伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2018年01月

吃音との長い旅

  沖縄キャンプの同窓会

昨年の活動の報告の続きです。 
11月4日から沖縄に行きました。5日には、嘉手納で、社会福祉協議会主催の「幼児吃音の理解と臨床」の講演会が予定されていました。その前の4日に、沖縄キャンプに参加した保護者の皆さんが集まりました。キャンプの同窓会のようなもので、保護者だけでなく子どもも同席して話し合いました。

沖縄幼児吃音1

 
「吃音親子サマーキャンプでも、沖縄キャンプでも、子どもに一度参加させればそれでいいという保護者がいます。私は何年も参加しないと、本当のところはつかめないと思うのですが、一度でいいと言う保護者にどう説明したらいいでしょう」


 沖縄キャンプにも、滋賀の吃音親子サマーキャンプにも参加している保護者から、このような質問が出ました。できれば、可能な限り参加し続けた方がいいと僕は思います。そして、次のような話をしました。

伊藤 吃音は、簡単に対処できるものではありません。生涯にわたって考えていくもので、繰り返し勉強し、確認する作業が必要です。滋賀県での吃音親子サマーキャンプでも、1回か2回の参加の子どもと、小学生から高校3年生までずっと続けて来た子とはずいぶん違うという印象をもっています。
 たとえば、伊藤由貴さんは、小学4年生から高校卒業まで連続して参加しました。キャンプに民間放送のTBSの取材が入り、「報道の魂」で放送された場面では、「これから吃音は私の人生に、決してマイナスにならないと思う」と発言して卒業しました。ところが、大学2年生の時、突然ひどくどもり始めました。親も周りもびっくりです。私も、少しずつどもらなくなっていく人はいても、彼女のように大きな変化をした人に会ったことはありません。母親から相談を受けましたが、「どもりは変化するものだから、またそのうち変わるから、話すことから逃げないで生活さえしていたらいいよ」とだけ言いました。
 彼女は大学での発表、コーヒーショップのアルバイトも休むことなく続けました。でも大変だったと思います。2年以上ひどくどもる状態が続きましたが、少しずつ元の状態にもどり、薬学部を卒業し、薬剤師として働いています。
 どもりの問題を症状の問題だと考えている人で、どもらずにしゃべる方がいいという価値観を持ってしまうと、突然ひどくどもり始めた時はショックを受けるでしょう。まるで、中途障害のような感じになるかもしれません。でも、彼女は、小学4年生からずっとどもりについて考え、話しあってきたから、どもり始めてもあまり動揺しません。吃音親子サマーキャンプの中で悩みながら考えてきた中で、信念、価値観、自己概念がしっかりと身についていました。それは、非認知能力と言われるものですが、粘り強さ、深く考える力などです。母親はオロオロしていたけれど、本人は大丈夫でした。僕も、彼女のことを信頼していました。ひどくどもりながらもアルバイトを続け、授業の中での発表も逃げずにやっていました。見通しのつかないことに耐える力を持っていたのでしょう。薬剤師として働き、結婚式には、サマーキャンプで出会った子たちが、お祝いに参加したと聞いています。私たちのニュースレター「スタタリング・ナウ」に母親の手記が載っています。
 小学生のときは明るく、元気で大丈夫だと思っていても、これから将来どんなことが起こるか分かりません。その中で大事なのは、生きる力です。状況や環境は変わります。状況が変わっても、挫折してしまわないような子育てをしたいです。どもって生きるという覚悟ともいえます。ネガティヴに考えて生きてきた人、吃音に触れずに生きてきた人は、環境やどもる状況の変化よって、心理状態や悩みが変わります。あまり変わらないものは、確固たる信念、自己概念です。それを身につけるためには、日常の生活で経験したことを吟味し、考え続ける必要があります。キャンプは、それができる場だと思います。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/31

どもる人の、話すコツ


 途中で、「フランケンシュタインの誘惑」の話が入って、中断していましたが、昨年の、島根県での吃音キャンプでの中学生からの質問に対する僕の答えを紹介します。

中学生男子 伊藤さんが、話すときのこつは何ですか、どんなことを心がけていますか?


伊藤 話すときのこつですか、いい質問をしてくれたね。どもりの治療法、訓練法は、日本やアメリカやヨーロッパなどで考えられてきたけれど、結局は、ゆっくり話すしかないんです。僕が東京正生学院で練習させられたのは、「わーたーしーのーなーまーえーはー…」と、どもらないで話すための「平均間隔平等法」と言われたもので、同じ間隔でゆっくり言う方法です。それを普段の生活でも使えと言うので、食堂でも「カーレーラーイースーをーくーだーさーいー」と言ってみました。どうです、君も、いっぺんやってみますか。相手がどんな反応をするか、おもしろいよ。
 そんな話し方を、たくさんのところで試してみると、こんな反応がありました。
 ・ くすくすと笑った人
 ・ 何を言ってるんだと、怪訝そうな顔をした人
 ・ 馬鹿にしているのかと、実際に怒った人 
 そんな不自然な言い方より、今までのように「カカカカレーライスを、くくく下さい」の方がよっぽどいいと、みんな言っていたよ。どもった時よりも却って笑われるし、言っていて嫌になる。だから、「こんな話し方を身につければどもらない」と教えられても、ほとんどの人が実行できなかった。
 僕の話し方がかなり変わったのは、大学の先生になってからだと思います。言友会というどもる人の会を作って、どもりながらどんどん積極的に話すようになって、それが結果として言語訓練になったのか、「あれ、前はもっとどもっていたのに、最近前よりはどもらなくなっているなあ」と気づいたのは、会を作って2年ほどしたときでした。

 だけど、話し方を工夫したり、丁寧に話すようになったのは、大学の先生になってからでした。僕は、小学校、中学校、高校と、音読も発表もできなかったのに、大阪教育大学という教員養成大学の教員になったので、学生に講義をしなければならないし、講演もしなければならない。緊張しながら講義をし、大勢の人の前で講演しました。大学の教員時代に、全国吃音巡回相談会といって、全国を講演して回った時、この島根にも来ましたよ。もう45年も前になります。松江市の雑賀小学校のことばの教室に大石益男という先生がいて、僕の講演会の世話をしてくれました。後に、国立特殊教育総合研究所に移って、島根に戻って大学の先生になった人ですが。今年の8月には山形県のことばの教室の教員の研修大会で講演したけど、全国吃音巡回相談会のときに世話をしてくれた山形第一小学校のことばの教室の今田裕さんと久しぶりに会いました。だいぶ年齢がいっていたけどね。このようにして、僕は、人前でたくさん話す機会がありました。

 講義をしたり、講演は、自分の話を聞いて欲しい、考えをちゃんと伝えたいと思って話します。普段しゃべっているようなスピードで話すと、相手には伝わらない。原稿を読むわけではないので、考えながら、考えながら、しゃべります。すると、一音一音丁寧に話すようになる。そうすると、「どもりを治すために、ゆっくり言え」と言われて練習していたときは、ゆっくりはしゃべれなかったけど、どもりたくないためにゆっくりではなくて、相手にちゃんとことばを伝えるために、僕の話を理解してもらうために、意識しながら丁寧にしゃべっていたら、結果としてゆっくりしゃべれるようになりました。

 このゆっくりは、さきほどの「カーレーラーイースーをーくーだーさーいー」とは違う。この程度のゆっくりさなら、不自然ではない。僕は、自分なりの、ゆっくりとした、一音一音しっかりと話していく話し方を、人前で話す経験をたくさんすることで身につけたように思います。日本語は子音と母音を一緒に言うのが基本ですが、むしろ母音をしっかり言うようにしていきました。ちゃんと相手に理解してもらうためには、丁寧に一音一音、母音をしっかりつけて言うことが僕の話すこつです。

 自分がどもるかどもらないかとは関係なしに、相手のことを大切にしながら、ちゃんと話していこうとしたら、ゆっくりとした話し方になると思います。
 早口でしゃべるのは、政治家の国民をごまかすための話し方で、本当に自分のことを理解してもらおうと思ったら、丁寧に考えながらゆっくりと話すことが必要です。ぜひ、できるだけ、ゆっくりと丁寧に話して下さい。分かりましたか。

男子 はい。
2017 島根1 伸二とみんな
2017 島根2 机囲んで
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/27

ウェンデル・ジョンソンの診断起因説の功罪

 「フランケンシュタインの誘惑」を見ました

 NHK BSプレミアムの 「フランケンシュタインの誘惑ーモンスター研究」を 見ました。
 人体実験の生存者が91歳であることを考えると、今、このモンスター研究を紹介した意義は、今後このようなことが、決して行われないようにとの決意や監視の意味でも、大きいと思います。

