり伝わらないだろう。それをカバーするのが、ビデオ教材だが、それでも、実際に3日間、子どもたちと一緒に動かないと、本当のところは実感できないかもしれない。だから、キャンプの秘密を知りたいと、毎年ことばの教室の教師や、言語聴覚士の臨床家が参加して下さる。そこで実際に起こっている子どもと保護者の変化、何より自分自身の変化を感じ取って下さる。その人たちがここで起こっていることを周りの人に語り、自分が担当している子どもたちをキャンプに誘う。このようにして、キャンプが18年も続いてきたのだと言える。
 「吃音を治す努力の否定」をし、「どもっていても大丈夫」と主張する私を批判し、吃音治療・改善を目指す人も、一度このキャンプに参加すれば、「吃音を治すことにこだわらない、吃音とのつきあい方」には、実際に取り組むべき事がたくさんあることについて理解して下さることだろう。(了)  (2007.10.21)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/24

東京学芸大学・渡辺貴裕さんが考える、吃音親子サマーキャンプの劇の意味−吃音親子サマーキャンプ (17)

吃音親子サマーキャンプと劇づくり 渡辺貴裕(4)

 4回にわたり、渡辺貴裕さんの論考を紹介してきました。今日で最後です。
 吃音とは全く縁のない渡辺さんが、20回も参加を続けて、ここ10年は、スタッフの劇の指導も引き受けて下さっています。今更ながらですが、感謝の気持ちでいっぱいです。
 渡辺さんは、劇づくりの活動は、相手の言葉をしっかりと受けとめ、自分も相手に確かに働きかけることを試み、その喜びを経験する場だと言います。サマーキャンプの劇は、どもっても笑われないし、せかされないし、「見栄えのよさ」も求められません。人とまっすぐにかかわることを追求することができるのです。これはきっと、演劇教育の本質とつながっているのでしょう。
 どもる当事者でもない、どもる子どもを指導することばの教室担当者でも言語聴覚士でもない渡辺貴裕さんは、昨年の30回を迎えた吃音親子サマーキャンプのときに、なぜ私は参加しているのだろうと今更ながら不思議に思っていると話されました。きっと、吃音に対する僕たちのとらえ方が、生きることにとって、人間にとって、普遍の問題と重なるからでしょう。そんな渡辺さんのような人たちに助けられ、励まされ、吃音親子サマーキャンプは、一度も途切れることなく、30年間続いてきたのです。それが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大のために中止にせざるを得なかったのは、本当に残念です。一度止まってしまったキャンプですが、僕たちの周りに渡辺さんをはじめ、たくさんの「志」ある仲間がいてくれます。その人たちと、また再開したいと願っています。今回、吃音親子サマーキャンプの大きな特徴である「劇作り」について、紹介できたことはうれしいことでした。
 ただひたむきに、人に、からだと言葉で働きかけること、他人からの働きかけを受けとめること、僕たちはこれからも、その営みを大切にしていきたいと思います。


どもる子どもたちによる劇づくり〜第17回吃音親子サマーキャンプより〜

 渡辺貴裕(東京学芸大学大学院准教授、当時岐阜経済大学講師・教育方法学)

