伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2020年08月

吃音親子サマーキャンプ (7)

親と、ことばの教室担当者との対話

 第7回から会場を滋賀県大津市葛川自然の家に移しました。開催1ヶ月前に、大阪府堺市で集団食中毒O-157が発生し、大きな社会問題となり、吃音親子サマーキャンプも、開催が危ぶまれましたが、食事について万全を期し、予定どおり開催しました。
 ことばの教室担当者の口コミ、朝日新聞による紹介などがあり、この年の参加申し込みは80名を突破しました。反響の大きさに驚くとともに、手作りのキャンプの良さを維持できるか少し戸惑いもありましたが、経験したことがない大人数を引き受けることにしました。
 この年から、本格的に、竹内敏晴さんの演出・指導による芝居が始まりました。この年は、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」でした。「セロ弾きのゴーシュ」には、セロをはじめ、ラッパ、フルート、バイオリンなどたくさんの楽器が小道具として登場します。和歌山に住む、どもる子どものお母さんが、すてきなセロを作ってくれました。和歌山まで電車で受け取りに行ったのですが、帰り、大きなセロを抱えて、夕方の満員電車に乗ったことを思い出します。

 印象に残っているのは、2日目の夜の懇親会のとき、長く、ことばの教室を担当している人から「私は、子どもさんの吃音について相談に来られたお母さんに対して、吃音は治らないかもしれないとはストレートに言えません。何とかしてお母さんの期待に添いたいし、私も何とかしてあげたいので、治るように一緒にがんばろうね、と言っています」という話があったとき、この発言に対して二人の母親から次のような意見が出たことです。
 「高学年になってからの吃音はほとんど治らないと聞いている。どうしてそんな、希望をもたせるような無責任なことが言えるのですか」
 「子どもと一生付き合うのは親です。先々の育て方にも影響するので治るというような安易な言い方はしないでほしい」

 治してあげたいということばの教室の先生の気持ちはありがたいと思いつつも、真実を話してほしいの親の希望がぶつかり合い、緊張感あふれる話し合いになりました。最後は、吃音を受け入れたいという親の強い意思表示がされたことを思い出します。そのときのことばの教室の先生は、親からのまっすぐな意見にかなりの衝撃を受けられたようです。でも、翌年のサマーキャンプにも参加して下さいました。どことなく、ふっきれたような、すっきりとした顔をされていたように思います。

第7回吃音親子サマーキャンプ(1996年)
     会場  滋賀県・大津市葛川自然の家
     参加者 83人
     劇   セロ弾きのゴーシュ

 
それぞれのセルフヘルプグループ −吃音親子サマーキャンプ−

                               伊藤伸二

−「ことばがつまって、音読ができない。発表したくてもことばがつまるから、発表ができない。ことばがつまるのは、僕だけしかいない」
 普段は明るくて、活発な息子がオイオイと泣いた。親としてはオロオロするばかりで、何をどうすればよいか全く分からない。−(父親)
−キャンプに行くときは、ことばがつまることがはずかしかったけど、自然の家に着くと、みんながつまっていたのでほっとしました。子どもも大人もつまる人がたくさんいました。
 「発表のときに、ことばがつまるのが、はずかしいです」とぼくが言うと、「ぼくも、いっしょやと」言ってくれました。−(小3)
 
 「どもるのは私だけじゃない。それを知ってほっとした」
 吃音親子サマーキャンプに初めて参加した子どもたちは、口を揃えてこのように言う。子どもたちは、これまで、同じような悩みをもつ子どもとほとんど出会ってこなかった。子どもにどうしてやればよいか分からないと言う親が、互いの悩みを話す場もまたない。また、吃音指導法が確立されておらず、吃音への対処も全く相反するような考え方がある中で、臨床家自身も悩んでいる。
セルフヘルプグループは、成人のどもる人だけでなく、どもる子、親、臨床家にも必要なのである。
 今年のサマーキャンプは、吃音児30名、親16名、どもる成人10名、ことばの教室の教師11名、普通学級の教師や養護教諭など、バランスよく、多くの人が参加したため、それぞれのセルフヘルプグループができあがった。
 「どもりのことをいっぱい話せてよかった」
 これもキャンプに参加した子どもたちの声だ。 年齢別に分かれてのグループミーティングの中で、子どもたちは実によくどもりについて話す。
 どもることでからかわれたり、いじめられたりの辛い体験が話されると、じっとその話に耳を傾ける。吃音との対処の話し合いになることもある。他人のどもる姿も、体験を聞くのも初めての体験だ。
 どもる子どもは、子どもたち同士だけでなく、親や、教師とも、どもりについてオープンに話し合うことはなかった。どもりについて一切触れず、話題にしてこなかったという親は多いからだ。それは、「どもりを意識させてはならない」の幼児吃音についてのひとつの指導が、かなり定着しているからだと言える。ことばの教室でも、どもりを直接の話題にしているところはそれほど多くない。
キャンプでは、このそれぞれの自分の立場でのセルフヘルプグループのほかに、立場の違いをこえての交流がある。小学生、中学生、高校生、大学生、社会人と、各年代のどもる子どもやどもる大人に直接出会い、生活や意見を聞くことができる意義は大きい。親は、参加している子どもたちの中に、わが子の将来の具体的な姿を見ることができる。どもる子どもの指導にあたる臨床家も同様で、現在指導している子どもの成長していく姿を具体的にイメージすることができ、その年代に起こる悩みや問題について知ることができる。どもる子どもにとっても、成人と話し、共に行動することを通して、具体的な自分の将来をイメージする。

−2学期がはじまり音読の宿題がありました。ところどころつまりながら読んでいくのですが、以前のような弱々しさや持って行き場のない感情の高ぶりを見せることなく、堂々とつまりながら読み終えました。「よかったよ!」「うん!」自然にこんな会話ができました。−
 香川県から家族全員で参加した母親は、キャンプの感想文にこう結んだ。
 「1年に1回、皆さんと会えるキャンプ。子どもは、明るさやたくましさのエネルギーを充電し合い、私は、成人のどもる人たちから、エネルギーを分けてもらい、これからのハードルをひとつひとつ飛び越えていけたらと思います」 (了)   (1996.10.19)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/31

ムーミン原画展

これまでにないムーミン原画展

 吃音親子サマーキャンプの特集に戻り、昨日は、第5回を紹介したばかりですが、今日は、特別に、ムーミンです。
ムーミン4 大阪市天王寺区のあべのハルカス美術館で、ムーミン展が開かれていました。友人が行ってよかったと紹介してくれたので、行くつもりだったのですが、うっかりしていて、最終日の今日、ぎりぎり行くことができました。
ムーミン6 トーベ・ヤンソンの人物紹介、ムーミンの話が生まれたいきさつ、ムーミン谷の仲間たち、たくさんのスケッチ、挿絵、本の表紙、立体、映画やオペラなどにもなったムーミンなど、これだけのものを集めるのは大変だったろうなと思わせる展覧会でした。今日で終わりということもあるのか、訪れる人も多く、入館の際には人数制限をしていました。挿絵は、ペン描きで線描のものが多く、繊細なタッチです。なぜか浮世絵と似ているところもあり、並べられていて、おもしろいなと思いました。
 1939年に第二次世界大戦が始まり、フィンランドもソ連の侵攻で戦争に巻き込まれ、戦争に強く反対していたトーベは、政治風刺雑誌「ガルム」に、独裁者たちを痛烈に笑いのめす風刺画を描くようになります。政治風刺雑誌「ガルム」の風刺画も展覧会のテーマで、いくつかの作品が展示されていました。平和を願っていたトーベが、世界大戦後、人が幸せに生きていく道を探し続けたのは当然のことでした。

 僕は、ムーミンのことをよく知りませんでした。白い、どっちかというとコロンとした親しみやすい体型のカバみたいな動物、くらいの認識しかなかったのです。そんな僕は、2017年10月、僕の家の近くの絵本喫茶「ハーゼ」でムーミンと出会いました。散歩の途中で寄った絵本喫茶「ハーゼ」を経営しておられるのが、絵本、児童書の研究者で、幼児教育の専門家の長谷さんです。そのハーゼでの「絵本の集い」で紹介されたのが、「ムーミンの本当の姿」でした。ムーミンの世界の奥深さを教えていただきました。長谷さんのお話を聞いてから、ムーミンがぐんと身近になりました。

ムーミン_0001 長谷さんの幼児教育の視点からみて、トーベ・ヤンソンは、第二次世界大戦の後、人が幸せに生きていくために、人生にとって、教育や子育てにとって、とても大切な要素を、ムーミンの話の中に込めていたと、長谷さんは読み解きます。長谷さんは、それを「三間」として示したのではないかと話されました。とても納得できる話だったので、それを僕なりに解釈して、その後の僕の講演や講義で、ムーミンの話をするようになりました。

ムーミン3 「ところで、皆さんは、ムーミンを知っていますか?」と話を始めると、参加者の興味がぐんと増すようです。「人生にとって大切なもの、「三間」とは何でしょう」と質問していくと、案外に長谷さんが考えたことが出てくるのが不思議です。多くの人に共通するものだからかもしれません。
 長谷さんが言う、三間とは、ゞ間 ∋間 C膣屬裡海弔任后
 ,龍間は、ムーミン谷で、誰もが安心して自分を出せる場所。安全基地です。困ったことがあっても、その場所に行けば自分を取り戻せる、そういう空間です。
 △了間は、フィンランドは夏と冬の差が大きく、昼と夜の時間の長さも大きく違い、物語の描き方も季節によって違うとのこと。それぞれの季節に合わせて生き方を柔軟に変えていくということです。その瞬間、瞬間を精一杯生きるということでしょうか。
 の仲間は、ムーミン谷の住人たちで、たくさんいます。仲間です。
 <三間>は、教育、保育、子育てなどを考えるときも大事なポイントになります。忙しい現代の子どもたちにとっても、必要なことでしょう。長年続けてきたセルフヘルプグループは、まさに<三間>がそろっています。吃音親子サマーキャンプも、この<三間>を軸に考えることができます。

