伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2009年12月

NPO法人 大阪スタタリングプロジェクトの忘年会


 
  スピーチがメイン料理の忘年会

 大阪スタタリングプロジェクトの今年の最終行事が忘年会です。

 こんな案内によって人は参加してきます。

 「吃音教室に参加しないのに、忘年会だけ参加するなんて・・」という方の声を聞いて、そのことに気づきました。それだけ大阪吃音教室が、真剣な場となっているからだと思います。参加しなくても、会員となって会を支えていただいている方達ですから、年に一度ぐらい顔をあわせて近況など話したいです。来年からはもっと参加を呼びかけたいと思いました」

 東野晃之会長は言います。そこでこのような案内文がつくられました。

 私たちの忘年会は、飲んで、食べて、騒いでの忘年会とは違って、ひとりひとりが自分のこと、吃音のことなどを話し、それにみんなで耳を傾ける、とても温かい、一年を締めくくるにふさわしい忘年会です。
大阪吃音教室に行っていないから、ちょっと…と迷っているあなた
2年ぶり、3年ぶりで、ブランクが気になっているあなた
忍ヶ丘ってどこ?と、尻込みしているあなた
もちろん、毎週大阪吃音教室に参加しているあなた
そんなあなたこそ、ぜひ、忘年会にご参加下さい。
普段、「新生」を読むだけになっている方ともぜひ直接にお会いしてお話できたらなあと願っています。大阪吃音教室にちょっと足が遠のいている方、思い切って参加されませんか。あったかい仲間と、おいしい料理と、楽しい会話が待っています。
貸し切り・バイキング・飲み放題、3拍子そろったすてきなお店です。
 いい仲間と、2009年を振り返り、2010年を展望しましょう。
 皆さんのお越しを、心よりお待ちしています。


 
  私はこれまで様々な忘年会に出た経験がありますが、この忘年会が一番好きです。飲んで騒ぐ、いわゆる他の忘年会とは全く違うのです。
 いつごろからこのようなスタイルになったのかは記憶にありませんが、少なくとも15年ほどはこのスタイルでしょうか。
 少し、お酒や食事が入ると、ひとりひとりのスピーチが始まります。今年一年を振り返って、来年の抱負を語るという、ただそれだけのことなのですが、それがとてもおもしろいのです。その人の一年が分かり、吃音とどう向き合い、どうつきあってきたかも話されますと、聞いている人にもとても参考になるのです。静かに聞いているわけではなく、ヤジや突っ込みが入る、大阪のノリで進んでいきますが、みんなは、とても真剣に聞いています。質問も出ます。

 当初、時間制限がなかったので、5分以上話す人もいて、最後の方はあまり時間がなくて、少ししか話せない人も出てきました。そこで、最近は3分程度と少し制限を加えていますが、本当にみんなおしゃべりが好きです。みんなが、真剣に聞いてくれるからでしょう。何を話すか、事前に考えてくるようで、メモを用意している人もいました。

 私たちの忘年会は、一人一人がみんなの前に立ってする「スピーチと突っ込み」がメイン料理なのです。
 
 今年は31名が参加しました。とても懐かしい人もいました。大阪吃音教室には参加できなくても、このようにつながっている、このことはありがたいことです。

 「久しぶりに参加した人が、「例会に参加していないのに、毎月機関紙を送り続けて貰えて嬉しい」と言い、「例会に参加していないのに、ずっと会費を払って活動を支えて頂き、いつも感謝しています」と伝え、握手をしてお別れしました」
 このような報告がありました。


自分の仕事を見つめ直して新しい一歩を踏み出そうとしている人、
金曜日を楽しみにして毎回参加しているという人、
いろんな工夫をして職場でサバイバルしている人、
ここ何年かで大きく変わった人、
吃音ショートコースで学んだことを、日常生活に活かしている人、

 嬉しい報告あり、決意表明あり、それぞれが真剣に人生に向き合っていると心から思いました。そのひとりひとりの話を聞くのがとても好きです。
それぞれの人生に励まされたり、ほっとしたり、ふと涙が浮かんだり…。
笑いあり、ペーソスあり、一年の終わりを締めくくる、本当にいい忘年会でした。
3時間30分という、ロングランもあっと言うまでした。

