伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2011年07月

速報  中学生日記にどもる中学生が主人公


みなさん

なかなか更新しない私のブログにたびたび訪問して下さり、誠に申し訳なく、かつ感謝しています。
今から、8月12日まで、大阪を離れますので、また更新できません。
懲りずにのぞいて下さい。

 過日、NHK中学生日記の担当ディレクターが、どもる中学生が主人公になるので、吃音について話を聞きたいと、わざわざ大阪寝屋川の私の自宅まで尋ねて来て下さいました。かなり長い時間話を聞いて下さいました。いいドラマにしたいという、熱意が伝わってきました。ありがたいことでした。

 その時はまだ、放送日は明らかにできなかったのですが、先日、公開してもいいとメールをいただきました。映画「英国王のスピーチ」に続いて、吃音について理解していただくいい機会となるでしょぅ。
できるだけ多くの人に見てもらいたいと心から願っています。周りの人にお知らせ下さい。よろしくお願いします。

 では、今からしばらく留守にします。大阪に帰ってきたら更新したいと思います。
 今後ともよろしくお願いします。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

9月2日(金) 18:45〜 中学生日記
シリーズ「転校生」(2)「僕と君のメロディ」

きつ音であることをずっと隠してきた啓介。
転校先のクラスメイトとも距離をおいてしまう日々。
ひょんなことから、女子生徒とピアノの「連弾」に挑戦することになるが――。
心に秘めた思いは、彼女に届くのか・・・
※今回の主人公は「全国オーディション」で選ばれた豊田啓介くんです。

http://www.nhk.or.jp/nikki/schedule/schedule1109.html

埼玉県の勉強会 2 

 自分がしないこと、できないことを人にすすめない 

 − 「アノー、ぼくは、エー、たいへん、エー、アー、どもるんですが、アノーよろしくー、」という運係語を40%くらい挟んでも音節を延伸しても、吃音が目立たない話し方ができれば、それでいいではないか。
 その程度の連係語なら至極ポピュラーなのである。誰の話でもそうである。話し方を苦労して工夫しながら、「自分は、まだ、どもりはなおっていないかもしれない。」と思っても、他人様が、どもりに気づかなければ万万歳で、そうなれば、社会人として、もはや吃音者ではない。  −望月勝久著 リズム効果法−

 これが、一時、講習会にことばの教室の教師が大勢集まり、学んだリズム効果法です。この、「リズム効果法」をすすめておられたのが、埼玉県立養護学校の校長先生をされていた、望月勝久さんです。先週末の埼玉県の私的な、難聴言語障害教育の研究会の勉強会にお誘いいただいたとき、埼玉県と聞いてすぐに、このリズム効果法のことが頭に浮かびました。だから前回書いたように少し不安があったのです。

 私の講義が終わり、夕食がすんで、ホテルのバーで懇親会がありました。その時、このリズム効果法の話題が出ました。望月さんがお亡くなりになって10年はたつのでしょうか? 少しでも役に立つ方法なら、望月さんがお亡くなりになった後、今でも誰かが実践しているはずですが、毎回100以上のことばの教室の教師が講習会に参加し、10年以上続いて、多くの人が教えられたはずですが、ことばの教室で、「アノー、エー」の連携語を40パーセント程度わざと挟むような指導は誰もしていないと思います。

 消えるべくして、消えた治療法ですが、私が不思議に思ったのは、自分に効果があったことや現在も自分が実践していることを、吃音に悩んでいる人にすすめたのではないと、私には思えたことです。
 推測ですが、望月さんが、この方法を自分が使ってどもらずに話せるようになったわけではないようです。教師として誠実に子どもとかかわり、養護学校の校長として責任ある立場について、ことばを大切に話していくうちに、少しずつ自然に変わっていかれたと思うのです。「アノー、エー」の練習をして話せるようになったのではないと思うのです。
 初期の「リズム効果法」の著作には、リズム効果ということばは出てきますが、「アノー、エー」を使えとは、まったく書かれていません。それが、ある時から突然、「アノー、エー」の連携語を40パーセント使うようにとの指導が始まったのです。その方法でご自身が効果があったのなら、最初からその方法を紹介しているはずだと思うのです。

 1986年、私が大会会長として、京都国際会議場で開いた「第一回吃音問題研究世界大会」に、望月さんはシンポジストとして参加して下さいました。その発言は流暢でまったくどもりません。そして、「アノー、エー」はまったく使われませんでした。その技法をどもる人に教えるのなら、ご自身が、人前で話すときも、「アノー、エー」を少しでも使って欲しかったなあと、その時私は思いました。

 吃音を治すことに必死になっていた私は、治すことをあきらめ、どんなにどもっても、どんどん話していきました。そして、吃音だからといってできないことは何一つないことを知りました。このときから私の人生は変わりました。私の今の主張は、そのときの体験から来ています。自分が実践して、本当によかったと思えたことを整理して提案し、今も、実践しています。
 してきてよかったこと、今もしていることだけを私は提案しているのです。
 大学や、専門学校で講義をしていますが、どもるときはどもり、自然のままにまかせています。

