伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2019年07月

ライフサイクルからみた吃音 その2

ライフサイクルからみた吃音 その2

 1998年11月に、女性ライフサイクル研究所発行の「女性ライフサイクル研究」特集:今、子どもたちの心と社会は に掲載された論文の続きです。1998年に書いたものですが、そのまま掲載します。
 吃音親子サマーキャンプのこと、参加者の2人の子どもに焦点を当てて、書いています。
子どもの変化、子どものもつ力を感じました。


5.吃音親子サマーキャンプ
 キャンプには、一般的なキャンプで行われる野外活動や、野外炊事などの楽しい行事の他に私たちならではの、二つの大きな活動がある。

◇どもりについて困ったことなどを、オープンに話し合う
 学年別にわかれて5名程度をひとつのグループにしての話し合いで、子どもたちは、学校で困っていることや嫌な体験などを実によく話す。そんな場合はこうしたという他の子どもの体験に耳を傾ける。親は、子どもがこのように考えたり、悩んだりしていたことは全く知らなかったという。
◇日本語のレッスンと劇の上演に取り組む
 吃音が完全には治らないまでも、声が出やすくなること、話しやすくなるようにできないか。私たちはこの10年、竹内敏晴さんの《からだとことばのレッスン》に取り組んできた。私たち自身がレッスンを受け、楽に声が出るようになったり話しやすくなったりした経験から、このレッスンを、子どもたちと共に、劇の稽古と上演という形で取り組む。劇の稽古を嫌がり、セリフの少ない役をしたがった子どもたちも、同じようにどもる子どもが一所懸命取り組む姿に接し、だんだんと声が出始め、最終日に大勢の前で上演をする。どもりながらも最後までやりきったこと、聞いていた親や教師が正当に劇の上演やそれまでの稽古について評価することで、自分にもやれるという自信が少しつくようである。学童期の勤勉性に結びつく、これまでできないと避けてきたことに挑戦する、何かに一所懸命になることを共に経験するのである。
 「どもるのは私だけじゃない。それを知ってほっとした」
 キャンプに初めて参加した子どもたちは、口を揃えて言う。子どもたちは、これまで同じような悩みをもつ子どもとほとんど出会ってこなかった。成人のどもる人がひとりで悩んできたように、どもる子どもも、誰にも吃音についての悩みを話せず、ひとりで悩んでいる。
 「どもりのことをいっぱい話せてよかった」
 これもキャンプに参加した子どもたちの声だ。年齢別に分かれてのグループミーティングの中で、子どもたちは実によく吃音について話す。どもることでからかわれたり、いじめられたりの辛い体験が話されると、じっとその話に耳を傾ける。吃音との対処の話し合いになることもある。他人のどもる姿も、体験を聞くのも初めての体験だ。どもる子どもは、子どもたち同士だけでなく、親や教師とも、吃音についてオープンに話し合うことはなかった。吃音について一切触れず、話題にしてこなかったという親は多いからだ。それは、「吃音を意識させてはならない」の幼児吃音についてのひとつの指導が、かなり定着しているからだと言える。ことばの教室でも、吃音を直接の話題にしているところはそれほど多くない。

 キャンプでは、同年齢の子どもたちだけでなく、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人と、各年代のどもる子どもやどもる人に直接出会い、生活や意見を聞くことができる。どもる子どもは、高校生や大人のどもる人と話し、共に行動することを通して、具体的な自分の将来をイメージすることができる。
◇キャンプに行くときは、ことばがつまることがはずかしかったけど、自然の家に着くと、みんながつまっていたのでほっとしました。子どもも大人もつまる人がたくさんいました。
「発表のときに、ことばがつまるのが、はずかしいです」とぼくが言うと、「ぼくも、いっしょや」と言ってくれました。(小学3年生)
◇何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった。(小学4年生)
◇2年の頃、よくみんなにからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだと分かってから、発表ができるようになりました。からかわれたら、「それがどうしたんだ」と言い返します。(小学4年生)
◇この2泊3日間、みんなの前で堂々とどもれたことがなんといっても一番うれしかったです。まだ、「私はどもりです」と学校の友達やクラスのみんなに言えないけれど、それを言える日もそう遠くないと思います。(女子高校2年生)

 どもる子どもは、「どもってもいいんだ」というメッセージを吃音親子サマーキャンプで受け、その後の生活の中で徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり逃げたりせず、学校でいじめやからかいにあっても、主張的に対応することができるようになる。
 吃音を受容し肯定して生きることが、楽しい雰囲気の中で無理なく浸透していく。

6.僕、どもっていいんか 倉田悠樹(小学3年生)の場合
 「高校生の人もどもってはったなあ」「悠樹君、その人のお話聞いててどう思った?」「なんとも思わへんかった。お母ちゃん……僕、どもってもいいんか」「ええんやで、どもっても」母親は、うれしくて、ほほ笑みながら答えた。
 吃音親子サマーキャンプから家に帰ってからの、母親と小学校3年生の悠樹君との会話だ。悠樹君はキャンプ中、他の子どもたちとなかなか交われず、独自の行動をしていた。話し合いのときも、虫がとんできては騒ぎ、会話の流れを阻害することが多かった。芝居の練習も、何度も邪魔をし、他の子どもから抗議を受けていた。
 このキャンプは彼にとって意味があったのだろうか。スタッフ会議で話題になっていた子どもだ。悠樹君がキャンプの後、吃音についてこのように母親と話していたことは、母親の感想文で知った「どもってもいいんやで」これは、私たちが一番、子どもたちに伝えたいメッセージだが、話し合いにまじめに参加することなく、他の子どもたちから、問題児やと言われていた彼が、そのメッセージを受け止めていてくれたとは。子どもたちは、問題児やと言いつつも、彼を無視することはなかったのだろう。彼はグループの中に常にいた。ふてくされたような、恥ずかしいような態度で、劇の上演の時も、彼は彼なりのスタイルでそこにいたのだった。
 「どもってもいいんやで」
 「そのまんまのあなたでいいんだ」
 その子どもの存在を、現在の姿を、丸ごと肯定する。今のままでも自分は認められている。存在することができる。これが、どれほど大きな意味をもつか、「そのままのあなたでいい」全てのことに優先して、これがこなければ、治らない、あるいは治りにくい障害や病気、自分の力ではどうしようもない事柄をもった人にとっては、辛いことなのだ。
 私たちは決してことばへの直接的なアプローチを否定しているわけではない。むしろ、とても大切なものと考え、実際、サマーキャンプでも、ことばのレッスンや表現としての芝居に取り組む。しかしそれは、吃音症状ではなく、〈声〉に一緒に取り組むもので、「どもっている、そのままのあなたでいい」が前提にある。症状に注目し、吃音を治してあげたい、軽くしてあげたいと取り組むことは、その子の吃音を、ひいてはその子自身を否定することにもなりかねない。
 吃音親子サマーキャンプは、吃音を受容するという明確な信念をもったスタッフの、明るい雰囲気の中で行われている。だから、その子どもにとって意味があったのか心配していた子どもが、私たちが一番大切にしているところを感じとっていてくれたのだろう。
サマーキャンプそのものが、そのような装置となっていることになる。