  キャンプを通して見る演劇教育の意義

 今年の上演も、各グループの子どもたちがそれぞれの魅力を存分に発揮していた。最初はセリフが多い役を嫌がったりしていた子どもたちである。それが短い間に、全員ではないにせよ、演じることを楽しむようになる(Bグループでセリフの多い役へ移ってもらった数名も、上演後尋ねると、「(この役で)よかった」と言っていたらしい)。なかには、福岡までの帰りの新幹線でずっと台本を読んでいたという子どもや、家に帰ってからも友達と台本で遊んでほとんどのセリフを覚えてしまったという子どももいる。そこまでいかなくても、劇をするのが嫌ではなくなる子どもが大半である。
 それでは、彼らにとって、劇づくりの活動の魅力は何なのだろうか。劇づくりの活動は、どもる子どもたちにいったい何をもたらしているのだろうか。
 それは一つには、自分にも人前でしゃべる力があるんだという自信である。かつて小学4年生の女の子が作文にこう書いた。
 「いやなことでは、本読みのときです。本当は、じょうずに読めるのに、どもって読めません。……ふしぎなことに、一人で本読みなどしていると、どもりません。どもるときとどもらないときがあって、自分がちゃんとしたいときにどもり、そこがすこしいやでたまりません。」
 言い換えができない言葉をしゃべらなければならない場面に苦手意識を持っている吃音の子どもは多い。単にどもるだけでなく、そうした場面を避けるべく、授業中発言しなくなったり、あるいは、「どもったらどうしよう」と意識することによってかえって、より苦しいどもり方をするようになっていったりする。そうした子どもにとって、セリフがある役を人前で演じきって観客や仲間に認められることは、「どもるからといって何もできなくなるわけではない」ことを実感し、「できない自分」という意識を変えるきっかけとなり得る。
しかし、劇づくりの活動がもたらすものはこれだけにはとどまらない。
 どもる子どもは、しばしば、特に年齢が上がると、話している相手よりも自分のしゃべり方に、つまり、自分がどもらずしゃべることができているかにもっぱら意識を向けてしまう。話している相手に、「なんでそんなしゃべり方なん?」「それ治らへんの?」と繰り返し言われてきた経験がそうさせるのだろう。また、吃音は、自分がしゃべりさえしなければ、隠すことができてしまう「障害」である。そのため、吃音に対して否定的な捉え方をもっている子どもは、時に、しゃべることを避け、人とかかわることを避けるようにもなっていく。
 こうした子どもたちにとって、劇づくりの活動は、相手の言葉をしっかりと受けとめ、自分も相手に確かに働きかけることを試み、その喜びを経験する場となり得る。キャンプの劇では、どもっても笑われないし、せかされないし、「見栄えのよさ」も求められない。ただ純粋に、劇の世界のなかで、人とまっすぐにかかわることを追求することができるのである。
 このことは、演劇教育の本質を考えるうえでも、示唆に富む。
 残念なことに、今でも、演劇といえば教師によって決められた話し方や動作を「上手に」(多くの場合、それはオーバーで不自然な演技であるのだが)行うものであるという考えが、教師の間にも子どもの間にも根強く存在する。そうした「決められた話し方や動作」の基準から見れば、どもる子どもは多くの場合、「上手に」はできない。
 しかし、キャンプの劇づくりの活動が示しているように、どもる子どもにも劇を楽しむことができるし、観客の心を打つ劇をつくりあげることもできる。この事実は、演劇教育の本質が、単一の外形的な尺度に基づいた上手さの達成にあるのではなく、人とまっすぐにかかわるという行為の経験そのものにあることを示している。
 考えてみれば、どもらない子ども(および大人)の場合であっても、演劇活動のなかで、相手の言葉を受けとめ、相手に働きかけることが必ずしもできているわけではない。ただ、外形的な上手さの追求が比較的容易にできてしまうため、それに気付かずにいるだけなのだ。このキャンプの劇づくりでは、そうしたごまかしが通用しない。ただひたむきに、人にからだと言葉で働きかけること、他人からの働きかけを受けとめることを追求する。それは決してラクな作業ではないが、それこそが、からだの芯からの喜びと上演時の強烈な魅力とを生みだすことになるのである。
 演劇教育は、うまく話せる子どもをもっと見栄えよく話せるようにするためのものではない。このことに、吃音親子サマーキャンプの取り組みはあらためて気付かせてくれる。

※キャンプ参加についての問い合わせは、
   日本吃音臨床研究会事務局まで。
     電話 072―820―8244

 (日本演劇教育連盟編『演劇と教育』晩成書房、第590号、2006年12月、36−45頁)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/23

東京学芸大学・渡辺貴裕さんと吃音親子サマーキャンプ−吃音親子サマーキャンプ (17)

吃音親子サマーキャンプと劇づくり 渡辺貴裕(3)

