伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2017年12月

オープンダイアローグの吃音への小さな試み


 静岡のキャンプのつづきです。

 1日目が終わる直前、僕だけ少し早めに静岡から三島へ、箱根鉄道で大仁温泉に向かいました。大仁温泉は、確か、かつて私が好きだった巨人の長島茂雄が自主トレをしていたところだったなあと思いながら、行きました。やはり、ホテルには、現役時代の長島、そしてこの温泉でトレーニングをしているところの写真が大きく飾られていました。すでに到着していた人たちと合流し、食事をしてから、どもる子どもの保護者との話し合いがありました。
2017 静岡キャンプ2 大仁ホテル前集合写真

 その場には、保護者だけでなく、子どもがいたので、主催者側が子どもは別の部屋で話し合うなり、遊ぶなりしていましょうかと言ったのですが、僕は、これはいい機会だと考えて、保護者も子どもも一緒に同席して、話し合うことにしました。
 基本的に、僕は、子どもの思いを親が知るのと同じように、親の思いを子どもが知っておいた方がいいと思っています。親の子どもへの思いや不安、いい面も悪い面も含めて、親も子どもも吃音についての思いを共有しておいた方がいいと思っているのです。
 一般的には、親は親同志、子どもは子ども同士の話し合いが多く、僕たちがしている吃音親子サマーキャンプでも、子どもは子ども、親は親で、グループを作り、話し合いをします。時間がないので、親と子が同席しての話し合いの設定はできないのですが、それができたらいいなあとはずっと思っていたので、今回、図らずも、そういう場になったので、保護者、子ども同席のまま、話し合いを進めることにしました。

 保護者からの質問を受けて、その質問に答えるなどの話をすすめていきましたが、その一区切りが終わったところで、子どもがその話を聞いてどう思ったかの感想を言ってもらいました。

 今、精神医療の世界で注目されているオープンダイアローグは、当事者、家族、友人と精神医療の専門グループが対等の立場で話し合うことを基本にしています。吃音についても、そのようなことをしていきたいなあと考えていましたので、静岡のキャンプの経験はとてもありがたいことでした。おそらく親にとっても、子どもにとっても、いい時間だったのではないかなと自己満足をしているのです。

 翌日の10月1日は、以前から話を聞いていて、行きたかった吉岡正会長の畑へみんなで移動しました。
 吉岡さんは、静岡でのこれまでのキャンプにはずっと参加して下さっていて、定年後、している畑の話をよくして下さっていました。また、僕が野菜が好きだということを知っているので、収穫した大根やキャベツなどをどっさりと毎年送って下さってもいます。一度その畑に行きたいとの僕の願いを、今回、実現してくれました。
2017 静岡キャンプ3 野菜とり
 親子で畑で野菜を収穫し、それを保護者が子どもと一緒に調理をし、バーベキューをしました。子どもが火をおこしたり、野菜を切ったり、準備をしてのバーベキューはおいしいだけでなく、とても楽しいものでした。これまでとは一味も二味も違う静岡のキャンプになりました。
2017 静岡キャンプ4 バーベキュー

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二  2017.12.31

レジリエンスとポジティヴ心理学

年末ですが、吃音の秋の話から

2017年の年末ですが、掲載していなかった吃音の秋の話です。

 吃音の秋は、静岡でのキャンプからスタートしました。
 宿泊を伴う静岡のわくわくキャンプは、一昨年、一応の区切りをつけ、昨年からは、1日だけのワンデーキャンプに変わっています。今年は、NPO法人全国ことばを育む親の会の理事長に新しくなった吉岡正さんの要望もあって、宿泊を伴う形になりました。以前とは少し違っていて、一日目は、以前と同じ静岡市で、どもる子どもの保護者やことばの教室の担当者向けの講演会と、グループに分かれての話し合いでした。2日目は、三島市で、どもる子どもやその保護者との話し合いでした。

 担当者向けの講演会は、静岡のキャンプが始まったときから、大切にしてくれていたプログラムです。今年は、レジリエンスの流れから、ポジティヴ心理学について話をしました。後半は、2人のどもる当事者の大学生が入り、グループに分かれて話し合いをしました。
2017 静岡キャンプ1 講演 

 その時にどんな話をするかのメモがありましたので、そのごく一部だけ紹介します。
 ポジティヴ心理学への導入の話です。

 今年の吃音親子サマーキャンプで、僕は、小学4年生のグループを担当しました。どもってからかわれると嫌な気持ちになるという話から、そのことについて少し違った観点から考えてみたいと思い、僕は、「からかわれたり笑われたりしても、平気だった時と、とても嫌で傷ついた時はなかったか」と尋ねました。それに対してみんなは「ある」と答えました。それはなぜなのか、考えておくようにと言って宿題にしました。

