伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2017年08月

明日から 第28回吃音親子サマーキャンプ

明日から、第28回吃音親子サマーキャンプ

 5月の沖縄キャンプ、6月に入ってすぐ鹿児島県の難聴言語研究大会と翌日の吃音相談会、そしてその後の緊急入院。6月の1ヶ月がなかったような、そんな時間の流れがへんてこりんになったまま、7月を迎え、大阪の吃音相談会、サマーキャンプの事前レッスン合宿。7月末には、大阪で、全国難聴・言語障害教育研究協議会と第6回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会、8月に入ってすぐに山形県での難言の県大会研修会。
 怒濤の毎日を過ごしてきたような気がします。ひとつひとつ、振り返りや、余韻を楽しむ間もなく、明日から、「吃音の夏」最後の大きなイベントである、吃音親子サマーキャンプです。サマーキャンプは、今年で第28回を迎えました。ここまで続くとは、始めた頃には想像もできなかったことです。

 それぞれの行事には、準備が伴います。ひとつが終わってその後片付けもできないまま、あっという間に、吃音親子サマーキャンプの前日になりました。
 我が家は日本吃音臨床研究会の事務所でもあり、悲惨というか、めちゃくちゃというか、そんな状態です。それでもなんとか今年もたくさんのスタッフが全国から集まって下さり、キャンプが開催できること、本当にありがたいことだと思います。キャンプが終われば、ぼちぼちとこれまでのことを振り返っていこうと思います。

 今年のキャンプの親の学習会は、これまでとは全く違うスタイルになりそうで、今から僕が楽しみにしています。経験したことは記録として残さないと消えてしまいます。消えないようにできるだけ、書いていきたいと思います。

日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/08/17

対話の実際


 全難言大会の講習会「吃音」の資料のつづきです。当日はこのようなことを話したつもりです。

 
対話の実際 1 オープンダイアローグ
 オープンダイアローグは、「急性期精神病における開かれた対話によるアプローチ」です。当事者か家族から最初に相談を受けた、医師、看護師などが、治療チームを招集し、24時間以内に初回ミーティングを、本人の自宅や病院、ホテルの一室などで行います。入院させ、薬物療法が中心だったのが、薬を使わず、入院もせずに「開かれた対話」だけで回復する成果は驚異的だと、世界で注目されています。複雑な理論や資格も不要ですが、開発者のセイックラ教授は、オープンダイアローグが「技法」や「治療プログラム」ではなく、「哲学」や「考え方」だと強調しています。そのまま、ことばの教室に導入することはできないまでも、その「哲学・考え方」は生かしたいものです。オープンダイアローグを正しく実践するための12項目の中のいくつかを紹介します。
 対等性 すべての参加者の発言は対等に尊重されます。本人を自分の課題の主人公だと考え、「本人抜きでは何もしない」が原則です。
 応答性 どんな発言にも速やかに応答します。発言者の言葉を使い、しぐさや行動、表情などのメッセージを受け止め、対話を進めます。
 不確実性への耐性 診療なら初診時点で診断と同時に、「どんな治療をするのか」「病状の見通しはどうか」の内容が医師から本人に伝えられます。オープンダイアローグでは最初から「診断」はせず、あいまいなまま進みます。最終的な結論が出されるまでは、あいまいな状況に耐えながら、病気による恐怖や不安を支えるのです。

 この、治療成果に、日本の精神科医は、「自分たちがしてきたことは一体何だったのか」と当初半信半疑でした。しかし、現地での研修や論文などで内容を深く知るにつれて、日本に導入したいと強い意欲を持ち始めています。この2年ほどで、関連書籍や雑誌も出始め、研修会やワークショップも開かれ、この夏、創設者セイックラは、日本家族療法学会に招聘され、講演とワークショップを開きます。今後大きな流れになるでしょう。

 私は、この対話による成果は当然だと思います。私たちが、吃音から解放されたのも、セルフヘルプグループで対話を続けたからでした。吃音親子サマーキャンプも、ことばの教室の教師、成人のどもる人がファシリテイターになり、90分と120分の話し合いがあります。小学6年生になっていじめに合い、不登校になった女子が、90分の話し合いで、顔が晴れやかになり、翌朝の作文教室で「どもっていても大丈夫」と作文に書き、キャンプが終わってすぐに学校に行き始めました。ことばの教室でも、個別指導やグループ活動の中で話し合いがなされています。この対話を、より「哲学的な対話」に少しでも発展できれば、一度確立された「どもっても大丈夫」との自己概念は、思春期・成人期になって、一時的に悩むことがあっても活きてきます。
  
 対話の実際 2 ナラティヴ・アプローチ
 
「ナラティヴ」は、「物語」「物語る」の意味で、「ナラテイヴ・アプローチ」とは、「困難や、問題を抱える人が物語るストーリーこそが、その人の人生を形作っていると考え、困難なストーリーの改訂のために、より好ましい素材を一緒に探し、新しいストーリーを共同で練り上げていくアプローチ」です。
 私は小学校2年生の学芸会で、担任教師から「どもって失敗したらかわいそう」との教育的配慮によって、「どもりは悪い、劣った、恥ずかしいもの」とのレッテルを貼られました。「どもりが治らなければ、僕の人生はない」との物語を、「どもる覚悟さえできれば、できないことはほとんどない」に変えられたのは、セルフヘルブグループでの仲間との対話のおかげです。私は同じように悩む仲間との語り合いで、他の人が語る人生を知り、吃音の否定的な物語から、「どもっていても、豊かな人生は送れる」の物語に変えることができ、生きやすくなりました。セルフヘルプグループでの対話の中で、私たちは「吃音否定」の物語を「吃音肯定」の物語に変えていったのです。

