伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2016年08月

毎日新聞のあまりにも一面的な記事

 
 吃音「差別受けた」6割  「理解不十分」7割  本社アンケート
 こんな見出しで、吃音についての調査記事が、関東地方で、一面トップで掲載されました。吃音が、大きな新聞で、しかも一面で掲載されるなど、今までなかったことでしょう。記事を読んで唖然としました。あまりにも一面的な、ネガティヴな記事だからです。

 以前、働きたいが吃音のために働けないから、身体障害者手帳を取得したい人の記事が掲載され、吃音の悩み、苦しみばかりが強調されました。それに対して、「吃音とともに豊かに生きている」人のことも紹介してほしいと、たくさんの書籍と資料を担当記者に送りましたが、資料を受け取ったとの連絡もなく、完全に無視されました。吃音に悩んでいる人を紹介するなら、吃音とともに豊かに生きている人も紹介すべきです。そうでなければ、吃音であれば差別を受け、大変な人生になるとの、一方的な吃音のイメージを社会にまき散らすことになります。それは、吃音全体にとって好ましいことではありません。

 後日、そのことを先輩の記者だった八木晃介さんに、「資料を送ったが、完全に無視された」と話したところ、「信じられないことだ」と話していました。以前、筑紫哲也さんが、「ジャーナリズムは死んだ」と発言していました。残念ながら、今の政治や経済、社会の記事についてもそう感じざるを得ません。

 これまで毎日新聞が吃音について書いてくれた記事は、「吃音と共に豊かに生きる」論調のものでした。それが、吃音の悩み、苦しみだけの記事に大きく様変わりしました。
 2016年8月17日の記事について、僕の感想を書く前に、僕と毎日新聞の出会いを、当時の毎日新聞の記者で、現在は花園大学名誉教授八木晃介さんの文章で紹介します。


 
「吃音者宣言」に学んで
 毎日新聞大阪本社学芸部記者 八木晃介

 
 1975年の初秋でした。当時、私が勤務していた毎日新聞東京本社に、言友会の代表と名乗る方が私に面会を求めて来られたのです。認識不足も甚しいのですが、「言友会? さて、なにかしら?」などと躊躇していると、本社の受付嬢は「『紙面について問いただしたいことがある』とおっしゃっています」とかなりきつい調子なのです。「これはただごとではないわい」と四階の編集局からエレベーターにも乗らず、階段を駆け下りて一階の受付へ行きました。

 そこに立っていた童顔の、颯爽たる青年が当時大阪教育大学の助手で、全国言友会事務局長も務めたことのある伊藤伸二さんでした。それが、私の最初の言友会体験だったわけです。地階の喫茶店に腰をおろし、コーヒーを注文したのですが、伊藤さんはそれに口をつけることもなく、開口一番から私を激しくめくりはじめたのです。むろんそれは私を罵倒するなどというものではなく、温厚で説得的な伊藤さんのいつもの語り口だったのですが、私にすれば、いわば糾弾を受けていると実感せざるを得ないほどに胸にこたえてくることばかりでした。

 「八木さんは部落問題や障害者問題などについて比較的まっとうな反差別の論理を新聞でも展開しているのに、吃音問題についてはなぜあのようなデタラメの原稿を書くのですか」というような調子であったと記憶します。私は読者に対して、常にある種の恐しさというものを意識しながら原稿を書いているつもりですが、そのときもまたここにも本質的なこわさを持つ一人の読者がいる、と実際に感じなければなりませんでした。要するにそのとき、伊藤さんは私に対して、おまえは分かったような顔をしているが、実際には何も分かっていないではないか、と指摘されたのだと思います。恥かしさをおして言えば、私は今まで一貫して、そのような指摘を受け続け、その中でようやく自分が歩いていく道筋をみつけ出してノロノロと進んできたように思うのです。私にとっての幸いは、そういう私を見捨てることなく、めくり続けてくれる部落の人々や、「障害」者の人々が私の周囲に存在していたことでした。伊藤さんもまたそのような存在として、つまり、私を“真人間”に作りかえてくれる人物として私の前に登場してこられたのです。

 伊藤さんが“あのようなデタラメの原稿”と指摘されたのにはむろん具体的な対象があります。それは、ある民間の吃音矯正所の紹介記事といったもので、それも単なる紹介ではなく、その矯正所の作った本やレコードの配布方法にまで詳しく触れたものでした。私は正直いってその当時、吃音はある種の医療的手だてによって完治する、もしくは少なくとも軽快するにちがいないと信じていましたし、治療できるものは治すにこしたことはないと極めて単純に考えていたのです。ですからその民間矯正所が本やレコードを無料で配布すると聞いたとき、無料というところにその矯正所の良心のごときものを感じたのは事実ですし、本やレコードが吃音矯正に多少でもプラスするならばそれはそれで評価してよいのではないか、とも思ったわけなのです。

