伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2015年01月

吃音(どもり)を受け入れないことから得られるメリット


 自分にとって「得か損か」

 1月11日の吃音ワークショップの続きです。
 「吃音をどうしたら認められるか。伊藤さんはなぜどもりを認められたのか」の質問に、受け入れないことによって得るメリットを考えてみようと提案しました。参加者から出されたものをそのまま紹介します。少し、論理的におかしいと思える発言がありましたが、そのまま掲載します。

 吃音を受け入れないこのメリット
 ・吃音を受け入れるための学習も、努力もする必要がない。
 ・「あきらめない人」になれる。
 ・吃音は、自分にはなかったことにできる。
 ・流暢に話せるようになる希望を持ち続けることができる。
 ・吃音に対して、劣等感をもたないでいられる。(これは本当にそうでしょうか?吃音を否定しても劣等感を僕はもっていました)。
 ・多くの人の側、多数派のなかにいると思える(これもそうでしょうか)
 ・次はちゃんとはなせるはずだと、ずっと思い続けることができる。
 ・いつか治るという期待、希望を持ち続けることができる。

 受け入れないことのメリットと言われて、少しとまどいがあったようで、出そうでなかなかでませんでした。次に、吃音を認めないことによって起こるデメリット、マイナス面

 ・自分だけで問題を抱え込んでしまう。
 ・吃音を隠そうとして、疲れる。
 ・今の自分が幸せだとは思えない。
 ・本当の自分、本当の自分の実力がわからない。゜
 ・いろんなことにやる気がなくなる。
 ・いろんなことに挑戦しようとしなくなる。
 ・毎日がうつうつと楽しくない。

 おそらく参加者のみなさんは、こんなメリット、デメリットを考えたことはなかったでしょう。考える間もなく、瞬間的に発言していったので、この程度ですが、改めてじっくりと、メリットデメリットを考えて整理してみると、いろんなことが見えてくると思います。
 僕は、小学2年生の秋から吃音を否定し、どもる自分が認められなくて、どもらないふりをして、話すことから逃げ、生活の様々な場面で逃げ続けました。本当に損な学童期・思春期を送ったと思います。吃音を認めないことで起こる、損をした生活をさんざん送ってきたので、吃音をみとめないで起こるデメリットを、人一倍感じとっていたから、21歳の夏に、どもりを認めて生きる人生の道筋にたてたのだと思います。

 この選択は、自分にとって「損か得か」で考える習慣がついたのだと思います。得することよりも、大きな損をすると本当に気づいたら、人は「吃音を認める」方向にすすむだろうと思います。だって、自分自身の人生ですもの。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/01/22

なぜ人前で話す恐怖の中で生き続けるのか


 メーガン・ワシントンさんのメッセージ

 前回メーガン・ワシントンの映像を紹介しました。
 私たちの仲間がさっそく、メッセージで翻訳されているものを送ってくれました。ことばの教室で、あの映像と、この文章を紹介し、話し合いも始まっています。これは、僕たちが提案している「吃音を認め、自分らしく生きる」ことを子どもたちと考える、一級品の教材になることでしょう。

 メーガン・ワシントンさんのメッセージが、どもる子どもたちに大きな勇気を与えてくれることでしょう。
 全文を紹介します。

メーガン・ワシントン:
なぜ人前で話す恐怖の中で生き続けるのか
TEDxSydney ・ 12:58 ・ Filmed Apr 2014
http://www.ted.com/talks/megan_washington_why_i_live_in_mortal_dread_of_public_speaking?language=ja
「メーガン・ワシントン」で、↑のページが検索できます

 メーガン・ワシントンはオーストラリアを代表する歌手の一人であり、ソングライターです。そして子供の頃から吃音を抱えています。この大胆に自分をさらけ出したトークの中で、彼女はどうやってこの言語障がいとつきあっているかを打ち明けます。「st」の文字が組み合わせられた単語をさけることに始まり、発話直前に言い変えて脳をだますことまで。そして、そうです、彼女は伝えるべき事を話す代わりに歌うのです。


 Transcript(筆記録)

TEDに出る事を承諾した時、私は話せばいいのか、歌えばいいのか分かりませんでした。でもトピックは「言葉」だと言われて、ちょっとの間、何かを話さなければと思いました。
 私には問題があります。世の中で最悪という訳ではないので、大丈夫です。ピリピリしていません。世の中には他に、もっとずっと重い障がいを抱えている人がいるのは知っていますが、私にとって 言葉と音楽とは、ある一つの事を通して密接に繋がっているのです。私に吃音があるということを通してです。
 そんな私が人生の多くの時間をステージで過ごしているのは、おかしなことに思えるかもしれません。皆さんの中には私が、人前にいて心地良いと、皆さんに話しかけて、ここで落ち着いた気持ちになっていると、そう思っている方がいるかもしれません。でも実は今までずっと、そしてこの瞬間を含めて、私は皆の前で話をする恐怖の中で生き続けてきたのです。 皆の前で歌うのは全く別物です。(笑)でも皆さんもすぐに慣れるでしょう。