ムーミン_0002 フィンランドといえば、オープンダイアローグ発祥の地。対等な関係で、話し合いをするということと、どこかでつながっていると感じました。
 ムーミンを生んだフィンランドだから、オープンダイアローグの発想が出てきたのでしょう。ムーミンと、オープンダイアローグの地、フィンランドに行きたくなりました。
 今回の「ムーミン展」で、お話の奥深さや、トーベヤンソンの人柄にも触れることができ、とてもいい空間、時間を過ごしました。これからも、「三間」の話に磨きをかけていこうと思いました。

日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2020/8/30

吃音親子サマーキャンプ (6)

吃音は、学童期こそが大切

 第6回吃音親子サマーキャンプは、前年と同じ綾部市の聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」で開かれました。恒例となったカレー作り、話し合い、からだとことばのレッスンとしてのからだ揺らし、詩や歌、そして、竹内敏晴さんから演出・指導を受けた芝居「木竜うるし」を僕たちが子どもに指導し、稽古をし、上演するという内容でした。
 前年、参加したものの、吃音に向き合うことができずに、途中で帰りたいと言い出した高校生がいました。高校生が途中で帰ることは認めたものの、母親には残ってもらいました。そして、高校生をバス停まで送っていく道すがら、いろんなことを話すことができました。教育関係者の父親が吃音で、吃音をとても否定的に考え、家では吃音の話題がタブーだったそうです。だから、吃音について何も知らずに苦しみながら高校生になり、母親とキャンプに参加しました。彼に、残っている母親に何か伝えることはないかと尋ねました。すると、次のように話して、帰っていきました。
 「もっと早く、吃音について知りたかった。妹もどもるので、来年は妹を連れてきてやって欲しい。吃音が治りにくいことも含めて、妹には母親の口からどもりのことを話し、どもる仲間に会わせてあげて欲しい」
 高校生の兄は、もう少し早く吃音に向き合っていれば、キャンプの途中で帰ることもなく、新しい展望が開けたのではないかと思うと、途中で帰ったことを含めて、残念な気持ちを持ち続けています。幸い、翌年の今回、その小学3年生の妹と母親が参加しました。
 学童期に吃音と向き合わずにきた子どもが、思春期になって、いきなり、さあ吃音に向き合おうと言われても、それは無理なことです。
 学童期、自分にとって、大切な吃音について、正しい知識を知りたいと思うのは、当然のことでしょう。僕たちは知り得た事実は語っていこうと思います。

第6回吃音親子サマーキャンプ(1995年)
     会場  京都府綾部市 聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」
     参加者 50人

ああ、学童期
           日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二

アイデンティティの概念で知られる、心理学者E・H・エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分けた。そして、その段階ごとに、体験しなければならない発達課題を設定した。
 エリクソンの中心テーマが、アイデンティティにあるように、思春期が発達上危機的な時期であることは、言うまでもない。また、乳幼児期が子どもの発達にとって極めて重要な時期であることも、論をまたない。このふたつの時期に比べ、学童期は人生の中でも最も安定した時期のひとつとされ、あまり顧みられてこなかった。
しかし、エリクソンによれば、発達は、前段階の社会・心理的発達課題が達成されてこそ次の段階に進むことができ、一つの段階を飛び越すことはできない。とすれば、最も波乱が多く危機に満ちている思春期の前段階である学童期にもっと関心が寄せられるべきである。しかし、学童期に、課題を十分に達成できずとも、 学童期に危機的状況が現れることは少ない。だから対応が遅れてしまう。
学童期は国語の時間当てられて嫌だったが、まあなんとか過ごせたと言うどもる人は多い。悩みが一気に吹き出し、ひどく悩むのは次の思春期だ。
 『スタタリング・ナウ』No.1で、いじめられ体験を語ってくれた男子は、3・4年、5・6年と、ひどい教師にあたっている。学童期の不適切な教師の対応のつけは、思春期に噴出する。思春期にいじめに会った彼は今も、その後遺症の精神疾患に悩む。
 この学童期をエリクソンは、「学ぶ存在である」といい、社会・心理的発達課題を《勤勉性対劣等感》で表した。
 勤勉性とは、「精一杯学ぶとか、一所懸命何かをする」ことである。学ぶ喜びを味わい、困難なことに立ち向かい、そのプロセスの中で解決していく喜びを持てると、有能感が獲得されていく。
 国語の朗読でどもって皆に笑われる。知っている答えも、「分かりません」と言ってしまう。どもることを教師や級友から否定的に評価されると、学ぶ喜びを味わえない。学ぶことが苦痛になる時、自分は他人より劣っているとの劣等感が強くなる。
学童期に、劣等感よりも勤勉性が勝り、自分なりの有能感を持つことができれば、「どもるけれど、僕にはこんないいところがある。こんなことができる」と考えられる。学童期の課題が達成できていれば、今精神疾患で悩む彼も、いじめに向かい合う力がついていたに違いない。
 どもるからといって、出してもらえなかった学芸会。「最近手を挙げなくなりました。この消極性をなんとかしたいものです」と何度も書かれた通信簿。児童会の役員選挙で、どもる私を推薦するかどうかでもめた学級会。私の学童期の教師も級友も、私に劣等感を増幅させる役割しか果たさなかった。何かを成し遂げる喜びも、学ぶ楽しさも全く味わえない、孤独な学童期を生きた。当然、思春期の危機に直面する。どもりを恨み、母を恨み、自分は何者であるのか、掴めなかった。
 今から振り返れば、私にとってのセルフヘルプグループの活動は、飛ばしてしまった学童期のやり直しであったようだ。学童期にできなかったことを私はセルフヘルプグループの活動の中で、ひとつひとつやり遂げていったようだ。
 活動の中から、「私にもできるじゃないか」「私は私なりにできる力がある」とやっと思えるようになった時、私の学童期の課題は達成された。そして、私の本当の思春期はかなり遅れて始まった。
 吃音親子サマーキャンプに参加した学童期の子どもたち。仲間と語り合うことの楽しさ。しんどく苦しかったけれど、みんなと一緒に劇に取り組み、やり遂げた喜び。僕にもできるという有能感をもってくれたに違いない。どもりどもり精一杯舞台で表現する子どもたちの中にそれを見た。
 劣等感に勝る勤勉性を、そこからくる有能感を、子どもたちが持てるような体験を大人たちが用意できるだろうか。吃音と向き合う力は、学童期にこそ養われる。
 その大切な学童期が、今、危ない。(了)  (1995.10.11)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/29

吃音親子サマーキャンプ (5)

ことばの教室の教師が参加する意味

 吃音親子サマーキャンプの特集をしている途中でしたが、今年の幻の第31回吃音親子サマーキャンプへの思いを綴った番外編を挟みました。吃音親子サマーキャンプを大切に想って下さっている多くの方の気持ちに触れ、続けてきてよかったなあと思いました。
 今日からまた、これまでの吃音親子サマーキャンプを特集したニュースレターの一面記事に戻ります。今日は、第5回です。
 このとき、どもる子どもをどう指導していいか分からないということばの教室担当者が四国から参加しました。「吃音を気にしないでたくましく生活できるようにする」ことが大事と聞いたが、具体的に1時間の指導時間に何をしたらいいのかと困っておられたようです。劇の練習を共に体験しながら、子どもたちを、しなければならない状況に追い込む。その結果、子どもたちはがんばり、力がつくのかと、企画に感激したと感想を下さっています。どもる大人のために大阪吃音教室があり、そこでの学びを子どもたちに生かしたプログラムが組まれている吃音親子サマーキャンプです。《何もできない、何をしたらいいか分からない》から、《しなければならないことはたくさんある》を実感してもらえたようでした。


第5回吃音親子サマーキャンプ(1994年)
     会場  京都府綾部市 聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」
     参加者 37人

