伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2014年11月

本物の優しさとは何か 高倉健という生き方

 僕の劣等感

 未だに、僕の心がざわついています。
 新聞やテレビ番組で、高倉健さんへの追悼が続いています。
 『人を想うことの意味」を映画などを通して伝え続けてきた人なのでしょう。「あなたへ」の撮影現場となった富山刑務所の受刑者をまえに「おなたの大切な人のもとへ、早く帰ってあげて下さい」と話して、声を詰まらせていた。たくさんの、共演者、スタッフ、ふとすれ違った人々と、心を通わせたとの証言は、人を温かくしてくれます。

 僕は『優しさ」について、ずっと考えてきました。それは、「本物の優しい人」にコンプレックスをもっていたからです。僕は父親に似て、するどい目つきだとよく言われていました。大学生の時、大学闘争の時代だったかもしれませんが、昼間、浅草でよく職務尋問で交番につれていかれました。あまり、たびたびなので、「なぜ、僕はよく尋問されるのか」おまわりさんに聞いたことがあります。さすがに「犯罪者の目」とはいわなかったものの、「眼光鋭い・怖い目」と言われました。そのことが、ずっと意識の中にあって、「僕は怖い顔をしている」と、自分自身思っていました。

 大阪教育大学の教員だった時、何人かの女子学生が、そんなに叱っていないのに、泣いたり、どもる人のセルフヘルプグループの仲間の中でも、ときどき「伊藤さんは怖い」と言われました。大学ならともかく、同じ仲間であるセルフヘルプグループの、今悩んでいる人から言われるのはショックで、劣等感になりました。
 僕は、その人のことを本当に想うからこそ、時にその人にとって頭の痛い、厳しいことを言う。それが、僕の優しさだと思っていたのですが、率直に厳しく言われた、その人にとっては、「怖い人」になっていたのです。


 僕は、自分では優しい人間だと思っていますが、なぜ人には怖い人間だと思われるのだろう。人に、本当に優しいとはどういうことなのだろうと考え続けて来ました。九州大学の村山正治先生の、九重の筋湯温泉のベーシック・エンカウンターグループに、1990年の年末に初めてでました。以来、ずっと参加していましたが、「この人は、本当に優しい人だなあ」と思えた人に何人か出会いました。このような人になりたいなあ、でも、つい、本音を言ってしまっては人を傷つけてしまう。この劣等感はなかなか消えません。

 数年後のグループで、ひとり周りから厳しい指摘をうけて傷ついている若い女性がいました。僕は、その人の想いを受け止めようとしました。グループが終わって帰り支度をしている時、その女性が「伊藤さんの優しさに救われました。伊藤さんがいなければ、私は途中で帰っていたかもしれません」と言って下さいました。つい、正直に、率直に自分の思いや考えを口にしてしまうため、人に怖い人だと言われ、「本当の優しさ」とは何かを考え続け、ある意味、自分を否定してきた僕ですが、初めて「伊藤さんの優しさ」ということばに出会って、涙がでるほどにうれしかった。こけまで、優しくなりたいと劣等感をもっていたけれど、「もう、自分を責めるのはやめよう」とその時思いました。

 僕も若くない70歳です。優しさへの劣等感は完全には消えていないけれど、高倉健さんの優しさには、とても近づくことはできないけれど、これまでずっと映画を見続けてきたように、今回の追悼番組での健さんのエピソードを思い出したいと思います。

 「優しい人」にはなれないかもしれないけれど、「人に優しい行動」はとることができる。これから出会う人々との関係の中で、考え続けていくのでしょう。

 高倉健さん報道の中で、久しぶりに「優しさ」について考えました。やはり健さんはすごい人です。
 次回から、吃音の話題に戻ろうと思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/11/21

人を大切に生きた 高倉健


 これほど一人の人間の死を、多くの人が共有し、思い出を語ったことはあったでしょうか。映画の共演者が、ロケ地で世話をした、人たちが、自分の身内のように、敬意みちて物語ます。東日本大震災の少年がペットボトルに水をいれて歩く一枚の写真を、あなたたちのことはずっと想っていると、「あなたへ」の映画の台本に貼り付けていたこと、その少年に手紙を書いていたことなどが、次々と証言されていきます。
 大スターと呼ばれる人たちや、偉人といわれる人たちの死にこれまでも僕たちは何度も出会っています。僕が、大ファンだということを差し引いても、この死の反響はこれまで経験したことがないものです。
 その中で、健さんのことばが紹介されていました。

