伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2017年04月

わたしは、ダニエル・ブレイク


僕の時代の貧しさとは格段に違う、今の貧困

 第69回カンヌ国際映画祭パルムドール受賞の映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観てきました。前作を最後に引退を表明していた、イギリスを代表する巨匠ケン・ローチ監督が、それを撤回してまで作りたかった映画です。

 イギリスに生まれて59年、ダニエル・ブレイクは、大工の仕事に誇りを持ち、誠実に生きてきた。妻を亡くして一人になってからも、規則正しく暮らしていたが、突然、心臓の病で、仕事がしたくてもできない体になった。国の援助を受けようと申請するが、理不尽で複雑な制度に気力が失われてく。援助が受けられず、経済的・精神的に追いつめられていく。そんな中、偶然出会ったシングルマザーのケイティとその子ども達を援助することから、交流が生まれ、お互いに助け合う中で、ダニエルもケイティ家族も希望を取り戻していく。しかし、あまりにも厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。

 これがこの映画のストーリーですが、現在のイギリス、というより全世界に広がっている、貧困に苦しむ人たち、しかし人間としての尊厳は失わない人たちの物語を今どうしてもケン・ローチは伝えたかったのでしょう。

 僕は、昨年、ロンドンに行きました。デパートに集まってくる人々は明るく、華やかです。それに比べて、福祉事務所に福祉手当を申請にくる人々や、食料の援助を受けにフードバンクに来る人々はあまりにも貧しい。ダニエルやケイティ親子の生活ぶりに、これが本当にイギリスの現実の姿なのかと実感がわきませんでした。しかし、日本でも同じことが起こっています。この現実に、僕たちは今直面しているのです。東京銀座の華やかな世界と、「子ども食堂」に集まってくる子どもたちや、貧困のために進学を諦め、将来の夢を描けない女子高生など、日本の現状を僕たちはニュースで知っています。イギリスと日本の現状は、ほとんど同じなのです。ここまで開いてしまった格差と貧困。ケン・ローチ監督の怒りが、ひしひしと伝わってきます。

 必死の思いで、助けを求めている人々に、役所はあまりにも官僚的な手続きを求めます。パソコンをもたない、使えない人たちに、一律にネットでの申請を強要します。未だにパソコン初心者の私は、途方に暮れるダニエルに、つい自分を重ねてしまいます。これは強者の弱い人への暴力であり、いじめです。役所の人間とダニエルのやりとりは、日本でも似たようなことが起こっているのだろうなあと考えてしまいます。東日本大震災、福島原発事故に苦しむ多くの人たちが実際に経験してきたことでもあるでしょう。

 大きな権力の前には、8億円も値引きするという、今、流行のことばになった「忖度(そんたく)」はするが、保育所や幼稚園への援助は渋る。弱い立場の人にはあまりにも尊大な官僚たちは、日本だけのことかと思っていたけれど、イギリスでも同じでした。
 人間としての尊厳を踏みにじられ、フードバンクで我慢できず缶詰を開けてしまうほどの空腹を覚え、そんな貧困、不条理に苦しみながらも、人は人のことを想い、助け合おうとする。ダニエルとケイティ親子との心の交流が救いです。最後に紹介されるダニエルの手紙に、ケン・ローチ監督の怒り、伝えたかったことが集約されています。
 
 「私は依頼人でも、顧客でも、ユーザーでも、怠け者でも、詐欺師でもない。きちんと税金を収めるまっとうな市民だ。働かないのではない。働きたくても、働けない。これまできちんと税金も払ってきた。施しはいらない。俺は番号ではない。身分の高いものには媚びないが、弱い者には手を貸す。ひとりの市民である。私はダニエル・ブレイク。人間だ。犬ではない」

 僕の家はとても貧しくて、その日の米を少しずつ買いに行くほどでした。小学校の時、給食代をもっていく日に、現金がなく、「忘れました」と何日も言い続け、教師から叱られたこと、とてもよく記憶しています。でも、僕の時代は、僕の家ほどではないにしても多くの人が貧しく、その貧しさを格別につらいとは思いませんでした。浪人時代は新聞配達店に住み込んで勉強し、大学も新聞配達店に住み込んで大学に通うなど、貧しかったのですが、今の時代の貧困とはまったく違うものでした。

 貧しさのために、大学や高校進学をあきらめる人に対して、「俺たちも働いて学校へ行ったのだから、できるはずだ」と、僕と同じ年代の人が投書していました。これは、現実をまったく見ていない暴言です。
 記憶違いかもしれませんが、僕が大学生だった頃、私立大学でも年間授業料が5万円程度ではなかったかと思います。これだから、アルバイトでなんとかなったのです。今の学費の高さとは比べようもありません。今なら、僕も大学進学を諦めざるを得なかっただろうと思います。

 今の、日本の貧困は、暴力的です。「政治屋」に少しの人間性が残っていれば、少なくとも子どもの貧困は何とでもなるはずです。「わたしは、ダニエル・ブレイク」を観ながら、日本の「政治屋」に言いようのない怒りがこみ上げてきました。おそらく、ケン・ローチ監督は、格差、貧困への怒り、悲しさを映画にぶつけるしかなかったのでしょう。

 暗いテーマの映画ですが、ほのかに明るさを感じ取ることができるのは「人の人に対する想い」があるからです。「人は、人を想う心があれば、それは人に通じる」。人への信頼があるからでしょう。監督のキャスティングも見事でした。ダニエルに、コメディアンとして知られる、デイヴ・ジョーンズを起用したことです。それが、暗い映画に、少しのユーモアと温かさ、希望を灯してくれたのだと思います。

