伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2012年05月

新藤兼人監督 お疲れ様、そしてありがとう。

  反戦貫いた映画監督・新藤兼人さん

 私がもっとも敬愛する映画監督、新藤兼人さんが、100歳で老衰でなくなりました。老衰とはなんと素晴らしい亡くなり方でしょう。その前年に代表作とも言える映画「一枚のハガキ」を脚本・監督で世に送ったのですから。死ぬまで生ききった、素晴らしい人生でした。

 何度も書いていますが、私は映画少年、映画青年でした。1950〜60年代の主な洋画はほとんど観ているだろうと思います。一番好きな俳優が「バート・ランカスター」でした。中学・高校時代友だちがなく、孤独だった私の唯一の楽しみが映画だったのです。映画に助けられ、多くのことを学びました。私が映画好きになる原点が「反戦・平和」です。小学校入学前か、すぐか覚えていませんが、夜の校庭で白い布をひろげての映画会。風が強いとスクリーンがたなびく、今では考えられない映画鑑賞です。私にとって最初の映画が反戦映画「きけわたつみの声」でした。
 
 他のシーンも内容もまったく覚えていませんが、上官がが下士官の口に軍靴を入れ殴りつける場面。戦争から帰らぬ父親を待つ男の子と女の子が、ちいさな橋のある小川で「春の小川はさらさら行くよ・・」と手をつないで童謡を歌っている場面。このふたつのシーンだけが常に思い出されます。
 「どんなことがあっても、戦争はだめだ」「戦争はさせてはならない」が私の中心に座りました。しかし、学生運動は、家が貧しくてアルバイトにあけくれていたためにできず、私が唯一できたことは、他のことは問題があったとしても、「非武装中立・憲法第9条を守る」のそれだけで、日本社会党を積極的に応援することだけでした。

 映画は映画館で観るものだと信じている私は、新藤監督の「一枚のハガキ」だけは、どんなに忙しくても、見に行くと決めていました。監督の最後の映画だと思っていたからです。「自分の体験を、自分の考えをすべて出す」の意気込み通り、98歳にして代表作ともいえるものにになっていました。

 「戦争では多くの兵隊が死にました。しかし、戦争の悲劇の本質は、亡くなった兵隊たちの家庭が柱を抜いたようにずたずたに破壊されることにある。戦争をすればこういう悲劇を招くんだということを単純に語りたかった。最後だから、自分の考えを全部思い切りだそうと思った。この映画を撮れて本当に良かった」

 新藤監督は映画を撮り終えてこう語っていました。ところが、映画にはそのような気負いが私にはあまりl感じられませんでした。力を抜いて、人間を描きながら「戦争はだめだよ」と優しく語りかけているようでした。セリフに役者の表情に、ユーモアが効果的にちりばめられていたからかもしれません。人間の弱さ、くだらなさを肯定し、ユーモアで笑い飛ばす。苦しくても、つらくても、にもかかわらず生きる。生きるエルネギーが感じられたからかもしれません。

 あの東日本大震災の時新藤監督はこう言ったそうです。

 「それでも顔を上げて歩くんだ。泣いたりなんかしちゃいけない。前を向いて歩くと、つぶてが飛んでくるけれど、それでも顔をあげて行くんだ」

 戦争と吃音とを比喩にしても結びつけのには、あまりにもレベルが違い、無理があり、失笑を買うことを覚悟で私は時々比喩として使います。

 新藤監督が自らの体験を考えをことばにし、映像として世に残しました。
 以前私は、「教え子を戦場に送るな」の教師の思いを比喩として、ことばの教室の教師へのメッセージとして、「どもる子どもを、吃音治療の戦場に送るな」と書いたことがあります。
 吃音を敵として見立て、闘いを挑み、私はいろんなものを失いました。吃音と戦争することで、自分が壊れていきました。「吃音と闘うな」は私の21歳までの苦悩の人生からでてきた実感です。闘えば闘うほどに敵は強大に成長します。相手を優しいまなざしでみつめ、向き合えば、吃音は敵ではなく、強い味方になるのです。

 新藤監督は、「反戦・平和・反核」について、自らの体験だけを手がかりに、ことばに、映像にして世に出しました。監督に見習って、私は、吃音の分野で「反戦・平和」の語り部として、語り続けていこうと思います。
 新藤監督、お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

 日本吃音臨床研究会・会長 伊藤伸二 2012年5月31日

吃音(どもり)については、大阪が一番進んでいるの?