 毎週の吃音教室は毎回30名ほどが参加して充実し、吃音親子サマーキャンプや、吃音ワークショップや、出版活動などの、幅広い活動ができるのは、真剣な人達の集まりだからでしょう。
 年に一度の忘年会で、いい仲間と活動できる幸せを実感できるのです。


 2009年度私のブログをお読み下さった皆様
 ありがとうございました。
 できるだけ書き続けていきたいとおもいますので、どうか、来年もよろしくお願いします。このブログはコメント、レスポンスが受けられないように設定してあります。どのような感想をもたれているか、もし、よければ、メールでお寄せ下さい。メールに対しては必ずレスポンス致します。
 メールアドレスは、日本吃音臨床研究会のホームページにあります。
 このホームページもよろしくお願いします。
 来年は、このホームページもできるだけ更新しようと考えています。

 皆様、お元気よいお年をお迎え下さい。

 2009年12月25日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二







北九州・吃音相談・講演会



  吃る人がついてはいけない仕事などない


 2009年、12月12日、北九州市立障害福祉センターで「吃音相談・講演会」が開かれました。
 北九州市立障害福祉センターの言語聴覚士の田中愛啓さんと志賀美代子さんが、毎年、計画を立てて下さいます。もう、10年は続いているのでしょうか。
 北九州市立障害福祉センターの主催なので、市の広報や関係するところに広報が行き渡り、また、今回は読売新聞にも紹介されました。今年も、大勢が参加してくれました。お昼の、子どもの吃音の部には45名ほどが、夜の成人の部には20名ほどが参加してくれました。毎年開いているにも関わらず、参加者が多いのは、それだけ、吃音に困っている人、関係する人が多いということでしょう。

 「この会を、吃音相談・講演会としたのは、相談したいこと、知りたいことを参加者から出してもらって、それを元にして講演するからです。相談や質問のある人は遠慮なくどうぞ」
 主催者である、北九州市立障害福祉センターの言語聴覚士・田中愛啓さんの挨拶をうけて、いくつかの相談や質問が出されます。昼間の、子どもの部ではやはり、母親から、私のせいで吃音になったのでは、などいつものように、吃音の原因についての質問が出されました。いつになったら、吃音は「母親が原因ではない」が常識となるのでしょうか。

 幼稚園児のこの話にはびっくりしました。
 給食の時に、今日のメニューを言わせるのだそうです。ちゃんとメニューが言えないと、食べさせてもらえない、だったか何か、ちょっと忘れましたが、何かペナルティがあったのです。「ブロッコリー」が言えなくて、その子は苦戦をしています。これは、きついです。食事の度に、言えるか言えないかを心配するくらいなら、「もう給食なんて食べなくてもいいや」と私なら言ってしまいそうです。
 そのお母さんに、幼稚園の先生に、「うちの子は吃って言えないから、無理に言わせないで、パスさせて下さい」と言えばいいと言いました。小学校では、健康観察で「はい、元気です」が言えなくて、学校へ行くのを嫌がる子がいます。どうして、みんな、一緒に、同じようにしなければならないのか。足の悪い子には、誰も「走れ」とは言わないだろうに、吃る子どもには「みんなと一緒」のことをさせようとします。
 そのお母さんから、先日電話がありました。幼稚園で、吃音のことを理解してもらおうと話したら、「お母さんの心配のしすぎですよ」ととりあってくれなかったそうです。子どもの自立のために、みんなと一緒のことを園では要求しますと言うことらしいのです。
 「自立」なんて遅れてもいい。それよりも、楽しく園に行くことが大事で、給食のメニューが言えないことが、自立とどう関係するのか、私には理解できません。苦手なことに挑戦もいいのですが、吃音はそんなレベルのことではありません。さてさて、どうなるのか、また、お母さんは報告してくれると思いますが。

 子どもの部に、看護師、言語聴覚士2人をつれて、院長である耳鼻科医の医師が、参加してくれました。ひとりの言語聴覚士が、これまで私が勉強した「吃音」とまったく違うと話してくれました。そして、私の話に共感して下さいました。話を聞いてもらえれば、私の言っていることは理解されるのだと、少し自信を持ちました。看護師、言語聴覚士と子どもに関わる人の参加が多いのもこの相談会の特徴です。夜の部には、言語障害の大学院の学生、言語聴覚士の専門学校の学生が5人も来てくれていました。
 吃る当事者だけでなく、吃る人や、吃る子どもに関わる人が話を聞いて下さるのはとてもありがたいことなので、熱く熱く語りました。