7.初めての友達−保坂由貴(小学4年生)の場合
 「私の大好きな友だちはいっぱいいる。だけど、その中で一番好きなのは、私と同じどもりの女の子だ。名前は、みほちゃん。私が生きてて初めてとても気が合う友だちだった。けど、その子とは、1年に1回しか会えない。その1回とは、サマーキャンプの事だ。」 吃音親子サマーキャンプに参加した母親からの手紙に、子どもが学校で書いた作文の一部が紹介されていた。キャンプに来る前、親子は、《どもり》ということばは使ったことがなく、なるべくその事には触れないできた。児童相談所の吃音を意識させてはいけないという指導があったからだ。意識させずに、なんとか吃音を治したいという思いを一杯もってキャンプに参加した。
 「初めて母娘ともに、同じ悩みをもつ多くの人と出会い、私達だけじゃないという思いと、そして、真剣にどもる子どものことを考えて下さる多くのスタッフの存在を知ったことは、私の大きな支えになっています。キャンプから帰ってから由貴もみちがえるほど明るくなったのですが……」帰りの新幹線の中で、母と娘は初めて吃音について話し合い、「どもってもいいじゃないか」と母は娘に言えるようになった。しかし、夏が終わり学校が始まると、キャンプの時とは違って、実際にどもるのは娘だけだ。「どもってもいい」がどれだけ娘の支えになるか空しく感じたという。そんな中、4年生後期の代表委員に立候補して由貴ちゃんは当選する。母は内心びっくりしながら、自ら立候補したその勇気を褒めた。
 ところが、その夜、布団の中で娘はこう言う。
 「代表委員にならなければ良かった。今度の全校集会での自己紹介の時、きっと言葉が詰まってしまう……」
 「言葉がどもってもいいじゃない。ママは、代表委員で頑張ろうと思った由貴ちゃんの気持ちを素晴らしいと思う。どもっても由貴ちゃんは偉いよ」
 今度は、心から母はそう答えることができたと言う。
 そして、4年生の3学期の終わりに学校で書いたのが、「ともだちと自分」のこの作文である。保坂さんは手紙をこう結んでいる。
 「半年以上も前、たった3日間の交流しかなかった伊藤美穂ちゃんが、今でも娘の心の中で、大きな支えになっているんだと思いました」
 この保坂さんの手紙には、セルフヘルプ・グループの最も基本の大切なことが含まれている。
 「あなたはひとりではない」
 「あなたはあなたのままでいい」
 ひとりどもりに悩んでいた頃は、どもるのは本当に自分ひとりのように思っていた。
他にいるだろうとは想像すらできなかった。仮に想像できたとしても、実際に出会うのとは全く違うことだろう。
 セルフヘルプ・グループの人たちは、「同じような悩みをもつ人との出会い」の喜びがいかに大きなものだったか口を揃えて語っている。
 ゆきちゃんにとって、同じようにどもるみほちゃんとの出会いが、学級代表に立候補する後押しをしたのだろう。そして、辛いことがあったとき、みほちゃんのことを思い出したことだろう。
 吃音について一切話題にせず、吃音が治ることを願っていた母が、子どもに「どもってもいいじゃない」と心から言えたというのは、すごいことだ。「あなたはあなたのままでいい」は、セルフヘルプ・グループの最も大切にしているコンセプトだ。
 娘は「私はひとりではない」と実感でき、母は、心から「そのままのあなたでいい」と言う。セルフヘルプ・グループのもつ意義の大きさを改めて思った。

8.おわりに
 子どものための療育キャンプの歴史は古く、現在も様々なキャンプが行われている。ことばの教室や親の会が企画する言語障害児キャンプの中にどもる子どもが参加するという形では行われてきたが、どもる子どもだけを対象にしたものは全くなかった。また、どもる当事者が企画運営するキャンプとなると世界的にも例がない。小学生・中学生・高校生・大学生・成人と各年代のどもる子どもやどもる人が一堂に集うことも珍しい。
 日本全国から参加するようになり、100名近くが参加する大きなキャンプに成長しつつあるのはそのためだが、ことばの教室の教師や、スピーチセラピストが大勢参加するようになったことは喜ばしいことだと言える。当事者ならではの発想と、当事者ならではの企画のこのキャンプの意義をいわゆる専門家が認めつつあるということだろう。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/7

ライフサイクルからみた吃音 その1

ライサイクルからみた吃音

 30回を重ねてきた吃音親子サマーキャンプ、たくさんのどもる子ども、その保護者に会ってきました。いろいろなドラマがありました。それらのエピソードを拾いながら、吃音親子サマーキャンプについて、いろいろなところで書いてきたのだなあと改めて思います。