  
吃音親子サマーキャンプ
     日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「吃音は治らない。したがって、臨床家としては、何もすることはない」
「吃音児に治療的試みをすることは百害あって一利もない。だから何もしないほうがよい」
 いわゆる言語障害の専門家から、こう言われたことばの教室の担当者がいる。その方から「ことばの教室でどもる子どもをどう指導すればよいか?」との切実な質問を受けた。
 直接、間接にこれらの声はよく耳にするが、それらの方々に、私たちの吃音親子サマーキャンプに参加していただきたいとお勧めしたい。
 「吃音は必ず治る」として、いたずらに吃音治療に明け暮れた頃から比べれば、吃音が治りにくいものであるとの認識が定着したのは前進には違いない。しかし、だからと言って「何もできない、むしろ何もしないほうがよい」とは、それが、言語障害の専門家から出たことばだけに残念でならない。このように言われるようになった責任の一端は私たちにもあるのかもしれない。吃音症状にのみ焦点をあてた吃音治療の弊害を訴え、《治す努力の否定》の問題提起をしたのは、私たちだったからだ。吃音受容がまず大切だと訴えたかったのだが、《治す努力の否定》のことばだけが一人歩きしてしまった。  問題提起した私たちは、治す努力に変わる努力の方向を、《吃音とつきあう》立場で模索し続けてきた。大阪吃音教室の、『吃音とつきあう吃音講座』は毎週金曜日の夜2時間、一回ごとに違うテーマで、年間40回以上続く。それだけ取り組まなければならないことが多いということだ。その講座にほぼ毎回出席し、真剣に取り組んで初めて、《吃音とつきあう》考えが分かり、日常生活に生かせるようになったと言うどもる人は多い。《吃音と上手くつきあう》ことはそんなに容易くはない。何もしないで、放っておくだけでは、何の変化も起こらない。その大阪吃音教室8年の活動の中で、プログラムは改良に改良が続けられてきた。その成果をどもる子どもにも生かしたいと考えたのが、吃音親子サマーキャンプで、それも今年で5回目となった。
楽しい、リラックスした雰囲気で吃音親子サマーキャンプは進行するが、時には緊張する場面もある。他者の前で自分の問題を、自分のことばで話すことは最初は緊張する。しかし、どもっても受け入れられ、真剣に話を聞いてもらえるという安心感の中で、子ども達は実によく話す。また、どもる子どもにとって、大勢の人前で演じる演劇は最も苦手とすることだが、最初は尻込みした子どもも、仲間やスタッフに励まされ、ほとんどの子どもが最後には喜んでこのプログラムに加わる。
かなりハードな練習で何度も何度も泣きそうになりながら、一番楽しかったのは演劇だったと最後に感想を言った小学6年の男子。
セリフも殆ど暗記していたのに、つっかえつっかえ、時にはひどくどもりながら、表情豊かに演じ切り、舞台が終わっての挨拶の時、とても満足そうな顔をしていた小学4年の女子。
 私たちは、少しでも楽に話せるようにと、ことばそのものへのアプローチも重視しているが、からだとことばのレッスンによって、子どもの声は見違えるように出始める。ことばの問題ひとつとってもアプローチしなければならないことは多い。
今回私たちの吃音親子サマーキャンプに、ことばの教室の先生が何人か参加して下さった。
 <何もできない、何もしてはいけない>ではなく、<しなければならないことはたくさんある>ことを実感していただけたのではないか。このように私たちのプログラムに参加していただくことで、《治す努力の否定》の問題提起への誤解が少しでも取り除かれればうれしい。(1994.12.28) (了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/28

吃音親子サマーキャンプ 番外編 #サマキャン2020 PART3

想いは、ことばで表現しないと伝わらない

 ちょっと長くなりますが、「#サマキャン2020」からいただいたメールの続きを、一気に紹介します。
 30年間、夏の年中行事であった吃音親子サマーキャンプが中止となり、寂しい思いをしていましたが、思いがけないイベントを企画していただき、とても幸せな気持ちになりました。皆さんが吃音親子サマーキャンプを楽しみにしていて下さっているだろうとは思っていましたが、こうして、メールで、ことばにして伝えて下さったおかげで、皆さんのキャンプへの想いを感じ取ることができました。こんなに大切に思っていて下さったのだと、改めて吃音親子サマーキャンプという場の力を思いました。遠く離れていても、これまでに共有した思いは変わらず、そこに集う人たちの温かさを感じることのできたイベント期間でした。
 この思いがけないメールでのイベントを計画して下さった方、その想いに賛同して参加して下さった方々、本当にありがとうございました。とても幸せな気持ちで過ごしました。

 ちょうど、彦根市荒神山自然の家から封筒が届きました。来年の使用申し込み書です。
 2021年8月20・21・22日で申し込みました。決定はもう少し先ですが、どうぞ皆さん、スケジュールに入れておいて下さい。お会い出来ること、心より楽しみにしています。
 では、#サマキャン2020の最後です。

〇毎年、サマキャンでお世話になり、ありがとうございます。息子は中2、いつも一緒に参加している妹は小6になりました。サマキャンへ思いを馳せつつ、昨日は家族でカレーを食べました。また、来年お会いできるのを楽しみにしています。(兵庫)

〇僕は今は吃音が少しだけ出ていますが、きつくもなく、元気に過ごしています。新型コロナの影響と、今年も暑い夏なので熱中症にも気を付けています。
 僕は、24日(月)〜27日((木)3泊4日で北海道への修学旅行がなくなりました。高校3年生の僕は、後もう少しで卒業です。僕にとって高校は1日1日遅く感じています。
 来年のサマキャンにはきちんと行きますので、宜しくお願いします。(大阪・今年卒業式をすることになっていた男子)   
 
〇今年、最後のサマキャンが中止になり残念に思いましたが、来年参加させてもらえるとのこと!!喜んでいます。来年サマキャンでお会いできること、楽しみにしています。(大阪)   
卒業式会場
〇西宮市で、吃音親子のつどい「あのねのひろば」をしています。昨日、あのねのひろばで、サマキャン恒例の作文をしました。サマキャンスタッフの提案です! 参加者は少なかったですが、サマキャン参加経験者で、楽しかったサマキャンに思いを馳せながら、普段は断固拒否の作文に取り組みました💦
 サマキャンで思い出すのは河瀬駅に続々と参加親子が改札を通り集まって来る風景です。重い荷物を持ちながら、不安そうな顔、久しぶりに会う仲間を見つけて嬉しそうな顔…みんなどもる仲間だと思うととてもハッピーな気分でした❗️
 今年はサマキャン中止となりましたが、コロナが収束したら開催を楽しみにしております。私も、サマキャンにお世話になり助けられた者なので、他の方にも経験してもらいたいと思っています。(兵庫)

〇ご無沙汰してます。今、通販の業界で、去年の4月から働いてます。この時期が来ると毎年、サマキャンを思い出します。今年は中止だったそうですが、是非来年は皆さんで集まれると良いですね。いつまでもお元気でお過ごし下さい。(大阪・卒業生の女子)

〇今年は、キャンプ中止になったと聞きました。本当に残念ですね。毎年この時期になると、とても充実した3日間を思い出します。娘も毎年、「今は山登りやな」「今は外でカレー食べてるな」と色んな事を懐かしく思い出してます😄
 娘は、去年4月に通販の会社に就職して、倉庫でピッキングの仕事をしてます。どもりながらも周りの方々にも助けて貰って、楽しく仕事ができてます。本当に感謝です。
 これからも、サマキャンが悩める親子の癒やしの場所であります事を願ってます😊
 去年の娘の成人式の写真を添付しておきます。こんなに大人になりました(笑)
(大阪)

〇最後にサマキャンに参加したのが中学1年の時、4年前です。それから全然参加できていないのですが、今年はこういう形で参加できて嬉しいです。息子は楽しく学校に通っています。高校ではどもることが間々あり、一番困るのは英語で話しているときにどもってしまうことだそうです。英語での言い換えがなかなか難しく、グループなどで参加している場合はクラスメイトに迷惑(英語の評価が下がる)をかけてしまうことが困っていると言っていました。
 普段の生活で友達と話していてどもることは気にすることはなく、何かトラブルが起こってもただそのことに対処すれば良いだけぐらいの気持ちで過ごしているようです。(のん気なんです)そんな感じでおりますので、宿題はやらない、テスト勉強はしないと、毎日のんびりマイペースです。
 部活は柔道部に入りました。練習がキツイ部活だそうですが、部活は一生懸命やっています。 サマキャンのスケジュールで過ごしてみよう!という企画で、昨日の夕食はカレーでした。最近の息子の写真を添付します。(静岡)

〇2020年夏、我が家では、2つの特別な出来事がありました。
 1つ目は、なんといってもコロナ禍で、今年で10年連続参加予定だったサマキャンの中止。やはりサマキャンは、大きな存在であると、一層強く感じる夏です。
 2つ目は、8月14日に息子が鼻中隔湾曲症と鼻茸(ポリープ)の手術を行いました。1週間の入院でした。ここ1〜2年、鼻で息がほとんどできない状態で、匂いも感じませんでした。全身麻酔で、術後のひどい痛さと、精神的につらい思いをしていました。
 高校に入ってから、吃音で辛い思いをすることが多く、パワーポイントでのグループ発表では、吃音への理解のなさ、その場の雰囲気に絶望さえ感じたようです。難発でなかなか言葉が出ず、その上、鼻で息ができず、地獄のような毎日でもありました。そんなこともあり、怖がりの息子が、鼻茸の手術を決断しました。吃音が治らないことは、わかっているのですが、鼻で呼吸をし、楽にどもりたいと思ったのかもしれません。
 入院中は、コロナ禍で自由に面会もできず、手術、術後の痛み、入院生活、それはそれは、大変な日々でした。看護師さん、ドクターと出会い、病院で生活し、色々なことを感じ、吃音と同等、それ以上の辛い体験を初めてしたようです。
 その中で、私たち親子の一番大切なことは、何か???息子と話しました。
 答えは、ずばり、『対話』です。入院中、LINEで、短時間の面会で対話、対話、対話でした。『帰ったら対話しよう。』を合言葉に、耐え抜いた2020年夏でした。大袈裟でしょうか(>_<)
 若者の術後の回復は素晴らしいです。まだ、鼻に詰め物をしており通院もありますが、元気にしております。
 鼻茸の手術を受ける直前に、ビビり熱を出してしまい、2回もPCR検査を受け、手術を2回延期しました。無事に終わった今となれば、息子らしい出来事です(笑)もちろん、陰性です。
 毎月送っていただく「スタタリング・ナウ」、楽しみにしております。伊藤さんと佐々木和子さんとの対話も拝読しました。息子と佐々木さんのどもり方が同じだと、記事の内容に共感し、嬉しく感じていました。若者の1年も貴重な1年ですが、年齢を重ねた方々の1年もそれ以上にとても貴重な1年です。
 今年の夏は異常な暑さです。お体、ご自愛ください。来年は、直接お会いして、その場の雰囲気を感じ、マスクなしに表情豊かに語り合いたいです。必ずサマキャンでお会いできますように、そして、卒業式ができますように、心から願っております。(兵庫)

