伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2017年10月

幼児期の吃音への対処は、予防教育


 秋の吃音キャンプロードは静岡から始まり、岡山キャンプ、島根キャンプと続き、何の報告もできないままに、先週末は岐阜県高山市で、古くからの親友の依頼で、言友会の中部地区大会にいってきました。今週末は沖縄です。それらの報告の前に。直前に迫りましたが、沖縄での幼児吃音の講習会のお知らせをします。幼児吃音について、これまでとは違う発想の話をする予定です。ブログでのお知らせが遅くなりましたが、もし、ご都合がつくようでしたら、ぜひ、ご参加下さい。

 
   沖縄で幼児吃音の講習会

日時 11月5日(日)13:30〜16:30
場所 沖縄県嘉手納町中央公民館大ホール
演題 幼児吃音の理解と対応〜予防教育・レジリエンス〜



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日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/10/31

明るく、社交的な 大阪のどもるおっちゃん

 石井さん、安らかに
 40年以上も前からのおつき合い

 今日、冷たい雨が降る中、石井秀明さんの告別式に参列してきました。
 石井さんとの出会いは、45年近く前になります。僕が大阪教育大学の教員をしていた頃、児童相談所で「母子通所言語訓練」の仕事もしていました。相談所を訪れるのは、自閉症や重い知的障害の子どもたちばかりの中で、吃音のことで相談に来られたのが、石井さんでした。
 息子さんはそのとき3歳。一度相談に来られて話しただけでしたが、その後もずっとおつき合いが続きました。お父さん自身がどもる人で、印刷屋さんだったからでした。仕事のかたわら、話す機会の多い、自治会の会長や、さまざまな地域の世話役を喜んでする人でした。町内会の人たちとカラオケを楽しみ、その場を楽しく明るくさせるムードメーカーだったと告別式の話にもありました。参列者、弔電の紹介にも、府会議員、市会議員、社会福祉協議会、警察署長、消防署署長、区長など、石井さんが生前、地域の中で、持ち前の人柄で貢献されていたことがよく分かりました。

 「伊藤さんは人前ではあまりどもらないのに、僕は人前では必ずどもりますねん。何か人前でうまく話す方法はないもんだっか」と、何かの会合の司会や挨拶の前日によく言っていました。そう言いながら、人の世話をするのが大好きでした。

 毎月のニュースレター「スタタリング・ナウ」の印刷、その前身の「吃音とコミュニケーション」の印刷、年に一度の冊子も、全て石井さんにお願いしてきました。1986年に京都で開催した吃音問題研究国際大会の要項冊子も、報告書も、印刷していただきました。毎月一度、「スタタリング・ナウ」の原稿をお渡しするときに、少し立ち話をするのを、石井さんも僕も楽しみにしていました。

 同じように糖尿病仲間でもありました。血糖値の数字を言い合いっこしたり、お互いにからだに気をつけようと励まし合ったりしてきました。今年、6月に僕が入院したときは、びっくりされ、「実は、私も検査入院するんだ」と打ち明けても下さいました。心臓、肺に違和感があったようです。

 石井さんには、3人の息子さんがいらっしゃいました。3番目の方が、石井さんと同じようにどもります。相談に来られた3歳の息子さんです。
 一昨日、その息子さんからお電話をいただきました。小児科の医師であるその息子さんは、今も、どもっています。その息子さんの息子、石井さんにとっては孫にあたりますが、高校1年生になっていました。小学校低学年のとき、家族で吃音親子サマーキャンプに参加されたこともあります。3代にわたる、どもりつながりです。

 石井さんは、入院しながらも、僕たちのニュースレターの印刷のことをずっと気に掛けていて下さいました。今月号の「スタタリング・ナウ」も、知り合いの印刷屋さんに頼み、発送作業をするところへは、息子さんが運んで下さることになっています。こんな大変な時期なのにと恐縮すると、「いや、父からきちんとするように言われていました。父は最後まで気にしていましたから」と言われました。