 「孤独な作業に命をさらし、もまれに、もまれ、もだえ苦しんだ者だけが、やさしく、しなやかな心をもつことができる。そういう人に、共感しますね」


 1960年、僕が高校生のころ、日本社会党の浅沼稲次郎委員長が右翼の少年に刺殺されました。当時日本社会党が好きで、下町の小さなアパートに住んで、機関車のように日本を考え「人間機関車」と呼ばれていた、浅沼さんが大好きだった僕は、大きな衝撃を受けました。次の日、僕は学校に行けませんでした。
 身近な人以外の人の死で、心が動いたのは、浅沼さんの死、依頼のことでした。

 また、レスリングの力道山は、フアンではなかったが、朝日新聞の死亡記事に「力道山死ぬ」と書かれたことに新聞社に抗議文を送ったことがあります。ある人は「逝去」、ある人は「死去」と表現されているのに、なぜ力道山は「死ぬ」なのだ。差別意識を感じて、抗議したのでした。朝日新聞社からは、丁寧な回答文が届きました。社会的な出来事として書いたのだとの内容に、納得はいかなかったものの、丁寧に回答してきたことには評価しました。

 昨日は、一日健さんのことが、ちらちらと頭に浮かんできました。デビュー作からほとんど見ている人は、とても少ないと想います。ひょろりとした、ただ男前の青年でしたが、「空手」の映画だったためか、奥に秘めた強さはかんじたのかもしれません。「大学の石松」や、美空ひばりの映画のそえものの助演者だったのが、1963年の「人生劇場」「ジャコ萬の鉄」から変わりはじめ、1964年「日本俠客伝」1965年「網走番外地」と大きく変わります。

 池袋にあった劇場では、夜から健さんの映画の3本立てをしていました。開場前にその映画館をぐるりと若者が囲み、開場と同時に一番前から席がつまっていく。びっしりと立ち見の満員の映画館。健さんが画面に出てくると、「待ってました、健さん」のかけ声が方方からかかります。敵役のヤクザの理不尽な仕打ちに、我慢を重ねて耐えますが、我慢の限界がきて、「やってしまえ」の映画館の聴衆の声援を受けているかのように、大勢の相手に、ひとりで殴り込みをかけます。

 安保闘争、理不尽な国家権力、我慢してきた学生が立ち上がった、全共闘世代の僕たちに、健さんは、まさに僕たちを奮い立たせるヒーローだったのです。歌手の加藤登紀子があとになって、池袋のこの劇場を取り囲んだひとりだとしりました。

 ヤクザ映画が衰退し、健さんは東映を離れます。ここからまた大きな変身をとげていきます。極限まで過酷な撮影「八甲田山」の中で、大きく変身をとげ、「幸せの黄色いハンカチ」「動乱」などを経て、今の高倉健になっていきます。

 僕は、ひとつにとことんのめり込む方です。「自己概念」に関心をもつと、そのタイトルの本は全て買います。「笑いとユーモア」のワークショップを開いたとき、100冊以上、その関係の本があったのには驚きました。
 今は「ナラティヴ・アローチ」。数えてみれば70冊を超えています。

 デビューから、最終作まで「高倉健」を見続け、その変化、成長、転換、到達点を見届けた幸せを想います。
昨日は、普段はまったく見ない、朝8時からのワイドショーのふたつの番組を録画しました。ワイドショーでは、芸能ゴシップか悲惨な事件ばかりが取り上げられているようです。今回は、「高倉健」一色でした。

 この死は、悲しいできごとなのに、その死を悼む人々の物語、エピソードが紹介で、こころが温まります。一人の映画人としてだけでなく、一人の人間としてすばらしい人だったのだと、改めて想います。

