伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2019年03月

目をそらさずに支え合い、軽やかにほがらかに

 武藤類子さんのスピーチ

 ドキュメンタリー映画「福島は語る」の紹介は、これで最後にしますが、ここで、「福島は語る」の中に登場したひとり、武藤類子さんのことばをどうしても紹介したいと思いました。
 映画を観る少し前、定期購読している「週刊金曜日」に、武藤さんのロングインタビューがありました。穏やかな、素敵な笑顔の人だなあと、写真を見て思っていたのですが、「福島は語る」の中でも、中身は厳しいのですが、武藤さんは穏やかに語っていました。
 映画の中で、武藤さんは、このように語っています。

 人に罪を問うということは、自分の生き方も問うということです。「あ、これこのままにしておいたら、また同じことが起こるな。繰り返されるだろうな」ということでした。被害にあった人は責任があると思いました。「他の人をまた同じ目に合わせない」という責任です。「人に罪を問う」ということは、「自分が何を負うか」ということです。それは、「その人の罪を問わない」ということではありません。問うことによって、また自分がすべきことが明確に見えてくるんじゃないかと思うんです。


 「週刊金曜日」に紹介されていた武藤さんのスピーチの一部を紹介します。震災のあった年の秋、2011年9月11日「さよなら原発集会」(東京・明治公園)でのものです。


    
目をそらさずに支え合い、軽やかにほがらかに

 3.11からの大変な毎日を命を守るために、あらゆることに取り組んできた皆さん、一人ひとりを深く尊敬いたします。それから、福島県民に温かい手を差し伸べ、つながり、様々な支援をしてくださった方々に、お礼を申し上げます。ありがとうございます。
 そして、この事故によって大きな荷物を背負わせることになってしまった子どもたち、若い人々に、このような現実を作ってしまった世代として、心から謝りたいと思います。本当にごめんなさい。
 福島はとても美しいところです。山は青く、水は清らかな、私たちのふるさとです。
 3.11原発事故を境に、その風景に目には見えない放射能が降りそそぎ、私たちはヒバクシャとなりました。半年という月日の中で、次第次第に鮮明になってきたことは、
「事実は隠されるのだ」
「国は国民を守らないのだ」
「事故は未だに終わらないのだ」
「福島県民は核の実験材料にされるのだ」
「莫大な放射能のゴミは残るのだ」
「大きな犠牲の上になお、原発を推進しようとする勢力があるのだ」
「私たちは棄てられたのだ」
 私たちは疲れと、やり切れない悲しみに深い溜息をつきます。
 でも、口をついてくる言葉は、
「私たちを馬鹿にするな」「私たちの命を奪うな」です。
 私たちは静かに怒りを燃やす、東北の鬼です。
 私たち福島県民は故郷を離れる者も、福島の地に留まり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合いたい、支え合って生きていこうと思っています。
 私たちとつながってください。政府交渉、疎開裁判、避難、保養、除染、測定、原発・放射能についての学び。どこにでも出掛け、福島を語ります。どうか、福島を忘れないでください。
 もうひとつお話ししたいことがあります。それは、私たち自身の生き方、暮らし方です。私たちは何気なく差し込むコンセントの向こう側を、想像しなければなりません。便利さや発展が差別と犠牲の上に成り立っているということに思いを馳せなければなりません。原発は、その向こうにあるのです。
 人類は地球に生きるただ一種類の生き物に過ぎません。自らの種族の未来を奪う生き物が他にいるでしょうか。
 どうしたに原発と対極にある新しい世界を作っていけるのか。できうることは、誰かが決めたことに従うのではなく、一人ひとりが、本当に、本当に、本気で、自分の頭で考え、確かに目を見開き、自分ができることを決断し、行動することだと思うのです。
 一人ひとりりにその力があることを思い出しましょう。私たちは誰でも変わる勇気を持っています。奪われてきた自信を、取り戻しましょう。
 原発をなお進めようとする力が垂直にそびえる壁ならば、限りなく横にひろがり、つながり続けていくことが、私たちの力です。
 たった今、隣にいる人と、そっと手をつないでみてください。見つめあい、お互いの辛さを、聞きあいましょう。涙と怒りを、許しあいましょう。今、つないでいるその手の温もりを、日本中に、世界中に拡げてゆきましょう。
 私たち一人ひとりの背負っていかなくてはならない荷物が、途方もなく重く、道のりがどんなに過酷であっても、目を逸らさずに、支えあい、軽やかに、朗らかに、生き延びていきましょう。