 どんなに過酷な現実であっても、人としての尊厳を失わず、身近にいる人を思いやる、ダニエルやケイティ親子に、僕たちは救われるのです。
 多くの人に観てもらいたい映画です。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/13
  

ラジオドラマの豊かな世界「5拍子の福音」


 不思議な感覚でした。25名ほどが集まって、1時間のラジオドラマに耳を傾ける。ラジオドラマを聞くこと自体、60年ぶりのことかも知れないのですから。テレビのまだなかった時代、後に中村錦之助主演で映画化された、新諸国物語「笛吹童子」「紅孔雀」などを、心躍らせて聞いていた子どもの頃のことを思い出しました。

 「5拍子の福音」は、4月23日深夜1時30分から再放送
 インターネットでは、「radiko.jp」で1週間以内で聴取可能


 2017年度の大阪吃音教室は、4月7日(金)から始まりました。「いつもの時間に、いつもの場所で」これが、セルフへルプグループでは、大事だと言います。

 50年前には毎週日曜日に例会を開いていました。第1回吃音問題研究国際大会を契機に、これまでとはまったく違う、「吃音を治す・改善する」を一切目指さない、「吃音とともに豊かに生きる」ための吃音教室を始めたのです。吃音と上手につきあうことを目指して、交流分析、論理療法、アサーティヴ・トレーニング、森田療法、サイコドラマなどを組み入れ、毎回違うメニューの吃音講座を主体にした「生き方を学び合う」教室を金曜日に開催するようになって、20年経ちます。

 吃音とともに豊かに生きることを目指す仲間たちが、ここ、應典院に集ってきています。ここに来たら、そんな仲間たちに出会えます。こうして、「吃音を治す・改善する」を目指さないどもる人のセルフヘルプグループの旗を揚げ続けていることの大切さを思います。

 2017年度の幕開けは、毎日放送ラジオドラマ「5拍子の福音」<3月26日(日)20:00〜21:00放送>の鑑賞でした。
 初めに、4月2日(日)朝5:15〜5:30に放送された毎日テレビの「マンスリーリポート」から見ました。早朝の番組なので、今まで見たことはありません。今回、ずっと連絡をいただいていたディレクターの島修一さんから、ラジオドラマの放送も終わって、その余韻に浸っているときに、「『マンスリーリポート』という番組の取材を受けていた。どのように取り上げられているか全く分かりませんが…」と控えめに知らせていただきました。

 「マンスリーリポート」は、毎月1回放送され、さまざまな立場の人が、毎日放送の放送全般について審議するものです。いろんな番組について審議されていました。そして、次が、ひとつの番組を取り上げての特集です。「初めて公募作品によるラジオドラマの制作に密着しました」と、案内役の人がそう言った瞬間、大きなマイクの前でどもっている女優さんのアップが映し出されました。

 特集の中で、原作者が作品に対する思いを語り、俳優陣のせりふ入れの様子が映し出され、主人公の女優さんが演じているときの思いを率直に語っています。ラジオにとって大切な効果音担当者の苦労、ディレクター・島さんのこのドラマに懸ける思いなど、コンパクトにまとめられていました。この、番組の舞台裏ともいえる映像を見た後、大阪吃音教室に参加した全員で、ラジオドラマに聞き入りました。

 この日、初参加者が4人もいました。遠いところからの参加者が少なくありません。兵庫県の川西市、加古川市から、また、2時間弱かけて和歌山市からの参加もありました。ひとりひとりの話を聞くのも大切な時間です。

 短い時間でしたが、ラジオドラマを聞いた後、みんなで感想を言いました。一部を紹介します。


東野 主人公が、どもる女性だということは知っていたが、初めから終わりまで吃音が中心に話が展開していくとは思っていなかったので、意外だった。原作者は、どもる人の悩みの深いところを描いてくれている。うるっと来た。

徳田 原作者、プロデューサー、出演者らが、興味本位でなく、真摯に吃音について取り組んでくれているのがよく分かった。どもる女優さんは、表情もからだも、本物みたいにどもっていて、リアルだった。なぜ、主人公をどもる女性にしたのか、原作者の意図、思いなど、その背景を知りたいと思った。周りにどもる人がいて、その人を観察していたのかな。

伊藤 そうでもないらしい。でも、何か家族や周りの人にも何らかの生きづらさをもっている人がいたのかもしれない。

坂本 普通の女の子が一歩踏み出すことを応援したいということを原作者が言っていた。吃音に限らず、それぞれが課題を持っているから、そこから一歩踏み出す応援をしたいということなのだろう。

伊藤 何か劣等感を持っていて、そこから一歩踏み出す。たまたまそれが、吃音だったということなのだろう。

初参加者 どもっている様子がリアルすぎて苦しくなった。当事者としては身につまされた。実は、「英国王のスピーチ」も、いい映画だと聞いて知っているが、苦しくなるだろうと思い、見ていない。