 「その人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」
 「人には、その人の人生を生きる能力がある」

 その人が問題だとすると、自分の性格や吃音が問題となり、言語訓練で吃音症状の軽減をめざすしかありません。問題が問題だというのは、吃音のマイナスの影響こそが問題だということで、ジョゼフ・G・シーアンの氷山説そのものです。吃音は治せなくても、自分が受けているマイナスの影響の、行動や考え方は変えることができます。それは、私たちが長年取り組んできて、大きな成果があがっていることです。

 ナラティヴ・アプローチの基本的な技法は「外在化」です。人と問題、吃音と問題を切り離すために、ナラティヴ・アプローチでは、この「外在化」の質問をする対話をしていきます。「外在化」とは自分と吃音を切り離して、自分の内部にあるものではなく、外にあるものとして、吃音に「どもり君」などと名前をつけます。自分の中の吃音が影響を与えるのではなく、外在化した「どもり君」が、話すことから逃げさせたり、自分を消極的にさせたりするなどと考えます。そして、「どもり君」の影響をあまり受けていない経験を見つけるための対話を繰り返し、「どもるから何々ができない」ではなく、「どもりながらも何々ができる」のオルタナティヴ・ストーリー(別のストーリー)に変えていきます。吃音に影響を受けない物語をつくっていくのです。

 吃音は学童期に内面化し、劣等感を強めます。自分の内面にある吃音を自分の外に出し、客観的に見る「外在化」に取り組みます。たとえば、ことばの教室で、子どもたちと言語関係図を一緒に作ります。立体を描くことが難しい子どもはブロックを使って、吃音の問題を外に出します。自分の吃音を外に出し、かたちあるものとしてとらえると、取り組みやすくなります。言語関係図、どもりカルタ、絵本などを使って、自分の吃音、吃音から受ける影響について、対話を続けます。最近は、「どもりキャラクター」と対話をする実践を、私たちのことばの教室の仲間は取り組んでいます。はじめ、どもりは敵で悪者のキャラクターだったのですが、対話を重ねるうちに、怖くなくなり、どもりが自分を助けてくれる友だちのようになるという物語に変わっていきます。これまでの吃音に対する否定的なナラティヴが、これからも吃音とつきあえるというナラティヴに変わっていくのです。「吃音否定」の物語を「吃音肯定」の物語に変えていくことが、吃音を治すための言語訓練に代わる、今後の吃音の取り組みだといえるでしょう。

 対話の実際 3 当事者研究
当事者研究は、北海道・浦河の統合失調症のコミュニティである、べてるの家の取り組みです。統合失調症の人たちが、薬や病院で管理されていたのを、薬を最小限にとどめ、社会生活に出て行きます。そこで起こる摩擦や困難を、「苦労を取り戻す」といい、その困難を自分で助けるために当事者研究をします。
 小学生のときは、担任教師やクラスの仲間など周りの理解があったので、あまり大きな問題にはならずに過ごせたとしても、中学生、高校生になって、さらには就職してから悩み始めることは少なくありません。ライフステージによって吃音の状態も、悩みも、困難な状況も変わります。そのとき、自分の困難を自分で研究する「当事者研究」で対処できるようになれば、それが、「逆境を生き抜く力」であるレジリエンスが育っていることになります。ことばの教室で、からかいの問題などを一緒に研究し、対処法を探ることは、その後の生活に活きてきます。

 おわりに
 「吃音は劣った、恥ずかしいもの」とのネガティヴな物語を、「吃音とともに豊かに生きる」物語に変えるには、吃音を肯定的にとらえている人との「哲学的対話」が不可欠です。レジリエンスが育つ主要な要素である「洞察・関係性」は、対話の中で、「感じる、知る、理解する、洞察する」と育っていきます。そのために、親や教師が同行する必要があるのです。最初は、話すことは楽しいと思える会話を十分に経験し、次に、自分や吃音と向き合う「哲学的対話」の力を育てます。子どもの話をしっかり聞き、興味・関心をもって質問し、私たち大人も、自分の人生を率直に語っていくことが大切でしょう。

 参考文献
『ナラティヴセラピーの会話術』 国重浩一 金子書房
『ふだん使いのナラティヴ・セラピー』D・デンボロウ著 小森康永・奥野光訳 北大路書房
『オープンダイアローグとは何か』 斎藤環著+訳 医学書院
『吃音の当事者研究−どもる人たちが「べてるの家」と出会った−』 向谷地生良・伊藤伸二 金子書房
『どもる君へ いま伝えたいこと』伊藤伸二 解放出版社
『サバイバーと心の回復力−逆境を乗り越えるための七つのリジリアンス−』奥野光・小森康永訳 金剛出版
『親、教師、言語聴覚士が使える 吃音ワークブック−どもる子どもの生きぬく力が育つ−』伊藤伸二・吃音を生きる子どもに同行する教師の会編著 解放出版社