 その大人の部で、「吃る人は、教師や、医者になってはいけないと私は思うが、伊藤さんはどう思いますか」という質問が出されました。日常生活で吃音がほとんど目立たない人のようです。あまり、吃音が目立たないから、余計に苦しかったのかも知れませんが、一方で、強気で生きてきたかのような印象を受けました。
 これまで、彼が吃音をどう考えてきたのか、仕事の中で吃音とどう向き合ってきたのか、どんな仕事に就きたいと考えているのか興味をもちましたが、残りの時間がなかったので、私のまわりにいる、何人かの吃る教師の体験や、吃る人が就いている仕事などを紹介し、苦戦しながら、どう工夫して生きているかを話しました。最後に、吃る人が就いてはいけない仕事など、何一つないと話しました。
 大きく頷きながら聞いていた彼は、私の説明に納得したようで、反論や、再質問はせず、最後の感想の時、「よく分かりました」と、明るい顔で言ってくれたのはうれしいことでした。
 吃音相談・講演会では、様々な質問が出されます。それがとても嬉しいです。その答えにふさわしい、これまで43年間で出会ってきた、たくさんの吃る人、吃る子どもの体験が、瞬時に思い浮かびます。大勢の人と出会ってきた財産です。そして、この日の相談会の話題を、今後、いつかどこかでの質問に答えるときに思い出すのだろうと思います。吃音について話すこと、話し合うことは、私にとって無上の喜びでです。

 2009年12月24日  日本吃音臨床研究会  伊藤伸二

勝間和代さんのこと



勝間和代さんの声


 数日前、NHKの朝か昼のインタビュー番組に、勝間和代さんが出ていました。勝間和代さんの本は読んだことはないのですが、存在は新聞などで知っていましたし、「しがみつかない生き方」と、アエラの香山リカさんとの対談は読みました。
 彼女が、このようなことばを実際使っているかどうかは知りませんが、勝手に、「がんばればできる」「夢をもてば必ず実現する」と言う人ではないかと、想像していました。

 そうして、偶然つけたテレビに勝間さんが出ていたので、香山さんとの論争の後、どのようなことを言うのか興味がわいてしばらく見ていました。
 しばらくして私は、いたたまれなくなってテレビを消しました。その内容よりも「声」に対する不快感とは言えないまでも、聞いていたくない感じです。吃音に悩んできた人間として、ことばがなめらかかどうかは、もちろん問題ではありません。どんなに吃っても、だみ声で聞いていられないことはまずありません。そうそう、きんきん高い声も苦手ですが。勝間さんも、講演などでは、比較的ゆっくり話されるだろうと思います。しかし、対談のような話では、普段の話し方が出ます。人柄そのものが出ます
 早いのです。早くても、久米宏さんや黒柳徹子さんは安心して聞けますが、早いと言うよりは、母音がどんどん抜け落ちているのです。話す表情も、自信に満ちてというよりは、不安げな、落ち着かない、要するに「ゆったり」としていない感じです。
 はきはきと、明快に、颯爽と話す人かなあと、勝手に想像していただけに、大きなギャップがありました。

 「声」はその人を表します。本も読まずに失礼だけれど、勝間さんのことを好きになれないのは、私の感性ですが、勝間さんの「声」に先に出会っていれば、もっと「パス」だったろうと思いました。吃る私は、やはり「声」に敏感なのでしょう。
 勝間さんの「声」「話しことば」についてだけ書くつもりでしたが、もう、勝間さんに触れる機会はないでしょうから、ついでに、なぜ「パス」なのか、ということについて書きます。


 「吃音は治る、治る希望をもって頑張れば、吃音は必ず治る」。私が読んだ吃音矯正の、10冊以上の本には、全てそのように書かれていました。だから、「治らない、改善されないのは、まだまだ私の努力が足りないからだ」と自分の努力不足を責めました。どれほど努力すればいいのかの具体的な指標がないのですから、1日2時間ほどの努力をしても、自分の努力不足を責める人はいるでしょう。中学2年生の夏、私は2時間はしていたように記憶しています。夏休みを丸々使ったような気さえしているのですから。
 