 これ程はっきりと、この事について話をしたことは、本当に一度もありません。それは、いつもこんな希望を持って生きてきたからだと思います。大人になったら、吃音がなくなるだろうと。
 大きくなったら、こうなるだろうなという考えを持って、思って生きていました。フランス語がしゃべれるようになるだろうとか、大きくなったら、お金の管理ができるようになるだろうとか、大きくなったら、吃音がなくなるだろうとか。それで、演説が出来ておそらく首相になれるだろうと。そして何でも出来て、そうですね。(笑)
 それで今このことについてお話ができるようになった訳です。ここまで辿り着いたからです。つまり、私は28歳です。もう十分大きくなったと確信しています。(笑)それに私は一人の大人の女性です。パフォーマーとして人生を生き、言語障がいを持った。だから真実を話した方が良いと思うのです。

 吃音だと面白い事もあるのですよ。私にとって、起こり得る最悪の事は、もう一人の吃音者と出会うことです。(笑)それはハンブルグで起こりました。その時出会った男性は、こう言いました。「こんにちは ぼぼぼ僕の名前はジョーです」私は言いました。「ああこんにちは、わわわ私の名前はメグです」彼がからかわれていると思った時の、私の恐怖を想像してみてください。(笑)

 私はいつも酔っぱらっていると思われていますし、(笑)自分の名前を忘れてしまったのかと思われたりもします。何かを言う前に、ためらったりすると、とても変な事を言いたいのだと思われます。
 固有名詞なんて最悪です。文の中で「水曜日」という単語を使おうとすると、こんな言葉になってしまいます。つっかえるか何かしそうだと感じて、「明日」という言葉に変えてしまうのです。又は「火曜の次の日」といった、何か他の言葉に変えてしまいます。厄介ですが、でもそうしてやり過ごすしかないのです。そうやって何度も、この抜け穴式スピーチに磨きをかけ、正に土壇場になって言葉を変え、脳をだましてきたのですから。
 でも人の名前は変えられませんね。(笑)ジャズをよく歌っていた時、スティーブという名前のピアニストと一緒によく仕事をしました。おそらくご想像の通り、SとTの発音は、くっついても別々でも、私の弱点以外の何物でもありません。

 しかしこのジャズの即興伴奏をしながら、バンドの紹介をしなければならず、スティーブの周りを回っている時、よく「ストゥ」で声が詰まってしまうのに気づいたものです。それでちょっと気まずくて、居心地が悪くなり、すっかり雰囲気は台無しになってしまいました。そこで何度かこれを繰り返した後、スティーブは喜んで「スィーブ」になってくれました。私達はこんな風にして切り抜けてきたのです。(笑)

 色々な療法も受けました。一般的な治療の形は、スムーズスピーチと呼ばれるこのテクニックを使うことです。これは言うこと全てを殆ど歌うようにし、全てを繋げて口にするのです、幼稚園の先生が歌うように。そうすると 安定剤を大量に飲んだみたいに、とても穏やかに聞こえます。全てが平穏です。(笑)
 それは実際の私ではありません。
 でも本当にやるのですよ。やっているんです。テレビ番組に出なければならない時や、ラジオのインタビューを受ける時にこれを使っています。放送時間の節約は一番重要ですからね。(笑)仕事の為にはこうやって切り抜けています。
 でも自分の仕事が単に、正直で真実を、表現する拠り所だと感じているアーティストとしては、いかさまをしているような気がよくします。だから、歌う前に伝えたいのです。歌うことが私にとって何を意味するのかを。それは、素敵な音を奏でる以上のものです。そして素敵な歌を作る以上のものであり、気持ちを伝え、理解してもらう以上のものです。私が感じていることを感じてもらう以上のものです。それは神話についてとか 自分自身を神話にするものではありません。

 どういう訳か、人間の脳の奇跡的なシナプスの機能を通して、歌う時に吃音が出ることはないのです。そして幼い頃、それは私にとって、とても有効な治療法だったのです。歌う事です。それで、沢山歌いました。だから私は今日ここにいるのです。(拍手)ありがとう。
 私にとって歌うことは、優しい慰めです。歌っている時だけは流暢になれる気がします。その時だけは自分の口から出た事が、徹底的に自分の言いたいことそのものになります。(笑)
 だからこれはTEDトークだと思っています。でもこれからTEDシングをします。 これは昨年作った歌です。どうも有難うございます。ありがとう。(拍手)
メーガンさんによるピアノによる弾き語り