日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/08/11

将来を展望しての、どもる子どもへの支援


先日、山形県大会から帰って、今は吃音親子サマーキャンプの準備です。7月28日の、第46回 全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会 近畿大会がずいぶん前のように感じます。
 近畿大会では、午前中の2時間30分、いくつかに分かれて講習会がありました。僕はその中の「吃音」の講習会です。気合いが入りすぎて、パワーポイントを用意しすぎました。僕はやはり、パワーポイントを使わずに、原稿なしで話す方が向いているようです。
 その時の資料を、前半と後半の2回に分けて紹介します。僕が、現在、考えていることです。


 将来を展望しての、どもる子どもへの支援
           〜言語指導から哲学的対話へ〜
                       日本吃音臨床研究会 伊藤伸二


はじめに
 吃音は、どもる程度も、吃音から受ける影響も、大きな個人差があります。かなりどもっていても、話すことの多い仕事に就いて、豊かに生きている人がいます。一方、親も伴侶も吃音と気づかない程度の人が吃音に深く悩んでいます。吃音は、症状が軽減することで生きやすくなり、悩みが少なくなるような単純なものではありません。どもる程度と、吃音の悩みや生活への影響の程度には相関関係があまりありません。
 また、かなりどもっていた子が、担任が替わったり、友達関係がよくなることで、あまりどもらなくなったり、吃音の悩みからも解消されることがあります。吃音を治したいと強く願う人がいる一方で、「吃音を治したいと思わない」という高校生や、「吃音に悩んだから今の自分がある」という成人がいます。「これから悩むことはあっても、なんとかやっていけると思う」と、ことばの教室を終了していく子どもがいます。

 吃音に悩むことがあっても、吃音と共に豊かに生きている人は実に多いのです。環境やその人の受け止め方に大きく左右され、変動性も大きい吃音を、症状の問題だとして、言語訓練だけで問題の解決を図ろうとすることには限界があります。

 また、発達障害者支援法の支援対象に吃音が入り、成人のどもる人の動きにも変化が出始めました。障害者手帳を取得して障害者枠で就職したいという人や、障害者年金をもらって生活することを希望する人が出始めました。ことばの教室を終了した高校生から、障害者手帳が欲しいと相談があったと、ことばの教室の教員が驚いていました。私の開設する電話相談・吃音ホットラインも、就職活動で苦戦している女子大学生からの「障害者手帳が欲しい」など、発達障害、障害者手帳がらみの相談が増えました。

 2013年、北海道で、勤める病院で吃音を説明しても理解してもらえないと、看護師が自ら死を選びました。とても残念な出来事でした。一方、地方自治体の消防学校で「そんなにどもっていて市民の命が守れるのか」と強く叱責され、消防学校時代に吃音を治せと迫られたが、私たち仲間の支えもあって、悩みながらも無事消防学校を卒業し、今は消防士として、立派に仕事をしている人がいます。この二つは極端な例ですが、吃音は吃音症状より、吃音をどう受け止めるかでその人の人生は大きく変わります。吃音の治療法はないが、対処法はあるということです。アメリカの言語病理学に学びつつも、これまでの実践を整理し、どもる子どもがどのような青年・成人に育っていくか、子どもの将来を展望して吃音の取り組みを再構築する時期に来ていると私は思います。

 精神医療の世界の潮流−健康生成論
 これまで当然のことと考えられていた認識や思想、価値観などが劇的に変化するパラダイムシフトが、精神医療、福祉の世界で起こっています。従来、精神疾患の研究、臨床は、病気の人の弱点や劣っている負の側面に力点が置かれてきました。つまり、病気と対決し、診断し、治療する「疾病生成論」でした。WHO(世界保健機構)は健康について、「肉体的、精神的、社会的にも満たされた状態」と定義しています。病気があっても健康に生きられることに着目し,その健康要因を解明しようとする「健康生成論」が今、注目されています。「健康因」として近年大きく取り上げられ、教育、医療、福祉の分野以外にも広がっているのがレジリエンスです。

 ナチスの強制収容所から健康的に生き延びた人々の存在が、レジリエンス研究のはじまりですが、アメリカの心理学者ウェルナーの、ハワイ諸島のカウワイ島の研究で、世界的に注目を集めました。貧困、暴力など劣悪な環境のこの島で育った、1955年に出生した698名を長年にわたって追跡し、3分の2には脆弱性が見られたが、3分の1は、能力のある信頼できる成人になったと報告しました。この健康な人たちには、「逆境を乗り越えるか、心的外傷となる可能性のある苦難から生き延びる能力、回復力がある」として、弾力・回復・復元力を意味する「レジリエンス」が備わっていると表現しました。精神医療の世界では、環境に恵まれない、トラウマを負った子どもたちのレジリエンスをいかに引き出すか、育てるかが取り組まれています。

 日本では、阪神淡路大震災で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が話題になりました。東日本大震災では、子どものレジリエンスが注目されました。スクールカウンセラーとして被災地で活動した、臨床心理士の国重浩一は、心的外傷後ストレス障害は、世間が考えているほど多くない、多くは災害を自然現象と受け止め、しなやかに生きていると報告しています。さらに、つらい体験の中から、人としてより成長するPTG(心的外傷後成長)への関心も広がっています。「吃音に悩んだから今の自分がある」と語るどもる人が少なくないのはそのためです。この回復力に注目するレジリエンスは、回復力を探す目のつけ所として、「洞察、独立性、関係性、イニシアティヴ、創造性、ユーモア、モラル」を挙げました。