 どんな俳優になっていくのか、未知数のデビューから、何かに惹かれて見続けてきた。その健さんが「大きな俳優、人間」として歩んできた姿を、追いかけることができた幸せを想います。
 「あなたに褒められたくて」 「南極のペンギン」など、エッセー集があります。もう一度読もうと思います。 合掌

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/11/20

あなたに褒められたくて  高倉健さん逝く 

 
 僕の大好きなというよりも、惚れ込んでいた映画俳優・高倉健さんが亡くなった。次回作を期待していただけに突然の訃報が信じられません。

 健さんの第一作は「電光空手打ち」(1956年)で、それからほとんど全ての作品を見ています。
 安保闘争・大学紛争のまっただ中に公開された、1965年の「網走番外地」「日本侠客伝」は、当時機動隊と激しく闘っていた、全共闘の世代の僕たちに、熱狂的に支持されました。
 僕が吃音を治すために東京正生学院に行った年であり、初めて吃音に真剣に向き合った年で、どもる人のセルフヘルプグループを創立した年でもありました。

 「網走番外地」の公開の初日、映画館「新宿東映」の前は人手あふれていました。その映画館が瞬く間にぎっしりとつまり、近くの映画館を急遽空けて人を誘導するという、今では信じられないような熱狂ぶりでした。
 年を経るにつれて良い俳優に転身していった、健さんの姿を僕はずっと見てきた気がします。

 1976年の僕の著書、『吃音者宣言−言友会運動十年−』(たいまつ社)の裏表紙に僕の写真と共に、恩師の神山五郎先生が、次のような推薦文を書いて下さいました。

 「高倉健に惚れ、かつ大学教官というふうに彼を紹介しておこう。事実、伊藤伸二を慕うどもる人々や関係する学生は多い。彼自身も面倒見がよくつねにすがすがしい・・・・・・」

 デビューの第一作から見ている人はそんなに多くないでしょう。ヤクザ映画から「幸せの黄色いハンカチ」「動乱」などの良質な映画に出演していく、健さんの変化、成長とともに僕も歩んできたように思います。ただただ寂しいです。

 以前僕たちのニユースレターに書いた文章を紹介します。 


     あなたに褒められたくて

 お母さん。僕はあなたに褒めちれたくて、ただ、それだけで、あなたがいやがってた背中に刺青を描れて返り血浴びて、さいはての『網走番外地』、『幸福の黄色いハンカチ』のタ張炭鉱、雪の『八甲田山』。北極、南極、アラスカ、アフリカまで、30数年駆け続けてこれました。別れって哀しいですね。
 いつも−どんな別れでも−
 あなたに代わって、褒めてくれる人を誰か見つけなきゃね。
       『あなたに褒められたくて』 高倉健 集英社

 数々の賞を受け、大勢のファンを持つ最後の映画スターと呼ばれる映画俳優の高倉健さんは、ただ母親かちのストロークが欲しくて、30数年俳優を続けてきたのだという。

 交流分析のエリック・バーンは、人が生きていく上で、食物をとり、睡眠が欠かせないように、プラスのストロ一ク(撫でられる、微笑みかけられる、認められる、褒められる)は、欠かせないと言う。
 
 マイナスのストロークを与えられ続けられると、自分自身にもマイナスのストロークを与えるパターンが身につく。そして他者に対してストロークを与えることができない。そして、素直にストロークを受けることができなくなる。

 あるワークショップで、「みんなの前で、自分のことをことばに出して褒めよう」というエクササイズがあった。私も含め、なかなか自分を褒めることができない。たとえ、褒めてもいいなあということに思い当たっても肖慢話をするようで気恥ずかしい。白分を甘やかしているようだという人もいる。白分のことをけなしたり、叱ることはいくらでも浮かんでくるが、自分を褒めることばはどうしても浮かんでこないと立往生した人もいた。
 他者を目分を褒めることは、他者を自分を批判し、けなすよりはるかに難しい。自分が与えるストローク、受けるストロークにまず気づくことである。そして、他者に自分にマイナスのストロークを与えがちな人はブラスのストロークを与える練習をする必要がある。