 『演劇と教育』(日本演劇教育連盟編 晩成書房、第590号、2006年12月、36−45頁)に掲載された、渡辺貴裕さんの「どもる子どもたちによる劇づくり」の続きを紹介します。
 吃音親子サマーキャンプ初日の夜に、事前に合宿で渡辺さんの指導を受けたスタッフが、参加者の前で演じてみせます。今年の劇の大筋を知ってもらうためなのですが、どもる大人がどもりながら演じる姿を見せることになり、子どもたちにはがんばってみようという勇気を与えるようです。
 もうひとつ、事前レッスンで、渡辺さんは、劇の稽古に入る前の導入としてのエクササイズをいくつか教えてくれます。挿入されている歌を使ったり、ある場面を取り出してやりとりをしてみたり、アレンジしてエクササイズの形にし、スタッフがまず経験します。これが楽しいので、スタッフは、それぞれのグループ練習のときにエクササイズを取り入れています。早く配役を決めて、せりふの練習をするという方法をとらず、劇の世界にどっぷりと浸かり、楽しみながら、みんなで作りあげていくのです。スタッフがまず、渡辺さんの手によって、その劇の世界に浸っていきます。


どもる子どもたちによる劇づくり〜第17回吃音親子サマーキャンプより〜

  渡辺貴裕(東京学芸大学大学院准教授、当時岐阜経済大学講師・教育方法学)


 3回目の練習(3日目・8時半から10時半)

 上演前の最後の練習。途中、本番で使う学習室に移動しての「リハーサル」(一グループあたり20分)がある。
 まずはウォーミングアップ。手首をプラプラ振ったり、体を上下にバウンドさせたりするのを真似してもらいながら、体をほぐす。さらに、体をバウンドさせた状態から「ヤッ」「ワッ」などと掛け声をかけてポーズをとるのを、後についてやってもらう。それから、声出し。のどを開けるために、あくびの真似をしてもらう。渡辺「ふわーあ」、子どもたち「ふわーあ」。……あまりうまくいかない。次に、窓の外に見える荒神山に向かって、「父ちゃーん」と呼びかける。渡辺「父ちゃーん」、子どもたち「父ちゃーん」。「それじゃあ父ちゃん聞こえないで、もう一度!」「父ちゃん山の頂上まで行った。昨日登ったところ。そこまで声を届けて!」。そうやってけしかけると、グッグッと声が出るようになっていく。
 リハーサルまで時間がないので、区切りごとにグループに分かれてそれぞれでおさらい。学習室に移動して、リハーサル。時間が限られているのであわただしい。部屋に戻って感想を出し合い、それをもとにもう一度最初から稽古。
 時々言葉が出てこなくなるのが気がかりだったりんたろう。2つめの区切りの、ロバの話をもっと聞きたくて、仕事に戻る父についていくダニーを演じている。しかし、どもって間が空くことを恐れるのか、次のセリフ次のセリフへと急いでしまう。

りんたろう(ダニー) 「………お、おれ、それに乗れる?」
たいき(父) 「乗れねえでどうする。」
りんたろう(ダニー) 「か………けるの、早い?」

 父のセリフの時にはもう目が台本に向いている。
しかし、考えてみれば、ここはいくら間が空いてもよいのだ。ダニーの頭のなかがロバについての想像でいっぱいになって、父にもっと話を聞きたくなる。関心の焦点がロバに向いてさえいれば、間の長さはまったく問題にならない。
 私自身これに気付いていなかった。直接りんたろうに説明しようかと思ったが、やめた。「いくらどもってもいい」と言うよりも、やりとりを体験してもらうほうが得策だろう。ひとまず、「ダニーは父ちゃんの答えを知りたいんだから、もっと聞いてね。台本は後で見たらいいから」と伝える。
 ダニーと父とのやりとりのなかで、電車通りの手前で父と別れたダニーが、通りを渡っていく父に「父ちゃーん、父ちゃーん」と呼びかける箇所がある。舞台上ではダニーと父の距離はほんの数メートルしか離れていない。

