伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2016年04月

吃音の取り組みは自分の手で


 若い人の頑張る 大阪吃音教室

 2016年度の大阪吃音教室快調にスタートしました。
 マイケルの映画の試写会は、43名の参加で幕をあけましたが、その後も順調に盛況です。第二回は僕の「吃音基礎」でした。ただ単に吃音についての知識を伝えるのはおもしろくなくて、「吃音と向き合い、吃音と共に生きるために」何を知っていればいいか、欲しい知識について、グループで話し合い、それをもとに僕が解説したり、みんなで話し合ったりしました。僕が提唱する「吃音哲学」的な話になり、とても刺激的でした。それを仲間がまとめてくれますので、まとまり次第報告します。

 今日は、第三回の「自分のどもりの課題を分析する」

 すごいですね。大阪吃音教室に来てまだ2年ほどしかたたない、若い人が、この講座を担当しました。日本音声言語医学会の吃音検査法に対抗して、僕たちが作った吃音評価をもとに話し合う、年間の講座の中でも、前期と後期の2回する、大阪吃音教室の最重要な講座です。それを初めて講座を担当する若い人が、自ら名乗りをあげて担当する。とてもうれしいことです。この若い人を応援したい気持ちがみんなにもあったのか、大勢が参加して、もり立てていました。若い力を感じた教室でした。

 「初めての担当なので、とても不安で、どきどきしています。まず、自分が初めて講座を担当して時、どうだったか、話していただけませんか」

 この第一声からはじまったのには驚きましたが、新鮮でした。指名されたこと、自ら発言する人、それぞれが初めて担当したときのことを話しました。たくさんの資料を読んで、本も読んでしっかりとレジメを作った人、しかけをいろいろと考え、作った人。「そうか、みんなそれぞれにしっかりと準備して望んでいるのか」と、今はもう、出たとこ勝負でほとんど準備をしない僕にとっては、新鮮でした。

 この出始めも見事でしたが、その後の展開、構成力もまた見事でした。教室に参加し始めてまだ日は浅いと言いながら、ほとんど皆出席のように毎週参加していることが、いきているのでしょう。

 まず、大阪吃音教室の吃音教室の三つの柱を自分が説明せずに、参加者のベテランに指名して説明させるのも、新人らしからぬ展開でした。初めて担当すると、どうしても、自分で説明しなければならないと思うようなのですが、それをしない、余裕のスタートでした。

(1)吃音に関する基礎講座
(2)コミュニケーション能力を高める講座
(3)自分を知り、より良い人間関係を作るための講座

 この後、「 自分のどもりの課題は何ですか?(これから取り組みたいこと、研究したいこと)

 問いかけられた参加者、ひとりひとりが発言していきます。

・しっかりと考えてものを言う
・吃音で悩んでいることは今はないが、言葉が出なくて不便なことはある
・予期不安。無くなるにこしたことはない
・どもれない
・人前では話せるのに、娘の前で言葉が出ない。その時の娘の反応。リラックスした時にどもることについて

・今は悩んでいないため、特に課題はない
・今は吃音を認めて生きているので(吃音を)悩みとして処理しなくなっている
・どもりつつ人との会話を楽しみたい。でも恐怖心がまだある。恐怖心を小さくしてもっと人との会話を楽しみたい。
・吃音で困ってないけど、最近新しく入社した職場の人が、どもりが治ったという人。私にアドバイスをしてくる。私の話し方をモニターされる。
・自分の吃音の課題はなくなつたが、吃音の世界全体に対して、自分にどんな取り組みができるか。

・たくさんの人前ですぐに言葉が出ないんじゃないかという不安について
・吃音と自分、どうか関わっていくか
・「どもりでいいんだ」と踏み出す勇気。吃音は個性だと思っているのだが
・職場での電話。特に外線。予期不安が強くなり焦ってしまう。
・(吃音の悩みからは解放されたが)自分本位なところ。すぐにいっぱいいっぱいになるところ。

・予期不安
・電話の第一声が出るかどうか不安で恐い。電話対応がとにかく不安
・どもりで悩むことはなくなったが、どもり始めた頃の不安や恐れが今も残っている。消さないといけないものでもないし、これからも不安や恐れを持って生きていけばいいと思っている。
・どもりとの距離感について
・どもりで悩むことはほとんどなくなったが、悩んでいた頃からの課題だった「人間関係の課題」「非論理的思考や認知の歪み」「頭の中で繰り広げてしまう会話」「人にどう思われるか気にする」は依然としてある。マイルドにしていきたい。

・子どもの夢を壊さないこと。どもりで悩んできた僕がどもる子どもに何をしていけるか。子どもたちの未来のために僕たちの吃音の体験を、取り組みをどう伝えて行くか考えたい。

 この報告は続きます。
日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/29

 2015年のレジリエンスをテーマの神戸吃音相談会

 前回に続いて、神戸スタタリングプロジェクトの機関紙「ほっと神戸」からの転載です。今回で、昨年度神戸相談会の報告を終わります。
 僕はいろんなところで講演や、相談会をしていますが、報告としてまとめられているのもあるのですが、ほとんどは消えてなっています。今回、神戸スタタリングプロジェクトの伊藤照良さんから、機関紙のデータをおくってもらい、そこには、当事者の声があり、それに刺激を受けての僕の発言もあります。これからは、不十分ではあっても、報告していきたいと思いました。また、これまでのものも、探してほうこくできたらと思いました。


    【質疑応答】


Eさん:3歳半の孫が、これから吃音を背負って生きていきます。この子のどもりを、どのようにしてやればいいでしょうか?

伸二さん:今のように「吃音の子は哀れだ」「可哀そうだ」と、そういう風に見られるとお孫さんが辛くなります。お孫さんは、哀れな存在ではありません。これは僕の根拠のない持論ですが、70%以上の吃音の人は、それほど、困ることなく生きていて、30%くらいの人が吃音に悩んでいると思っています。30%の中には、かなり深刻に悩む人がいるかもしれません。だから数の問題ではないのですが、「どもる人のほとんどは吃音に悩み、苦労している」というのは、思い込みだと思います。

 僕はどもりに苦しんだが故に、良かったことがいっぱいあります。本当に、どもりが僕にあれだけしっかり悩ませてくれたのが良かったと思います。吃音に悩んできたので、人生を考え、多くの仲間に囲まれ、大学教員になり、吃音問題研究国際大会を開催し、本を書きました。僕の豊かな人生はどもりのおかげです。
 母は父がどもりなので、どもりに悩む父を知っています。父がどもりの為に、警察につかまった事があります。職務尋問を受け、名前を聞かれました。その時名前が言えなくて、咄嗟に父は走って逃げました。家まで警察が追いかけてきました。お巡りさんに母が吃って言えなかったと釈明して釈放されたことがあります。父は吃音なりに、敗戦後の時代に6人家族を育ててくれました。母は、吃音を持つ僕も大丈夫だと思ったようです。母は僕に一切勉強しろとも、困った事ないかと言ってことがありません。何にもふれませんでした。どもりにしっかりと悩ませてくれたおかげで、どもりについて学び、考えられました。良かったと思っています。 

 お爺ちゃんやお婆ちゃんに、この子は可哀そうだと思われていると、お孫さんがしんどいですよ。どもりは可哀そうと思う事は、どもる人間はみじめな人生を過ごすと思われている。そういうマイナスの想像は、やってはいけない。お孫さんが成長するまで、祖父母は責任をもてません。おじいちゃんお婆ちゃんの役割は、せいいっぱい孫をかわいがり、信じることです。

Fさん(祖父):私の娘はそれほど孫の吃音を重く受け止めていません。 
Eさん:幼稚園に入って、幼稚園の環境が悪くて孫の吃音がひどくなりました。それで、幼稚園の園長に「環境のせいで、どもりがひどくなった」と言いに行きました。どういう治療や病院に相談しに行ったらいいでしょうか?心配しています。こういう風になってしまって、この子の人生の負担になってしまって・・・。 