サマキャン 竹内 出会いの広場 15%

 今日は、1998年11月に、女性ライフサイクル研究所発行の「女性ライフサイクル研究」特集:今、子どもたちの心と社会は に掲載された論文を紹介します。1998年に書いたものですが、そのまま掲載します。
 女性ライフサイクル研究所は、1990年、村本邦子さんにより開設された心理相談・研究機関で、村本さんは2014年まで所長として勤められ、現在は立命館大学教授をされています。
 この論文はかなり長いので、2回に分けて掲載します。
 前半の今日は、はじめに/ライフサイクルからみた吃音/学童期の課題/セルフヘルプ・グループで得たもの
 後半の明日は、吃音親子サマーキャンプ/僕、どもっていいんか/初めての友達/おわりに です。

1998.11.1 女性ライフサイクル研究所
   女性ライフサイクル研究 第8号 特集:今、子どもたちの心と社会は
                  
     どもっているそのままでいい−吃音親子サマーキャンプ
                     日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

1.はじめに
 日本吃音臨床研究会が取り組む吃音親子サマーキャンプは、今年で9回目を迎えた。当初、近畿地方だけの、20人程度の参加者でスタートしたこのキャンプは、ここ数年、北海道や九州などからの参加もあり、全国的な広がりを見せ、100名近くが参加するようになった。どもる子どもだけでなく家族ぐるみで参加するのが特徴である。
 この吃音親子サマーキャンプは、どもる人の体験、およびどもる人の長年のセルフヘルプ・グループの経験がもとになっている。
 なぜ私たちがキャンプに取り組むようになったのか。キャンプで出会う子どもたちを紹介し、吃音親子サマーキャンプの意義と使命について探ろう。

2.ライフサイクルからみた吃音
 アイデンティティの概念で知られるE.H.エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分け、その段階ごとに達成しなければならない発達課題を設定した。エリクソンは人がそのライフサイクルの中で、次の段階に進むか、あるいは逆行したり横道にはずれたりするかの分岐点をそれぞれの発達段階の危機として表した。例えば、0才から1才頃の乳児期の発達課題を基本的信頼対不信の対の概念で表し、この危機において基本的信頼が不信を上回って優位な力をもつと、その危機を乗り越え、次の段階へ進むとした。
 エリクソンは、思春期がライフサイクルの中で最も波乱に満ちた時期で、自分が何者であるかがあいまいになったり、何がしたいか分からない、思春期、青年期の危機を同一性対同一性拡散として表した。
 エリクソンのこの自我同一性の危機論を待つまでもなく、多くのどもる人が吃音に悩むのは、思春期および青年期である。どもる自分が認められず、吃音を隠し、話すことを回避することによってモラトリアムの状態になる。つまり、どもっている現実の世界は仮のものであり、吃音が治ってからの人生を夢見る。高校に行けなくなり、通信制の高校に転校したり、退学して引きこもる。また、社会人になって厳しい現実に直面し、出社できなくなり、退職し、結果として引きこもる。最近このような高校生、社会人の面接が多くなってきた。
 吃音が思春期および青年期前までに治ってしまうものであるならば問題はないのだが、幼児期にどもった経験をもつ子どもの50%が自然治癒するものの、小学校入学時まで吃音症状が消失しなければ、吃音が完全には治ることは極めて難しい。
 治らないものを隠したり、吃音と直面することを避けることで、自我同一性はますます拡散していく。どもる人の悩みは、思春期の発達課題を達成できないままに成人期それ以降の人生を歩むことにある。
 常にどもる自分に不全感をもち、吃音を隠し、日常生活を送っていると、自己実現とはほど遠い人生を歩んでしまうことになり、吃音の悩みをずっと持ち越すことになる。このような吃音の現状をかえりみたとき、どもる自分を肯定し、自己を受容して生きることがその人の自己実現に結びつく。
 どもる人の自我同一性の形成こそ、吃音の最大のテーマなのである。

3.学童期の課題
 それぞれの段階の前段階の課題が達成されたとき、初めて次の段階に進むことができるというエリクソンの発達論からすれば、思春期・青年期のどもる人の自我同一性の形成には学童期が重要な意味をもつ。学童期の課題が達成できないで、思春期を迎えると、つまり有能感よりも劣等感が勝ると、自分が自分であることがつかめず、吃音を否定し、自己を否定することで、自己同一性が形成されないのである。
 エリクソンは、この学童期を、学ぶ存在であるといい、発達課題を勤勉性対劣等感で表した。勤勉性とは、何も勉学だけにとどまらない。精一杯何かに取り組むとか一所懸命何かをすることである。学ぶ喜び、何かに取り組む喜びを味わい、困難なことに立ち向かい、そのプロセスの中で解決していく喜びを持てると、劣等感に勝る有能感が獲得される。
 私は、基本的信頼感をはじめ学童期以前の発達課題は達成していたが、学童期に勤勉性よりもはるかに劣等感が勝った。学童期の課題が達成できなかった。強い劣等感から、自分を主張できず、消極的になり、友人は全くいなくなった。学級での役割はほとんど果たさず、授業中分かっている答えでも、どもるのが嫌さに「分かりません」でしのいだ。
 現実生活から逃避しては、自分の正当な力がつかめない。自分が何者なのか、何をしたいのか分からない。私の学童期の劣等感は、思春期に大きく影響を与えた。自我同一性の形成ができず深刻に吃音に悩んだ。つまりどもる自分を肯定できずに、吃音が治ることばかりを夢見た。当然現実の生活から逃げ、吃音と直面することはなかった。
 吃音の劣等感により、吃音に向き合うことも、行動することも、何もできずに閉じこもっていた私が、学童期の課題を達成できたのは、セルフヘルプ・グループでの活動によってである。セルフヘルプ・グループの活動は、私にとって、生ききれなかった学童期をそのまま生きたことになる。これは多くのどもる人が共通して経験することでもある。
 セルフヘルプ・グループを作った21歳から私の学童期が始まったと言える。

