伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2014年02月

北九州の講演・相談会 2


 どもる人本人が、吃音を否定しない

 随分とご無沙汰のような気がします。北九州の報告はすぐにするつもりが、とても大切な原稿があり、それの仕上げに苦戦していました。日頃たくさんの文章を書き、本もたくさん書いているので、どうしても、これまで書いたことに影響を受けるのと、外部の出来事に、外部の動きに影響されて、いいものを書こうと気張りすぎてしまいます。
何度も、何度も書き直しても納得がいきません。自分の未熟さに嫌になりますが、締め切りは迫ってきます。

 一日書くのをやめ、なにもしないで遊びました。それがよかったのか、ふと、これならいけるとのアイディアが浮かび、なんとか納得できるものが書けました。機会があれば紹介しようと思います。

 また、ブログ復活です。書いていない記事がたくさんあり、メモをしているわけではないので。忘れてしまいそうです。なんとか思い出せるようにがんばろうと思います。

 さて、北九州の相談会は二部構成です。一部の子どものための部では大勢の人が集まって下さいました。二部の成人のための部でも20名ほどが集まって下さいました。まず、高校生の保護者の方が子どもの問題を出して下さり、丁寧に聞いていきましたが、自分の問題として子ども自身が取り組まなくてはならないと、いくつかの例を出しながら、こんごどう取り組めばいいか話しました。

 もちろん。「吃音を治す、改善する」方法はないので、どう吃音と向き合い、どう考えて行動すればいいかという、これまで発言し、書籍に書いてきたようなことです。お父さん、お母さんととても納得して下さったように思えました。ところが、成人の吃音のグループのベテランの方がら、「今朝の、ニュースステーションをみましたか、そこで、吃音のために自殺した人のことが紹介されていた。そんな深刻な問題なのに、今のような話は納得できないのでは」との発言がありました。もちろん僕は朝早く大阪を出ているので、その番組は見ていません。しかし、新聞の記事では読んでいましたので、事情は少しですが知っていました。

 吃音の当事者である僕たちからすれば、とてもつらい出来事です。だから、もっと吃音の苦しみを理解すべきだ、「完全には治らないにしても、少しでも改善すべきだ」との声があることは理解しています。僕はつい、大きな声になって、では「どうすけばいいのか」とその人に問いかけていました。吃音が治るなら、治せるのなら、本人の努力で、多少なりとも改善できるのならと1965年から僕は考え続けて来ました。そして、日本だけでなく。世界でも、そのような方法はなく、吃音を否定し、どもる自分が認められずに、苦しい思いをしてきた経験から、「どもりを治そう、改善しよう」路線から脱却して、たくさんの実践を積み重ねてきました。

 吃音を認めて欲しい、理解して欲しいとどもる人が言う前に、僕たちは自分の吃音を認めているのか、理解とは、どんな風に理解して欲しいのかをつきつめて考えてきました。少なくとも僕たちNPO法人・大阪スタタリングプロジェクトの仲間たちは、このテーマに真剣に向き合ってきました。そして、「吃音と共に豊かに生きる」ことができるものとして、吃音を理解して欲しいと活動を続けてきました。

 このような悲劇的な出来事があったからこそ、吃音の悲劇や、否定的な側面を強調し、弱い立場の人間として理解してほしいではなく、大変な現実があっても生き延びる知恵や、工夫を共有し、自分でできる努力はしていこうと話し合っています。

 いまこそ、吃音の当事者である私たちが、仲間と作り上げてきた「治さない文化」に誇りをもって、さらに練り上げていこうと、大阪と神戸の仲間たちは、さらなる意欲を燃やしています。

 北九州の講演・相談会に集まった人たちに、いろんな経験や、出会った人の話をしたあとで、今後どうしていきたいかを尋ねました。まず、どもる僕たち自身が「どもりは悪い、劣った、恥ずかしいもの」と考えるのではなく、どもる自分を認めて、できることから、誠実に生きていくしか道はないという点で、共通の理解ができたのはうれしいことでした。