 ただ、胸のざわつきが大きかったことは書いておきたいと思いました。

 この研究については、2002年3月に日本吃音臨床研究会のニュースレターで、「マーキューリー・ニュース」紙「ワシントンポスト」紙などを中心にした編集で紹介しました。文字で読むのと、映像で見るのとは格段に違いました。映像として再現、表現されると、あの実験のおぞましさがリアルに伝わってきます。胸が悪くなる、決してあってはならない実験でした。
 ご覧になった方はどのような感想をもたれたでしょうか。

 僕もいろいろな思いがわきました。おそらくジョンソンへの強い憤りは誰もが感じるでしょうが、おそらくあまり指摘されないであろう、僕の思いだけを書きたいと思います。
 
 NHKの放送の冒頭、ノーベル平和賞のマララさんの感動、ヒットラーの扇動、オバマ大統領の広島で被爆者との絆をつくるのスピーチの映像で「人のこころを動かすことばの力」を紹介し、「もし、そのことばの力を奪われるとしたら」の表現に、僕はとても強い違和感をもちました。

 ジョンソンの非人道的な研究は、どんなに批判しても批判したりないくらいですが、その一方で、人体実験をされ、吃音になった人の悲劇を強調するあまり、「吃音の悲劇」が浮き彫りになり過ぎました。どんな原因かはわかりませんが、僕たちはどもるようになりました。今、現にどもっている子ども、大人は、「ことばを奪われた」悲劇的な子ども、悲劇的な人でしょうか。 

 91歳の生存者が「他の子どもに、こんなつらい経験をさせたくない」と言った経験は、実験の経験なのか、吃音の経験なのかは分かりませんが、あの文脈の中では、「考古学者になる夢があったのに、言葉も、夢も奪われた」ことになるのでしょう。胸が痛いです。

 今は、絶版になり、古本や、図書館にしかないだろう僕の本『吃音と上手につきあうための 吃音相談室』(芳賀書店・1999年)に、どもる子どものお母さんからの手紙への返信として、診断起因説の功罪を書きました。このモンスター研究を当時知っていたら、どんな文章に変わっていたでしょうか。前にも紹介しましたが、もう一度、診断起因説の部分だけ採録します。

 2.ジョンソンの診断起因説

 「吃音はお母さんが作る」となぜ言われたのか、吃音の原因として、この考え方を信じる人は少なくなりましたが、吃音を考えるヒントは得られますので知っておくとよいでしょう。アメリカの言語病理学者で、その研究成果が世界的に認められているウェンデル・ジョンソン博士を中心に、心理学・医学・教育学などの専門家が1934年から1959年にかけて大がかりな調査・研究を行いました。
 子どもを吃音と考えている母親とその子どもの群(A群)、そうでない母親とその子どもの群(B群)とを比較して、どこが違うかを調べました。子どもには心理テストや医学的な検査などで心と体の働きやことばの状態を、母親には性格テストや子どもの話しことばに対する意識や態度などを調べました。

子どもについての比較
○ことばをつっかえる量やつっかえ方にはほとんど差がない。
○性格的、身体的な差は全くない。

母親についての比較
○子どもの吃音を気にし始めるのは3才前後が多く、それを最初に発見するのは、ほとんどの場合、母親である。
〇A群の母親はB群の母親に比べ、子どもの発達や行動、特にことばの面での期待が少し高い。

 この結果からジョンソンは、診断起因説を次のように説明しました。
 『吃音の子どもは、心も体も異常はない。3才の頃にはよくみられる、流暢でない話し方をA群の母親はどもると考え、B群の母親はごく普通の話し方と考えている。子どもの話し方に《吃音》とレッテルを貼るのが吃音の子のお母さんだ。《吃音》と診断された後から吃音が起こる』

3.ジョンソンのアドバイスの功罪

 ジョンソンはこの説をもとにして、次のようなアドバイスをしています。
○自分のことばの異常を気にするような、注意を向けさせてはいけません。そのために《吃音》というレッテルを貼ったり、「言い直してごらん」「もっとゆっくり言ってごらん」などと言ってはいけません。
○子どもが喜んで話したくなるようなよい聞き手になって下さい。
○子どものことばに寛大になって下さい。
 どう接してよいか分からなかったお母さんに、これらのアドバイスは大きな勇気を与えました。どもるたびに嫌な顔をされたり注意されてきた子どもも、話す時のプレッシャーから解放されました。しかし、この説がよい影響ばかりを与えたわけではありません。

 これまでの育児態度を頭ごなしに責められ、自分がこの子の《吃音》を作ったのだと自責の念にかられ、育児に自信をなくした人。当然躾けなければならないこともつい甘やかしてしまい、子どもがひとりでは何もできなくなったという人。また、成人になってからお母さんのせいだと責められた人もいました。
 「吃音を作るのはお母さんだ」とは言えません。18才の子どもから、吃音矯正所に行きたいと言われ、初めて自分の子どもが吃音だと知ったなど、お母さんが吃音だと診断していない例は少なくないのです。どうか《私が悪い》とご自分を責めないで下さい。たとえ、反省することがあったとしても、お母さんなりに子どもの幸せを願って努力してこられたのです。いたずらに過去を振り返るより、これから子どもとどう関わればよいかを考えましょう。
  『吃音と上手につきあうための 吃音相談室』(芳賀書店・1999年) p36〜 p41

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/01/17

第7回 吃音と向き合い、語り合う 伊藤伸二・吃音ワークショップin東京


~どもる人、どもる子どもの保護者、吃音の臨床に当たっている人のための~
    第7回 吃音と向き合い、語り合う 伊藤伸二・吃音ワークショップin東京
         

 「吃音を治すことにこだわらず、どもりながらどう生きていくかを目指そう」と、大阪を基盤に活動している日本吃音臨床研究会の伊藤伸二と一緒に、どもる問題について考えたり話し合ったりする関東地方でのワークショップです。今回で第7回となりました。
 参加者ひとりひとりの吃音の悩み、知りたいこと、体験したいこと、学びたいことに関わり、それを皆で共有するスタイルで進めていきます。
 吃音について深く考えたい方、どもりながら生きていく上でいろんな思いを抱えている方、どもる仲間とじっくり話したい方、吃音の臨床に当たっている方、日本吃音臨床研究会の活動に関心があっても大阪まではなかなか行けない方、この機会にぜひご参加下さい。

 内容は参加者の要望によって組み立てますが、次のようなことが考えられます。

◇吃音を生きる、論理療法、交流分析、認知行動療法、アサーティヴ・トレーニング、ナラティヴ・アプローチ、当事者研究、レジリエンス、ポジティヴ心理学などについて
◇吃音で苦戦している問題についての具体的対処
◇どもって声が出ないときの対処・サバイバル
◇吃音を治す言語訓練に代わる、日本語の発音・発声のレッスン
◇今、困っていること、悩んでいることの課題を明らかにし、展望を探る、公開面接<対話>
◇吃音の臨床で直面している問題や、考えたいこと
◇当事者研究の手法を用い、やりとりをしながら、今後の対処を明らかにする
         
□日時 2018年2月12日(振替休日)   10:00〜17:00

□会場 北とぴあ 東京都北区王子1−11−1  TEL 03−5390−1100
      JR京浜東北線「王子」駅北口徒歩2分
      東京メトロ南北線「王子」駅ト崕亳直結

□定員 18名  

□参加費 5,000円…当日、受付でお支払い下さい。

□申し込み方法 
 〔樵亜´年齢 住所 づ渡暖峭罅´タΧ函´ο辰傾腓辰討澆燭い海箸篳垢たいこと О貌伸二・吃音ワークショップを知ったきっかけ
 を書いて郵送かFAXでお申し込み下さい。

□申し込み締め切り 2018年2月8日(木)

□問い合わせ・申し込み先  日本吃音臨床研究会
     〒572−0850 寝屋川市打上高塚町1−2−1526
           TEL/FAX 072−820−8244



 
2013年1月13日、東京都北区の北とぴあで、第2回 伊藤伸二・吃音ワークショップin東京を開催しました。テーマは、『対話を通して、生き方をみつける』です。いろんな話題が出され、おもしろいときにはみんなで大笑いし、しんみりするときはしんみりした7時間のワークショップでした。そのごく一部を紹介します。
                       
 参加者は、遠く熊本県や秋田県から、どもる当事者、ことばの教室の担当者、言語聴覚士が参加しての、総勢16名。濃密な7時間を過ごしました。そのごく一部を紹介します。参加された16人のやりとりの時間もたくさんあったのですが、地方公務員の平野さんと伊藤伸二との対話の中で紡ぎ出されたことばを拾ってみました。