伊藤 僕は、日本吃音臨床研究会のホームペーシに「英国王のスピーチ」についてコメントを出している。それを読めば、想像とは全く違う映画になるだろう。ぜひ、勇気を出して、「英国王のスピーチ」を見てほしい。
 今日、「私は、ダニエル・ブレイク」という映画を観てきた。貧しさをテーマにしている映画だった。僕の家は、貧しかったので、迫ってくるものがあった。
 毎日放送のディレクターは、誠実な人で、その気持ちが出演者にも乗り移ったのではないかと思われる。初め、送られてきた台本には、「どもる」という表現がなかった。「つまる」に終始していた。基本的には「どもる」を使ってほしいと伝え、ディレクターも原作者も、そのことを考えてくれた。主人公が好きになる男性の兄がどもる人という設定だったが、海で溺れて「助けて」が言えずに死んだということになっていた。これは、ディレクターの島さんも、あまりにも悲しすぎると感じていたし、僕もこれは現実には起こらないと言った。「助けて」と言えなくても、「ああああ・・」でも何でも声は出せるのだから。そのことを提案したら、違ったエピソードになっていた。そんなふうに変えることができる、原作者は力のある人なのだろう。と同時に、吃音については知らない人だともいえる。

佐藤 主人公の彼女がどんどん変わっていくのが分かった。

坂本 女優の堀部さんはなかなかいい。身体性のレベルで、どもっていたし、どもることによるしんどさを表現していた。どもる人の気持ちになって演じて、ことばが出ないもどかしさ、言いたいことがいえないとき、ううっとなるということを言っていた。からだがそうなることを言っていた。それを感じ取れる人なんだ。

嶺本 これを聞くのは2回目。1回目は、当事者の目で聞いた。2回目の今回は、第三者の目で聞いた。しんどそうにどもると、聞いている方がしんどくなると気づいた。コンテストでMCをやると言ったとき、親友が「みんなは、気にしていないんや」と言っていたが、確かにそうで、同じようにどもっていても与える印象が違う。

伊藤 彼女は、台本にたくさんメモをしていた。演技者として、そこまで考えていたのだと思う。


徳田 毎日放送は民放のひとつで、民放は無難につくることが多いのに、微妙な部分を取り上げてくれたことに賛美を表したい。これをするには勇気が必要で、あえてそうしてくれたことに、ディレクターの真面目さ、真剣さを感じた。

伊藤 どもる人を傷つけたくない、原作者の芸術性は残したい、その両方を大切にしていたディレクターだった。

西田 ラジオドラマは、30年ぶりに聞いた。効果音の専門家がいるのがおもしろかった。ハイヒールの音などの裏話が聞けてよかった。

坂本 どこで、あの効果音の人が,ハイヒールを履いて走っているんだろうかと想像しながら聞いていたのが、おもしろかった。

溝口 ラジオドラマを聞いてから、テレビの放送を見て、舞台裏を知った。映像がないところで、音だけで表現することの奥深さを感じた。ひとつひとつの音を作り出すのにすごい苦労があることが分かった。どもって話すことは、音だけの世界でとてもリアルに響く。どもる力をそこに見ることができた。

藤岡 サイトで出演者の集合写真を見て、どの人がどもる役をする人だろうと想像していた。情景が目に浮かんできて、すごい世界を見せてもらった。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/10

どもりながら、がんばる教師たち

神戸吃音相談会の前回のつづきです。
 このようにまとめて、機関紙で報告してくださった、神戸スタタリングプロジェクトの伊藤照良会長に感謝します。
 

松本さん : 私も小学校の教員でした。異動になると、離任式があり、そして新しい学校にいきます。異動に際して大きな挨拶がいくつかあります。すごい難関です。
  離任式は、何とか言えた。先生たちへの挨拶は、やった! 着任式も、何とか言えた。
 それで、「お〜余裕やんか」と思いました。PTA総会で新しい教員の紹介があります。その時新任が4人いた。「僕やるわ」と調子に乗って引き受けました。ところがこれが、最大の難関でした。どんづまりで、これまでと雰囲気が違う。講堂に入った途端「やばい! 引き受けるんじゃなかった」と思いました。待っている間、声が出ないと思いました。原稿は用意していました。めちゃくちゃどもりました。「ま〜つもと」と初めからどもって、PTAたちはびっくりして、そして見てはいけないものを見てしまったように、一斉に下を向きました。そういう周りの反応は良く分かります。どもって、用意した原稿を全て読みきりました。時間がかかったけど、挨拶は済みました。終わってから体育館の外に出て、これで、俺はどもりの松本先生でいける。もう人に隠すことは何もない。好きなように仕事ができる。この時最大の解放感を感じました。一度大きな失敗をしてください。

伸二さん : 岐阜の養老に親友の村上さんという教員がいます。彼も離任式の挨拶が不安になり3カ月前から準備をしました。完壁な準備をして離任式に臨みましたが、どうしても、最初の一言が出てこない。その時、全校生徒の前で思わず出たことばが、ただ一言「ファイト!ファイト!」でした。後で、あの挨拶が一番良かったと周りの教員に言われました。その後、彼は、校長として教員生活を終えました。懐かしい思い出だと言っています。
 神戸のFさんの話です。養護教員の採用に、8人応募し3人が最終面接にこぎつけた。その時にFさんから相談がありました。2週間でなんとか面接を乗り切るようになりたいというのです。2週間でどもりが治るわけがない。どもりながらも、なぜ自分が養護教員になりたいかの思いを誠実に伝えればいいと言いました。彼女は自分の吃音について説明し、吃音に悩んできた人間だからこそ、このような養護教諭になりたいと面接のとき、話しました。全くどもらない2人が落ちて、かなりどもる彼女が採用されました。彼女はすごくどもります。インフルエンゾが流行し始め、全校生徒の前で説明をするとき、普段よりかなりどもりました。少し落ち込んで保健室に帰った。すると、数人の生徒がつれだって保健室に来て、「先生!落ち込むんじゃないよ、私たちは先生のこと好きだからね」と言いに来てくれました。人前ではどもって説明する、ある意味ではマイナスかもしれないけれど、普段の保健室での生徒との関わりは、とても丁寧に、誠実にしている。生徒たちは、そのことをしっかりと見ていて、敬愛していたのです。これが教育だと思うよね。