〇土曜日にカツカレーパーティーをする予定が、色々あり日曜日開催となりました。1日遅れで失礼します。
 昨日は町内に住むサマキャン参加のファミリーと一緒にうちの庭でカツカレーでした🍛
サマキャンの話をつまみに、お酒アリ!花火アリ!焚き火アリの夜となりました。
 2人は、近所の仲良しグループで朝から待ち合わせて一緒に自転車登校しております。中学校に入り4クラスに増えましたが、今年も同じクラスです。さらに、ことばの教室で一緒だった他小の男の子1人も加わり、1クラスにどもる子が3人です!100人に1人なんて話がウソのようなクラスです。2人にひっぱられるような形で最初の自己紹介で吃音である事を3人とも発表しました。2人とも楽しい中学校生活を送れているようです( ◠‿◠ )
 サマキャン大好き❤の弟は、今年の劇は何やったんかな?楽しみにしとったのにな…と姉同様に残念がってました。
 早くサマキャンのみなさんにお会いできる日を楽しみに待ちたいと思います。(三重)

〇少し遅れましたが、伊藤さんに伝えたいと思い、送ります。
 今、19歳の娘は、学校、スーパーのアルバイトと、日々フルパワーで頑張っています💪
去年のサマキャンの事を思い出し、卒業式の伊藤さんの涙は、娘や私の中で一生忘れる事は無い宝物です。娘も、先生が大好きなので、また、いつかメールする時があると思いますので、その時まで、待っていて下さい!
 また、来年からサマキャン開催される事、願っております。(京都・昨年の卒業生の親)

〇遅れてのメッセージになってしまいましたが、我が家の近況です。
 中学生になり、気の合う(電車好き)新しい友達が出来ました。部活はソフトテニス部に入ったので日に焼けて真っ黒です。
 また、大きな変化は…。4月に家族が1人増えました。とても可愛がりお世話をしてくれます。毎日「ももちゃん、ただいま〜」と言って学校から帰ってきます。
 来年のサマキャンは主人が参加してくれるハズ!?なので、その時はどうかよろしくお願いいたします。(三重)

〇昨年、サマキャンに初参加させて頂きました。今年もサマキャンと思っていましたので、コロナの件で、中止なのが、残念です。
 息子は、サマキャンから、お陰様で少しだけ前向きになりました。昨年秋の運動会では、応援団に入って輝いてました。しかし、やはり、まだまだ、人前での発表が苦手で、いくら前日に練習していっても、あがってしまう様です。人前が怖い様です。また、間違いを指摘されるのが、怖いのか、家でも主人に注意されると、怒り出す事があります。
 サマキャンに毎年参加していると、年々、子どもが、吃音を乗り越えて成長していくと、先輩に聞いています。また、来年、皆様に会えるのを楽しみにしています。いつも元気づけてくださり、ありがとうございます。(大阪)

〇カツカレーのコンテストみたいになっているんですね。
3日間、ありがとうございました。おかげさまでグループラインの「#サマキャン2020」は無事に終了しました。楽しみに待っていた、3日間たのしかった、当時を思い出した等々の感想が届き、ホッとしています。
 昨夜はグループラインにもカレーの写真が寄せられ、最初は、やった!と嬉しく思いましたが、投稿写真が増えるにつれ感動で涙が出てきてしまいました。ラインでは約半数の方がトークに参加した形です。既読だけの方にも何か届いているといいな、と感じています。
 今回は、お知り合いの方にも#サマキャン2020をご案内ください、とお願いしたので一部のスタッフさんにも連絡はまわったかと思います。

 本当ならこの時間は、サマキャンの帰りで、渋滞の真っ只中です。不思議な感じです。とてもとても楽しいひと時を過ごせました。皆さんとの温かい思い出のおかげです。ありがとうございました。(千葉)   (了)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/27

吃音親子サマーキャンプ 番外編 #サマキャン2020 PART2

番外編 #サマキャン2020 PART2

 昨日に引き続き、番外編をお届けします。結局、#サマキャン2020の件名メールは、25通を越えました。明日も続きそうです。

〇昨年の今頃は、新しい出会い、とても温かく元気をもらえました。伊藤さんに出逢えたこと、サマキャンに参加することができたことにも、とても感謝しています。
 初めて行った滋賀県、琵琶湖はとても開放的で自然あふれてきれいだなぁと思いました。 初めての出会い、親子別々の部屋は、少し不安だったけど、皆でゲームをしたり、劇をしたり、話し合い、作文、ラジオ体操、外でカレーを食べたり、登山、夜にお化け屋敷を子ども主催でしてくれたり、子どもたちも大興奮のまま3日間過ぎていきました。
 何度も参加している人もたくさんいる中で、私たちのように初めて参加した人にも、温かく迎え入れてくれて嬉しかったです。
 自分の子どもが吃音になるまで、どもる人を意識しないで生きてきたので、たくさんの明るく生きるどもる人に出会えて、子どもの将来を不安に思っていた気持ちが払しょくされました。そのままで充分魅力があって、そのままで素晴らしいと親が思える場を作っていただいてありがとうございます。親の人生にとっても、当事者である子どもの人生にとっても、大きな大きなプレゼントだと思います。
 吃音について思うことを、自分の気持ち、考えをこれ程率直に、お互いの心をさらけ出して思いを伝えることは、普段の生活ではなかなかできない経験だと思います。私もこうして、吃音というご縁をいただいたので、その経験から見える世界を余すことなく感じ取りたい、学んでいきたいと思っています。
 ご相談にのっていただいた、ことばの教室ですが、その後も通い続けていますが、今までの授業では、子どもと慣れることを一番に考えておられるのか、毎回ゲームや虫取りなどの遊びをしています。遊びを通して、自由な発語を促すのが目的なのだと思いますが、家でもいつもおしゃべりはしているので、吃音についての話や思いは話し合うといったことは期待できないのかなと思っています。そう思うと、サマキャンのように、吃音についての思いをたくさん話す場は、とても貴重な場所だったんだと実感します。当たり前ではないから、とても大事に、大切に感じます。
 今年は、サマキャンの時期に皆で思いをはせる時間をいただき、私も子どもたちも、また参加したいとの思いを新たにしました。
 今はそれぞれの場所で、がんばって、サマキャンでたくさんエールをいただいたのでそれぞれの人生を豊かにしていきたいです。(愛知)

〇去年初参加させていただき、初めてのサマキャン参加で笑ったり泣いたり色々な感情になり帰ってからもしばらく興奮状態だったことを今でもその感覚は忘れられません。来年も絶対参加する!と子どもも言っていて嬉しく思っていました。それから特にサマキャンの話をすることはなかったのですが、コロナコロナとなり受験生、思春期の自粛期間、休校が続きプレッシャーとストレスで私とも話せばぶつかる。その後新しいクラスになり担任の先生から聞きました。クラスで自己紹介がありその時息子が「僕は吃音があります。つまってしまう事がありますが、最後まで話を聞いてほしいです」と言ったと。今までそんな事言えたことはなく、私は涙が出るほど嬉しかったです。その事を話すと、サマキャンがきっかけだと言いました。サマキャンに参加してよかったと心から思いました。きっとそんな簡単なものでもなく色々な感情になりながら戦っているんだろうなと思いました。また来年も参加して、少しずつ少しずつと思えるようになりました。来年参加できたらいいなと思っております。(兵庫)

会場全体〇カレーライスにエビフライ🍛🍤とミニカツ、のせました!!
今日は息子と仲良く並んでカレーを食べます!息子は、授業はオンラインですが、大学生として課題など頑張っております!バイトも頑張っていて、人手がないと頼りにされています。私と息子にこんなにおだやかな時間が待っているなんて思いもしなかったです。サマキャンに何回も参加できて少しずつ良い方に向かいました。とても幸せです。息子が、コロナが落ち着いたら大阪吃音教室に遊びに行きたいと言っています。よろしくお願いします!(東京・卒業生の親)

〇伊藤さんとの出逢いは、とにかくも、私たち親子の、安全基地として今も、心のベースにしっかりいてくれて自分らしくいられます。
 娘が4年生のときにサマキャン参加。よくわからないままの参加、携帯使用禁止に恐る恐るでしたが、駅からみなさんと合流し、伊藤さんやスタッフのみなさんにお逢いした途端、あー!大丈夫そう!とホッとしつつ、親子離れる不安も拭えず、でした。
 お互いの学習会の休み時間のすれ違いざま、娘が、「お母さん、どもる大人がいたよー!」と話したことが印象的でした。ほんとうに、当事者のみなさんの素敵な生き様が、心地よいです。伊藤さんの講義も、何度も聞いていくことで、いつも新たな発見や気づきがあります。今でも、伊藤さんの、転ばぬ先の杖のお話やレジリエンスの話を、よく思い出しています。吃音も、自閉症も、不登校も、氷山の話やレジリエンスなど、対応がすごく類似していることが多いと感じています。
 いつも温かな心遣いをいただき、感謝です!これからも、よろしくお願いいたします!
 引っ越した東京には、意外にすんなり慣れて、登校に1時間ほどかかりますが、生き生きしています。好きなアニメの絵を沢山かいたり、好きなこと沢山して、毎日楽しそうです。
娘の描いたアニメと、本日、近所の果樹園で葡萄狩りした写真も送ります!
 あ! 本日はグリーンカレーにいたしましたぁー!(東京)