4.セルフヘルプ・グループで得たもの
 公的な治療機関のない中で、私は吃音を治したいとの切なる願いをもって吃音民間矯正所に通った。必ず治ると宣伝する治療機関で、吃音は治らなかったが、どもる人同士が出会ったことは大変大きな意味をもった。ひとりで悩んでいたが、私だけではなかったのだと、まずほっとした。
◇いたずら電話と間違えられて切られた。
◇得意先から、「電話を代われ」と怒鳴られた。
◇どもるために結婚を反対され、好きな人と別れた。
◇学科試験ではいい成績で合格したが、面接でどもりを治せと言われた。
◇どもりを治さないと首にすると社長から言われた。
 どの話を聞いても、「僕もや、その気持ち分かる」という話ばかりだ。これまで、消極的、無口と言われていたのが嘘のように話す。話すことが、話を聞いてもらうことがこんなにうれしいことか。人と一緒にいることで、こんなにやすらぎが得られるものなのか。吃音は治らずとも、同じような人と出会い、誰にも言えなかったどもりについて話せ、友達ができたことで私は満足した。それほど、同じ悩みをもつ人々との出会いは大きな意味をもった。せっかく出会えた人たちと、離れ離れになりたくない。吃音について話し合えた友と別れたくない。そのためには、どもる人の会を作るしかない。1965年秋、私はその治療機関で知り合った仲間と、どもる人のグループ、「言友会」を作った。セルフヘルプ・グループという概念は日本では全く使われていなかった頃のことだ。

 セルフヘルプ・グループでは次のことを経験した。
ゝせちや、吃音の情報について分かち合うことができた。
 ひとりで悩んでいたのでは、誰にも悩みは話せない。このように同じ体験をしている人がいることなど、想像すらできなかった。多くの同じ悩み、体験をもつ人との出会いで、気持ちの分かち合いだけでなく、吃音に関して、吃音治療に関しての情報交換ができる。想像していたのとは違い、吃音が治りにくいものであること、治療法が確立されていないこと、などが明らかになっていく。
行動を通して、多くのことに気づくことができた。
 セルフヘルプ・グループの活動は、幅広く行われる。グループの発展のために、これまで電話を一切してこなかった人が新聞社などに電話をかける。ミーティングで司会をする。活動を通して、これまでどもるのが嫌さに話すことを避けてきた人たちが、どもりながらもどんどん話すようになる。どもっていれば、人にばかにされるに違いない、親しい友ができるはずがないなどと思っていたのが、活動し、行動する中で、それは自らを縛っていた思い込みであったと気づく。
 これらセルフヘルプ・グループの活動の中で、自分自身にも、同じ悩みをもつどもる人にも言い続けてきたことは次の3つに集約ができる。
 「そのままの私で(あなた)でいい」
 「私は(あなたは)ひとりではない」
 「私には(あなたには)力がある」
 このセルフヘルプ・グループでの経験を、今、学童期や思春期にいる子どもたちに伝え、ともに体験したい。吃音親子サマーキャンプはこうして始まった。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/6

吃音親子サマーキャンプと、人間性心理学

吃音親子サマーキャンプと、人間性心理学

 吃音親子サマーキャンプの申し込み受付が始まりました。芝居のための事前レッスンに参加するスタッフからの申し込みや、問い合わせも入ってきています。
 30回という数字は、欠かさずずっと参加している僕にとって、感慨深いものがあります。長いような、あっという間だったような。
 毎回、思うことですが、出会いは一期一会、丁寧に準備し、当日を迎えたいと思います。

 前回は、日本特殊教育学会での発表を紹介しましたが、他にも、学会での論文があります。今日は、日本人間性心理学会の特集記事として、依頼を受けて執筆したものです。

 特集のテーマは、〔特集:私たちの人間性心理学を問う〕でした。アメリカの人間性心理学会(AHP)の会員が中核として共有している価値観について、ホームページで記述されていたことから、このテーマでの特集が組まれました。各の研究者が異なった内容を研究していたとしても、この中核として共有している価値観でつながっているという内容で、その価値観、Core Valueとして、次の5つを紹介しています。 
 /祐屬梁左靴反祐屬硫椎柔の発展への情熱 ⊃誉犬魯廛蹈札垢任△蝓∧儔修靴討い襪發里箸靴討陵解 スピリチュアルなもの、直感的なものへの慈しみ ぅ┘灰蹈検爾侶鯀瓦気悗侶莪奸´ダこΔ鮗茲蟯く深刻な問題の認識とそれらの建設的改善への希望と責任
 実際、この特集で執筆している人も、さまざまな分野の方でした。それぞれが自分の研究を通して、この5つの大切な価値観を共有していることを実感できるものになっていました。


  人間性心理学研究第15巻第2号
      1997年12月 日本人間性心理学会 〔特集:私たちの人間性心理学を問う〕

  そのままのあなたでいい−セルフヘルプ・グループで学んだこと−
                    日本吃音臨床研究会  伊藤伸二

機,呂犬瓩
 病気や障害があると、治したい、障害がなくなればと考えるだろう。病気や障害が日常生活を著しく生き辛くさせていれば尚のことである。しかし、現実には現代医学、科学の進歩をもってしても、解明できないことや治せないものは少なくない。治らないもの、治りにくいものに対して、人はどう向き合えばよいのか。
 近年、同じような悩みや生活上の困難を共有する人達が、様々なセルフヘルプ・グループをつくり、体験を分かち合い、自分らしく生きることを模索している。グループは、障害、病気、依存症や嗜癖、死別など、多種多様である。1960年代の日本に大きな流れとしてあった障害者団体、患者会とはかなり違う動きである。前者は施策要求の活動が主であり、組織そのものに焦点が当てられた。後者は、組織よりもメンバーひとりひとりの、互いの人間的な成長に焦点が当てられている。そして、グループの多くが、従来の病気や障害を治したり、悩ませている事柄をなくすという発想に対し、「そのままのあなたでいい」という新たな価値を生み出してきている。
 「あなたはどのような人間性心理学を実践しているか」の編集部からの問いかけに、筆者の言語障害者としての体験と、その後のセルフヘルプ・グループを通しての実践を振り返りたい。それが、AHPのCore Valuesの照合になればうれしい。
 
