伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2015年03月

どもり(吃音)と小学校の卒業式 ー最初は苦痛だったー


 3月8日、卒業式の「よびかけのことば」練習でことばが出なくて、その後の練習や、卒業式に不安と、恐怖をもち、食事もできなくなった、小学6年生の男子生徒と両親と会ったことは、このブログで紹介しました。
 東京学芸会でのナラティヴアプローチのシンポジウムの終了後だったためか、いやそうでなくても、同じだと思うのですが、僕はナラティヴ的に彼や両親に質問したり話したりしました。
 しばらくして速達で手紙がきました。それが以下に紹介する手紙です。本人の了解は得ていませんが、名前は絶対に特定できませんので、手紙の本文そのままを紹介します。
 このような体験が多くの人の目に触れ、吃音を考えるきっかけになってほしいからです。今回のブログと前に書いた関連のブログを会わせて、どもる子ども本人や、両親、教師の皆さんに読まれることを願っています。


 
どもる子どもの保護者からの手紙

この度は、息子のことで相談にのっていただき、ありがとうございました。急な申し出にもかかわらず、快く会って下さって、感謝の気持ちでいっぱいです。伊藤さんのお話を伺ってなかったら、あの暗いトンネルから今だに出れてなかったかもしれません。ご報告が遅くなり、申し訳ありません。

 あの日、お別れした後に息子に「お話、どうだった?」と聞くと、目を輝かせて「本物だ」と一言、言ったのです。「今まで自分にアドバイスしてきたどんな人とも言うことが違う。うそがない」と。その感想は、私たちも同感でした。伊藤さんが息子に語りかけるのを隣で聞いていて、今まで吃音がありながらもなんとかやってきたことをまずほめてくれ、悩みやどうしたいかを聞き、ご自身を含め、いろいろな方の体験談を語ってくれました。

 息子が、担任の先生が手紙を読むその場には居たくないと言ったとき、強い口調で「それはだめだ!」と言ってくれました。そのとき、私たちはここまで強く言って、息子の後押しをしなければいけないのだと気づかされました。息子が頑なに、先生が話している間、みんなにじろじろ見られて恥ずかしくて耐えられない、と言っていたので、今回、同席させるのは無理かもしれないと、気持ちに迷いが生じていました。

 伊藤さんのお話を聞いた翌日も、まだ息子は迷っていたので、夫婦で説得して、本人も納得した様子でした。月曜日は、風邪で学校を休んだので、先生にお話があるので家まで来てほしいと伝えたところ、雨の中、放課後、来て下さいました。今回、卒業式でセリフは言わないことと、6年生の3クラスに先生から手紙を読んでもらって、その場に、息子も居ます、と伝えました。

 先生は、「勇気があるね。でも、卒業式にやっぱり出たくないと思ったら、無理しないでね。あなたのためだけの卒業式を後日、先生で集まってするからね」と言って下さったのです。みんなには翌日言うことになりました。前日の夜、落ち着いている感じだったので、大丈夫だろうと思ったのですが、当日の朝、気が重いと言って、学校に行く30分前になっても、ふとんから起きれませんでした。さかずに焦りました。後から聞くと、この時80%は行けない気持ちが強かったそうです。どんなことばをかけたら息子は起き上がれるだろうかと思いました。

  「あなたは今寝てるけど、先生はもう学校に着いている。昨日は、雨の中、家まで来てくれて、昨日から、今日はどんなふうにみんなに話そうかと、他のクラスの先生ともいろいろ相談して先生は考えてくれているんだよ。行かなきゃだめでしょ!」
 
 息子はそのことばを聞いて起き上がってくれました。その日は、息子が学校から帰ってくるのを落ち着かない気持ちで待ちわびました。

 「ただいま!」「どうだった?」「今日は乾杯だあ!」と晴れやかな顔。「みんな、吃音の話を聞いても(態度が)変わらなかった。普通に聞いてくれた。友だち二人がすぐに代わりに言おうかと言ってきてくれた」「言ってよかった?」「うん!」

 その日は、先生に3時間目に手紙を読んでもらって、5・6時間目に体育館で謝恩会がありました。大勢の先生や保護者たちの前で、三人一組で舞台に上がり、一人ずつ先生に感謝のことば述べないといけなかったのですが、全く緊張せず、スラスラと言えたそうです。息子は「ときどきあるんだよね、全然平気なとき。今日はたまたまそうだった」ここ数日の精神状態だったら、とても言えてなかったと思うのですが、直前にみんなにオープンにして、隠さなくてもいいと思えたことが大きかったように思います。