〇こんばんは!暑い暑ーい夏、お変わりないでしょうか? いつもとは違い、ゆっくりとした夏をお過ごしでしょうか? 今頃、荒神山でみんなと過ごしていたはずが、 こんなことに…。
 息子は、テニス部最後の夏です。それでも、「もし合宿とサマキャンが重なったら、サマキャンを優先する!」と言っていました。結局、どちらも中止となってしまいましたが。
 小4で初参加させていただいてから親子共々、夏が来ればサマキャン、そこでエネルギーを充電して1年過ごしてきました。息子も、「サマキャンを知らない吃音の人、絶対一回行った方がいい。何をするって訳じゃなくて、ただそこに居るだけでいいねん。うーん、上手く言えないけど、これは当事者でないとわからないと思う」と話してました。親の立場でも同感です。サマキャンは大きな家族です!
 来年は、いよいよ卒業の年となってしまいます。皆さんと元気に集まれますように祈るばかりです。
 さて、本来ならサマキャン2日目の今日、夕飯はカツカレーにしました!普段、我が家のカレーにトンカツがのることは無いのですが、今日は特別!サマキャンに心を寄せてカツも揚げてカツカレーにしました。作文も学習会もウォークラリーもせずに食べるのは気が引けますが(笑)、家族でサマキャン話題にしながらいただきました。
 来年の今頃は、荒神山でみんなと一緒に過ごせますように…そして、皆さんにお会い出来ることを楽しみにしています。(京都)

〇ご無沙汰してます。
今年はサマキャンも中止という異常な事態ですね。ママつながりの企画で、“みんなでカツカレー”です。(写真添付)夜分遅くになりました。失礼しました。(大分・卒業生の親)

〇今年はいつもの夏とは違いましたが、ママつながりの呼びかけで、#サマキャン2020 に参加でき、みなさんと繋がることができたことを喜んでいます。
 サマキャンを卒業して2回目の夏が来ました。息子は最近、アニメキャラでネット配信しています。いつもはコメントのやりとりですが、たまに声を出して配信して、この前は歌を歌っていました。みんなにいい声してると褒められて喜んでいました。配信の時は、「言葉、どもらんわ!」と言ってたかと思うと、「やっぱりどもるわ!」と言ったり。「別にどもってもいいやんな」と自分に言ってたり。自分から色んなことに挑戦している姿を見て、とてもうれしく思っています。
 高校を卒業してから、少しずつ成長して、自分だけでなく、自分の周りのことが見えるようになってきたようです。
 サマキャンに参加している時は、自分から話をすることはなくても毎年何かを感じて、その積み重ねがあったから今につながっているんだなあと思います。サマキャンで、こんなことしたなあと思い出して、話しています。また伊藤さんやサマキャンのみんなに会いたいです。
 色々と悩みは尽きないですが、仲間や居場所があることに感謝です。
 小学校1年で、芝居でカラスをしていた弟は、今年高校生になり、私の背を少し越しました。元気に頑張っています。
 今まで参加したサマキャンの冊子を見返してみました。毎年、色んな力をキャンプからもらったなあと改めて感じました。(大阪・卒業生の親)

〇5年ほど前にサマキャンに2回参加させていただきました。すっかりご無沙汰してしまいました。あの頃小学生だった娘はこの春高校生になり、吹奏楽部で頑張っています。娘はまだまだ吃音を受け入れきっていないようですが、一番しんどかった時期に一緒に過ごさせていただいて、今の娘のベースが出来たんだなあと思っています。5年も経てばなんだかんだとありますが、その時々でなんとかなっています。それでいいと思っています。コロナで思うようにいかないことも多い日常ですが、元気でいればまた会えますね!またお会いする日を楽しみにしています
 私は伊藤さんのブログを読ませていただいています。あたりまえであることを大切に、コロナの今を過ごしています。来年はサマキャンが開催されますように!(兵庫)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/26

吃音親子サマーキャンプ 番外編 #サマキャン2020

番外編 #サマキャン2020

 吃音親子サマーキャンプの1回から4回まで、紹介してきました。今日は、第5回の予定だったのですが、番外編のスペシャル版を紹介します。
 今年の第31回吃音親子サマーキャンプは、8月21〜23日、滋賀県・彦根市荒神山自然の家で開催予定で、僕たちにとっては、30年間続いている、毎年恒例の夏の大きなイベントでした。しかし、今年は、新型コロナウイルスの影響で中止になり、いつものイベントがなく、なんかぽっかり穴があいた、忘れ物をしたような、変な夏だなと、少し寂しい思いでいました。
 こう思っていたのは、僕たちだけではありませんでした。毎年、七夕のように一年に一度会うことを楽しみにしている参加者がたくさんいたのです。小学校1年生からずっと続けて参加している子もいます。今年、高校3年生で卒業式を迎える子もいました。参加者にとっても、吃音親子サマーキャンプは毎年恒例のイベントだったのです。集まれないのなら、と千葉県のお母さんが、サマーキャンプ関連のイベントを企画してくれました。こんなよびかけで始まりました。尚、サマキャンとは、吃音親子サマーキャンプのニックネームのようなものです。サマーキャンプが大好きだった女の子が命名してくれました。


今日は予定されていたサマキャンの初日にあたりますね。
そこで今日から3日間、約30名が参加するママたちのグループLINEではイベントを開催します。
題して
  #サマキャン2020
何か特別なことをするというわけではありません(笑)
13:30頃に「集合〜」と呼びかけます。「出会いの広場だよ〜」とか「お風呂の時間です」とか…、体に染みついたサマキャンのスケジュールをご案内するだけです。近況や思い出など何か「語り」があるとうれしいな、と思います。
2日目の夕ご飯には恒例のカレーも食べます。
これからの12か月間を乗り切れますように、グループラインの場が少しでも力となれますようにと親しいママ達を中心に企画しました。
私たちは「母」なので「吃音のことを考える3日間」にはできませんが、サマキャンの「ちょっと良かった何か」を思い出して明日へのエールになればと思っています。もう一度サマキャンに参加できる、と張り切っている卒母多しです。
ご相談することもなく恐縮ですが、「サマキャンの感想を送るアドレス」宛に皆で近況をお伝えしていきます。
#サマキャン2020スタートです。
しばしお付き合いを・・・。


 吃音親子サマーキャンプ参加者の親のセルフヘルプグループが、自然に作られていたのです。
 このメールをいただいた後、これまでの参加者から、「#サマキャン2020」の件名で、メールがどんどん入ってきました。それぞれ近況を知らせて下さいました。
カレー サマーキャンプの2日目の夕食は、いつも、外のクラフト棟で、みんなでカツカレーを食べていました。その光景が、僕は大好きでした。ひとつの大きな家族のようで、温かく、その大きな輪を見て、幸せな気持ちになっていました。TBSのドキュメンタリー番組「報道の魂」で、楽しそうに語らう映像が繰り返し映し出されていました。だから、よけいにこのシーンが印象的なのです。
 メールは、近況の他に、「今夜の夕食はカツカレーです」がたくさんあり、写真も添付されています。なんだかカツカレーのコンテストみたいです。おいしそうなカツカレーの写真、それを食べている子どもたちの写真、なんだかおかしくて、おもしろくて、だんだん心が熱くなってきました。最近の参加者だけではありません。輪は広がり、すでに卒業した親たちからもメールが届きました。こんに大きくなりましたと、成人式の写真を送ってくれる人もいました。
 3日間で、メールは、25通以上になりました。なんともうれしい3日間でした。
そのメールのごく一部を、今日と明日に分けて、ご紹介します。

〇最初に参加したサマーキャンプ(2年前)で、伊藤さんが、すごく優しそうに、嬉しそうに、保護者の人たちと、演劇のワークショップをやっていた姿に、ものすごく感動しました。大阪に行く機会がありましたら、大阪吃音教室にぜひ参加させてください。(東京・スタッフ)

〇無事中学生になりました!あっという間に背も抜かされました。環境の変化があったせいか毎日絶賛どもり中です(^^)元気にまたお会いできる日を楽しみにしています。(千葉・サマキャンではなく、ちばキャンプの参加者)

〇サマキャンが中止となり、とても残念で、少し淋しい夏を過ごしています。もしサマキャンがあったら、今頃は私の苦手な(ただし少し病みつきになる)表現活動の時間かな、などと想像しながらパソコンに向かっています。でも、サマキャンの仲間と心はつながっていると感じています。
さて、子どもは、地元の中学ではなく、隣の隣の町の中高一貫校に入学しました。地元中学を選べば、保育園から息子の吃音を受け入れてくれている子たちばかりですので本人にとっても、家族にとっても、楽な道だろうと思っていました。しかし、去年の秋、たまたま学校見学に行った際、「この学校のほうがいろいろな人と出会えて、自分を拡げることができる」と受験を決意し、それから1月まで猛勉強をし、合格することができました。集団面接も、どもりながら、しっかり受け答えできたようです。4月に入学式に出席したものの、その後休校、やがてオンライン授業となり、ZOOMでの自己紹介はどもりながら堂々とこなしました。6月から登校開始となりましたが、臆することなく新しい友達と会話し、授業でも発言しているようです。中学入学とともに全く新しい人間関係の中に飛び込むことになり、親のほうが心配していましたが、本人は非常に楽しく充実した中学校生活を送り始めています。
夏休み前には、とてもよい通知表を持ち帰ってきました。成績もよかったのですが、担任の先生が書いてくださった所見が嬉しかったです。そのまま転記します。
 「いつも明るく、友達と話している様子が印象的です。通学生・寮生問わず、仲良くすることができました。正義感が強く、友達のために行動する場面が多く見られました。また、掃除など与えられた仕事はきっちり行ってくれました。学習面では、素点合計の学年順位が3位と、大変よく頑張りました。現状に満足せず、さらに高みを目指してください。今後にも期待しています」
 大阪の吃音相談会に夫婦で参加したとき、こんな中学校生活が送れるようになるとは夢にも想像できませんでした。不安でいっぱいだった私たちも、サマキャンへの参加を重ねるにつれ、不安がどんどん小さくなり吃音そのもので悩むことが少なくなりました。
伊藤さんやたくさんのスタッフの方々、どもる先輩や後輩、友達、お父さんお母さんにどれだけ感謝してもしきれません。素晴らしい出会いをいただいたことに、深く感謝しています。(岐阜)