 伊藤さんは様々なことを私に教えてくれました。いかなる治療によっても治らない吃音が少なくないこと、その場合でもなお治すことに執着すべきであるかどうかということ、そうではなく、吃音をありのまま認めてたくましく生きていくことか人間として本質的な生き方ではないか、そのためには“治す努力を否定する”ところから出発すべきではないかということなど、今から考えてみればごく妥当なことばかりでした。それ以前にも私は新聞や雑誌に「障害」者問題にふれて「もし障害さえなかったら…と非現実を空想するのではなく、障害をありのまま認めたうえで、人間としての解放を展望することこそ重要ではないか」といった内容のことを書いているわけですから、伊藤さんにすれば、吃音問題に関する記事を書いている私と、「障害」者問題を書いている私とが果して同一人物か、と不審感をもたれたのも当然のことと思います。いいかえれば、私はそれほどにも真実が見えていなかったということですし、さらにそれを裏返していえば、結局は「障害」者問題についても、もっともらしいことを言いながら、実際のところはやはり見えてはいなかったのだということなのです。まさに何度赤面してもしすぎることのない恥ずかしさをいまもって感じ続けているのです。

 伊藤さんはそのとき、言友会活動のあゆみを克明に総括しながら、到達した地平について熱っぽく次のように説明してくれたのです。「吃音が治ってからの人生を夢みるのではなく、いまこのときをどう生きるかを大切にすべきだと思うのです。“どもりを治す努力を否定する”ところから新しい生き方が生まれます。どもりを治すべきかどうか、の問題ではなく、どう生きるかを問題にしていくのが言友会活動の内容なんです」と。さらに「言友会の考え方と、八木さんの考え方とが全然違うと思えば私は最初からここにはきません。一致する部分が多いはずだと思えばこそ抗議にきたわけですが、どうですか、ちがいますか」とも述べられました。私は伊藤さんのいうところにほとんど同意し、きれいにめくられていく自分を意識していました。ちなみに伊藤さんは私と全く同年齢なのでした。

 言友会に所属する吃音者の人々は、「どもりさえ治れば本来の自分の姿をとりもどせる」とか、「いまはどもっているのだから仕方がない」という自らの逃げの姿勢をまずはっきりと対象化するところから出発し、逃げない自己の確立をめざすという非常に高いところに到達されたのだ、と私は思います。口にすればそれだけのことかもしれませんが、それがどれほどの痛苦を伴う作業であるかを考えることができる程度の想像力は私にもあるつもりです。

 そのような地点から「吃音者宣言」に達したことは、第三者的ないい方になりますが、その意味で自然なことがらであったと考えられます。むろん、自然なゆき方とはいうものの、「隠せば隠しきることができる吃音」をあえて自ら宣言するというところに自然なゆき方を超えた本質的な思想性が存在することも当然でしょう。私は後日、伊藤さんから送られてきた「吃音者宣言」の草案を拝見したときに、実をいって、日本の最初にして最高の人権宣言ともいうべき「水平社宣言」を読むときとほとんど同質の熱い感動を覚えたものでした。
 「全国の仲間たち、どもりだからと自分をさげすむことはやめよう。どもりが治ってからの人生を夢みるより、人としての責務を怠っている自分を恥じよう。そして、どもりだからと自分の可能性を閉ざしている硬い殻を打ち破ろう」「どもりで悩んできた私たちは、人に受け入れられないことのつらさを知っている。すべての人が尊重され、個性と能力を発揮して生きることのできる社会の実現こそ私たちの願いである」「吃音者宣言、それは、どもりながらもたくましく生き、すべての人びとと連帯していこうという私たち吃音者の叫びであり、願いであり、自らへの決意である。私たちは今こそ、私たちが吃音者であることをここに宣言する」

 さきにあげた「水平社宣言」の精神は現在に至るも強く生き続け、たとえば教育の場における部落民宣言という形でも具体化されています。さらに、位相と局面を異にしますが、在日朝鮮人生徒の本名を名乗る運動と朝鮮人宣言にも本質的には共通する精神が存在していると思います。この一連の流れの中に吃音者宣言を位置づけることはむろん強引すぎると思われますが、底流としての思想性や精神としてはやはり重なる部分が多いと私は考えます。

 現代日本の総体としての差別社会にあって、自らが被差別者であることを宣言することは、もとよりいかなる現実的利益をももたらすものでないことこれは確実です。しかし、それにもかかわらず、否、そうであるがゆえに、宣言は人間的な意味合いを担保するものといえるわけなのでしょう。自らの依って立つ基盤を客観的に把握することによってはじめて自己の社会的立脚点や立場が見えてくるのであり、しかも被差別者の存在がこの階級社会にあっては十分階級的であることから、宣言それ自体がすぐれて階級的意味を持たざるを得ないことにもなると思います。

 伊藤さんは『吃音者宣 (たいまつ社刊)のプロローグを「どもりが、どもりとしてそのまま認められる社会の実現こそ、私たちの願いなのである。その道は遠くとも、行かねばならない」という言葉で結んでおられますが、以上に記したような意味で私はそのことの意味をとても大切なことと思います。部落出身者や在日朝鮮人が差別されることのない社会の実現、「障害」者が「障害」のゆえに差別されることなく「健全」者と共に地域、職場、学校などで平等に生きていける社会の実現こそ必要であり、そのためには自らのおかれた社会的立場の即自的かつ対自的な認識こそが前提となると私も考えています。そしてそれこそが、社会的な広がりを加味した人間的連帯の根本的契機にもなると思うのです。言友会は「吃音者宣言」を発することにより、その抜きさしならない苦しい、しかし正統的な歩みを、歩みはじめたのだと思います。