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 筆者は20歳すぎまで吃音に深く悩んだ。吃音を恥じ、隠し、話すことから逃げた。「吃音は治るはずだ」と専門機関で治療を受けた。吃音は治らなかったが、その機関で多くのどもる人と出会い、自分の悩みを話し、聞いてもらえる初めての経験をする。この喜びを、ひとりのものにしたくない。筆者は30数年前、どもる人のセルフヘルプ・グループを作った。世話人として活動する中で、自分自身が吃音の悩みから解放されていった。
 セルフヘルプ・グループに大勢のどもる人が集まり、体験を語り、その体験を整理していくと、これまで信じていたことが間違いであることに気づき始める。

ゝ媛擦慮彊は未だ解明されず、すべてのどもる子どもやどもる人に100%有効な治療法はない。
⊆N鼎鮗ける、受けないにかかわらず、治っていないどもる子どもやどもる人は多い。
A瓦討里匹發訖佑悩んでいるのではない。明るく健康に自分らしく生きているどもる人は多い。吃音から受ける影響は、症状の程度によるよりもむしろその吃音をどう受け止めているかによる個人差が大きい。

 これらの事実が明らかになるにつれ、グループの活動に質的変化が起こる。「吃音を治す」から「吃音を克服する」へ、「吃音と上手につきあう」へと目標は変化した。吃音だけでなく、病気や障害や生き辛さを感じている人々は、それぞれのセルフヘルプ・グループの体験の中から、「そのままのあなたでいい」という価値観を育んでいる。治らないもの、治りにくいもの、個人の力ではどうしても解決できないものに対して、治したい、治そうとすることがいかにその人を生き辛くさせ、自分らしく生きることを阻んでいるか、多くのセルフヘルプ・グループの仲間たちは知っているからである。

掘ゝ媛賛道劵汽沺璽ャンプ
 E.H.エリクソンは、学童期は「学ぶ存在である」として、発達課題を《勤勉性対劣等感》で表した。勤勉性とは、「精一杯学ぶとか、一所懸命何かに打ち込む」ことだが、劣等感を強くもつと、困難なことに立ち向かい、そのプロセスの中で解決していくという喜びがもてない。筆者の学童期は、劣等感のかたまりであり、どもりを嘆き、授業中いつ当てられるかの不安に脅え、どもるからと全ての役割を拒否し、消極的に生きた。学童期の課題が達成されなかったために、思春期にアイデンティティの確立ができなかった。
 アイデンティティの拡散は、現在その人を悩ませるだけでなく、将来に大きな影響を与える。思春期の前段階である学童期の子どもたちに、私たちのセルフヘルプ・グループの中で得たものを伝えたい。吃音親子サマーキャンプは8年前に始めたが、今夏は、全国から92名が参加した。大きなキャンプに育ちつつある。
 成人のどもる人が悩みの中にあった頃、ひとりで悩んできたように、どもる子どもも、誰にも吃音についての悩みを話せず、ひとりで悩んでいる。どもる子どもの指導に、「どもりを意識させてはならない」があり、吃音が話題にされなかったからだ。サマーキャンプでは、どもって笑われたり、いじめられたりした経験や、したいことでしなかったこと、もし吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事についてなど、年齢別に分かれて話し合う。成人のどもる人も自らの体験を話す。同じ悩みをもつ者同士の語り合いの中で、子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分を語る。
 苦手にしていた演劇に取り組むことで、どもりながらも表現する喜びと、劇をつくりあげていく達成感も味わう。その中から、吃音は、恐ろしいものでも、解決できないことでもなく、直面することによって解決できるということを学んでいく。
 どもる人のセルフヘルプ・グループによって企画、運営されるこのキャンプには、小学1年生から大学生まで、各年代のどもる子どもやどもる人が参加する。どもる子どもをもつ親は、各年代の子どもが参加しているため、子どもの将来の具体的な見本と接することができ、その子どもたちから直接話を聞くことができる。どもる子どもにとっても親にとっても、成人のどもる人と話し、共に行動することを通して、具体的に将来をイメージすることができる。吃音を受容し、肯定して生きることを、楽しい雰囲気の中で無理なく学んでいく。

 「どもるのは僕だけじゃないことが分かってほっとした」(8歳)
 「高校生もどもっていたな。お母さん、僕もどもっていいの?」(7歳)
 「何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
 「2年の頃、よくみんなにからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだと分かってから、発表ができるようになりました。からかわれたら、『それがどうしたんだ』と言い返します」(10歳)

 どもる子どもは、どもってもいいんだというメッセージを受け、徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができるようになる。
 「どもりであれば、教師やセールスの仕事などつけない」と思っていた親も、実際にその仕事についているどもる人に出会い、職業選択についての不安が軽減する。そして、子どものどもりをどうしても治したいから、治るにこしたことはないに変化する。
 親は、明るく前向きに生きる成人のどもる人と出会い、話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。キャンプに来るまでは子どもがどもっている姿を見るのは辛かったが、今は子どもがどもっていても平気でいられるようになったという父親がいた。

検\こΔ妨けての実践
 1986年、筆者が大会会長となり、第1回吃音問題研究国際大会を京都で開いた。11か国から34名の海外代表を含め400人のどもる人、臨床家、研究者が集う文字通り世界で初めての大きな国際大会となった。
 それまでは世界のどもる人のセルフヘルプ・グループは互いが連絡をとることはなく、また、どもる人、臨床家、研究者との交流はほとんどなかった。この大会をきっかけに、その後の国際交流の機運が一気に広がり、世界大会は、第2回ドイツ、第3回アメリカ、第4回スウェーデンと続き、念願の国際吃音連盟が設立された。筆者は3人の運営委員のひとりに選挙で選ばれ、25か国にまで広がった国際組織の運営にあたっている。また、どもる人の参加を積極的によびかける国際吃音学会も設立され、今夏第2回大会がセルフヘルプを大きな議題のひとつに選んで開催された。筆者もそのシンポジストとして参加した。
 1998年の第5回吃音者世界大会は、南アフリカで行われる。人権問題など様々な解決しなければならない課題のある南アフリカで、国際大会を開く意味は小さくない。吃音について、セルフヘルプ・グループについて関心があまりもたれていない国で、その仲間への支援の意味もこめられている。準備段階から各国の支援が始まっている。
 ワーキンググループはそれぞれの活動を展開している。吃音の資料を世界で共有するデータベースの整備がすすみ、インターネットのホームページを通して、情報が提供される。吃音児童年と銘打って、シンポジウムやワークショップを開くなど、どもる子どもへの取り組みがなされている。世界各国では吃音をとりまく状況はかなり違い、就職差別の厳しい現状が報告され、就職差別についての実態の調査が始まった。
 国際吃音連盟では、「あなたはひとりではない」のメッセージを世界に送り続けているが、課題は多い。財政的な問題で国際大会に参加できない国をどう援助するか、まだグループがない国にどうグループを作っていくかなどだ。そのため、WHOの登録団体となることが確認され、そのための交渉が進行し、法人化に向けても歩み始めた。
 日本がリーダーシップをとり、吃音を通しての国際交流がすすむのはうれしいことである。