伸二さん:心配するのは悪いことではありません。ただ心配するだけでなく、家族としては、今は、しっかりと吃音について勉強する必要があります。お孫さんには予防教育が大事です。今、問題はないけど、将来に役に立つことをするのです。
 言語訓練でなくて、どう生きるかという考え方の練習をしなければいけない。東日本大震災の津波の時に、大勢の児童が亡くなり、教職員も亡くなった大川小学校では裁判が起こされています。ところが全員が安全だった学校もあります。まさかの時の津波に対する対策がされていたからです。

Oさん:アドラー心理学の「嫌われる勇気」を読みました。アドラーは、人生の問題は人間関係がほとんどと言います。その中に吃音のことが書いてありました。本を読んで「吃音で悪いことはない。吃音でいいじゃないか」と思うように親がなりました。子どもの吃音は波があって、緊張すると吃ってしまうようです。学校でいじめられたり、真似されたりしたことがあります。社会に出た時に本人が強くならないとダメだと思います。

伸二さん:アドラー心理学では、劣等性と劣等感と劣等コンプレックスを区別しています。劣等性は、客観的なことで、身長が何センチというように客観的事実があることです。劣等感は、主観的なことです。人から見ればかっこいいのに、私はダメだと自分が思い込んでいるようなことです。劣等コンプレックスは、吃音を理由にし、言い訳にして、人生の課題から逃げることです。これはやめようと言っています。仕事や人間関係、愛の課題から逃げないことです。
 どもりが治る事はない。どもりを理由にして、人生から逃げるのを止めようよ。大事なのは日常の生活なんです。教室や部屋でいくら訓練しても、日常生活ではダメなんですよ。言語訓練は生活の中では使えません。生活の中で喋って行くのが結果として訓練になるのです。どもりであってもやるべきことはやる。家族ができたら、吃っていようと喋るしかない。吃っていく中で人は変わっていきます。どもりが全く消えることはない。どもりに勝たなくていいが、どもりに人生を影響されない生き方をしていきましょう。 


Bさん:子どもは、どもらないように言おうと、ことばの言い換えがうまくなりました。ものすごく考えていると思います。小さい時に、育児相談に行ったら、先生は「アホは吃らへん」と言われた。

伸二さん:そんなことはないですよ。ひどいことを言う人だ。

Bさん:でも、その先生はそう言いました。「語彙がありすぎて、喋る時に言葉を選んでいるから吃る」と、先生は言いました。それを真に受けて、うちの子はかしこいと思いました。 

伸二さん:「どもりの人は優しい」とよく言われます。本当に優しい人もいますし、犯罪者もいます。賢い子もいるし、そうでない子もいる。賢い子どももいれば、そうでない子もいる。ぼくなんか、賢くない子どもの典型で、学校の成績もとても悪かったし、大学受験も2回失敗しています。「賢い子」なんて、とても言えませんよ。賢いのも、優しいのも、吃音とは関係がありません。そんな話を真に受けて、あなたは面白い人ですね。それで子育てが良い方向に向かって、それが成長にも役立つのなら、非論理的な思考でもいいですけどね。

Cさん:20歳の息子がどもります。小さい頃は息子のどもりに気がつきませんでした。中2から不登校になり、高校は定時制高校に通いました。その頃から息子が吃りだしたのに気がつきました。来月が就職の面接です。本人が吃っているのを自覚しているか分かりません。

伸二さん: 20歳の子どもでも、親が子を心配するのは当たり前です。本人に「困ってない?」と聞けばいい。聞くことで、親が自分のことを見てくれていると分かります。それは悪い事じゃない。家の中でオープンにすることです。心配しているのに、口に出さないのは失礼です。聞いてみて「大きなお世話だ」と、言われたら「ごめんね」と言えば済むことです。

Cさん:私と喋っても吃ります。

伸二さん:緊張する方が吃らない人がいます。言語聴覚士が吃音の検査をする時に、カードを見せて言わせると、全然吃らない。言語聴覚士の前では吃らない。それで、大丈夫ですよと言います。そして親が家で吃っていると言うのを聞くと「お母さんがプレッシャーをかけているから」と言ったりします。
 親の前でどもるのは、「家では安心して吃ることができる」とも言えます。文章に書いて読んだら吃らない。遊んでいる時は吃らないなど、一人一人の吃音は、全部違います。

 僕は緊張すると吃りません。緊張する方がいいです。慎重になり、真剣になるから緊張する。
 越路吹雪は、舞台に立つととても緊張します。最後まで精神安定剤は手放せませんでした。プロの歌手がリラックスして、風呂場で歌っているような歌を誰が聞きますか。緊張しながらも、精一杯舞台を務めるから、人は惹かれるのです。緊張するのは真面目で誠実だからです、緊張を支えながら、すべきことをすることです。 

Dさん:中2の息子です。小2〜3年の頃からどもるようになりました。私も吃音です。本人が自分のどもりに気づくまで吃音の話はしませんでした。中学校に入ってから「何か僕は違う、喋りづらい。学校行っても楽しくない」「俺はいつも、なんでこんなんやろう」
「友だちに合わせている。頭の中でいつも考えている」「喋りたいのに、喋れないのがいや」と言います。 

伸二さん:お母さんの思いを伝えていくことです。子どもの力はすごいです。不登校の子どもが6年生の時、8月の終わりにサマキャンに来て、翌週から登校しました。又学校でいじめられるかもしれないのに行きました。中学を卒業し高校の入学がきまり、高校生活を楽しみにしていました。彼女は宮城県女川町に住んでいました。3・11の津波で亡くなりました。僕はこの話をよく思い出します。 

        レジリエンスの7つの要素
伸二さん:まとめとして、レジリエンスの7つの要素の話をします。

「洞察」
 「吃音の問題とは何か?」について勉強してください。シーアンは1970年に、どもりは氷山のようなもので、どもることは表面だけのことで、水面下の行動・思考・感情が問題だと言いました。どもりは悪いもの・劣ったものという、ネガティブな考えや「不安・怖れ・みじめ」これこそが問題です。吃音をこう洞察できれば対処ができます。 
「独立性」
 吃音と吃音の問題を分け、吃音に支配されることから、自分が人生の主人公になることです。僕は独立心があったような気がします。中学2年の時、家族関係が悪くなった。そして家出をしました。豊中の曽根で新聞配達をして一人暮らしをしました。浪人生活をしました。その独立性が、どもりについても考えるのに役だったと思います。どもりに支配される人生を送る必要はない。 
「イニシアティブ」
 問題に立ち向かい、自分を主張し、自分の生きやすい環境に変えていくことです。べてるの家では「苦労を取り戻す」と言われています。統合失調症の方は、大量の薬を投与されて、家に閉じ込められます。薬を減らして、社会に出ていくと、当然苦労をします。今度はその苦労にどう向き合い、対処するかを当事者研究で考えます。自分が自分の人生の主人公になるのです。 
「創造性とユーモァ」 
 よく遊ぶ人はレジリエンスが高いです。映画「釣りバカ日誌」のはまちゃんは世間的には落ちこぼれ社会人ですが、釣りをしている時は幸せです。遊びから、生きる活力が生まれます。すると困難なこともちよっと横からながめること、客観的にみることができる。これがユーモアのちからです。これがレジリエンスです。一生懸命遊ぶということが、ユーモァや創造性につながっていきます。
「表現」
 話す事が苦手なら、文章を書くことがあります。日記に苦しみや怒りを書くのです。何かで表現することが大事です。北九州の石井さんは、絵が好きで個展を開いています。自分を表現する手段として、楽器を弾いたりして、自分を表現することがレリジエンスを育てます。僕は子どもの頃から日記をつけていて、苦しさ、つらさを表現していました。それが今の僕の表現力につながっていると思います。 
それにプラスして「楽観的な人生観」
 その内なんとかなるだろうという思いです。「楽天的」とは違います。根拠のない楽天的考え方に「大人になったらどもりは治る」と世間で言われています。レジリエンスには、根拠があります。現実にどもりながら、豊かに生きている人がいます。大阪の吃音教室の参加者の職業は、医者・教師・バスガイド・プロボクサーなど多様です。どもることで苦労する事があってもいろんな分野で活躍しています。これは証拠(エビデンス)です。
 根拠ある楽観主義が生きる活力になります。多少の困難も乗り切れます。
 もう時間をかなりオーバーしています。「アサーション」「共同体感覚」は時間がなく割愛します。