 すでに述べたように、私は伊藤さんをはじめとする言友会の方々から実にたくさんのことを学びました。にもかかわらず、私はそれにほとんど応えていない自分というものを厳しく認識しています。たったひとつの仕事といえば、たいまつ社の編集委員をしている関係で『吃音者宣』の刊行を企画し、伊藤さんを中心とする言友会の方々の努力でそれが実現されたことくらいです。私はこれからも私自身の立場から言友会運動に参加していきたいと願っております。
 本稿で、私は編集者の意に添わず自分のことを書きすぎたような気もします。私はこの文章を、私自身への“確認書”のつもりで記したのです。御容赦下さい。
 (1977.6.17記)


日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年8月30日

吃音の夏 台風のために強制的に終了


 吃音の夏の報告

 名古屋でのどもる子どもの保護者のための相談会 35名参加
 大阪での吃音相談会 15名参加
 吃音親子サマーキャンプで上演する演劇「ライオンと魔女」の合宿レッスン 25名参加
 横浜市立幸ケ谷小学校ことばの教室でどもる子どもと保護者30組と吃音ワークショップ 70名参加
 横浜市教育委員会主催のことばの教室の担当者の教員研修会 80名参加
 横浜市立藤が丘小学校ことばの教室の子どもと保護者と吃音ワークショップ 30名参加
 全国難聴・言語障害児教育研究協議会全国大会・島根大会の吃音分科会 85名参加
 愛知県岩倉市で、第5回親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会 73名参加
 第27回吃音親子サマーキャンプ 132名参加
 全国難聴・言語障害児教育研究協議会・東海4県大会三重大会吃音分科会 45名参加
 埼玉県越谷市大沢小学校ことばの教室吃音親子学習会
 埼玉県越谷市、市内オープン研修会 90名の参加予定

 名古屋から始まり、越谷市の親子学習会、研修会で、今年の吃音の夏が終わる予定でしたが、台風10号が関東地方に接近するとのことで、親子学習会と研修会が中止になり、今年の吃音の夏が,強制終了させられてしまいました。

 越谷での研修会は、久里浜の国立特別支援教育総合研修での受講生だった方が約1年間準備をして下さり、僕もたくさんの資料の印刷をお願いし、準備していたのですが、今朝8時、中止が決まりました。たくさんの人が楽しみにしてして下さったようで、僕も残念ですが、自然にはかないません。
 以前も、鹿児島県の言語障害教育研究の大会で講演する予定だったのが、宮崎県の牛の口蹄疫の騒動で、中止になったことがありました。それは後に、全国難聴・言語障害児教育研究協議会全国大会・鹿児島大会の記念講演として復活しました。今回の越谷も、12月に行くことになりました。ありがたいことです。

 今年の吃音の夏も、いろんな出会いがあり、いろいろと感じ、考えることがたくさんありました。時系列では報告できませんが、ぼちぼち思い出しながら、このブログでも紹介していこと思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/08/29

どもる成人がスタッフになる意味


 第27回吃音親子サマーキャンプ関連です。

 いい、どもる大人に出会ってほしい


 どもる子どもには、いいどもる大人に出会ってほしい。ことばの教室の先生や、言語聴覚士にも、いいどもる大人に出会ってほしい。僕は常にそう願っています。
 どもる成人なら、誰でもいいと言うわけではありません。吃音の悲しい体験、つらい思いだけを語る人には会ってほしくありません。吃音の否定的な物語を、子どもたちに植え付けたくないからです。しかし、僕たちの仲間も、悲しい、つらい体験をしていないわけではありません。そのような経験をし、それを率直に語りながら、吃音に向き合い、吃音と共に豊かな道を歩き始めた人に出会ってほしいのです。

 先だって行われた臨床家のための講習会でもことばの教室の先生が「いい、成人のどもる人にたくさん出会えてよかったと」と言っていました。メンター(いい先輩、師匠)として、子どもに生きたモデルとして存在してほしいからです。「手本」ではなく、あくまでひとつのいい「見本」としてです。

 だから、吃音親子サマーキャンプにスタッフとして加わる成人のどもる人には、厳しい条件を設けています。キャンプ前に、どもる成人からの申し込みはたくさんあります。特に大学生が、自分の研究を含めて参加を打診してきます。それらは、すべて断っています。私たちの仲間、大阪スタタリングプロジェクトの人でも、誰でもいいと言うわけではなく、大阪吃音教室によく参加していることと、その人の発言や書く内容を、僕たちはみています。そして、少なくとも次の3冊の本をしっかりと読んで、僕たちの考えを理解している人に限ります。
   屬匹發觀へ、今伝えたいこと」 ◆ 嵜董Χ技奸Ω生貭鯵仍里使える吃音ワークブック」(解放出版社) 両親指導の手引き書「吃音と共に豊かに生きる」(NPO法人ことばをはぐくむ会)
 今年もたくさんのどもる人がスタッフとして参加しました。その一人、藤岡千恵さんからの、大阪の仲間へ宛てたメールを紹介します。