 「吃音と共に豊かに生きる」を実践し、紹介していかなくてはならないと強く思いました。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/02/23

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北九州の吃音講演・相談会


 たくさん出された質問

 2月2日、北九州市小倉の北九州市立障害福祉センターで、相談・講演会がありました。
 もう20年ほどこの会場での相談・講演会が続いているのですが、毎年、参加者の多いのには驚かされます。今年も昨年同様の人数だと聞いていたのですが、当日参加もあり、午後の子どもの部には、60人ほどが参加して下さいました。吃音の人が増えているのか、宣伝が行き届いているのか分かりませんが、うれしいことです。

 これまではまとまった話をしていたのですが、最近は質問に答える形が多くなりました。受付の時、質問があればと書いてあるのですが、少ししか書いてありません。話す僕がどのような人間なのか分からないままに、質問するというのはしづらいのでしょう。そこで、自己紹介をしながら、吃音のこれまでの歴史を話し、1903年からの吃音の治療の歴史を話しました。いつも歴史を話していて思うのですが、1950年にウェンデル・ジョンソンが提案した言語関係図、1970年に、ジョゼフ・G・シーアンが出した吃音氷山説を、アメリカ言語病理学は、なぜ大切に育ててこなかったのかということです。吃音は症状の問題ではないということをきちんと受け止めていれば、今のような「吃音を治す・改善する」の流れはストップしていただろうにと残念です。

 45分ほど吃音治療の現状を話して、「吃音と共に豊かに生きる」道を僕たちは探っていると話した後、質問を書いてもらうことにしました。質問を書いてもらう10分ほどの間には、送っておいてあった書籍もたくさん売れました。いつものようにサインをしました。質問は40枚も出されました。それに全て答えようとするのですから大変です。一枚一枚読み上げて答えていきました。この緊張感ある時間が僕はとても好きです。

 ・吃音があっても大丈夫と心から思えるきっかけは、自分の経験によると思うが、子どもがそれを確信するのに、家族として日頃から心がけることをアドバイスして欲しい。
 ・5年生の子に、「不便があっても、不幸ではないという考えをもってもらうようになる、アプローチのポイントは?
 ・吃音を克服した、秋野暢子さんやタイガーウッズさんは吃音を受け入れることで克服したのでしょうか。
 ・本人は気にしていないようだが、「治らない」ことをどのように話せばよいか。

 このように私の話を聞き、受け止めた上での質問や、親として、ことばの教室の教師として、幼稚園などの施設の職員として、言語聴覚士として、何ができるかの質問には、しっかりと答えました。
 周りへの理解の求め方、子どもにどう話し合えばいいかなどの他に、家でできる言語訓練についてなど、質問は多岐にわたりました。結局2時間以上質問に答える形になりました。いつか、このような質問にどう答えていたのか、まとめておきたいという気持ちになりました。こうして、第吃瑤了劼匹發良瑤終わり、午後6時から始まる成人の部まで、センターの言語聴覚士ふたりと、以前センターの言語聴覚士で定年後もお手伝いに来て下さった、田中愛啓さん、志賀美代子さんたちと食事をしました。この時間も、とても貴重な情報交換の場になっていて、僕にとってはとてもありがたい時間です。

 定年後も中心的に関わって下さっていた田中愛啓さんが、センターを完全に退職したために、新しい若いスタッフの徳本さんと宮下さんの二人が一所懸命取り組んで下さいました。そこに、田中さん、志賀さんが休日だというのに応援にかけつけて下さり、行き届いた相談・講演会になりました。みなさんの熱意に感謝します。
 明日は、成人の部について報告します。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/02/05

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吃音の当事者研究−どもる人たちか「べてるの家」と出会った

  吃音の当事者研究の本について感想を書いて下さいました。
  お読みになった方、よければ感想、コメントをいただければうれといてせす。日本吃音臨床研究会のホームページの問い合わせコーナーから、私の方へは連絡が届くことになっています。