 勇気を出して、一歩を踏み出そう

 私の電話相談「吃音ホットライン」には、毎日3件は電話があります。今日のひとりは、23歳の東京の男性でした。ホームページで私のホットラインを知り、電話をしたい、電話をしようと思いながら、受話器をとって、番号をプッシュしながら、今日まで電話がかけられなかったそうです。

 「よく、電話を今日かけてきてくださいましたね」と、私はうれしくなりました。1年間の逡巡を思いました。私も21歳の時、申し込んで吃音矯正所、東京正生学院の門のところで、中に入れず、1時間以上建物の周りをぐるぐる周り、不審者と間違われたことがありました。門の中に入れば、自分の吃音を認めることになる。吃音を治すために吃音矯正所を訪れながら、私は自分の吃音を認めたくなかったのです。情報を知ってもすぐにはなかなか行動に移せないのです。

 たくさん、吃音のサイトがある中で、なぜ、私のところに、1年がかりで電話をしてきたのか、尋ねると、びっくりすることを言いました。
 「吃音」で検索すると、「吃音・大阪」とでて、吃音に関しては大阪が進んでいるのかなあと思ったというのです。こんなことは、初めて聞いたことなので驚きました。私は実際には大阪が世界で一番進んでいると思うのですが、実際に私たちのことを知らずに、ネット情報だけでそのように想像じたというのは、とてもうれしいことでした。

 日本吃音臨床研究会は6月の上旬には、ホームページを大幅にリニューアルします。吃音については、世界一の吃音サイトになるだろうと思います。大勢の人が読んで下さるものを目指します。読んで下さった人の中から、ひとりでも、お電話を下さり、直接つながって行けたらと、心から願っています。

 さて、今日の男性です。吃音に深く悩み、どもる自分が大嫌いで、吃音に悩む自分も大嫌い、死にたいとよく考えるそうです。中学生頃から悩み始め、吃音のままでは大人になれない、仕事なんかできないと、大人になることがとても恐かったといいます。今、家業を手伝っているのですが、家族には、一切自分が吃音に悩んでいることは話していません。周りも気づいていても、タブーのように話題にもなりません。毎日、どもり、毎日、どもる自分がいやになっています。
 精神科の医者だけには、吃音の苦しみを話しています。2週間に1度通院し、精神安定剤を処方されています。その薬が効果がないことは、私のところに電話をしてきたことだけでも分かります。
 精神科に通うのは、一般論としては賛成できません。薬はやめた方がいいと話しましたが、自殺願望が彼にはあると分かったので、うかつには言えません。通院もやめた方がいいといったものの、すぐに前言を翻して、あなたにとって必要なら、一般的には賛成できないが、しばらくは通うのは必要かもしれないねと言いました。わずか、10分でも、吃音について聞いてくれる人が彼には必要だと思ったからです。

 彼の話を聞いていくと、私の21歳の夏までにそっくりでした。どもる自分が嫌で、死にたいと思い、大人になることが恐かった。吃音もいやだけれど、その吃音悩んでいる自分も嫌だった。吃音に悩む、弱い、小さな人間だと思われたくなかった。だから、周りの誰にも言えずに、ひとりで悩んでいたのでした。

 私は自己紹介が嫌なだけで、高校時代好きな卓球部を辞めた苦い経験を話しました。21歳までの、吃音を隠し、逃げてばかりの人生がいかに苦しかったか、でも、そこから一歩踏み出せずに悩んでいたころの体験を話しました。彼のことは、痛いように分かるのです。
 その上で、「1年前に電話をかけようとして、かけられずいたのが、今掛けてきたのは、今があなたが変わるチャンスかも知れないね。あなたが変わる一歩として、私の何冊かの本を読んで下さい。本屋さんでかえますが、私のところに注文すれば、日本吃音臨床研究会の封筒で送るから。親や周りから、この研究会は何かと聞かれたら、吃音のことを話せばいい。周りに吃音のことを知ってもらうのがあなたの第一歩だ」と話しました。

 自分を変えていく、一歩を踏み出す勇気がでたら、是非、本を注文して下さいと話して電話を切りました。
 果たして、彼は一歩を踏み出すことができるか。21歳まで、本当に同じように悩んできた私としては、彼が再び連絡して下さることを祈らずにはいられませんでした。