伊藤さん、溝口さん、運営委員のみなさん

藤岡です。8月19日から21日の2泊3日のサマキャンが終わりました。
今年もサマキャンに参加できたこと、とても幸せでした。

 私は今回、小学生の話し合いに参加しましたが、自分の吃音のことをまっすぐに語る言葉に心が揺さぶられました。話を聞いているとその子の年齢を忘れてしまうくらい、子どもたちは自分の言葉でしっかりと語っていました。スタッフの打ち合わせの時に佐々木和子さんも言っていましたが、サマキャンの子どもたちの話を聞いていると「私がその域に達したのは大人になってずいぶん経ってからだったな」と思うことがよくあります。

 ウォークラリーではその日の夜から、今も下半身が痛くて普段の運動不足を痛感させられますが、大好きなプログラムのひとつです。急斜面の登りがきつくて苦しいですが、途中で見る見晴らしの良い景色や、頂上に着いた時の達成感、頂上で飲むジュースとおやつ、おしゃべりしながら山を降りる帰り道。同じグループの子どもたちと一緒に味わって、少し距離が近くなる感じがたまらなくうれしいです。

 お芝居では子どもの勇気にたくさん力をもらいました。なかなか配役が決まらなくて行き詰まりかけた時、初めてサマキャンに参加する子とお芝居が苦手で台詞の少ない役をしたいと言っていた子が小さな声で「僕、やってもいいよ」と言ってくれました。子どもたちはどもってなかなか出ないセリフも自分なりの「間」や工夫で乗り切っていて、本番は立派に演じていてかっこよかったです。
 
 子どものお芝居の本番を見るのは、最終日のとっておきのご褒美という感じです。ダブルキャストやトリプルキャスト、アドリブも加わり見応えがあります。子どもたちがどもりながら一生懸命にセリフを言う姿にはグッときます。「演じる人も、見ている人も、お芝居をいいものにしようという気持ちがあるから、とても楽しかった」と、お芝居の感想を言った子どもがいました。本質的な部分をキャッチする感性が素敵だなあと思いました。

 振り返りの時、山形市から初参加されたことばの教室の先生が、「めんこい!子どもたちがかわいくて、みんな山形に連れて帰りたい!」と言っていましたが、サマキャンの子どもたちが愛おしいと思う気持ち、私も同感!です。

 プログラム最後に読まれた、小3の妹の作文が感動的でした。卒業式でお兄ちゃんがどうだったか心配し、その後の両親との会話でお兄ちゃんが無事に卒業式を終えたことを知りホッとしたこと。最後の「世界で一番優しいお兄ちゃん」の一文を聞いた時、涙腺が大決壊しました。彼女が初めてキャンプに参加したのは小学校入学前だったと思うのですが、お芝居が大好きで、お姫様や王様などの役はいつもやりたいと手を挙げていました。おととしだったか、高3の男の子と主役がかぶり、最後まで二人とも譲らなくてダブルキャストになったことが印象的でした。彼女がどもるお兄ちゃんのことを見つめていたんだなあと思うと胸がいっぱいになります。兄弟も含めて家族全員で参加できるサマキャンの良さをしみじみと感じます。

 夢に向かって一生懸命努力している話、自分の意思でどもりを伝えたという話、スポーツや趣味に打ち込んでいる話など、いろんな話を聞いてサマキャンから帰ってくると「あの子たちは本当にすごいな。私もがんばろう!!!」と思います。サマキャンに参加している子どもたちのことを心から尊敬します。サマキャンを知った今、サマキャンの三日間で充電するエネルギーは、1年でいちばん大きいかもしれません。

 一年一年、サマキャンが開催できることのありがたさを痛感します。今年は特に夏の伊藤さんの過密スケジュールで、体調が心配だったのと、溝口さんも例年以上に大変そうで、そんな中、開催いただけたことが本当にありがたいです。伊藤さんと溝口さんの負担が軽くなるように、私たちができることはどんどん振っていただけたらと思います。
今年もサマキャン、本当にありがとうございました。
 大阪スタタリングプロジェクト 藤岡 千恵

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年8月27日

第27回吃音親子サマーキャンプ無事終わりました。

 キャンプのすぐあと、仲間の吃音プロジェクトの仲間へのメールと、渡邊美穂さんの吃音プロジェクトへのメールをまず紹介します。週明けの、埼玉県越谷市のことばの教室訪問、講演でなんとか時間の余裕がとれますので、吃音の夏の紹介をしていきます。とりあえずの報告です。