 在日であることと、吃音に悩んだ、芥川賞候補4回の実力派の作家、金鶴泳さん。
 『凍える口』を読んだのは35年も前です。吃音に悩んだ私たちのあの時代の多くの人が、ただ吃音が治ればいいと漠然とした願望ではなくて、本気で吃音を治したくて、実際に治すために必死の努力を続けました。
 私は4か月集中して、呼吸練習や発声練習、上野公園の西郷隆盛の銅像の前や山手線の電車の中での演説、街頭練習など、治したい一心で厳しい訓練に取り組みました。金鶴泳さんも、日記によると、何年も呼吸練習や発声練習を続けています。
 「朝の時間の10分間を、ちょっとした発声練習にあてることを習慣にしたら、どうであろうか。それを1年、2年と続けていったときには、バカにならない効果が出てくるかもしれない。かつて、大学1、2年のころ、15分間ほどの腹式呼吸練習を、1年、2年ほど続け、それでも別にこれといった効果もなかったのだが」

がんばっても、努力してもできないことはできない。それを努力しさえすれば、道は開けると、自分を人を駆りたてるのはなんと残酷なことか。
 「がんばれば地獄」に落ちるのです。
 私は35年以上も前に「治す努力の否定」を提起しました。
 だから、「あきらめない」「がんばる」「前向きに」などのことばには、嫌悪感さえもちます。勝間対香山の構図では、私は明確な香山派なのです。
 
 
参考までに、最近の新聞記事です。
               2009 12月9か10日  朝日新聞夕刊

 解決策なきものもある
       香山リカさんの近著12連続1位


 
精神科医・香山リカさんの近著『しがみつかない生き方』(幻冬舎新書)の勢いが止まらない。7月末の発売直後から売り上げを伸ばし、現在、発行部数は42万超。オリコンランキングの新書部門で8月下旬から12週連続の1位、年間ランキング新書部門でも各社1位だった。
香山さんに話を聞いた。
 『しがみつかない生き方』は「『ふつうの幸せ』を手に入れる10のルール」とした副題の通り、「恋愛にすべてを捧げない」「仕事に夢をもとめない」といった10章からなる。特に話題を呼んでいるのが、最終章「〈勝間和代〉を目指さない」で、経済評論家の勝間和代さんを競争社会の成功者の象徴とした点だ。
 勝間さんの著書の多くは、家事や仕事や人間関係の無駄を徹底的にそぎ落とした結果、生まれた時間や労力を様々なスキルアップに充てることで、一つ上の人生を目指すノウハウを示したもの。ファンの中にはそのノウハウの熱心な追従者となる人もいる。
 香山さんは診療の現場で、「勝間さんの言う通りに努力しても人生が充実しない。自分はダメな人間だ」と自己否定に走る患者に何度か接したという。「客観的にはそこそこ幸せな境遇なのに『上があるはず』と頑張り過ぎる人たち。彼らの姿に、なぜこんなに普通の幸せは手に入りにくくなったのだろうと、不思議に思っていた」と、勝間さんに言及した理由を語る。
 この本を巡り、複数の雑誌が香山さんと勝間さんの対談を掲載。「AERA」10月12日号の対談の中で、勝間さんは「私は頑張り至上主義ではなくて(略)頑張らなくてもいい方法を探しましょう、と言っている」「目標は格差をなくすことなので、私の本で格差が生まれているのであれぱ、目的に逆行してしまっています」と語っている。自身の意図が誤って読者に伝わっている可能性にも言及した。
 香山さんは、勝間さんとの対談を経て、改めてこの本にこめた思いをこう語る。「新自由主義的な合理志向のもとで、すべてのことに解決策があるというイメージが社会に広がりました。もちろん経済が発展し、個人が向上心を持つことも重要なことですが、人生は解決出来ることばかりではないという大前提を、忘れることは危険です。そもそも人生とはままならないもの。私の本にも解決策は示されていないのです」(浜田奈美)