 自分を変えていくには、勇気がいります。そのちよっとした勇気をもって欲しい、一歩歩み出して欲しいと心から思いました。もし、また本の注文などで、彼と出会えれば、私の方から東京に行き、直接出会いたいととも思いました。
 私は、21歳で大きく変われました。彼は、23歳まだこれからです。一緒に吃音と向き合い、吃音と共に生きる道を探って行けたらと考えています。

 日本吃音臨床研究会・会長 伊藤伸二 2012/05/27 15:37

 吃音と人とのつきあい 大阪吃音教室での話題

  
 どもる私は、人付き合いの苦手さを克服できるか

 前のブログからずいぶんと日があいてしまいました。
小児科医師会での講演や、岡山言友会の相談会など、書くことはたくさんあるのに、書けませんでした。それはおいおい書いていくことにして、今回は、前回の大阪吃音教室の続きです。

質問 どうしたら、人付き合いの苦手さを克服できるか

伊藤 人とのつきあいが苦手で、苦手な場に出ないでいたら、ずっと人付き合いが苦手のまま。話すのが苦手だからと、話す場面を避けていたら、ずっと話すことが苦手なままが続く。どこかで覚悟を決めて、苦手な場に出ていくしかない。
 ひとつの方法としては、何かのグループや会、組織のリーダーになること。世話人になること。他の人のことを少しは考える。私は、自分のことだけを考えていたときは、逃げてばかりの生活だった。21歳の時、どもる人のセルフヘルプグループ、言友会を創立した。創立者だから、リーダーにならざるを得なくなった。自分のためなら逃げていたが、自分がつくった会のためには、逃げなくなった。吃っても話したし、人付き合いが苦手でも、人とつきあった。その内に苦手ではなくなった。
 自分のことだけを考えていると苦手意識は克服できないのではないだろうか。リーダーになれば、結果として人付き合いが増える。私もどもるのが嫌だから、人付き合いを避けていた。「どもって生きる覚悟」を決めることが最初に必要なことではないか。
 
坂本:どもる人が、リーダーになる、世話人になる意義を吃音親子サマーキャンプで感じた。大阪スタタリングプロジェクトのどもる人たちが、初めて会ったどもる子どもに、一生懸命かかわっていた。子どもも喜んでいたが、その人たちも楽しそうだった。

伊藤:リーダーが一番得をしている。これはセルフヘルプグループの原理。世話をする人が一番成長する、変化する、助けられている。私はさきほど人の役に立つといったが、人の役に立つということが全面にあるのではない。楽しいからやっているが8割以上。人のためというより、自分が楽しいからやっている。その結果、人の役に立っていると実感できるのがうれしい。
 人付き合いが苦手で、それをなんとかしたいと本当に考えているのなら、アドラー心理学でいう、「共同体感覚」を身につけることだ。そのためには、自己肯定・他者信頼・他者貢献の感覚を身につけたい。

 自己肯定
 演出家の宮本亜門は、高校時代、他の高校生との人間関係がうまくとれずに、悩んで学校へ行けなくなった。1年ひきこもったが、親から、学校へは行かなくてもいいから、精神科医のところへ行って欲しいと言われて、精神科医と会った。他人と、自分が考え方や行動が違うところを、精神科医は何一つ否定せず聞いてくれ、おもしろがってくれた。全面的に肯定してくれた。そこで、おもしろくて、1週間精神科医のもとに通った。ずっと肯定され続けたことで、自分を取り戻して、1週間後に学校へ通うようになる。
 「あなたはあなたのままでいい。他の人と合わなくてもいい。まあこの自分でいいか」
 この自己肯定がまず大事。

 他者信頼
 日本は世界でも珍しい、安全で治安のいい国。この世の中には変な人、合わない人、苦手な人もいるけど、基本的に他人は信頼できる。この世の中は信頼できる。この他者信頼がなければ、苦手な人とつきあえないし、どもることを否定する人ばかりだと考えたら、話せない。まず、他者を信頼しよう。

 他者貢献
 昔、幼稚園の先生、小学校の教諭、中学校、高等学校、看護師の専門学校などで講演したとき、「自分で自分のことが好きですか?」という質問をしたことがあった。自分のことが好きなのは、順番に幼→小→中→高→看護学校だった。自分のことがあまり好きではないは、看護師の専門学校がトップだった。僕だけの経験で一般化はできないが、その時、「自分が嫌い、生きていく自信が持てない」という自分を少しでも変えたいから、看護という仕事について、他者貢献して自分を好きになりたいのかなあと感じたことがあった。 その学生たちに、自分のことが大好きとまではいかなくても、学生のうちに「楽しい、嬉しい、心弾む」ことをいっぱい経験して、少しでも自分を好きになって欲しいと話した。
 
質問 生まれたころから人とあまり会話しなかった私でも、人と関わるのが苦手でなくなるか。ずっとこうだったので、変われる気がしない。

伊藤 今の生き方をいつまで続けますか? 人と関わるのが苦手な、あまり人と関わらないで今のまま生きていってもいいと思うけれど、もしも変えたいのなら、変えたらいい。あなたが行動するのにどういうことが必要ですか?