 アメリカ言語病理学の限界
 言語訓練だけで吃音の問題の解決を図ろうとすることに限界があることは、長い歴史のあるアメリカ言語病理学でも早くから分かっていました。1950年にはウェンデル・ジョンソンが言語関係図で、X軸:吃音症状、Y軸:聞き手の態度、Z軸:本人の受け止め方の立体を提示し、症状だけでなく、聞き手である環境、本人の吃音の受け止め方にもアプローチすべきだと提起しました。1970年にはジョゼフ・G・シーアンが吃音氷山説で、吃音は吃音症状の問題ではないと明確に打ち出しました。吃音症状は吃音の問題のごく一部で、本当の問題は、水面下にあり、吃音を否定的にとらえ、話すことから逃げる行動や、どもりは悪い、劣ったものとする考え方、どもることへの不安や、どもった後の恥ずかしい感情だとしました。シーアンは「吃音は治らないかもしれないが、消極的に生きる必要はありません。あまりハンディキャップをもたずに生きることはできます。そのためには吃音を受け入れ、話すことから逃げない生活をしていきましょう」と主張し続けました。
 ところが、アメリカ言語病理学は、これらに基づいた吃音臨床を提案できませんでした。どもる人の脆弱性や吃音症状が、正常な発話モデルからすると異常であり、劣っている、欠如しているととらえ、それがその人全体のありかたにマイナスの影響を与えるとして、吃音症状の消失、軽減に依然として力点を置きます。

 世界最新と言われる、バリー・ギターの流暢性形成技技法の「ゆっくり、そっと、やわらかく」の言語訓練は、1903年に始まった伊沢修二の楽石社の技法とほぼ同じで、100年以上私を含め、大勢のどもる人が失敗してきたものです。カナダの世界的な吃音治療専門センター「ISTAR(アルバーター大学吃音専門治療・研究所)」でも、ゆっくり話すスピードコントロールしか治療法がなく、4週間の集中治療の期間は、スピードコントロールができてあまりどもらなくなっても、100%が再発すると、センターで言語聴覚士をしていた池上久美子が報告しています。北米の吃音治療には「吃音と共に生きる」という発想自体がないといいます。

 吃音の症状の改善だけで、人生を乗り切れるのは、比較的少数例です。少しでも改善できたら、その人は自信がもて、人生が楽しくなるほど、吃音は単純なものではありません。
 幼児に対しては、オーストラリアから始まった、言い直しをさせて、どもらない話し方を身につけさせるリッカムプログラムが、日本でも取り入れられ始めています。少数の事例をもとに治療効果が公表されますが、これまでの環境調整や幼児期の自然治癒と比べてどう効果が違うのか、明確なエビデンス(科学的・統計的根拠)はありません。100年以上の吃音治療の歴史がありながら、吃音治療に取り組むどもる人、臨床家にとって、吃音は大きな問題であり続けています。
 
 世界に誇れる、日本のことばの教室の実践
 日本のことばの教室は、教育現場に設置されたこともあり、アメリカなどと違って、吃音を治すことにこだわらず、吃音と向き合い、子どもと一緒に吃音の学習をし、おしゃべりや遊びなどを通して、その子どもの自己肯定感を高め、吃音が改善されずとも、学校の場で楽しく過ごせることを目指しています。
 私は、日本のことばの教室の実践こそ、世界に誇れるものだと考えています。ところが、近年「吃音を治したいと思う人に、完全には治らなくても、少しでも吃音を軽減させてあげることが必要だ」と、「吃音を治す・改善する」への提言が医療関係から復活し始めています。リッカムプログラムもその動きに連動するものでしょう。
 あくまでも流暢性にこだわるアメリカ言語病理学に惑わされることなく、日本のことばの教室が、教育現場での実践をより確信をもって取り組むためには、「健康生成論」の中心となるレジリエンス(回復力・逆境を生き抜く力)を教育現場で育てることが大切だと思います。そのためのひとつの方法が、「哲学的対話」です。

 どもる子どもが、ことばの教室の教師や家族や友人との対話や、どもる子どものグループの中での対話を通して、自分の気持ち、情報、価値観などを分かち合い、自分の体験を整理して、経験を言語化します。その中で、これまでは人生を左右しかねない大きな問題だったものが、自分の力で対処できるものに変わります。これは、これまで多くのどもる人や、どもる子どもが経験してきた、エビデンス(統計的・科学的根拠)のあるものです。それを近年の精神医療の世界のレジリエンスなどの研究が後押ししてくれています。これまでの実践に加えて、少しの時間、子どもと哲学的な対話ができれば、レジリエンスが育つことにつながるだろうと思います。