♪ 綺麗かもしれないけど ♪ ♪ 私の鼻は ♪
♪ ちよっとだけ高すぎる ♪ ♪ 私の顔には ♪
♪ 夢見がちかもしれないけど ♪ ♪ 私の夢は ♪
♪ ちょっとだけ大きすぎる ♪ ♪ 今の私には ♪

♪ 私は天使になれるかもしれないけど ♪
♪ 私の天使の輪は ♪ ♪ 貴方の優雅さのなかでは ♪
♪ それすらかすんでしまう ♪
♪ 私はトランプのジョーカーかもしれないけど ♪
♪ 貴方がエースを出すなら ♪
♪ 私はバカみたい ♪

♪ 知りたいの ♪ ♪どん底でも希望はあるの? ♪
♪ 知りたいの ♪ ♪ 私の知る全てを ♪
♪ 貴方が奪ってしまうのかを ♪
♪ 選ぶことも手放すこともできないのかを ♪

♪ 永遠に待ち続けるけれど ♪ ♪ でも私の故郷は ♪
♪ 少し遠過ぎる ♪ ♪ この場所からは ♪
♪ やってみると誓うわ ♪ ♪ ゆっくり行くと ♪
♪ 貴方のペースで歩く時には ♪

♪ でも考えられるのは ♪ ♪ 街をぶらつく事だけ ♪
♪ 雨に打たれてキレイに見える? ♪

♪ とっても可愛い他の誰かのせいで ♪ ♪ 私がみっともなく見えるのは ♪
♪ どういう訳かしら ♪ ♪ 何てことなの ♪

♪ 教えて欲しいの ♪ ♪ どん底でも希望はあるの ♪
♪ 知りたいの ♪ ♪ 教えて欲しいの ♪
♪ 私の知る全てを貴方が奪ってしまうのかを ♪
♪ 選ぶことも手放すこともできない ♪

有難うございました(拍手)


 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/01/21

ミーガン・ワシントン(ミュージシャン) 人前で話すのが怖い理由


 堂々と、どもる姿に拍手

僕たちの仲間が、すばらしい情報を知らせてくれました。すばらしいスピーチでした。どもる子どもたちに是非見て欲しいと、ことばの教室の先生たちに知らせましたら、さっそく子どもたちにみせたそうです。子どもたちはいろんな感想をもったそうですが、それはまたこのブログで紹介しようと思います。
 とりあえず、是非、すばらしいプレゼンテーション見て下さい。.


 「1月10日の“スーパープレゼンテーション新春SP”MCの伊藤穰一×ipsの山中伸弥の対談(再)の番組で、TED 1900本の中、心に残った2本を紹介していました。その一本がオーストラリアの吃音の女性ミュージシャン、ミーガン・ワシントンさんのプレゼンでした。タイトルは「人前で話すのが怖い理由」です。ミーガンさんは小さい頃からどもっていて、歌ならどもらずスムーズに歌えるので、(歌なら)自分と言葉が一致するので歌手になったそうです。スピーチはユーモアに満ち溢れていて、“かわいそう”なんて微塵もなく、大阪吃音教室と同じような考え方でした。
 山中伸弥さんの心に響いた理由として メッセージを正しく伝えている  自分の弱みを話す。(人前に立つ仕事をしている。) ユーモアを忘れないの3つを挙げていました。その他には「いいかっこをしない(飾らない)」「話のなめらかさは大切ではない。メッセージ性が大切」「事実を受け入れた面白い経験」などをおっしゃっていました。ミーガンさんは歌うように話すとどもらないが、それは私じゃない。ともおっしゃっていました。見逃したので何か情報はありませんか」


 この仲間のメールに対して、さっそく仲間から情報が寄せられました。
 それは次のものです。

 
★未公開トークを加えたスペシャルは2月18日(水)にEテレで放送予定! http://www.nhk.or.jp/superpresentation/joi/

 ミーガン・ワシントン(ミュージシャン) Megan Washington
人前で話すのが怖い理由 Why I live in mortal dread of public speaking
★未公開トークを加えたスペシャルは2月18日(水)にEテレで放送予定!オーストラリアの人気ミュージシャン、ミーガン・ワシントン。実は、大勢の人前で話すのが大の苦手だと言います。その理由は、幼い頃から苦しんできた吃音にありました。ピアノに向かって歌い出した途端、滑らかなに言葉をつむぎ出す姿が大きな感動を呼ぶプレゼンテーション。演奏した曲は、2014年発表のアルバム「There There」より「To Or Not Let Go」です。