 吃音の両親教室で、子どもを叱るよりも少しでもいいことをみつけて子どもにプラスのストロークを与えて下さい」と親にお願いする。
 捜してもいい所はみつかりません」「そんなことをすると子どもがいい気になって困ります」「いい所なんてない子を褒めるなんて、嘘をついていることになります」と親は少なからず抵抗する。

 物事には必ず両面があり、短所と思っていることが裏返してみると長所ともなる。またいろいろと捜してみて全くいい所がないという人はない。何がしかのいい所は必ずある。子どもの中のどの部分に注日するかの違いであって、唾をついているわけではない。嘘をついているようだという人は、「私はワンパターン人間で、狭い見方しかできません。そして、その見方を変えたくありません」と表明しているに等しい。

 吃音に関して、私たちは、「流暢に話せたという経験」を積み重ねるよりもむしろ、「どもてでも日標を達成できた」ということを評価している。たまたま、どもらずに成功したことよりも、嫌だと恩いながらも逃げずに実行し、上手といかなくてもそれなりに目標が達せちれたことにプラスのストロークを与えたい。それはその後の人生を肯定的に生きる支えになる。
 「これまでの私なら、どもるのが嫌さに友人の結婚式の挨拶を断ったろう。でも、今回は逃げずにやれた。どもってうまく話せなかったが、最後まで言い切った。こんな自分を褒めてやろう」

 高倉健さんは、母親に褒められたくて30数年間、俳優を続けた。私たちセルフヘルプグループは、吃音の悩みの中にあるどもる人に、「あなたたちに出会えてよかったです」と言ってもらいたくて、25年間活動を続けてきたと言える。
 そう、あなたに褒められたくて。      1991年7月25日 記

吃音親子キャンプの秋のロード群馬で終了

 どもる子どもからもらう、勇気と元気

 10月18日から始まったどもる子どものキヤンプは、岡山、島根と続いて群馬で終わりました。
 4つのキャンプの中で、たくさんのどもる子どもや、どもる子どもの保護者、ことばの教室の先生と、どもりについて語り合ってきました。島根のキャンプで子どもから「どうして伊藤さんはそんなに元気なんですか」と質問されました。中学1年生の女の子に、「元気」だと思われたこと、喜んで良いのかどうか、「年の割には」かもしれませんが、どもる僕が、明るく、元気で話し、動く姿を子どもにみてもらうことはうれしいことです。

 「今年も、たくさんのどもる子どもに会ってきました。どもる子どもの元気な生き血を、ドラキュラのように吸っているから、元気なのです」といいましたが、これは本音です。生き血を吸う、とは、子どもへの答えとしては、冗談でもふさわしくないだろうと思いますが、子どもたちに囲まれて、どもりについて質問され、それに、こちらからも質問し、対話を重ねていく。子どもたちの、自分の吃音に真剣に向き合う姿、苦しいこともあるけれど、いろいろと工夫して、サバイバルして生きる子どもたちのしなやかさ。ただ一人で、くよくよとどもる苦しみだけを。ぶつぶつとつぶやいて、いつも滅入っていた子どもの頃の僕。それに比べて、キャンプにくる子どもたちは、同じようにどもる子どもたちと合い、どもりについて語り合い、たのしい活動を通して、元気になっていく。いきる力をつけていく。

 それを支えることばの教室の先生たち。それでなくても忙しい教師が、仕事の合間に集まって、何度も打ち合わせをして、キャンプのプログラムや担当を打ち合わせをしてキャンプを迎える。土曜日、日曜日、疲れているからだを休めたい休日にキャンプのハードなスケジユールの中に、喜んで身を置いている。この人たちも、僕と同じように、子どもの楽しそうな姿に、自分自身も勇気や、元気を得ているのだと思います。

 このようなキャンプに参加出来る子どもは、幸せだと思います。親以外に、こんなに真剣に、自分の課題であるどもりについて考え、取り組んでくれる。そんな大人がいるだけで、どんなに心強いことでしょう。日常の学校生活では、時につらいことがあるでしょうが、キャンプの中で、新しい力をつけていく。キャンプが終わる頃にみせる、子どもの満足な笑顔が,僕にも、勇気や元気を与えてくれます。