 第27回吃音親子サマーキャンプが、無事、終わりました。
 参加申し込みは、137名でしたが、体調不良などで、直前キャンセル、当日キャンセルなどがあり、132名の参加でした。
 キャンプの途中、高温多湿のせいか、体調を崩した人もいて、心配しましたが、皆さん、無事、家に戻られたようです。終わってみれば、今年もまたいいキャンプでした。どうなることかというハプニングもありましたが、今、ほっとしています。
 ゆっくりとキャンプを振り返りたいのですが、明日は東海4県の研究大会が、三重県四日市市であり、吃音の分科会の助言者になっているので、その最後の準備をしています。
 初参加の家族が12組あり、毎年ですが、新しい人と複数回参加している人とのバランスが絶妙で、いい文化、いい伝統が引き継がれていっているのを感じました。
 子どもたちの話し合いの中では、何度も参加している子どもは、話したり聞いたりのいい見本になってくれていますし、親の話し合いの中でも、経験に基づく話が押しつけではなく語られています。劇の練習でも、子どもたちからどんどんアイデアが出て、みんなで作り上げていっています。恒例の親の表現も、パワーあふれる熱演が続きました。
 ひとりひとりを大事にしながら、ゆるやかにつながって、ひとつの大きな家族のようです。その中に身を置くことの幸せを感じていました。
 スタッフも、初めて出会う人もいる中で、見事なまでの連携プレーでした。
 特に、スタッフ会議で、気になる子どもの話が出たとき、あちこちから手が挙がり、ひとりの子を、広く深く見ている目がたくさんあることを感じました。こんなことがあった、こんなことを言っていた、その子の親はこうだった、きょうだいはこうだった、と次々と途切れることなく、その子の物語が語られるのを聞きながら、すごいことだなあと思いました。
 この空間は何だろうと思います。ぎすぎすした現代の中にあって、不思議な空間です。サマキャンの場の力を、今年もまた感じました。
 
 島根での全難言大会、愛知県岩倉での吃音講習会、そして吃音親子サマーキャンプと続いた「吃音の夏祭り」も、いよいよ終わりに近づきました。ひとつ終わるごとに寂しさを覚えますが、来年の計画も入ってきます。しなければならないこと、したいことを、また皆さんと一緒に楽しく続けることができるよう、願っています。
 お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。  2016/08/22 記
 伊藤伸二


 吃音夏祭りのサマキャンが終わりました。今年は、高温多湿で体調をくずす方が多かったのですがなんとか、無事にいつものように楽しくいいキャンプが終わりました。とても素敵な空間で、最後の昼食でお母さん方も
「ことばでは説明できない安心感と居心地の良さです」と言っていました。本当にそうです。

 伊藤さんが「毎年いいキャンプになるか心配」と言っていますが、私も「出会いの広場は、楽しんでもらえるか心配」と毎年思っています。今年は「サマキャンゴー」をしました。自分と同じ血液型の人や誕生日月の人などを
さがし、出会えたら「サマキャンゴー!」と言ってハイタッチをしました。「よかった」とみなさんによしよししてもらってうれしくなりました。また、がんばります。

 劇の練習も数年前に比べて、子どもたちの意欲が増しているように感じます。「この歌のメロデイを練習したいです」と軍艦マーチなど聞き慣れない歌を進んで練習していました。ちびっ子もあきることなく、楽しく練習していました。とても楽しく終わることができました。

 話し合いは、高校生グループに久々に入れてもらいました。進行は、サマーキャンプ卒業生で大学2年生の佐々木大輔くんがしてくれたので助かりました。高校生の参加が多く、話し合いが難しいかもしれないと言われていましたが大輔くんのアイデアでコミュニテイーボールを使ってスムーズにできました。若い新しいアイデアで、すごいなと思いました。私のことばの教室でも取り入れてみたいと思います。

 最後の親のパフォーマンスや劇も、演じる楽しさが溢れていました。みている方もじっと温かく見守っている雰囲気がよかったです。
 最後に紹介してくれた子どもたちの作文では、それぞれのキャンプに参加する背景が浮かんできてその作文がより深く感じました。どもるお兄ちゃんのことを見守っている妹さんの思いや「世界一いいお兄ちゃん」と締めくくっていて感動しました。
 事情があって一人で参加した高校生は、「来てよかった」と思いをたくさん書き、作文教室の時間では思いをまとめられず、最終日の朝まで持ち歩いて書いていました。あふれる思いをどう書いたらいいか、困っていました。 「なんとも言えない空間」に感動していたようです。

 思いがけずに、その高校生の作文が最後に読まれ、その作文を聞いてまた、涙が止まりませんでした。

 本当にいい時間で、心がリフレッシュしました。また、がんばれそうです。昨日も嵐の中研修に行っていたのですが、本日も明日も研修です。伊藤さん、親・臨床家のための吃音講習会直後のサマキャンで大変だったと思います。本当にありがとうございました。もう少し続く「吃音夏まつり」、がんばってください!
             千葉市立院内小学校 ことばの教室 渡邉美穂

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年8月26日

さあ、明日から27年目の吃音親子サマーキャンプ


 毎日新聞の記事に、強い危機感をもちました。大きな新聞社としてはあまりにもお粗末です。
なぜなのか、キャンプの準備で時間がないので、キャンプがおわってから書きます。
 キャンプで、どもる子どもの保護者と一緒に、毎日新聞の記事について考えます。保護者の反応も、紹介できたらと考えています。

