伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2017年03月

小津安二郎映像の世界 

80歳での執筆挑戦の夢、花開く 小津安二郎の世界


 20年ほどずっと、年末年始の2週間、僕たちは厚生年金保養ホームに滞在していました。全国に4カ所ある厚生年金保養ホームのうち、島根県の玉造温泉と、大分県の湯布院温泉に毎年行っていました。それぞれに、心に残る出会いがあります。

 玉造温泉では、島根県のことばの教室の教師との出会いから、島根スタタリングフォーラムという、どもる子どもたちの吃音キャンプに結びつきました。それは、18年続いています。

 湯布院では、地元の人たちとの交流があっただけでなく、保養ホーム滞在者との交流も深いものがありました。食事のときの4人がけのテーブルは、滞在期間中、固定されていて、2組の夫妻で3食をともにします。1時間ほどおしゃべりをしながら食事をとりますが、特に親しくなった2組の夫婦がいます。

 一組は、当時はまだ山口大学農学部の教授だった早川誠而さん夫妻でした。同い年ということもあり、天文学や農業について、また社会の出来事について、時を立つのも忘れて話し込み、食堂の人から退室を促されたことがたびたびでした。いつも大笑いして話し込む、不思議な関係でした。その後、早川さんの福岡の自宅にお邪魔してごちそうになるなど、交流が続いています。
 昨年10月、大隅良典さんのノーベル賞受賞を伝えるテレビのニュースに、高校の化学部の仲間の一人として、その早川さんが出てきて話をしているのを見て、驚き、電話をしたものです。

 もう一組が半田明久夫妻です。半田さんは、元毎日放送福岡支局のディレクター、演出家で、東芝日曜劇場のドラマを監督していた人です。仕事柄、映画関係者や役者との関係も深く、初めて出会った日から、映画の話で盛り上がりました。僕が小学生の頃から映画が好きで、当時の洋画のほとんどを見ていたこと、日本映画も、特に有名な小津安二郎や溝口健二だけでなく、衣笠貞之助、五所平之助、内田叶夢などの監督の名前をよく覚えていることに驚き、古い映画の話ばかりしていました。

 さすがに自分がドラマの監督だったためか、このシーンのこのセリフはこうだったなど、リアルに覚えていて、再現してみせてくれました。とても楽しく、充実した食事時間を楽しみました。不思議なもので、その、半田さん夫妻と早川さん夫妻も別の時期に来ていて、食事のテーブルで一緒になり、仲良くなっていたのです。ある年の年末年始に3組が一緒になりました。3組6人で、僕たちの行きつけの食事処で食事をするなど、不思議なつきあいとなっていました。

 ある年、小津安二郎の映像美の話になり、「東京物語」が一番評判はいいが、「麦秋」が好きだとすすめられて、僕も再度DVDを買っていくつも見る中で、同感したものでした。あまりに、映像について半田さんが語るので、映像を視点にした本はないから、半田さんが書いたらどうかとすすめました。僕が何冊も本を書いて、書くことの楽しさ、苦しさ、喜びを知っての上でのすすめなので、「そんなに、すすめてもらえるなら、書いてみるかな」と言われました。「善は急げなので、少し書いて僕にも読ませて下さい」と、背中を押しました。すると、すごいです。半年後だったか、どっさりと書かれた原稿が送られてきました。

 僕なりに読んで、感想も書いて、少し提案もしながら、どのようにすれば出版できるかお伝えしました。僕の本のすべては出版社による編集会議を通っての、出版社の責任で出版しているものですが、自分で経費を負担する自費出版も最近多くなっている話をしました。まず、出版社に原稿を出して検討してもらい、それがだめなら、自費出版の道を探るのもひとつの方法です。それでも書店の店頭には並びます。

 その後、湯布院の保養ホームが閉鎖され、湯布院でお会いすることがなくなったのですが、今年の年賀状に、4月に出版することになったと書いてあり、その後、本を紹介する案内がきました。僕に下書きを送って下さったあと、資料も集めながら、昔の映画関係者の励ましを受けながら、出版までがんばってこられたのです。福岡市のカルチャーセンターで、「書」と「絵画」教室の講師を続ける多忙な生活の中から、まとめ上げられたことに深く敬意を表するとともに、とても勇気づけられました。僕もまた、3つのカテゴリーの本を出版したいと思っています。半田さんの出版は、僕に対する応援のメッセージだと受け止め、がんばる気持ちが強くなりました。

 映画に興味のある方、映像に関心がある方、小津安二郎監督が好きな方、是非お読み下さい。また、周りの人に紹介いただければ、書くことをそそのかした張本人としての責任を果たすことができます。考えもしなかったことでも、人に勧められて、動いてみると、こんなすてきなことが実現するのだと、とてもうれしい、豊かな気持ちになります。半田さんの本は、4月1日には、全国の書店に並ぶそうです。

湯布院での滞在中に、半田さんにお願いして、書いてもらった「書」と「似顔絵」も紹介します。「書」は、僕の大好きなことばです。こんなふうに生きたいと思っています。
 
 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/28



 『映像文化を志す人へ 小津安二郎の映像を読み解く』 半田明久著 文芸社


゜半田明久 本の表紙半田明久 著者のことば

 
半田さんの書と絵_0001
半田さんの書と絵_0002

どもる女性が主人公のラジオドラマ

毎日ラジオドラマ 頭

 毎日放送 ラジオドラマ 

 毎日放送のラジオドラマを制作している島修一さんから、1本のメールがありました。どもる女性を主人公にしたラジオドラマを作っていて、そのせりふのことで、気になることがあるので、一度せりふを見てもらいたいということでした。喜んでお引き受けし、台本を送ってもらいました。

 「5拍子の福音」というタイトルのドラマで、それは、シナリオコンクールで最優秀賞をとった作品です。毎日放送を訪ね、彼の持つ疑問に答えながら、僕が感じたことも伝えしました。島さんの感じたところは、僕も同様に感じたので、どもる人間として提案しました。ひとつひとつ丁寧に吃音に関わって下さっていることが分かりました。指摘したいくつかの点を作者に伝え、作者の了解のもと、訂正を加え、また、連絡がありました。

 今度は、僕の家まで来て、台本をチェックしました。そして、どもり方の指導というか、女優さんのどもり方をチエックして欲しいと言われ、収録の前々日、声優の女優さんと合いました。少し、どもり方をチエックするだけだと思っていたのが、台本のどもる部分のセリフを島さんが相手役をして、すべて読み合わせていきました。若い女優さんは、ユーチューブでどもり方をしらべ、見事にどもっていました。さいごのどもる部分だけ、アドバイスをしましたが、何も言うことはありませんでした。