渡辺 「これ、舞台ではこんだけしか離れてないけど、ほんまにそうなん?」
りんたろうは首を横に振る。
渡辺 「じゃあ、あのへん(窓の外の茂みを指さす)に父ちゃんがいると思って呼びかけてみよう」
りんたろう(ダニー) 「と、とうちゃーん、……とうちゃーん」
父役のたいきに、今ので振り返れそうか尋ねる。たいきは首をかしげる。もう一度挑戦。
りんたろう(ダニー) 「と………とうちゃーん、……とうちゃーん」

 驚いた。すごい迫力だ。練習を重ねるうちに、たいきのほうが押され気味になる。私は、りんたろうにはこの役は厳しいのではないかと思っていたことを恥じた。自分のほうこそこの場面の勘所を理解していなかった。
 一部分を取りあげて濃密な稽古を繰り返していると、出番がない小2のさきとかえでの集中が途切れてきた。他人の稽古を見ずにふたりで遊びだしてしまう。
 仕方がないので、全体での練習はここで打ち切り。残りの30分ほどは、「自主稽古」してもらうことにした。いつも間違える箇所の練習をしたり、どうやったらロバに入れ込むダニーになれるか友達と相談したり、ブリッジしたまま歩いて(!)遊んだり、寝転がって休んだり、いろいろだ。あとは本番を迎えるのみ。

  上演本番(3日目・10時半から12時)

 子どもたちによる劇の上演に先立って、親による出し物が行われる。数グループに分かれた親が、集団で動きながら、全身を使って、詩を表現する。今年は、工藤直子の『のはらうた』シリーズより。普段見ない親の姿に子どもたちが沸く。最初のほうは親にもまだ恥じらいがあるようだ。しかし、子どもたちも劇の練習をがんばっているという意識と、他のグループのウケる様子が、親たちをふっきれさせるのだろう。出番待ちの親から、「これ、思いっきりやったほうがええみたいやで」というつぶやきが聞こえてきた。
 そして「コニマーラのロバ」の上演。まずはAグループからだ。
 毎年感じることだが、本当に観客があたたかい。子どもたちはもちろん、親も、自分の子どもであるか否かにかかわらず、演じている子どものちょっとしたやりとりや仕草に笑う。
 Aグループの場面が終わる。いよいよBグループの出番。
まさひろ(ダニー)とまさと(父)のやりとりから始まる。父に「(コニマラには)ロバがいる」と聞かされたときのダニーの「ロバだって?」の驚きようがいい。ふたりのやりとりが続いた後、無関心そうにちょんと座っていたさき(母)の「おまえさん!いいかげんにしなさいよ」というセリフが入る。観客は意表を突かれて、笑みがこぼれる。
 りんたろう(ダニー)とたいき(父)のシーンへ。りんたろうが「父ちゃーん、父ちゃーん」と呼びかける箇所。2回目の「父ちゃーん」の出だしで詰まり、声が出てこない。りんたろうの体がこわばって震える。数秒の静寂が流れる。
 「……、……、と、父ちゃーん」
 出た!それを受けとめたたいきが振り返る。ゾッとするほどのリアリティーだ。集中を切らさず待っていたのが、さすがだ。劇の全体から見れば、ここは地味な部分である。しかし、私にとっては、とても印象的な瞬間だった。
 Bグループの上演は、なつみが、実在しないロバに夢中になってしまったダニーを見事に演じきって、幕となった。部屋は大きな拍手で包まれた。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/22

吃音親子サマーキャンプと劇づくり 渡辺貴裕(2)−吃音親子サマーキャンプ (17)