「感想」
Sさん:今日はレジリエンスの話を聞き、興味深く思いました。  
Eさん:どこで言語訓練をすればいいですか? 
伸二さん:言語訓練は効果ありません。言語訓練ではどもることに否定的な気持ちが強くなります。訓練しても治りません。それでまた訓練に励むという、無間地獄に陥ります。人生で何をしたいのか?何をしている時が楽しいのか?を考えてみることです。 
Mさん:吃音相談会ではいつも触発されます。毎回どもりに関して違う内容の話が聞かれます。 
Hさん:5年前に始めて相談会に参加した時に、伸二さんの話を聞いて、人生がバラ色に見えるようになりました。毎回相談会で勇気をもらっています。
Kさん:今日の相談会に足を運ばれた方の力が大きいと思います。
Jさん:孫の吃音のことを、何とかできないかと思ってきました。娘に話したら、娘は「温かく見守っておいていて」と言いました。娘の方がよく考えていると反省しました。
Oさん:私はレジリエンスの話しの中にあった「自己肯定感」を感じることが少ないと思います。
Qさん:楽観的に生きていきたい。
Jさん:私は成人してから吃音になりました。最初自分の体がどうなっているのか分けが分からなくなりました。ここに来て、初めて一人じゃないと生き返った気持ちになりました。
Gさん:子どもは小5です。私はのんびり構えていました。今私にできることはことないかと思ってきました。子どもは獣医になると言っています。
Uさん:たくさん学べて良かった。 
Xさん:楽観的人生を歩きたい。
Rさん:吃音の方が集まるこの集まりに、先月始めて参加しました。自分以外に力強く生きている吃音の人が沢山いました。希望をいただきました。
Mさん:今はどもりのことは感じなくなってきた。母親の介護に振り回された。問題は忘れた頃に起こってきます。母の介護を始めてから、仲間が必要と自分が思った。
Lさん:参加して、本当に良かった。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/28

神戸吃音相談会報告 レジリエンスを育てる


 神戸スタタリングプロジェクトの機関紙からの転載です。前回の続きです。


 レジリエンスを育てる 〜吃音相談会後半〜 
講師:伊藤伸二 日本吃音臨床研究会代表


伸二さん:どもりで苦しんだ時代はあったけれども、こうしてどもりながら自分なりの人生を生きているのは、こういうきっかけがあったからじゃないか、こういうことがあったから生きてこれたということがあったら、話をして下さい。

Nさん:高校の卒業前に、就職の面接を受けました。内定通知を受けたので、先生に報告したら、先生から「あなたは吃るから、就職先に失礼にあたるので内定を断ってください」と言われました。
 とても口惜しかったけど、先生が言うからにはしかたがないと思い内定を断りました。だけど、就職の面接からは逃げないで、仕事に就きました。仕事では吃音でひっかかりしながらも働きました。職場の上司が私の結婚披露宴で「すごく人間関係でキャッチャーの役ができる人です」と言ってくださいました。それで私はどもっていてもいいという自信がつきました。

伸二さん:面接から逃げないというその気持ちはどこからきていますか? 

Nさん:高校の時に、私に無断で生徒会の役員に推薦されました。それで立候補の演説をせなあかんハメになりました。その時、すごく悩みましたが、もし演説ですごく吃ってしまって、いやになったらこの学校をやめてもいいと思ったら、何かしらんすんなり演説できました。

伸二さん:レジリエンスは、ハワイ諸島のカウアイ島で、劣悪な環境の中で育った子どもたちの追跡研究から分かりました。麻薬やアル中が蔓延している環境の中で子どもが育つと、ほぼ100%の子どもが同じようになると常識的には考えられていました。700人位の追跡研究の結果は、1/3の人が、ものすごい劣悪な環境の中で育ちながらも、健康な大人になっていました。
 また、ナチスドイツのアウシュビッツ収容所から、逃げることのできた子どもたちがいます。母や父が殺されるという過酷な状況を目にしながらも、立派な大人として生きています。東日本大震災でトラウマを持つ人がいますが、そういう人ばかりでなく、頑張れる人もいました。レジリエンスは、後天的に身につけていくことができるのです。 
 元々持っているNさんの資質は大きいのですが、レジリエンスは後からでも育ちます。問題があっても負けない、人生に対してはあきらめないNさんの生き方になります。

Sさん:考えるのが好きです。今の気持ちのままで昔に返っても多分同じ事を繰り返している自分がいます。

伸二さん:不安になった時どうするか? 
自分が崩れそうになった時にどうするか?
このままでは、あかんと思った時どうするか?を考えましょう。
 洞察は考える力です。悩んできたけど、やれてきたことを考えましょう。
TBSの斎藤道雄さんが、取材に来た時に、どもる子どもにとって「何が大事ですか?」と言われました。私は考える力だと答えました。吃音親子サマーキャンプの話し合いから考える力が身についていきます。「どもりながらでも、生きていけるかもしれない」と希望が見えてきます。「このままでも、生きていける」と自信が湧いてきます。
 大阪吃音教室の徳田さんは、悩んでいた時「どもりがその人の人格を否定するものでない」ということばを聞きました。「そうだその通りだ」と、そのことばを自分の中に取り入れました。これも一つの洞察です。新聞の記事や文学作品な中のことばで、「あ!そうかも知れない」と思えることがあります。

Mさん:大学3年の時に、就職を考えました。そして僕の一生の仕事としてどもりの子どもに関わっていこうと志を立てました。そしてことばの教室の担任になりました。
伸二さん:人生の目標を持つ事でずいぶん違います。映画の「英国王のスピーチ」を見ました。ヒットラーが侵攻してくる時に、イギリスを救ったのがジョージ6世です。ジョージ6世はスピーチでどもることよりも、国民の事を考え、国王として国民に語りました。彼には人生に対する切実さがありました。生きる目標がなくなった時に、どもりの問題が巨大化します。

Kさん: サマキャンでは「悩みは慣れてくる」と、吃音の子どもたちが言います。友達にからかわれたり、いじめられたりするのは、日常茶飯事で、それに対していちいち落ち込んでいると神経がもたない。こういうことには慣れているので、我慢するしかないと子どもが言っています。
 私は、幼い頃不安が強く泣き虫でした。自分にはどもり以上の深い悩みがあった時は、どもりの問題は大きくならなかったと思います。授業中は、空想ばかりしていて話を聞いていませんでした。お笑いのステージに立っていたり、ヒーローのなっている姿を空想していました。幼児期から高校まで、何も考えてないし、目標があって頑張っているわけでなかったです。

伸二さん:空想が身を守るということがあります。遊ぶことで、想像性やユーモア―が育ちます。僕の家はすごく貧乏で、大学に行くお金がなかった。その頃は「宝くじに当たったらいい」と、アホなことを思っていました。空想で身を守っていたのでしょうね。勉強しないで遊びもしないで学生時代を過ごしました。71歳になった今が、人生で一番勉強しています。本をたくさん読んでいます。