 もし、手紙を読む場に居なくて、後から先生に、みんなちゃんと聞いてくれて、代わりに行ってくれる人も出たよ、と聞いただけだったら、実感がわかなかったと思います。代わりに言おうかと言ってきてくれた友だちに、直接、自分の口で「ありがとう」と言えたこと。この経験は勇気を出してその場に居たからこそ得られたものだと思います。息子はセリフを言うことからは逃げたかもしれないけれど、吃音に向き合い、もっと大事なことからは逃げなかったのだと誇らしく思います。

 最初は苦痛だった卒業式。たくさん泣いてたくさん悩んで、でも、自分の行動と周囲の協力でストーリーは書き換え可能なのだと、今回、学びました。今は息子が一回り成長できた卒業式が楽しみです。

 あの電話嫌いな息子が、卒業式が終わったら伊藤さんに電話してお礼を言いたいと言っています。「手紙を書いたら?」と言ったら、力強く「電話がいい!」と。息子の変化にびっくりです。
 今後もまた相談にのっていただくかもしれませんが、よろしくお願い致します。本当にありがとうございました。


 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/21

ナラティブ・アプローチ は難しいか?



 3月8日東京学芸大学で、「ナラティヴ・アプローチの困難と喜び」と名づけられた、ナラティヴ・アプローチのシンポジウムに参加しました。ナラティヴ・アプローチが日本に紹介されて、15年ほど経ちますが、領域によって導入の時期や発展の仕方も違い、それぞれが抱えている困難や喜びも違います。それを互いに報告し合い、今後の展望を開いていこうと企画されたものでした。

 医療・看護の領域ではナラティヴに関心は高く、学ぶ人も多いようですが、ナラティヴという必要の無いものまで、ナラティヴと名付けられ、いわばはやりのように使われることもあるが、大きな進展はないとの状況が話されました。

 心理臨床の領域では、ナラティヴ・アプローチは、心理療法のひとつとして取り入れられましたが、家族療法とブリーフセラピーでは活発に議論されているものの、臨床心理全体では、ひとつの理論、技法として紹介されるにとどまっている。数年前には、これからは「ナラティヴ」だ大きな期待が集まったものの、その後の動きはほとんどないようです。 カウンセリングに「語る」は当然のことで、パーソンセンタードアプローチの「傾聴」とどこが違うのかとの思いもあって、取り入れるのが困難な状況にあるようです。

 福祉の領域では、知識、理論としてはソーシャルワークの教科書で紹介され、方法論としては受け入れられているが、実践、臨床の場面ではほとんど使われず、論文や学会発表のレベルでもあまり見られないといいいます。
 3つの領域の報告に、僕はとても不思議な思いがしました。これらの領域では、当然ナラティヴアプローチが大きな関心がもたれ、実践も進んでいると、根拠はありませんが、想像していたからです。この領域からの報告で、ナラティヴ・アプローチが大きな流れとならない、悲観的な、ため息のような思いが伝わってきました。

 その後の参加者を含めての議論を聞いて、15年ほど経ってのこの現状報告に、新しいものの浸透はするのは難しいことなのだと納得もしました。

 議論の中では、ナラティヴ・アプローチの基本姿勢である「無知の姿勢」と「専門性」、「エビデンス」と「ナラティヴ」などが対立するものと受け止められたり、狭い意味での専門職者意識から抜け出ることができないことが、ナラティヴ・アプローチの普及を妨げていると感じられました。そして、ナラティヴ・アプローチが、それぞれの領域の既存の理論や技法の大きな流れからすれば、マイノリティーであり、マイノリティーであり続けることに対する悔しさも感じ取れました。ナラティヴ・アプローチがいまだに混沌とし、実践が困難な要因について、次の4点を挙げる人がいました。

 .淵薀謄ヴ理論(社会構成主義)がわかりにくい
 ⊆汰のかたちがわかりにくい
 成果をどうとらえ、どう表現するか、その方法論が明らかにされていない(研究論文としてまとめにくい)
 だ賁膕箸箸靴討涼構築の困難

 私はナラティヴ・アプローチに初めて出会ったとき、これは私たちがセルフヘルプグループで実践してきたことそのものであり、セルフヘルプグループの意義を理論的に説明してくれているものだと考えたためか、困難な要因として挙げられているこれらのことは考えませんでした。研究論文としてまとめる必要がない気安さからでしょうか。

 そしてそれは、2014年秋、ニュージーランドのワイカト大学大学院で、ナラティヴ・セラピーを学び、『ナラティヴ・セラピーの会話術』(金子書房)の著者である国重浩一さんから、吃音ショートコースでナラティヴ・アプローチを学んだことで、さらに身近なものとなりました。