 『演劇と教育』(日本演劇教育連盟編 晩成書房、第590号、2006年12月、36−45頁)に掲載された、渡辺貴裕さんの「どもる子どもたちによる劇づくり」の続きを紹介します。
 サマーキャンプでは、まず初日にスタッフによる劇を見て、参加者が劇の大筋をつかみます。子どもたちは、あの役をしてみたいなあと、自分を重ねながら見ているようです。そして、稽古は、2日目の午後と夜、3日目の午前の計3回です。今回紹介するのは、1回目と2回目の稽古の様子です。渡辺さんが、子どもと丁寧に対話をしながら、劇づくりをしていることが分かります。稽古は、グループごとにしているので、他のグループのことは分かりません。サマーキャンプでは、うまくそつなく劇を仕上げることを最終目標としていないので、このプロセスが重要です。今回、渡辺さんが、そのときの様子を言語化してくれました。
 これは、キャンプで劇を子どもと一緒につくるスタッフにとって、貴重な財産になりました。このことをきっかけに、それぞれのグループで、どのように劇づくりをすすめているか、今後すすめていくか、それらを振り返る材料になりました。
 子どもどうしの振り返りも丁寧に書いていただきました。異年齢の子どもたちでグループを作っていることの良さが現れているようです。お互いに意見を言い合うことで、いい文化が受け継がれていっています。
 渡辺さんは、子どもたちに向かって一言、「セリフを言うときに、誰に向かって言ってるかに気をつけて、その人に向けて言ってね」と言います。ことばは、相手に働きかけて、相手のからだに届いて、ことばになります。どもるどもらないを超えて、人とコミュニケーションをとるときに大切なことだと思います。


    
どもる子どもたちによる劇づくり〜第17回吃音親子サマーキャンプより〜

 渡辺貴裕(東京学芸大学大学院准教授、当時岐阜経済大学講師・教育方法学)


  1回目の練習(2日目・13時から15時)

 仮の配役を決めるまでに30分近くかかった。
12名の子どもを割りふるため、場面を3つに区切り、区切りごとに役を交代するようにしている(さらに、一つめの区切りのダニーと父親はダブルキャストである)。子どもたちに配役の希望を尋ねると、ほとんどの子どもが母親役とナレーター役に集中した。どちらもセリフが少ない役。セリフをたくさん言うのが嫌なのだ。年長の子どもに、「どうしてもイヤだったら後でまた替わったらいいから」と言って、別の役にまわってもらう。
 まず体を動かしてみんなの緊張をほぐしたい。椅子無しフルーツバスケットのような「ヤドカリゲーム」、二人組で移動する鬼ごっこ「ガッチャン」をする。予想以上にみんな乗る。本気で走りまわり、笑いが起きてくる。
 続いて、円形に座ったままでの読み合わせ。意識してほしいこととして一つだけ、「セリフを言うときに、誰に向かって言ってるかに気をつけて、その人に向けて言ってね」と伝えておく。
 まだ誰がどの役なのかも分かっていない段階だ。

まさひろ(ダニー) 「父ちゃん、コニマーラにゃ、何がある?」
渡辺 「ん?父ちゃんってどの人?」

 一つずつ確認しながら進めていく。
 読み合わせを終えて一つ心配したことがあった。2つめの区切りのダニー役のりんたろう(小3)がかなりどもる。文頭で難発(音が出てこない)になる。セリフは9か所。ちょっとしんどいのではないか。役の交代を考えるか。
 休憩時間、役を替わりたい人は申し出るようにと伝えるが、誰も言ってこない。これでいくしかない。
 休憩後はさっそく立ち稽古。今度は、「台本を見ながらでいいから、セリフを言うときには顔を上げよう」と指示する。
 一つめの区切りの母親役のさき。小学2年。伸発(音をひきのばす)の吃音になる。時々声がかすれ、聞きとりにくい。
 さきの最初のセリフは、ほら話をやめない父に対する「おまえさん!いいかげんにしなさいよ…」というもの。しかし、低学年のさきには台本が難しいのか、自分の番がきても気付かない。ダブルキャストで待機中のゆういち(高1)が繰り返し助ける。
 話の流れもあまり分かっていない様子。父の話がうそであること、母はそれに怒っていることを確認する。
 「さきちゃん、さっき話し合いのとき、ゆきちゃんに、『筆箱いじってたらあかん』って注意してたやろ。それと同じ。」
 「おまえさん!」の時に父を手でたたいてみたら?という案が出る。さきは「どこたたいたらいい?」と尋ねる。私は「さきちゃんの好きなところ」と答える。さきはちょっと首をかしげていたが、自分が座っていた座布団をたたきながら「おまえさん!」。案とは違うが、雰囲気が出ていてみな納得。
 この立ち稽古は、おおまかな動きを確認していくだけで終わった。言葉のやりとりをきちんと行っていくのはまだ先だ。次の練習時間は、夕食の後。

