伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2009年11月

横浜、吃音相談・講演会 2


2009年11月21日の横浜相談会の続きです。


理解できなくても、伝えようとする態度が大事

 

 前もって出されていた親からの質問に、こんなのがありました。
 
4歳6か月の子どもが、「どうして私だけこんな話し方なの?」と聞いてくるので、どう答えればいいですか?
 
 うっかりと、講演の中でその質問に答えずに終わったら、後で質問に来て下さいました。 そのお母さんは、私の本も読んでいて、子どもに「治らないよ」と言ったというのです。「ウーン、まだ治るとか治らないとか、はっきり言うのは早かったかな、治らないの?と聞いてきたら、分からないなあ」と正直に答えればいいけれど、「治らない」とは、ちょっと驚きました。でもまあ、そう言ったんだから、その線でいってもいいけれどいう前提で、子どもにどう説明するか話しました。

 4歳の子どもに、親としてどう説明するか、子どもが聞いてきたことには親としてきちんと向き合いたいという親の姿勢にうれしくなりました。いい加減にごまかして言う人が少なくないのに、ちゃんと説明したいという親は、4、5の子どもの場合あまりいません。もちろん私は、ちゃんと説明して欲しいとお願いしますが。
 
 4、5歳の子どもであっても、子ども扱いをしては失礼です。正直に、率直に子どもに「事実」を伝えて欲しいと思います。あなたのような話し方を「どもり」「吃音」「どもる」と言うこと。なぜそうなるのか原因が分からないこと。人口の1パーセントはいるということなど、今現在わかっていることを正直に話して下さいといいました。
 子どもが質問してきたときには、どう答えるか、近所の子どもが「おばちゃん、何々さんどうしてこんな話し方なの?」と聞いてきたとき、どう説明するか。説明するためには、親が吃音について勉強して、準備をしておく必要があります。そのために、少なくとも、私の書いた2冊の本はじっくり読んで、必要なことを盛り込んで、お母さんの説明文を作って準備して、練習して下さいとお願いしました。

 親は、子どもや友だちが「何でこんな話し方なの?」と聞いてくることに、とまどいや、恐れや不安をもっています。準備をしていないからです。子どもがこのような質問をしてくればチャンスです。ちゃんと答えて欲しいのです。
 友だちが聞いてきたときも、嫌がらずに、子どもの味方になってくれる可能性のある子どもかもしれないので、丁寧に説明して欲しいといいました。

 「子どもが理解できるでしょうか?」
 このように聞かれることがあります。子どもが理解ができる出来ないは問題ではありません。親が真剣に吃音について勉強し、知っており、逃げないでちゃんと説明してくれるという、その態度を示すことが大事なのだと話しました。わからなくてもいいのです。

 「吃音は、小学生まで続き、吃り始めてから年月が経っている場合、治らないことが多いから、治すことにこだわらずに、吃音と共に生きることを考えよう」
 私は親にいいますと言うと、ことばの教室の教師や、言語聴覚士は、そんなことを言っても親に納得してもらえません。伊藤さんは、吃る人間だから説得力があるけれど、吃音の経験も、臨床経験の浅い私たちには無理です、ともいいます。

 子どもが理解しようがしまいが、親が納得しようがしまいが、事実を伝えるのが、親の、臨床家の役割だと私は思っているのです。

 『どもりと向き合う一問一答』   解放出版社     1000円+税
『どもる君へ、いま伝えたいこと』   解放出版社    1200円+税

 この2冊の本は少なくともじっくり読んで、子どもの説明に備えて欲しいと話しました。

 私は最近、講演会などで本の宣伝をよくするようになりました。話を聞いて、そのときそうだと思っても、世間は「どもりは治る、治すべきだ」が根強くあります。その中で、子どもと一緒に、あるいは自分自身が吃音と共に生きる道に立つには、それなりの学習が必要だと思うからです。