 翌日、みんなはそれなりに宿題について考えてきていましたが、少し難しかったようです。とても傷ついたときとあまり傷つかなかったときはある。それがなぜなのか。なぜ傷つかないで自分を支えることができたのか。自分にどんな力があったのか。そこを掘り下げることで、次につながる大事なことが見えてくると思いました。

 今から43年前、全国巡回吃音相談会で全国を回りました。そのとき、吃音の悩みの実態調査もしました。どもる状態と悩みが一致する人も多かったのですが、そうでもない人もたくさんいました。ひどくどもっていても、あまり悩んでいなかったときがあったというのです。そこでインタビューでそれはなぜなのかを尋ねました。すると、子どもも、大人も、ひどくどもっていても、案外平気だったことをまとめると、こういうことでした。

 ・ 熱中するものがあって、生活が楽しくて充実していた。
 ・ 家族やクラスや職場の人間関係がとてもよかったから、すごくどもっても気にならなかった。
 ・ 他に自信がもてることがあったから。

 要するに幸せに生きていたら、多少どもることが多くても平気だったというのです。

 全国吃音巡回相談会でのこの発見を受けて、チャールズ・ヴァン・ライパーの吃音方程式に変えて、伊藤伸二の吃音方程式をつくりました。ライパーが吃音を軽減したり、悩みの解消に吃音症状の改善を置いたのに対して、僕は、人間関係をよくする、熱中するもの、自信のもてることを見つけるなどを挙げました。『吃音ワークブック』でそれを紹介しました。

 だから子どもたちに、笑われても、からかわれても、それが精神的にあまりこたえないように、ダメージを受けないように、自分自身が幸せに楽しく生きることを考えてほしかったのです。
 今回は、レジリエンスとポジティヴ心理学について、話しました。 


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017.12.29

語ることがごちそうの、風変わりな忘年会

 大阪吃音教室の忘年会

 2017年12月16日土曜日、忍ケ丘のカフェグッデイズを貸し切って、午後6時から10時まで4時間の、大阪吃音教室のロングラン忘年会が行われました。参加者は29名。時間の長さからみて、普通の忘年会とは違うのはわかると思うのですが、このただものではない忘年会の様子を、ほんの少しお知らせします。
忘年会 全体歓談

 乾杯をし、バイキングでおなかがそれなりに満たされたころから、ひとりひとりが自分を語る時間が始まります。今年は、ユニークな自己紹介をしてから、今年のできごとで印象に残っていること、来年の抱負などを語ろうという提案がなされていました。
忘年会 誰かのお皿

 10月から大阪吃音教室に参加している小学校の教員が、小さいころから、どもることで会話ではだめでも、何か別のことで人を楽しませたいと思い、練習してきたという手品を披露してくれました。魔法の粉をかけると、トランプがだんだん小さくなっていく手品は見事でした。手品にはトークがつきものですが、手品が成功することに集中するために、しゃべることはあまり気にならないとのことでした。

 会社に勤めているときは、いつ、くびになるかとびくびくしていた人が、いよいよ定年になったとき、社長から「もう少し働いてほしい」と言われ、なんだ、それならそんなにびくびくせずに居たらよかったと思ったとの発言に笑いが起こりました。

 大阪吃音教室の講座で「どもって声が出ないときの対処」について担当したとき、その進め方について、思春期の子どもの支援をしている仕事場のスタッフと相談した人がいました。仕事場のみんなが興味を持って聞き、考えてくれて、仕事仲間との距離が縮まったような気がしたそうです。「当事者が前に立ち、当事者が仕切って講座を深めていくことはすごい」と感心されたとの話に、みんな自分が褒められたような気分になりました。

 吃音のことを、昨日、思いがけずにカミングアウトしたという人もいました。朝礼の司会で「おはようございます」の、「お」が全然出てこず、1分くらい黙ったままだったそうです。自分では周りに吃音が知られていると思っていたのが、黙ったままの状態に、周りがざわつき、「脳梗塞と違うか、これはやばいぞ」と心配されました。このままでは病気と間違われる、それなら吃音を公表しようと、「お騒がせしました。僕は、どもっていて、ことばが出ないときがあります。そのことを言わなければいけなかったのに、これまで言わずに失礼しました。次もきっと出ません」と「どもり」をカミングアウトできて、解放されて自由だ!と、晴れ晴れとした顔で話していました。