 理解が浅いのかもしれませんが、「人はストーリーを生きている」「オルタナティヴ・ストーリー」「その人が問題ではなく、問題が問題なのだ」「問題の外在化」「その人が人生の主人公」「その人の力を信じる」「無知の姿勢」「対等性」などのナラティヴ・アプローチの基本は、何も難しいことではなく、対人援助にかかわる者にとって、むしろ常識ともいえるものだと、私には思えるのです。
 シンポジウムでナラティヴ・アプローチの実践の喜びが出されなかったのは、残念なことでした。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/20

どもる子どもと、保護者のつどい


 みんなが「ほおーっと」する場

 僕たちの仲間である、桑田省吾さんから、うれしいメールが届きましたので、そのまま紹介します。神戸と西宮の集まりの紹介です。

伊藤さん
 「問題解消の場」「問題を誰かに委ねる場」ではなく「出会いの場」「共に歩む場」を求められる保護者の賢明さ・誠実さ・直向きさ・・・に打たれます。

 ことばの教室に器を借りた親子のつどいスタートから、はや13年が経ちました。途中から、ことばの通級児対象だけではない公共の場所を使ってのつどいになり、回数は毎月実施から、学期に1回となりましたが毎回、多彩な顔ぶれで、面白おかしく、ときには深く、つどいは何とか継続しています。

 神戸でやりながら、参加者は意外に神戸は少なく、東は京都や奈良、大阪の箕面や泉南、西は広島や加古川からの参加があります。淡路島からも毎回、母子で車を走らせ参加されています。寒い2月に、兵庫県の山陰、湯村温泉の近くの新温泉町から、早朝暗いうちから雪をかき分け参加された親子もあり、「場」を求める思いを再認識させられたこともありました。

 また、毎回参加児童の担任の先生やことばの教室の先生の参加もあります。また、おじいちゃんおばあちゃんがまず様子伺いに参加されるということもありました。吃音ではないコミュニケーションに問題のある方や、海外の言語聴覚士の視察、神戸新聞の取材などなどもありました。

 参加している子どもは、幼児から大学、成人まで。多くは幼児からの参加で、彼らは小学校の低学年からもうベテラン顔をしています。吃音親子サマーキャンプに参加している高校2年生は、自ら”ボクは絶対参加しないといけないスタッフや!”と言い張っています。(彼はもう10年選手です。)
 つどいの内容自体は何の工夫も企画もなく、スタート時から毎回同じパターン、スタッフは「ただ丸腰であること」だけを共通理解してその場、その時の参加者が織り成す、出会い方、共働の様子などに同行させてもらっています。

 親のグループでも子どものグループでも、複数参加者が、回数の浅い方を中心にした交歓を自然と行ってくださっています。その中で、「吃音親子サマーキャンプに行ってみたい」と思う方が増えたり、サマーキャンプに参加された方が「もっと話したい!」とつどいに参加されたりもしています。

 スタッフ間で、学期に1回は多い?〜少ない?の議論もありましたが、子どもたちの「生きるちから」を毎回感じれば感じるほど学期1回の時間!、ええやん!!とも思っています。が、学期に1回では飽き足らないし、地元でももっとつながりたいというお母さんが立ち上げられた親子のつどい(西宮の「あのねのひろば」)がまたさらに保護者の思いを進化させた「めっちゃええ感じのつどい」なのも嬉しいことです。

 次回は
◎神戸の親子のつどい「ほおーっと」は
★ 平成27年  6月6日(土)  9:30 〜 11:30   こうべ市民福祉交流センター 5階  501・502室  会費  ひと家族 300円
◎西宮の「あのねのひろば」は、毎月開催
★ 平成27年  3月29日(日) 10:00〜12:00まで   プレラにしのみや(西宮市高松町4番8号)中央公民館 6階 603集会室 (阪急「西宮北口」駅南へ徒歩3分)
 

*前回(2/14)の「ほおーっと」参加後の「あのねのひろば」主催者の感想メールも添付します。

桑田先生へ

土曜日は、本当にたくさんの親子がほおーっとに参加してくれて、とてもうれしかったです。会長代行(こうきくん)の最後のことば「たくさん友達が来てくれてうれしい。また続けて来てほしい」私も全く同じ気持ちでした。みんな吃音に対する不安な気持ちを持ちつつも、どこに行けばいいのか。誰に相談すればよいのか?という、私がほおーっとに出会う以前抱いていた思いと同じ方がたくさんおられるのだと、改めて感じました。