2011年9月11日「さよなら原発集会」(東京・明治公園)での武藤類子さんのスピーチ(抜粋)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/3/17

福島への思い

「福島は語る」を観て〜理解すること、知ることの大切さ


 土井敏邦監督が描きたかったという、ひとりひとりの等身大のことばと福島の風景。171分という時間の長さを感じさせないものでした。登場する人たちの語りは、重いのだけれども、その中に笑いもユーモアもあり、苦しみから這い上がってきたしなやかな強さを感じました。メディアが好むはしゃいだ「復興」という軽いことばとは正反対の、生活は大変だけれど、生きなくてはならないとの強い意志がしっかりと生活に根ざしている、そんなことばの重さを受け取ったような気持ちです。
 避難先で、原発事故の影響を受けた出身地を言えない子どもたちのあまりにも理不尽な現実に怒りがこみ上げます。その他、仮設暮らしをしている人、家も仕事も息子も失った男性など、どの人たちも慣れ親しんだ日常を奪われ、想像しなかった環境に身を置き続けています。
 将来の見通しがもてないことのつらさは、比ではないでしょうが、成人式のとき、吃音のために仕事をしている自分自身の姿を思い描けず、将来への不安一杯だった僕の体験につながります。よくフラッシュバックということを聞きますが、先日、フラッシュフォワードということばを初めて知りました。先の見えない不安は、恐ろしいものです。

 たくさんの、心に残ることばがありました。

 「こんな狂った人生になるとは夢にも思わなかった。でも、俺よりまだまだ不幸の人はいっぱいいんだど、土井さん。土井さん、そんなに心配しないでけろ」
 「大事に守ってきた土地、畑、それは私たちだけのものではないんです。私の前にばあちゃんがいて、その前のご先祖さんがいて、私の前の方々が大事に大事にその畑を作ってきたはずです。そういう場所なんですよ、畑は。だから、とても大切な所なんです」
 「こういう気持ち、この辛さを絶対もう福島県だけで終わってほしいの。だから絶対再稼働なんてことはあってはならないし、ほんとに福島の復興を願っているんだったら、また福島県人に復興させてくれると言っているんだったら、日本の国から原発をなくすことがほんとの福島県人に対する復興だと思うの」
 「最初は隠す。それが隠しようがなくなると、それをごまかそうとする。それには学者も絡む。それもごまかしきれなくなると、今度は範囲を狭めて、矮小化する。被害を否定できなくなると、範囲を狭める。そして、問題を終わりにしようとする。国家が民衆に対するときの姿勢は、基本的に全く変わっていない」
 「ある程度の年配者が寿命が縮まってでも故郷に帰りたいという気持ちは分かるんです」
 「汚染されても私の故郷なんだ」

 僕は、苦しかった思い出しかないせいか、故郷、土地、土に対して、大きな愛着を感じてきませんでした。特に、土に対して、さわってこなかったということもあるでしょうが、何の思いもなかったように思います。誰のことばだったか、遠く離れていても、土は、大地は、ずっとつながっている、続いていると書かれていました。福島の土と、ここ大阪の土はずっと地続きなんだと改めて思いました。
 知るべきことがたくさんあるということを知らされました。

 私たちの身近なところで苦しんでいる人々、現実を知らないということは「人間としての罪」といえると思います。知ったから何ができるかと言えば心許ないのですが、何かの時は、はせ参じることはできますし、行動は起こせます。知らないと、何もないのと同じになってしまいます。原発事故に対して無為無策、知らないふりをしている私たちの政府に対して、怒りは持ち続けたいと思います。