年末に観たTEDのこれです。
http://www.ted.com/talks/megan_washington_why_i_live_in_mortal_dread_of_public_speaking?language=ja

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/01/20



吃音(どもり)を認めることは難しくない


 伊藤伸二・東京吃音ワークショップ

 2015年1月11日、吃音ワークショップがありました。関東地方の人が中心ですが、大阪、鹿児島・沖永良部島からも参加がありました。今回は初めて、中学生・高校生の参加がありました。このワークショップは、本来成人の人のためのものなので、お断りしようと思ったのですが、真剣に吃音に向き合う力がありそうで、保護者も参加するとのことなので、不安だったのですが参加を受け付けました。

 8時間という長時間でしたが、集中して、とてもいいワークシヨップになりました。その時の話題をひとつ紹介します。
 52歳の女性の参加者から、「私は吃音である自分をなかなか受け入れられない。これまで治す努力をしてきたけれども治らない、受け入れたいとは思うが難しい。伊藤さんはどうして21歳の時にどもる自分を認められたのか」と質問を受けました。僕は、「吃音受容」とか、「吃音を受け入れる」などの言葉を、昔はつかっていましたが、ここ20年ほどは使わなくなりました。「自己受容」「吃音受容」「吃音を受け入れる」のことばに、これは僕の個人的な感覚かもしれませんが、「自己受容すべきで」「受け入れるべき」の「ねばならない」をかんじてしまうのです。だから、「受けいけられない」自分はだめな人間だと、自分を責めてしまうことが起こってしまうと考えてしまうのです。だから、「どもる事実を認める」と言う言い方の方が好きで、僕は使つかわなくなりましたが、質問が「どうしたら受け入れられるかだったので、そのまま使います。
 
 「どうしたら、吃音を認められ、受け入れることができるか。そうできないから、ついどもらないようにごまかして、どもりを隠そうとしてしまう」

 そこで僕は、ワークシヨップの参加者全員にかんがえてもらうことにしました。
どもりを受け入れないことで起こるメリットとデメリットについてです。受け入れることが正しい、受け入れないのは正しくないなどの問題ではなく、僕は常に、自分にとって「損か得か」「メリットとデメリットは」と考えます。僕は、吃音を否定することで、21歳まで、とても大きな損をして生きてきたから、「もう、損な生き方をしたくないと考えただけです。精神力が強いか弱いかの問題、正しい、正しくないの問題ではないのです。
 僕が、人一倍吃音に深く悩み、吃音を否定することでとても損な生き方をしてきたと、強く考えるようになったから、どもる自分を認めよう、どもりながら生きていこうと決心をしただけです。
 吃音を否定し、吃音を認められない人は、吃音を否定してもそれなりの人生を歩むことができている人です。僕のように、吃音を否定し、吃音を隠し、話すことから逃げていたら、東京で生活費も、学費も全て自分で稼がなくてはならなかった、貧乏な学生の僕には生きていくことができなかったのです。ことばを代えれば「吃音を認めなくても、否定しても生きていくことができれば、何も「吃音を受け入れる」必要はないと僕は思います。

 吃音を受け入れないことによるメリット(プラス面)、とデメリット(マイナス面)を参加者がどのように発言したかは、次回に報告します。おもしろい話し合いになりました。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/01/18

 

アドラー心理学と吃音  東京吃音ワークショップ

 アドラー心理学の基本前提


 今週末、東京吃音ワークシヨップが開かれます。様々な年齢の参加者で、どんなワークショップになるか、興味深い反面、さてとのように展開していくか迷うところです。

 ワークショップなので、僕の講演や講義のように、ある主張をするというものではありませんが、僕が50年近く考えてきた、吃音と上手につきあう方法の提案はしなければなりません。例年、参加者の体験、知りたいこと、学びたいことを中心にくみたてていきますので、何が起こるか、何が展開されるのかは、まったく予想はできません。それでも、昨年は、「ナラティヴ・アプローチ」について話したように思います。

 すべて、参加者の意向に沿いながらすすめては行きますが、もちろん、どこへでも糸のきれた風船のように飛んでいくわけではありません。参加者一人一人が、自分の課題をみつけ、明日からどう行動するかの少しでもヒントになればと願いながら、話し合いは展開していきます。

 今年は、例年黒板に書きながら時間がなくて説明してこなかった「アドラー心理学」について、少し話そうと考えています。吃音と共に生きるために、自分なりの幸せに生きるために「アドラー心理学」はとても役に立つからです。