 1時間かけた自己紹介
 ひとりひとりが参加の動機を話していくと、自己紹介だけで1時間。自分と吃音の関係についてみんなで聞き入り、ワークショップの場の共通基盤ができたような気がした。これから始まる濃密な時間を予感させる幕開けとなった。

 治(なお)ると治(おさ)まる
伊藤 吃音は自分の力で治すものではなく、自然に変わる。五木寛之さんの本に、治るではなく、治まるとあった。まさに吃音は、どもることを認めて話していくうちに、治まっていくものだと思いますが、どうですか?
松原 どもりは認めるのは難しいです。やっぱり治りたい。なんで他の人と違うのだろうとか思います。
伊藤 僕も21歳まで認めるなんて考えもしなかった。でも、一旦認めてしまえば、なんで、みんな認められないんだろうと思ってしまうほどです。たとえば、自転車に苦労してやっと乗れるようになったはずなのに、苦労したことを忘れてしまう。パソコンも、上手な人には何のこともないことが、苦手な僕には、とても難しい。似ている気がします。
 吃音は、言語訓練ではなくて、どもって生きる覚悟をいかにするかで、そのための勉強と練習が必要です。アメリカは吃音はコントロール可能と、訓練をしていますが、ほんとに大事な、吃音と共に生きるための覚悟、覚悟するための練習がありません。カナダの大学院を出て、言語聴覚士になり、3年間、働いた池上久美子さんが、北米では、吃音とともに生きる発想がないし、生きることを、誰も教えていないと言っていました。アルバーター大学の吃音治療研究所(アイスター)などに、15年間、500万円をかけて一生懸命訓練をした人が、前よりはどもっているけれど、もうあきらめたみたいだと言っていた。
 
 治ることをあきらめるしかない
伊藤 治る確実な方法があるのなら、がんばってもいいが、100年以上原因も分からず、確実な訓練法もない事実は認めざるを得ない。世の中には、治せないもの、治らないもの、解明できないものは、山ほどあります。その中のひとつが吃音だと考えた方が、どもる当事者としては生きやすいと思います。なぜあきらめられないのか。どうしたらあきらめて、どもる覚悟ができるのか。
 午前中、自己紹介の後、小学校の教師の松原さんが、どもってはいけない場として挙げた、剣道の試合での審判について対話をしました。午後は、地方公務員の平野さんが話題を出しました。

 再び、どもってはいけない場「クマが出た」
平野 午前中、どもってはいけない場などひとつもないと、伊藤さんは言われた。でも、私の中では、自治体の職員として、やっぱりどもってはいけない場面があると思っています。今、それで苦しいんだろうなと思う。私は、決まった原稿を読むのが苦手なんです。最近、私の近所でクマが出たので、「クマが出たので、気をつけて下さい」と、市役所の広報車に乗って言わなければならなかった。決まった原稿なので、やっぱりつっかえながら、それでもやった。それが、どもってはいけない場面だと思います。
伊藤 どうしてですか?
平野 街頭宣伝って、でっかい音で、それをどもりながら話すわけですよ。それはちょっとなあ…と思いながら、私は街宣したんです。
伊藤 どもってやったから、みんな、信用せずにクマに注意しなかったとか(笑い)
平野 それはないです。自分の中では嫌だなあと思いながら、街宣したんです。あともうひとつ、まだ私は経験ないんですけど、今、私の担当している仕事は広報課で、その中で、FM放送で1週間に5分間の番組をもってるんです。私は、担当じゃないんですが、同じ課の中でやっている者がいます。その番組は、1対1で、一人が聞き、一人が答えるということを順番にやる。幸い、まだ私の出番はないんです。私の出番になったとき、どうしようかなと思いながら、ずっと去年から今の仕事をやっている。
 もし、「あんた、出なさいよ」ということになって、FM放送の生放送で5分間、まあそれはいいとして、それを録音して、昼休みに庁舎全部に流すんです。考えただけでぞうっとします。決まった原稿をうまく読める訳はないんです。生放送は終わってしまうから、まあいいとして。でも、それを録音して、庁舎全部に流されるということを考えたときに、いやー、恥ずかしいなあと。それに耐えられるかなあと思うと、午前中の話で、どもってはいけない場面なんて、伊藤さんはないと言うけれど、私の中ではあるんだよなあと思ってしまうんですよね。

 どもってはいけない場と、どもったら嫌だなと思う場 
伊藤 どもってはいけない場面はないと思うんです。でも、区別してもらいたいのだけど、どもるのが、嫌な場面はあるんでしょうね。
平野 そうそう、嫌な場面ですよね。
伊藤 自分が困る場面であって、聞き手である、世間一般が困る場面ではない。それは分ける必要があります。全庁舎に、どもって出演した番組を流していいじゃないですか。
平野 いいんですか。
伊藤 僕は、それが県の職員としては、すごい社会的貢献になると思うんです。つまり、あれだけどもりながら、一生懸命な人がいる。
平野 そういう人間もいるんだと、いうことですか。
伊藤 ああしてどもりながら、一生懸命、「ククククマが出ました。ににに逃げなさい」と広報したりすると、切実感が、(笑い)とは言わないけど、たとえば、老人や障害のある人や、生きることに困難をもっている人が、もしあなたの、どもりながら一所懸命話すFM放送放送を聞いていたら、その人たちがどう思いますかね。これだけどもりながらも、ちゃんと県のためにやってくれている人がいる。流暢にぺらぺらしゃべる広報係の人なんて普通のことで、当たり前でしょ。それに対して、人は何も心を動かされません。でも、どもりながら、仕事をしているあなたの誠実さは、僕たちが社会にできる大きな貢献だと思いますよ。学校の教師の松原さんにも特に言いたいことです。子どもたちの中には、いろんなことで苦しかったり、劣等感をもつ子たちがいる。経済的な困難、人間関係の困難を抱えている子どもたちがいる。そんな子どもたちの中で、教師がどもりながら一生懸命精一杯生きている姿を見せることは、流暢にぺらぺら効率よくしゃべる教師よりは、はるかに教育的な効果としては大きなものがある。先生もがんばってるから、オレもがんばろうと共感する子どももいるかもしれない。
 どもる僕たちの社会貢献は、どもりながら誠実に自分の仕事をきちっとやること。心はざわつくし、決して心地よいことではないかもしれないけれど、心地よくないことをあえてやっていく。ここに人間としての生きようというものがあるのではないだろうか。
 何もしないで生きていければ、それは楽だけれど、それよりはちょっと負荷がかかったり、嫌な思いをしながらでも、そこで自分の仕事やしたいことをするという、これも人間の生き方としてかっこいいでしょう。
平野 かっこいいと感じますけど、やっぱり、庁舎で放送が流れるとき、弁当を食べながらそれを聞いていることを考えると、ざわざわするんです。
伊藤 ざわざわしてもいいけど、それに耐えている自分も立派だと思えるのも、いいですよ。
平野 そこまでいけるかなあ。
伊藤 いけると思いますよ。
平野 そこの折り合いがどうつけられるかですね。
伊藤 それはもうあなたの選択です。
平野 逃げるのも私ですし、向かうのも私だと思うんですけど。今のところ、逃げちゃうかな。その場面が来たら、逃げちゃうかな。
伊藤 逃げようと思ったときに、僕の写真をどこかに置いておくとか、「こら。逃げるな」(笑い)
平野 そうですね。そこですね。
伊藤 おまじないを作って、よし、逃げないでおこうって。