2009年11月28日      日本吃音臨床研究会   伊藤伸二

横浜、吃音相談・講演会



どもりを治したいなら、必死の努力を




2009年11月21日

 横浜吃音相談講演会がありました。     
 インフルエンザの関係でしょうか、参加申し込みをした人で参加できない人がいましたが、茨城県から二人参加するなど、遠いところから23名が参加しました。今年の特徴は、小さな子どもの親だけでなく、3人の若い人と、中学生がふたりいたことです。どもる子どもと親や・臨床家のためとなっていますので、これまでは幼児・学童期の子どもの親か、ことばの教室の教師、言語聴覚士の参加がほとんどだったのですが、今回は少し様子が違ったので、年齢の高めの話をしました。
 
 エリクソンのライフサイクル論を使って、私の吃音に悩んだ21歳までの人生を話しました。それまでの私は、吃音を隠し、逃げてばかりの人生でした。今回は、劣等感、劣等生コンプレックスについて特に強調して話しました。
 ある芸術系の大学の学生の悩みは、バイオリンの演奏の時、曲名などをいわなければならないなど、大学生活の中での困難さです。なんとか学校には行っているのですが、吃音がとても気になって、大学をやめたい気持ちもあるようでした。また、中学生で学校へ行けなくなり、どうしても吃音を治したい、治らなければ学校へも行けないし、今後のことも考えられないという中学生がいました。

 「何々だから、何々できない」と、何々を理由に人生の課題から逃げるのが、劣等コンプケックスです。私の場合は「どもりだから何々できない」と、自分ができないこと、自分がしないことを全て吃音のせいにして逃げてきました。そして、とても損をした21歳までを送ったので、私のような失敗をしてほしくないと、強く思ったのです。

 幼児期の子どもの話では、「早く、早く」と言い過ぎたために吃音になったと自分を責めている人に、今日限り、自分の責任だと思わないでほしいと話した他は、劣等コンプケックスに陥らないようにという話が中心でした。すでに、人生の課題から逃げ、不登校になつている中学生。大学をやめ、自分の好きな音楽をあきらめるかも知れない、人生の課題から逃げるかもしれない大学生にむけて、話していたような気がします。
 「どうしても治したい、治す」という人に対して、ちょっときつすぎたかも知れませんが、本当に治したいなら、とことん努力をして欲しいと言いました。
 「治したい。治したい」といいながら、自分では努力しない人を私はたくさん出会ってきました。努力をしない人は、「治らない結果」に向き合いたくないのでしょうか。本当に治したいなら、必死の努力をしたらいいのです。

 私が「治すこと、治ること」を諦められたのは、自分なりに、これ以上は無理だと思えるほど、力の限り「治す努力」をしたからです。
 東京正生学院という吃音矯正所に私は4か月通いました。最初の1か月は、大学の夏休みだったので、寮に泊まり込み、朝から夜遅くまで、治す努力をしました。午前中は呼吸練習・発声練習などの基礎訓練。午後は街頭訓練、上野の西郷さんの銅像の前で演説、山手線の電車の中で演説、毎日100本の電話。血のにじむような訓練でした。特に、山手線の電車の中での演説は、今でもぞっとするような、いまなら、絶対にできないような、辛い訓練でした。「どもりを治したい」一心で頑張りました。夏休みが終わり、1か月の集中訓練ができた寮生活が終わってからも、3か月まじめに夜の部に通い、頑張りました。
 ことろが、私のどもりは治りませんでした。4か月の間に知り合った、300人の全てが治りませんでした。これだけ頑張ったんだから、私だけでなく、300人の人も治らなかったんだからと、私は「治ること、治すこと」にあきらめがつきました。

 そのような体験を話し、アメリカの言語病理学でも治せない現実、治らなくても、自分のゆたかな人生を送ることができる、と熱をこめて話しました。大学生はわかってくれたようでしたが、もうひとりの若い人には通じなかったような気がしました。

 インタネットでは高額の器具を使って「どもりを治す」などの情報がたくさんあります。経済的に許せば、30万円、50万円を使ってでも、必死に治す努力をするしかないだろうと思います。ほとんどの人が失敗してきたことであっても、自分だけば違うと人は思うのでしょう。そうだとすれば、とても残念で、結果は分かっているのですが、1000分の1程度の、いやもつと確立が低いと思いますが。「治る」ことを信じて取り組むしかありません。精一杯の努力をするしかないのです。50万円は諦め料として必要なのかも知れません。