〇最初は吃音を否定していた娘が今自分らしく希望を持って生きているのはサマキャンで沢山の当事者の仲間に出逢うことが出来たおかげです。また、サマキャン(吃音)は、夫にも希望を持たせて頂き、ありがたく思っております。私も沢山の当事者の親子さんに出逢えて心強く思っています。表現活動の時間と野外で食べるカレーの時間は特に楽しい時間でした!
親の勉強会の時には弟のお世話をしてくださいました。おかげで親の学習会に集中する事が出来ました。本人だけでなく、兄妹までサマキャンのお世話になりありがとうございました。コロナが落ち着き、来年またサマキャンが開催される事を願うばかりです。(大阪)
〇我が家は皆元気ですが、毎年恒例のサマキャンがないことに物足りなさを感じている夏です。
卒業の年のサマキャンがなくなってしまったのは残念ですが、来年は無事に開催できることを祈るばかりです。実は、奈良市にお住いの親子が、お子さんが小学校1年生になったらサマキャンに参加すると仰ってて、それが今年でした。うちの息子は高校3年で卒業なので、1度だけど一緒に参加できることを楽しみにしていました。奈良から滋賀は近いのに、伊藤先生の活動の拠点大阪もすぐそこなのに、奈良からの参加者がうち以外にいないのがずっと残念でしたので、今年はもう一つ楽しみがあったのです。その親子が来年は参加できることを願っています。息子の大学受験はもう始まっています。良い報告ができるといいのですが…
今夜はカツカレーですよ!(奈良)

〇今年は、サマキャンスタッフデビューを考えていたようですが、残念です。大学生となりましたが、コロナウィルスの影響で入学式も中止となり、また前後期ともにオンライン授業となり一度もキャンパス行けずに一年過ごすことになりそうです。アルバイトを始めたところ、たまたまその店に吃音の大学生がいたそうで、サマキャン以外で出会った初めての吃音の方と、“吃音あるある”で盛り上がったそうです^_^
また、サークルでは、よさこいサークルに入り、よさこいを練習中です。
昨日の我が家の夕食は、サマキャンでの皆で食べる大好きなあの空間を思い出しながらカツカレーにしました! エビフライものせちゃいました(^ ^) (愛知)

〇3年前に卒業しましたが、卒業してからも、サマキャンの仲間達とはずっと繋がる事ができ、今回このような形でメールさせて頂く機会を持ててとても嬉しく思っております。
息子が中学1年の時に初参加させて頂き、それから6年間サマキャンに参加させて頂きました。私にとってかけがえのない貴重な時間でした。本当にありがとうございました。スタッフの方々初め関わって頂いた方々に感謝の気持ちでいっぱいです。今年はコロナもありサマキャンが中止になってしまいとても残念です。初めて参加しようと決断された方もいただろうにと思います。来年は是非サマキャンが開催できますように心より願っています。
以下、息子からです!
お久しぶりです。3年前に卒業しました。あれから高校も卒業し、無事に大学へ入学することもでき、現在は3年生になり就活の準備を進めている真っ最中です。サマキャンに初めて行かせて頂いたのが2012年だったので今からちょうど8年前です。サマキャンで学び、培ったものはその8年前から3年前の卒業するまでの間、そしてそこから今日に至るまでの僕の人生の中にはかけがえのないものとして在り続けています。それはこの先もずっと変わりません。(和歌山)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/25

吃音親子サマーキャンプ (4) その3

宝箱にいたような3日間

 昨日の続きです。
 第4回吃音親子サマーキャンプのドキュメントと子どもの話し合いを紹介してきました。今日は、親の学習会の様子と、どもる兄への応援歌のようなどもらない小学2年の弟の作文と、中学3年女子の感想を紹介します。
 僕たちのキャンプは、吃音親子サマーキャンプという名前のとおり、親子で参加することをとても大切にしています。学童期・思春期と成長するにしたがって、吃音の問題は変化していきます。その子どもの人生の、よりよい伴走者となっていただくためには、親の参加が不可欠なのです。単なる付き添いではなく、ひとりの参加者として、自分の人生や子育てを振り返り、生き方をもう一度考えてみるきっかけになればと思っています。
 どもる子どもの親同士が交流することで、親のセルフヘルプグループもできます。一緒にプログラムに参加しますが、親だけの話し合いや学習会も行っています。

第4回吃音親子サマーキャンプ(1993年)
     会場  京都府綾部市 聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」
     参加者 39人

   
親の学習会
  
 1日目の夜と2日目午後に、母親5人父親2人に、どもる大人、地元京都のことばの教室の先生らが加わって、親の学習会が開かれた。子どものようすを一人一人話してもらううちに、親と子のコミュニケーションがテーマのひとつとなった。

§親には言わず、お地蔵さんにお願い
 この学習会に参加していた成人のどもる人のほとんどが、親にどもりのことを話せなかったと回想する。
 A君(小4)のお母さんも「私には何も言わないが、スイミングからの帰り道にある首なし地蔵に『首から上のことひとつだけ願いごとがかなうんやったら、僕のことばがちゃんと言えるようになりますように』と言っているのを横から見て、胸がいっぱいになった」と話してくれた。
 B君(高1)の場合は中学に入っていじめがひどくなり、それをきっかけにどもりの悩みを話すようになった。中1の時「お母さん、僕のどもり、治るんやろか?」と尋ねてきて、「治らないかも知れへん」と答えると、顔色がさっと変わったという。よく「僕がこうなったのは、お母さんのせいや!」と言われて、返答に困るということがあるが、こういう問いへの答え方はなかなか難しいようである。
 C君(小5)のお父さんは「うちの子はどもりについて何も言わない。『治るんやろか』とか『何でどもりになったん?』と聞いてくれるほうが、一緒に話したり考えたりできるので、親としては楽な気がする」と言う。確かに、子どもが落ちこんでいる時に親子の会話があり、しんどい状態が親子で共有できる時は、何をどう考え、どうしたらよいか、対策が立てやすいであろう。

§お父さんは4年間わかってくれなかった
 B君の場合、小4の頃から悩みが大きくなったようだが、お父さんがその悩みに気づくようになったのは、中1か中2の頃、いじめっ子に盗まれた自転車を一緒に探すようになった頃だと言う。その頃から、単に励ますだけでなく、子どもの立場に立った対応ができるようになったと言う。「もしお父さんやお母さんが、悩みをわかってくれなかったら、どうなってたかわからない。今は理解者や」と言うB君から、「お父さんは4年間(小4から中1まで)僕をわかってくれなかった」と言われたと、苦笑いされた。

§死ぬ前には一言いうてね
 Dさん(中3)のお母さんは、「電話で名前が言いにくいなど困っているようだが、悩みは聞いてやるが『あとは自分でがんばり』と本人に任せている」と言う。本人が泣きごとを言ってくると、「そんなにしんどかったら、一緒に死んであげようか?」と半分冗談で言うことがある。すると本人は「まだ結婚もしていないし、赤ちゃんも産んでないからいやや」と言い返すそうである。B君のお母さんも「死にたかったら一緒に死んだるから、死ぬ前には一言いうてね」と、よく言うそうである。
 一番身近にいる親が相談相手になることができれば、子どもにとって大きな支えとなることであろう。
 2日目午後の学習会は、どもる大人に体験談を話してもらった。スタッフの一人が、小学・中学時代の父や兄との厳しい関係を中心に振り返って話した。また今回参加した子どものお母さんで、自身もどもるEさんにも急きょお願いして、話してもらった。小学時代の辛い体験や、看護婦としての現在の職場で、院内放送やスタッフの申し継ぎに困るが、それなりに頑張っていことなどが話された。
 他のどもる大人も、子どもの頃や社会に入ってからのいろんな体験を次々に話し、親も熱心に耳を傾けた。
 このふれあいスクールは、私たちどもる成人のセルフヘルプグループの仲間がプログラムを立て、進行や司会も担当する。この親の学習会でも、吃音の先輩として、参加した子どもたちの今後を予測し、生じるであろう様々な問題点に体験者ならではのアドバイスができたのではないかと思う。

   参加しての感想
  おにいちゃん
                          平山たかし(小学2年)
 平井弟の作文  名前なしおにいちゃんは、ことばがなかなか出ない。どうしてかなあ。おにいちゃんは、すきでなったんじゃない。なかなかことばが出ないときは、まってあげてきくように、お母さんに言われています。おにいちゃんが、ことばでこまっているのがわかります。こえがでえへんとかで、ときどき言われることがあります。ことばが出ないけど、がんばって言う気もちがたいせつだと思っています。おにいちゃんは、ことばが出なくてこまっているようだが、言えるんだから、ふつうの人とおんなじと思っています。でも、おとなや子どもも、おにいちゃんといっしょな人たちがいます。おにいちゃんだけじゃないんだよ。おとなの人になっても、ことばが出ない人たちが、このふれあいスクールに、たのしく、ゆかいに、人と人たちが、友だちだと、うれしくなりました。おにいちゃんも、いっぱい友だちをつくってください。