溝口さん : 私もどもりながら教師をしてきました。指導主事に難聴の方がいました。補聴器をつけています。教職員相手の研修の司会進行をその方がします。研修では講師の話が終わってから、進行役の指導主事が講演の内容をまとめる人がいますが、私はいつも大きなお世話だと思っていました。通り一遍の謝辞を言う人が多いからです。多くの進行役がありきたりの話をする中で、彼は自身の聞こえない体験を通して、講師の話を聞いての感想を話します。講師の話にマッチしていて、いつも心を打たれました。

伸二さん : Tさん、教育委員会でTにしかできないような、Tさんだからできる仕事をすればいい。あなたがどもることは誰も気にしていないと思いますよ。他人は、自分が気にしているほどは、他人のことなど気にしないものです。これは、たくさんのどもる人が「本当にそうだった」と、後になって振り返っています。どもりがテーマのドラマがありました。どもりのセールスマンの話です。どもることはみんな全然気にしていません。商品とどもることにどんな関係がありますか。この人、どもるからと商品を買わない、そんなことはない。

名村さん : 僕は、何か売りに来た時に流暢な人の話は信用しない。訥々と語るセールスマンなら信用できる。教育委員会で辛い場面もあるかと思いますが、その場で花を咲かせてください。

伸二さん : ジャッジメントとして、どもりはかわいそうな人という社会の評価があるかもしれません。世間の評価をあまりにもとり入れ過ぎてきた。厚労省は吃音を発達障害として、支援法の対象に入れました。どもる人の中には、障害者手帳をもらおうという動きがあります。そういう流れで政府や社会が吃音を評価し、評価を押しつけ、レッテルを貼ろうとしています。障害者手帳を手に入れたいという人は、個人の自由ですが、僕たちの仲間は考えられないと言っています。どもりは、どもりであって、それ以上でも以下でもない。紀元前のデモステネスの伝記にもあるように、由緒正しい、独特の一つの話し方をする人間としてかけがいのないものです。
 世間からのジャッジメントは返上して、自分の課題は自分でアセスメントしたい。僕たちは、自分で自分の吃音問題をチェックする。どもりは氷山のようなもので、水面に浮かんでいるのは吃音のごく一部で、水面下に沈んでいる大きな部分が、吃音の本当の問題だと、アメリカのジョゼフ・G・シーアンが吃音氷山説を提案しました。どもることが問題なのではなくて、どもりをネガティブに考えることから起こってくる、マイナスの影響、どもりを隠し、話すことから逃げる行動や、「どもっていると人からマイナスの評価を受ける」などと思い込んでしまいます。その結果としての、感情である不安・惨めな気持はコントロールできないけど、自分が行っている行動はコントロールできます。コントロールできることに対しては、自分の問題をチェックして課題に取り組む。
 大阪吃音教室ではチェックリストをみんなでやっています。とらわれ度・回避度・人間関係を、自分でチェックしています。去年と今年では結果が全然違います。一年来るたびに、吃音問題は減少しています。Tさん、今回僕に電話をかけてきて、この相談会に来たことを、あなたにとっていいターニングポイントにして、教師として、教育関係者として、どう生きるかを考えられるチャンスにして下されば、うれしいです。

 Tさんをめぐって、参加者の発言が相次ぎ、その後、どもる子どもの保護者の公開面接がありました。その報告は省略します。

神戸吃音相談会に参加して


Tさん : 公開面接で自分の事を中心に話をしていただき、改めて吃音に向き合う機会ができました。貴重な時間に感謝します。

Hさん : (Tさんの後、面接した保護者)
 公開面接をさせていただき、今まで一人で悩んでいたことをお話し、相談することができ感謝しております。本をよく読み、自分の意見をはっきり言えるならば、そのままいってくれればよいという伊藤さんの言葉を胸に、今後歩んでいきたいと思います。相談会の時より、娘は今吃音がひどくなっており、言えない言葉も出てきて言葉を発するとき体にも力が入るようになり、かなり心配です。昨日音読みを聞いていて言葉が言えず、ビックリしました。今までなかったので私も動揺しました。授業中にあてられたとき、答えが分かっているのにどうしても言葉が言えず「わかりません」と言ったり、「え〜っと」を20回くらい言ってしまうこともしばしばで先生がイラっとしていたこともあったと聞きました。これは波があるということなのかとも思っていますが、心配です。
 自分から「苦しい」とか「悲しい」とか言うことは全くなく、どう対応してあげればよいかも悩んでいますが、とにかく家族には話がいつまでも終わらないくらいどもっていても、話し続けるほど話好きなのできちんと話を聞いてあげて、学校のことでできることは先生にお願いしてみようと思います。西宮の吃音親子の集いの「あのねの広場」や神戸の「ほうーっと」にも参加したいと思います。参加させていただきありがとうございました。

渡辺さん : 今日は参加してよかったです。悩みのど真ん中にいる方々の真剣な姿が印象的でした。あれからHさんといろいろお話をしました。どもる子どもの保護者として、娘にどもりの女の子の友達が出来ると思うとホントに嬉しいです。