 望月さんの「リズム効果法」の話が出て、久しぶりに望月さんのことを思い出しました。
 私とは考えはまったく違うものの、どもる人の幸せを考えていたことはまちがいないと私は思っています。もっと直接議論を闘わせたかった吃音関係者のひとりです。

 2011年7月9日
 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 

埼玉県の難聴言語障害教育の私的な勉強会


    体験をベースにした思いは伝わる


 先週末、7月2日、3日とことばの教室の教師や、ろう学校の教師の集まる、すてきな勉強会にいってきました。子どもの立場に立った教育を実践し、話し合い、次の実践に活かそうと、まじめに勉強を続けているグループです。別の県で行われた私の講演を聞いて下さった人が、私を招いて下さいました。
 埼玉県の教員からこれまで講師依頼をうけたことはありません。また、次回書く予定の、私がはげしく反発して、反対してきた「リズム効果法」の提唱者の本拠地だったために、埼玉の人たちは、「吃音を治す・改善する」に熱心に取り組んでおられるのではないかとの、日頃つきあいがないための、根拠ない思い込みがありました。
 私は、「吃音は治さない、治せない」と極端な主張をしているために、その考えに共感して下さる県の教員と、そうでない教員の県とはっきり分かれるのです。いや、それは、県の中心的に事務局の人たちが、どのような考え方の人を講師として呼んでいるかだけの違いかもしれません。せんだっての、島根スタタリングフォーラムの後に開かれた、島根県の難聴言語障害教育の一日研修会の事務局は、吃音に関しては、何年も私を呼び続けて下さっています。
 ところがまったくお呼びがかからない県もあるのです。そのひとつが、埼玉県でした。なので、どんな人が参加されるのか、私の考えがどこまで伝わるのか、私の考えが批判されかもしれないなどと、少しですが、不安がありました。一方で、新しい出会いへの期待もありました。

 聞いて下さる人によって、私の話の根本が変わることはありません。どんな場でも私は自分の主張はします。今回はめずらしく丁寧に、そのまま読み物になるような、
A4サイズ8ページのレジメを用意しました。そして、どうして私が吃音を治すではなく、どう生きるかという、伊藤伸二の「日本の吃音臨床」を提案するようになったか、体験を踏まえて話しました。
 当然、アメリカ言語病理学を厳しく批判する内容になりました。私の強みと誇りは、自分が体験し、吟味し、大勢の人々と検証したものしか、ことばにしてこなかったことです。私の発言には必ず、私の体験と、たくさんのどもる人やどもる子どもの体験が裏打ちされています。2日間講義をし、参加者のみなさんと話し合う中で、うれしい気持ちになりました。

 アメリカ吃音研究・臨床家はこのように言っているなどという、他人の研究や、臨床を紹介する人が多い中で、私は、自分の体験をベースにした、実際にあった子どもたちの話なので、自分で話していて心地よいのです。このような、心地よさを感じたのは初めての経験でした。
 私は、吃音について話すのがとても好きで、ついつい話しすぎになるのは、このうれしさ、喜びがあるのだと気づきました。自分が喜んで、楽しくて、伝えたい思いがいっぱいにあって、話しているのですから、それが、聞き手に伝わらないはずがないのです。もちろん、信念をもって私の提案に反対する人は別ですが。
 参加者の皆さんが、初めて聞く私の話を真剣に、共感して聞いて下さいました。2日間の出会いの中で、当初抱いていた少しの不安がまったくなくなり、身内の中で話しているような安心感を覚えました。私の、吃音に対するいろんな考えや、実践が、なかなか全国的、世界的にひろがらないのは、私の話を聞いていない人が多いからだと、傲慢にも思えました。聞いて下されば、少なくとも半数以上は理解し、納得して下さると思いました。

 まだ、足を編み入れたことのない土地、私の考えをあまり知らない人との出会いは、少しの不安があっても刺激的でした。体験に根ざした話は、伝わる。そう確信することもできました。

 勉強会の会場のホテルがすてきでした。そして、ホテルの周りの環境もとてもすてきでした。朝食後、静かな自然いっぱいのそのホテルの近くを散歩しながら、この幸せな気持ちは、吃音に深く悩み、その体験を丁寧に整理し、言葉や、本にして発表してきた、私へのご褒美のように思えました。
 参加者のみなさんとの別れ際に、みなさんが、「書籍からだけでなく、直接生の話が聞けてよかった。共感できる納得できるものだった」と、口々に言って下さったのは、とてもありがたいことでした。
 法然や親鸞が、新しい教えを広めるために、町の辻にたち、道行く人に、またどんな小さな集まりも出かけていって話したように、私も、どんな小さな集まりでもでかけて、私の体験からの、吃音についての提案を語ろうと思いました。少しずつですが、新しい「日本の吃音臨床」の仲間がふえていく感じがします。

 2010年7月5日
 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
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