 言語訓練より哲学的対話
 劇作家・平田オリザは、『対話のレッスン』(小学館)で、「会話」は知り合い同士の楽しいおしゃべりで、「対話」は他人との新たな価値や情報の交換や交流だとして、日本には対話がないと言います。「仲間との会話はできても、他人との対話ができない子どもたちが、引きこもったり、精神的に病んでしまうことが起こる。対話が失われつつある現代にあって、教育現場で対話について教え、実践しなければならない」と対話のレッスンをすすめます。
 子どもたちが今後話していく相手は、何を考えているか分からない他者で、相手が何を考えているかを知る方法が「対話」です。吃音について自分のことばで説明することをいとわない、対話する力を育てることは、言語訓練で吃音が改善されることよりはるかに大事なことです。
 また、哲学者の中島義道は『対話のない社会−思いやりと優しさが圧殺するもの』(PHP新書)で、「あらゆる言葉によるコミュニケーションのうち、日本では、哲学的対話のみがスッポリ抜け落ちている」と指摘し、各個人が自分固有の実感、体験、信条、価値観にもとづいて語ることを哲学的対話だと言います。
 哲学的対話の基本原理として、「人間関係が完全に対等である」「相手に一定のレッテルを貼る態度をやめ、相手をただの個人として見る」「相手の語る言葉の背後ではなく、語る言葉そのものを問題にする」「いかなる相手の質問にも答えようと努力する」「相手との対立を避けず、むしろ相手との対立を積極的に見つけ、相手との些細な違いを大切にし、発展させる」「社会通念や常識に納まることを避け、新しい了解へと向かっていく」「自分や相手の意見が途中で変わる可能性を受け止める」ことなどを挙げています。   続く

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/08/10





神山五郎先生からのメッセージ


  昨日紹介した、神山先生からの、2016年の90歳のお祝いの会の参加者へのメッセージを紹介します。神山先生のご自身の歴史を語っておられて貴重です。お祝いの会には、吃音研究者・臨床家、言友会関係の人たちと大勢集まったのですが、ブログでも紹介しましたが、僕も会の最初の頃に神山先生との思い出を話しました。参加者全員へのメッセージに僕の紹介だけがあったこと、今更ながら、僕への期待、吃音への思いがあったのだと思いました。だから、大阪教育大学を退職すると伝えたとは、「勘当だ」とまで怒られたのでしょう。勘当された僕ですが、僕なりに、神山先生の意図された道とはちがっても、充分に「吃音道」を歩んできたと思います。

 73歳になつた今でも、沖縄、鹿児島、山形と、この夏声をかけていただいて、話す機会がもてること、吃音一筋に生きてきた、僕へのご褒美のように思えて、新しい出会いに感謝しているのです。では、神山先生からのメッセージ紹介します。

「思い意ずるままに」〜感謝をこめて〜神山五郎
                             平成28年5月26日


 只今、過日皆様と共に撮って頂いた集合写真をゆっくり見ております。瞬時に貴名を想起できなくても、色々なイメージが走馬灯のように浮かんで参ります。そして、その方々の歴史と時期を同じくする私の歴史が浮かんで参ります。

 敗戦後の自信のなかった日本で、吃音(どもり)その他の言語障害児者にとって、米国などのSpeech Therapy(スピーチセラピー)(言語治療)の動きは憧れの的でありました。その的のあたりを留学して学位までとって帰国した私は、まだ理解が必ずしも深くないことにも気づかず、猛烈に働き出しました。東京大学医学部・講師、国立聴力言語障害センター・言語課長などの職を与えられたことにも支援されました。丁度、東京オリンピックの年でした。

 恩師の切替(きりかえ)一郎東大医学部耳鼻咽喉科教授及び米国留学先のDr.Martin F.Palmer教授の御指導の深さを忘れることはできません。かくて米国仕込みの学問を翻訳しながら、処女地日本に導入し始めた次第です。当然、実践の結果色々な誤りを生じ、私課長をはじめ、課員は悩みました。すなわち、米国の教科書通りにやっても治らない言語障害が多々あったのです。この私の誤りが決定的になったのは、学会での指摘ではなく、言語障害児者対策の現場からでした。もっと具体的に記せば、私が国立聴力言語障害センターを数年で退職し、ごく近接して創設された東京都心身障害者福祉センター医学判定科長へ就任してそのことの重大さに気づかされました。

 東京都は、私共の新しい職場を含め、心身障害者への総合的対策を行うとPRして下さいました。その結果、私の前の職場のサービスを受けながらご不満のあった御本人、御家族の方々が、この新しいセンターの聴覚言語障害科・医学判定科へ来られ、医学判定科長の私が、ごく近くの国立聴力言語障害センターの言語課長であったことを知らず、ビシビシと治らぬことを指摘されたのです。申し訳なかったです。

 しかも、この件で目覚めさせていただき、転勤先の新しいセンター所長原田政美先生(医師)の「障害は治らないから障害という。治るのは病気である」との透徹したお考えに馴染んで参りました。従って、私の周囲で研修されていた方々、職員各位も混乱されたことと思います。

 さらに混乱を招いたのは「努力の否定」を私が言い始めたことです。「頑張れ」「頑張れ」…しかも結果は変わらない。今迄は、頑張り続けないのは意志が弱いからだという前提がありました。この「意志が弱い」を否定し「もっと楽しくやれる工夫をしようという好奇心」の大切さを私は主張し始めました。このあたりのことが原因で、神山の言うことが変化し御迷惑をお掛けしたことと存じます。結局「遊び」の重要性を私は初めて意識したのです。

 大阪教育大学の助手から講師まで、昇進し、私を含めて教授・助教授を助けて下さった伊藤伸二先生は、明治大学文学部歴史学科の御卒業で、大学の教職にありながら、NHK厚生文化事業団等から研究費を得て、大胆に研究されました。そして「吃音を持ちながらも日本の社会に堂々と生活している」方々を次々に発掘され、原田政美先生の卓見を一層理解し易くして下さいました。