 そのとき、そのときの自分に与えられたプログラムを、一所懸命生きているので、後になって、その時気づいた、感じたことを何かにまとめるのが難しい。それらは、僕の血となり、肉となっているのですが、改めて、ブログなどで紹介するには、かなりの時間とエネルギーを必要としますが、今回の島根から群馬のキャンプまで間隔が5日間しかないと、なかなかかけるものではありません。

 それでも、過去の記憶が、自分よがりなもので、事実とは多少違っていたとしても、やはり書いて残したいとは考えています。自分の25回のキャンプでさえ、ちゃんと振り返らないままに、スケジュールに追われていました。誰か秘書がいて、僕がつぶやいたことをすぐに文章にしてくけないかなあと思ったりします。

 不十分でも、思い出しながら書いていこうと思います。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/11/17





16回の 島根県 吃音キャンプ

 どもる子どもの幸せにつながるキャンプ

 島根スタタリングフォーラムと名付けられた、どもる子どもと親のためのキャンプ。今年で16回目でした。よく続いているものだと感心します。
 今年は、中心的な事務局を担う人が三代目となりました。事務局を担う人が、広島まで僕を迎えに来て、島根県の浜田市まで車で送迎して下さるのですが、その車の中での語り合いが僕にとってはいろんな情報交換ができて、とても良い時間です。これまであまり長く話さなかった三代目ともゆっくり話すことができました。
 このように、三代目に事務局がかわっても、初代、二代目はもちろん中心的な存在としてキャンプに参加しているのが、島根県の強みです。

 僕は、16年も連続してキャンプに行っているので、またその間に、島根県聴覚言語障害研究会の研修会に何度も島根にはいっているので、何か、ふるさとに帰ってきたような心地よさと、安心感があります。

 「吃音を治す・改善する」流れが再び起こり始めいる予感がしていますので、余計に、島根県のことばの教室の先生たちが、「どもる子どもの幸せにつながる、ことばの教室の教育とはなにか」を真剣に考えていた下さることに、敬意と、感謝の気持ちでいっぱいなのです。

 島根のキャンプ、どもる子どもの保護者と僕との時間が、3時間が2回と90分が1回と、とても多いのが特徴ですが、講義や講演のような僕の一方的な話ではなく、7時間30分の全てが、親やことばの教室の教師の質問に答えて、みんなで考える時間となりました。とても充実した時間でした。

 また、内容については、静岡、岡山、さらには僕たちの滋賀の25回目のキャンプの報告もこのブログでしていないので、ぼちぼちと報告していきます。この週末は群馬のキャンプです。

 ずっと、時間がとれない超多忙の日々がつづきましたが、ようやく一段落しましたので、これからは、このプログも更新していきたいと思います。よろしくお願いします。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/11/10
 



12月6日 横浜・吃音(どもり)相談会


 今から島根のどもる子どものための吃音キャンプにでかけます。15回も続いているキャンプです。
 横浜の相談会の案内をある新聞社に出す予定の案内紹介します。関東地方の方々のお知り合いお知らせいただければ幸いです。

   吃音相談会・講演会開催とパンフレットの紹介のお願い
 
 吃音は、長年の研究にもかかわらず、原因は解明されていません。治療法も「ゆっくり言う」ことしかないのが世界の吃音治療の現状です。インターネット上には、治る・治せるという情報があふれています。効果がないものばかりです。
 そんな中で、幼児期、学童期、思春期と、子どもの問題は変化します。子どもの吃音とどう向き合い、子どもとどう接すればいいのか、子どもをどう指導すればいいのか、適切な情報が少ない中で、どもる子どもの親は、どのように子育てしていっていいか、困っていますし、どもる子どもを指導する公立学校のことばの教室の担当者や病院の言語聴覚士も、どう指導すればいいか困っています。
 吃音に悩み、40年以上にわたり吃音に取り組んできた伊藤伸二と、教育相談の現場で吃る子どもとその親に接している清水俊子、吃音に悩みながら現在障害児教育に携わる溝口稚佳子が、下記の通り、どもる子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会を計画しました。
 貴新聞の読者の皆様にぜひお知らせいただきたく、新聞への記事掲載をよろしくお願いします。
 なお、NPO法人全国ことばを育む会から、両親指導の手引き書として、『吃音とともに豊かに生きる』を発行していただきました。
 保護者の皆さんへ、ことばの教室の先生へ、通常の学級の先生へ、どもる子どもが幸せに生きるための具体的な提案を、55ページの小さなパンフレットにまとめました。
 ぜひ、ご紹介いただきたく、1冊、贈呈させていただきます