 この報告まだまだ続きます。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/27

神戸吃音相談会の報告 続き

 神戸スタタリングプロジェクトの機関紙「ほっと神戸」の記事から、相談会の記録です。前回の続きです。

 先日吃音ホットラインに、23歳の吃音の息子のことでの相談だと、保護者から電話がありました。

 「大学を中退してしまいました。仕事に就かなくてはと思い、今は理学療法士養成の専門学校で勉強しています。実習先が大きな病院で、大勢の理学療法士の前で、報告などしなければならない。挨拶なども大きな声でしろと強く言われました」

 実習先には運・不運があり、すごく嫌な実習先に当たったりします。僕は言語聴覚士養成の大学や専門学校で講義をしていますが、どもる人が実習先で苦戦することはよく聞きます。彼の場合は、厳しい実習先に当たりました。彼は「ハキハキと挨拶をしろ!」と言われて、喋れなくなってしまいました。彼の吃音はあまり重くないから、母親も大丈夫だと心配していませんでした。実習先での苦戦はある意味、逆境です。彼は、精神的に苦しくなって、心療内科に行って、薬をもらいました。しかし、これ以上頑張れと言って実習を続けていては、彼が壊れてしまうので、実習を中断することにしました。実習を中断すると単位がとれません。その瞬間に1年間留年が決まりました。

 そういうかなりのプレッシャーになる逆境でも耐えられる人もいます。
 たとえば、吃音親子サマーキャンプの卒業生の兵頭君は、厳しい逆境の中にいました。
 消防士になりたいと消防士に採用されましたが、消防学校はものすごく厳しい所です。自分の担当教官に、報告に行かなければいけない時は、ノックして、「何年度、何々隊の何々入ります」と伝えて、「よし、入れ」と言われないと入れません。そういう時に、自分の名前が言えずにいて、後に並んでいるみんなも入れなくなり「早くしろ」と言われます。教官からは「自分の名前くらい言えなくてどうする。練習しろ」と言われて、残されて、ノックするところから、何度も練習をさせられて、挙げ句の果てには「お前のようにどもっていて、緊急の無線連絡がとれないとか、電話ができないとかで、消防士ができるのか、消防学校にいる間にどもりを治せ、そんなことで、市民の命が守れるのか」と言われました。
 これは、大変な逆境です。「ハキハキ挨拶しろ」と言われる程度じゃない。給料をもらっている消防学校での出来事です。でも、彼は、そんな中でも、1年間耐えて、消防学校を卒業して、消防士として働いています。

 理学療法の専門学校生の母親の話では、そんなにどもる方ではない。どちらがどもるかというと、消防士の方がずっとどもります。同じようにどもっていても、どもることを指摘されても、最後まで頑張った消防士と、実習をリタイアした専門学校の学生。このように、吃音から受ける影響には大きな個人差があります。

 理学療法士のように、吃音が大きな壁になり、逆境に陥ったとき、これまでの吃音の臨床では「吃音を治す、改善に」向かいます。「ゆっくり、そっと、軟らかく」の流暢に話すための言語訓練をするのがアメリカ言語病理学と、それをモデルにしている、日本の臨床家です。しかし、このアプローチは、1903年からの治療の歴史の中で失敗してきています。100年以上たった今でも、吃音の治療法はゆっくり話すことしかありません。
 カナダのアルバータ大学のアイスターという、世界有数のトップクラスの吃音治療所が何をしているかを知ってびっくりしました。1903年から始まっている「みーなーさーんー、わーたーしーのーなーまーえーはー」というゆっくりしゃべるスピードコントロールが治療法の中心です。僕が1965年に経験した東京正生学院で教えてもらったのと全く同じ方法です。
 どもりの治療法はひとつしかありません。ゆっくり話す方法だけです。ゆっくり話すか、メトロノームに合わせて言うとかです。ひどいもんでしょう。こんなもの、とっくの昔になくなっているだろうと思っていました。ところが、この方法を、2015年の今、未だにこの時代に、北米のトップクラスの大学でしています。

 僕は、言語聴覚士の専門学校に行っていますが、アルバーター大学の現実を話しても、それでも、何か治療法があるはすだと期待しています。これだけ科学・医学が進歩しているのだから、どもりぐらいの治療法がないわけがないと思い込んでいるのです。楽天的な考え方をもっています。

 アイスターで言語聴覚士として働いていた人の話では、15年間、治すために必死にがんばり、有名な大学の教授の治療を受けるなど、500万円も使ったそうです。その人は年収1000万円を超えるファイナンシャルプランナーだから、長年治療を受けることができたのかもしれないけれど、普通の人には、500万円も使っていられない。また、15年も諦められずに続けるのは、僕には信じられません。誰ひとり、「15年も治そうとしてだめなんだから、そろそろ諦めようよ」と言う人がいなかったことが、とても不思議です。
 
 じゃ、何をすればいいのか。もうそろそろあきらめて、個人差に注目したいのです。理学療法士と、消防士のこの大きな個人差はどこからくるのか。吃音の悩み、影響の大きな個人差はどこから来るのか、ここに注目するのが、レジリエンスです。
 今ここで、皆さんの中に、どもりで苦しんだ時代はあったけれども、今こうしてどもりながら自分なりの人生を生きているのは、こういうきっかけがあったからじゃないか、こういうことがあったから自分はここまで生きてこれたんだという、何か自分で思いつくこと、思い浮かぶことがあったら話をして下さい。

Nさん:青春時代に、彼女ができました。どもっている僕でも必要としてくれる人がいた。それが自信になりました。
伸二さん:これは他者貢献ですね。人に必要とされることが自分を勇気づけてくれます。また、重要なポストにつき、人の役に立て、周りから必要とされることで、生きる力がわいてきますね。

Aさん:成人になってから吃音になりました。大阪の吃音教室で、15年前に、伊藤伸二さんに出あって開き直れました。学生時代は吃音がなかった。それから吃音になり、それまで持っていた人生のストーリーをあきらめました。今までの思い描いていたストーリーを捨てました。捨てられたから、死のうという思いもなくなりました。

伸二さん:大阪吃音教室の人たちが、どもりながら生きているそれが見本になったのですね。レジリエンスでは、メンターといって、先輩・恩師・師匠などいわれますが、自分が目標にしたり、参考にできる人がいることを大きな要素とします。八百屋のおっさんのことばが身にしみることがあります。人がアドバイスしてくれることばが役に立ちます。
精神病院に入院していた10代の若者の追跡研究があります。退院後に立派に生活している人、だめになっていく人がいます。回復している人に共通するものは、メンターがいたからです。カウンセラーでなく、身近にある人との出あいがあり、その人が励まして、話を聞いてくれています。メンターが、人生のモデルになってくれます。 

伸二さん:佐々木さんは、すごく吃る女の子でした。大阪教育大学に入学しました。僕の研究室に来ました。教員採用試験で面接に行った時、こんなにひどいどもりの人は初めてだと、教育委員会の人から言われましたが、それでも教師に採用されました。教員になって、仕事で児童相談所に電話したら、相談所が「大人のどもりの相談は受け付けられない」と言われたぐらいどもったそうです。
 佐々木さんは小学生の時は、全く学校で喋らなくなりました。そのきっかけはある時音読しましたが、同じ個所を、次の人に先生が読ませました。佐々木が、頑張って音読した所は、読まなかった事にされたのです。それは屈辱でした。それから、音読も。発表もしなくなりました。周りは逃げたと思います。私はこれ以上傷つきたくないから、身を守るために、音読や発表しないと自分で決めたそうです。これはイニシャティブです。

Rさん:仕事で就職活動の支援をしています。どもりながら、大学の講師もしています。講義で「面接でうまく喋ろうと思わんでいい」「意味がわかったら、それでいい」「伝わったら、ええねんで」と、面接では自分の思いを伝えることだと言っています。私は、吃音があるから、そう言えます。そう話すと、後で一人か二人が「私もどもりがあるけど、就職できるんですね」と言いに来ます。