 ほおーっとを長年続けて下さっている、桑田先生をはじめとするメンバーの方々のおかげと感謝の思いです。初参加の方の「もっと定期的に開催してたらなぁと思いました」という思いも私と同じだなあと感じました。それがあのねを作るきっかけとなったので、あのねにも参加してもらえるとうれしいし、またいろんなところにこのような集えるグループができればよいと思いました。

 前回から親の話し合いに参加してくれている、吃音親子サマーキャンプの常連の高校生の存在は大きいと思います。高校生である彼の将来の夢や、小中学での生活の様子を聞けることは、自分の子どもの吃音を考えるとき、とても役に立ちます。また、彼自身がどのような大人に成長していくのかも、隣のおばちゃんのような気持ちになって見ていけるのが楽しみです。あのねのひろばは次回3/29(日)にいつもの場所で10:00〜12:00まで開催します。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/18

どもる子どもとの ナラティヴ・アプローチ的会話

 僕が卒業式に出るために

 3月8日、東京学芸大学でのナラティブ・アプローチのシンポジウムが5時に終わり、小学6年生の男子生徒と父親、母親に会いました。
 その日までの2回の電話で、どうしたら、卒業式の練習、卒業式の当日に欠席しないで参加出来るかを考えました。その中のひとつの選択肢として、自分のクラスの生徒だけでなく、他のクラスの生徒にも、自分が、どもって言えないことを理解して欲しいが出されていました。

 そして、会うと、母親が文章を書いてきました。子どもと相談して、自分のどもりについて説明し、こんなことで困るから、理解して欲しいという内容でした。文章は、どもりの説明からはじまり、全員で言う学校での思い出を、俳句のように短い文章にしたものを、どもる僕の代わりに誰か読んでもらえませんか」とお願いの文章でした。母親が書いた文章に、子どもは「食事が喉を通らないほど悩んでいた」と書き足して欲しいと要望が出されました。
 その文章を自分のクラスだけでなく、他の二つのクラスの担任にも渡して読んでもらうというのです。そして、クラスで読んでもらうときは、学校を休むというのが計画でした。

 子どもとのやりとりのを僕のことばだけで振り返ると、こんな話でした。


 君が食事ができなくなり、とても憂鬱で、体調を崩し、卒業式の練習も卒業式も嫌なら、練習も、卒業式は休んでもいいと僕は思っていたけれど、君は挑戦しようと決めたんだね。

 君が、卒業式の練習も、卒業式も参加したいと思い、参加するには、どうしたらいいかを考えた。そして、テンポよく、順番に言っていく、自分のセリフは、とても言えそうにないから、友達に代わりにいってもらおうと考えたのは、とてもいいことだと思う。いくら練習しても言えるようになるものでもない。だけど、壇上で卒業証書をもらった後、一言、将来の夢を言うのは、自分のペースでできるから、出来そうだと思うんだね。

 自分のどもりについて、また,自分が困っていることをみんなに伝え、自分の作ったことばを、「代わりに誰か言ってくれませんか」とお願いするのも、とても勇気のいることだ。

 せっかく、勇気を出したのに、この文章をクラスで読んでもらう時に、君が欠席するのは、もったいない。
 自分のどもりについて説明し、みんながどんな反応をするか、ちゃんと見届けた方がいい。君の勇気ある行動に共感してくれる友達もいるだろうし、「なんだあいつ」とからかってくる友達もいるかもしれない。だけど、どもる君を、ばかにするような友達とは、つきあわなくていいじゃないか。ちゃんと、理解してくれる友達と、これからもつきあえば良い。
 君は、みんながしている「呼びかけ」が出来ない、「自分はだめな人間だ」と考えるかもしれないが、自分のことを正直に話して、誰かに助けを求めることは誰でもができることではない。「だめな人間」じゃない。とても勇気のある人のすることなんだ。堂々と、お母さんと一緒に作った「どもりについての文」を君もしっかり聞こう。今日、「どもる君へ いま伝えたいこと」などの本を持って来た。これを機会にしっかりとどもりについて勉強しよう。勇気を出して、ここまで考え、一つの方向を見いだしたのだから、「吃音と上手につきあう」ことが、出来るようになると思う。卒業式の今回のことは、お父さんも、お母さんも一緒に考えてくれたんだから、これからも、一人で悩まずに、両親や担任、そして僕にも相談しよう。


 彼は、誰かに代わってもらうことをネガティヴなものと考えていました。しかし、出来ないことは、出来ないと認めて、誰かに助けを求めることは、勇気のある行動で、「ダメな人間ではない」と言うことは、母親、父親の後押しもあって、理解をしてくれたようでした。