 昨年、「嫌われる勇気」がベストセラーになり、これまで知られていなかった「アドラー心理学」の知名度が一気に上がりました。役に立つ心理学に多くの人の関心が寄せられるのはうれしいのですが、一抹の不安があります。「アドラー心理学」が、自己啓発本のように扱われ、次から次へとアドラー関連本が出版され、底の浅い理解にとどまると、なんか違うなあという気持ちになります。

 もう随分前から「アドラー心理学」は紹介され、書籍だけでなく、ワークショップや、「基礎講座」や「理論講座」などで時間をかけて学ぶ人々がいて、「アドラー心理学会」という、ある意味とても地味な学会もあり、それらで学んできた人、学び会う人々の自助グループも地方で活動しています。
 本だけでは学べない「アドラー心理学」を一冊の本を読んだだけで、分かったつもりになるのは問題です。そこから、新たな学びへと展開していけばいいことなのですが。

 ひとりの「アドラーフアン」として、ただ、書名がうまくつけられただけで、これまでとは、あまりにもかけ離れた注目のされ方をしていることに、強い違和感を感じます。かえって、生きづらい人がでてくるのではないかとさえ、考えてしまいます。

 また、アドラー心理学の中で、「目的論」が突出して関心が持たれることにも危険を感じます。簡単に、単純に「目的論」だけで考えることができるほど、矛盾を抱えつつも「人が生きる」ことは単純ではないからです。アドラー心理学の基本前提の理解なしに、「目的論」だけが突出することに危険を感じるのです。


 アドラー心理学の「基礎講座・理論編」などでは、この基本前提の勉強に力が注がれています。僕は、講座で、基本前提を学んで、アドラー心理学に少し近づけたという思いがあります。

 個人の主体性
 全体論
 認知論
 目的論
 対人関係論

 この基本前提が理解できたとき、アドラー心理学は、吃音ととても相性がいいと思いました。今回の東京吃音ワークショップでは、この基本前提に沿って、話し合いが展開していけばいいなあと考えています。

 さて、今回も、いい゛出会いがありますように。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015/01/08

2015年 年賀状



   迎 春
 
              2015年 初春

<今年は少し余裕ができるので、「法然・親鸞・道元」やナラティヴ・アプローチのなどの勉強ができそうです>

 昨年の年賀状にそう書いたものの、一昨年とほとんど変わらないくらい忙しく、北海道から沖縄へと飛び回った一年でした。好きな「法然」についての勉強はできませんでしたが、8月の臨床家のための講習会と、10月の20回目の吃音ショートコースで、ナラティヴ・アプローチについて、しっかり学ぶことができました。

 北海道言語障害教育研究協議会(道言協)の渡島・函濛膕颪竜念講演など、全国各地での講演で、「ナラティヴ・アプローチ、当事者研究、レジリエンス」を話の柱にできました。

 吃音親子サマーキャンプは25回目を迎え、3日間、40人の素晴らしいスタッフと共に、どもる子どもや保護者との、楽しい有意義な場をもてたことはうれしいことでした。
秋には、毎週のように、島根、岡山、静岡、群馬の吃音キャンプが続きました。それぞれに子どもとの出会いは、私の大きな生きる力になっています。

 今年は、新しい本の執筆に取りかかりたいと考えています。

このように楽しく活動が続けられますのも、皆様のご支援のおかげと、感謝いたしております。
今後ともどうかよろしくお願い申し上げます。

〒572-0850 大阪府寝屋川市打上高塚町1-2-1526
         TEL/FAX 072-820-8244
   伊藤 伸二
    日本吃音臨床研究会 http://kituonkenkyu.org
        伊藤伸二のブログ http://kituonkokufuku.com/

湯布院 最後の一日


 休養はできた湯布院

 長いと思ってた湯布院滞在も今日で終わり。亀の井別荘の茶房、天井桟敷で少しゆっくりしてきました。
 明日は朝早く車で出ます。雪が心配でしたが、正月の雪も溶け、なんとか高速道路も大丈夫、朝早く出発しても大丈夫のようです。

 今年の湯布院は大変でした。健康増進ホームーについて早々、インフルエンザにかかった人が出て、あっという間に広がってしまいました。軽い風邪はよくひくものの、インフルエンザには20年前に一度かかったものの、無縁だったのが、移ってしまいました。そこで、ホームでは、食堂での食事をやめ。部屋に食事を運び、部屋食になってしまいました。テーブルを囲んでの食事のひと時がたのしみなのに、それがまったく無くなりました。せっかく、昨年の半田さんご夫妻と同じテーブルで、また話が弾んでいてときだけに、なんともさびしい滞在になりました。結局、最終日まで、部屋食が解除されることはありませんでした。談話室も使用禁止になっていたために、早川ご夫妻とも出会い機会がなく、そきほど、明日退室の挨拶に行ってきました。