 僕も芝居の経験は何度もあり、セリフの読み合わせの経験はありますので、とても楽しいものでした。「とてもいいです」と伝えました。安心して収録できると思います。収録当日は、東京でナラティヴ・コロキアムに参加するので、立ち会えなかったのは残念でしたが、いい作品になったそうです。

 ドラマの放送は、3月26日(日)20:00〜21:00です。ラジオドラマなど、今まであまり聞いたことがありませんでしたが、ぜひとも、今回は聞いてみようと思います。皆さんもぜひ、お聞き下さい。
 ラジオの番組宣伝は、下記の通りです。

 
最優秀賞・ 「糠鏤劼諒_察彝桐ぼたん
 審査は、最終審査員のわかぎゑふさん、北阪昌人さん、森下直さん、それに、月刊「ドラマ」編集のマルヨンプロダクションのスタッフ、MBSラジオスタッフで行い、最終選考の8作品の中から、最優秀作1編、優秀作3編を選出しました!(月刊「ドラマ」4月号(3月18日発売)でも、発表、詳しい講評を掲載しています)

【最終審査員】
わかぎゑふさん。作家・演出家。劇団リリパットアーミー尭鸞緻楮堕后
北阪昌人(きたさか・まさと)さん。作家・ラジオドラマ脚本家。
森下直(もりした・ただし)さん。脚本家。
 最優秀賞受賞作、鎌桐ぼたんさん作の「糠鏤劼諒_察廚鬟薀献ドラマ化して、MBSラジオで放送します!       3月26日(日)20時00分〜21時00分
再放送 4月25日(日)25時30分〜26時30分 ※野球中継のため時間が順延する可能性あり

         糠鏤劼諒_
あらすじ
幼い頃から吃音に苦しんでいる朝井歩は、人とのコミュニケーションが苦手。仕事もうまくいかず故郷の神戸に帰ってくるが、学生時代の音楽仲間小橋奈子に誘われてアマチュアジャズバンド「ポラリス」でアルト・サックスを演奏するようになる。
 演奏は楽しく、音楽の良さを思い出す歩だが、メンバーとのコミュニケーションは怖くて避けてしまう。しかし、同じアルト・サックスを吹く綾部彬人とはメールでやり取りをするようになる。メールだと自分の吃音を気にすることなくコミュニケーションを取ることができ、歩美は彬人の明るさに魅かれていく。そんな折、「ポラリス」が神戸のジャズフェスティバルへに参加し、スタンダードなジャズナンバー「テイク・ファイブ」を演奏することが決まるが、彬人が仕事の都合でバンドを急に辞めてしまった。
 ショックを受ける歩だったが、彬人からの電話で、彬人の心に秘めた思いを聞き、勇気を持ってフェスティバルへ参加することを決意する・・。
 ラジオドラマにとっての重要なテーマである「言葉」と「音楽」を題材としたドラマです。吃音の表現については日本吃音臨床研究会の伊藤伸二会長による監修をお願いいたしました。

スタッフ
脚 本 鎌桐ぼたん
監 修 日本吃音臨床研究会会長 伊藤伸二
演 出 島 修一
音楽監修 チーチョ西野
技 術 阿部雅人・田中貴久・竹田和寛・山田 潤
効 果 濱谷光太郎
デスク 磯野順子
出演
堀部由加里・城土井大智・畦田ひとみ・一木美貴子・橋田雄一郎・ 水谷優希・ドヰタイジ・松木賢三・阪東浩孝・清水康司・勝村 愛・ 岸田慧香・横山 翔・額田愛永・西野欣哉・ジャズ演奏 武井 努・ 東瀧 将・深山なつみ・岩本幸雄・中川 健・真木 毅・チーチョ西野


日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/23

励ましてくれる幻聴さんと、吃音を味方にすること



奈良での、第4回関西当事者研究臨床研究会で、向谷地生良さんから興味深い話を聞きました。

 べてるの仲間が3人来ていたのですが、そのひとり亀井さんの話です。
 亀井さんは幻聴がよく聞こえてくるのですが、その幻聴の声と、自分の考えはつながっていると言います。それに気づいたのは、幻聴で聞こえたことをメモしていて、自分の考えや気持ちに非常に共通すると気づいたのだそうです。自分の気分がいいときには、楽しい幻聴が聞こえます。気分が悪いときには悪い幻聴が聞こえるのです。べてるの家で、「当事者研究」をしているからこんなことに気づけたのでしょう。僕は、幻聴とは、自分の気持ちや考えとは全く別のものだと思っていたので、この話は新鮮でした。

 気分がいいときには、気分のいい幻聴が聞こえてきます。幻聴さんが、「死ね死ね」と言ってくるから、幻聴さんは悪い奴だと考えていたけれど、実は、それは自分の気持ちや考えが反映していたということです。ということは、自分の考えや、気分が変わればいい。そしたら、幻聴さんは自分を励ましてくれるというのです。

 スタンフォード大学で、アメリカの人とインドの人に、「どんな声が聞こえますか」とインタビューしたら、いわゆる先進国の統合失調症の人が聞いている声は、いかにも質が悪いそうです。反対に、まだ人と人とのつながりや、豊かな自然のある地域に住んでいる人はそんなに悪い幻聴ではない。ローカルカルチャーに影響を受けているというのです。

 ローカルカルチャーを変えることで、その人の幻聴が変わる可能性があるのであれば、その方向での研究も可能です。統合失調症は治っていないし、幻聴も聞こえてくるけれど、自分や周りを傷つけるような悪質な幻聴ではなく、楽しいとまでは言わないまでも、気分が落ち込むような幻聴でなければ、幻聴と共に生きやすくなります。すると、亀井さんの幻聴が機嫌よくなるためには、亀井さんの生活している場を居心地のいい場所にするということになります。

 向谷地さんと亀井さんのこの話を聞きながら僕は、1975年に行った僕たちの調査研究の結果と同じだと思い出していました。全国35都道府県、38会場での全国吃音巡回相談会の時、「どもる人の悩みの実態調査」も併せて行っていました。質問紙とインタビューを合わせての調査でしたが、その時のひとつが、
 「吃音に悩んだ程度と、吃音の症状の程度を年代別にグラフに表して下さい」でした。
 吃音に悩んでいた時期と、吃音の程度が自分で重いと考えていた時期とが、必ずしも一致しないのです。当時、かなりどもっていたのに、あまり悩まずに、苦労もなく元気だったのはなぜなのかを、インタビューなどで聞いていくと次のことが挙げられました。