 僕は、どもりは病気でも、障害でもない。たんなる話し方の特徴です。島根での全難言大会で、小児科医師が「発達障害」とこれまで書いていたのを、必要な時はそう書くが、通常は「何々の苦手」と書くようになつたと発言していました。これは、とても素敵な発想です。それにならうと、どもりは、「スムーズに発音することの苦手」表現してもいいようです。「吃音症」「言葉をスムーズに出せない障害」など、「吃音症カード」なるものをつくっている人がいます。なんとまあ、あぜんとしてことばになりません。

 毎日新聞については、キャンプがすんでから書こうと思います。
今年も、137名の参加です。毎日新聞の記事のような「どもりの世界」とは、まったく別の世界です。毎日新聞の記者が、吃音親子サマーキャンプに取材にくれば、きっと考えが広がると思うのですが、残念ながら、吃音とともに豊かに生きている人のことは、記事にはしてくれません。以前、八木晃介さんが毎日新聞の記者だったころは、僕たちのことばかりを書いてくださっていたのですが。時代が変わったということでしょうか。

どもる人たちを、弱い存在として位置付けたいのでしょう。それで得をする人がいるのでしょうか。暗い気持ちになりますが、気を取り直して、キャンプに行ってきます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年8月18日

毎日新聞の吃音の記事への大きな違和感 2


 他の仲間からのメールです。

 吃音プロジェクトのみなさんへ

いつも、みなさんの早い情報、ありがとうござます。明日からの吃音親子サマーキャンプの準備で、劇のビデオを見直していました。どもる大人があんなに真剣に、そして楽しそうに劇に取り組んでいる様子を観ていました。その後に、新聞記事を読みなんとも真逆な世界だと思いました。

あの新聞記事が、本当にみんなにあてはまることなのでしょうか? こんなにも、豊かに自分らしい暮らしをしている人がたくさんいるのに、と、思ってしまいました。吃音を理解してほしいと書いてありますが、この記事から「吃音は悪いもの」と、思わせてしまうような気がします。

先週末に行われた、「親・教師・言語聴覚士のための吃音講習会」で、豊かに生きるどもる当事者の方々と出会えたことが本当によかったと感想に書いてくださった方々は、きっと、目の前の子どもたちの将来がみえたのではないかと思います。かなりどもりながらも、自分のことばで、自分を語ってくれるそのことばに感動したのではないかと思います。

こんな吃音に関するメガティヴな記事ばかりで、本当に悲しいです。少しずつでも、私たちがよいと思うことを伝えていきたいと思います。講習会の時に上映された、大阪のことば文学賞のビデオが、ユーチューブで流れたら反響があるかもしれませんね。

とにかく、憂鬱な気持ちを吹き飛ばし、明日からの吃音親子サマーキャンプでの出会いや話し合いを楽しみたいと思います。  渡邉美穂

吃音で差別受けた6割 毎日新聞の記事への大いなる違和感

 毎日新聞の記事にびっくり

 吃音の夏の旅が続いています。明日から27回目の吃音親子サマーキャンプで、沖縄県から5人が参加するなど、今年も137名の多い参加となりました。全難言島根大会など報告したいことがたくさんありますが、今回緊急のプログ更新です。関東のことばの教室の仲間からこんなメールがきました。このことをしばらく考えます。

 毎日新聞の記事をスキャナーしたので添付します。
 実は今回の記事、一面のトップでした。←このインパクトはあります!
また、これを書いたのは、昨年12月の障害手帳の申請に関しての記事と同じ記者です。そういう意味では、同じ主張、流れの中で書かれており、言友会のコメントもこれまでと同様の話をしています。

ただ、それを新聞社独自の全国調査をもとに・・・・というところが、一面トップたる所以でしょうが、調査の対象者数があまりに少なかったり、聞き方があいまいだったり。例えば「差別やいじめ」に関しては、吃音以外にもそうした経験のある人はいると思われれるので、そことの比較を通して、この数字の意味を読み取る必要が・・・といった感じで、あまりもお粗末な調査としか思えません。それでも「6割」と見出しや記事になってしまうと、数字が独り歩きしてしまうことが心配されます。

その一方で、これまでの記事のように「吃音→発達障害→精神障害者手帳」という記述はなくなり、「発語障害」とされたりもしています。ただ、いずれにしろ吃音があると大変な状況になるというネガティブな情報一辺倒であったりドクターの話も含めて、どうしても「吃音=障害」としたいようで、私たちや、NPO・法人スタタリングプロジェクトそれ以外の情報は、発信しなければ皆無となる。そんな状況が、予想されます。

 それでも、仲間がいることを頼りに、前を向いて進んでいきましょう。高木浩明

 こんなメールです。他のことばの教室からもきています。
 僕の意見も書いていきます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年8月17日