岡田さん : もうちょっと若い時に吃音教室に出会えたらとよく思います。Tさんは35歳で巡り合えたことは幸せなことだと思います。どもりとか関係なく、3ケ月も休養をもらえる職場はそうそうない。この場でがんばるしかない。私はまだどもりを知られたくない自分がいます。私はどもることはいやですが、どもってもいいやと思えるようになりました。もし自治会の役員になることがあってもどもります。

林さん : 普通に話せて、ソツなく何でも出来る人より、どもっても一生懸命がんばっている人の方が、説得力があるんですね。皆さんの前向きな発言に勇気をもらえました。

 『ほっと神戸No.368号』
  神戸スタタリングプロジェクト会報2016年6月15日発行

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/08

吃音に悩む、教員との面接


 昨年の神戸の相談会の様子が、神戸スタタリングプロジェクトの会報「ほっと神戸」で報告されています。それを紹介します。

 『ほっと神戸No.368号』
      神戸スタタリングプロジェクト会報2016年6月15日発行


 吃音相談会
 ほっと神戸は吃音相談会を毎年開催しています。(阪神淡路大震災の年を除いて)。今回で33回になりました。今年も吃音の悩みの真っただ中の方々が参加され、二人が公開面接を受けられました。今月号は紙面の都合でお一人の方の面接の様子を報告します。

 伊藤伸二さん:
 今回の相談会は、これまでのような相談や質問に答えるという形ではなく、新しい試みとして公開インタビューを行いたいと思っています。公開なのでハードルが高いですが、それなりの疑問や課題を持っている方、インタビューさせて下さい。雑談ではないので、真剣に話し合います。できるだけ率直に話をしてください。

Tさん: (男性35歳 教育委員会勤務)教員をしています。吃音を意識したのは小学校5年の時に、劇の練習のときに言えなくなりました。親にそのことを相談したら「緊張したんちゃう?」と言われました。35歳の今まで、自分の吃音は分かっていましたが、吃音に向き合ってきていませんでした。

伸二さん : どもっているのに教師の仕事に就いたのは、どうしてですか。

Tさん : 子どもが好きで、教えるのが好きだからです。11年間小学校で教員をしてきました。

伸二さん : 何を教えるのが好きですか。

Tさん : 教えることで自分も学んでいます。これまでは子ども相手なので、吃音で困ったことはありませんでした。教育委員会に異動になり、大人である教師相手の研修会で困りました。一番困ることは、自分の名前が言えないことです。名前の最初の音の「た」が言えないのです。緊張して、上がっているのかなあと思い、人という字を手のひらに書いて、飲んだりしました。こんなことをいろいろ試しましたが、効き目はありません。
 これまで勤めていたのは小さな小学校で、クラスには3人位どもりやすい名前の子がいました。6年を担任すると卒業式があります。卒業証書授与の時に子どもの名前を呼びます。卒業式前夜は子どもの名前が言えるだろうかと不安で、眠れませんでした。自分の教え子だし、絶対に卒業式で名前を言わなあかんのです。逃げられないのです。朝6時に学校に行き、卒業式の用意が整った講堂で、名前を呼ぶ練習をしました。卒業式の本番は、どもると思った子どもの名前は、何とか言えました。でも、普段どもらない子の名前でどもりました。思い通りにいかないです。言いにくい名前が言え、安心した時にどもってしまいました。
 教育委員会に異動になり、業務が全く変わりました。業務対応の1回目で自分の名前が言えなくて、落ち込みました。それから自己紹介の時が不安でたまらなくなりました。電話で名前を言う時は、身を隠して同僚に吃音がばれないようにしていました。

伸二さん : しんどかったね。教員の時は、それなりに吃音と向き合ってきたのにね。教育委員会から元の教員に戻ろうとは思わなかったの。

Tさん : 悩みました。職場に行くのが怖くなり、朝、家を出ても、職場に行かずに、帰ったりもしました。朝、目が覚めても、もう少し寝よう、あと5分だけ寝ようと思うようになりました。だんだんその時間が延びてきました。がんばって家を出ても、途中の公園で座り込んでしまいました。行きたい、でも、やっぱりムリと思うことの繰り返しでした。家と公園の往復で汗びっしょりになっていました。
 教員相手の研修担当の当日は、今日だけはがんばって行こうと思いました。午後3時から研修が始まります。その日は朝から、業務が全く手につきません。そんな日に限って電話が多く、思いもかけない用事が入りました。研修が始まり、何とか自己紹介の名前は言えましたが、途中でことばが出ないと感じ、用意していた原稿の1行を飛ばしました。それから言えない時は5行飛ばしたりしました。受講されている先生方も、急な話の展開になり、「えっ!」と驚いた表情をしていました。今更元に戻ることもできず、構わずに進めました。その間は、頭の中が真っ白になってしまい、文字が歪んで見えました。
 なんとか1時間の研修を終えました。終わってから、締めの挨拶もそこそこに、外に飛び出しました。受講生の中には知り合いの先生もいましたが、顔を会わせるのも、挨拶するのもいやで、隠れてうずくまってしまいました。家に帰ったら、「明日は休んだら」と母親が言ってくれました。
 教育委員会に勤務し始めてからの2週間の挨拶回りがとてもしんどくて、どんどん食欲がなくなりました。研修担当の日のようなことは、今までにありませんでした。自分自身が追い詰められました。これまではどもっても、「まあ、え〜か」と前向きに過ごしてきましたが、今回は「マズイ」と思いました。一日休んで、次の日は行くのが怖くなり、心療内科に行きました。そこで3か月の診断書が出ました。休みたかったから、しめたと思い、ちょっと安心しました。上司が、家の近くの公園に来てくれました。上司に吃音のことや、思いを全部言いました。上司も分かってくれました。「吃音を知らなかった。ごめんな。大丈夫か」と言われました。それが救いです。

伸二さん : それがどんな流れで僕と会うことになったのですか?