質問者 人と話すことが分からない。何を話していいのか。

伊藤 じゃあ、今のままでいいじゃん。無理しなくてもいい。だけど変えたいと思うなら変えられる。これまであまり人と会話しなかったから、これまではいろんな物事に興味関心が少なかったかもしれない。興味、関心、趣味などを増やしてみるのはいいかもしれないね。そうすると、今後の人生の色どりが増す。老後が楽しくなるかもしれない。自分の喜び、楽しみを少しずつ広げていく。その結果、人と話ができるようになるかもしれない。

奥野:僕の場合は性格プラス吃音の影響もあり、会話の流れを止めるのがイヤ。その場が凍り付くような気がする。だけど、僕は人と喋りたい。どうすればいいか?

伊藤:そのためにはリスクを背負わないと。どもって、流れをストップさせるかもしれない、変な空気になるかもしれない。それも引き受ける。それに慣れていくと、自分もまわりの人もそのことが気にならなくなる。他人は人のことなんてあまり構っちゃいない。自分のことに精一杯だ。基本的に人は自分のことには関心があるが、人のことには関心がない。その場が本当に凍り付いているか、行動を起こしてみなければわからない。実験する。試してみるのも面白い。本当に場の空気が凍りつくのか。そこには、場の空気が凍りつくのを嫌がる人もいるかもしれないけど、逆にそれによって救われる人もいるかもしれない。しょうもない話をしているところに、あなたが話し始めることによって場の空気が変わり、ホッとする人もいるかもしれない。話したいと思ったら、ともかく会話に入っていくことが大事。あなたは、会話に入りたいの? 会話に入らないと気まずいからと、義務を感じているのではないのか?

参加者:やはり、孤独感、疎外感を感じる。

伊藤:演出家の鴻上尚史が、吃音ショートコースという私たちのワークショップの時に、とてもいいアドバイスをしてくれた。イギリスに留学していたとき、まだ英語がうまくできなかった初めの頃、基本的に、人は喋らなくても、輪の中にいるだけでもOKなんだけれど、一言も喋らないのはちょっと気まずいから、話が膨らんで英語についていけなくなる前に、つまり、最初の方に「このサンドイッチ、うまいね」「今日は気持ちいい、いい天気だね」などと、言っておく。それだけでこの輪の中に自分もいるのだと、存在をアピールできる。あとは喋らず、相づちを打ったりにこにこするだけでOKだという話をしてくれた。
 「私は喋らなくてもOKだ」「だから人の話を聞こう」ということだ。
 僕は大学2年生の時、「お前は、人の話を聞いていない。聞いてもらった気がしない」と言われたことがある。それが、カウンセリングを学ぼうと思ったきっかけになった。では、ここで質問です。どうして僕は人の話を聞けなかったのだろうか?

坂本:自分が言うことばかり考えていた。

伊藤:まさにそう。「自分が話してこそこの場にいる意味がある」「いつ会話に割り込もうか」ばかり考えていた。昔、誰かが話すとすぐにその話をとって「私の場合はね」と、自分の話の糸口をつかむために人の話を聞いているかのような人がいた。それに近かったのかもしれない。