 このような流れのうちに私はあって、次第に「吃音」だけに捉われていては視野が狭く、偏見を持ち易いと感じ、色々な隣接領域にも突進しました。「植毛」「脱毛」「新興宗教の治療効果」俗に言う「民間療法のメリット、デメリット」等々の体験的研究に励みました。この時代には「吃音」とのご縁は、相談業務で細々と続けておりましたが、著作、翻訳などはありません。さらに健康人の問題、「健康増進」に首をつっこみ、エアロビクス、ジョギング等のカタカナ語を導入したり、心臓疾患の保険適用等の現場的対応を体験したりしました。日本健康運動指導士会を皆で創設し、初代会長を10年以上務め、次にバトンを渡しました。名誉会長を頂いたこともありました。その間、不思議なことに東京都世田谷区千歳烏山に烏山診療所を創設し、15年以上も閉院できなかったのです。

 以上のような、自分勝手な猛勉強をしていた私に何故か見所があると推察されて今日までお見捨てなく見守って下さった方々がおられお集まりくださった。これが本会なのです。
 最後になりますが、全員の方々の御芳志、各位からのお葉書、お手紙、贈り物等々、恩情溢れるお言葉に私は感激しております。幸せです。

 感情が高まり、文も乱れ申し訳ありません。全員の方々からのネクタイ・ネクタイピンを使用したスナップ写真及び某研究会の檀上における写真をこの手紙に同封して郵送させて頂きます。
又、会う時まで、さようなら、お元気で! 五郎


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2017/08/08

恩師 神山五郎先生逝く 

神山五郎死去 毎日新聞ブログ用45

 今日の毎日新聞の「悼む」のコーナーで神山五郎先生の記事がありました。日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリング・ナウ」では特集を組みましたが、ブログではまだ紹介していなかったので、その特集号の一面記事を紹介します。明日は、神山先生からのメッセージも紹介します。


 神山五郎先生、ありがとうございました

 「神山先生が、6月16日(金)午前4時38分に息を引き取られました」
 この報を受け、悲しさ、寂しさ、様々な思いが駆け巡りますが、一番大きなものは、心からの感謝の気持ちでした。

 昨年の島根大会に続いて、全国難聴言語障害教育研究協議会近畿大会での吃音研修会や分科会の講師、臨床家のための吃音講習会、山形県難聴言語研究会の講演、吃音親子サマーキャンプと続く、「吃音の夏」。どもる子どもや保護者、ことばの教室の教員との活動や、言語聴覚士養成の大学や専門学校での講義などの活動ができるのは、すべて、神山五郎先生のおかげです。

 大学を卒業後、大阪教育大学言語障害児教育教員養成一年課程に行きたいと相談してきた後輩を紹介するため、一緒に横浜のご自宅を訪ねました。そのとき、大阪教育大学での教育を、熱く、楽しそうに語って下さいました。大阪に行く気など全くなかった私が、その場で大阪行きを決意していました。この日が、私の運命を変えました。

 1年間学んだ後、研究生として残り、言語障害児教育教員養成一年課程の運営のすべてを任されました。緊張の毎日でした。「Mr. Ito」と、私の能力を超えた様々な指示がどんどん私のデスクにたまります。必死にこなしましたが、「あんな怖い神山先生と、よく毎日一緒にいられますね」と多くの人から心配されました。たくさんのことを厳しく指導していただきましたが、特に文章について、大久保忠利・東京都立大学教授から、「君は、どこで文章修行をしたのか」と褒められたとき、私信にまで赤ペンで指導されたことを話していました。

 文部省に申請していた、言語障害教育一年課程から特殊教育特別専攻科への格上げと、教員1名の増員が許可されたとき、「東京都身障センターのスピーチセラピストか、大学の教員か、おまえの好きな道を選べ」と言って下さり、私が「教員」を選ぶと、実績のない私の、書籍や論文の共著など、実績作りに奔走して下さいました。将来、大学教授の道につながる文部教官助手に採用されました。

 全国各地のことばの教室の教員の協力を得て開催した3か月の35都道府県38会場での全国巡回吃音相談会も、2冊の書籍の出版も、大学の教員だからできたことでした。しかし、講師に昇進し、楽しくやりがいがあったのに、私は大学を辞める決意をしました。私の将来を考えてのことであったとしても、心理学からのアプローチを指向していた私に、医学部大学病院での医学研修や興味のもてない研究テーマを設定するなど、今後の私の進路のすべてが神山先生の意向で決められていくことに強い反発を感じたからです。

 自分の人生は自分で決めると、大学を辞めることを報告しに行った時、病院近くの猪苗代湖のほとりで、「俺が、どんなにおまえに期待をしていたか。それを無にするなら勘当する」と、ものすごい剣幕で怒られました。その後は、一切会うことはなかったのですが、数年前に私の方から訪ねて再会したとき、とても喜んで下さいました。だから、昨年90歳のお祝いの会にも参加できました。

 後日送られてきた34名の参加者への感謝の手紙の中に、私のことだけが書かれていました。神山先生の私への思いの強さを改めて知りました。
 私の2冊目の本へのコメントを胸に刻んで精進していきます。ありがとうございました。合掌