 僕たち二人ともインフルエンザにかかったために、湯布院の知人とも会うこともできず、昨日やっと、中曽根さん、平野さんに会うことができて少し話せただけで、これも残念なことでした。しかし、熱が出て、外出もままならなかったために、本当にひさしぶりにからだを休めることは出来ました。いい温泉にきているのに、温泉にもはいれなかったものの、「からだやすめ」には十分なりました。英気を養うことはできましたので、大阪に帰ってから、新しい年が始動することになります。

 今年も、しなければならないことが山積みです。来週末は東京吃音ワークショップと、僕たちのいい、ことばの教室の教師と、言語聴覚士の仲間の合宿があります。
 
 「東京吃音ワークシヨップ」と「吃音を生きる子どもに同行する、教師、言語聴覚士の会の合宿」が実質的な、2015年のスタートです。今年はどんな出会いと、どんな活動ができるか、とても楽しみです。
 今回、ブログの更新を少しですが続けることができましたので、これを習慣にしようと思います。
 そういうわけで、計画していたことはほとんどできなかったものの、休養できたことをよしとして、湯布院の滞在を捉えています。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015年1月4日

 

僕の初夢 吃音(どもり)の映画

 明るい展望をもった、どもりの話

 小学二年生の秋から吃音に悩み始めた僕は、将来の夢がまったくもてませんでした。社会人として働いているイメージをもつことができませんでした。ただただ「どもりを治したい」思いがいっぱいでした。。初詣の願いは「どもりが治りますように」だけでした。

 1965年夏、僕の人生は一変します。大学の夏休みの一ヶ月「東京正生学院」で吃音治療に励みましたが、まったく治らず、治すことをあきらめてから、僕の人生は変わりました。その秋に、どもる人のセルフヘルプグループ言友会を作り、僕は吃音に関するいろんな夢を、周りの人に語りました。

 ・気兼ねなく皆が集まり、泊まれる事務所がほしい
 ・全国に言友会をつくる
 ・吃音の専門雑誌をつくる
 ・「どもり一座」をつくり全国を巡回する
 ・世界大会を開催する
 ・どもりを主人公にした映画をつくる

 これらを僕が熱く語ると、みんなはそんなこと実現するわけがないと、一笑に付しました。
 毎日東京の繁華街での街頭カンパで集めてお金をもとに、事務所を新築しましたし、言友会は全国にひろがりました。「ことばりリズム」というどもりの雑誌をつくりました。大阪教育大学の教員時代、全国35都道府県38会場で「全国吃音巡回相談会」を3か月をかけて開きました。
 1986年には京都国立国際会議場で10か国38人の海外代表を含めて、400人が参加した第一回世界大会は成功し、一昨年の第10オランダ大会へと続いています。夢だと思われたたことはすべて実現しています。たったひとつ、実現していないのが映画です。一時、取り組み始めたこともありましたが、本腰をいれての取り組みはしませんでした。この映画作りだけが夢に終わるのかもしれません。

 しかし、年末、健康増進センター湯布院で食事のとき同席した、元ドラマ演出家の半田明久と映画の話で盛り上がる中で。夢の炎にかすかな残り火があることに気づきました。そして、今日、湯布院在住のいい仲間である中曽根さんと食事のあとに寄った、平野さんの店で、再び映画の話をしている時に、残り火がまた少し、燃え始めました。平野さんは湯布院・映画祭りなどにかかわり、独自でも自主映画会をしているひとで、アイディアも出してくれました。

 吃音の当事者が「吃音を治す・改善に」向かい、50前に逆戻りし始めているとの吃音の世界の実情を話しますと、そんな時だからこそ、伊藤さんたちの主張するどもりの映画つくったらどうかと言われました。

 「吃音の悩み、苦しみを表現し、それを社会に理解してほしいと求めるではなく、どもりながら、悩みながらも、自分の人生を精一杯生きている人に、吃音でない私たちは共感する。私たちも、いろんな苦労をもちながらも、悩みながらも生きているのだから」

 その通りだと思いました。「吃音のネガティヴな面」が強調され始めた、いまだからこそ、どもる当事者が、困難をかかえつつ、悩みながらも、よりよく生きようとしている姿、僕たちの姿、どもる子どもたちの姿こそ、広く社会に知ってほしいと思いました。