第13回どもる子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会(横浜)のご案内
日時:2014年12月6日 (土) pm. 1:30 〜 4:00 ( 受付 1:00より )
会場:(横浜市健康福祉総合センター内)横浜市社会福祉センター 9階小会議室904
〒231-8482   横浜市中区桜木町1−1
TEL 045-201-2060 (車でのご来場はご遠慮ください)
交通:JR京浜東北線、横浜市営地下鉄;「桜木町駅」下車 徒歩2分
対象:どもる子どもをもつ親、どもる子どもに関わる人、共に考える臨床家、吃音に関心のある人
参加費:1500円 (資料代)
主催:日本吃音臨床研究会    〒572−0850 大阪府寝屋川市打上高塚町1−2−1526
Tel・Fax 072-820-8244
スタッフ:伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表、大阪教育大学非常勤講師)
  溝口稚佳子(大阪府寝屋川市立国松緑丘小学校・支援学級教諭)
  清水俊子(学校心理士、臨床発達心理士)
申し込み方法:
(1)メール又はFAXで、下記のことを書いてお申し込み下さい。
〇疚勝↓⊇蚕蝓↓E渡叩↓い子様の年齢、ズい辰討い襪海箸篩蠱未靴燭い海
(2)メール送付先: y-shimizu@ai.ayu.ne.jp
(3)FAX申し込み及び問合せ先 : 清水俊子(TEL・FAX 046-250-4356)
電話での問い合わせは午後8時30分以降にお願い致します。
締め切り:12月5日(金) 
  ✻当日、直接会場でも受け付けております。参考図書も当日紹介させて頂きます。

☆こんな相談会です☆
参加者は、どもる子どもの親、どもる子どもを指導することばの教室の先生、病院などのスピーチセラピスト、どもる大人などさまざまで、毎回、20人くらいが参加します。
 この相談会は、参加者と共に作り上げていく相談会です。参加者の自己紹介の後、今、気になっていることや知りたいこと、相談したいことを出していただきます。共通することが多いので、参加者みんなで自分の体験を出し合いながら話し合います。
 話し合いの中で出てきた課題について必要だと思われる、◇どもりに関する基礎的な知識、◇大切にしたいどもりについての基本的な考え方、◇具体的な場面での対処法、◇どもりについての世界の情報、◇ことばの教室での実践、◇子育てで大事にしたいこと、◇様々な困難な場面をサバイバルしているどもる人やどもる子どもの体験、などを紹介します。どうぞ、お気軽にご参加下さい。お待ちしています。

伊藤伸二・プロフィール
 大阪教育大学非常勤講師。言語聴覚士養成の専門学校数校で吃音の講義を担当。
 小学2年生の秋から吃音に強い劣等感をもち、1965年にどもる人のセルフヘルプ・グループを設立するまで吃音に深く悩む。1986年に第1回吃音問題研究国際大会を大会会長として開催し、世界35カ国が参加する国際吃音者連盟の設立にかかわる。現在国際吃音者連盟の顧問理事。
 セルフヘルプグループ、論理療法、交流分析、アサーティブ・トレーニング、竹内敏晴・からだとことばのレッスンなどを活用し、吃音と上手につき合うことを探る。吃音ワークショップ、吃音親子サマーキャンプ、親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会などを開催している。 
 著書に、『親、教師、言語聴覚士が使える、吃音ワークブック』『どもる君へ いま伝えたいこと』(解放出版社)、『やわらかに生きる−論理療法と吃音に学ぶ』『話すことが苦手な人のアサーション』『ストレスや苦手とつきあうたるの認知療法・認知行動療法』『吃音の当事者研究 どもる人たちが「べてるの家」と出会った』(金子書房)『吃音とともに豊かに生きる』(NPO法人全国ことばを育む会)など。