吃音の夏の祭り

 明日から、第5回吃音講習会が始まります



 第1回目の千葉での吃音講習会のとき、案内に、第1回と入れるかどうかで迷いました。これっきりで終わるかもしれないから、数字は入れないでおこうか、いや、続けることを考えて数字の1を入れようか、と。そんな吃音講習会が、今年で第5回目とは、感慨深いものがあります。
 
 今回の講師は、滋賀県立大学の松嶋秀明さん。レジリエンス関連の書籍は、すべて購入している僕の本棚には、松嶋さんの翻訳された本が並んでいます。ホームページを見ると、非行少年のレジリエンス研究をされていると書かれています。吃音という、ある意味虐待などとは少し劣悪さの程度として違うものにレジリエンスを取り入れようとしている僕たちに、何かヒントをいただけるのではないかと思ったのです。初対面の松嶋さんに長い手紙を書き、講師依頼をしました。お引き受けいただき、本当にうれしかったです。

 滋賀県立大学があるのは、滋賀県彦根市。ちょうど、27回目を迎える、吃音親子サマーキャンプの会場である荒神山自然の家のすぐ近くのようでした。自然の家の所員の誰よりも自然の家のことは知っていますが、下見を兼ねて打ち合わせには毎年いかなくてはいけません。せっかく行くのだからと、松嶋先生に直接会いできないとかと尋ねてみました。ご快諾いただき、6月29日、研究室をお訪ねしました。講習会実行委員のみんなと事前に話し合っておいた、講習会の内容、目指すもの、お願いしたいことをお伝えしました。ホームページで見る写真より、ずっと穏やかそうで、ゆっくりとした口調でお話してくださいました。そして、「実は、僕も小さいとき、どもっていたらしいんですよ」というお話が飛び出しました。ぐんと距離が縮まった気がしました。

 当日の配付資料が送られてきました。誠実に対応して下さっていることが伝わってきて、うれしく思いました。吃音という未知の世界での講義の準備は大変だったろうと思います。でも、レジリエンスという共通のキーワードを真ん中に、講師の松嶋さんと、参加者の皆さんと、共に充実した時間を過ごせるような予感がしています。 
お申し込みいただいた皆さん、岩倉でお会いしましょう。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016年8月10日

 

島根大会の後、松江の町を観光しました

島根大会の後

吃音の夏は始まったばかり。すぐ後に吃音講習会が控えていますが、いい仲間と、少しだけ松江の町を観光しました。今日は、そんな軽いお話を少し。

松江城
亀とともに

番外編
 全国大会が終わった後、少しだけゆっくりしてもいいだろうと、残って島根の町を楽しみました。
 土曜日は、佐々木和子さんの案内で、松江の町を観光しました。
レイクラインという赤いかわいいバスの一日乗車券を買って、松江の町を回りました。
松江城の天守閣では、自然の風が気持ちよかったです。
堀川遊覧では、船頭さんの滑舌が悪く、「これは言語訓練が必要だ」と盛り上がったり、いつものノリで笑いが絶えません。船頭さんも、歌になると調子がよく、桂文福を見ているようでした。橋の下を通るときには、船の屋根が低くなるので、私たちも頭を下げなければいけません。ぶつかるんじゃないかと、スリルを味わいながら合計50分の遊覧船でした。
昼ご飯を食べ、おいしいお団子やさんで、お茶と団子、ぜんざい、わらび餅などをいただき、再び、レイクラインに乗り、松江駅へという行程でした。ガイドの佐々木さんが効率よく連れていって下さって、全国大会の余韻に浸りながら、松江の町を楽しむことができました。ありがとうございました。


番外編の番外編
 私たちは、玉造温泉にもう一泊しました。玉造温泉は、私たちにとって、とてもなつかしい所です。
もう20年近く前に、玉造にある保養センターで年末年始を過ごしていたのです。
年末のおそらく12月25日過ぎてからだと思いますが、その保養センターから、松江の雑賀小学校だったか、内中原小学校だったかに行って、吃音相談会をしました。たくさん集まって下さり、その打ち上げの席で、島根の地で、何か吃音の取り組みをという話で盛り上がったのです。若かりし頃の宇野さんもその場にいました。それが今年で17回めという島根スタタリングフォーラムへとつながったのです。佐々元さんが、そんな玉造温泉を、宿泊地に選んで下さったのも、何かの縁でしょう。

花火

 土曜日の夜、松江で、西日本最大級の花火大会があると、知りました。10000発の花火が上がるというのです。こんなチャンスを逃すわけにはいきません。松江の人口がこの日は倍になると、タクシーの運転手さんも言っていました。どこからこれだけ人が集まってくるのだろうと思うくらいのたくさんの人でした。午後8時から9時まで、ほとんど休み無く、花火が、宍道湖畔に打ち上げられました。水中花火という、湖上に半円というか扇形に開く花火は、これまで見たことがなく、圧巻でした。

 日曜日の夜、大阪に戻りました。サマキャンの申し込みが届いていました。講習会の参加者も増えているようです。吃音の夏は、続きます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二  2016.8.9

どもりと、島根との縁を結んだ、初恋の人

 