 逃げたときに後悔しない
平野 松原さんの剣道の審判の話も、代わってもらうこともできると思うんです。代わってもらったときには自分の中での後ろめたさも多分あると思う。逃げたくない、できればやりたいけど、逃げると、そこでまた傷つく。やったらやったで、うまくいかなかったときには、また落ち込んだりするし。
伊藤 僕は、基本的には、逃げないでがんばれとは言うけれど、逃げるのも、立派な選択肢だとも思います。僕はハンディだと思ってないけれども、吃音をハンディだと思う人は、他の人よりハンディがあるんだから、何をやっても、しなやかに生き延びた方がいい。生き延びることを目的にすると、逃げることも選択肢です。 逃げる選択をしたときに、オレはなんで逃げたんだろうという後悔や後ろめたさを感じないようになってほしいですね。僕も今でも、小さな逃げはいっぱいあります。言わなければならないことは逃げないけれど、お寿司やさんで、「トトトトトトト」と言ってまでトロを食べなくてもいいかと思って、マグロで済ませる、というような小さな逃げはいっぱいある。
 FM放送で、全庁舎に自分の声が流れることは耐えられないから、悪いけど、代わりに他の職員がしてくれ、僕は一生涯FM放送には出ないぞと、宣言する選択をしても、いいじゃないですか。
平野 そうですね。自分の中で折り合いがつけば。
伊藤 折り合いがつけば。何も言わないで逃げたのではなくて、自分の弱点だと感じている吃音をちゃんと公表して、説明して逃げれば、実績であり、そういう自分を評価していいと思うよ。
平野 黙って逃げたり、風邪ひいたとの言い訳するのとは全然違いますよね。
伊藤 風邪をひいてとか、お父ちゃんが死んだからとか、そういう逃げ方ではなくて、僕は、どもりで、残念ながらみんなのように強い人間じゃないから、耐えられないので、FM放送はやめさせてくれと言って逃げるのなら、逃げたことを正直に伝えたことは勇気ある行動だし、立派じゃないですか。逃げることに罪悪感を感じたり、引け目を感じないで、堂々と逃げればいい。そして、得意な人に代わってもらったらいい。
平野 堂々と話して、
伊藤 そう、堂々と話して、自分の弱さはちゃんと出して、これ、かっこいいでしょ。
平野 それはいいですね。(笑い)それができていなかったと思います。
伊藤 それができたときに、やっぱり人はお互いに弱さを見せながら、弱いところをカバーしながら生きていくのが社会全体が生きていくということだと思いますよ。この人は正直に自分ができないことを言って逃げているんだ。それもいいなあ。じゃ、僕もできないことがあっても、自分の弱さを出してもいいんだと、他の県の職員が思ってくれたとしたら、その人がすごい辛さを持っている人であったら、あなたの弱さはその人に大きな共感と勇気を与えることになりませんか、ね。
平野 合点です、それは合点です。(笑い)

 強くならなくていい、ヘルプを出すことの大切さ
平野 強くならないといけないですね。
伊藤 強くならなくていいんですよ。強くなるのではなくて、弱さを弱さとして認められる。弱い人は弱いままでいい。弱い人間が何も強くなる必要なんてない。弱いことの方が、却って強いですよ、結果としては。だって、弱さを知ってるということは、自分の分をわきまえているということ、できないことはできないと言えること。できないことは誰かに助けてもらう。今の世の中に欠けているのは、助けてもらうというヘルプ、ヘルプミーです。それを子どもたちも言えなくなってるし、教師も言えなくなっている。この、「助けて下さい」ということがすごく大事だと思う。お互いが弱さを認めながら、助けながら生きていく、これが人間が生きていくということじゃないですかね。
  

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/25

「フランケンシャタインの誘惑- 心理学史上最悪のスキャンダル 恐怖の実験」、今日放送

「フランケンシャタインの誘惑」
NHK BSプレミアム 午後10時〜11時

 「フランケンシャタインの誘惑」の担当デッレクターから連絡がありました。昨年の10月、東京でお会いして、ウェンデル・ジョンソンについての僕の評価や、この研究についていろいろと話をしました。その時、現在の吃音についても取材をされる予定でしたが、今回は「モンスター研究」にだけ焦点があてられたようです。筋書きは資料でお送りいただきましたが、映像としてどうなっているか、とても楽しみです。吃音だけでなく、臨床心理学、精神医学、教育、など多くの人に見ていただきたいと思います。 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二



その後、連絡も差し上げず申し訳有りません。
「モンスタースタディー」が、ようやく完成しました。
あれから12月アメリカに取材。ジョンソンの弟子筋に当たる2人の博士、そして、被験者の唯一の生き残りの人に取材してきました。
番組の見せ方もあり、ジョンソンを悪者にしすぎの部分はありますが、全体としては上手くまとまっているのではないかとおもっています。
放送は、1月25日(木)BSプレミアム 22:00〜です。
お時間があればぜひご覧ください。
 2018年1月22日


診断起因説秘話
                日本吃音臨床研究会 代表 伊藤伸二

 ウェンデル・ジョンソンの『診断起因説』ほど、数ある吃音学説の中で、有名なものはない。単一の原因論としては現在では否定されているものの、当時としては革命的なものであり、現在も少なからず影響を与えている理論でもある。
 聞き手への認識を高めたこと、吃る子どもにどう接すればいいか悩んでいた母親に、少なくともマイナスのかかわりを止めさせた点で大いに貢献したと言える。

 その学説が、倫理的にあってはならない実験によってなされたものだという、衝撃的な真実が65年の歳月を経て、明らかにされた。資料の保管のよさ、粘り強いジャーナリストの熱意に驚かされる。
 ウェンデル・ジョンソンの研究が、『モンスター研究』と呼ばれ、人体実験とも批判されるのは、当然のことだろう。ジョンソン本人も、それが悪いことだったと認識したから、その実験を隠そうとしたのだろう。実際に実験を担当した大学院生、被験者に大きな傷を与えたことには疑いがない。
 ジョンソンと同じように吃音に苦しんできた、吃音の当事者の私が、このジャーナリスティックに展開される秘話に触れて、どう感じたかを述べたい。

 まず、被験者の反応だ。報告があまりに長文であったために、全ては紹介できていないのだが、実験をそれとは知らずに受けて、吃る人としての人生を送った人の感想がいくつも紹介されている。その人たちは一様にその実験を知り、驚き、実験者を恨み、現在の不本意な状態を嘆いている。被害を受けた当事者としては当然の思いだろうが、ジャーナリストとしては、このような非道な実験がなされ、このような悲劇が起こったと、センセーショナルに扱いたくなるのだろう。

 「私は、科学者にも大統領にもなれたが…」と、吃音のために、いかに大きな損失を被り、人間関係を閉ざされたことが紹介されている。私にはそれが痛い。

 本来、吃音にならなかった人が、ジョンソンのために吃音になり、吃っていたために人生で大きな損失を被ったと、ジャーナリズムが被験者の悲劇性を強調すればするほど、今現に、ジョンソンのせいではなく、どのような原因かは分からないが、吃って生きている人がみんな悲劇の人となってしまう印象を与える。そもそも、吃音はそんなに忌むべきものなのか。
 「吃っているあなたのままでいい」と心底思い、自分自身へも、吃る人、吃る子どもたちへもメッセージを送り続け、吃音と共に生きてきた人生を、とてもいとおしく思う今の私にとって、吃音へのこの強い否定的なメッセージは、胸苦しさを覚えるのだ。
 吃音になったからといって、それがマイナスの人生になるとは限らないのだ。

 あとひとつ。実験のつもりではなくても、ジョンソンの実験に似たようなことが、無自覚に、一般的に行われていないか、ということである。
 「そのうちに治りますから心配しないで。吃音を意識させるのが一番いけないから、吃っていても知らんぷりしていなさい」
 このアドバイスは、ジョンソンの原因論からくるひとつの弊害だと私は思っているが、現在でも児童相談所や保健所などで言われている。そのうち治ると言われ、吃っているのを見て見ぬふりをして、ひたすら治るのを待ったが、中学生や高校生になっても治らないがどうしたらいいか、という相談が最近実に多い。

 何の根拠もないのに、安易に、「そのうちに治ります。吃音のほとんどは一過性のものだ」と言い切る臨床心理や教育の専門家の意見を新聞や雑誌等で現在でも見受ける。治ると信じていたのだろう。子どもの頃に吃音に一切向き合うことなくきたために、波乱の思春期に問題が吹き出す。そうなってから、吃音と直面せざるを得ないのは、難しいことだ。こうして、吃音に悩み、戸惑う人と接すると、「モンスター研究」と似たようなものを感じてしまうのだ。
 「吃音は必ず治る」と、多額の器具を売りつけたり、書物などで自己の吃音治療法を紹介しながら、実際は効果がない場合もそうだ。その宣伝を固く信じたが、吃音が治らずに悩みを深める。ジョンソンの被験者のように現在の不本意な生活を嘆く人がいる。この現実を暴いてくれるジャーナリストはいないのだろうか。

 吃音でよかったとまでは言わないけれど、「吃っていては決して有意義な、楽しい人生は送れない」とする考え方に、「吃っていても決して悪い人生ではない。自分の人生に、吃音というテーマを与えられたことであり、一緒に考え、取り組むことができる。自分の人生は自分で生きよう」と、私は言い続けたいのだと、ジョンソンの秘話に接して改めて思った。