 ・クラスや職場の人間関係がよかった
 ・熱中して取り組むものがあった     
・家族との生活がとても楽しかった
・とても仲の良い友達がいた

 ことばを変えれば、機嫌良く生きていたときは、吃音の状態がよくなくてしゃべりにくかったけれど、吃音にあまり困ることも悩むこともなかったというのです。

 日本音声言語医学会で、その実態調査結果を、「吃音症状の治療・改善」だけが、どもる人の悩みや苦労を解消する唯一の対策ではないと報告しました。
 どもる人の人間関係をよくする。熱中できるものをもつ。機嫌良く生活する。これらは吃音と関係なく取り組めるものだとして、「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ」の提起をしたのは、このような大がかりな「どもる人の悩みの実態調査」がベースになっているのです。なんか、このようなことは、調査研究を待たなくても、当たり前のことのように思います。つまり、吃音の取り組みはとてもシンプルです。
 向谷地さんと亀井さんの話から、40年以上前の調査研究を思い出せたのはうれしいことでした。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/22 

べてるの家と、オープン・ダイアローグ

 
 2014年ごろだったか、大阪府立大学の松田博幸さんから教えられて観た、ドキュメンタリー映画「開かれた対話」のオープンダイアローグが、日本家族療法学会などでも、話題となり、昨年5月には日本で初めて、開発者の専門家をフィンランドから招いてワークショップが開かれました。日本では、精神医療を刷新するとまでの期待と関心が急速に広がっています。今、ブログで紹介している駒澤大学で開かれた、ナラティヴ・コロキウムでも、その話題が中心でした。You Tubeでも映画が見られます。

 精力的に日本にオープンダイアローグを紹介しいる精神科医の斉藤環・筑波大学教授は、医学書院のホームページで、こう紹介しています。 

 
薬物治療を行わなくても,めざましい成果が
 オープンダイアローグ(開かれた対話)とは,統合失調症患者への治療的介入の一手法である。北極圏に程近い,フィンランド・西ラップランド地方にあるケロプダス病院のスタッフたちを中心に,1980年代から開発と実践が続けられてきた。現在,この手法が国際的な注目を集めている。その主たる理由は,薬物治療を行わずに,極めて良好な治療成績を上げてきた実績があるからだ。
 どれほど手の込んだ治療法かと身構えたくなるが,その手法は拍子抜けするほどシンプルである。発症直後の急性期,依頼があってから24時間以内に「専門家チーム」が結成され,クライアントの自宅に出向く。本人や家族,その他関係者が車座になって「開かれた対話」を行う。この対話は,クライアントの状態が改善するまで,ほぼ毎日のように続けられる。


 オープンダイアローグの成果は、どもる人のセルフヘルプグループやアルコール依存症のAAなどのミーティング、北海道浦河のべてるの家の統合失調症の人たちのミーティングや当事者研究に直接参加している僕には、とてもなじみがあり、納得できることでした。 これとほとんど同じことをしてきた、べてる家の向谷地生良さんが、オープンダイアローグをどう見ているのか興味がありました。3月18日、第4回関西当事者研究臨床研究会で、そのことについて向谷地さんから聞くことができました。フィンランドに行って、スタッフと交流してきた話をして下さいました。
 「オープンダイアローグは、30年前の1978年ころ、私たちがべてるの家を立ち上げたときとほぼ同じころに始まった」と話して下さいましたが、おもしろかったのは、「開かれた対話」について向谷地さんが話された「開かれた」の意味です。

 「対話がどう開かれたかというと、地域に開かれている。スタッフが訪問することで、家族の中で、また地域の中で、孤立して精神的にしんどい人が、地域のいろんなサービスにつながったり、地域のいろんな就労につながったりする。そういうふうに地域に開かれ、地域につながっていく。だから、対話を徹底してする」
 向谷地さんならではの説明でした。
 そして、こう説明します。

 「日本では、統合失調症、うつ病などの調子が悪いと、病院に行こうとしますし、常に医療に丸投げ状態をしてきました。そうではなくて、対話をするんです。驚くのは、医者が、診断しないことです。日本ならまず診断をして、それに合う投薬をして、それをもとに治療します。オープンダイアローグでは、診断は重視しない。患者は、病名を知らない。症状や病気をみるのでなくて、この人は何で困っているか、何に苦労しているかを見る。だから徹底して対話をする」

 これは、まさにべてるの家の当事者研究です。また、僕たちが45年前に、吃音の検査法を批判し、治すための訓練を否定し、吃音のマイナスの影響に注目したアプローチとほとんど同じです。オープンダイアローグよりも早い時期の、1970年に、アメリカの言語病理学者のジョゼフ・G・シーアンは、吃音氷山説で、どもる状態よりも、吃音に影響されたマイナスの行動や感情、思考にこそアプローチしなければならないと言っているのです。

 吃音の世界の方が、オープンダイアローグの思想・哲学を先に提案していたことになります。しかし、残念ながら、アメリカ言語病理学は、このシーアンの革新的な提案を無視、軽視し、「吃音の症状を治す・改善する」にとどまり続けています。
 大阪と神戸のどもる人のセルフヘルプグループだけが、1968年ごろからずっと、オープンダイアローグ的な取り組みを続けてきたことになるのです。
 
 向谷地さんは、イギリスのマンチェスター大学でも交流してきた話をして下さいました。
 マンチェスター大学は、統合失調症の治療に認知行動療法を活用していて成果をあげているからです。マンチェスターでは、診察して、患者さんに、「お薬を選びますか。それとも、お薬以外のものを選びますか」と聞いて、薬以外を選択した人には、認知行動療法を使うのだそうです。しかし、療法というより、スタッフと患者さんが、和やかに談笑し、わいわいとした雰囲気の中でプログラムが始まり、ほとんど当事者研究と同じだと、認知行動療法プログラムを見学した人が言っていたそうです。

 重篤な精神疾患である、統合失調症であっても「薬より対話」重視が注目されています。
 吃音で言えば「言語訓練より対話」ということになります。吃音は1968年ごろから、オープンダイアローグ的なことを実践し、大きな成果を上げています。そろそろ、吃音の臨床家は、吃音検査をして少しでも吃音症状を改善するための言語訓練の取り組みから、脱却してもいいものだと、僕は思うのですがねえ。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/20

学校における子どもの支え方


教育関係のみなさんへのお知らせです。

 事実上の最終回となった、第20回吃音ショートコースで、僕たちにナラティヴ・アプローチのワークシヨップをして下さった国重浩一さんからのお知らせです。

 精神医療の世界で地殻変動が起こっていると、向谷地生良さんが、昨日精神医療の分野の支援者のための当事者研究ワークシヨップで話しておられました。それはまた紹介します。

 日本の教育は、どんどん変な方向に向かっています。世界の実情を生で感じることのできる、良い機会だと思います。ニュージーランドは僕が最も行きたい国の一つですが、吃音親子サマーキャンプと重なり参加できないのが残念です。関心のある方参加をご検討下さい。また興味のありそうな方にご紹介下さい。

ワークショップ 「異国(ニュージーランド)で考える学校における子どもの支え方」

  〈通訳および日本語でのディスカッション!〉

 ニュージーランドの学校を訪問し、地元の支援職からの話を聞くことによって、日本の学校や子どもたちを取り巻く環境を外から眺め、子どもたちを支える方法を一緒に再考してみませんか?