 先日の新・吃音ショートコースの場で、ことば文学賞の発表がありましたが、そこで、普段文章を書くことが得意ではなく、またその他の賞ももらったことがないと本人が言う人が、11篇の応募作の中の3篇に入る優秀賞をとったうれしさを笑顔いっぱいで表現しました。「夢みたいです」とのことばに「夢やがな」とつっこみが入り、大いに笑いました。

 高校入学後すぐに不登校になっていた青年が、大阪吃音教室と出会い、変わり始めて、通信制の高校に行き直し、大学生になりました。その学生が、英語の弁論大会に出て3位になったと、英語でプレゼンを始めました。パワーポイントのスライドのようなものを用意し、映画が好きで、特にクリントイーストウッドが好きだということを、暗記した英語で話しました。大阪吃音教室に初めて来たときとはまるで別人です。このように、ひとりの青年が大きく成長していく道のりとその成果を発表できる忘年会に、大きな意義を思いました。

 仕事の傍ら、勉強して、行政書士や司法書士、宅地建物取引士の資格をとった人もいました。ひとりひとりの一念の成長を互いに確認でき、またそれを話せる場が忘年会なのです。

忘年会 伊藤の語り

 僕は4月にあった大学の同窓会の話から話し始めました。定年退職して10年以上経っている人たちの多くは、もう社会的な活動はしていません。それに比べ、吃音講習会、吃音親子サマーキャンプはじめ、各地での吃音キャンプ、新・吃音ショートコースなどの場がある僕は、本当に幸せです。吃音に悩み、苦しんだけれど、今は、そのおかげで、幸せな生活を送っています。吃音の奥の深さを改めて感じることができた一年でした。

 みんなのスピーチが終わった後、恒例の大阪吃音教室の参加率の高い人の表彰をしました。第1位は、1回休んだだけの人、第2位は2回休んだだけの人が2人もいました。ささやかなプレゼントを贈りました。用事も、病気になることも、体調の悪い日もあるだろうに、毎週金曜日、午後6時45分に、應典院に欠かさず来るということ、容易なことではありません。そこに学びがあるから、出会いがあるから、新しい価値観との出会いがあるから、何よりみんなと話すのが楽しいから、やりくりして参加するのだろうと思います。そんな皆さんに敬意を表し、そして、来年も、ともに應典院での出会いを続けていけたらと願います。

 余韻をもって終わりたいと、毎年思いますが、帰りの時刻表とにらめっこして、やはりバタバタと追い立てるようにして、みんなを送り出しました。

 午後10時13分、みんなを乗せた電車が出ていきます。支払いを済ませ、走って駅に着いたら、電車が入ってきて、みんなが乗り込むところでした。みんなが手を振ってくれました。いい仲間たちです。1年の終わりを、いい仲間と、こうして振り返ることができる幸せをかみしめて、反対方向に走る電車に乗り込みました。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017.12.28

ブログ更新します


 年末年始は、玉造温泉で

 今日は、年の瀬も押し詰まった12月27日。今、島根県の玉造温泉にきています。年末年始、ここ、玉造温泉にある、健康増進ホーム玉造で過ごします。

 3年前まで、僕の年末年始は、大分県の由布院温泉でした。この玉造と同じ系列の健康増進ホーム由布院に10年くらい行っていたのですが、閉鎖になりました。そこで、由布院に行く前に行っていた玉造に再び戻ったということです。調べてみると、最後に玉造に行ったのは、2006年の年末から2007年の年始にかけてでした。あれから11年、今年は電車で島根に来ました。

 去年の全国難聴・言語障害教育研究協議会が島根の出雲市であり、僕は、吃音分科会のコーディネーターをしました。千葉の黒田明志さんや、島根スタタリングフォーラムの事務局をしてくれている森川和宜さんの発表があったときです。全国大会が終わった後、少し島根でゆっくりしたいと思って、佐々本茂さんに宿舎のお願いをしたら、玉造温泉の宿を手配してくれました。島根の吃音親子キャンプである、島根スタタリングフォーラムが始まったゆかりの地、玉造温泉でした。ちょうど開催された宍道湖の湖上花火のダイナミックな美しさで、夏を楽しみました。

 さて、今年の玉造温泉。25日に松江に入りましたが、あいにくの雨。観光協会で紹介してもらった駅近くの海鮮の店で遅い昼食をとりました。期待してなかったのですが、新鮮でおいしいお造り、量も多くて大満足でした。松江市内観光はあきらめて、玉造温泉に向かいました。温泉街に入ると、懐かしく思い出しました。スーパーがある、もうすぐ郵便局だ、あのお店は前はなかった、などタクシーの窓から、きょろきょろしていました。