土井敏邦さんのガザからの報告、是非見て下さい。


 あっという間に時間が流れ去っていく。1週間の時間の早さには、何度言ってもつい言ってしまう早さです。
 静岡、岡山の吃音キャンプの報告もしないまま、国立特別支援教育研究所の講義でのうれしい経験も書けないままに、明日から島根の14か15回目の吃音キャンプに出かけます。

 僕にとっては、幸せな時間の流れですが、世界では、胸が痛くなる、しかし現実を厳しい目で直視していかなくてはいけない出来事が,時間の途切れなく続いています。

 僕が、50年近く「吃音と闘うな、吃音と平和に暮らそう」を考え、伝えてきた原点にあるのは「平和」です。全ての国の人々が闘わず平和で暮らすことができるようになることをずっと願ってきました。子どもの頃から、「非武装中立」の一点だけで日本社会党が好きだったのは、「平和主義」があるからでした。

 世界は、日本はどんどん壊れ、闘いが日常になって、僕たちの感性がどんどんマヒさせられていきます。そんな中、常に繊細な感覚を保ちながら、僕たちに、マヒさせないように映像を送り続けて下さる、ジャーナリスト土井敏邦さんや、原発の反対運動を根気よく続ける人たちに、僕は心からの敬意と感謝をしているのです。

 僕のテーマ「吃音」と関係ないと思われるでしょうが、僕の中では、しっかりとつながっています。多くの人に是非見て欲しいと、土井さんからのメッセージが届きました。放送日は僕は島根で見られませんが、録画を準備しました。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/11/06

 土井敏邦です。
 今年8月、1ヵ月にわたりガザ攻撃とその現場を取材しました。

 その結果の一部を、今週土曜日(11月8日 午後11時〜11時59分)に、NHK・ETV特集「ガザからの報告〜イスラエル・パレスチナ紛争〜」で報告します。

 詳細は以下のNHK・ETV特集サイトの番組紹介文をごらんください。

スタジオ出演は臼杵陽氏(日本女子大学教授・中東地域研究)、森まり子氏(跡見学園女子大学教授・中東近代史)と私で、司会は柳澤秀夫・解説委員です。

 また番組ディレクターは、山口智也氏、久保志穂氏です。 ぜご覧ください。

                                  11月4日  福島にて  土井敏邦

2014年11月8日(土)
【再放送】2014年11月15日(土)午前0時00分

※金曜日深夜
2014 ガザからの報告
〜イスラエル・パレスチナ紛争〜ことし7月に始まったイスラエル軍によるガザへの攻撃で、パレスチナ側の死者は2,000人を超え、イスラエル側にも70人の死者が出た。停戦後も危機収束への見通しは不透明なままだ。振り返れば1993年「オスロ合意」が成立、和平の機運は大いに高まったはずだった。しかし「イスラム国」問題も噴出しイスラム憎悪が過熱する今、歩み寄りの望めない袋小路に入っている。イスラエルとパレスチナ、対立の根源はどこにあるのか。最新の歴史研究では、イスラエル建国の理念「シオニズム」のルーツを19世紀のロシアに見出し、そこで生まれた国家観が現在のイスラエル与党の政策にまで影響が及んでいることを明らかにしている。一方パレスチナ側を見ても、ハマス史研究が進み、ガザ地区と西岸地区を歴史・文化的にしゅん別する視点からファタハ対ハマスの内部対立に光を当てて読み直す見方が注目されている。現場報告からは、周辺テロ組織の動きとイスラエル右傾化との関わりや、原理主義組織ハマスがひそかに現実的な妥協点を探しはじめている事実なども見て取れ、情勢は新局面に入った。
番組では、柳澤秀夫解説委員を司会に、中東問題やシオニズムの専門家をスタジオに招き、最新の研究成果も紹介しながら、イスラエル・パレスチナ紛争を歴史的に解き明かす。

(内容59分)


http://www.nhk.or.jp/etv21c/file/2014/1108.html
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