【本ワークショップの特長】

☆ ニュージーランドは南半球にあるため、日本の夏休みの期間でも、授業が行われています。北半球の学校は夏休みに入っているため、日本の夏休みに訪問しても生徒が学校にいません。
☆ 実際の学校を訪問し、学校の様子を肌身で感じることができます。
☆ 実際に学校に関わってきた人びとを招いての講話。
☆ 書籍で紹介されている学校現場の見学「いじめ・暴力に向き合う学校づくり」。
☆ 英語および日本語教育、そして翻訳を専門としている通訳者(わかりやすいです)。
☆ 見聞きしたことを振り返り、深め、そして将来を考えていくための、日本語でのディスカッション。

【ワークショップの基本情報】

場所: ニュージーランド(北島)ハミルトン市
期間: 2017年8月13日(日)から8月19日(土) 
(5日間のワークショップ)
費用: ワークショップ参加費+宿泊費(7泊:8/13-8/20)
一人部屋: ¥220,000(税込)
  二人相部屋: ¥184,000(税込)
(なお、渡航費用および食費は含まれません)
募集人数: 16名(最小催行人数10名)
対象: 教職や子どもと家族を支援する職(SC, SSWなど)についている方々など
主催: ダイバーシティ・カウンセリング・ニュージーランド
問合せ先: 国重浩一 ・バーナード紫 (narrative@dcnz.net)

【プログラム(予定)】

8月13日(日)
 PM チェックイン&オリエンテーション(日本語)
8月14日(月)
 AM マオリ族による歓迎のセレモニー&ランチ
 PM 講義(ニュージーランドでの学校の取り組み)
8月15日(火)
 AM ハミルトン市内学校見学
ワイカト大学でランチ
 PM 「振り返り(リフレクション)」(日本語)
8月16日(水)
 AM オークランド市に移動
エッジウォーター高校(Edgewater College)見学
 PM (時間に余裕があればオークランド見学)
8月17日(木)
 AM 講義1
「学校管理者が考える子どもの支え方」
講義2
「学校での支援者が考える子どもの支え方」
 PM 「ニュージーランド教育についての振り返り
(リフレクション)」(日本語)
8月18日(金)
 AM 「NZメガネをかけて見る日本の学校」
(ディスカッション)
 PM 「今後に向けて―自分の目指す方向性と
そのコミュニティ」(日本語)
8月19日(土)
 (オプショナルツアー) ホビット村など
8月20日(日) ニュージーランド発

【ワークショップのコンセプト】

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「私が勧めたいのは、異なった社会の異なった慣習の輸入ではなく、異なった社会の光に照らして、私たち自身の社会で生まれつつある慣習について考えるということです」
「レヴィ=ストロース講義」 2005年 136頁
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 今日本の学校現場では、さまざまな問題や課題を前に一種の手詰まり感が学校関係者や支援職に大きな影を投げかけています。そのことにどう取り組めばよいのか、どう解決すればよいのか見通しが立たず、途方に暮れる感覚が生じている、と言い換えることもできるでしょう。そして当然のことながら、それは学校に通う子どもたち、保護者、そして地域社会にも影響を及ぼしています。

 これらの課題とは、不登校、いじめ、差別、発達障害、虐待やニグレクト、そして、悪化した関係性などにどう取り組むかなどです。不登校状態に陥った子どもを学校に戻すことをめぐっては、明確でかつ有効な方法論は見当たらないように見えます。いじめを見つけた場合にはどのように取り組めばいいのでしょうか。いじめを止めるというだけでなく、その後も続くクラス内の関係にどう対応すればよいのでしょうか。そして、発達障害(グレーゾーンを含む)の子どもにどの程度の適正な配慮ができるのでしょうか。また、訴えの多い保護者に対しては、どのように対応したらその気持ちが収まっていくのでしょうか。

 これらを打開するためのさまざまな方法論が一応は提案されています。ところが、どの方法論が自分たちの直面する状況に対して真に有効であるのかについては不明瞭です。それでも、一応方法論が提示されている以上、問題に有効に対応できないのは、それに取り組まない学校関係者や支援職の責任と見なされてしまうという図式がつきまといます。

 多くの場合、私たちは直面する問題や課題そのものについて、十分に考察する時間もなく、問題解決に向かってしまいます。もしかしたら、その問題や課題そのものが、日本という独特の文化の中だからこそ「そのように見える」かもしれないという点が問われることはありません。別の言い方をすれば、その問題や課題をそもそも作り出しているのは、日本という、それも日本の学校という特殊な文脈であるかもしれないということです。

 そのようなことが本当にあるのでしょうか? 不登校、発達障害、いじめ、差別、関係性のこじれなどの問題は、当然他の国にも存在します。ただ、どのように「見えている」のか、大きな違いがあるのです。ニュージーランドでは、学校に来ないだけで「不登校児」にはなりませんし、親が子どもの養育について及第点をもらえるなら、親に原因があるとして社会的に責められることはありません。学校に来ないという現象にどのような意味を与え、どこに原因があるかを想定するのは、社会文化的なことなのです。クレームをつけてくる保護者はいますが、「モンスターペアレンツ」と呼ばれることはありません。

 日本独自のことを自分の目で見えるようになるためには、身体的かつ精神的にその場を離れる必要があります。つまり日本という土俵を離れ、外側からからそこを見つめるという作業が必要となるのです。

 本ワークショップでは、ニュージーランドの学校現場を自分の目で見て、その場の雰囲気を感じ取ってもらいます。自分の身をまったく異なる文化圏の学校に置くことによって、さまざまなことを感じることができます。そして、そこに働く教職・支援職の者から、ニュージーランドの学校における問題や課題、それに対する取り組み方法について語ってもらいましょう。

 これは、どちらのやり方が優れているかという比較の問題ではありません。他文化で培われた方法論をそのまま日本に持ち込んでもうまくいきません。そうではなく、ニュージーランドにおける社会文化的な視点を通じて、日本の問題や課題を眺め、それらを別の角度から「見る」ことができるようになるためです。問題を眺める視点が多様化すれば、問題への取組方法の可能性が広がるでしょう。