 
  つねにすがすがしい好漢    神山五郎
 高倉健に惚れ、かつどもりである大学教官というふうに彼を紹介しておこう。事実、伊藤伸二を慕うどもる人々や関係する学生は多い。彼自身も面倒見がよくつねにすがすがしい。
 彼がどもりながら話すせいか、聞き手はつい彼の指示に素直に従ってしまう。かようにどもりであるメリットを生かし続けている好漢である。
 この度、どもりであることを主張し、生かす自他の方法、体験などを集め、評価し、書となすという。草稿は全く見ていない。世のなかから厳しく批判されたほうが薬になる段階に彼はいる。読者の叩き方が強ければ強いほど、彼は強くなる。一つおおいにやっつけてください。彼がどうさばくか、それを見るのもまた楽しい。
(郡山市熱海総合病院・健康教育センター所長)
 『吃音者宣言 言友会運動十年 伊藤伸二編著 たいまつ社 1976年』

      『スタタリング・ナウ  275号 2017年7月18日』


日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/08/07

吃音講習会の余韻の中で、次への展望を語る


 笑いと熱気に満ちていた、第6回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会。その夜の打ち上げ会は、例年のように、笑いにあふれた楽しいものでした。

 講習会最後のセッションのティーチインは、丸くなって、一言話すのですが、「楽しかったです。勉強になりました」など、どこにでもあるような感想を言う人は一人もいないところが、僕たちの講習会の特徴です。1分間ほどでと制限をつけますが、なかなかその時間に収まりません。いろんなことを感じ、考えたことをその人のことばで紡ぎ出していきます。幸せに包まれる時間です。研修が主体の講習会なのに、何か、カウンセリングワークショップでのふりかえりのように、みんなは自分を語ります。
 初めて参加した人が、温かい、いい雰囲気だとよく言ってくれます。それは、きっと、僕たち自身が、みんなとの出会いを喜び、企画する僕たち自身が楽しんでいるからでしょう。
 沖縄、鹿児島、島根、兵庫、大阪、愛知、栃木、神奈川、千葉の吃音を生きる子どもに同行する教師・言語聴覚士の会の人たちがひとつの目的をもって集まる。その集まりを大切にして、自分自身が楽しんでいる。そこに全国から集まってきてくださる。なんと幸せで豊かな時間なのだろうと、いつも思います。

 もう一泊した僕たちは、翌日、余韻に浸りながら、来年の計画と今後の日程の調整をしました。吃音を生きる子どもに同行する教師・言語聴覚士の会の、沖縄、鹿児島、栃木、千葉の事務局メンバー(代表・事務局長・事務局次長)全員が残っているというのがすごいところです。

 9時から15時まで、今後の計画を話し合いました。昨日までの興奮状態をひきずっての事務局会議なので、新しいアイデアがどんどん出てきます。第7回の講習会の展望と、新しい書籍の出版に向けて、話し合った後、5日間も一緒にいたのに、まだ話したりないような感じで、別れました。
 その後、8月1日は、山形の研修会の準備と当日配布資料の印刷をし、翌2日は山形市に向かいました。
 山形での出会いは、次回から報告します。

日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二 2017/8/6

子どもと育む哲学的対話

     
全国に広がった、親・教師・言語聴覚士のための吃音講習会

 

講習会 横断幕
 7月29・30日は、場所を変えて、第6回吃音講習会でした。
 事前申し込みは91名でしたが、当日参加もあり、94名の方が参加して下さいました。
 今回は、沖縄、鹿児島、長崎、徳島、高知、山口、島根、鳥取、岡山、兵庫、大阪、和歌山、奈良、三重、滋賀、岐阜、長野、愛知、静岡、神奈川、東京、埼玉、千葉、茨城、栃木、山形、宮城など、全国各地からと言ってもいいくらいに、いろんな所から参加して下さいました。
講習会 桑田さんあいさつ

 テーマは、「子どものレジリエンスを育てる−子どもと育む哲学的対話」というタイトルで、講師は、第4回に引き続いて、石隈利紀・元筑波大学副学長が来て下さいました。
石隈さん 講義
対談1

 てんこ盛りのハードなプログラムでしたが、参加者の皆さん、よくついてきて下さったと思います。
講習会 関西の味4人講習会 東野さん

 懇親会会場は、研修会会場の真下、ガラス張りのすてきな部屋でした。45名ほどが参加して、会場はいっぱいになり、立食の人もいました。県ごとに前に立ち、1日目の感想を話していただきました。
懇親会1

 2日目の最後のプログラム、「みんなで語ろう、ティーチイン」では、短い時間に、ひとりひとりが参加してのふりかえりを語りました。ありきたりのことばではない感想に、スタッフのひとりとして、本当にうれしく思いました。皆さんが、温かく迎えていただいた、笑いがある空間で学べたとおっしゃって下さっていたのが印象的でした。
ティーチイン


 終わった翌日の月曜日は、残った吃音プロジェクトのメンバーで、今回を振り返り、そして、今後の話をしました。一種興奮状態の中にいるためか、次々とアイデアが浮かびます。「自分で自分の首をしめるのかい」と言いながら、それを楽しんでいるみんなでした。したいことを、いい仲間と、取り組める幸せを思いました。