 夢は、やはり夢のままに終わるかもしれません。
 しかし、もう一度、悪あがきしてみるのもいいかなあと思えたのでした。一月に会う、僕のいい仲間に話してみようと思いました。映画の夢を語りながらも、実際に動き始めたことがなかったのですから、失敗してももともとと、スタートはきってもいいかなあと思いが膨らんできました。

 一日から降った雪も今日はやみ、冷たいけれどいい冬の一日の湯布院からの思いです。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015年1月3日


 




吃音と子どもの貧困

 どもりを治そうとするより、貧しさをなんとかしてほしい

 2014年の年末、NHKの番組で、子どもの貧困について取り上げられていました。
 母親が働きに行き、子どもが3人、お茶漬けのりだけをかけて、おかずがない夕食をしています。都会のデパートの地下の食品街の賑わいと、華やかさを見慣れている僕たちにとって、これらの映像は衝撃的です。もっと驚くのは日本の子どもの貧困率です。6人に1人が貧困だといいます。貧困のために友達と同じようなことができずに、不登校になり、そのまま引きこもってしまう、子どもの例も紹介されていました。

 子どもの貧困が報道され始めて、もう数年以上は経っています。政治屋も知っているはずです。少子化といわれて久しく、担当大臣までいます。それなのに対策が一部の地域での先進的な取り組みにとどまって、日本全体になっていかないのはなぜなんでしょうか。

 僕の育った環境によりますが、僕は子どもの貧困が新聞やテレビで取り上げられるたびに、吃音と結びつけて考えてしまいます。

 1944年生まれの僕は、敗戦の前年に生まれています。1歳のときが、第二次世界大戦の敗戦が決まった年ですから、皆が貧しかった時代です。その中で、弟子をとって謡曲を教えに行くのが父の生業でしたから、安定した収入はありません。敗戦後に趣味の謡曲にお金を使う余裕のある人は少なく、当然収入は少なく、貧乏な生活でした。6人家族が食べるお米がなくなり、その日その日のお米を少しずつ買いに行く生活でも、NHKの放送でみた食卓よりは豊かだったと思います。
 現金がないために、小学校の給食代が、予定の日に持っていけずに「忘れました」と言っては、しかられたことを思い出します。それでも耐えられました。

 僕にとって、「吃音と貧困」のふたつが学童期の大きな劣等感でした。しかし、「貧困」と書いて、少し違うと感じます。「貧しかった」けれど「困ってはいなかった」。母親や父親は明るく、「貧しかったけれど、心豊かな生活」だったと、今、思い返して思えます。貧しかっただけで、貧困ではなかったと思えます。
 それに、程度の差はあっても、皆が貧しい時代だった。僕が経験した貧しさと、今、子どもたちが置かれている「貧困」は、質量ともにまったく別物だと思います。子どもの心の成長に大きなダメージを与え、将来の夢も砕いてしまう。それが今の子どもたちの貧困です。これは大きな問題です。

 話はとても変になるのですが、おかしいと思いつつも、つい、吃音と貧困を比べて思ってしまうことがあります。たわいごととして読み流してください。

 どもる子どもを前にして、ことばの教室の先生や、言語聴覚士が、それを問題だと考え、真剣に「治す・改善する」方向に努力します。しかし、子どもの貧困を前にして、教師は何をするでしょうか。学校が、教育が、地域が、子どもの貧困にどのように考え、支えようとするでしょうか。
 「どもりよりも貧困を治してほしい」と僕なら思います。

 僕自身がどもる当事者として、苦しい学童期・思春期を送ってきた経験があるから、あえて言います。
 「どもりを治そうとする」ことよりも「子どもの貧困」に何が出来るかを考えてほしい。子どもの心に、成長に大きなダメージを与えるのは。どもりよりも貧困です。
 どもりは放っておいても、自然に変わりますし、どもりと向き合い、どもりと上手に付き合うことを学べは、決して恐ろしいことではなく、心の成長に、将来に、ダメージは与えません。
 しかし、貧困はとてつもなく大きな影響を与えます。よく成功している人が、「私もかっては貧しかった」といいます。今の貧困は、そういうものではないのです。夢も将来もなく、貧困の連鎖が起こるのです。

 子どもが少なくなり、少子化対策を言うのなら、特に深刻な母子家庭の母親が、安心しては働けるような保育所や学童保育などの場をたくさんつくり、それでも足りない部分は公的に援助する。
 教育の機会を本人の希望があれば提供する。これらは、今すぐにでも、国家予算を少しでも、教育・福祉に回せばできることです。先進国の普通の国並みに予算を配分すればいいだけです。
 普段もテレビはほとんど見ませんが、雪の湯布院でテレビ番組をみると、くだらない番組ばかりにお金を使っています。子ども、青年を大切にしない国、教育にお金を使わない国は滅びます。昨年末たまたま、NHKの貧困番組を見て、日本の将来は、とても暗いと思わざるを得ません。