 何を見聞きし、どう理解したかは、一人ひとりが自分だけで作り上げるものではありません。同じ状況に身を置くもの同士がそれを共に語ることによって、より豊かな理解がもたらされます。そのため、本ワークショップでは、ファシリテーターのもとで、日本語でディスカッションをする時間もしっかりと組み込まれています。

【ニュージーランドという国とその教育】

 日本からほぼ真南に日本と同じ島国ニュージーランドがあります。その人口は460万人ほどです。国土は、日本の面積のおよそ7割。そのため日本に比べると人口密度がたいへん小さな国です。
英国系金融機関HSBCの調査では「住みやすい国」ランキングで総合2位に入りました。(http://www.hsbc.com/news-and-insight/media-resources/media-releases/2016/singapore-tops-the-charts-as-best-overall-destination-for-expats)

 また、3年毎に行われるによるOECD生徒の学習到達度調査(PISA)では、初回の調査で、数学的リテラシー3位、読解力3位、科学的リテラシー6位でした。最も最近に行われた2015年の調査では、順位を落とし、数学的リテラシー21位、読解力11位、科学的リテラシー10位となっています。しかし、ニュージーランドでは、この調査による成績向上を目指した教育をしているわけではありません。

 ニュージーランドの義務教育は5歳の誕生日から16歳前までの10年間となっています。学校の形態は小学校、中学校、高校の他に、小中一貫校、中高一貫校、小中高一貫校とさまざまです。基本的に小・中・高校入学のための入学試験はなく、生徒たちは学区で定められた最寄りの学校へ通うことができます。

 ほとんどの学校が一学年4学期制を採用しており、1学期は1月下旬に始まり12月中旬に4学期が終了します。1学期は10週間で、学期と学期の間には約2週間のスクールホリデーがあります。学年の終わりには、クリスマスとニューイヤーを挟んだ約1ヶ月は長期休暇があります。

【「いじめ・暴力に向き合う学校づくり」】

ジョン・ウィンズレイド&マイケル ウィリアムズ(著) 綾城初穂(訳) 新曜社 2016年

「集団があれば、対立がつきものです。学校も例外ではありません。いじめや暴力は許さない、という目標をかかげて規律を厳しくしても、効果は望めません。対立をなくすのではなく、悪くなった関係性を修復する仕方を身につけることが重要です。対立の背景は様々ですから、その方法は1つではありませんが、当事者たちやまわりの人々が対立をどうとらえているか=ストーリーがポイントです。本書で詳しく紹介される関係修復の方法を学校で取り入れ、学べば、その後に出会う対立に対処してゆく一生の財産になるでしょう」

 本ワークショップでは、 マイケル・ウィリアムズの勤務するエッジウォーター高校を訪問し、その実践について語ってもらうスケジュールを組んでいます。

【通訳およびファシリテーター】

【バーナード紫】
東京都渋谷区生まれ。ロンドン大学教育研究所修士課程修了(英語教育)。ワイカト大学教育学部教育研究科ディプロマ修了(カウンセリング)。現在、ニュージーランド在住 翻訳家,コミュニティ通訳士。

【国重浩一】
東京都墨田区生まれ。ワイカト大学カウンセリング大学院修了。鹿児島県スクールカウンセラー,東日本大震災時の宮城県緊急派遣カウンセラーなどを経て,現在、日本臨床心理士,ニュージーランド・カウンセリング協会員,ダイバーシティ・カウンセリング・ニュージーランド マネージャー兼スーパーバイザー,カウンセラー。

【書籍および訳書】
「ナラティヴ・セラピーの会話術」 2013
「震災被災地で心理援助職に何ができるのか?」 2014
「ナラティヴ・アプローチの理論から実践まで」 2008
「ナラティヴ・メディエーション」 2010
「心理援助職のためのスーパービジョン」 2012
「ナラティヴ・セラピストになる」 2015
「サボタージュ・マニュアル」 2015
「精神病と統合失調症の新しい理解」 2016

【ワークショップの申込先はこちらから!】
 http://goo.gl/OJPT5h

【問い合わせ(国重浩一、バーナード紫)】
  narrative@dcnz.net

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/19

第4回関西当事者研究臨床研究会


 どもる人に伝えたい、当事者研究

 今、ブログで書いている、ナラティヴ・コロキウムへの参加で駒澤大学に行った時、べてるの家の向谷地生良さんと、ばったりレストランで合ったことを書きましたが、今日は、向谷地さんとべてるメンバーを講師に迎えての、研究会に参加してきました。10時から17過ぎまで、たっぷりと大好きな当事者研究の世界に浸ってきました。
 イギリス、イタリア、フィンランドの海外研修、というよりは当事者研究を海外に紹介してきた時の話は、また書きますが、今回は、当事者研究の応用のような話です。

 向谷地さんの勤務する大学では、精神保健福祉士と社会保健福祉士の国家資格を受験するコースがあります。向谷地さんは精神保健福祉士の担当なのですが、大学としては合格率を高めたい。向谷地さんが言うには「私は当事者研究しか知りませんので、学生に当事者研究」を一緒にしたそうです。国家試験には実習がつきものです。実習の前に「実習先でどうな苦労をすると思うか」と「苦労の先取り」をして当事者研究をします。緊張すると頭が真っ白になって、「どんな経験をしましたか?」と質問をされても、頭が真っ白になつてちゃんと受け答えができないかもしれない、という学生たちは、「緊張型パニック症候群」などと、病名をつけてグループになって、ワイワイガヤガヤと当事者研究をする。研究して気づいたことを記録して実習に備えるのでしょう。事前に研究をしておくと、同じパニック状態になっても対処できると予感ができるのでしょう。

 そして、実習の打ち合わせの時に、スーパーバイザーの担当者に、「私は、こんな苦労をするかもしれませんが、その苦労とのつきあい方を実習を通して工夫することを、実習の課題とします」と説明します。
 そうして実習が始まると予想した苦労が起こる。事前の打ち合わせで何も言わなかった学生が、「今日の実習でどんな経験をしましたか」と質問されて、あまり発言できなかったら、消極的な人だと評価される。しかし、事前にそれが私の課題だからと表明しておくと、自己観察ができて、自分をしっている人と思われる。同じように、しどろもどろになつても、この学生は自分の課題を知っていて、努力しようとしていると評価される。

 こうして、それがどう影響したかはわからないものの、模擬試験を8回ほどした社会保健福祉士の合格率は変わらないが、当事者研究をしていた精神保健福祉士の合格率は、模擬試験は2回しかしていないのに、年を追うごとにかなりアップしたそうです。