 8月3日には、山形県で県の言語障害研究大会が開催され、僕はそこで、講演をします。
 翌日は山形市のことばの教室で、どもる子どもの保護者やことばの教室の教師との出会いがあります。これは、第4回吃音講習会に参加して下さった山形のことばの教室の木村和子さんの尽力により、実現しました。今から山形に向かいます。

 山形県のことばの教室の教員のほぼ全員が参加してくださる県大会は、時間をたっぷりとっていただきました。午前中2時間の講演、午後3時間のワークショップ。時間がたっぷりとありますので、しっかりと対話をしていきたいと考えています。

 翌日の会場は小学校で、午前中はどもる子どもと保護者との「親子研修会」と懇談会。午後は通常学級の教職員の研修会です。僕は講演でもできるだけ時間をとって欲しいとお願いします。今回の山形は、県大会の講演・ワークショップに加えて、子どもや保護者との出会い、教員研修と、たっぷりと計画を立てて下さいました。話したいこと、伝えたいことがたくさんある僕としては、本当にありがたいことなのです。

 一週間の間に、400名近いどもる子どもの保護者、ことばの教室の担当者、言語聴覚士の方と出会うことになります。「吃音の夏」の前半にふさわしい、出会いとなりました。

 親・教師・言語聴覚士のための吃音講習会の詳しい報告は、今後のブログでしていくと同時に、講習会のホームページと日本吃音臨床研究会のホームページでも紹介していきたいと思っています。
 緊急入院のために、多くのことができずにいましたが、体調は完全に復活しましたので、出会いの中でもらったエネルギーをもとに、活動と共に、ブログでの発信もしていきたいと思います。

 暑い夏、熱い夏、吃音の夏。後半は、吃音親子サマーキャンプです。今、準備の真っ最中です。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/8/2 

全国のことばの教室の教師が大阪に集う

「吃音の夏」前半が終わりました

 早、8月に入りました。
 7月27・28日は、全国難聴・言語障害教育研究協議会全国大会・近畿大会が大阪で開催されました。僕は、そこで、午前中の吃音の講習会の講師と、午後からの吃音分科会のコーディネーターをしました。講習会には100名を超す方が、分科会にも100名近い方が参加して下さいました。

 まず、講習会の方ですが、広い会場にぎっしりでした。当日の朝まで、パワーポイントのスライドを作っていました。でも、いつものとおり、予定していたようには、パワーポイントを使うことはできず、その場で今生まれてくることばを頼りに、目の前の参加者の皆さんに語りかけていました。抜けたところは、大量の資料で補っていただけるものと思います。大きな流れは、吃音治療ではなく、子どもとの哲学的対話のすすめです。

全難言大会講習会 会場

 午後は、吃音分科会でした。滋賀県東近江市の4つの小学校の担当者が、どもる子どもたちのグループ指導の経過をていねいに発表して下さいました。吃音はグループ活動の意義か大きいと思います。それを計画的に継続して続けておられることの敬意を表します。

僕は、このグループに、昨年秋に一度、お邪魔して、子どもたちに会っています。事前に、子どもたちが質問を考えてくれて、直接、僕に質問してくれました。子どもらしい質問ばかりで楽しい時間でした。「伊藤さんは、吃音で何か困ることはありますか」という質問があり、その子と少しの時間、話をしました。そのやりとりのビデオを2分間ほど、会場で流して下さいました。今、僕たちが大切にしたいと思っている対話、哲学的対話に近いものになっているのではないかと思います。ことばの教室の担当者とどもる子どもとの間で、そのような対話ができればいいなあと思いました。

全難言大会講習会 福井さん

全難言全国大会講習会 スクリーンと伸二

全難言全国大会講習会 伸二
 
 僕が書いた書籍の展示・販売も、いつものように行いました。テーブルいっぱいに並べられている書籍を眺めると、これまでの吃音の取り組みの歴史が分かります。8階の書籍売り場は、僕の仲間たちのちょっとしたサロンになっています。以前は、書籍の販売を細々としていましたが、最近は、仲間が交代でしてくれて、にぎやかです。

 全国難聴・言語障害児教育の全国大会で、僕は吃音分科会の助言者・コーディネーターを何度もしています。 今年は発表が1本でしたが、例年は、各分科会で2本の発表があります。その2本のうちの1本を、僕の仲間のことばの教室の教員がし続けてきました。山口県大会、長野県大会、北海道大会、鹿児島県大会、石川県大会、神奈川県大会、東京大会、島根県大会と、ずっと続いています。「吃音と共に豊かに生きる」子どもをどう育てるかの実践を発表し続けてきたこと、仲間の熱意をうれしく思います。

 だから、毎年、全国大会に、僕たちの仲間が大挙して応援に駆けつけます。その度に、書籍売り場がサロンのようになっているのです。今回も、僕たちの仲間が発表したいとエントリーしましたが、発表は近畿地区から、1本の発表しか受け付けられなかったために、発表者はいませんでした。でも、午前中の講習会の講師と分科会のコーディネーターが僕だったので、全国の僕の仲間達が集まってくれていました。

 僕の考え方は、少数派だと常に言っていますが、全国大会で吃音分科会の助言者を何度もしていること、僕の仲間が発表者として発表し続けていることで、「吃音を治す・改善する」を主な目的としない考え方も、ずいぶんと浸透してきたのかもしれないと、少し、期待をしているのです。
 講習会の報告は次回にします。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/08/01 
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