豊中市のことばの教室の子どもの感想


  プロポーズは、どもった方がいい


 10月29日に大阪豊中市のことばの教室で。吃るこどもや保護者と会った話を書きました。保護者との話がメインだったので、子どもとはほんのわずかの出会いでしかなかったのでずか、先日、子ども達の感想文をとどけてもらいました。
 私を、真剣な眼差しで見つめていた小学5年生の子の感想です。

 「水曜日は、いろいろ話をしてくれてありがとうございました。ぼくは、どもりについてよくわかりました。プロポーズの時には、どもった方がいいだなんて初めて知りました。そして、最後に伊藤さんに質問します。どもりは、とてもいろいろなところで役に立ちますか、役にたちませんか。答えはまた次の時に教えて下さい」

 プロポーズの時、どもったかどうかを質問した子は、別の子どもだったのですが、このような感想を書いてくるのはうれしいですね。そのことと、関係してのことかもしれませんが、「役に立つこと」を質問してきたのもびっくりです。吃っている時などの短い時間で考えれば、どもりが役に立つことはないのでずか、長い時間の中で考えると、どもりが役に立ったことはたくさんありました。
 子ども値が、どもりを大きなマイナスのものとしか考えることができなければ、吃る事実は認めにくいですが、子どものころから、良い面もあるのだと考えることができれば、素晴らしいことです。
 
 以前、吃音のいい面をみんなで考えたことがありました。そのときの文章がどこにあるか探せませんが、今度、この子どもと会う日までには整理しておきたいと思いました。
 
 ずいぶん前になりますが、NHKの「にんげんゆうゆう」の番組の終わりの方で、大阪吃音教室のシーンがありました。その日初めて参加した若い女性が、「これまで私は吃音にマイナスのイメージをずっともってきましたが、二人の人の、どもりだからよかったという話をきいて、考え方が変わりました。「どもっていても、いいかなあ」と思えるようになりました」と発言しました。柿沼アナウンサーも、たった2時間の吃音教室に参加して、この人は変わったのですねと感心していました。
 ひとりは、消防士で、「学校などに消防の話をしにいくが、どもりながら丁寧に話す話し方が好きだと言われるし、どもるからすぐにおぼえられるから、今は、どもりの方がいいわ」という発言でした。
 もうひとりは、ひどく吃るから結婚できたという話でした。友人の結婚式でスピーチを頼まれて。ひどくどもって話したのを、参加していた男性が、「こんなに、吃りながら、一所懸命話すこの青年は、誠実な人だ、是非娘と結婚させたい」と思ったという話です。結局見合いをして結婚して子どもがいるという話でした。

 この話には、ぼくもびっくりしました。いろんなことがあるものです。若い女性にとって、この話はインパクトがあったようです。

 吃音の苦しみだけが、クロース゜アツプされますが、探していけば、いい話がたくさん集まるかもしれません。小学5年生のこの子どもの感想から、どもる先輩として、マイナス面だけでなく、プラスの面も整理していく必要があると思いました。

 もうひとりの子の感想です。

 「友だちがまた、『なんでおまやどもんの?』と聞いてきたから、うそ泣きをしたら、ほんとうに友だちは、そんなことを聞かなくなりました。こんな方法を教えて下さってほんとうにありがとうございました」

 この話は忘れていましたが、「友だちにからかわれたらどうしたらいいか」と質問した子がいたのでしょう。この場合、いろんな選択肢を考えます。たくさん提案した中に、「大泣きする」があったのです。それをしてみようとした、この子もすごいです。私の子どものころに、果たしてできたでしょうか。いろんな選択肢を一緒に考えることが大切なことだと改めて考えました。実際にしてみての感想は初めてだったので、嬉しいことでした。

 こんな感想もありました。

 「いとうさんの経験が聞けてよかったです。その中でも、どもりを治す方法はないけど、僕はどもるんだと、堂々と話せばいいよという事が、一番心に残ったし、なんだか、気持ちが楽になった」


 「いとうさんと会えてよかった。なぜかというと、いとうさんの話を聞いて、世界中のあちらこちらにどもつて、こまっている人がたくさんいることがわかったし、どもった方がいいときがあるということがわかったからです。

 保護者からの感想もありましたが、子どものうれしい感想をお知らせしました。


 2009年12月3日   日本吃音臨床研究会 伊藤伸二 





























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