  日本吃音臨床研究会 月刊紙 「スタタリング・ナウ」2002.3.16 NO.91


 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/25

閉じ込められかかった、加賀温泉郷から脱出

 雪の北陸から、間一髪で脱出


 1月21日(日)、金沢に行きました。金沢大学の小林宏明さんの吃音の研修会があることを知り、申し込んだのです。10時から始まるので、始発で出発し、大阪駅6時30分発のサンダーバード1号に乗りました。暗い中での出発でしたが、琵琶湖岸を走っているときに朝日がきれいでした。滋賀県を抜け、福井県や石川県に近づくにつれ、先週の大雪の名残のような雪景色になりました。金沢着は9時13分。そこから、いしかわ鉄道の森本まで行き、会場に向かいました。参加者は、スピーチセラピストの方がほとんどでした。

 吃音臨床はじめの一歩と題された研修は、吃音をめぐる国内外の動向の解説、吃音臨床の手引き−インテーク版の解説、初回面接の演習などでした。僕は、吃音の講義をすることは多いのですが、聞くことはめったにないので、新鮮で、参考になりました。

 金沢市には、以前はよく来ていました。九州大学の村山正治さんのエンカウンターグループに参加していた石川県の教育センター教育相談課長の関ひろさんと知り合ったことがきっかけで、歴代の教育相談課の課長さんにつながり、石川県の教員の新任研修を10年ほど、その他カウンセリングワークショップや、金沢ベーシックエンカウンターグループなど、一年に3度ほど、たくさん呼んでいただきました。
 また、金沢は、私たちの第3回吃音講習会の会場でもありました。会場の文教会館、宿泊した東横イン、懇親会会場のビストロ・シャレなど、なつかしかったです。
 そしてもうひとつ、金沢は、僕にとって、縁のある町なのです。理由はないのですが、小さい頃から、人生の最後は、金沢の繁華街・香林坊で行き倒れになる自分を想像していました。大学4年生の日本一周で金沢に来たとき、香林坊の路地裏が、僕のよく見た夢、行き倒れになっている場所ととてもよく似ていました。「野垂れ死に」が僕にはふさわしいと、吃音に深く悩んでいたときは、本気で思っていたのです。

 研修が終わって、夜の香林坊を歩きながら、これまでのいろいろなことを思い出していました。夕食は、有名な「赤玉」というおでん屋さんに行きました。薄味で出汁がしっかりきいていて、おいしかったです。赤巻という鳴門かまぼこのようなのが、金沢の名物のようでした。翌日は、近江町市場に行きました。下調べをしていたお店が生憎、大阪へ出張でお休みでした。たくさんの魚屋さん、お寿司屋さん、八百屋さんなどを見て歩きました。カニ、のどぐろなど、冬のおいしいものがいっぱいでした。

 加賀温泉でもう一泊して、1月23日に大阪に帰る予定でしたが、ここで、とんだハプニングが起こりました。加賀温泉駅に着いたときに、雨まじりの雪が降り始めました。水分の多い雪です。これでは積もらないなあと思っていたのですが、送迎バスでホテルに向かう途中で本格的な雪が降ってきました。宿に着いて窓の外をみると、きれいな雪景色。墨絵の世界でした。
金沢 雪景色
温泉で温まり、夕食でおなかいっぱいになった後、テレビを見ていたら、東京都心でかなりの雪が降ったというニュースでした。続く天気予報では、次第に北陸地方も大雪や暴風になるので注意を呼びかける内容でした。天気予報ではそういっていますが、バスに乗っているときに降っていた雪は夕方には止み、風もありません。でも、湖西線は風に弱く、よく運休することは知っていたので、念のため、インターネットで、帰る予定の23日の北陸線の運行状況を調べてみました。

 すると、「明日の北陸線のサンダーバードは、下記の列車の運行を取り止めます」とあり、ほとんどのサンダーバードの列車番号が出ています。予約している列車はもちろん含まれています。そのとき、すでに夜の10時を過ぎていました。最寄りの加賀温泉駅に電話しても、営業時刻を過ぎているということでつながらず、北陸案内センターも同じ、金沢駅も同じです。そのとき、ツイッターの「北陸線のほとんどが運休?! 早い列車は動くの?」みたいなつぶやきをみつけました。確かに、サンダーバードは6号から表示されています。サンダーバードの始発は4号のはず。ということは4号は動くのか。サンダーバード4号は、加賀温泉駅を6時35分発です。駅に問い合わせてもつながらない時間帯なので、それに賭けてみようと思いました。ホテルのフロントの人と何度も話をしました。とりあえず、少し寝て、朝早くタクシーで加賀温泉駅へ行ってみることにしました。

 朝4時半に起きました。雪は全く降っていません。風もほとんどありません。呼んでもらったタクシーに乗り、加賀温泉駅へ着くと、駅の電光掲示板には、サンダーバード4号の表示があります。予約していた列車をキャンセルして、4号に変えてもらいました。サンダーバードで動くのは、唯一この4号だけだとのことでした。

金沢 駅表示
金沢 運転休止の表示
金沢 サンダーバード運転取りやめ

 6時30分、アナウンスが入りました。「本日、最終列車の、6時35分発、サンダーバード4号が2番線に入ります」始発なのに、最終列車。ホームページの情報は正しいものでした。朝まだ暗いうちの最終列車に乗り込み、大阪駅には9時過ぎに到着しました。なんとかかろうじて雪の北陸から脱出し、帰ってくることができました。

 人生、何が起こるか分かりません。情報を知らないままだと、今、確実に大阪に帰っていないどころか、強風、大雪のためにも3日ほど大阪に帰れず、加賀温泉郷に閉じ込められていたと思います。僕は常に最悪の事態を想定し、できるだけ広い角度で物事をとらえるようにしています。そのクセが今回活かされました。正しい情報を早く得て、いろんな角度で考えてみる。そのことの大切さを思い知らされました。そして、すばやい対応、判断力と行動力が試されているようでした。
 こんなこともあるよなと思いながら、今、ほっとして、ブログを書いています。 

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/23

どもる、自己紹介が嫌さに、好きな卓球部を退部


 昨年の吃音にかかわる活動を、遅ればせながら報告をしていますが、今回は、2017年10月21・22日に開催された第19回島根スタタリングフォーラムについて報告します。 

 島根スタタリングフォーラムは、以前、ニュースレター『スタタリング・ナウ』で、「吃音キャンプの老舗の味」と書いたことがありますが、本当に長く続いています。中心となる担当者が引き継いでくれていること、ありがたく思います。
 いつも、島根には、前日入りします。今回も、10月20日金曜日の夕方、広島まで新幹線で行き、そこに、現在の事務局の森川さんが迎えに来てくれています。広島から約2時間、車中でいろいろな話をします。
 翌日からフォーラムが始まります。午前中は出会いの広場があって、午後は、どもる子ども、親、スタッフの教師など参加者全員の前で、自己紹介をした後、質問があればして下さいと話しました。すぐに中学生男子の手がさっと挙がりました。