Tさん : 母がネットで調べてくれて、母が伊藤さんに電話してくれました。母は私が吃音の事で悩み、落ち込んでいると知って調べてくれたのです。家に帰って母から聞いて、すぐに僕が伊藤さんに電話しました。

伸二さん : その時に僕は、あなたにぼろくそに言ったよね。

Tさん : 結構きつくて、情けないなあと思いました。

伸二さん : 自分でSOSを発して、自分の身を守ったわけだ。自分の身を守るってなかなかできないことですよ。

Tさん : 3か月休職することになり、挫折を自分で受け入れられました。原因が吃音なので、吃音を自分で真剣に考えました。吃音で失敗した事が頭に残っています。

伸二さん : あなたには、何に、どう取り組めばいいか分からない人に比べて、吃音という明確なテーマがあります。吃音に向き合えば、何とかなるという展望が開けます。電話で紹介した大阪吃音教室に、あなたがすぐに来ていたのを見てびっくりした。本当に会えてうれしかった。

Tさん : 大阪吃音教室に参加して、いろんな方がいて、いろんな考えを話されているのを聞きました。気持ちがよく分かるし、また行こうと思いました。

伸二さん : あなたが、今日の神戸の吃音相談会に参加するとは思わなかった。

Tさん : 自分のためにも、参加しようと思いました。

伸二さん : あの日たまたま大阪の吃音教室で、前に立って講義をしていた人は、ずっと引きこもっていた青年です。高1の時だけ学校に行って、それからどうしても行けなくなり、家で引きこもっていました。大阪吃音教室に毎週参加するようになり、1年でずいぶん変わりました。そして、あの日は自分から申し出て、進行をしていました。僕たちの仲間の通信制の高校の教師に勧められて、彼は再び高校に行き直しました。その通信制の高校の先生が右の方に座っていました。生徒が先生を当てていましたね。こんなことってなかなかないですよね。彼はまだ大阪吃音教室に入って間がないのに、みんなの前に立って進行していました。人間とは本当に変われるものです。ひとりの高校生が変わったことを話しましたが、今後の事で何か僕に聞きたいことはありますか。

Tさん : 吃音は治るものと思って、吃音を受け入れてきませんでした。呼吸練習をすれば治るとか、半年で治る本とか、いろんな吃音矯正のプログラムがネットにあります。吃音は治るものと思っていました。3か月仕事は休むので、この先どうなるのかが心配です。

伸二さん : どんなことが起こると思いますか? ネガティブな面ではどんなことが起こると想像しますか?

Tさん : どもってしまう不安がある。吃音症状は軽快したり、悪くなったりして波がある。また、職場に戻って、研修担当の時を想像すると不安になる。

伸二さん : プラスの影響を考えてみませんか? 上司以外で周りの人はあなたの吃音を知っていますか? 職場は何人くらいですか。

Tさん : 20人ぐらいです。

伸二さん : これは僕の根拠のない想像だけど、ネガティブなことは何一つ起こらないと思いますよ。だけど、それには条件がある。休職中の3か月で、あなたが僕の書いた本を全部読破して、それなりのレポートを書くことができたら、どもりとの向き合い方をマスターしたことになります。それが本当にできたら、ぱっと道が開けると思います。
 ところで、教育委員会を辞めて教員になるのは可能ですか?

Tさん : 難しいです。

伸二さん : 教育には教えるマシンはいりません。あなたは挫折と思っているようですが、挫折は人を成長させます。あなたはこれから別人28号になって、どもりのTとして、職場に戻らなければならない。どもって当たり前で、どもる人間として、生きていけば怖いものはない。僕は大学で講義をしたり、講演をしたりする時でも、どもって当たり前と思っているので、「どもるかもしれない」なんて不安はない。どもることが自然で、どもっても困ることがない。どもりという問題を、処理しきれない人間が教育の世界に戻ってはだめだと僕は思います。基本的にはどもりを認めて、「〇〇教育委員会にどもりのTあり」と認めてもらうことです。それが周りの人を勇気づけます。「並み」の人間にならんでもいいでしょう。せっかくどもりというものを与えられています。この苦しみは今後大きな力になる。別人28号になって、あなたは尊敬される教育者になれるのです。
 今日のキーワードは楽しさです。僕は夢をよく見て、かなり覚えているほうですが、今朝夢を見ました。鮮明に覚えています。600人くらいの前で、谷川俊太郎さんと公開対談したときの場面でした。谷川俊太郎さんが、今の伊藤さんの思いを一文字で書いてくれませんかと言いました。僕が思いついたのが「楽」という字です。
 僕はもうすぐ72歳になります。僕は21歳の夏からガラッと変わった。人間は変われるものです。もちろん苦しい時も必要です。でも基本的には楽です。あなたはまたもとの苦悩の人生に戻るかどうかの境目にきています。どもりを認めること。それにつきます。自分のどもりを認めると本当に怖いものがなくなる。自分の弱点を認めて、さらけだして、人前でその弱点を語ることができる。今の教師は疲弊して疲れています。今、学校を辞めたいという教師が山ほどいます。せっかく難しい教員採用試験に合格して教師になったのに、半年でやめてしまう教師が何人もいます。教育現場には絵に描いたような立派な教師はいらないんです。自分の弱さを見せながら、しなやかに生きているその姿を見せる。それは人に大きな勇気を与える。あなたがこれから研修する教員にも勇気を与えます。弱さを認め、しんどいことがあっても、誠実に生きていくと、だんだん楽になっていきますよ。そして生きていくのが楽しいですよ。