 健康増進ホームの宿泊者は、ほとんどが70歳以上で、3度の食事がつき、一日1600キロカロリーと決められています。これを守っていれば、健康になるというのですが、糖尿病のくせに、おいしいもの大好きの僕には、なかなかそうはいきません。つい外食をしてしまいます。

 荷物の整理をして、少し散歩をと思って、下に降りると、「伊藤さん」と声をかけられました。振り向くと、このブログでも紹介したことのある、半田明久さんでした。東芝の日曜劇場の監督、プロデューサーをされていて、映画が大好きで、カルチャーセンターで書と絵の先生をされている方です。由布院で知り合い、映画の話で大いに盛り上がった人でした。あまりに話が面白いので、本にしたらどうですかとけしかけました。その僕との出会いがきっかけになったと勝手に思っているのですが、今年、「映像文化を志す人へ 小津安二郎の映像を読み解く」(文芸社)の本を出版した人です。80歳になって、自分の好きな映画についての本を出版してしまう、情熱の人です。

 半田さんとの思いがけない再会から、玉造温泉での生活が始まりました。部屋にWi-Fiの設備はなく、ホームに備え付けのパソコンでのブログ更新、吃音の秋以降、ストップしたままだったので、気になっていました。さて、どこまでできるかわかりませんが、できるだけしていこうと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017.12.27

吃音哲学と吃音人生につきあう

 
 第2回 新・吃音ショートコースに参加しての感想

 僕はどもる人のセルフヘルプグループ言友会を創立してから52年という長い間、多くの人たちと「哲学的対話」を続けてきたのだと、最近実感できるようになりました。
 「吃音を治す・改善する」から脱却できないアメリカ言語病理学は、今、僕たちが到達した地点に依然として立てていないからです。それを会を創立して5年ほどで、今の地点に立ち、考えを深めることができたのは、僕たちの話し合いが「哲学的対話」であったからだと思うのです。
 単なる雑談、議論、話し合いより、その人の人生、吃音の本質に迫る対話が、僕は本当に好きです。だから、52年も続いて、これからも続いていくのでしょう。


 だから、今回の新・吃音ショートコースは僕にとって楽しく、充実した時間でした。それが僕だけの独りよがりではなく、参加した人たちも共有して下さっていたことは、最後のセッションの振り返りでよくわかりました。参加者が書いて下さった感想の一部を紹介します。

     感想

 2日間ゆったりとした時間でいろいろなメニューの勉強ができてよかった。参加者一人ひとりの意見や感想を聞けて、自分の考えの幅が広がりました。特にふたりの当事者研究では、自分の狭い考え(固まった考え)に気づくことができました。伊藤さんが言われた「何が正しいかじゃなくて、どう考えることが自分を幸せにするかが大事」ということは、自分でもそんな考え方ができたらいいなと思いました。自分のこうあるべきだという考えを改めて柔軟な考えができるようにしていきたい。ポジティヴ心理学を詳しく学びたくなりました。  


 ちょうどいい人数に、ちょうどいいスケジュール、せわしなく進んだり、のんびり考えたり、他の人の問題やテーマ、発言が自分の中でリンクする瞬間がたまらなく心地よかったです。1日目の昼の時間は残念ながら参加できなかったが、そのときのことを話すみんなのことばや表情を感じることで、自分もその場に居たかのような錯覚をしました。みんなの悩みは自分の悩み、自分の悩みはみんなの悩み、人と自分は違うんだ、誰も分かってくれないという思いがありましたが、実は地続きでつながっているんだなと思いました。ボイストレーニングでは久しぶりにのびのびと声を出し、吹っ切ることができ、新しい自分を発見しました。新・吃音ショートコースはかけがえのないものだと思いました。


 とても濃密な2日間でした。これまで何度も当事者研究会には参加していたのですが、初めて本格的な当事者研究に出会ったような気持ちになりました。個人的な当事者研究会は私自身がずっと運営していたのですが、回復(リカバリー)を志向しているというよりも「吃音とは何なのかを知りたい」(医学的なことばではなくて、当事者のことばで語りたい)とが強かったので、また、参加者も、社会モデル的なニーズ表明のサポートのための研究の色合いが強いことが多いので、ぐるぐるとした研究になることが多かったことに気づかされました。僕はまだ弱くて「弱さを公開する強さ」が持てず、トラウマになっているエピソードにもアクセスできないこともあります。今回もあまり自分の経験が語れませんでしたが、少しだけ僕自身が「変わろうとしている」瞬間に連れていってもらえたと感じました。当事者研究に参加するとはこういうことをするんだなと、頭をなぐられたような気持ちです。うまくことばにできませんが、本当にありがとうございました。