 ある意味、「逃げる」と取られる行動が、勇気ある、積極的な行動だと、ナラティヴを変えることができれば、今回の卒業式の取り組みは、今後に生きてくると僕は思います。
 親や周りの人の力を得ながら、考え、行動する。彼にとっては「吃音サバイバル」の出発でしょう。
 実際に彼がどうしたかはわかりません。僕の小学2年生から、21歳までの吃音を否定し、話すことからも、人に相談することも出来なかった僕にとって、彼の行動は勇気ある行動だと、本当に思います。

 そろそろ卒業式、実際どうなったかの報告はないかもしれませんが、今年の吃音親子サマーキャンプに是非参加して、報告して欲しいと願っています。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/14

吃音と卒業式 どもる子どもにとって、小学校の卒業式はつらい


 卒業式で全員で呼びかけることばが、どもって言えない

 3月の初め関東地方の小学6年生男子の母親から電話がありました。

 卒業式で、2回話さなければならない場面があるそうです。

 ・テンポよく順番に学校生活の思い出を一言言う。
 ・壇上に呼ばれて卒業証書を受け取って、一言将来の夢をかたる。

 卒業式の練習がはじまり、一つ目の、全員がテンポよく順番に自分の考えたことばを言おうとしたとき、言葉がでずに、間が空き、みんながざわつき、後で「どうしたの?」と、口々にいわれたことで、以前より、どもるようになりました。自分の番でストップして、みんなから、変な目でみられたことから、卒業式の練習が怖くて、食事ものどに通らないほどに悩みはじめます。学校へゆきたくない、卒業式にでたくないと子どもは悩んでいます。

 子どもからの相談を受けて、母親は吃音についてネットで調べたり、吃音の本を買って読んだけれど、息子にどうアドバイスすればいいか分からず悩んでいます。
 担任は、子どもの悩みを真剣に受け止め、相談にものり、そんなに大変なら、「いわなくてもいい」「録音しておいたものを再生したら」など選択肢を提案し、なんとか、学校に来て、卒業式にも参加してほしいと考えています。卒業式の失敗体験が、将来に与えるマイナスの影響を心配しています。

 母親には、これまで読んだ吃音の本とはまったく違う視点で書いた「どもる君へ いま伝えたいこと」や「吃音ワークブック」(解放出版社)をしっかり読んで、担任教師にも読んでもらって対策を考えたらとすすめました。

 数日後の、3月7日(土曜日)、もう一度母親から電話があり、本の注文はしたけれど、大阪へ行くから直接会って話ができないかと言ってきました。
 関東地方から大阪にわざわざ来るのは大変です。ちょうど3月8日(日曜日)に東京である、ナラティヴ・アプローチの参加することになっていたので、それが終わる5時頃に、東京学芸大学のある武蔵小金井に来てもらえれば会うことができると伝えると、是非会いたいと、約束をしました。不思議なタイミングです。

 その電話が終わって20分もたたないうちに、小学6年生の担任をしているという、教師から、どもる生徒が卒業式に出たくないと言うほどに、吃音に悩んでいる、担任として何ができるかとの相談の電話がありました。話を聞き始めて、すぐに、20分前に電話があった子どものことだと分かりました。こんなことが実際にあるんですね。
 僕は、一瞬、保護者が、「伊藤伸二」に相談すると伝えたから電話してきたのかと思ったのですが、そうではなかったようです。担任教師が自主的にインターネットを調べて、僕の所へ電話をしてきたのです。
 母親から電話があったことは話さないで、いろいろと話しました。保護者側からの話と担任教師の側の話で事情がさらに詳しく分かりました。

 担任の、私に何ができるでしょうかの質問に、こうして電話をしてきた誠実さ、生徒に複数の選択肢を出して提案していることのすばらしさを伝えて、あなたにできることはしたのだから、後は、子どもの問題だといいました。しかし、今後のことも考え、親の会のパンフレットと「どもる君へ」は読んでほしいと、住所を聞いておくることにしました。

 いろいろと納得をしてくださいましたが、「卒業式にでなくてもいいじゃないですか」には、とても驚き、納得は出来ないようでした。
 通常学級だけを担任している教師なら、「卒業式の欠席」など考えもしないことでしょうが、特別支援学級の子どもや、不登校の子どもの中には、校長室でひとり卒業証書をもらうのは、あり得ることです。食事ができないほどに不安や恐れをもち、卒業式に出たくないと言っているこの生徒も、選択肢としてはありです。

 僕は「逃げない」ことの大切さをずっと考えてきた人間ですが、問題の対処にいくつもの選択肢を考えるとき「逃げる」の選択肢は、常に考えておく必要があると考えています。

 3月8日(日曜)、小学6年生の生徒と、両親と会って話した内容については、明日。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/12


