伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2010年09月

不安神経症傾向

  不安神経症傾向で、ドジな私の対策


 9月10日
 今日の大阪吃音教室のテーマは、「森田療法」でした。
 担当者の、森田療法でいう神経症についての解説の後、「説明で挙げられたことは、私にほとんど当てはまる。私は神経症なのだろうか」という質問がありました。吃音の原因論に神経症説が根強くあったように、吃音の悩みと、神経症の人の悩みは共通することが多いと思います。
 神経症の人のセルフヘルプグループである、生活の発見会の40周年記念の講演会で、講師として招かれた私は、自分自身の吃音の悩みに入っていくプロセス、そこから解放されていくプロセスを話しました。
 神経症の人の集まりに、なぜ私が呼ばれたのか、「吃音は、みなさんと親戚です」と前置きして吃音についての私の体験だけを話したのですが、後で、何人もの人が、「親戚ではなく、きょうだいですよ」と話しかけて下さった。

 今日の、大阪吃音教室のテーマが「森田療法」だと知って、吃音ではなく、不安や、神経症傾向に悩み、それを克服したいと、40歳代くらいの女性が参加しました。その人の悩みは、いろいろとあるのですが、そのとき話された一つが、家を出るとき、鍵がしまっているかどうか心配で、何度も家に戻るのだそうです。すると、参加者の中から、私もそうだよと、体験が話されました。不安で、何度も鍵を「がちゃがちゃ」とかける、周りを見渡して人がいない隙をねらって鍵をかける、などです。

 私も、家に鍵をかけたか、ガスをつけっぱなしにしていないか、心配になる方です。駅まで行きながら、鍵をかけたかどうか心配で、家に戻ることは、今でもたびたびあります。30分ほどかけて、梅田まで行って、再び電車に乗って家まで帰ったこともあります。多くの場合、鍵はかかっていることがほとんどなのですが、心配になって帰った時に、鍵がかかっていなかったことが一度あって、それから自分が信用できなくなったのです。

 初参加のその人は、森田療法がどんなのかは分かったが、神経症を克服するには、どうしたらいいか、克服方法を教えてくれと言います。症状をもちながら、それとどうつきあうかが大切だと担当者が話しても、あまり納得しないようでした。

 終わりの時間がきていたので、対策について話しませんでしたが、話しておけばよかったと反省し、このプログに書くことにしました。
 何か、具体的に生活で不都合があるのかと質問をしたら、
 「鍵がかかっているかどうかが、心配で、何度も家に帰ることで、待ち合わせに遅刻して、相手に迷惑をかける」ということでした。

 ドジで、物忘れがひどく、大事なものを紛失する傾向にある私の対策はこうです。
 約束の時間より、かなり余裕をもって出かける。そうすると、何度引き返しても遅刻することはありません。自分が、そのような傾向があるのなら、この程度の対策は立てた方がいいのです。

 この冬、北九州市の小児科の医師会の勉強会から、講演を依頼されました。遠方の場合は当然のように、かなり時間の余裕をもって家を出ます。その日も3時間ほど前に、北九州の小倉駅に到着するように、家を出ました。
 新大阪から新幹線に乗り、5分ほどして、いつも大切なものを入れるセカンドバックがないことに気づきました。今日の講演会の会場や、宿舎の案内の書類が全てそこに入っています。大阪駅か、新大阪駅で落としたのです。このまま、北九州に行っても、講演会場が分かりません。新神戸駅で降りて、新大阪に戻り、物忘れセンターに行ってもありません。大阪駅かもしれないと大阪駅の忘れ物センターに行きましたがありません。仕方なく、このまま小倉に行くしかありませんでした。
 連れ合いの職場に電話をし、家に帰ってパソコンに入っている、会場や宿舎について調べてくれと頼みました。うまく連絡がつき、自宅に帰ってもらって、調べてもらい、講演会が始まる前になんとか、到着することができました。
 新神戸から、大阪まで戻り、連れ合いの職場に電話ができる時間的余裕があったから、事なきを得たのであって、もし、ぎりぎりに新幹線に乗っていたら、小倉についても会場も分からず、どうしただろうと思うと、ぞっとします。

 こんな、ドジな私を、自覚しているから、認めざるを得ないから、私は常に、かなりの時間的な余裕をもって家を出ることにしているのです。

 こんな、失敗は数限りなくあります。次の週には金沢の講演の時、サイフを落とし、帰りの切符だけでなく、クレジットカード、運転免許証も落とし、交番に届けるなど大騒ぎしました。