V おわりに
 「治さなくてもいい、そのままのあなたでいいのだ」と、どもる人が吃音の受容を立場をとるのに対して、専門家は、吃音を治そうとする。専門家が治そうとすればする程、吃音は悪いもの、劣ったものとの吃音を否定する意識が強まり、それは自己否定に結びつく。
 自分を否定して生きることが、どんなに辛いことかと、セルフヘルプ・グループで得た価値観をどもる人が主張し始めた。だからといって専門家が不要なのではない。当事者と専門家が互いの主張を受け止め、ともにどう取り組むかが、今後の大きな課題だと言える。
セルフヘルプ・グループの価値観を広く社会のものとすることは、ひとりセルフヘルプ・グループだけでできることではない。人間性心理学の貢献を期待したい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/5

吃音親子サマーキャンプに関する学会発表

吃音親子サマーキャンプに関する学会発表

 1999年の日本特殊教育学会(北海道大学)で、僕が発表した、『吃音親子サマーキャンプ10年の実践報告』です。1998年のサマーキャンプを中心に報告したものです。


《日本特殊教育学会・1999年度発表》
    吃音親子サマーキャンプ10年の実践報告 伊藤伸二
                 keywords:学童吃音、親指導、セルフヘルプグループ

はじめに
 思春期および思春期以降のどもる人が、高校・大学に行けなくなる。就職した後、厳しい現実の社会生活の中で、吃音に悩み、仕事場に行けなくなる。このような電話や手紙による相談が最近とても増えてきた。小学生の不登校も増えている。
 これらの場合、学齢期から思春期にかけて、吃音の話題を一切避け、吃音と向き合うことなくきた人が多い。吃音を否定し、隠し、話すことを避けてきた私自身の内省から、学齢期に、吃音をオープンに話題にし、早期に自らの吃音と直面する必要性を考えてきた。早期に吃音と直面し、吃音と共に生きる自覚を持つために、10年間、どもる子どもたちのためのキャンプに取り組んできた。
 その第9回のキャンプの概要を紹介しよう。

概要
 1998年8月21・22・23日、2泊3日で行われ、どもる子ども、どもる子どもの親、公立小学校言語障害学級教師、言語聴覚士、成人のどもる人など91名が参加した。(2000年は146名の参加)

目的
 キャンプに初めて参加した子どもたちは、吃音について自分のことばで話し、自分の悩みや苦しみを真剣に聞いてもらう経験がほとんどなかった。
 また、同年齢のどもる子どもだけでなく、どもる大人とも会っていない。自分ひとりが悩んでいると思っていた。吃音と共に生きる道を探るには、自分以外のどもる子どもや大人と出会うことが必要なのである。
 しかし、どもる経験があれば誰でもいいというのではなく、吃音と向き合い、吃音とつきあおうとしているどもる子どもや大人に、早期に出会うことができ、共に話し合い、それらのことができれば、吃音と直面し、吃音を受容し、吃音から大きなマイナスの影響を受けずに生きることができる。
 どもる症状への早期治療ではなく、早期吃音受容のために、小学校1年生からの子どもを対象にしたサマーキャンプを開く。(2000年は4歳も参加)

活動概要
 ◇吃音についてのオープンな話し合い
 吃音に直面するとは、吃音の症状への直面ではない。自分の吃音をどう考えているか、どのような影響を受けているかに向き合うことだ。どもって笑われたり、いじめられたりした経験や、したいことで、しなかったことがあるか、もし吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事などについて話し合う。
 学齢期の低学年、中学年、高学年グループ、中学生高校生グループと、グループに分かれて話し合うが、どもる大人とことばの教室の教師がファシリテーターとして加わる。初めて吃音について話したという子どもが多いのは、これまで、家庭でも、学校でも、吃音についての話題が避けられてきたためである。子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分を語る。

 ◇からだとことばのレッスンと、表現としての演劇
 どもる子どもたちの声は小さく、不明瞭で、相手に届くものでないことが少なくない。また、からだの緊張が大きく、かたい。からだとことばのレッスンで知られる竹内敏晴にスタッフが、キャンプで取り組む劇について、演出、指導を受ける。からだとことばのレッスンと合わせて、キャンプで子どもたちと劇に取り組む。宮沢賢治のセロ弾きのゴーシュなど子どもたちが興味をもって取り組める演題が選ばれる。症状にアプローチするのではなく、どもる子どものからだや声にアプローチし、相手に向き合うからだをつくり、相手に届く声が出るよう、生きる力となる声が出るよう指導する。
 どもる子どもたちの中には、学校生活の中で、どもるがゆえに、せりふの少ない役や裏方の仕事をしてきたという子どもは少なくない。どもりながらも人前で演じることの楽しさを知ってもらい、声を出す喜びを味わう。どもってもいいという雰囲気の中で、演劇に取り組むことで、表現力をつける。登場人物になりきって、動作をつけながら、楽しく演じる中で、かたくこわばっていたからだがリラックスし、細かった声が張りのある生き生きとした声に変わっていく。