 そんな話しをしながら、むなしく、つらくなってきました。
 世界では、100年以上の吃音治療の歴史がありながら、多くの人が失敗してきました。ほとんどの人が失敗してきた経験から、「治すことにこだわらないで生きよう」との私たちの経験を通しての提案が、後に続く若い人に届かないのはつらいことです。
 でも、仕方がないのかも知れません。私は21歳、チャールズ・ヴアン・ライパー博士は30歳、スキヤットマンジョンは52歳までかかったのですから。若い人には、中学生には無理なのかも知れません。それでも、20年の吃音親子サマーキャンプでは、小学生が吃る事実を認める方向に変わっていきます。
 ある年の島根のキャンプでは、小学1年生の3人が、何を叫んでもいい約束の「山頂からの叫び」で「どもりは一生治らないー!!!」と叫んでいました。
 こどもであっても、諦めることはできるのです。私の無力をまた感じたのでした。
 早く治ることを諦めて欲しい。どもりが治ることは諦めても、自分の人生は決して諦めて欲しくない。自分の人生の課題から逃げないでほしいと祈るばかりです。

 2009年11月25日   日本吃音臨床研究会 伊藤伸二  

大阪府立大学での講義


 
  大阪セルフヘルプ支援センターのつき合いから

2009年11月20日
 大阪府立大学に行ってきました。

大阪府立大学の松田博幸さんとは、大阪セルフヘルプ支援センターの第1回のセミナーからのつき合いです。毎月一度の例会、そして、信貴山での合宿、毎年行われるセルフヘルプグループセミナー、当番制の電話相談、いろんな活動を一緒にしました。一冊の冊子と、本も作りました。大切に考えていた活動でしたが、私が忙しくなり、毎月の例会に行けなくなり、電話当番もできなくなり、活動から離れていきました。

 中心的に活動していた人が様々な理由で活動できなくなる中で、ずっと支援センターを支え続けて下さったのが松田さんです。私は、心から敬意と感謝をしているのです。
 その松田さんがご自分の講義の中で、<当事者の声を聞く>として、何人かのセルフヘルプグループにかかわる人をゲストとして招いています。私もその中の一人として、毎年この時期に、大学に話をしに行きます。学生達に何を学ばせたいか、松田さんの意図があるでしょうから、話は対談形式にして、松田さんの質問に私が答えるというスタイルにしています。今年は、どうしても話したいことがあったので、15分ほど話して、後は質問に答えることにしました。
 私が話したいと思っていることを的確に質問して下さるので、今回も楽しく、気持ちよく話をしてきました。
 どうしても話したかったことは、詳しくは言えませんが、「どもりを治そう」という動きが、日本で、世界で強まっていることに対する危機感です。
 なぜ私たちは「治される」存在であり続けなくてはいけないのか。セルフヘルプグループの役割は、吃音を治すことではなく、どう生きるかを考えることではないか、「どもりがどもりとして、そのまま認められる社会」の実現を、少なくとも、大阪や神戸のセルフヘルプグループは考えているというような内容でした。

 明日から、横浜相談会、新しい本の制作のための合宿、鎌倉のことばの教室での、保護者・担当者への講演、講義と続きます。忙しい毎日です。以前、大阪セルフヘルプ支援センターのニュースレターの巻頭エッセーとして書いた文章が、偶然にみつかりましたので、ご紹介します。