 この2日間、とても貴重な体験でした。出会えた皆さんには、問題を一緒に考えていただいて感謝しています。自分には本を読む習慣を身につけることが大事だと改めて思いました。本日、本を購入しました。今日からは、今までよりも楽に読めると思います。楽しみです。今日のことは一生忘れないように、地元に帰っても生活しようと思います。このショートコース参加された方の「どもりながらでも話をする」姿に励まされました。


 職場での人間関係の悩みで、私もよく陥りがちな非論理的思考の解決方法が聞けてよかったです。「正当なことの要求」と「自分の幸福」が一致しないのは、自分だけではなく、みんなにもあるのだと分かってほっとしました。また、「人に理解を求めてはいけない」は、今回のヒットでした。「治す努力の否定」で「がんばるところはがんばる。諦めるところは諦めて、エネルギーの使い方を考える」は、そろそろ何ごとにも全力投球がしんどくなってきているので、いい考えだと改めて思いました。日本語のレッスン、楽しかったです。声を出せてよかったです。


 これまでも伊藤さんがインタビューしたり対談をしたりしているのをたくさん見てきました。今回、改めて二人の話を聞いたり整理したりする聞き方は参考になれました。相手が気持ちよく話している様子がありました。そして、少しずつ笑顔になっていました。問題や課題を一度出して整理する様子が見られてよかったです。私も、ことばの教室で子どもたちとの対話で笑顔になっていく様子を大事にしたいと思います。今回、私の中で子どもとできるワーク探しをしていました。ぜひ、ボイストレーニング、日本語のレッスンをしてみたいと思います。気持ちよく声を出す、自分の声を知ることをやってみたいと思います。私自身も呼吸をとめて息苦しく仕事をしていたようです。気持ちよく帰れます。

日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/12/22

吃音哲学と吃音人生

第2回 新・吃音ショートコースが終わりました

 12月9・10日、大阪市立東淀川区民会館で、第2回新・吃音ショートコースを開催しました。 講師をゲストに迎える、様々な領域から学んだ21回の吃音ショートコースが幕を閉じ、参加者みんなで作りあげるスタイルにして、2回目のショートコースでした。
 今回も、決まっているプログラムは、はじめの自己紹介を兼ねた出会いの広場と、発表の広場と、最後のふりかえりだけです。メインのプログラムは、こんなことをしてみたい、これについて知りたいという参加者のリクエストに答える形で組み立てていきました。こんなことをしたい、考えたい、学びたいのリクエストがホワイトボードに記録され、それをみんなで2日間で取り組んでいく、じっくり、贅沢な時間を過ごしました。

 参加人数は19名。自分を変えたいと遠く宮崎県から参加した29歳の青年。当事者研究などいろいろと大学院で学んでいる埼玉県からの大学院生、人生の節目を迎えた愛媛県からの女性。真剣に吃音を、人生を考えたい、語りたいと考える人たちとの出会いは刺激的で、楽しいものです。
 また、全員が発言し、シェアするのにちょうどいい人数でした。ひとつひとつのセッションごとに、また、誰かが出した話題ごとに、全員が感想を伝え合うことができ、それがなんとも言えず、居心地のいい空間を作り出していました。まさに、参加者みんなで作りあげた吃音ショートコースでした。
吃音SC 伸二
吃音SC 伸二とみんな
 セッション1の自己紹介がひととおり終わり、セッション2は、今、職場で起こっている人間関係に悩むホットな話題でした。
 僕の論理療法を経験したいというリクエストもあり、この話題には、論理療法的に関わりました。僕の論理療法は、いたってシンプルです。ABC理論のA(出来事)について、丁寧に聞いていきました。また、その出来事が引き起こしたC(結果)も、丁寧に聞いていきました。そして、B(考え)です。参加者みんなが、それぞれ自分の仕事場での人間関係について、自分の体験を重ね合わせていたようです。
 嫌なことがあると、どうしてもそこがクローズアップされます。それしか見えません。バートランド・ラッセルの言う、自己没頭です。それは、幸せに生きることにはならず、不幸になります。自分が幸せに生きること、それを大切にしようという最終結論に、話題を提供した人も、みんなも納得でした。
 変えることができるものは変えていく勇気をもとう
  変えることができないものは、受け入れる冷静さをもとう
   変えることができるかできないか見分ける知恵をもとう
 論理療法も考え方を変えるだけではありません。Aの出来事を変えることも考えます。何が変えられるか、何を変えた方が自分が幸せに、気分良く生活できるかを考えるのですが、論理療法をグループで行うことで、仕事場での他の人の経験を聞くことができ、何を変えることが一番適切かが明らかになっていきます。話題提供者もとても納得してくれたし、論理療法の実践編を久しぶりにできた僕にとっても、新鮮な気持ちでした。