伸二さん:今のような吃音に向き合う態度が出来るようになった、自分の過去を振り返った時、どういうことがあったからか思いだす事がありますか。 
Rさん:元々楽天的ですかね。中2の時、親友がいて、毎日2〜3時間喋っていました。「何で生きる」とか、「何で生れてきたか」とかを喋っていた。どもりながら、喋っていた。
伸二さん:関係性ですね。人間関係の基礎で、人は信用できるものという気持ちです。リジリエンスのとても大きな要素です。 

Nさん:結婚して、家族ができた事が大きいと思います。子どもができたら、どもることより、家庭の方が大切です。自分はどない格好悪くてもいいと、どもりながら仕事を頑張りました。
伸二さん:モラルですね。道徳という意味でなく「よりよく生きる」意志のようなものです。先ほどの消防士も、自分はこのような仕事につき、こう生きたいとの目標があった。せっかくの一回きりの人生です。“どもりが治るのはあきらめるが、自分の人生はあきらめない”これを、レジリエンスの要素のなかのモラルといっていいと思います。家族を幸せにしたい。という思いが乗り越えていける力になっています。
                        (次号に続く)
【相談会に参加して・・・】

福本さん:大変久しぶりでありましたが、変わらぬ雰囲気でほっとしました。
伊藤伸二さんも相変わらずお元気そうで、お会いするだけでどもる人にとっては大木にしがみついているような安心感を持たせてくれる人だなと改めて思いました。
 感じた事は、当事者はもちろん吃音の子どもを持つ親御さん祖父母の方までと多様な視点を持つ方のお話が聞けて良かったという事です。私自身悩みの淵にいた15年前はそれこそ自分の吃音の事しか考えておらず、人の言葉も耳に入らず、人生を悲観してばかりでした。ですが、今ではそれなりにまともに仕事もし、結婚して二人の子どもにも恵まれ、吃音というものをまた違う視点から見られるようにもなってきました。

Aさん 吃音というものは確かに社会生活を営む上では不便であることは間違いないですが、その経験から得られるものは強烈な苦労や苦悩はもちろんありますが、その背中合わせに生きている事の幸せを感じ取れる為の能力を養える事もあると今では思っております。私たちは、こと喋る事においては人一倍悩みますが、その他の悩みについては吃音でない方よりも耐性が強いのではないかと思っています。

Bさん 私はこれまで日々忙しくしていた事もありますが、吃音の事ばかり考えて人生を損しないよう、できるだけ吃音の事は忘れて日々がむしゃらに頑張ろうと思い、ろくに吃音教室などにも参加せずおりました。ですが、吃音になって15年たつ今でも毎日吃音の不便さには悩まされる現状で、克服には至っておりません。これはひょっとしたら吃音の問題から目をそむけて逃げているだけで、ちゃんと自分に向き合おうとしていないからなのかな?と最近そう思うようになり、今回数年ぶりに参加させていただきました。
 今後私自身の為はもちろんのこと、まだ小さい子どもたちや現在吃音で悩みの淵に立っている人たちの為にも、もっと自分の吃音の問題に向き合い、この経験を活かせていけたらと願っています。また可能な限り、ほっと神戸にも参加させていただきますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

神戸吃音相談会の機関紙の報告


 昨日、神戸の相談会でした。今年も新しい出会いがありました。今回は、18人の参加者の前で公開面接のようなことをして、それをもとに意見を交わしました。それはまた報告しますが、昨年の相談会の神戸の機関紙の報告の続きを紹介します。

 僕自身、21歳までは、確かに苦しくて辛い生活をしてきました。
何度も、死にたいと思いながら生きてきたけれども、21歳からはどもりに悩んで苦しみ困ることがなくなりました。どもっているのは変わらないのにそれは一体なんだろう・・・と、ずっと考えてきました。どもっている状態は変わらないのに、自分らしく生きられるようになったきっかけは何か。これはよく質問を受けます。

 2日前、国立特別支援教育総合研究所で一日講義をしてきました。そこで「どうしてどもりに悩まなくなったのか?」と、質問を受けました。そういう時に、いつも答えていたのは、“初恋の人と出会えた”から、“愛されたという実感を持てた”から、“同じ仲間に出会えて、初めて自分の苦しみ、悩みを語ることができた”から、“訓練をしても治らなかった事実に向き合って、それを認めることができた”からと、いくつか僕なりに考えたことがあります。ここでいう回復という言い方は好きじゃないけど、元気になった原因を考えました。そして、ずっと3つの事実に注目しようと言ってきました。

,匹發蠅麓っていない。治療を受けようと受けまいと、必死で治療を受けて自分でがんばっても、いろんな    所に行ってもどもりは治っていない。
∪こγ罎里匹海砲癲△海Δ垢譴个匹發蠅治るという治療法がない。
B腓な個人差がある。悩みや、吃音から受ける影響は、どもる程度以上に、ものすごい個人差があります。
 こんなにどもっていて大丈夫かと思う人が平気で生きているし、連れ合いがどもっているのが全然分からないくらいのどもる事が少ない人が、すごく悩んでいます。どもる程度は同じように思えるのに、片方は話すことの多い仕事に就いて生きているのに、ある人はだめだと言って就職活動を諦める人がいます。この個人差はとても大きいです。

 この個人差に注目して、なぜこんな個人差があるのか、考えました。
 ある人はどもりながらある意味、平気で生きている。ある人は、どもりながら社会的に引きこもり、不登校になり、就職しないと言ったりしている、ここに注目しようということを40年くらい前から言ってきたが、多くの人が納得する説明ができませんでした。

 「吃音とともに生きる」子どもになるには、どう育てればいいかに対しては、僕自身が経験したことを話し、どもりについて話をして、吃音に向き合って、勉強して、どもっていても大丈夫思えるようになろうと話してきました。
 この、レジリエンスという考え方に出会ったときに、これはしめたと思いました。僕がずっと整理しようと思ってきたことを、レジリエンスという切り口から考えると、全部整理できます。「吃音とともに生きる」という言い方だと、なかなかピンとこなくても「困難や逆境にあったとしてもそれに負けないで、しなやかに生きていこう」と言うと分かってもらえます。人は逆境から立ち直り、生きられることに対して、レジリエンスは、7つの要素を挙げています。それが、レジリエンスのマンダラです。

 「洞察、独立性、関係性、イニシィアティヴ、創造性、ユーモア、モラル」です。   つづく

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/25

33回目の神戸吃音相談会


 今から神戸に出かけます。今年で33回めの吃音相談会だそうです。毎年のことなので、今年はどんな話をしようかといつも考えます。やはり、毎回違う話をしたいという思いはあります。僕がいいたいことはたった一つで、「どもりを否定しなければ、どもりと共に豊かに生きることはできる」ですが、話の切り口は毎年違います。今年は、「ジャジメントとアセスメント」について話そうと思っていますが、これもあくまでも計画で、参加者の希望や、状況で変わってきます。予めレジメなどは用意しないので、話しながら、どうすすんでいくのかは、自分自身がさっぱり分かりません。その方が、僕自身がたのしいのです。まったく考えてもいなかったことが、話の中ででてくることもあり、その発見を楽しんでいます。

 ありがたいことに、神戸スタタリングプロジェクトの伊藤照良会長が、メモをもとに会報にいつもまとめてくれています。今回、まとめるに値する話ができるか、予想はまったくできませんが、なるようにしんならないのです。
 