中学生男子 中学校の頃はどんなでしたか。
伊藤 中学校のころは、みじめだった。小学校より中学校の方が苦しかったように思う。卓球部に入っていたので少し救われた部分はあったけれどもね。
男子 僕も、卓球部です。
伊藤 そうか、君も卓球部か。卓球をしているときだけは、元気だったように思います。3年間、卓球をがんばって、卓球をしているときだけが、ほっとする場だった。
 中学校2年生の英語の時間、研究授業か授業参観かがあって、リーディングが当たって読んだ。でも、どもって、読めなかった。先生が「おまえは筆記試験はいいのに、練習してこなかっただろう。今日は、先生がたくさん見に来るからちゃんと練習してこいと言ったのに」と怒られた。悔しかった。授業が終わってから、英語の先生のところに行って、「僕は練習してこなかったわけではない。僕はどもるから、リーディングができなかったんです」と言った。その先生は、「ああ、分かった、分かった、分かった」と軽くあしらわれて、すごく悔しかった。それで、英語が嫌いになった。あの先生がいなかったら、もっと英語ができていたかもしれないのにね。
 もうひとつ、悔しいことがあった。高校に入学して、やっぱり卓球部に入った。君も、当然、また卓球に入るよね。違うものをする?
男子 どうでしょう。
伊藤 そうか。僕は、入学式のとき、「かわいい子だなあ」と思っていた子が、卓球部に入っていて、ラッキーだ、これからの高校生活は楽しいぞと思った。普通は、男子コートと女子コートは別々で練習していたから、よかったんだけど、何週間か経って、男女合同の合宿があると言われた時、すぐに、「合宿だと自己紹介がある、彼女の前でどもりたくない」と思った。
男子 じゃ、紙に名前を書いて、私は何々ですと言ったらよかった。
伊藤 そうだよね。君の言うように、紙に書いてもよかった。また、その合宿だけ、体の具合が悪いからといって、休めばよかった。いろいろ考えられたかもしれないのに、もう、だめだと思って、結局、「自己紹介が嫌だ」という理由だけで、好きだった卓球部を辞めてしまった。
男子 ああ。
伊藤 あほみたいやろ。
男子 ですね。
伊藤 ですね、か。そうだよね。あれだけ好きだった卓球を、自己紹介でどもるからといって辞めないといけないのか。それから、僕は「逃げるくせ」がついてしまった。何かちょっとでも、困難なことがあると、「どうせ僕なんか、どもりだからできない」と、思ってしまって、逃げまくった。どもりを隠し、話すことから逃げて、つらかった。そんな中学校、高校生活でした。全然楽しい思い出はない。
男子 大学は?
伊藤 大学は楽しかったね。どもりを治そうと思って、1年生のときにどもりを治す学校に行った。1ヶ月間、どもりを治す練習をした。その練習はすごかったよ。上野の西郷さんの銅像の前や、山手線の電車の中で、演説をした。ラッシュアワーだったら怒られるけれど、お昼頃ならいいので、池袋駅から入って目白駅までの一駅分の1分間の原稿を用意して「皆さん、突然大きな声を張り上げまして失礼ですが、僕のどもりを治すためのスピーチを聞いて下さい」と言って、毎日毎日演説していた。今から思うと、よくやったと思う。池袋駅から演説を始めて、「ありがとうございました」と言って、目白駅で降りる予定だったけれど、調子が悪いときはそうはいかず、ドアが閉まってしまう。次の駅までの1駅、乗客のみんなの、冷たい哀れみのような視線がとても嫌だった。
 そうして、1ヶ月がんばったけれど、僕のどもりは治らなかったんだ。
 でも、みんながこの島根吃音フォーラムに来て、どもるのは自分だけじゃないということが分かってうれしかった、というのと同じで、どもるのは自分ひとりではないと知ってよかった。もうひとつ、よかったのは、どもていたら仕事ができないんじゃないかと思っていたが、そこに来ている人たちは、みんな、田舎に帰ったら、お坊さんだったり、学校の先生だったり、農業をしていたり、商店を経営していたり、いろんな仕事をしていた。あのときはびっくりしたね。どもっていたら、大学を卒業しても、仕事に就けないと思っていたけど、この人たちは、悩んでいるから、どもりを治そうとここに来たけれども、帰ったらちゃんと仕事を持って生きている。これを知ったことは、ものすごく大きな勇気になった。
 今までは、どもりが治ったら友だちもできるし、どもりが治ったら勉強もする、とどもりが治ったらとばかり思っていた。でも、1か月必死でがんばっても、どもりが治らなかったから、このままで、どもりながらでも、自分のしたいこと、しなければならないことをしようと、覚悟を決めた。その瞬間から、僕の人生は全く変わったね。
 あれだけ、自己紹介が嫌で卓球部を辞めたり、音読や、発表、クラブに入って友達をつくることからも逃げ回っていた人生から、何でも挑戦するという人生に変わった。その時21歳で、今73歳ですが、本当に幸せに生きています。こんなに幸せでいいのかなと毎日毎日思う。あれだけ苦しかった21歳までの生活に耐えたご褒美かなと思うくらい。
 何年か前に、中学校の同窓会があった。本当は同窓会なんか行きたくなかったんだけど、僕が書いた『新・吃音者宣言』という本の書評が週刊誌に大きく載って、その書評をコピーしてみんなに配ってくれた人がいた。そして、伊藤を同窓会に呼ぼうという話になって、強く誘われたので、これは行くしかないと思って行ったんだ。僕を呼んでくれた同窓会の幹事が特別に僕にだけあいさつをさせてくれて、「みんなは、僕のことなんて覚えていないと思うけど、友だちがひとりもいなくて、本当にしんどい中学生時代を送りました」と話した。
 そしたら、「伊藤、お前と一緒にお伊勢さんに自転車で行ったじゃない」とか、一緒にこんなことをしたじゃないかということを話してくれた。僕にはそんな記憶が全くない。寂しくて寂しくて、ひとりぼちで生きてきたという記憶しかなかった。本当はそうじゃなかったみたいでした。女の子も何人か声をかけてくれた。「私、伊藤さんのこと好きだったんたけど、なんか声はかけられなかった。声をかければよかったね」と言ってくれた。
 そんな話を聞いて、僕は、ひとりぼっちで生きてきて、どうしようもない人生だと思っていたけれど、周りは、ちゃんと認めてくれていたんだなと思った。だから、週刊誌に書評が載ったときに、それをコピーしてくれて、配ってくれた、同窓会の幹事にすごく感謝しています。ひとりぼっちだと思っていたけれども、ひとりぼっちではなかったんだね。
 そんな中学校、高校時代を送り、大学生活は、どもりを認めて、どもりながら逃げずに生きていたから、楽しかった。この前、大学の同窓会があって、80人のうち半数ぐらいが参加した。僕は、地位も名誉もお金もないけれど、「どもりの人生を楽しく生きた」という誇りはあるので、堂々と参加できた。全員が70歳を過ぎているわけで、みんな、毎日、釣り、ゴルフばかりしているという人が多い。その中で、僕は、どもる子どもたちとのキャンプ、講演、世界大会など、社会的な活動をしていて、みんなにうらやましがられた。小学2年生から21歳まで、どもりでとても苦しんできた分、悩んできた分、今、褒美のようなありがたい生活をしています。どもりでよかったと思っている。
 
 中学生が、興味をもっていろいろと質問をしてくれたおかげで、その中学生に話すつもりでいろいろと話すことができました。興味、関心をもって質問をしてくれると、いろいろと思い出して、話すものです。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/21

ウェンデル・ジョンソン診断起因説の功罪

 「フランケンシュタインの誘惑 科学史の闇の事件簿」
        2018年1月25日(木曜日) 午後10時から放送 
   

 NHK BS放送のBSプレミアムに「フランケンシュタインの誘惑 科学史の闇の事件簿」という番組があります。その番組で、「吃音は母親の耳から始まる」とした、吃音の原因論としては一番有名で、影響力をもった「診断断起因説」で有名な、ウェンデル・ジョンソンが取り上げられます。診断起因説はその名の通り、子どもが言語発達の過程の中で、多くの子どもがみせる「非流暢性」、つまりどもっているような話し方を「これはどもりだ」と診断して、将来を心配し、不安に思い始めることで、本物のどもりになるというもので、「母親がどもりをつくる」と、母親の育て方を問題としたものです。その結果、日本でも、保健所や児童相談所などで、母親の育て方が問題視されました。原因論としてのこの説は、現在否定されていますが、その説を証明するために、「モンスター研究」と言われる、人体実験のようなことが行われました。
 企画した、NHKの担当ディレクターから相談を受けたのは、昨年の10月ですが、東京で会い、2時間以上、吃音についていろいろと話しました。当初は、吃音の原因論としての診断起因説だけでなく、最近の吃音事情についても取り上げる予定のようでした。取材することばの教室も紹介したのですが、予算その他の事情で、ジョンソンの人体実験ともいえるモンスター研究のみが取り上げられるようです。どのような番組になるか、大体のアウトラインはディレクターから送っていただいたのですが、まだ放送されていないので、紹介はできません。代わりに、「診断起因説の秘話」について、2002年に日本吃音臨床研究会の月刊紙『スタタリング・ナウ』で紹介した記事がありますので紹介します。
 