 セッション3は、発表の広場です。今回は2人が発表しました。
 1人は、これまでの吃音ショートコースで学んできた様々なことを整理・分類し、共通項をみつけ出したと提示してくれました。<対等性・今ここ・私もあなたもOK>の3つです。この基準があれば、変な療法にはひっかからないはずだと、力強くまとめていました。
 もう1人は、<吃音があることの有意味性>について日頃考えていることを話して下さいました。どもることでこんなことで困っているなどはよく聞きますが、普段、それほど深く考えていない吃音の有意味性にスポットを当てた話でした。まさに、今回のというより、常にですが「吃音哲学」そのものでした。

 発表の後に、第20回となった、ことば文学賞の発表を行いました。入賞作3編とも、仕事がらみの内容でした。3編を読み上げ、みんなで作品を味わいました。その後、作品に関して、全員がコメントしました。それは、見事なものでした。参加者の中に、受賞者がいたので、賞品と賞金を、会長の東野晃之さんが渡しました。私たちの発行する月刊紙『スタタリング・ナウ』でその作品は掲載されます。
吃音SC  丹さんと東野さん
 公式プログラムが終了したのは、午後8時45分くらいでした。その後、会場を移して、懇親会を持ちました。このお店は、参加しているメンバーが30年来行きつけのお店でした。おいしいイタリアンをいただき、またそこでもたくさん話しました。参加者のほぼ全員が懇親会にも参加したということは、公式プログラムでの経験がよかったということなのでしょうか。
吃音SC 懇親会
 翌日、何の迷いもなく、確かめもせず、開始を9時と連絡したので、みんな集まってきました。しかし、会場が使えるのは、午前9時30分からでした。ロビーで、昨夜の続きの、ことば文学賞の川柳・短歌部門の発表を行いました。
 9時30分、会議室に入りました。
 そして、宮崎県から参加した人の話からスタートしました。この人は、中学校のとき通っていたことばの教室の先生からの紹介で、今回ショートコースに参加しました。ことばの教室の先生とは、古くからのつきあいです。ずいぶん前に、通級している子どもを連れて、吃音親子サマーキャンプに参加したことのある先生でした。月刊紙『スタタリング・ナウ』」もずっと読んでいてくださって、何かあると電話をかけてくれます。
 29歳の青年が吃音を認められず、仕事についても悩んでいる、なんとか力になりたいとの連絡をいただいたとき、この吃音ショートコースへの参加を勧めました。参加してくれたらいいのになあと思いつつ、吃音と向き合いたくないとの話も聞いていたので、多分参加しないだろうと思っていました。ところが、すぐに本人から電話があり、参加したいと言ってくれて、よかったと思いました。中学校のときに、ことばの教室に通っていたそうです。今彼は、29歳なので、15年くらい前のことです。それからずっとつながっていて下さったということ、小学校にあることばの教室を退職してずいぶんと時間が経っているのに、どもる人と関わって下さっていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。「吃音を治す・改善する」立場の人だったら、とてもできないことだろうと思います。

 彼の悩みは、仕事のことです。大きな音のする環境の中で、大きな声で品名を言わなければいけないのが辛いと言います。当事者研究風に、話は進んでいきました。その中で、今の仕事ではなく、もっとしたい仕事があるかもしれないと、話は進展し、就職活動はなかなか厳しい中でも、自分のしたいことを追究していくのが一番だとの話になりました。
 仕事場で大きな声で言うことがどもって苦しいという当初の話から、将来の、それもここ3年ほどの具体的な計画にまですすみました。生活の糧としての仕事と割り切ることもあっていいし、生きがいを別に求めるのもいい、何が向いているのか分からないなら、まずアルバイトでいろいろ試してみてもいい、などたくさんのメッセージが彼に届けられました。