 どもる人が、精神保健福祉士、社会保健福祉士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士の資格を取るための国家試験を受ける人は年々増えると、僕は予想しています。どもる人がこれらの実習に行くときに、向谷地さんの大学での経験は大いに参考になると思います。どもらない学生でも、実習は緊張するし、意見や感想を求められても、落ち着いている時と比べてうまく言えなものです。まして、どもる人にとっては、実習はかなりハードルが高いと思います。
 どもる人が、できるだけどもらずに、どもることがわからないように、どもりを隠して実習を乗り切ろうとすると、多く場合うまくいかないと思います。今後、実習について相談を受けたとき、向谷地さんの大学の学生の経験を伝え、一緒に作戦を練ろうと思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/18

物語能力を育てる 



 人は物語によって、悩みもするし、救われもする 

 僕がナラティヴ・アプローチに強い興味と、学びたいとの意欲をもったのは、このことにつきます。
 僕が吃音に悩み始めたのも、「どもりは悪い、劣った、恥ずかしいもの」の、当時、社会に支配的だった、ドミナントストーリーに影響され、そこから紡ぎ出された物語を自分の体験によって強化し、その物語に支配されて生きました。
 21歳で、どもる仲間と出会い、セルフヘルプグループを作って、対話を重ねる中で、その物語を書き換えることができました。悩んでいくプロセス、解放されていくプロセスを、ナラティヴ・アプローチが見事に説明してくれたのです。

 今回は、ナラティヴ・コロキウムのプログラム「ナラティヴ・メディスンの世界」に刺激を受けて考えたことを書きます。当日配布された資料には、ナラティヴ・メディスンをこう紹介されていました。 

 ナラティヴ・メディスンとは、リタシャロンによりコロンビア大学医学部生・医療専門家向けに2000年より実施されている教育プロジェクトです。物語能力を通じて実践される医療。病いや苦悩を抱える人の語りを聴くためには固有の能力、すなわち物語能力が必要であり、それは、物語的訓練によって高められる。物語訓練としては、文学作品を読む、パラレルチャートを書く、そして、それを声に出して読み上げて聞くことを挙げています。 

 物語能力

 僕が吃音の悩みから解放されたのは、物語能力があつたからだと思います。人が、悩みから解放されていく道筋には、勉学、スポーツ、芸術、宗教など、多種多様にあると思います。人それぞれです。特別に才能も、能力もなく、努力をする忍耐力もなかった僕にとっては、多少物語能力があったからだと思います。
 小学2年生の秋から21歳までの苦悩の人生を、死なずに生きてこられた要因のひとつが、今、分析してみると、文学、小説、映画などの物語に対する感受性があったからだと思うのです。僕は人一倍感受性の強い子どもでした。映画をみてよく涙を流していました。悲しい結末を迎える母物映画をみては、母親のことが心配になり、家に駆け戻るような子どもでした。当時は学校で、生徒が一緒に映画をみる機会があり、真っ赤に目をはらしているのをからかわれたものでした。
 小学1年生の頃、見た映画の、日本戦没学生の手記『きけ、わだつみの声』(1950年)に大きな衝撃を受けました。その映画の3つほどのシーンが今でも思い出せます。そのときから、反戦少年になり、それは今でも続いています。

 学童期・思春期、僕には遊ぶ友達がいなかったので、一人ぼっちでした。夏休みなど、一人で過ごす時間がたっぷりとありました。図書館によく行きました。子どもの頃は、子どものための世界文学全集、中学生になるとかなり難しい本も読んでいました。映画館に入り浸り、当時の洋画はほとんどみているくらいです。本では、下村湖人の「次郎物語」、映画では、ジェイムス・ディーンの「エデンの東」に、僕は助けられました。死にたいくらいにつらかった学童期・思春期、僕はたくさんの本と映画に救われました。人生には苦しく、つらいことがあるけれど、生きていくに値するものだと、たくさんの物語が知らず知らずのうちに、僕のからだにしみこんでいったのでしょう。
 だから、21歳の一度の吃音治療体験で、きっぱりと「どもりが治る」ことを諦め、どもりながら生きていく覚悟を決めることができたのでしょう。

 小説や映画の物語を自分の中に取り込まず、「所詮、あんなのは作り物で、僕の人生とは違う。人は人、僕は僕」と思っていたら、いつまでも「どもりは、悪い、劣った」との物語を手放すことができなかったかもしれません。物語に涙を流す感受性、世界で起こっている様々なできごとを想像する力がなかったら、自分だけの世界に閉じこもっていたかもしれません。吃音に深く悩んだ、悩みの中から、何もつかまなかったかもしれません。
 今、あのとき、中途半端に慰められれ、中途半端に友達がいたら、孤独の中で、小説や文学、映画に出会わなかったかもしれません。 
 学童期・思春期の、悩みの中にいる人たちに、ひとつの提案として、「物語能力」を身につけてほしいと思います。本を読み、映画をたくさん見てほしいと思うのです。

 ナラティヴ・メディスンは医療従事者の訓練ですが、吃音に当てはめて考えてみると、ことばの教室の教師や言語聴覚士などの専門家だけでなく、どもる当事者、どもる子ども、どもる子どもの親、すべての人の「物語能力」を育てることが、とても必要なことのように、体験を通して考えました。 

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/15

ベイトソンに少し出会えた


 ナラティヴ・コロキウム一日目 3月4日

 午前中のワークショップは選択制です。6つあるワークショップのどれに参加してもいいと思っていたし、随分前に申し込んだため、どれに申し込んだか記憶がありませんでした。ナラティヴ・コロキウムの3週間前くらいに、事務局からメールが入りました。講師の野村直樹さんから「ベイトソン・セミナー」に参加する人は、事前に「サイバネティックスの説明法」の論文を読んでおくようにとの指示があったという連絡でした。

 そのメールを見て、そうか、「ベイトソン・セミナー」に申し仕込んでいたのか、と知ったという何とも情けない話です。申し込みの時点では事前学習が必要だという記載はなかったので慌てました。

 ベイトソンについては関心があったから申し込んだのですが、まだ本も、論文も読んだことがありません。ナラティヴアプローチやオープンダイアローグとの関係で、勉強しなければとは思っていましたので、アマゾンで『精神医学の生態学』を買おうと調べると、中古の安いものでも16,000円です。読む前から気軽に申し込める金額ではありません。大阪府立図書館で借りてきました。すごい大著です。