     診断起因説秘話
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
2002.3.16
 
 ウェンデル・ジョンソンの『診断起因説』ほど、数ある吃音学説の中で、有名なものはない。単一の原因論としては現在では否定されているものの、当時としては革命的なものであり、現在も少なからず影響を与えている理論でもある。
 聞き手への認識を高めたこと、どもる子どもにどう接すればいいか悩んでいた母親に、少なくともマイナスのかかわりを止めさせた点で大いに貢献したと言える。
 その学説が、倫理的にあってはならない実験によってなされたものだという、衝撃的な真実が65年の歳月を経て、明らかにされた。資料の保管のよさ、粘り強いジャーナリストの熱意に驚かされる。
 ウェンデル・ジョンソンの研究が、『モンスター研究』と呼ばれ、人体実験とも批判されるのは、当然のことだろう。ジョンソン本人も、それが悪いことだったと認識したから、その実験を隠そうとしたのだろう。実際に実験を担当した大学院生、被験者に大きな傷を与えたことには疑いがない。
 ジョンソンと同じように吃音に苦しんできた、吃音の当事者の私が、このジャーナリスティックに展開される秘話に触れて、どう感じたかを述べたい。
 まず、被験者の反応だ。報告があまりに長文であったために、全ては紹介できていないのだが、実験をそれとは知らずに受けて、どもる人としての人生を送った人の感想がいくつも紹介されている。その人たちは一様にその実験を知り、驚き、実験者を恨み、現在の不本意な状態を嘆いている。被害を受けた当事者としては当然の思いだろうが、ジャーナリストとしては、このような非道な実験がなされ、このような悲劇が起こったと、センセーショナルに扱いたくなるのだろう。
 「私は、科学者にも大統領にもなれたが…」と、吃音のために、いかに大きな損失を被り、人間関係を閉ざされたことが紹介されている。私にはそれが痛い。
 本来、吃音にならなかった人が、ジョンソンのために吃音になり、どもっていたために人生で大きな損失を被ったと、ジャーナリズムが被験者の悲劇性を強調すればするほど、今現に、ジョンソンのせいではなく、どのような原因かは分からないが、どもって生きている人がみんな悲劇の人となってしまう印象を与える。そもそも、吃音はそんなに忌むべきものなのか。
 「どもっているあなたのままでいい」と心底思い、自分自身へも、どもる人、どもる子どもたちへもメッセージを送り続け、吃音と共に生きてきた人生を、とてもいとおしく思う今の私にとって、吃音へのこの強い否定的なメッセージは、胸苦しさを覚えるのだ。
 吃音になったからといって、それがマイナスの人生になるとは限らないのだ。
 あとひとつ。実験のつもりではなくても、ジョンソンの実験に似たようなことが、無自覚に、一般的に行われていないか、ということである。
 「そのうちに治りますから心配しないで。吃音を意識させるのが一番いけないから、どもっていても知らんぷりしていなさい」
 このアドバイスは、ジョンソンの原因論からくるひとつの弊害だと私は思っているが、現在でも児童相談所や保健所などで言われている。そのうち治ると言われ、どもっているのを見て見ぬふりをして、ひたすら治るのを待ったが、中学生や高校生になっても治らないがどうしたらいいか、という相談が最近実に多い。
 何の根拠もないのに、安易に、「そのうちに治ります。吃音のほとんどは一過性のものだ」と言い切る臨床心理や教育の専門家の意見を新聞や雑誌等で現在でも見受ける。治ると信じていたのだろう。子どもの頃に吃音に一切向き合うことなくきたために、波乱の思春期に問題が吹き出す。そうなってから、吃音と直面せざるを得ないのは、難しいことだ。こうして、吃音に悩み、戸惑う人と接すると、「モンスター研究」と似たようなものを感じてしまうのだ。
 「吃音は必ず治る」と、多額の器具を売りつけたり、書物などで自己の吃音治療法を紹介しながら、実際は効果がない場合もそうだ。その宣伝を固く信じたが、吃音が治らずに悩みを深める。ジョンソンの被験者のように現在の不本意な生活を嘆く人がいる。この現実を暴いてくれるジャーナリストはいないのだろうか。
 吃音でよかったとまでは言わないけれど、「どもっていては決して有意義な、楽しい人生は送れない」とする考え方に、「どもっていても決して悪い人生ではない。自分の人生に、吃音というテーマを与えられたことであり、一緒に考え、取り組むことができる。自分の人生は自分で生きよう」と、私は言い続けたいのだと、ジョンソンの秘話に接して改めて思った。
 日本吃音臨床研究会 月刊紙 「スタタリング・ナウ」2002.3.16 NO.91

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/01/17

どもりは母親がつくる 原因説の裏話


「フランケンシュタインの誘惑 科学史の闇の事件簿」
    2018年1月25日(木曜日) NHK BSプレミアム 午後10時から放送 
   

 NHK BS放送のBSプレミアムに「フランケンシュタインの誘惑 科学史の闇の事件簿」という番組があります。その番組で、「吃音は母親の耳から始まる」とした、吃音の原因論としては一番有名で、影響力をもった「診断断起因説」で有名な、ウェンデル・ジョンソンが取り上げられます。
診断起因説は、その名の通り、子どもが言語発達の過程の中で、多くの子どもがみせる「非流暢性」、つまりどもっているような話し方を「これはどもりだ」と診断して、将来を心配し、不安に思い始めることで、本物のどもりになるというもので、「母親がどもりをつくる」と、母親の育て方を問題としたものです。その結果、日本でも、保健所や児童相談所などで、母親の育て方が問題視されました。原因論としてのこの説は、現在否定されていますが、その説を証明するために、「モンスター研究」と言われる、人体実験のようなことが行われました。
 企画した、NHKの担当ディレクターから相談を受けたのは、昨年の10月ですが、東京で会い、2時間以上、吃音についていろいろと話しました。当初は、吃音の原因論としての診断起因説だけでなく、最近の吃音事情についても取り上げる予定のようでした。取材することばの教室も紹介したのですが、予算その他の事情で、ジョンソンの人体実験ともいえるモンスター研究のみが取り上げられるようです。どのような番組になるか、大体のアウトラインはディレクターから送っていただいたのですが、まだ放送されていないので、紹介はできません。代わりに、「診断起因説の秘話」について、2002年に日本吃音臨床研究会の月刊紙『スタタリング・ナウ』で紹介した記事がありますので紹介します。
 
     
診断起因説秘話
                日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二
       2002.3.16
 
 ウェンデル・ジョンソンの『診断起因説』ほど、数ある吃音学説の中で、有名なものはない。単一の原因論としては現在では否定されているものの、当時としては革命的なものであり、現在も少なからず影響を与えている理論でもある。
 聞き手への認識を高めたこと、どもる子どもにどう接すればいいか悩んでいた母親に、少なくともマイナスのかかわりを止めさせた点で大いに貢献したと言える。
 その学説が、倫理的にあってはならない実験によってなされたものだという、衝撃的な真実が65年の歳月を経て、明らかにされた。資料の保管のよさ、粘り強いジャーナリストの熱意に驚かされる。
 ウェンデル・ジョンソンの研究が、『モンスター研究』と呼ばれ、人体実験とも批判されるのは、当然のことだろう。ジョンソン本人も、それが悪いことだったと認識したから、その実験を隠そうとしたのだろう。実際に実験を担当した大学院生、被験者に大きな傷を与えたことには疑いがない。
 ジョンソンと同じように吃音に苦しんできた、吃音の当事者の私が、このジャーナリスティックに展開される秘話に触れて、どう感じたかを述べたい。
 まず、被験者の反応だ。報告があまりに長文であったために、全ては紹介できていないのだが、実験をそれとは知らずに受けて、どもる人としての人生を送った人の感想がいくつも紹介されている。その人たちは一様にその実験を知り、驚き、実験者を恨み、現在の不本意な状態を嘆いている。被害を受けた当事者としては当然の思いだろうが、ジャーナリストとしては、このような非道な実験がなされ、このような悲劇が起こったと、センセーショナルに扱いたくなるのだろう。
 「私は、科学者にも大統領にもなれたが…」と、吃音のために、いかに大きな損失を被り、人間関係を閉ざされたことが紹介されている。私にはそれが痛い。
 本来、吃音にならなかった人が、ジョンソンのために吃音になり、どもっていたために人生で大きな損失を被ったと、ジャーナリズムが被験者の悲劇性を強調すればするほど、今現に、ジョンソンのせいではなく、どのような原因かは分からないが、どもって生きている人がみんな悲劇の人となってしまう印象を与える。そもそも、吃音はそんなに忌むべきものなのか。
 「どもっているあなたのままでいい」と心底思い、自分自身へも、どもる人、どもる子どもたちへもメッセージを送り続け、吃音と共に生きてきた人生を、とてもいとおしく思う今の私にとって、吃音へのこの強い否定的なメッセージは、胸苦しさを覚えるのだ。
 吃音になったからといって、それがマイナスの人生になるとは限らないのだ。
 あとひとつ。実験のつもりではなくても、ジョンソンの実験に似たようなことが、無自覚に、一般的に行われていないか、ということである。
 「そのうちに治りますから心配しないで。吃音を意識させるのが一番いけないから、どもっていても知らんぷりしていなさい」
 このアドバイスは、ジョンソンの原因論からくるひとつの弊害だと私は思っているが、現在でも児童相談所や保健所などで言われている。そのうち治ると言われ、どもっているのを見て見ぬふりをして、ひたすら治るのを待ったが、中学生や高校生になっても治らないがどうしたらいいか、という相談が最近実に多い。
 何の根拠もないのに、安易に、「そのうちに治ります。吃音のほとんどは一過性のものだ」と言い切る臨床心理や教育の専門家の意見を新聞や雑誌等で現在でも見受ける。治ると信じていたのだろう。子どもの頃に吃音に一切向き合うことなくきたために、波乱の思春期に問題が吹き出す。そうなってから、吃音と直面せざるを得ないのは、難しいことだ。こうして、吃音に悩み、戸惑う人と接すると、「モンスター研究」と似たようなものを感じてしまうのだ。
 「吃音は必ず治る」と、多額の器具を売りつけたり、書物などで自己の吃音治療法を紹介しながら、実際は効果がない場合もそうだ。その宣伝を固く信じたが、吃音が治らずに悩みを深める。ジョンソンの被験者のように現在の不本意な生活を嘆く人がいる。この現実を暴いてくれるジャーナリストはいないのだろうか。
 吃音でよかったとまでは言わないけれど、「どもっていては決して有意義な、楽しい人生は送れない」とする考え方に、「どもっていても決して悪い人生ではない。自分の人生に、吃音というテーマを与えられたことであり、一緒に考え、取り組むことができる。自分の人生は自分で生きよう」と、私は言い続けたいのだと、ジョンソンの秘話に接して改めて思った。
 日本吃音臨床研究会 月刊紙 「スタタリング・ナウ」2002.3.16 NO.91