 

ナラティヴ・アプローチのシンポジウム


 第3回 ナラティヴ・コロキウム

 3月8日、シンポジウムに参加してきました。僕たちがナラティヴ・アプローチに関心をもって3年ほどが経ちました。昨年は8月金沢で、斎藤清二・富山大学教授をまねいて「臨床家のための吃音講習会」をひらき、エビダンス・ベースジ・メディスンとナラティヴ・ベースド・メディスンを学びました。また、秋には、ニュージーランド、ワイカト大学で直接ナラティヴ・アプローチを学んだ、臨床心理士の国重浩一さんに、ニュージーランドから、わざわざ来ていただいて、吃音ショートコースでナラティヴ・アプローチを勉強してきました。
 吃音にとって、ナラティヴ・アプローチはとても役立つ、いやこのアプローチの基本思想こそが、吃音に生かせるものだと確信し、今後の僕たちの取り組む方向でとさだめてきました。

 今回、このシンポジウムに参加して、看護、福祉、臨床心理、教育の領域の、福祉のナラティヴ・アプローチの実践の現状を聞くことができました。
 1999年、「物語としての家族」(金剛出版)でナラティヴ・アプローチ紹介されて15年ほどたつのに、日本では、いや世界でナラティヴ・アプローチは根付いていないとの印象をもちました。
 それぞれの分野で、真摯で、精力的な活動を続けている人がいることを知ったことは有意義でしたが、ナラティヴ・アプローチの本質的な部分が、浸透して行くにはまだまだ時間が必要だと思いました。どのような論議がなされ、僕がどう感じたかは、少し時間をかけてまた報告したいと思いますが、僕の主張する「吃音と共に生きる」が少数派であるように、ナラティヴ・アプローチも少数だとの話がよく出ていました。少数派だからこそ、やりがいはあるし、豊に、広げていくチャンスがあると思います。
 学童期・思春期の子ともたちにとって、ナラティヴ・アプローチの基本的な思想はとても役に立ちます。ことばの教室の教師、言語聴覚士の僕たちの仲間と共に、吃音へのアプローチに、ナラティヴ・アプローチをどう活かしていくか、ますます思いを強くしたシンポジウムではありました。

  
第3回 ナラティヴ・コロキウム ──ナラティヴ・アプローチの困難と喜び──

横断する概念のためか,たくさんの関係者がいるのに,なかなか一堂に集まる場がない。「ナラティヴ」は,そういうところがあります。医療,心理,看護,福祉,教育といった対人援助職の方や,社会学,人類学といった異なるの分野の方がバラバラにおられるのが現状です。
そこで,「みんな集まれば面白いのでは?」という趣旨で,ナラティヴ・コロキウムなる集まりを催すことになりました。学生の方,初学者の方からベテランの方まで,新しい視点を見つける時間をご一緒しませんか?
こうした呼びかけから始まった「ナラコロ」ですが,大変多くの方々にご参加いただけました。
今年もまた,第3回大会を行いたいと思っております。

日時 2015年3月8日(日) 13:00〜17:00(受付12:30から)

会場 東京学芸大学 中央講義棟C303教室
主催 ナラティヴ・コロキウム実行委員会(事務局:遠見書房内)

会費 2,500円(学生・院生 2,000円)

シンポジウム 「ナラティヴ・アプローチの困難と喜び──看護,心理,福祉,教育の領域から」

企画・司会    野口裕二(東京学芸大学)

シンポジスト  看護:紙野雪香(大阪府立大学)

          心理:児島達美(長崎純心大学)

          福祉:荒井浩道(駒澤大学)

          教育:小山聡子(日本女子大学)


 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/11

アメリカン・スナイパーを観て


 なぜ、この映画が大ヒットしたのか

 僕は、子どもの頃から、戦争が大嫌いです。だから、「非武装中立」「平和憲法を護る」ということだけでも、当時の日本社会党を応援し続けていました。小学校入学前に、小学校の校庭での映画会で観た「聞け、わだつみの声」での戦争の暴力性、悲惨さ、家族の悲しみが、いまだに僕の映像としての残っています。上官が軍靴を口の中に突っ込んで殴るシーン。田舎の小さな川の橋の上で、子どもたちが歌う「春の小川」の歌。