Tさん : 心が、何か、ほっとした感じがします。

伸二さん : 時々苦しいけど、基本的には楽しい人生を生きませんか。

Tさん : すごくほっとした。重石がストンと落ちた感じです。

伸二さん : 今のあなたは、何でこんなに苦しまないかんと思うし、しんどいやろうと思います。だけど、今、真剣に自分と、吃音とに向き合わないと、人間は変わらない。追い詰められないと変わらないけれど、今のあなたは3か月の休職に追い込まれています。でも、本当は変わらない方が楽なんですよ。人は変わることに抵抗がある。困り、悩んでいてもこれまでの慣れた生き方ですから。今、あなたが、本当に落ち込んでいるのなら、やっと人は変われる。3か月休んで気力を取り戻してという安易な気持ちでは、変わるのは難しいかもしれませんが。

                                                            つづく

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/06

大阪吃音教室、2017年度の始動は、お花見から

大阪吃音教室恒例のお花見

 今年はいつまでも寒い日が続いて、桜の開花も遅れていました。恒例の花見ですが、つぼみがちらほらで、ちょっと寂しい花見になるのではないかと思っていたのですが、ほらっ、このとおり満開でした。

花見 満開

 というのは、レク担当者が朝早くから行って、一番いい場所を確保してくれたからです。他の木はまだつぼみが固いままなのに、ここだけ満開です。正面に、大阪城も見えます。おかげで、一番のシャッターポイントらしく、たくさんの人が僕たちの周りを取り囲むようにして、写真を撮っていました。ギャラリーが多い中、僕たちのお花見がスタートしました。

花見 大阪城


 僕たちのセルフヘルプグループは、まじめさに偏りがちでした。毎週金曜日の大阪吃音教室は、吃音とつきあうための、吃音哲学を学び合う講座が中心で、交流分析、アサーション、論理療法、認知行動療法、森田療法、ナラティヴ・アプローチ、レジリエンスなど、とてもどもる人のセルフヘルプグループとは思えないような内容です。例会後の喫茶店でも、話し合いは吃音のことばかり。少しは遊びの要素も取り入れようと始まったのが、レクリエーション活動です。
 1年前、若い人たちが中心になって、楽しい企画をと、レク委員が発足し、その最初のイベントが、30人を超える人が参加したお花見でした。何度も事前に打ち合わせをしたり、5時の始発で場所とりをしたり、と気合いが入っていました。ありがたいと思うと同時に、自分たちも楽しんでほしいとも思ったものでした。なぜなら、僕たちは、これまでたくさんのイベントをしてきましたが、参加者のことももちろん考えてはいましたが、何より主催する僕たち自身が楽しいと思えることを続けてきたからです。

 2回目となる今回のお花見は、少し力が抜けて、みんなで楽しむことができました。1年間、さまざまなイベントをしてきたレク担当者が余裕をもって準備し、当日を迎えてくれたからでしょう。

 司会は、昨年と同じ大倉さん。まじめそうに見えて、なかなかのユーモアの持ち主です。5つのグループに分かれてのクイズの問題には、みんな大いに盛り上がりました。

 スタートは、それぞれが持ち寄ったお弁当で、ランチタイム。飲み物、お菓子、おつまみなどが、用意されていました。乾杯をした後、しばらくみんな食べることに集中しました。おなかが大きくなったころに、フリートークから始まりました。このお花見に初めて参加した人、大阪吃音教室に参加し始めて間もない人、ブランクがあって久しぶりに参加している人、4月から環境が変わる人の意気込み、など多彩な内容でした。もちろん、いつものように、やじがとび、つっこみが入り、笑いが満載のトークタイムでした。

 そして、クイズタイム。「OSP」とは何の略か。4月7日から始まる大阪吃音教室の初回の講座名は? 「新生」が500号を迎えるのはいつか? など吃音や大阪吃音教室にまつわるクイズ。桜の花ことばは? 花見を始めたのは徳川家光、綱吉、吉宗のうち誰? など桜にちなんだクイズ。去年の花見のとき出したクイズの問題とは? など、本当にいろいろと工夫してあるなあと感心するばかりです。大いに盛り上がって、最下位チームには、苦いドリンクを飲むという罰ゲームもありました。その後も、おしゃべりは続き、集合写真を撮って、4時過ぎに解散しました。

花見 歓談花見 丸くなって花見 集合写真

 2017年度の大阪吃音教室の始まりにふさわしいお花見レクでした。昨年と比べて力を抜いていたとはいえ、細かいところで心配りをして計画して下さった若いレク委員の皆さん、ありがとうございました。
寒いのでは思っていた日曜日でしたが、着ていったものを1枚ずつ脱いでいくような暖かい日になりました。そこだけ満開という桜の下で、飲み、食べ、おしゃべりをして、楽しいひとときを過ごすことができました。参加者は、24名。
 いい仲間たちと、新しい年度が、気持ちよくスタートしました。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/05