 昨年の分を送って下さったので、紹介します。

 レリジエンスを育てる 〜吃音相談会〜 
 
講師:伊藤伸二日本吃音臨床研究会代表


  レジリエンスということばは、精神医療・心理学の分野で使われています。日本では、東日本大震災を契機に、レジリエンスということばが新聞に出されました。震災で、経済や町やいろんなものが壊れて、そこから回復していくときにも使われています。
本来は、物理学の用語で、弾力性とか回復力と訳されます。たとえば、ボールを押すとへこみますが、離したら跳ね返ります。ぐっと圧力がかかるものが、ストレスで、そのストレスに対してポンとはね返す力がレジリエンスです。
 これまでは精神的な強さ(強くあれ)が長年言われてきました。でも人間は、そんなに強くありません。強さの研究はずっと昔からなされてきましたが、強さだけでは、なんともなりません。堅くて強い樹は、何かの拍子でポキッと折れるけれど、柳に雪折れなしと言われるように、しなやかさの方が強いのではないでしょうか。

これは、吃音にとって、ものすごく役に立つ考え方だと思います。
レジリエンスということばを知らない前から、僕たちは、レジリエンスのことをずっと考えてきたように思いました。
 1965年。50年前です、僕はどもりに悩んでいて“どもりが治らないと僕の人生はない”“どもっている僕は、社会人として生きていけない”と思い込んでいました。
当時大学一年生でした。近い将来、どもりの僕が仕事をしているイメージが全く想像できませんでした。小学、中学、高校とみじめな生活を送ってきていました。電話も、音読も、発表もできない、こんな僕は「社会人として生きていけるはずがない」と思っていました。自分がそうだったので、どもる人はみんな僕のように苦しみ悩み、将来、仕事につけないのではないかとしか思えませんでした。

 東京正生学院というどもりを治す学校に行きました。そこには300人くらいの人が来ていました。たくさんのどもる人に出会ってみると、僕以上に悩んでいる人も中にはいましたけれど、どもりながらかなり元気で生きている人たちがいっぱいいました。
 小、中学校時代に辛かったと言うと「楽しかった」「高校時代はよかった。いい友だちがいた」という人がいました。“本当かなあ”と、自分の苦しかった体験を思うと、すぐには信じられませんでしたが、それでも、いい友だち、いい先生がいたという話がうらやましく、同じようにどもっていても、ずいぶん違うなあと思いました。
 当時僕は大学1年生で、社会人として生きていけるかという不安を持っていました。 そこに来ている人たちは、夏休みを利用して、1週間や10日と短期に来ている人たちがほとんどでした。どもりに悩んでいるから、治したいと思って来ているには違いませんが、地元に帰れば、みんな仕事に就いていました。
どもりであれば仕事に就けないと思っていたのが、話を聞いてみれば、中には先生をしている人がいたり、お坊さんもいたりして、僕には想像できないような話すことが多い、話さなければならない仕事に就いていた人がいました。これは僕にとっては、新しい発見でした。

 一人で悩んでいたら、悩みの中のどうどう巡りになっていて“どもって失敗した”→“だから、〜しない”→“〜しないから、経験がないから、何かをする時に失敗する”という負のスパイラルに入ってしまいます。
当時の僕にはどもりながら仕事に就いてちゃんと生きていく、そんなことが想像できませんでした。でも、そういう人に出会ったときに、僕は「どもりの僕でも生きていけるかもしれない」と思いました。300人くらい来ていた人たちは、特別な能力のあるスーパーヒーローではないでしょう。それなら、その人たちにできて、僕にできないことはないだろうと思えました。

 僕は小学校2年生からずっとどもりに悩み、暗黒の時代を生きてきました。友だちもいない、勉強もしない、社会的にある意味「引きこもりの状態」で生きてきました。
でも、この21歳の時からがらりと変わって、今も、どもることはかなりあるけれども、どもりに悩むことは全くなくなりました。
僕は21歳から、変われました。けれど、変われない人もいます。
僕は、東京正生学院で1ヶ月間、治療を受けて、治らなかったので、そこで、きっぱりとあきらめた。ところが、あきらめきれずに“ここではだめかもしれないけれど、他の所なら治るかもしれない”“もうちょっとがんばったら治ったんじゃないか”と、ずっと治すということに対して、あきらめきれない人はいっぱいいます。
この個人差は何だろうと、ずっと考えてきました。

 そこで、最近出会った「レジリエンス」の概念は、これまで僕が、どうしてこの個人差を説明ができるか考えあぐねていたのを、ぱっと解決してくれました。レジリエンスで「吃音と共に生きる」ことが説明できると思いました。レジリエンスは、回復力、弾力性と訳されますが、強さというより、しなやかさです。

 これまで、何かの問題や、欠点、病気などがあると、そのだめな部分だけを調べて、だめな部分をなんとか治そう、克服しようとしてきました。
治るもの、治せるものなら、治っていいし、治したらいいと思うけれど、世の中には、治せない、治らないものはたくさんあります。
そういう治せない、治らないものに「これさえ治れば幸せになれるのに」と考えてしまうと、治せる時代がいつくるのか?治せなかったら、治らなかったら、その人は不本位なままとなります。
そういうふうにマイナスのものから考える方から入る精神医学、心理学、教育学はもう破綻をしています。治すという考え方は常識ではなくなってきました。

 それよりも、違う角度から、考えていこうというのが、レジリエンスです。
ことばを変えれば、この人はこんなに苦しい状況にありながら、どうしてこんなに元気で生きていけるのだろう、これだけの困難な状況をどうして乗り越えられたのだろう、こういうプラスの側面から、見ていこうとしていくのが、今後のひとつのありかたとしてあると思います。  (つづく)

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/24 

吃音のドキュメンタリー映画感想 3


 僕たちも映画をつくりたい

【進士】翻訳作業のために、いつもパソコンで観ていましたが、今日、こんなに大きいスクリーンで観せていただいて、違う感じがしました。この映画は(翻訳の過程で)何度も観ているんですが、何度観ても涙が出てきます。普通はこれだけ観たらもう観るの嫌だけど。今日も自分の訳を見るとメモしていました。「直さなあかん」って。職業病(笑)。だけど、何度観てもずっと観ていられるんですよね。自然がいっぱい出てきて癒される。翻訳しながら何度も繰り返し観て、時々「なんでこんな、しんどいことをやっているんだろう」と思いながらも、結果的にいい映画の仕事をさせていただいた。
 翻訳によって映画はどうにでもなる。映画だけでなくて本でもなんでも翻訳家の立ち位置とか考え方とか、モロに出ます。もちろん中立に原文通りに訳しますが、日本語と英語ってあまりにも違うから、どういう言葉を選ぶのかっていうのは翻訳家のさじ加減。最初に川崎さんが私の訳を見て、「伊藤さんのまんまや(笑)」って。つまり私が完全に伊藤さんに洗脳されている(笑)。だから選ぶ言葉も伊藤さん好みというか。

【伊藤】違う人が字幕をつけたら違う感じになるのかな?
【進士】もう全然違うものになると思う。
【伊藤】でも、もとの会話と全く違うことを言っているわけじゃないよね。
【進士】もちろん変えていません、ほぼ。だけど吃音のことを実際に知っていないとわからないことはあると思います。そういう意味では私も、どもる人たちに長年接し、世界大会に何度も行っているからこういう風に仕上がったのかなと思います。
【伊藤】最初に西田さんが言った「いい言葉がいっぱい散りばめられている」っていうのは進士さんの言葉なんだよね(笑)

【伊藤】僕も一番最初に観た時はつまらないシーンがいっぱいあると思ったんだよね。髭剃ってたり「こんなシーンはいらんやろう」って思ってたけど、実際は、言葉ばかりの映画も観ていられないですね。そういう意味では風景があったり自転車のシーンがあったり、ああいうものがあったからちゃんと観られる。やっぱり映像という世界はランゲージだけの世界ではないなと。そういう意味では全く字幕のないものを観ていた時の印象と全然違うものになりました。