 だから僕は、戦争映画や、暴力的な映画は嫌いです。当然ヤクザ映画は嫌いなのですが、デビュー作から好きだった、高倉健さんの映画だけは観ていました。

 今回の、アメリカン・スナイパーは、戦争映画であっても、戦争のむごたらしさ、帰還兵の精神的苦痛が描かれており、「反戦映画」「厭戦(えんせん)映画」だととらえる人もいるそうです。映画「英国王のスピーチ」で、言語聴覚士のライオネル・ローグが、戦争神経症に悩む人のセラピーにあたったとされることから、「心の平和を」をスナイパーがどう取り戻していくのかに興味があって、東京で開かれた「ナラティヴ・アプローチ」のセミナーで東京に出かけたとき、ふとあった時間のタイミングがよくて、この月曜日に東京でもてきました。

 アカデミー賞の作品賞にノミネートされたり、興行成績がよかったことが、僕には理解ができませんでした。映画が始まってすぐに始まる、兵隊になるための訓練、イラク戦争の戦場の大音量のシーンが続く中で、つい居眠りをしてしまいました。そして、途中で帰ろうと思いました。しかし、なんとか最後まで我慢して映画館に居続けたのは、「人殺しマシーン」から、「「人間の心を取り戻す」のを、クリント・イーストウッドがどう描くかみたかったからです。心を病んでいくスナイパーが、退役軍人の会に参加する、セルフヘルプ・グループのミーティングのシーンがでてきます。

 スナイパーがどのように感じ、考え、心が病んでいったのか、それがとうして、退役軍人に協力するまでに、変わっていったのか、セルフヘルプ・グループのミーティングのシーンをもっと丁寧に描いて欲しかった。そのような静かなシーンはごくわずかで、ほとんどが狩りで獲物を狙う、ハンターを観客にも体験させるかのような映画のつくりなのです。戦闘シーンは、ごくわずかでも、戦争のむごたらしさは観客は実際のニユース映像で観ているので。そうぞうできます。そのシーンをかなり減らして、スパイナーの心の葛藤、軌跡、変化を丁寧に追ってほしかった。そうであれば、観客動員はすくなくなっても、84歳のクリントイースト・ウッドが作れる戦争映画だったろうと、僕はとても残念でした。

 あの映画が大ヒットした背景には「戦争は楽しい、興奮する」人が少なくないことの現れのように思えてなりません。信じがたいことですが、「戦争をしたがる人」が日本にもいるという現実に、僕たちは目を背けてはいけないと思います。僕がフアンだつて「日本社会党」的なものは、すっかり日本では力をなくしました。日本は「戦争ができる国」にどんどん変わっていきます。息苦しい、むなしい、思いをさらに深めた映画でした。

 僕は国や人が闘うことに反対です。筋は違うのかもしれませんが、子どものころから僕は、オリンピックが嫌いでした。
 「どもりは治る、改善できる」の戦いに僕たちは敗れました。そして今僕は「どもりと闘うな」を提唱しています。「非戦の覚悟」はますます強いものになさっています。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/10

 


大阪スタタリングプロジェクトの運営会議

 担当者が一番得をする

 はやいもので、もう3月です。随分更新してきませんでした。3月いっぱいまでにどうしても仕上げなければならない仕事にかかわりきりでした。僕は、本当に不器用な人間だと思います。

 2月、いろんなことがあったのに、書けませんでした。ぼちぼちと書いていこうと思います。再開のトピックスは、大阪吃音教室の年間スケジュールや講座担当者を決める運営会議についてです。毎年2日間をかけて、一年間の活動の振り返り、大阪吃音教室の講座内容についての振り返りをして、2015年度の活動を決める大切な会議です。今年も20名が参加しました。

 自分の関わる、どもる人のセルフヘルプグループながら、毎回、本当に感心します。みんな、大阪吃音教室の活動を、大切にしていることが、ひしひしと感じられます。最初に一人一人が、自分の個人的なことを含めて一年を振り返りますが、特に自分が担当した講座についてよく憶えていて、こんな準備をして、こんな感じで進み、こんな風に感じたなど、自分の担当した日の例会を振り返ります。

 交流分析、論理療法、認知行動療法、アサーティヴ・トレーニングの講座が一番多いのですが、みんな、できるだけまんべんなく担当するのが僕たちの特徴です。20人以上いる世話人が必ずひとつの講座を担当します。このようなスタイルの金曜日の大阪吃音教室になった時は、僕が45回ほどの講座を全部担当しました。それをみんなが勉強して分担するようになって、今では、僕が担当するのは1年で多くて3回ほどです。

 今回、みんながどのような思いで、その講座を担当しているのか知ることができました。
 
 ・ すべての講座を一度は担当したいので、毎年違う講座を担当する
 ・ 前回あまりうまくできなかったものに再度挑戦する
 ・ 難しく、自分にとって不得手な講座を担当する
 ・ 得意な分野を、何度も繰り返して、自分の生活に活かす。