 たくさんの方に助けていただき、活動していることは、常々感じていますが、石井さんもその中の一人でした。

 77歳、僕より4歳年上でした。寂しいです。立ち話でぼくがひどくどもっていると、「伊藤さん、今日は、ひ、ひどいでんな」と、うれしそうに、笑いながらおっしゃっていた姿を思い出します。残された命、限られた命を大切に生きたいと、改めて思いました。
ご冥福をお祈りします。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/10/19

吃音の苦悩 非行少年に近かった僕の思春期

 
寝屋川地区更生保護三団体研修会


 10月5日、寝屋川市立総合センターで、寝屋川地区更正保護三団体研修会があり、「吃音を生きて、見えてきたこと」のタイトルで講演をしました。参加者は、100名くらいと聞いていました。
 ここで、お話することになったのは、昨年の6月、大阪府人権擁護委員会連合会総会で講演をしたことがきっかけでした。大阪府人権擁護委員会連合会総会での話は、僕たちが、写真やビデオのことでとてもお世話になっている西邨定実さんから依頼があったからでした。

 西邨さんは、本当に不思議な人です。人がいいを通り越して、良すぎるというか、底抜けにいい人です。パソコンやビデオ、撮影、写真などに強くて、僕たちの間では、「困ったときの西邨さん頼み」ということばがあるほどです。枚方市体育協会の会長で忙しいはずなのに、撮影を頼まれたら出かけていったり、夕陽をみるために大型の車の運転をしたり、法務局で電話当番をしたり、何をしている人?と言いたくなるくらい、幅広い活動をされています。

寝屋川保護司会 伊藤起立

 さて、今回の研修会、保護司会、更正保護女性会、BBSとの3者の合同研修会でした。犯罪を犯し、罪を償った人や仮出所した人の更生を支援する仕事だと思っていましたが、講演の前に少しお話をお聞きすると、もちろんその側面もあるけれど、犯罪の予防ということも考えているのだということでした。それをお聞きし、急遽、話の内容を変更しようと思いました。
 保護司として出会う人の中に、どもる人もいるだろうから、吃音について知っておきたいというのが、私が話すきっかけのようでしたが、吃音についての話はとっかかりにするけれど、犯罪を犯した人との面談、非行予防を、門外漢ながら、少しは話せるだろうと考えたからです。
 それは、僕が非行少年になるかならないかぎりぎりのところで生活をしていたからです。僕の市にもあった、少年鑑別所を常に意識して僕は思春期を生きていました。

 中学生の頃、吃音に深く悩んでいた僕は、家出をしたり、映画館に入り浸ったり、夜はほとんど家にいないで夜の町、海岸をひとりでさまよっていました。学校には友達はなく、家でも母親に反目していた僕には、家庭にも学校にも居場所がなかったのです。一歩間違えれば、非行に走っていただろう、少年院に入っていたかもしれません。そう思うと、何かの弾みで犯罪を犯してしまった人を援助している仕事をされている保護司の方を心から応援したくなります。そんな自分の体験を冒頭に話しました。

 吃音のことは、あまりご存じないだろうと思い、斉藤道雄さんが制作したTBSの「報道の魂」を見ていただいて、吃音とはどういうものか、ある程度知っていただいた上で、僕の体験を話し、そこから得たものを話すつもりでした。オープンダイアローグ、レジリエンス、そしてポジティブ心理学と話を進め、対等であること、無知の姿勢で、対話をすること、それがきっと相手に届くことなど、伝えようと思っていました。

 初め、DVDも、パソコンも調子が悪く、予定どおりにはいきませんでした。話をつないで、ようやく何分か遅れて、DVDを見ることができました。パワーポイントも用意していましたが、それを全く使わず、参加者に語りかけるように、話をしていきました。やはり、このスタイルが僕には合っています。足りない部分は、お配りした資料で補ってもらえるでしょう。

寝屋川保護司会 伊藤起立2
寝屋川保護司会 会場と伊藤 ラスト
 
 更正保護にかかわる仕事をしておられる方が、こんなにもたくさんいらっしゃることも、今回初めて知りました。大阪府人権擁護委員会連合会総会で話をしたのを聞いて下さった更正保護女性会の方が西邨さんと知り合いだったことで実現した今回のお話。こんなところで、話をする機会を得られたのも、もともとは、西邨さんのおかげです。
 人と人との縁、どもりとのありがたい縁を思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/10/09
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