土井監督とサイン 上映後に、前回のブログで紹介した土井さんの舞台挨拶があり、その後、サイン会がありました。土井さんに挨拶をして、パンフレットにサインしてもらいました。仕事、領域は違いますが、少数派であること、いろんなことへの関心の視点では共通することは多く、土井さんとは表現者として戦友だと僕は認識しています。

 吃音の苦しみを理解してほしい、どもることの辛さを分かってほしい、このもどかしさを知ってほしい、そんな風潮が、今、漂っています。それを否定する気持ちは全くありませんが、吃音のことを知ってほしいと願うのなら、その思いと同じくらい、福島の人、沖縄の人、また遙か海の彼方の出来事であっても、平和や、人の人生を壊そうとしている勢力に対して、抵抗する人々、理不尽な立場に追いやられている人々への思いを、少しでも理解しようとする気持ちがなくてはならないと思います。
 比べることではないのですが、どもりの苦しさは、当事者の受け止め方で、抱えきれるものになると思うからです。

 映画を観た十三の第七芸術劇場に「名張毒ぶとう酒事件」の映画もかかっていました。僕が三重県の出身で、高校生の時に起こったこの事件は、よく覚えています。無罪判決を出した裁判長のこともよく知っていますし、「無実の罪」で牢獄に長く入れられた奥西勝さんのことも書きたいと思っています。

 ぜひ、「福島は語る」のドキュメンタリー映画をご覧下さい。自分の生き方をもう一度、自分自身に問いかける時間になると思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/3/13

土井敏邦監督の強い思い

  映画「福島は語る」を語る、土井敏邦監督の舞台挨拶

 映画の後、横浜から駆けつけた土井さんの舞台挨拶がありました。心に残るお話だったので、メモをとったものを、記憶をたよりに紹介します。多少の違いはお許し下さい。
 できるだけ多くの人にぜひ見てもらいたいという土井さんの思いを紹介します。
監督挨拶
 今日は3月11日、特別番組が組まれています。表面的な復旧の風景は伝えていますが、原発の問題については何一つ解決していません。僕はもともと子どもの頃からオリンピックが嫌いだったのですが、オリンピックに使うお金をさいてでも、被災地に使って欲しいと思いますし、この映画を見ると、原子力発電所を再稼働させる動きが、狂気としか感じられません。多くの人と、この思いを共有したいと思いますが、そうならない現実に、言いようのない虚しさを覚えます。

 
土井敏邦監督の舞台挨拶

 この映画を作るにあたって、2つのことに力を入れました。
 まず、ことばです。被災者の人の、目には見えない思いを、見えるようにするには、語ってもらうしかない。私は、その人たちの思いをどうしたら引き出せるかを考えました。事象や出来事を語っても、聞く人の胸に届かない。内面の、痛み、その人の人間が見えてくること。生きるとは、幸せとは、夢とは何なのかなど、人として共通する普遍的なテーマを引き出す語りを大切にした。相手の話を聞き出すときは、聞き手の私が、どう生きているか、何を大切に生きているのかが問われる。この人には語っていいんと思ってもらえるには、自分がどこまで裸になり、どういう生き方をしているかを相手に伝えるしかない。その意味で、私の人生そのものが映画に投影されているといえる。
 もうひとつ、大事にしたのは、風景、光景。人々の生活、夢が失われたが、自然も失われた。この福島の風景を皆さんの目に焼き付けてほしかった。記憶にとどめておいてほしかった。
 30数年、パレスチナを取材し続けきた私がなぜ福島なのか。パレスチナは、イスラエル建国で、60万、70万の人たちが故郷を奪われ、今、パレスチナ問題と言われるのは、故郷を取り戻す闘いです。人間にとって、故郷とは、土地とは何か、と問い続けていた。原発の人災で故郷を奪われた福島の人たちのことを伝えることは、私にもできる、私にしかできないこともあるのではと思って、福島に行った。パレスチナを福島に重ねることができた。でも、福島は、故郷だけでなく、放射能がある。除染をして人を帰すと言う。除染して果たして帰れるのかと思った。
 人間が人間として生きる権利が奪われたのは、パレスチナも福島も同じだ。誰も責任を負わず、福島は終わったことになり、福島の人たちは忘れ去られている。一方で、東京オリンピック、大阪万博だとはしゃぐ人が許せない。だから、人間の生きる権利、尊厳、誇りを伝えなければいけないと思った。
 映画の編集の段階で、「チェルノブイリの祈り」という本に出会い、衝撃を受けた。10年後に書かれたものだが、まさに人間を描いている。ひとりひとりの等身大の人生を描き、それを鏡に観ている自分自身を観る。皆さんも、あの人たちの生き方そのものに、自分の生き方を映し出しただろう。だから、福島も、チェルノブイリも、パレスチナも遠い問題ではない、普遍性がある。それは、私たち伝える人間の仕事だとの思いで作りました。観た人が長く感じなかったと言って下さるので、伝わっていると思います。それは、私の力ではない。あの人たちの力です。それだけの力をもった人たちなんです。福島原発の問題は終わった、片付いたと思っている人たちに、この映画をつきつけたいと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/3/11