 その時でも、私はあわてません。「命までとられるわけではない。運転免許証も再発行してもらえばいいや。クレジットも、クレジット会社に連絡してストップをかければいいや、まあいいか」と考えてしまうのです。
 だから何度も、同じ失敗を繰り返すのかもしれませんが。
 こんな、とてもドジな私ですが、こんな所も結構嫌いじゃないのです。
 だから、繰り返すのですね。まあいいか。

      2010年9月10日 
     日本吃音臨床研究会  伊藤伸二

第21回吃音親子サマーキャンプ

 2010年8月27・28・29日
     第21回吃音親子サマーキャンプが無事に終わりました。
 
 北は岩手県から南は鹿児島県まで、全国から126名の参加でした。


      ひとりひとりの豊かな表現


 今年も吃音サマーキャンプが無事終わった。毎年のことだが、参加者もスタッフも感動して、「参加してよかった」と口をそろえてくれる。卒業式を含めた最終のプログラムが終わり、帰りの送迎バスのくる、ぎりぎりの時間まで、互いのアドレスを交換したり、写真をとったり、とても離れがたい様子だ。社交辞令ではなく、本当に満足して岐路についてくれるのが感じられてうれしい。
 昨年は、よかったけれど、今年のキャンプはうまくいくだろうか、病気やケガ、事故は起こらないだろうか。21回目だというのに、常にこのような不安が抜けない。まず、スタッフが集まってくれるだろうか、ということも大きな不安だ。
 このキャンプの責任者として、3日間は、緊張の連続だ。自分の担当する話し合いのグループ、親の学習会だけが私の役割ではない。全体の進行、子どもや親の様子、スタッフの様子、様々に目を届けなくてはいけない。
 このような緊張の連続だから、最終日、親の表現活動が終わり、子どもの劇が終わり、卒業式が終わり、私が司会進行をする最後の30分ほどの時間が、私をハイな状態にさせる。私にとって幸せな時間だ。以前はオープンマイクで発言したい人を募っていた。今年は劇の時間がかなりかかると予想していたので、準備はない。予想外の時間が余った。そこで、初参加の親子、スタッフ、それぞれのプログラムの責任者や、スタッフとして数年ぶりに復帰した人など、思いつきでどんどん指名していった。突然にふられたにもかかわらず、ひとりひとりが、このキャンプを振り返っての思いを、通り一遍のことばではなく、自分の体験を通して、自分のことばで表現力豊かに語る。それぞれがの思いが伝わる、スピーチだった。
 
 この、みんなの豊かな表現力はどこからくるのだろう。突然に不意打ちのように当てられて、「よかったです。楽しかったです」に少し付け加える程度のスピーチであっても仕方がない。しかし、この場のみんなのスピーチは違う。
 親の表現活動、子どもの劇の上演、卒業式と続く、この「終わりの集い」全体に包まれる温かい空気が、その人をこれほどまでに語らせているといえないだろうか。毎年参加していることばの教室の教師が、「今年もぐしゃぐしゃになって泣きました」と言う。この場にいられる幸せが、参加者全体を包んでいる。不思議な、不思議な空間なのだ。この場に居合わせたいから、私たちも続けているし、遠く栃木や鹿児島、千葉などから、ことばの教室の教師が、手弁当で、参加費を払ってまで参加して下さるのだろう。参加しなければならない義務も責任もない。それぞれが、自分の意志で、参加したくて参加している。それが、この空気をつくっているのだろう。
 グループで自分を語ること、子どもの劇の稽古や上演のプロセス、親の表現活動なと、このキャンプには、自分を表現するさまざまな仕掛け、プログラムがある。「自分のことばを語る」文化、大切にしてきた「表現としてのことば」が、このキャンプに確実に根づいているのだろう。


 出発間際の送迎バスに乗り込んで、「では、また来年会いましょう。元気でね」と一言声を掛ける。そして、バスは出発する。動き始めたバスに手を振ると、窓側に座った子どもや親、立っている人が手を振る。少し走って、橋を渡る辺りでも、まだ手を振ってくれている。バスが見えなくなったときに、私の緊張は一気に解けていく。
 「今年も、本当にいいキャンプだった」
 荷物を片付けるために、少年自然の家に戻る足取りも軽い。
 今年も、無事に終わってよかった。よし来年もと思うが、来年のキャンプの準備を始める頃、この見送りの時間が終わるまで、私の不安と、緊張から解放されることはないのだろう。
 キャンプについては、また報告したい。