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2018/01/14

どもる子どもとの、哲学的対話 岡山キャンプ

 岡山キャンプの保護者からの質問はまだあり、それについての話をした後、用意していた、ポジティヴ心理学について話しました。保護者への講演はこれくらいにして、岡山では定番となっている、子どもたちへの僕の話に入ります。  
 午後は、子どもたちとの時間でした。はじめに、築山さんが、子どもたちに、僕の紹介をしてくれました。

 「日本で初めて、吃音があって何が悪い、吃音があっても、そのまま生きていけばいいじゃないかと、吃音者宣言を作った、えらい先生です。吃音について思ってきたこと、考えてきたことを話してもらいます」

 ちょっと恥ずかしいけれど、うれしい紹介でした。
 子どもたちにこう語りかけました。
 「僕はえらい人ではないけれど、どもりの名人です。なぜ僕は、どもりの名人だと自分で言っていると思いますか」と問いかけて、子どもたちに想像してもらいました。

・「えーと、えーと」と言うから。
・どもりをはじめは気にしてたかもしれないけど、後から気にしなくなったから。
 
 これくらいなら、参加しているみんなも、すぐ名人になれます。これは時々、ことばの教室のグループ学習などても聞くことがありますが、中にはとても納得のいく答えが出ることがあります。もうちょっと何かないかなと聞きましたが、出てきませんでした。
 
 「僕は、50年以上も前からどもりのことばかり考えてきました。世界で一番どもりについて考え、一番たくさんどもる人に会い、一番たくさんどもる子どもと会ってきたと思っています。そして、僕はどもっても平気で、どんな場でも話します。そして、どもることを楽しんでいます。これが、僕がどもり名人だという理由です」
 このようなことを話しました。

 「今年の8月に、滋賀県で第28回吃音親子サマーキャンプがあって、僕は4年生の子どもたちの話し合いのグループに参加しました。そこで、どもることでからかわれたり笑われたり、真似をされたりして、とても嫌だと、みんなが言いました」と、言った瞬間、ひとりの男の子が「そう?」と不思議そうに言いました。「そう?」と思う子もいるのです。それを受けて、僕は、「どもってからかわれたり笑われたりしても、別に平気なときもあるし、すごく嫌だなあと思って悩むときもあると思うけれど、どうですか」と尋ねました。「ある」「平気なときが多い」という答えが返ってきました。そこで、「平気なときっていうのは、どういうときか。考えてほしい」と言いました。実は、この質問をサマーキャンプのときもしたのですが、難しくて、なかなか子どもたちから答えが出てこなかったのです。

・いらついていないときは平気だし、いらついているときは平気じゃない。

 どもること以外のことで、いらついているときや気持ちが落ち着かないときは、どもることをからかわれたり笑われたりすると、すごく嫌だけど、そうじゃないときは、まあ大丈夫ということらしいです。

・失敗したって自分で思ってないとき。
・友だちがはじめから分かってくれていたら、いい。

 周りの人が自分のどもりのことを知っていて、理解してくれていると分かったときは、平気だということでした。

・話す話題が多いとき。
・ほかにどもる子ども、仲間がいたら平気。他の子もがんばっていると思ったらがんばれる。

 一所懸命考えていた子どもたちでした。
 なぜ、こんな話題を出して、子どもたちに考えてもらったのかというと、それは、1975年にさかのぼります。この年、僕は、全国をずっと回って、吃音相談会・講演会をしました。35都道府県38会場で、その土地のことばの教室の先生が、会場を探して広報してくれました。そのとき、どもるための苦しみ、悩みをたくさん聞きましたが、同時に、どもる人やどもる子どもが、悩みをどう乗り越えてきたかについてもたくさん話を聞いたのです。「どもる子ども、どもる人の悩みの実態調査」もしました。多くの人に聞いてみたら、すごくどもっていても、平気だったときがあると言いました。僕は、自分がどもっていてつらく、すごく悩んでいたので、どもる人はみんな悩み苦しんでいると思っていたのですが、そうではないときもあったという話は衝撃的でした。
 なぜそうなのかと聞いたら、からかったり笑ったりする子もいたけれど、クラスに友だちがいっぱいいた、特に仲のいい友だちがいた、熱中して何かに打ち込むことがあった、スポーツが好きでがんばっていた、と言いました。つまり、人間関係がすごくよかったから、好きなものがあったから、気分が幸せだったからだというのです。幸せなときは、からかわれても、幸せな気分の方が大きくて、平気だったというのです。それを聞いて、自分のことを振り返ってみると、僕も、どもりに悩んでいたけど、なんとか学校へ行くことができていました。どもるしんどさはあったけれど、なんとかしのいで学校に行っていたのです。それは、僕に大好きなこと、熱中することがあったからです。本が大好きだったし、映画を見るのが好きでした。そういう自分が好きなものがあったから、どもりに悩みはしたけれど、それなりに学校に行くことはできたのだと気づきました。

 話を少し変えて、将来、大人になって、なりたい仕事ってあるか聞いてみました。それぞれ、看護師、ユーチューバー、飛行機のパイロット、アイドル、卓球の選手、ケーキやさん、デザイナー、野球の選手、水泳の選手、バスケットの選手、将棋の棋士など、夢があるようです。そこで、僕は、今年の吃音親子サマーキャンプに来てくれた消防士の兵頭君の話をしました。
 消防士になりたいが、どもっていて消防士になれるだろうかと相談してきた兵頭君に、僕は、本当になりたいんだったら、なったらいいと言いました。彼は、試験を受けて消防学校に入ったけれど、「そんなにどもっていて、市民の命が守れるのか」と言われた。僕だったらやめてしまうかもしれないけれど、彼はがんばって消防士になった。彼ががんばったのは、なぜだろうか、みんなに考えてもらいました。
 子どもたちの答えです。

・将来の夢が消防士だったから、どもるとかどもらないとかそれ以上に、将来の夢がしっかりしていたから、耐えて、がまんできたと思う。
・この仕事には絶対就きたいと思う気持ちが強かったから。
・吃音というコンプレックスより、やるという気持ちの方が勝ったから。
・吃音があったけれど、夢に向かってがんばっていたから。

 自分と重ね合わせて考えた子どもたちに、僕は、次のようなことを付け足して、話しました。

 「彼には、同じようにどもりながら、がんばっている友だちがいた。どもりながらがんばっている先輩や相談できる人がいた。ひとりで悩んでいたら、消防士になっていなかったかもしれない。周りに仲間がいたこと、大人の先輩に相談したことが大きかったと思う。これから、困ったり、悩んだりしたら、おうちの人、友だち、先輩、ことばの教室の先生など、誰でもいいから、誰かに相談してほしい。みんなにはそれぞれ夢があるし、いろんな仕事に就くことができると思う。僕も、どもりに悩んでいたときは幸せな気持ちにはなれなかったけど、どもる自分を認めて、どもる覚悟ができてからは、どもりについて勉強して、友だちもたくさんできた。世界中のどもる人に会いたいと思って世界大会を開いて、国際吃音連盟をつくって、幸せに生きてきた。きっとみんなも、どもることで嫌なこと、つらいことがあるかもしれないけれど、何か好きなもの、熱中できるものをみつけ、友だちや信頼して相談できる大人をみつけて、それを自分の財産にして持っていてほしい」

 子どもたちにとっては、ちょっと難しかったかもしれません。でも、こうして、考え続けること、問いかけに対して、一所懸命答えようとすることで、それが刺激となり、考える習慣となるでしょう。どもる子どもには、吃音について、自分について、一所懸命考えてほしいと思います。大人を交えて、対等に考える中で、自分の生き方をみつけていってほしいと願っています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2018/1/13
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