 ◇親の学習会
 どもる子どもたちがグループの中で話し合いをしているとき、親もグループを作り、話し合う。子どもの吃音について不安に思っていることや、悩みや困っていることを話す。子どもと同様、親も仲間と出会い、自分だけが悩んでいるのではないと実感する。その中で出てきた問題を解決するために、交流分析、アサーティブ・トレーニング、論理療法などを活用した学習会をもつ。

成果
 「高校生もどもっていたな。僕もどもっていいの?」(7歳)
 「何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
 「2年の頃、よくからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだと分かってから、発表ができるようになった。からかわれたら、「それがどうしたんだ」と言い返します。(10歳)
 
 子どもたちは、どもってもいいんだというメッセージを受け、徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり、逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができるようになる。
 親も、キャンプに入った直後にわが子の吃音をどうとらえるか、私たち独自の吃音評価法の3つのうちのひとつである《吃音についての意識》のチェックをする。キャンプ中にそれがどう変化したか、同一のチェックリストで調べるとかなりの変化がみられた。
 例えば、「どもっていれば、教師やセールスの仕事などつけない」と思っていた親が、できるだろうの項目へと変化する。また、「吃音をどうしても治したい」から、治るにこしたことはないが、どうしてもということではないに変化する。
 親は、将来吃音が治らずとも、明るく前向きに生きる大人のどもる人に出会い、話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。キャンプに来るまでは子どもがどもっている姿を見るのは辛かったが、今は子どもがどもっていても平気でいられるようになったという父親がいた。
 父親が参加することで、家族でどもる子どもたちとかかわる態度が育成される。きょうだいがどもる子どもを理解するのに役立つ。
 どもる子どもと親が、吃音を受容したどもる大人に出会うことによって、将来、吃音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。具体的なモデルを提示することになる。
 セルフヘルプグループで活動するどもる人と、ことばの教室の教師や言語聴覚士が一体となって、スタッフとして取り組むことによって以上のような成果があがる。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/4

30年を迎える、吃音親子サマーキャンプ

吃音の夏、到来〜第30回吃音親子サマーキャンプ

サマキャンの写真 ワークブック表紙 10%



 7月に入りました。「吃音の夏」と、僕たちが呼んでいるシーズンの到来です。

 吃音親子サマーキャンプは、今年、30回目を迎えます。
 ひとりで吃音に悩んでいたとき、同じようにどもる仲間に出会えた喜びは、何にも代えがたいものでした。その仲間といっぱい話し、いっぱい聞き、新しい価値観に出会い、僕もがんばってみようと行動を変えるきっかけをもらいました。もっと小さい頃に、子どものころに出会えていたら、そう思って、どもる子どもたちのためのサマーキャンプをしようと考えたのが、30年前。たくさんのどもる子どもたちに出会いました。連れてきてくれた保護者、手弁当でかけつけてくれたどもる大人やことばの教室担当者や言語聴覚士などの臨床家、大勢の力が集まって、吃音親子サマーキャンプは、30年の歴史を重ねてきました。

    あなたはひとりではない
    あなたはあなたのままでいい
    あなたには力がある

 このことを伝えたくて、続けてきたのだと思います。

 今年の日程は、次のとおりです。
日時 2019年8月23・24・25日
      23日13時から25日15時まで
場所 滋賀県彦根市荒神山自然の家
参加費 16000円(どもる子どもと大人も同額)
内容 吃音についての話し合い
   ことばに向き合うための芝居の練習と上演
   親の学習会

ホームページに詳しい案内と参加にあたっての注意事項、申し込み書があります。

吃音親子サマーキャンプに参加した親子の感想を紹介します。
          
小学5年生
 今年で2回目の参加でした。相変わらずとても楽しいキャンプでした。スタッフの人はやさしい人ばかりで、友だちも新しく何人かできました。サマーキャンプに行くといつもほっとします。
 学校では、教科書を早く読む練習や読んでいるときに秒を数えたりするので、少しプレッシャーがかかってしまいます。サマーキャンプに来ると、同じようにどもっている人がたくさんいるので、プレッシャーがかかりません。劇の練習はとても楽しかったです。自分でおもしろいせりふを考えたり、いろいろなゲームをしたりして、とてもおもしろかったです。来年もいろいろな役に挑戦してみたいです。
 9月から新学期が始まりますが、どもりながらも、自分の意見を言おうと思っています。

保護者
 今回の参加は、安心感に始まり、感謝に終わりました。今は、その心地よい余韻に浸っています。到着するまでは一定の緊張感があり、そんな気持ちになるとは想像していませんでした。到着したときには気持ちが解凍されていくような感覚になり自分で驚きました。普段の生活では、自分で思っている以上に、がんばっているのだなあと思いました。
 同じ悩みをもつ保護者の方や子どもたちと一緒にいられる安心感。その場を作り支えて下さるスタッフの方。安心できる場所で安心できる人たちと過ごせたこの満足感が、まさに自己肯定感なのだなあと思いました。サマーキャンプには、他者信頼や他者貢献もたくさんありますね。息子はこの1年で成長しました。
 今回のキャンプで得たものも大きいと思います。これからの成長が楽しみです。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/3

吃音が、あなたの人生にどのような意味をもったか

吃音を豊かに生きた人生〜合田義雄さんの場合


合田さん

 パラグアイ在住の合田義雄さんと、40年ぶりに会いました。昨年は電話だけでしたが、今回は会うことができました。75歳にもなると、この人にもう一度会いたい、会っておきたいと思う人には会っておいた方がいいと思います。40年以上会っていないのに、是非会いたいと思える人はそんなに多くはないでしょう。50年以上も前の出会いですから、合田さんとの出会いは、どもる人のセルフヘルプグループの活動の初期のころです。

 港区の芝白金の、狭い、今にも壊れそうな事務所を新築するために、毎週のように街頭の資金カンパ運動に皆で動き回り、日曜日には事務所資金を稼ぐために、一緒に、建設会社のアルバイトに汗水流した仲間です。彼との強い記憶はふたつあります。