どもる人、どもる子どもの保護者との対話



 神戸での吃音相談会

 神淡路大震災の年を除いて、毎年開催している神戸での吃音相談会が、今年も、行われます。
古いつきあいの伊藤照良さんが主催してくれています。もう34回目になるそうです。
この相談会での出会いで、今もつながっている人がたくさんいます。継続していくことの大切さを思います。

 昨年も、この時期、このブログで、一昨年の吃音相談会の様子を報告しました。今回も、昨年の伊藤良さんの報告を紹介していきます。とりあえず、間近に迫った吃音相談会の案内をお知らせします。毎年、新しい話をしていますが、今回は、オープンダイアローグについての話から、対話のすすめと、吃音哲学の話をするつもりです。神戸で話した手応えで、その年の僕の講演や講義のテーマが決まっていきます。吃音の世界の深さのおかげで、毎年違った話ができる喜びを感じます。

 昨年度は、ナラティヴアプローチ的な対話を、というよりはインタビューをしました。僕としてはとてもおもしろかったので、次回のブログで紹介します。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/04

 神戸相談会チラシ

デイヴィッド・エプストン、東京ワークシヨップ

 相手への敬意

 ナラティヴ・アプローチの創設者のひとり、デイヴィッド・エプストンさんが初来日し、2日間のワークショップに参加してきました。ナラティヴ・アプローチの理論や技法よりも、デイヴィッドその人自身を直接肌で感じたい、これが僕の一番の目的でした。それを見事に感じ取れた2日間でした。

 僕自身がこれまで何度もワークショップを主催してきましたので、主催者のご苦労はよくわかります。このワークショップを企画・主催し、日本の私たちに向けて、ワークショップをどう展開すればいいかと、事前に細やかな打ち合わせをして準備し、当日、誠実な運営をして下さった関係者のみなさんに感謝します。

 僕はナラティヴ・アプローチに関する本は、何冊か読んでいます。その中で、いつまでも残り続けていることがありました。何冊も本を読んでいるので、どの本に書いてあったか記憶がなかったのですが、「相手への尊重・敬意」です。その人をその人の人生の専門家として尊重し、無知の姿勢で相手に向き合うという、ナラティヴ・アプローチの基本姿勢です。ワークショップが始まってすぐに、デイヴィッドが、他の心理療法とは違う、「相手への尊重・敬意」を実践している人なのだということが、ひしひしと伝わってきました。そして、2日間で、それがさらに深まり、デイヴィッドの人柄に触れることができたいい機会でした。

 相手を尊重するとは、対人援助の仕事に関わる人なら誰しもが言うことでしょう。相手を尊重する立場で向き合うことは、当然のことだとも人は言うでしょう。しかし、それが形ばかりになっていてはいけないとの、デイヴィッドやマイケル・ホワイトの強い思いがあるのでしょう。デイヴィッドは、マイケルとの思い出を話してくれました。
 あるとき、ホワイトが何かに気づいたように黙りこんで、しばらくして、こう言ったそうです。「私たちが相手に対して尊重的であるかが大事なのではなく、相手が自分が尊重してもらっていると、体感していることの方が大事なのだ」と。

 このことばで、デイヴィッドが、面接の後、相手に手紙を書くことの意味がさらに分かりました。手紙は、クライエントにとって、面接の確認の記録でもあるのですが、その内容が相手への敬意にあふれているのです。その手紙の内容が、ワークショップの資料として配付されました。それを読めば、クライエントは、自分がいかに尊重され、敬意をもって向き合ってもらっているかがわかるでしょう。デイヴィッドはメモさえ丁寧にとっていれば、手紙は30分ほどで書き上げることができると言いました。しかし、よほど相手への敬意、尊重がなければ、書けるものではありません。しっかり聞いて、メモをとり、それをもとに手紙を書くとき、デイヴィッドは、もう一度、クライエントと誠実に向き合っているのです。

 僕は、2日間のワークショップの間で、これまで出会ったいろんな人のことが、ぽっぽっと浮かび上がってきました。デイヴィッドのように手紙を書けばよかったと思える出会いもいくつもありました。でも、当時は、手紙を書くようなことは思いもしませんでした。せっかくナラティヴ・アプローチと出会えたのですから、これからは、手紙を書くことは実践していこうと思います。

 さて、どの本に、「相手への尊重・敬意」について印象深く書いてあったか、自宅に戻り、書棚からいくつかの本を見たのですが、分かりません。国重浩一さんの本にも書いてあったような気がして、調べてみるとありました。僕が読んだのは、モーガンの本でした。
 
 「ナラティヴ・セラピーとは何か?」の質問に、アリス・モーガンは、「ナラティヴ・セラピーは、カウンセリングやコミュニティワークの中で、敬意を示し、非難しないアプローチを実践し、それによって人々をその人生の専門家として中心に据えていくのだ」と述べている。ウェンディ・ドルーリィとジョン・ウィンズレイドは、「ナラティヴ・アプローチの実践とは、相手に敬意を払いつつカウンセリングをしていくことである。カウンセリングの過程でクライアントの持つ力を弱めることなく、クライアントの人生の構築を促進するということである」としている。
 『ナラティヴ・セラピーの会話術』(金子書房)

 その後のワークショップの中での、インタビューのライブを通しても、「相手に敬意を払う」とはどういうことかが、私なりに理解できました。今回のワークショップの最大の収穫でした。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/04/01

エプトソン
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