【進士】伊藤さんは最初字幕をつける時、全然乗り気じゃなかったので(笑)
【伊藤】マイケルが日本に来て、映画を撮りたいって言われても、どんな映画になるか見当もつかなかった。でもこうやって観てみたらすごくいい映画になっていて進士さん、本当にいい仕事をしてくれました、ありがとうございました。
【西田】最初の方に「大阪だけが少数意見で世界中は違う考えの人たち」っていう話がありましたね。「自分の中で吃音が関心の一番だったけど、もう受け入れて、吃音と一緒に生きよう」と発言がありました。吃音だけにとらわれず、人生のなかで自分のいろんな面を出していきたいと思っている人は多いと思うんですよね。ただ吃音の世界大会とかだったら今まで治療者の意見だとか、セルフヘルプグループのなかでも治そうと思っているリーダーたちの意見が強かったから、そういう考えが吃音の世界の主流だと思わされてきた。映画に出てくる人のような考えの人は、これまであまり吃音について自分の意見を世の中に表明してこなかった。マイケルのような仕事としての映画監督でない人間が、自分で発信できるようなテクノロジーが一般の人も手に届くようになったことも大きいと思います。

【伊藤】「僕たちが大切にしてたことは決して間違いではない」という、確信を得ることはできたよね。治そうと頑張ってきた人も「再発した」とか、最終的にはうまくいかない。結局は「自分を認めてそのままでいい」ということにならざるを得ない。そこにたどり着くのに時間が短いか長いかで、最終的にはそこへ行く。それが吃音のある意味面白さであり、不思議さであり、ミステリーさであるんだなと思いますね。
【井上】字幕を入れるにあたってこの映画を観て「ナレーションがどもっている映画は他にはない」と思いました。マイケルが連発してどもっている時にどこで字幕を入れたらいいのかは悩みましたけど(笑)。映像の力はすごい。どもっている姿って生々しい。見たくない人は目を背けたくなるようなもの。文章も大事ですが、こういうふうに映像で残すというのも大事じゃないかなと思いました。伊藤さん、映画を作りたくなったでしょう。(笑)
【伊藤】作ろうか。やっぱり映像として残すことに意味がある。ナレーションがどもっているという効果はものすごく大きいね。スムーズに流暢に話されたらちょっと違う感じがするけど。あれはワザとどもっているの?
【川崎】前に大阪に来た時よりは、かなりどもるようになっています(笑)

【伊藤】やっぱりどもりを認めると、前よりはどもるようになるよね。
【川崎】そうだと思います。
【伊藤】僕なんかも最近ものすごくどもるもん。
【伊藤】最後に、今日は開講式なので、東野会長の挨拶をお願いします。

【東野】今日はこんな形で開講式を迎えたのは初めてですよね。やっぱり、映像の中で関心が向くのは向こうのセルフヘルプグループがどんなことをやっているのかとか、向こうのキャンプはどんなことをやっているのか、ということですね。「やっぱり大阪と違うな」と思ったのは、大阪は毎回全40回のテーマが決まっていて「こういうことを学ぼう」っていうのをやっていますね。学ぶ中で自分の考えを整理したり、自分のことを気付いたり、相手のことが理解できたりします。もちろん自分のことも理解が深まったりもします。そいういうことを繰り返している。僕の考え方では「ミーティングに関してはアメリカよりこちらの方が優れているんじゃないのかな」と感じました。
 2016年度の吃音教室が今日から始まります。今年度もぜひ参加してください。新しいプログラムも入っています。ずっと継続しているプログラムもありますが、参加者に新しい人がどんどん入ってきますのでマンネリも一切ありません。新しい刺激があると思いますので、ぜひ参加してください。
【伊藤】本当に心が洗われるというか、久しぶりに気持ちのいい映画を観た感じがしました。初めはどもりを認めたくなかった人たちが、最終的には僕たちと同じような感じになっていくのがとても面白いなと思いますし、淡々と素直に率直に語る方が迫ってくるものがあるなと思いました。声高に何かを主張するよりも、ああいう風に主張するのはいいなあと思いました。僕らもできるだけいろんな発信をしなければいけない。今、日本の吃音の世界は、本当に大変な時代になってきています。こんな時代が来るとはよもや思わなかったですね。発達障害者支援法だとか。障害者手帳をもらって就職したいとか。こんな動きが出てくるなかで、僕たちが発信しなければいけないなと感じました。
 映像というのをせっかく井上さんが言ってくれたので、井上さんを監督にして映画を作りたいなと思うし。僕たちがやっていることを世界に発信していかないといけないと改めて思いました。そこでアメリカ向けに僕が本を書いて、進士さんにまた翻訳をしてもらって出版する予定を急がないといけないですね。アメリカにはそれを受け入れる素地があると、今回の映画で思いました。海外進出を果たさないといけないと改めて思いました。どうも本当にありがとうございました。

 今回で映画の感想は終わります。この映画の上映をどうしていくか、考えたいと思います。どもる人だけでなく、どもる子どもや保護者も゜さらに吃音を知らない人々に見てもらいたい映画でした。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/22

吃音ドキュメンタリー映画の感想 2


 大阪吃音教室での上映会の感想の続きです・

【坂本】80パーセントが遺伝だという遺伝子のおじさんだけはいただけなかったですけども(笑)。マイケルが吃音を通して人と出会っていった話なのかなと思いました。
 ドライブした友達のことが思い出され、同じような仲間に出会い、キャンプに行ったり。「あなたの話し方、私は嫌じゃなかったわ」と言ってくれる連れ合いとも出会った。「ああ、僕の話し方を好いてくれている」「嫌でないと思ってくれている」そういう人と分かり合えたということで、「大阪のグループはつながりを大事にしている」という話ともつながっている。
 彼は吃音を通して、自分と人のつながり、出会いを確認した映画なんだなと思った。親ともそう。おじいさんとももう一回出会いたかったし、出会っている。亡くなった人とも対話をしている話かな、とも思いました。あとは彼のお母さんが「子どもの全体を見てあげるべき」だというのは、親がよく言っていることだと思うんですけど、お母さんの体験から培われた言葉で、お母さんも「全体を見てあなたを愛しているのよ」というメッセージが彼にも伝わったという話かなと思いました。

【村田】車や列車が出てくるシーンが多かった。そのシーンを通じて、考え方が熟成していく過程というのがすごく伝わってくる。どもりとしてのプライド、誇りを得ていく姿が感じられました。

【東野】一番最初、彼が自分の弟に、自分の吃音について聞いたんですよね。それまでは弟にも吃音のことを話をしたこともなかったし、母親とも話してこなかったし、対しても誰に対しても話さなかった。そういう言葉から始まって本人がどんどんと行動していくなかで変わっていきますよね、あれはすごいなと思いました。
今までは吃音ということを自分の中から出さなかったけど、それを人との関わりの中で外在化するというか、形にしていくというのがよくわかりましたね。その中で彼の発言がどんどんと変わっていったりするし、彼は自分の問題として吃音のことを知ろうとして、吃音とは何か彼は突き詰めて考えたかったんだなと、それがよく出ていましたね。

【佐藤】あの中の人で、「最初は吃音で吃音が自分の中の上位で、吃音を通して世界を見ていたけど、そのうちに(自分にとって大切な)他のことの順位が上がってきて、結果的に吃音(の順位)が下がってきた」という話が印象的でした。

【伊藤】映画を撮り始めて、そこから彼がどんどんと考え方が変わり、人と出会っていく、ひとりの成長の物語。所々で、車のシーンとか自転車のシーン、自然も入ってきて、上手に作ってあるなという感じがするね。

【川崎】井上さんが上映前に紹介してくれた相関図の真ん中の、マイケルの写真なんですけど、これは伊藤さんの話を聞いている時のマイケルの表情です。ものすごく真剣に一生懸命聞いているんですよね。僕は横で聞いていましたけど。あの時のマイケルの表情がすごく印象に残っている。

【伊藤】彼は新婚旅行で日本に来てくれてよかったよね。やっぱり日本に来たことも彼にとって大きなことだったのかもしれないね。もし日本に来なかったら、ストーリーとか語り口がちょっと違っているかもしれないね。