  2回目の練習(2日目・19時から21時)

 冒頭、スタッフの長尾政毅くん(キャンプの「卒業生」である)がドレミファゲームというのをやってくれる。2チームに分かれて、相手チームに指示された「ドレミのうた」の1フレーズを歌い合う。メロディーがめちゃくちゃになったチームが負け。「ミはみかんのミ〜」などの間違いも飛びだして盛りあがる。歌や、他人と一緒のときのほうがしゃべりやすいという吃音の子どもは多い。よい声出しになった。
 練習は、3つの区切りごとに子どもとスタッフが分かれて行うことにした。1時間後に再び集まることにする。
 みんな戻ってきたら、一度通してみる。そして、子どもたちに、「見ていてよかったところ、なおしたほうがよいところ」を出し合ってもらう。
 感想の出し合いでは、キャンプへの参加が共に7回以上になる中2のなつみと中1のたいきがみなを引っぱってくれた。「相手のほうを見れるようになってきた」「ふたりの会話がなんか平行って感じ。……ちゃんと受け止められてない」。鋭い指摘に、スタッフは感嘆し、他の子どもたちも触発されて感想を出すようになる。やはり、同じ仲間から出てきた意見の方が子どもに響くのだろう。練習の雰囲気がよくなる。自分たちで劇を作っていこうとするムードが出てくる。
 出てきた感想をもとに、立ち稽古を繰り返していく。
 まさとの変化が面白かった。
 まさとは、おとなしい感じの中学1年生。吃音は、時折連発(音を繰り返す)になる程度で、きつくはない。しかし、恥ずかしさが出てくる年頃か、劇に乗り気でなさそう。一つめの区切り、ダニーにほら話を聞かせる父の役である。からだがうつむき加減になり、セリフも棒読み。

まさと(父) 「コニマーラにゃな、北地方で一番青々とした丘があってな、一番真っ黒な石炭がとれてな、……」
渡辺 「ん?これってほんまのこと?」
まさと 「違う」
渡辺 「なんか今のやったら、『新潟では米がたくさんとれて…』みたいに解説してるふうに聞こえるで」
 周囲が笑う。こんなやりとりを繰り返す。
まさひろ(ダニー) 「ロバだって?」
まさと(父) 「うん、ナシの花のように真っ白なのがな」
渡辺 「ん?ちょっと待って。ロバってほんとは何色?」
まさと 「茶色」(※本当は灰色である)
渡辺 「そやんな。白いのなんておるわけないよな。父ちゃんはウソをつくのが楽しくて仕方ないんやな。今また新しいウソを思いついたんやから、その喜びがなきゃ!」

 理解力があるのだろう。言葉で「分かった」と答えるわけではないし、派手に演じてみせるわけでもないが、少しずつ、着実に声が変わっていく。案外心の中では楽しんでいるのかもしれない。「いいね!」とほめると、はにかんで笑う。
 時間いっぱいまで練習が続いた。「できたら明日までに台本を読み返しといでね」。そう伝えるが、子どもたちは部屋に戻ったら学年が近い友達とのおしゃべりがあるだろう。多くを期待はできない。(次回に続く)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/21

吃音親子サマーキャンプと劇づくり 渡辺貴裕(1) − 吃音親子サマーキャンプ (17)

 吃音とは全く縁のない渡辺貴裕さん(東京学芸大学大学院准教授)がまだ大学院生だった頃、竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」に定期的に参加していました。その関係で、吃音親子サマーキャンプにお誘いして、それからずっとスタッフとして参加を続けています。また、竹内敏晴さんが亡くなってからは、スタッフへの演劇指導もして下さっています。
 『演劇と教育』(日本演劇教育連盟編 晩成書房、第590号、2006年12月、36−45頁)に掲載された、渡辺さんの「どもる子どもたちによる劇づくり」を紹介します。