参加者:会話の中で、常に自分がどもるかどうかを気にしていたから。

伊藤:そう。どもる人の大きな問題がこれ。自分と相手の間に、「どもり」という壁をつくり、このことばはどもるか、うまく言えるかと、目の前の相手より、常に自分の中にある、どもりとの対話を優先させていた。そんな僕を友人は見抜いていたのかもしれない。
 どもろうとどもるまいと、自分が話したい時は話したい。
 エンカウンターグループでファシリテーターをしている時の話だけど、基本的にエンカウンターグループでは、ファシリテーターはあまり喋らない。しかし、参加者の話を聞いていると、つい「自分もこんなことがあって」と話したくなる。でも、そうやって自分の話を始めてしまうと、自分の話ばかりになってしまう。そこで「自分の体に預けた。自分のセンサーを信じた。どうしても話したいと、自分の動悸が高まった時だけ話そう。それほどでもない時は黙っていようと決めた。
 どもりに悩んできた私は、喋ることに慣れていないし、聞くことにも慣れていなかった。ことばのキャッチボールの経験が不足していたために、友人に「お前は聞いていない」と言われたのだと思う。それからは、できるだけ聞くことに重点をおいて、自分が話したい時は話そうと心がけて、私は聞くことも話すこともできるようになって、あまり人と話すのが苦手ではなくなった。それと、沈黙を楽しむ、沈黙に強くなることかな。僕は沈黙があると、すべてどもる自分に責任があると思い込んでいた。半々の責任だから、自分の責任と感じる必要はない。急がない。話題を次々に提供しなくていい。
こんなことを考えて、人と話す場に出ていったらいいのではないか。

 この日の大阪吃音教室でこのようなことが話されました。仲間にメモが得意の人がいて、メモしたものをメールで送ってくれましたので、それをそのまま使って、吃音教室の様子を報告しました。

 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 2012/05/21

大阪吃音教室  どもりって何だろう(吃音の基礎知識)

2012年4月20日(金)
どもりって何だろう(吃音の基礎知識)

4月からまた新たに始まった大阪吃音教室。開講日は5人の新しい人が参加しましたが、今日も2人の初参加がありました。ひとりは、私が毎年行っている島根のどもる子どもキャンプ、スタタリングフォーラムに高校生の時参加し、私と昼ご飯を一緒に食べたというひとです。今は、大学2年生で、助産師志望だそうです。どもりながら、人と接する仕事につきたいと、考えて行動を起こす明るい女子大生です。私のことを、このように覚えていて、わざわざ遠く姫路から参加してくれたのは、うれしいことでした。
 もうひとりは、43歳の男性の会社員。人と話すのが苦手で、人と話す機会が少ないので余計に話すのが苦手になっていくと話しました。
 姫路からはたびたびは参加できないでしょうが、男性はなんとか毎週きてほしいなあと思いました。

 今日のテーマは、吃音についての基礎知識についてです。これまでは、知っている吃音知識を出してもらって、それが正しいかどうかなどを検証していくこともしたのですか、今回は、私たちの目指す、「吃音とともに生きる」ために、知っておいた方がいいことがを知ってもらうことにしました。

伊藤:吃音で困っている、悩んでいる、どう解消したらいいか、など何でも質問してください。

東野:僕が参加しはじめた17〜18歳の頃と比べると今のほうがどもる人が増えているのでは?今は毎週のように初参加者が来る。どもりの発生率は人口の1パーセントだと言われているが、それより多い感じがする。

伊藤:言語聴覚士やことばの教室の教師からも「増えている」という声が多い。北九州の小児科医院で言語聴覚士をしている友人も、「こんなにどもる子どもがいるのか」とおどろいていた。火曜日に尼崎の小児科医の講演会で講演をしたが、ここでも相談件数が増えているという声を聞いた。
 統計的には分からないが、増えているのかもしれない。ことばの教室の担当者の全国大会、全難言の全国大会でも、以前は吃音分科会の参加者はあまり多くなかったが、最近は多くなった。
 その背景には
・実際にどもる子どもが増えているのかもしれない。
・どもる子どもとのかかわりが難しいと感じる親や、臨床家が増えているのかもしれない。
・吃音に対する関心が高まっている
が考えられる。
・大阪吃音教室だけかも知れないが、高校生や、大学生になってから、30歳をすぎてから、どもり始めたという人が、増えている。これままでの3歳前後にどもり始めるという人に加えて、思春期を過ぎてからどもり始める人がいるので、増えていると感じるのかもしれない。

【原因1】社会的な問題
競争社会、不安を抱えた人が増えている。人間関係がぎくしゃくしている。生きづらい社会になってきた。

【原因2】教育へのプレッシャー
吃音に対する常識もめちゃくちゃ。小児科医の研修会で、小児科医のほとんどが、80パーセントが自然治癒すると思っていた。吃音研究の現在常識では、自然治癒は、40〜45パーセントくらい。

 この後まだまだ質問に対して答えたり、話し合ったりしていくのですが、ゴールテ゜ンウィークで、毎年言っている伊賀地方に出かける時間になりましたので、この続きは連休明け報告します。
 よい、ゴールデンウィークをお過ごし下さい。

日本吃音臨床研究会・伊藤伸二 2012/05/03

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