【川崎】大いに違っていたと思います。

【伊藤】そういう意味では、ひょっとしたら大阪の吃音教室に来て、影響を受けた可能性があるかもしれないですね。
【川崎】アメリカ人がこの映画を見た時に、大阪のシーンが一番人気があるらしいです。

 感想は次回で終わりです。大阪吃音教室のみんなが、予想外の映画に共感しつつも驚いていました。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/21

吃音ドキュメンタリー映画 感想 1


 吃音についての考え方が、大阪と似ていることにみんなびっくり

 アメリカの青年、マイケル・ターナーが監督した吃音のドキュメンタリー映画「The Way We Talk」は、「吃音について話したのは25歳の時が初めてだ」で始まりました。吃音に悩みながらも、家族にも話さず、ひとりで悩んできたマイケルが親友に初めて吃音について語ったことをきっかけに映画作りを決意します。

 撮影を開始してから、国際吃音連盟を通して、日本の伊藤伸二の名前を知った彼は、新婚旅行先に日本を選んで、私に会いに来てくれました。私へのインタビューでの彼の真剣なまなざしが忘れられません。インタビュー後、大阪吃音教室にも参加した体験が、映画にどのように影響したかはわかりませんが、彼のナレーションのことば、上映後の大阪吃音教室の参加者の「私たちと似ている」の感想で、少なからず影響を受けたことは確かなようです。

 マイケルのナレーションの、気持ちよく軽やかにどもる語りは、バックグラウンド・ミュージックのようだ。どもる声が実に心地よく響きます。

 上映後、大きな拍手がありました。大阪の人たちは、満足したようでした。すぐに感想を述べ合うことにしました。

【西田】すごくいい言葉がたくさんあった。心に留めたいと思う言葉が後半から次々に出てきた。今日は、吃音についてのいい言葉が自分の中にいっぱいたまったな」という実感があった。

【山本】映画で泣いたことは初めてです。号泣しました。中盤くらいに、吃音は環境ではなく遺伝だという話がありました。しかも8割が遺伝。これまで自分の中にそういう考えはなかったけど、将来は子どももほしいし…。
最後のシーン、マイケルのお母さんが「自分のこどもが吃音だったら?」とマイケルが「なんとかやっていけると思う」と言ったのはすごく良かった。言語聴覚士がクライアントからの相談に対して「セラピストさんの責任は重い」と言っていたのも印象的だった。人の人生を真剣に思っているんだということが伝わってきた。

【伊藤】 遺伝のあの部分はいただけませんね。まだ分からないことが多いのに、あのように言うなんて、アメリカの吃音研究者はどうかしていると僕は思いますよ。

【有馬】なんとなくアメリカは「吃音を受け入れてどういう風に生きていくか」という考え方よりも「治療していく」という考え方の方が主流なんだと思っていました。だからこの映画を観て、私たちと同じような考え方をしている人がたくさんいることに救われました。そういうことを考えている人がたくさんいるということが率直に意外な思いがしました。そういう風に考える人たちの根底に流れているのは、国が違っても同じなんだなと思いました。さっき山本さんも言ったように、一番最後の方でマイケルと彼のお母さんとの会話が心に残りました。ブランケットを編みながら「全然急かしてるわけじゃないよ」と。「いや、急かしてるやん(笑)」って笑いましたが、ブランケットを編んでいる自分も「間違いがいっぱい」あると。「間違えるけども、最終的にはひとつのブランケットになるんだからそれでいい」と言ったのが象徴的だなと思いました。

【伊藤】結局、「治療」とか「治す」っていうのはセラピストや研究者たちが言っていること。治らなかった人たちは、治療機関や大学が多いアメリカでも、ああいう風に、僕たちのようにならざるを得ないんじゃないかな。今回、僕も意外でした。

【赤坂】「本当に日本もアメリカもどこも同じやねんな」と、ものすごくジーンときました。私よりずっと若い人たちがそんな風に頑張ってくれているのを見て、大阪の吃音親子サマーキャンプのようなことを向こうでもされていて、「仲間のありがたさを感じられるようなグループが向こうにもあって良かったな」と思っています。マイケルはあれだけどもりを認めるようになったのに、お母さんが「子どもがどもりだったらどうする?」と言った時に「どうして彼は即答しなかったのかな」と私は思いました。どもりを認めていても、やっぱり子供はどもらない方がいいのかなと思った。私の方が考えが甘いのでしょうか。私がこれだけ平気になってるから、子どもの心配もしたことがないのですが、「あ、やっぱり子どもがどもることは、みんな嫌なのかな」と思いました。

【伊藤】そういうことじゃないだろうと僕は思うよ。「なんとかやっていける」のことばの前のあの時間が空いたということにそれなりの大きな意味があると思う。即答するよりも、しっかりと考えた上での発言だからこそ、重みと奥の深いものがあるんじゃないかな。

【徳田】ナレーションをずっと聞いていると、後半になるとかなり私たちの考えとよく似てきていると感じました。たとえば冬の森をキャンプしている時、「吃音を嫌うというのは自分を嫌うこと」「僕はこのままでいい」「吃音を認めて、自分を肯定していきたい」というメッセージ。世界的にこんな風になっていればいいのですが、ちょっとこの映画は出来過ぎという感じがしました。オランダ大会の時はヨーロッパの人たちは、私たちに近いとおもったけれど、それまでは世界的にはまだまだこういう考えが浸透していなかったように思う。この映画を世界的にみんなに観てもらったら非常にいいなと思いました。

【伊藤】この8月、アメリカで行われる第11回の世界大会でこれが上映されるので、世界の人たちが観ることになります。そういう意味でマイケルの貢献はとても大きい。日本の僕たちもがんばっているんだということが伝わるのでありがたいよね。

しばらく、感想を掲載します。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2016/04/19

吃音と共に豊に生きるために




 2016年度のスケジュール


 新年度が始まり、半月が過ぎました。
 そろそろ落ち着いてきた頃でしょうか。
 2016年度の日本吃音臨床研究会のスケジュールの大枠が決まってきました。どうぞ、ご予定おきいただき、ご参加いただければと願っています。

神戸相談会チラシ新

 トップは、毎年この時期に恒例の、神戸での相談会です。今年で、33回目の神戸での吃音相談会、阪神淡路大震災のときを除いて、ずっと開催しています。伊藤照良さんが会長をしている神戸スタタリングプロジェクトのメンバーと共に、参加者みんなで、吃音のこと、自分のことを考え、話し合いましょう。
 お近くの人、ご都合がつけば、ご参加下さい。

どもる子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会in神戸
  日時:4月24日(日)
  会場:こうべ市民福祉交流センター 4階401号




 その他のスケジュール




どもる子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会in名古屋
  日時:6月26日(日)
  会場:名古屋市総合社会福祉会館

どもる子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会in大阪
  日時:7月3日(日) 
  会場:大阪市天王寺区・應典院B研修室  13:00〜16:30

吃音親子サマーキャンプのための芝居の事前レッスン
  日時:7月23・24日(土・日)
  会場:銀山寺(大阪市天王寺区)

第5回 親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会
  日時:8月11・12日(祝・金) 
  会場:愛知県岩倉市立生涯学習センター

第27回吃音親子サマーキャンプ  
  日時:8月19・20・21日(金・土・日) 
  会場:荒神山自然の家(滋賀県彦根市)

吃音キャンプin沖縄
  日時:11月12・13日(土・日)
  会場:沖縄県那覇市内(予定)

第15回どもる子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会in横浜
  日時:12月3日(土)
  会場:神奈川県川崎市内(予定)

※その他、日本吃音臨床研究会の主催ではありませんが、伊藤伸二を講師に、岡山、島根、静岡、群馬で吃音キャンプが予定されています。
※詳細は、「スタタリング・ナウ」紙上でお知らせします。


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