  仲間

                                                 藤岡 千恵(37歳 会社員)

 この本で紹介されている、べてるの家の宮西勝子さんの「笑えばよかったんだ」というエピソードが好きだ。それは、苦労をもって生きてきたひとりの人が、同じく苦労を持ち寄ったあたたかい仲間の中で変化していくという豊かな大きな力を象徴しているように思えるから。笑うということ、笑わせてくれる仲間がいるということ。いい仲間がいれば、とびきりの苦労も自分や仲間の財産になり、生きるうえで自分を支えるお守りにもなる。私にとっては、あたたかくて心強いエピソードだった。

 この本が作られるきっかけとなった2年前の第17回吃音ショートコースに、私は参加した。そして本が完成し、三人の吃音の当事者研究をあらためて読んだ時、ショートコースで体験した生き生きとした時間がよみがえってきた。あの時、生き生きとした時間のなかで私が体験した「当事者研究」は、“初めて出会うもの”というより、どことなく馴染みのある感覚のものだった。それもそのはず、ひとつのテーマについて皆で話し合い、自分の体験を話すことでさらに話題が深まり、それを聞いた仲間からは、つっこみや笑いとともにあたたかいメッセージが返ってくる光景は、大阪吃音教室の例会の一コマと同じだったからだ。そう考えると私たちが吃音を通して体験していること全てが、大きな「当事者研究」なのだろうと思う。

 当事者研究の中で「自分の研究に名前をつける」という作業がとても興味深い。吃音の当事者研究でも三人の研究には、それぞれの苦労をもとにちょっとユニークな名前がつけられている。名前をつけることで自分と一体化していた苦労が自分の手を離れ、目に見えるものになる。「人と問題の切り離し」とは、こういうことなんだろうな、と思った。「当事者研究」を通して、専門家に丸投げしないで“自分自身でともに”自分の人生を生きる術を探るという、べてるのアプローチはよくできているなあと思う。

 そういえば大阪吃音教室で「当事者」という言葉を知った当初、私はその言葉があまり好きではなかった。その頃の私は「(吃音の)当事者」という言葉にどこか偏見を持っていたのだろうと思う。長い時間をかけて否定してきた「吃音」、そして「吃音をもつ自分」。思えば子どもの頃から頑なに吃音を隠し、当事者ではない振りをしてきた人生だった。そんな私が仲間に出会い、その仲間とたくさんの思いや体験を共有することで、どもりを認め、自分を認めてゆっくりと変化してきたことを思い出した。そもそも、私が吃音をもっていたからこそ、そしてその吃音が今まで治らなかったからこそ、このすばらしい仲間に出会えた。そう思うと吃音に感謝の気持ちが湧いてくる。人目に触れさせることを頑なに禁じていた「吃音」も今では自分の大切な一部だと思うようになった。今、私が「吃音の当事者」であるということに誇りすら感じさせてくれるのは、たくさんの体験をともにしてきた偉大な仲間たちの存在があるからだ。

 吃音を心の奥深くに閉じ込めていた私は、9年前、幸せな人生を送るために吃音に向き合おううと決心した。そして信頼のおける仲間と一緒に泣いたり笑ったり思いを分かち合いながら、たくさんの出会いと経験を重ねてきた今、「吃音に向き合う」という当初の目的をいつのまにかクリアしていたことに気がついた。しかも、今私の前にあるのは、昔描いていた漠然とした夢見がちな「幸せのようなもの」ではなく、地に足をつけ、生きている実感をともなった確かな「幸せ」である。
それでも、吃音の悩みがとりあえず一段落した今なお、生きづらさや苦労は私のそばにある。それは、これから私が取り組むテーマのひとつなのだろうと思う。
この本を読み終えた後、「テーマをもって生きることはたぶん楽しいことなんだろう」と、ふと思った。苦労も分かち合える仲間がいれば自分の財産になる。いい仲間と出会えたことに心から感謝している。      藤岡 千恵

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2014/02/03

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