どもる子どもたちによる劇づくり〜第17回吃音親子サマーキャンプより〜

  渡辺貴裕(東京学芸大学大学院准教授、当時岐阜経済大学講師・教育方法学) 
「ぼぼぼぼぼくにも見せろよ!」
「そおおおおれから?」
演じている子どもが、次から次に、どもる。時には言葉が出ず、しばらくの時間が過ぎることもある。しかし、それを笑う観客はいない。子どもも大人も、じっと次の言葉を待っている。
2006年夏、8月25日から27日にかけて、滋賀県立荒神山少年自然の家にて、第17回吃音親子サマーキャンプが開かれた。参加したのは、どもる子どもとその親、そしてスタッフをつとめる成人吃音者・ことばの教室の教師・大学生ら計143名。劇づくりは、キャンプの活動の柱の一つ。冒頭に掲げたのは、最終日における劇の上演中の一コマである。
 どもる子どもたちが一箇所に集まり、三日間という限られた期間のなかで劇をつくって上演する。こうした取り組みは、国内はおろか、世界的にも類を見ないものである。6年前、私は演出家竹内敏晴さんの「からだとことばのレッスン」を介してこのキャンプに出会った。以来毎年スタッフとして参加している。
 以下では、このキャンプの劇づくりの活動について報告しよう。このキャンプは、吃音という「障害」との付き合い方において興味深いだけでなく、演劇教育全般に対しても、ある問題を提起してくれている。まず、キャンプの概要から紹介していこう。

   吃音親子サマーキャンプとは

 「どもっているのは私だけではないということが分かった」
 「みんなどもっていたから話しやすかった」
 「高校生もどもっていたね。ぼくもどもってもいいの?」…。
 キャンプに参加した子どもたちから出される声である。
 キャンプを主催する日本吃音臨床研究会では、吃音を「治す」という考え方をとらない。そうではなく、「吃音と上手につきあう」という考え方をとる。とりわけ、子どもの頃に吃音へのマイナスイメージを定着させてしまわないことを重視している。
 幼児のときには自分の吃音を気にしていなかった子どもでも、学校に入って、自己紹介や本読みのときにつっかえて同級生に笑われたり、しゃべり方を真似されたり、「『あいうえお』って言ってみて」などとからかわれたりして、吃音について悩み始める子どもは多い。また、親や教師に自分のしゃべり方について尋ねても話をはぐらかされ、吃音をタブー視するようになったり、あるいは、「吃音は本人の努力で治る」という俗説を聞いて、一向に治らない自分を責めるようになる子どももいる。多くの場合、子どもは、どもるのは世界で自分だけだと思い込み、一人で悩んでいる。
 キャンプは、そんな子どもたちにとって、仲間と出会い、どもることを恐れずに人と話し、どもりについての経験や考えを交流して、どもる自分を見つめなおす場となる。
 16年前に計50名程度の参加で始まったこのキャンプは、近年では計140名前後を数えるまでになった。
 参加する子どもの学年は小学校から高校まで。吃音の程度はさまざまである。大阪を中心とした近畿圏からの参加が多いが、千葉、島根、山口、九州など遠方からの参加もある。親子での参加が原則であり、親向けにも話し合いや学習会などのプログラムが組まれている。続けて参加している親子が多く、今年は3分の2が2回目以上の参加であった。
 子どもにとってキャンプの活動の柱は四つ。グループに分かれてどもりをテーマに行う「話し合い」、自分のどもりと向き合う「作文教室」、荒神山を登る「野外活動」、そして最後に、「劇の練習」および「上演」である。
 キャンプでは、第1回から劇づくりの活動がプログラムに組まれていた。なぜ、どもる子どもたちのキャンプで劇づくりなのか。
 キャンプの発起人である伊藤伸二さん(日本吃音臨床研究会会長)は、その理由として、自身が小学2年生だったときのエピソードをあげる。秋の学芸会の劇で、伊藤さんは、担任の先生の「配慮」により一方的に、一人でセリフを言う役を外された。これは、伊藤さんにとって、吃音に劣等感を感じ、無口で消極的な子どもになっていくきっかけとなった出来事だったという。
 しかし、伊藤さんのこの牘綰悪瓩里澆砲茲辰瞳爐鼎りの活動が17回も続けられてきたわけではないだろう。毎年、子どもたちが、この劇づくりで何かを経験し、得ているのである。キャンプにとって劇づくりの活動を不可欠なものにしているこの「何か」とはいったい何なのだろうか。