 第45回全国公立学校難聴・言語障害教育研究協議会全国大会・島根大会は素晴らしい大会でした。開催県によって、スローガンやテーマが違いますが、島根大会は「子どもたちが自分らしく暮らしていくための支援のあり方〜子どもとの日々のかかわりを振り返ることを通して〜」でした。
 吃音はことばの教室や言語指導室で訓練をしても、その効果を日常生活に生かすのは難しい。これはアメリカ言語病理学でもよく言われることです。「くらし」の中で、どもりながら生活する中で、自然に変わっていくのを待つのが吃音です。まさに今回の島根のテーマでした。

 島根県と僕はこれまで深い付き合いがあります。それを作ってくれたいきさつを、紹介します。僕の今現在あるのは、初恋の人のおかげだと、今でも思っています。


    初恋の人
                                 日本吃音臨床研究会代表 伊藤伸二

 小学2年生の秋から、どもることでいじめられ、からかわれ、教師から蔑まれた私は、自分をも他者をも信じることができなくなり、人と交わる術を知らずに学童期、思春期を生きた。凍りつくような孤独感の中で、不安を抱いて成人式を迎えたのを覚えている。

 自分と他者を遠ざけているどもりを治したいと訪れた吃音矯正所で、私の吃音は治らなかった。しかし、そこは私にとっては天国だった。耳にも口にもしたくなかったどもりについて、初めて自分のことばで語り、聞いて貰えた。同じように悩む仲間に、更にひとりの女性と出会えた。吃音矯正所に来るのは、ほとんどが男性で、女性は極めて少ない。その激戦をどう戦い抜いたのかは記憶にないが、二人で示し合わせては朝早く起き、矯正所の前の公園でデートをした。勝ち気で、清楚で、明るい人だった。

 吃音であれば友達はできない、まして恋人などできるはずがないと思っていた私にとって、彼女も私を好きになっていてくれていると実感できたとき、彼女のあたたかい手のひらの中で、固い氷の塊が少しずつ解けていくように感じられた。

 直接には10日ほどしか出会っていない。数カ月後に再会したときは、生きる道が違うと話し合って別れた。ところが、別れても彼女が私に灯してくれたロウソクのような小さな炎はいつまでも燃え続けた。長い間他者を信じられずに生きた私が、その後、まがりなりにも他者を信じ、愛し、自分も愛されるという人間の渦の中に出て行くことができたのは、この小さな炎が消えることなく燃え続けていたお陰だといつも思っていた。

 この5月、島根県の三瓶山の麓で、どもる子どもだけを募ってのキャンプ『島根スタタリングフォーラム』が行われた。このようなどもる子どもだけを対象にした大掛かりな集いは、私たちの吃音親子サマーキャンプ以外では、恐らく初めてのことだろう。島根県の親の会の30周年の記念事業として、島根県のことばの教室の教師が一丸となって取り組んだもので、90名近くが参加した。

 「三瓶山」は、私にとって特別な響きがある。彼女の話に三瓶山がよく出ていたからだ。 「今、私は他者を信じることのできる人間になれた。愛され、愛することの喜びを教えてくれたあの人に、できたら会ってお礼を言いたい」
 30人ほどのことばの教室の教師と、翌日のプグラムについて話し合っていたとき、話が弾んで、何かに後押しされるように、私は初恋の人の話をしていた。その人の当時の住所も名前も決して忘れることなくすらすらと口をついて出る。みんなはおもしろがって「あなたに代わって初恋の人を探します!」と、盛り上がった。絶対探し出しますと約束して下さる方も現れた。

 三瓶山から帰って2日目、島根県斐川町中部小学校ことばの教室からファックスが入った。 「初恋の人、見つかりました。懐かしい思い出だとその人は言っておられましたよ」

 私は胸の高鳴りを押さえながら、すぐに電話をかけた。34年間、私に小さな炎を灯し続けてくれた彼女が、今、電話口に出ている。三瓶山に行く前には想像すらできなかったことが、今、現実に起こっている。その人もはっきりと私のことは覚えており懐かしがってくれた。会場から車でわずか20分の所にその人は住んでいたのだった。電話では、《小さな炎》についてのお礼のことばは言えなかったが、再会を約して電話を切った。

 どもる子どもたちとのキャンプ。夜のキャンドルサービスの時間に、ひとりひとりの小さなロウソクの炎は一つの輪になって輝いていた。子どもたちと体験したこの一体感が、私にその話をさせ、さらに34年振りの再会を作ってくれたのだ。子どもたちとの不思議な縁を思った。

 子どものころ虐待を受けた女性が、自分が親になったときに子どもを虐待してしまう例は少なくない。しかし、夫からの愛を一杯受け、夫と共に子育てをする人は子どもを虐待しない。

 人間不信に陥った私が、人間を信頼できるようなったのは彼女から愛されたという実感をもてたからだ。 

 この子どもたちは、小さな炎と出会えるだろうか。小さくても、長く灯り続ける炎と出会って欲しい。一つの輪になったローソクの小さな、しかし、確かな炎を見つめながら願っていた。

                                  「スタタリング・ナウ」 NO.58 1999年6月19日 より

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二   2016.8.5

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