 午後は、リクエストの多かった日本語のレッスンです。日本語の発音・発声の基本を学んだ後、「津軽海峡冬景色」に取り組みました。詞を読み、みんなで歌い、ひとりずつ歌いました。この歌は、よく竹内敏晴さんが、レッスンで使った歌です。母音を押す、一音一拍ということの実践として最適の歌のようです。
 その後、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の話を2つのグループに分かれ、役割を分担して読みました。遠慮がちに読んでいる人には、ほんの少し、後押ししました。2組に分かれて練習したので、隣の人の声に触発されて、普段聞いたことのないような声を出す人もいました。自分の声はこんなもの、と決めつけないで突破すると、意外な自分の声をみつけることができると実感しました。最後に、グループごとに発表しました。いい声が出てきた人が多く、うれしかったです。
吃音SC レッスン1
吃音SC レッスン2
 最後のセッションは、みんなで語ろうでした。参加しての感想を一言ずつ話していきました。会議室を元に戻し、ふりかえり用紙に記入して、終わりました。
 参加動機の高い人たちが参加し、話題提供に対して全員がレスポンスし、日本語のレッスンで声を出す楽しさを味わう、というバラエティに富んだ、濃密なショートコースを終えることができました。

 吃音の夏や吃音の秋の疲れが出たのか、僕は、声もかすれ気味でしたが、なんとか最後までもちました。ひとりの話題提供に対して、丁寧に誠実に、ゆったりかかわることができ、本当に幸せな気分になりました。普段の金曜日の大阪吃音教室では時間制限もあり、なかなかこうはいきません。大阪吃音教室とは違った、奥の深い吃音の世界を味わうことができました。

 暮れも押し詰まった日程でしたが、来年は時期を少しずらして第3回を行いたいと計画しています。今の候補は、6月頃を考えています。今回、参加できなかった方、ぜひ、来年はご参加下さい。お待ちしています。

日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/12/22

静かで、にぎやかな学校 —手話で学ぶ明晴学園— 



吃音親子サマーキャンプの子どもたちと共通する笑顔

 10月に放送されたこの番組「静かで、にぎやかな学校 —手話で学ぶ明晴学園—を再放送で見ました。明晴学園は、以前僕を取材し、ドキュメンタリー「報道の魂」で吃音について紹介して下さった、元TBSのディレクター斉藤道雄さんが開校時から校長を勤められていた、日本で唯一の手話を第一言語にして授業するろう学校です。 

 一度見学に行きたいとずっと思っていて実現していません。今回映像で子どもたちのいきいきと生活し、学んでいる姿に触れ、感慨深いものがありました。大阪教育大学の教員時代、ろう学校に教育実習に行く学生の指導や、ろう学校の文化祭などに参加した経験があるからです。当時、口話法が全盛の時代で、手話が禁じられていました。いわゆる「ふつう」に近づけようと、厳しい言語指導も行われていました。その姿は、当時の僕には痛ましいものと感じられました。
 「聴覚障害児の自己概念教育」という、どこにも投稿していませんが、僕が書いた文章があります。高校を卒業するまでは、ろう者として生きられず、社会に出て、ろう者が生き生きと手話で会話をしている姿に触れ、ろう者として生きるようになる。幼児期・学童期・思春期の教育が、聴覚障害の子どもの自己概念を奪っているのではないかと主張する、「聴覚障害児の自我同一性形成について」の論文(『ろう教育科学』Vol.32 1990.7.15 滋賀県立八日市養護学校・坂田浩子)に共感して書いたものです。
 その文章は、機会があれば紹介したいと思います。

 明晴学園の子どもたちの、生き生きと手話を使って会話をする姿は、吃音親子サマーキャンプでの3日間のどもる子どもたちの姿とダブリました。「どもることがふつう」の環境の中で、子どもたちは生き生きとどもりながら平気で、話し合いや劇に取り組みます。キャンプでどもりながら会話を楽しんだ子どもは、キャンプの場だけでなく、学校生活でも平気ではないにしても、話すことから逃げないで、話し始めます。
 「ふつう」に近づける教育ではなく、その子どもが、その子どもとして生きる力を育てたいと思います。6年生の児童会長がこう手話で言っていました。
 
 「ろう者は、聴者から障害者だと見られています。聞こえないこと以外はすべて同じなのに障害者と言われたくありません。対等でありたいです」

 この心からの訴えを僕はきちんと受け止めたいと思います。
 初代校長の斉藤道雄さんは、「ろう児にはろう児の生き方があり、その生き方を支えるのが手話ということばだ」と言います。僕は「どもりを治す・改善する」のではなく、「吃音を生きる」子どもの生き方を支えたいと思います。「ろう」と「どもり」は本質的にはまったく違うものですが、「ふつう」に近づくことを目指さない僕の吃音観と共通します。だから、斉藤さんも僕の考え方に共感してくださつたのでしょう。
 明晴学園の子どもたちの笑顔に触れ、吃音親子サマーキャンプの子どもたちを思ったのでした。吃音親子サマーキャンプの子どもたちへメッセージは次の3つです。
 あなたはあなたのままでいい
 あなたはひとりではない。
 あなたには力がある