 指示の「サイバネティクスの説明法」はそれほど長いものではなかったので、ワークショップまでには読めると思っていたのが、大違いでした。とても忙しい時期だったのでなかなか時間がとれませんでした。それでも、ある程度理解してから参加したいと思ったのですが、結局、行きの新幹線の車中で一所懸命読むだけに終わりました。当然かもしれませんが、さっぱり頭に入ってきません。

 ところが別の章の、「自己なるもののサイバネティクス」の論文には、アルコール依存者の世界観と、アルコホリクス・アノニマス(AA)のセルフヘルプグループの哲学がテーマです。「アルコール依存症の理論」は僕にとっては馴染みのある領域なので理解できます。「サイバネティクスの説明法」を読むと前に進まないので、ついそちらに目がいってしまっていました。それでも新幹線の車中で何回か読んでいると、何か分かってきそうな感じがしてきます。もっと早くからこっちの論文を読めばよかったと少し思いましたが、いやいや、時間があっても無理だったろうと思います。そして、一応は読んだことで自分を許して、参加しました。

 ワークショップは和室で25名ほどが丸くなって始まりました。まず参加者の一人一人が自分の研究・実践領域を含めて自己紹介をしました。僕だけでなく、参加者のほとんどの人が難しさを言っていました。僕だけではなかつたと、少しはほっとしました。
 はじめに、野村さんがベイトソンの魅力について話されました。野村さんの著書『やさしいベイトソン』から少し引用します。

 「グレゴリー・ベイトソンこそ、デカルト的二元論を越えた科学の全体像を提示できた二十世紀最大の思想家である」と、モリス・バーマンは評価している。
 「科学は、事実の客観的な把握を第一目標に置き、美や神秘の世界、夢やアニミズムなどからは距離を取る。精神VS身体、意識VS無意識、自己VS他者、人間VS自然などの二元論は、不自然だ。今日の環境危機や人間生活の歪みの多くも、本来分けてはいけないものを分けて考えてきた思考方法と関連がある。デカルト的思考方法を端的にくくれば、二項対立を前提とし、直線的目的論に突き動かされ、自己をモノ化する傾向をもつ」

 このような話を野村さんが、もう少し分かりやすく話して下さいました。僕は終始、吃音について、吃音を哲学、生き方の問題だと考えるのと、あくまで吃音はない方がいいとする、アメリカ言語病理学との比較を頭に入れて話を聞いていました。
 その後は、ベイトソンをテーマにしての参加者全員の会話集会が始まりました。二人がこの論文を読んで考えたこと、感じたことを発表し、それをもとに話し合いが続きます。参加者のみなさんが、どんどん発言していくのには驚きました。「アルコール依存症の理論」の章だったら、僕も会話に加われたのにとは思いました。でも、具体的な内容なので、かなり分かりやすくそれなりにベイトソンに近づけた思いはしました。

 吃音の現状をベイトソンの「サイバネティクスの説明法」で説明できる気が少ししてきました。2時間30分のセミナーの中では当然分からなかったのですが、少なくともベイトソンに強い興味をもつことができました。『精神医学の生態学』という大著に出会え、その中の「アルコール依存症の理論」は理解できそうなので、一番取っつきやすいこの論文をしっかり読み込んで、ベイトソンの全体像に少しでも近づけるのではとの可能性を感じたのは大きな収穫でした。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/14 

第5回 ナラティヴ・コロキウム  物語る力


 僕はよく夢をみます。勉強ができずにいたころの夢を未だにみます。僕だけテストができないのです。また、講演をしている夢もよくみます。いい話をしている時もあり、メモをして置けばよかったと思うこともあります。起きて思い出してメモをするときもあります。
 昨夜は、あるワークショップに参加して、「今後、ブログは毎日更新します」と決意表明している夢をみました。ブログを更新したいといながらできないことをかなり意識しているのだと思います。毎日とは無理でも、数行の短いものでも、写真だけのものでも、もう少し書こうと思います。
 吃音がどんどん変な方向に進んでいく中で、僕にとっては、書きたいことは本当にたくさんあるのですから。

 今回参加した、ナラティヴ・コロキウムについて、もう少し書きたいと思いますが、日本吃音臨床研究会の月刊紙「スタタリング・ナウ」に書く予定のものをまず紹介します。

 僕は毎月発行する号の、特集・内容に沿った巻頭言を毎回書いています。もう270号を超えます。吃音に対する考え方は変わらないので、手を変え品を変えて書いていることになります。同じことを繰り返して書いていることには違いないのですが、その号の2ページから後に続く内容を意識して書いているので、いつも新鮮です。それだけ吃音の世界は豊かだということでしょう。

 今月号は19回目の「ことば文学賞」の受賞作品の紹介です。それに沿って、ナラティヴ・コロキウムのことを書きました。コロキウムで考えたことをもう少し書くには、まずこの文章を紹介してからの方がいいと、今回は特別に、巻頭言を紹介することにしました。字数に制限があるので、かなりそぎ落としたものになっています。

 物語る力

 物語らなければ何も起こらない、始まらない。
 吃音の悩みが、紀元前300年代から記録されているのに、明るい未来が展望できなかったのは、どもる人本人が自分の肯定的な物語を紡いでこなかったからだ。一方、吃音の悩みや困難、悲劇のネガティヴな物語は、民間吃音治療所が、自らの治療法、治療機関へと誘うために使ってきた。「吃音は治る、改善できる」の情報しかなかった時代であっても、吃音と向き合い、吃音治療の限界を洞察し、治すことにこだわらず「吃音とともに豊かに生きる」道筋に立った人は大勢いた。

 1975年、全国35都道府県38会場で3か月をかけての、全国吃音巡回相談会で出会ったのは、そのような人々だった。600名近い人々との対話で、吃音に悩む人だけでなく、これら大勢の人々と出会えたのは、衝撃的だった。自分自身の吃音の苦悩の体験から、「どもる人は吃音に困り、悩んでいるはずだ」の思い込みを、私自身が強くもっていたからだ。吃音の悩みをバネに、大きな業績をあげた、著名人の体験は知られていても、私たちのように、特別の才能も能力もない、市井の人々の肯定的な吃音の物語は、ほとんど語られることはなかった。10年間のセルフヘルプグループでの活動の成果を踏まえて、これらの物語を社会に広く伝えたい。吃音改善にしか結びつかない、吃音のネガティヴな物語に終止符をうちたい。多くの吃音の苦悩を下敷きにして、吃音とともに生きる姿を、一つの肯定的な物語としてまとめたのが、私が起草文を書いた『吃音者宣言』だった。

  『吃音者宣言−言友会運動十年』(たいまつ社・1976年)