  夏休みの思い出
                          藤田佳代子(中学3年)
 このふれあいスクールに行くことを私はためらっていました。どんな人が参加しているのか分からないし、何をするのかも。でも行ってみたら想像とは全然違っていました。晩、みんなで話していて、私がいくらどもってもみんな、いっも私の周りにいる子みたいに、嫌そうな、「またなの?」というような顔をせず黙って聞いてくれたり、他の子がどもってもその子の言いたいことを代わりに言ってあげたり、こういうのを体験して、仲間なんだなあとしみじみ感じました。同じ学校だったらどんなによかったかとも思いました。
 私が一番印象に残ったもののひとつは、カレー教室です。いろんなスパイスを使って作るカレーは初めてで、いろいろ苦労をしました。包丁を洗っていてざっくりと切ってしまった左の中指も今は思い出の一つです。そして初めて会った一つ年上の溜さんや小3の愛ちゃんとも仲良くなれました。
 もうひとつは話し合いです。みんなで輪になってこれまでの経験を話しました。みんなの話を聞いていたら「私もその気持ち分かる!」と言いたいくらい私と同じことで悩んでいる人もいて、より一層親近感が深まりました。
 一番苦しくてつらかったことは、劇の「夕鶴」。つうは結構せりふが多くて、言いにくいことばもいっぱいあって大変でした。練習中何度もどもって恥ずかしかったし、出てこないことばがとてももどかしかったです。けどそんな私にいろいろと対策を練ってくれたりしてくれて感動しました。本番中、結構緊張したけど、あまりどもらなかったし、私自身がつうに半分以上はまりこんで、私にとって大変いい経験になりました。他の人もどもっていたけれど、みんな演技がとても上手でとても楽しかったです。
 この2泊3日間、みんなの前で堂々とどもれたことがなんといっても一番うれしかったです。まだ、「私はどもりです」と学校の友達やクラスのみんなに言えないけれど、それを言える日もそう遠くないと思います。
 「好きでどもりになったんじゃない」と作文で書いてくれた平井家の次男に一言お礼を言いたい。ありがとう!!
 この3日間、私は宝箱の中にいたような気がします。(了)   (1993.10.28)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/24

吃音親子サマーキャンプ (4) その2

吃音の中学生・高校生の話し合い

 昨日の続きです。第4回吃音親子サマーキャンプのドキュメントに続いて、子どもの話し合いの様子を紹介します。ひとりひとりの発言が丁寧に報告されています。また、ひとつの話題で、子どもたちとその中にいるファシリテーターのどもる大人が対等に話をしていることが分かります。そして、よりよい人間関係をつくるための体験学習までしていました。僕たちは、吃音についての話し合いの時間を大切にしてきました。僕たち自身が、吃音について語ることで自分の生き方をみつけていった経験があるからです。

第4回吃音親子サマーキャンプ(1993年)
     会場  京都府綾部市 聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」
     参加者 39人


  
子どもの話し合い

 1日目の夜の3時間と2日目の昼の3時間の合計6時間が、メインのプログラム、子どもの話し合いである。2日間を振り返る。

§どもりの悩み
A子(中学3年)
 じゃんけんで負けて、学校のキャンプの出発の時の挨拶をすることになった。ここでやめたらバカにされると思い、練習もしてがんばったが、よくどもった。恥ずかしい思いをしながらも、最後まで言い切ったが、「ご苦労さん」との友だちの嫌みなことばで、その日1日恥ずかしい嫌な気持ちで過ごした。

B男(高校3年)
 自分の書いた作文が選ばれて、校内放送で発表されることになったが、どもって友達を失うことを恐れ、断った。そのため別の人が発表することになったが、あの時逃げたとの思いが今も残っている。
 また、同じクラスにどもる子がいた。本読みは大丈夫なのだが、日常会話ではどもるという僕と全く逆のタイプだった。クラスのみんなは僕には理解があったが、その子には「なんでそんな喋り方になるんや?」としつこく聞き、その子はだんだんとおとなしくなり、やがていじめられるようになった。僕はその子の気持ちが痛いほど分かったが、一言も声をその子にかけられなかった。

C男(高校2年)
 小学校時代は友達もいたが、中学になって、誰も寄ってこなくなった。どもりだけが原因ではないだろうが、友達は一人もなく、ただ、学校と家の往復だけだった。二つのクラブに入ったが、友達がいない孤独に耐えられなかった。自分の孤独を恥じ、恥じ入れば恥じ入るほど、ますます、孤独感が募った。このように、僕のどもりの悩みはほとんど人間関係だった。

D男(高校1年)
 小学校の時、「早く言い! 私は待てへんで!」と先生に言われた。ショックと悲しさと悔しさで涙がぼろぼろ出た。別の先生には、算数の答えを言っているのに、無視され、からかわれた。中学校の時はひどいいじめにあった。ケンカには自信があったので、暴力的ないじめはなかったが、僕の一番弱い、どもりのことでのいじめがひどくて、精神的にまいってしまい、胃が痛くなったり、頭痛がしょっちゅうし、学校へ行けなくなった。

 以上、挙げたのが、今回参加した子どもたちがプログラムのひとつ「文章教室」で書いた、自分史のごく一部である。それぞれに、どもることでつらい体験を積み重ねていることを伺い知ることができる。
 連続して参加している子どもは、初めて参加した時、どもりは自分だけかと思っていたのにどもる人がこんなに沢山いてほっとした、気が楽になったと言う。今回新たに参加した子どもも、ひとりじゃなくて安心したと、まず、そのことにふれた。
 辛い体験を、どもりを理解してくれる人、同じ悩みを持つ人の前で話し、受け入れられる。どもっていても、平気で聞いてくれる、平気でどもれるという場で子どもたちは少しずつ心を開いていくのである。ふれあいスクールでは、これら子どもたちが書いた自分史をもとに話し合うこともあるが、今回は、前回も参加した子どものこの一年の様子や、今どもりに関して知りたいことは何かなど、子どもからの自主的な発言を待った。
 連続して参加しているT君が、自分がいかにこのふれあいスクールによって変化してきたかを語ると、前回参加している子どもが最近の変化について話し始めた。

☆どもりの症状に大きな変化はないが、気持ちの持ち方が変わった
☆今までなら言いにくいことばを使わないで話していたけれど、今はそのことばを使ってでも、どもってでもしゃべろうとしている。学校の教科書を読むのは嫌だけれど、昔よりは楽になった。今までだったら嫌なことは避けてきたけれど、今は前向きに考えているので、充実感がある。
☆中学校の時、ほとんど友達はいなかったが、高校に入って運動部に入ったので友達ができた。

 これら一年間の近況を報告し合った後、どんなことでも、今この場で話したいこと、知りたいことがあったら出すように促すと、T君がスタッフに「高校時代、彼女がいましたか」と質問してきた。このような話題を出すこと自体、どもりに悩み、死にたいと言っていたT君にとって、大きな前進だといえよう。

§異性の友人関係
 異性の友人について、スタッフも自らの体験を話すと、子どもたちは口々に、学校生活の中での異性の存在の大きさを語った。
 中学時代は、男女共学だったので、どもるたびに男子からからかわれたと言う女子は、男子が怖いし嫌いだったが、女子校に行って随分気持ちが楽になったと言う。しかし、やはり異性の友達は欲しいと言う。男子校なので女性を意識しないでいられるので楽だと言った男子もいたが、異性の存在がどもりにかなり影響を与えていることが分かった。
 何故、このような質問をしたかに話がいき、T君は、恥じらいながらも次のように話し始めた。
 「彼女じゃないけれど、女の友達がいる。最初は別に好きじゃなかったんだけど、友達として付き合っているうちにだんだん好きになった。そのことを伝えたいと思うけど、それを告白すれば、もしあかんかったらそれからはその子としゃべれなくなるし、それは友達をなくすことと一緒やから今迷っている」「こういう女友達ができてから、ええことじゃないと思うけれど、かっこをつけたいから、どもりのごまかし方がうまくなった」「その場になれば結構どもりのごまかしはうまくいくが、ものすごく疲れる」こう言うT君に、「疲れるけれど、楽しいから一緒にいたいんかな。それで、今の方針で続けるんですか」「それは辛いなあ。しんどいなあ」などと周りはかかわった。それに対して「しんどくても会って楽しいという方が大きいから」とT君が答えた。いろいろ意見が出される中で、「どもりたくないと、仮面をつけたような付き合いよりも、どもっているそのままを受け入れてくれての付き合いの方が楽だし、楽しいのではないか」との意見に何人かがうなずいていた。このような話を聞いて、来年T君がどう変わっているか楽しみである。
 これら異性の友人関係の話し合いの中から学校での人間関係全体について話が進んでいく。
 「クラスの中心的な存在に自分がなったらええんや」
 「活発になることじゃないかな。例えば、球技大会などで先頭に立ってがんばるとか」 「どもっていても、にこにこして自分から話しかけていけば友達はできるで」
 「僕がうまいこといったきっかけは、高校に入って最初の遠足があり、バスで行ったけど、カラオケがあった。誰も歌わなかったが、僕が一番最初に歌った。それですごく盛り上がってそれから僕がクラスの中心的存在になった」
 このような体験が話され、人間関係がいい方向に向かっていけばどもりの悩みが随分小さくなってくる、どもりの悩みから多少なりとも抜け出すコツは人間関係かなあ、などの意見が出された。
 どもっていても人間関係がよければ、どもりはあまり大きな問題とはならないとの共通認識ができて、1日目の話し合いは終わった。

§体験学習
 前日の話し合いを受けて、2日目は、友達を作るということ、つまりよりよい人間関係を作るための体験学習をすることにした。それは、学校生活を楽しくさせるというだけでなく、今後社会生活を営む上でますます重要になってくるからである。どもっている僕たちだからこそ、よけいに、今の中・高校生時代によりよい人間関係を作るためのトレーニングをしておかなければならない。よりよい人間関係を結ぶための5つの要素
1)健康的で明確な自己概念を持つ 2)感情を適切に表現する 3)人の話を傾聴する
4)適切に自己を主張する 5)自己を開示する
についてそれぞれ体験的に学習をした。特に、自己主張については、ロールプレイによって◇ノンアサーティブ、◇攻撃、◇アサーティブな表現の区別を学習し、はっきりと「ノー」と言う実習では、初めて大きな声を出したと言う子どももいた。ジョハリの窓を使って自己を開示することの大切さを確認し締めくくった。(了)(1993.10.28)


 第4回吃音親子サマーキャンプの報告は、明日の、その3に続きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/23