        2010年9月9日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

吃音ワークブックへの思い

 私は、3歳から吃り始めたようなので、この吃音ワークブックには、吃り始めてからの63年の歴史が反映されています。人一倍吃音に悩み、人生に大きな影響を受けたから、たくさんの失敗、悔しい思いをしてきたから、後に続く吃る子どもや、吃る人に、私の人生を伝えたい。そこから、何かを掴んでもらえればうれしい。
 執筆にかかって1年、常に自分の人生に向き合いながら、書いてきました。15名の仲間に支えられながら、励まされながら、思い残すことなく、誰にも遠慮することなく、私の真実の叫びを書ききったという満足感があります。
 「はじめに」に書いた文章を紹介します。



              はじめに


 「吃音は、治療法がないから、どう指導したらいいのか分からない」
 「アメリカのスピーチセラピストの96パーセントが吃音に苦手意識をもっている」
 このように言われるのは、「治りたい」「治したい」との吃る人本人や親の切実な願いがあるからなのだろうが、臨床家も「吃音を治す、改善する」にこだわるからだろう。
 吃音は、「治すべきか、受け入れるべきか」の議論は、本来、治せる時代がきて成り立つことだ。風邪のように治せる時代がきても、「そのままでいい」と言う人は少ないだろう。ところが、吃音は、100年以上の治療の歴史がありながら、治せないでいる。
 アメリカ最新の統合的アプローチ、「ゆっくり、そっと、やわらかく」の流暢性促進法も、身につけ生活に生かすのが難しいことは、長年の論争の歴史や、セラピストの苦手意識が物語っている。この現実があるにもかかわらず、治すにこだわるのは、治ったという人、治ったかのような状態になる人がいるからだろう。しかしそれは、治療の結果ではなく、自然な変化によるものがほとんどだ、との認識が持てないからだろう。
 私も仕事柄、人前ではあまり吃らなくなった。テレビの前では吃らないが、普段は吃ると、自分を「吃音キャスター」と言うアナウンサーがいる。吃ってセリフが言えず、2日間、映画の撮影がストップする経験をしても、「どもりでよかった」と言う女優がいる。 人生を精一杯生きる中で吃音は変わる。吃音を受けとめる教師や友だちとの学校生活の中で、自分を率直に表現し、吃音が変わっていった子どもを私はたくさん見てきた。この、生活に出ていくのを阻むひとつが、「吃音は治る、治せるはずだ」の考えだ。
 私は21歳の時、初恋の人や吃る仲間と出会い、チャールズ・ヴァン・ライパー博士は30歳の時、老人と出会い、スキャットマン・ジョンは50歳の時、CDで吃音を公表して、「吃ってもまあいいか」と、吃る事実を認める「ゼロの地点」に立つことができた。それまでは、3人とも、人生の課題から逃げ、多くのものを失う苦悩の人生だった。
 吃音は、この地点に立つまでが難しい。それまでが、吃音臨床だと私は考えている。  この本は、ルポルタージュ(現地報告)の一種だと思う。ルポとは、「何々であるべきだ」がないものだ。世界の吃音臨床の報告であり、吃る人の人生、実践の事実の報告だ。 「吃音を治す、改善する」にこだわるアメリカに比べ、子どもの生きる力を育てようとする日本の臨床は、素晴らしい。「アメリカのセラピストのように、勉強し、治療技術を磨くべきだ」などと、批判されてもひるむことはない。親や臨床家は、これまでを肯定した上で、これもできると、少しレパートリーを増やしていただければうれしい。 人間、悩みのない人はいないだろう。誰もが、弱い部分や悩みや劣等感などのテーマを持って生きている。その人間が、吃音をテーマに生きる子どもと、どう生きるかを考えれば、親、教師、言語聴覚士が、子どもと一緒に取り組むことはたくさんある。
 子どもを主人公に考え、子どもと共に歩む仲間が増えることが、私の願いだ。

吃音ワークブック完成

workbook cover


この表紙をクリックしていただくと、写真が大きくなります。
楽しそうな、子ども達の様子から、この本の意義が伝わることを願っています。






 親、教師、言語聴覚士が使える
        吃音ワークブック 〜吃音を生きぬく力が育つ〜


  構想5年、執筆し始めて1年をかけて、15人の教師の仲間と作っていたワークプックが完成しました。
 そろそろ、書店でも並び始めると思います。是非お読み下さい。全精力を傾けての取り組みであり、ワークブックという、これまでと違うスタイルの本だったために大変でした。この取り組みのために、このブログの更新がなかなか出来ませんでした。
 これからは、更新ができると思いますのでよろしくお願いします。
 まずは、ワークブック完成の報告です。

  2010年9月1日
                       伊藤伸二


吃音ワークブック どもる子どもの生きぬく力が育つ吃音ワークブック どもる子どもの生きぬく力が育つ
著者:伊藤 伸二
解放出版社(2010-08-30)
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