 どもり(吃音)は、国の予算を使う政策的なものではなく、一人ひとりがどう生きていくかを考えるだけで十分です。吃音症状といわれるものの「治療・改善」ではなく、社会の理解や政策をもとめる社会運動ではなく、自分一人ひとりの生き方として、吃音のテーマを僕たちは取り組んで生きたいと思います。

 子どもの、若者の「貧困」にこそ理解が広がり、啓発し、社会に政策を求める、緊急で、もっとも重要なテーマだと、僕は思います。
 どもりと貧しさに劣等感をもっていた僕は、どもりは本人の気づきや、学び、よりよく生きる努力でなんとかなります。しかし、社会的貧困は、本人の努力だけではなんともならない、大きな、大きな問題だと思います。

日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2015年1月2日

どもり人生 新たな旅立ち

 新たな決意

 今年も、湯布院・源流太鼓の勇壮な響とともに新しい年が始まりました。
 予定通りのつめたい雪の舞う中、恒例の亀の井別荘の庭での源流太鼓の演奏が始まりました。いつもなら賑わう湯の壺街道も、ふりしきる雪のために少なめです。亀の井別荘も少なめですが、寒い中、太鼓の力強い響に、今年も頑張ろうとの気力がわいてきます。

 源流太鼓は湯布院で生まれ、亀の井別荘などの旅館が大切に育ててきた、アマチュアの集団ですが、仕事の合間に練習を重ね、年々技量が上がっています。今年の特徴は「横笛」が以前より前面に出てきたことでしょうか。笛と和太鼓のコラボレーションに磨きがかかってきたように思います。最後の曲が「コンドルが飛んでいく」でした。このようにメロディーに乗せての演奏は初めてでした。「横笛」の力量のたまものでしょう。

 源流太鼓は、1979年に長谷川 義を中心とした由布院の若者たちが集い、新たな郷土芸能の創出と地域文化の発展、青少年の健全育成を目的に設立された和太鼓チームです。 豊後富士と呼ばれる由布岳の裾野に静かに佇む由布院盆地の中心を流れ、瀬戸内海へ繋がる大河・大分川の源流が由布院の金鱗湖であることから源流太鼓と名付けられました。メンバーは皆それぞれ本業を営みながら、日々塚原高原の山中で深夜から明け方まで技を磨き、国内外各地で「由布院の音」を魂のリズムとして響かせています。
 昔、僕もファシリテーターとして参加していた、九州大学の村山正治さんの湯布院エンカウンターグループの会場の旅館いよとみ荘の主人を演奏メンバーの中に見つけたときはうれしくなりました。演奏の最後の長谷川さんの挨拶がいつもユーモアにあふれておもしろいのですが、言っていることの基本はいつも同じです。

 「なんとかなる。どんなに苦しくても、つらくても、誰にでも新年はくる。今年もいろんなことがありましたが、今年もこうして皆さんと会えました。なんとかなる、そう思って私もがん張りましたが、なんとかなりませんでした。それでも、こうしていきていればなんとかなる。どうせ生きるなら、笑っていきましょう」

 わかったような、わからないような話ですが、和太鼓の演奏とマッチして、「なんとかなる」と思ってしまうのです。

 さて、吃音ですが、今年は大きな曲がり角にきているように思います。一時、鳴りを沈めていた「吃音を治す・改善する」の大合唱が始まったからです。それも、何のエビデンス(科学的・統計的根拠)もなく、「完全には治らなくても、少しでも、吃音症状を改善しましょう」と提案されても、困るのは、どもる子ども、どもる当事者です。

 僕たちには、「吃音を治す、改善」を目指さなくても、吃音を認め、吃音とともに生きる人たちが確実に育っています。吃音親子サマーキャンプの25の歴史の中で、小学生だった子どもたちが、社会人になって働き、結婚していき、幸せな、豊かな人生を送っているという、物語があります。特に、昨年は結婚式のラッシュでした。大阪吃音教室の人たちは「どもりでよかった」とさえ言います。

 僕たちの周りのどもる子ども、どもる人たちが「吃音とともに豊かに生きている」との実績をどう伝えていくか、吃音親子サマーキャンプや、大阪吃音教室にさんかできない人たちにどう伝えていくか。
 今年もさまざまなことを学びながら、僕たちの実践、考えを深め、発信していかなければならないと、新しい年の初めに、源流太鼓の響に誓ったのでした。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 20151年1月1日

 
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