吃音親子サマーキャンプ (4)

吃音親子サマーキャンプの原型

 第4回吃音親子サマーキャンプは、1993年に開催しました。当時は「吃音親子ふれあいスクール」という名前でした。この年から、2泊3日になり、内容も、現在のプログラムとほぼ同じでした。現在、ほとんど変更のない、吃音親子サマーキャンプのプログラムの原型が完成した年とも言えそうです。芝居も、過去3回でも取り組んではいるのですが、第4回から本格的になりました。このときは、木下順二の「夕鶴」に取り組んでいます。これは、竹内敏晴さんから、僕たちが直接指導を受けて演じたものを、子どもたちと一緒に取り組んだものです。
 また、今は定番のウォークラリーの代わりに、みんなでカレーを作っています。僕がカレー専門店を経営し、日本で三本の指に入ると自分で自慢していた「本格的なカレー」です。市販のルウを使わず、いろいろなスパイスを混ぜて作りました。現在と違って、人数が多くなかったので、できたプログラムだったのかもしれません。
 この年のニュースレターの一面記事は、僕とは違うスタッフが書いています。そこで、この号で特集している吃音親子サマーキャンプを、ドキュメント、子どもたちの話し合いの様子、親の学習会の様子など、3回に分けて紹介することにします。

第4回吃音親子サマーキャンプ(1993年)
     会場  京都府綾部市 聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」
     参加者 39人

 
親子ふれあいスクール  ドキュメント

 私たち、大阪のどもる人のセルフヘルプグループと、京都市児童福祉センター(以降センターと略)の有志で実行委員会を作り、『第4回吃音親子ふれあいスクール』を開いた。参加者は小学3年生から高校生までのどもる子どもや、その親、ことばの教室の先生、スタッフを含めて39名であった。
 7月30日〜8月1日の3日間、京都府綾部市の聴覚・言語障害者総合福祉センター「いこいの村」で、どもる子どもとその親がともに話し合い、吃音とうまくつき合っていくことを考えた。この親子ふれあいスクールを、個人的な感想を入れつつ振り返る。

◎いこいの村
 大阪から綾部は遠い。やっと綾部駅に着いた。笑顔で先発のスタッフが迎えてくれた。さあ、ふれあいスクールが始まるぞ。綾部駅から車に乗って20分、山の中に「いこいの村」があった。「いこいの村」の所長もどもる人である。そんなこともあり、「いこいの村」とのつながりは深く、今回も施設や器具を気がねなく自由に使わせていただいた。まるで引っ越しのような器材を運び、そしてスタッフ全員が揃ってのミーティング。参加する子どもたちの様子が告げられ、徐々に今回のスクールのイメージが明らかになっていく。半数はこれまで参加した子どもたちである。

◎出会いの広場
 今回特に気合が入っているのか、開会の集いの、オリエンテーションや自己紹介が長い。なんと、予定を大幅にオーバーしたので、出会いの広場は予定の1時間が15分間になってしまった。それでも、初めて出会う人達の緊張が和らぐようにと願いながら出会いの広場を進行した。

◎カレー作りコンテスト
 元カレー専門店のマスターでもある伊藤伸二さんから、カレー作りの講習会が開かれ、インド直輸入のスパイスの説明、つくる手順の秘伝が伝授され、5グループに分かれてカレー作りを競う。市販のルーは使わずに20種類ほどのスパイスを各自が配合して作る本格的なカレーである。たくさんの包丁やコンロなどが、このプログラムのために準備されていた。たまねぎを切り出すと、ホールがたまねぎの催涙ガスで充満した。あちこちで涙が出だした。それを互いに指摘しあい、子ども達は楽しんでいるようだ。
 野菜を炒め始めると今度はスパイス大作戦。カレーのいろいろなスパイスの香りが漂い、いこいの村がカレーの香りに覆われてきた。「アーだ、コーだ」と飛び交う会話と笑い声、包丁の音と炒める音、などゴチャゴチャ交じった楽しい時間であった。指を切った子どももいたが、楽しい作業だったようだ。
 カレー講習会の指示どおりまじめに取り組むグループ、手抜きをするグループ、炒めにとことんこだわるグループなど、様々な手順でおよそ3時問。おいしくできたところと、おいしくないグループがはっきり分かれた。3人の審査員の評価が全く一致し、1等から5等まで決まっていく。こんなに差がつくなんてと、皆が驚く。本物は難しい。
 夕食はもちろんカレー。おいしくないグループのカレーも、プロの伊藤さんの手で一応手直しはされたが、1等賞の所から順にカレーがなくなった。正直である。カレー作りは一番インパクトのある活動だった。

◎話し合い
 食後は、おふろに入り、小学生、中高大生、親の3つのグループに分かれての話し合いの時間である。
 中高生のグループでは、去年参加した子どもたちがリード役となって、学校での様子、友だちとの関係など積極的に話が出る。異性の問題について話が出たのは4回目の今回が初めてで、スタッフも若い頃を思い出し、汗をかきながら体験を話す。子どもたちから出された話題に成人吃音のスタッフが関わり、話が深まっていく。異性の問題から、人間関係全般へと話が広がり、3時間が短く感じられたほどの充実した話し合いとなった。出される問題はどれも切実で、子どもたちが学校でも本当に大変なことがよく分かる。そして、真剣に吃音を見つめ考えていることも伝わってくる。3回連続して参加しているT君からは一段と成長したことばが聞けて頼もしく思った。
 親の話し合いでは、どもるために陰湿ないじめにあい、長期にわたって不登校になっていた子どもの両親からの話が胸を打つ。まだ小さい子どもをもつ親にとっても大いに参考になったようだ。ここでもスタッフの成人のどもる人の体験が、どもる子どもの親にとって、参考になったようだ。
 小さな小学生のグループは話し合いというよりも、仲良くなってトランプなどを楽しみながら、その合間に学校での様子や友達関係などを聞き出していた。クラスの子どもたちが自分の吃音のことを知っていて、担任の配慮もあり、今はさほど困っていないと言う。しかし、中にはこんな話もあったようだ。「朗読をしてうまく読めたら拍手をしてくれる。でも、そんなことは他の子どもなら当然のことだ。なぜ僕だけ特別に拍手をするのかと思うとあまりいい気分ではない」

◎7月31日(2日目)
 翌朝、睡眠不足にも負けずに、子どもたちでみんなができるスポーツをと考え、キックベースボールを子どもたちと行う。朝食は食堂で、なかま(ここで生活している、聴覚障害の人をこう言っている)とともに食事を取る。なかまが、食器の戻し方など細々と身振りで教えてくれた。

◎農作業
 「いこいの村」のなかまと一緒に草むしりをした。みんな黙々と真剣に作業をした。日中の畑での作業はさすがに汗がにじむ。とうもろこしも収穫した。

◎子どもたちは文章教室
 指導のスタッフは、さすが本物の小学校の先生だけにてきぱきと文章教室を進めていく。"どもりにまつわることで一番よく覚えていること"これがテーマだった。中には、このふれあいスクールに参加して吃音を持つ人と出会えたこと、話せたことを喜びとして書いている子もいたが、多くは吃音のつらい思い出を綴っていた。兄がどもりだからと家族で参加した家庭の小学2年生の弟は、どもりの思い出なんかないと言うのでおにいちゃんのことについて書いてもらった。

◎夕鶴の練習
 午後の活動は、演劇の練習。子どもも親もスタッフも何かの役をもって行う。
 どもる状態のきつい子どもが多い。リラックスした遊びや話し合いであまりどもらなかった子どもも、台本を見たとたん、どもり始める。一番苦手なことに直面させられて、とまどいやいろんな心が交錯しているのだろう。ことばが出ない子どもが突然ポロポロ大粒の涙をこぼし始めると、「お前が泣いたら、おっちゃんも泣けるやんけ」とこれまた、大粒の涙を流しながら、日頃竹内敏晴さんのレッスンで受けていることを必死で子どもに伝えようと声を出す工夫と指導をしている姿が印象的だった。短い時間で自分が受けてきたアドバイスをどのように子どもたちに伝えたらよいかを考えながら行った。スタッフとしても難しい時間であった。
 レッスンの合間にからだほぐしを一人一人行ってみた。どもる状態の重い子どもほどからだが硬い。しんどいだろうなと硬いからだにふれながらつくづく思った。
 夕食後は、竹内敏晴さんの指導を受けたメンバーによる夕鶴の上演である。

◎全員による、夕鶴上演
 今日は子どもたちと親による夕鶴の上演がある。昼食が喉を通らない子がいるんじゃないだろうか、そんな心配をしながらみんなの様子を伺う。心配するほどでもなさそうだ。でも、本番が近づくとさすがに緊張してきたようだ。
 人前で話すという、どもる子どもにとって一番苦手なことをプログラムに入れ大事にしてきているのにはいろいろな思いがある。苦手なことから逃げ出さないでほしい、どもるどもらないより役になりきってほしい、そしていつかは芝居をすることが楽しいと思うようになってほしい。こんなスタッフの思いが伝わったのか、みんながんばった。「つう」役の着物を着たAちゃんがかわいさをふりまく。そのお母さんも「つう」になり熱演した。子どもたちは本当に頑張っていた。親も子も印象に残った夕鶴だったと思う。

 参加しての感想で、このふれあいスクールをふり返った。いたずらばかりしていてききわけがないと思っていた弟のTくん(小2)の作文に心を打たれた。
 「大きな家族になれたようだ」「また来年も参加したい」「年に一度だけは少なすぎる」「楽しかった」「参加してもうかった気がする」などと終わりの集いのとき、感想を口々に述べてくれた。
 このふれあいスクールに参加して、私も暖かい気持ちのまま帰路の電車に乗った。(了)     (1993.10.28)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/22
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