 自分が担当する講座に対しては、僕たちが出版した書籍やも冊子がありますので、それをしっかり勉強します。また、他の人が担当している講座をしっかりメモして学び、今度自分が担当する時は、どうするか考えています。だからなのでしょう、参加者が変われば、同じ内容の講座でも違ってきます。20年以上も、今のスタイルは変わっていないのに、マンネリになることがなく新鮮なのは、常にみんなが工夫して、まじめに取り組んでいるからでしょう。心強い、いい仲間と、この大阪吃音教室を運営て゜きる喜びを,みんなが感じ取っているのです。2015年度のスケジュールが決まりましたので、整理した上でまた紹介しますが、2014年度、どのような講座がうったか、紹介します。
 明日から東京へ行きます。ナラティヴ・アプローチのセミナーです。その後は、面接が一組あります。
 今度は早く紹介したいと思います。


  2014年度 前期

 4月 4日(金) 休み
 4月11日(金) どもりと上手につき合うために スタッフ全員
 4月18日(金) どもりって何だろう(吃音基礎知識) 伊藤 伸二
 4月25日(金) 自分のどもりの課題を分析する  新見 征一
 5月 2日(金) 休み
 5月 9日(金) 1分間スピーチ  溜 彩美
 5月16日(金) 職場での吃音について考える  鈴木 永弘
 5月23日(金) 自分の心の動きを知る   〜交流分析1  井上 詠治
 5月30日(金) 気持ちのよいやりとりをするために 〜交流分析2  東野 晃之
 6月 6日(金) 自分を認め、人を認める 〜交流分析3   村田 朝雅
 6月13日(金) 休み
 6月20日(金) 人生脚本 〜交流分析4  徳田 和史
 6月27日(金) 仏教思想に学ぶ吃音   村田 朝雅・伊藤 伸二
 7月 4日(金) 認知行動療法 藤岡 千恵
 7月11日(金) 自分を縛っている考え方に気づく    〜論理療法 川崎 益彦
 7月18日(金) 聴き上手になろう  香川 孝行
 7月25日(金) 自分の吃音体験を綴る 〜文章教室  西田 逸夫
 8月 1日(金) 休み
 8月 8日(金) 気づきの大切さを学ぶ  〜ゲシュタルト・セラピー入門 西村 芳和
 8月15日(金) 休み
 8月22日(金) 休み
 8月29日(金) 当事者研究の実践  坂本 英樹
 9月 5日(金) ボイストレーニング  伊藤 伸二
 9月12日(金) さわやかな自己表現のために〜アサーション入門  西田 逸夫
 9月19日(金) 吃音川柳を考えよう  松本 進
 9月26日(金) 森田療法  東野 晃之


 2014年度 後期

10月 3日(金) ナラティブアプローチ  伊藤 伸二
10月10日(金) 休み
10月17日(金) 吃音体験を味わう  西田 逸夫
10月24日(金) 吃音恐怖と予期不安への対処  林 佳代
10月31日(金) 自分のどもりの課題を分析する  藤岡 千恵
11月 7日(金) 電話とのつき合い方  上殿香緒里
11月14日(金) どもって声が出ないときの対処法  吉岡 重男
11月21日(金) 休み
11月28日(金) どもり内観  徳田 和史
12月 5日(金) アドラー心理学入門 〜基本前提  堤野 瑛一
12月12日(金) アドラー心理学を生活に活かす〜自分への執着を超える  堤野 瑛一
12月19日(金) 人生脚本〜人生の再決断  東野 晃之
12月26日(金) 休み
2015年
 1月 2日(金) 休み
 1月 9日(金) どもりカルタを作ろう  溝口稚佳子
 1月16日(金) ボイストレーニング  伊藤 伸二
 1月23日(金) QWRC出前講座 自分のセクシュアリティを考えよう  QWRC いのもとさん (外部講師)
 1月30日(金) 吃音の当事者研究  藤岡 千恵・伊藤 伸二
 2月 6日(金) 自分のどもりの課題を知る〜言語関係図を通して  佐藤 礼子
 2月13日(金) 休み
 2月20日(金) 認知行動療法入門  川崎 益彦
 2月27日(金) 認知行動療法実践  掛田 力哉
 3月 6日(金) さわやかな自己表現のために〜アサーション入門  溜 彩美
 3月13日(金) さわやかな自己表現のために〜アサーション実践  正原 直樹
 3月20日(金) どもりについて皆で語ろう


日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/03/07
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