ノン・アグレッシブ 
             
 アメリカの世界的ミュージシャン、スキャットマン・ジョンが生前、ドイツの人気トーク番組に出演することになり、私たちに吃音の問題を世界に理解してもらういい機会だと、何を言えばいいか尋ねてくるなど、意気込んでいた。しかし、とても不本意な結果になったらしい。「司会の質問を遮ってでも、アグレッシブに吃音についてもっと説明すればよかった」と、しょげ込んで、国際吃音連盟の私たちにお詫びのメールがきた。そのとき私は、「アグレッシブにならなくてよかった。吃りながら、吃る人間としての、あなたの優しい、誠実な姿が映像として放送されたことの方がずっといい」と私は返事をした。ジョンは、「吃音の悩みや、吃音の問題を理解して欲しいとの気持ちがあまりにも強く、アグレッシブに主張すればよかったと、反省し、後悔していたが、ノン・アグレッシブや誠実さの大切さを改めて気づかせてくれて感謝する」とメールがきた。
 今、国際吃音連盟は大きく揺れている。1986年私が第一回の世界大会を京都で開いて、3年ごとの世界大会を繰り返し、現在は45か国ほどが参加する大きな組織になった。大会中の理事会の後は、インターネット上でのやりとりが中心になる。うまく行っているときは、友好的なメールのやりとりで、異文化のコミュニケーションの難しさも、同じような体験をもつ、セルフヘルプグループの仲間だとうまくいくものだと思っていた。しかし、ひとたび大きな問題が起こると、やはり、自分が正しいとの強い主張が始まり、そのメールのやりとりは、どんどんアグレッシブになっていく。
 その状況を打開したいと、スキャットマン・ジョンとのエピソードを交えて、互いに、間違いは間違いとして認め、謝罪して前に進もうと提言した。しかし、謝罪は敗北だと信じる文化の国では、とうてい受け入れられないことらしい。双方に悪い点があるのだから、互いが謝罪すれば、一歩進めるというのは、日本人の思い込みらしい。
 日本では、よく3人ほどがカメラの前で頭を下げているシーンを見かける。ただ形だけ謝って、ことをうやむやにしようとする、謝罪文化の日本にも大きな問題があるが、絶対に謝らないというのも、問題だ。寛容の精神が失われれば、世界的規模で活動する、セルフヘルプグループの活動は、崩壊してしまうだろう。第一回の世界大会開催国として、敬意を表されている日本の、調整役としての役割は今後大きくなりそうだ。


                        日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

 

 吃音親子サマーキャンプにみるグループの力



     グループの力


 2009年5月30・31日と、新潟県長岡市で、日本コミュニケーション学会がありました。私は、日本音声医学会、日本特殊教育学会、人間性心理学会などで、発表や、自主シンポジウムなどてよく発表してきました。数年前から、思うところがあって、全ての学会に出なくなりました。もちろん発表もしなくなりました。

 ところが、日本コミュニケーション学会の新潟大会事務局から、今回、「グループの力」と題したシンポジウムをしたいから、シンポジストとして出ないかというお誘いがありました。全ての学会活動から手を引くと、一部の人には公表していましたし、そのつもりでしたので、一瞬迷いました。しかし、一対一の個別指導が原則の、スピーチセラピーの言語聴覚士の集まる学会で、「グループの力」とは、とてもありがたいテーマです。一度、学会にはもう行かないと決心したのでしたが、今回は特別だと、受けることにしました。

 久しぶりの学会に、いろいろと学びや感じることがあり、このブログに書くつもりでいたのてすが、どんどん日が流れれて、チャンスを失っていました。今回、ひとつのチャンスがありました。
 学会誌にシンポジウムの報告が掲載されますので、その原稿を書かなくてはいけません。10月末日がしめきりでしたが、仕事に追われて書けずに、今日まで待っていただきました。そして、ようやく、さきほどメールで送りました。

 その仕事の中で、メールの整理をしていましたら、学会予稿集の原稿がでてきました。この際だから、新潟での学会の報告を、予稿集の原稿を読んでいただくことで、一応の報告をしようと思いました。
 機会があれば、新潟の報告はしたいとは思ってはいますが。