   サマーキャンプでの劇づくり

 上演する劇は、通して演じた場合に40分程度になるもの。例年脚本を竹内敏晴さんが書き下ろしてくださっている。
 劇は、4〜5つの場面に分けられている。子どもたちは同数のグループに分かれ、グループごとに一つの場面を演じる。上演といっても、「学習室」という広めのカーペット敷きの部屋で行うもの。舞台や幕もなければ照明装置もない。音響も、鈴やたいこを鳴らす程度である。また、本番でも台本を持ったまま演じてかまわない。
 とはいえ、劇の練習時間は、2時間が3回。新たに出会う異年齢の仲間と劇づくりを行うには、あまりにも限られた時間である。
 これを助けているのが、一日目の夜に行われる、スタッフによる劇の上演である。竹内敏晴さんから一泊二日の「事前レッスン」を受けたスタッフが、子どもたちが最終日に上演する劇を、一度演じてみせるのである。演劇には素人同然のスタッフによる上演であり、その完成度は決して高くない。しかし、子どもたちは、一度劇を目にすることで、おおまかなストーリーを頭に入れておくことができる。さらに、大人がどもりながら行う上演を見ることで、「自分たちにもできそうだ」という励みも得ているのかもしれない。
 各グループの劇の練習は、事前レッスンを受けたスタッフが中心となってリードする。同じレッスンを受けているので、子どもに教える際の考え方はある程度共通しているであろうが、特に統一された指導手順があるわけではない。各グループのスタッフがそれぞれのやり方で練習に取り組む。私が属していたBグループの活動を中心に、キャンプでの劇づくりの様子を見ていくことにしよう。

   「コニマーラのロバ」
 
 今年上演した劇は、「コニマーラのロバ」(原作 エリナー・ファージョン、脚本 竹内敏晴)である。
 ダニーという7歳の男の子が、父親が聞かせてくれた、フィニガンという架空の白いロバの話を信じ込む。ダニーは学校でフィニガンの自慢をするが、他の子どもたちからは嘘つきだと馬鹿にされ、さらにフィニガンがいるはずがないことをいじめっ子によって突きつけられてしまう。ショックを受けたダニーは病気になって寝込む。ダニーの父親と同郷のデイリ先生が、田舎に帰っているとき、懇意になった船乗りの助けを借りて白いロバの写真を撮り、ダニーに送る。受け取ったダニーは徐々に回復して登校し、みなに写真を見せ、いじめっ子の鼻を明かす。このようなあらすじである。
 Bグループが担当するのは、5つに分かれた場面の2つめ。ダニーが父親からロバの話を初めて聞き、ロバに入れ込んでいく部分。ダニーと家族とのやりとりが続く展開である。
 この場面の担当に決まったとき、私は正直なところ、「やりにくいな」と思った。登場人物がダニー、父親、母親、ナレーターの4名しかいないうえに大きな動きがない。ダニーと級友たちが言い争う場面であれば、集団のぶつかりあいやはやし言葉のやりとりで、劇の楽しさを子どもたちに経験させやすいだろうに。さてどうしたものか。
 グループの子どもは12名、スタッフは7名(うち、事前レッスン参加者が私を含めて3名)。練習場所は、12畳強の広さの畳敷きの部屋である。練習は、このグループのなかではスタッフ経験年数が長かった私が中心になってリードした。
 私は、演劇の考え方の多くを、竹内敏晴さんに学んでいる。また、子どもへの実際の指導に関しては、元小学校教師の福田三津夫さんに学んでいる。このキャンプでは、どもる子どもたちを相手にする。しかし、私は、特に吃音を意識した特別な指導方法をとっているわけではない。 (次回につづく)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/20
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