 NHKのホームページの記事を紹介します。

 
休み時間もシーン、授業もシーン。子どもたちは大はしゃぎなのに、どの教室も静かな、手話だけの学校があります。品川区にある学校法人「明晴学園」。幼稚部から中等部まで約60人が通うこの学校では、数学も、社会も、英語も全て手話で学びます。もちろん、休み時間の友だちとの会話も、全て手話。
実は、全国86校のろう学校のうち、手話を第一言語にして授業をするのは、ここ 1校だけ。ほんの10数年前まで、手話は日本語獲得の邪魔になるとされ、ろう学校で禁じられてきました。そんな中、「子どもたちが “母語”を身につけ、深い学びを得られる学校を」と、ろう者・ろう児の親たちが声をあげ、9年前に開校しました。番組では、小学部を中心に子どもたちの手話だけの世界をみつめます。今の社会は、聞こえることが前提で、聞こえないことは「不便」とされてしまいます。しかし、教室を見据えると、手話で生きることの何が不便なのか不思議に思え、「障害」と思っているものが、違って見えてきます。子どもたちの小さな手が紡ぎ出す豊かなコミュニケーションの世界に「目」を傾けてみませんか。

 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/12/14  

大学ラグビーの早明戦

12月の第1日曜日は、大学ラグビーの早明戦

オリンピックが、国と国との競い合いという感じがして、子どもの頃から好きになれず、相撲も野球も興味が全くなくなった今、唯一見るスポーツがラグビーです。新日鉄釜石、神戸製鋼の7連覇、同志社大学の3連覇の時代からラグビーを見ています。
 実際に競技場に足を運んだのは、吃音親子サマーキャンプの卒業生が、早稲田大学ラグビー部に入部し、チケットを買ってもらってからですから、もう7年ほどになるでしょうか。国立競技場の、あの雰囲気が忘れられず、毎年、行くようになりました。ファンクラブに入ったので、チケットもとりやすくなりました。明治大学への愛校心がそれほどあるとも思えませんが、年に一度、校歌を歌うのも悪くないなと思います。
ラグビー 電光掲示板
 今年は、昨年と同じように、正面ではなく、東スタンドのチケットをとりました。日が陰ってくると寒くなるので、長く日が当たる東スタンドにしたのです。今年は、暑いくらいで太陽がまぶしかったです。はじめのうちは、ダウンも脱いでいました。
ラグビー 席にいる伸二
 満員でしたが、明治の応援が6〜7割というところでしょうか。始まる前の校歌斉唱のときの立つ人の数、声の大きさ、旗の数で大体分かります。
ラグビー 試合
 始まってすぐに、副将・梶村の90メートル独走によるトライ。梶村は、顔と名前の一致する数少ない選手です。1年生のときから大学選手権に出ていて、よく知っています。なんとも気持ちのいいスタートでした。キッカーも安定しているので、安心して見ることができます。その後、早稲田も点を入れますが、明治も点を重ねます。最後までとてもいい試合でした。足の速い2年生の山村選手。応援席から誰かが「山村! 君の足が見たい!」と言った瞬間に、山村がボールを持って走ってトライをとったシーンもありました。久しぶりに気持ちよくノーサイドを迎えました。
ラグビー チアガール
秩父宮競技場を出ると、いちょうまつりの真っ最中でした。鮮やかな黄色に包まれました。
ラグビー いちょうまつり
 23日には、大学選手権の準決勝が、大阪の長居競技場のキンチョウスタジアムであります。早速、チケットをとりました。大阪で見る明治大学のラグビーもいいものです。
 家に帰って、録画しておいた早明戦を見ました。結果は分かっているので、安心して見ることができます。スタンドの様子が映し出されると、「あの辺に坐っていたのだけど…」と思っていると、終盤、映っていました。鮮やかな青いダウン、間違いなく僕です。本人だけしか分からないことですが、おもしろいものです。

 12月1日に東京入りをして、5日に大阪に戻りました。千葉市院内小学校のことばの教室のグループ学習、ことばの教室の教師の研修会、どもる子どもの保護者の相談会、新しく出版する予定の本の打ち合わせなど、バラエティに富んだ5日間でしたが、ラグビー観戦もそのひとつ、彩りに花を添えてくれました。

 10月の静岡から始まった「吃音の秋」も終わり、今年もあと僅か。なんとか、思い出しながら、ブログで書いていこうと思います。

 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/12/12 
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