土井敏邦監督の映画「福島は語る」

土井敏邦監督のドキュメンタリー「福島は語る」

 2011年3月11日から8年が過ぎました。毎年、この日を特別な思いで迎えます。直接的な被害はないものの、吃音親子サマーキャンプに3年、女川町から参加した女子学生が津波で亡くなったからです。震災後すぐに、女川町や釜石を訪れ、生々しい風景の場所に立ち尽くしたからです。
 今年は、その前日の3月10日、知人でもある、土井敏邦監督のドキュメンタリー映画「福島を語る」を観ました。そして、8年前の福島を思いました。
福島は語る_0001
 午前10時、十三の第七芸術劇場での上映でした。入場者数は、40名くらいでしょうか。
 終わった後に、土井敏邦監督の舞台挨拶もありました。

 このドキュメンタリーは、100人以上の人たちに長時間インタビューして、編集されたものです。選ぶのが難しかったと思われるのですが、登場する14人の語りは、とつとつとしたものです。間もあります。でも、そのとつとつとした語りの中に、その人から今、生まれてくることばの力を感じました。ときおり、土井さんの質問のことばが入る他は、当事者の語りが続きます。語りの中に、「土井さんよう」という監督への呼びかけのようなことばも聞こえます。信頼している人への呼びかけのように聞こえました。お互いに、人として信頼しているからこそ、話すことができた、聞くことができたのだと思いました。
 語るには語りを引き出す人の人間としての力が問われます。パレスチナを30年ほど取材し、映像として残す中で、「故郷を失う人の苦悩」を人一倍知る土井さんだからこそ、福島の人たちは、自分の思いを語ることができたのです。語る側、聞く側の絶妙の間に惹きつけられました。171分、観終わった後、少しも長いとは思いませんでした。引き込まれるように観ました。
 土井敏邦さんの舞台挨拶も、とても共感できました。
 まずは、大阪吃音教室の仲間である西田逸夫さんが、次のように感想を書いていますので、紹介します。

西田@携帯です。
伊藤さん、溝口さんと一緒に、「福島は語る」を観ました。
たくさんの人たちの証言が、それぞれ長めの映像として、収録されています。
福島の今、と言うより、日本の今が、表現されています。

今週金曜まで第七劇場で、来週は同じビルのシアターセブンで上映されます。
個人的には、これまで直接的間接的に知った被災者の何人かと近い立場の方の証言があって、あの人たちは今どうしているかと、思いを馳せつつ観ることになりました。
誰が観ても、それぞれ多いに感じるところのある映画だと思います。


いろいろなことを感じました。監督のことばも含めて、また書きたいと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/3/10
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