 ひとつは、「言友会の歌」の制作です。映画「若者たち」を全国上映に先駆けて、僕たちが上映したことからつきあいのあった、作曲家佐藤勝さんに作曲をお願いしたときのことです。黒澤明監督の映画音楽で知られる佐藤勝さんは、「若者たち」の作曲家でもありました。その佐藤勝さんに「言友会の歌」の作曲をお願いしたのです。佐藤さんから、作詞は君たちでと言われ、会員から募集しました。その中に、彼の詩もありました。集まった10編ほどの詩の中からいくつか選んで、佐藤さんに見てもらい、最終的に佐藤勝さんが選んだのが、彼の詩でした。それに佐藤さんが少し手を加えて、曲をつけ、「輝く明日」の歌が完成しました。500人ほどが集まった、言友会創立5周年大会で、フォークグループ、シュリークスが歌ってくれた、とてもいい曲です。「輝く明日」の詩を紹介します。

  
昨日まで私は一人
  故郷を出てから
  夢を語る人もなく
  やさしい春の陽の中で
  昨日まで私は一人
     今日はもう私は二人
     名前を呼び合えば
     あなたのその眼の中に
     輝く星の光りみて
     今日はもう私は二人
         明日から私は全て
         喜びも哀しみも
         仲間と共にかみしめて
         冬に陽の響く上をみて
         明日から私は全て

 もうひとつ印象に残っているできごとは、彼が国際連合の関係の機関の試験を受け、筆記試験では合格するが、面接試験では何度か不合格になったことです。彼からその悔しさを聞いたことは、強く印象に残っています。ところが、今回、出会って、そのときのことを話すと、僕の勘違いで、国連関係ではなく、国家公務員の上級試験などの公務員試験や、研究機関への試験でした。勘違いはしていましたが、彼のこの吃音に関する経験は、僕の記憶に強く残り続けていたのです。

 彼と食事をしながら話したのは、主に、移住したパラグアイの生活でした。苦労した移民生活、日本政府の移民政策、そして今の世界の「移民」の状況など、興味深い話ばかりでした。とても苦労しながら、一歩一歩と活動の輪を広げていった様子が、たくさんの写真を見せてもらいよく分かりました。常に大勢の仲間と一緒に写っている写真でした。二人の娘さんとおつれあいとの家族写真に、幸せで充実した「移民生活」を送ってきたことがよく分かりました。僕が時々、「パラグアイの移住先でがんばっている彼の姿」を思い浮かべることで励まされていたのですが、その通りだったのです。
 
 最後に、「君にとって吃音は人生にどんな影響を与えたのか」と、一番聞きたかったことを聞きました。パラグアイに向けて旅立ったのは、1974年12月ごろで、その後の人生を成功だったと振り返りました。

 「研究者・専門家の世界に挑戦したものの、だんだんと違和感を感じるようになり、自分の能力にも自信がなく、再度、大学入学当時の夢、共同生活で農業を実践する海外移住の道に戻っていった。海外雄飛だと周りからは見られたとしても、自分としては、実際は逃避だった。吃音が大きく影響したのは事実だけれど、パラグアイに渡って生活すると、生活が精一杯で「どもる、どもらない」はほとんど関係がなくなった。もう逃げる場所がない。現実との戦いで日々を過ごし、家庭を持ち、職場を数回変えながらも、能力の限り、自分の人生で学んだことを社会に活かすためにがんばった」

 ブラジルなどの海外移住者との楽しそうな交流の写真を見ながら、「困難な、しんどい状況で、合田さんを支えていた力は何だったの?」と聞くと「東京農業大学時代の、農業共同生活のサークルの仲間の力だ」とはっきり言いました。冗談を言って笑わせ、積極的に話す方ではなく、社交的とは思えない彼が、ここまで人との関係に恵まれたのは何かを考えました。

 小学校は楽しく過ごし、吃音に悩んだ記憶はあまりないが、中学高校時代の思春期はずいぶん苦しみます。大学進学で、仲間と寝食を共にする共同生活に入ったことが、彼を大きく変えたようです。それでも、吃音にまつわる苦しみはそれなりにあり、大学院に進学したころに、僕たちと出会い、吃音に悩んでいた自分を変え、広く社会に視野を広げていく、僕たちの活動は新鮮で楽しかったと言います。

 最後に吃音の人生をこう総括しました。
 「吃音のお陰で、人の話をよく聞き、理解しようとする習慣が身についた。お陰で、他人の考えも取り込んだ、より広い価値観を持つようになり、仕事には役立った。また、常に吃音と向き合うことで、結果的には自分との厳しい闘いであったために、否は否と言い、良しは良しと言う厳しさを身につけることができたことで、数多くの人生の局面で、勇気を発揮できた」
 
 そして、今、吃音を生きる人に対して、吃音をネガティヴなものと考えず、自ら吃音を語っていくことで、社会が吃音を理解する。どもる人ひとりひとりの人生は決して暗くはないと言いました。
 現在の吃音をとりまく日本の現状を、彼が詳しく知っているわけではありませんが、1年程前に日本に帰ったとき参加したどもる人の集まりの印象を、「50年前とほとんど変わっていない」と言いました。僕が書いた「吃音者宣言」は、彼がパラグアイに旅立った後に出したもので、最近の大阪吃音教室など、現在の僕たちの活動を彼は知りません。そこで、別れ際に、『吃音の当事者研究−どもる人たちが「べてるの家」と出会った』(金子書房)や、最近の日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリング・ナウ」を手渡しました。それらを読めば、僕たちが、50年前とはずいぶん変わったと感じてくれるでしょう。
 パラグアイと日本はあまりにも遠く、彼も74歳。これが彼との最後の出会いになるのかもしれませんが、いつまでも記憶に残り続ける合田義雄さんの人生です。彼も、今後、ホームページなどで、僕の活動を見続けてくれると思います。堅い握手をして別れました。

 彼に是非会いたいと思ったのは、彼の人格、人間性に惹かれていたからでしょう。吃音に悩み、苦しんでいたとしても、「吃音を治す・改善する」ではなく、子どもの子から育まれた「人間性」が、その人の人生を豊かにすると強く思ったのでした。

 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2019/07/02
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