 吃音のネガティヴな物語は、病気や障害の物語として馴染みがあり、メディアも飛びつきやすい。ここ3年ほどの間に急速に広がった、吃音の悩みや苦労を紹介する新聞記事や、どもる人の治したいとのニーズだとして「吃音を改善する」動きは、50年前に逆戻りしたかのようだ。

 ところが、精神医療、福祉の世界は、ナラティヴ・メディスン、ナラティヴ・アプローチ、当事者研究、レジリエンス、オープンダイアローグ、リカバリーなどと、これまでの精神医療や福祉から大きく転換しようとしている。吃音の世界は、脳科学で原因を探ろうとしたり、幼児期のうちに治癒をめざすリッカムプログラムへの関心が高まりつつある。旧態依然のアメリカ言語病理学から一歩も出ようとしない。その違いは大きい。

 統合失調症だけは薬の力に頼らざるを得ないとの精神医療のこれまでの常識に対して、フィンランドのオープンダイアローグの実践は、薬に頼らなくても、医療チームと患者と患者家族とのオープンな対話を通して、理解の共有をしていき、対話によって回復した実績を報告する。そして、提唱者ヤーコ・セイックラは、オープンダイアローグが「技法」や「治療プログラム」ではなく「哲学」や「考え方」だとくり返して強調する。

 この3月4・5日、駒澤大学で開かれた、「ナラティヴの広がりと臨床実践」と名づけられた、ナラティヴ・コロキウムには、大勢の精神科医、看護師、ソーシャルワーカー、臨床心理士、社会学者、人類学者など、幅広い人々が参加し、積極的に発言、議論をしていた。新しいものに挑戦しようとする専門家の姿が、私にはとてもうらやましかった。どもる人の悩みや問題の本質について、境界を越境して論議することがなぜ吃音の世界では実現しないのか。会場で話されるテーマや内容は、吃音に置き換えても何ら違和感はない。私たちも、言語訓練をせず、毎週ミーティングで対話を続ける中で、吃音は治らなくても、よく生きることができるようになった実績があるからだ。
 ナラティヴ・コロキウムでは、病や苦悩を抱える人の語りを聞くための援助者の物語能力が必要だと、物語的訓練のワークショップがあった。
 私たちの体験を綴ろうと始まった「ことば文学賞」は19年になる。
 どもる当事者と、親、教師、言語聴覚士が共に物語能力を高め合うことができれば、これまで過小に評価されてきた当事者の体験の語りや、物語を紡いでいくことの意義にもっと光が当てられるだろう。そうすれば、吃音の世界もアメリカ言語病理学から脱却できるのだろうか。
  日本吃音臨床研究会 月刊紙 『スタタリング・ナウ』 271号より

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/14

ナラティヴ・コロキウム また向谷地生良さんとばったり

 刺激的なナラティヴの世界


 早3月に入りました。1月9日の、渋谷でのイベントがつい最近のように感じられます。2016年度もあと1ヶ月になり、2017年7月29・30日の第6回吃音講習会の概要がだんだんはっきりしてきて、そのための準備も少しずつ始まりました。

 3月は、そのための準備の学びの月になりそうです。ナラティヴの研修が2回、東京であります。今回のナラティヴ・コロキウムと、3月末の土日に1回です。

 初日のワークショップ「ベイトソン・セミナー」は、事前の学習が宿題として出ていたので、その論文を読んだのですが、とても難しいです。なぜこのワークショップを選択したのだろうと時に思いながら、そのおかげで勉強できるのだと思い直し、読み進めました。そのワークショップに参加した人の多くが「難しかった」と言っているのを聞き、少し安心しましたが。
 思えば、この年になって、新しいことを学ぼうとするなんて、我ながら感心します。これも、吃音の恩恵でしょう。言語病理学からだけ吃音を考えていたら、「吃音を改善する」言語治療や言語指導だけを考えていたら、これほどの広い学びはなかったでしょう。言語病理学の枠を飛び出し、広く、精神医学、臨床心理学、社会学、演劇、教育などに関心を広げたからこそ、得られたものです。
 「吃音の奥にある豊かな世界」と映画監督の羽仁進さんが言ってくれていましたが、今、その、吃音の豊かな世界を、奥深さを味わっています。

 東京・駒澤大学であったそのナラティヴ・コロキウムでの、おもしろいできごとをひとつ。またまた、奇跡の出会いがありました。

 午前中の「ベイトソン」のワークショップを終え、昼食休憩の時間です。朝のうちに見つけていた店に入る予定だったのですが、その日は夜だけの営業で入れませんでした。どこで食べようかと会場からどんどん離れて行ったところで、インド料理の店をみつけ、ふらっと入りました。そのとき、店の奥から「ようっ、伊藤さん」と声がかかりました。見ると、そこにいたのは、べてるの家の向谷地生良さんでした。今回は、ナラティヴ・アプローチの研修なので、出会う可能性はあったのですが、たくさんある飲食店で出会うなんて不思議です。おかげでいろんな話ができました。

 以前もブログで書いたのですが、向谷地さんとの奇跡の出会いは、今回が初めてではないのです。島根スタタリングフォーラム(島根県のことばの教室の担当者が開催するどもる子どもと親のためのキャンプ)が開かれた前日に、島根のことばの教室の担当者との懇談会がありました。豚肉料理の店に入って食事を済ませて帰るとき、隣の部屋から聞こえてきた、聞き覚えのある声の主が、向谷地さんでした。北海道浦河の向谷地さんと大阪の僕が、島根県浜田市の小さなレストランで出会うなんて、どれだけの確率で起こることでしょう。まさに奇跡だと思ったのですが、その奇跡に近いことが、2度もあると、これは、出会うべくして出会ったということなのでしょうか。

 人と人の出会いは本当に不思議なものだと思います。
 偶然の出会いといえば、ナラティヴ・コロキウムの2日目、駒沢大学の会場で書籍販売のコーナーに立ち寄ってみると、「伊藤さん」と声がかかりました。1月の渋谷の映画とトークのイベントでご一緒した医学書院の編集者、白石正明さんでした。オープンダイアローグの本を編集した人なので、不思議でもないのですが、まさかお会いできるとは思っていなかったので、驚きました。知らない人ばかりの研修会だったので、知っている人と出会えたのは、とてもうれしいことでした。

 こんな偶然の出会いが僕にはたくさんあります。多くの人がそんな経験をしているのかもしれませんが、僕の場合、その出会いが、後々につながっていっているから、不思議です。まさに、偶然の出会い、風に吹かれて生きてきた僕らしい東京での一コマでした。

 ナラティヴ・コロキウムの様子と内容は次回から紹介します。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2017/03/07
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