 以下、実際の発表とは内容はちがいますが。予稿集に掲載された原稿です。


  吃音親子サマーキャンプにみるグループの力 

 アメリカの言語病理学における吃音へのアプローチは、「吃らずに流暢に話す派」と「軽く、楽に流暢に吃る派」の長年の激しい対立を経て、近年「統合的アプローチ」が提案された。流暢性促進のその技法は、1903年の伊沢修二の落石社に端を発する日本の伝統的な発声・発語訓練とほとんど変わらない。100年以上、吃音臨床研究が世界規模で続けられながら、原因が未だに解明できず、有効な科学的治療法は確立されていない。その現状から、吃音を治すことにこだわらず、吃音と上手につきあうための学習や訓練を考えることが、現実的な対応だと言える。しかし、それはひとりでは難しく、臨床家の援助や、同じような悩みをもつ当事者のグループの力が必要になってくる。
 筆者は、1965年吃る人のセルフヘルプグループを設立して以来、吃音とつきあう方策を探り、実践を積み上げてきた。グループの中で、同じように悩む人と出会って、自分の体験を語り、他者の体験に耳を傾けた。吃るからできないと思っていたことが、仲間と共に行動する中で、できるようになった。グループの中で得たものは、私はひとりではない、私は私のままでいい、私には力がある、の3つのメッセージだ。
 最近、吃音が原因で学校に行けなくなったり、就職したが、厳しい現実の生活の中で仕事場に行けなくなった事例が増えてきた。学齢期から思春期にかけて、吃音と直面せずにきた子どもは、吃音の悩みや苦しみを語り、真剣に聞いてもらう経験がなく、自分だけが悩んでいると思っている。吃音とつきあうためには、同じように悩む子どもや大人と出会い、吃音に向き合う必要がある。吃音から大きなマイナスの影響を受けずに、吃音と共に生きる力を育てるために、小学校1年生から高校生までを対象にした2泊3日の吃音親子サマーキャンプを、1990年から開催し、今年で20年になる。150名ほどが参加する。
 キャンプは、ゝ媛擦砲弔い討力辰傾腓ぁ↓△海箸个離譽奪好鵑箸靴討侶爐領習と上演 子どもを支援するための親の学習会、この三つを柱にしている。
 吃る当事者と、臨床家が話し合いに加わることで、子どもたちは吃音について実によく話す。音読や発表を苦手としていた子どもたちと演劇に取り組むことで、吃りながら表現する喜びや楽しさを味わう。また、大人の具体的なモデルを身近に見ることで、将来、吃音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。現実の生活の中でも、吃る事実を認め、吃音を隠したり、話すことから逃げることが減少し、学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができる子どもが育っている。様々な活動と、人との出会いを通して、吃る子どもたちは、自己肯定、他者信頼、他者貢献の感覚を身につけ、それが共同体感覚を育成することにつながっている。

  2009年11月17日  日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
  

横浜、北九州 吃音相談・講演会



 横浜と北九州で下記のように吃音相談・講演会をします。
 お近くの方は、ご参加下さい。また、周りの人にもご紹介いただければうれしいです。



           □■□ 情報ラック □■□
       
    吃る方と家族・関係者のための吃音講演・相談会《北九州》

 吃音の問題は、ことばの問題だけにとどまらず、社会生活を送る上でも大変深刻な問題をもっています。吃音指導に長年取り組んで来られ、吃音の当事者でもある伊藤伸二さんを講師に招いて、「どもる子どもとどもる人の幸せにつながる支援とは何か?−保護者・臨床家にできること」をテーマにして、講演と相談会を行います。
 吃る子どもをもつ親、吃る人、保育士や幼稚園・小学校教諭、臨床家の方など多くの方の参加をお待ちしています。  [北九州市立障害福祉センター 志賀美代子]

◇日時  2009年12月12日(土)
   第1部 午後1時30分〜午後4時    幼児・小学生・中学生の相談
   第2部 午後6時〜午後8時30分    高校生以上、大人の相談
◇会場 北九州市立障害福祉センター
   北九州市小倉北区馬借1-7-1     (総合保健福祉センター3階)
◇主催 北九州市立障害福祉センター
◇参加費 資料代として、500円
◇講師 伊藤伸二・日本吃音臨床研究会会長
◇申し込み・問い合わせ先  北九州市立障害福祉センター   
言語聴覚士 田中愛啓・志賀美代子
                TEL 093-522-8724 FAX 093-522-8772


  吃る子どもの親と臨床家のための吃音相談会・講演会《横浜》

幼児期、学童期、思春期と、子どもの問題は変化します。子どもの吃音とどう向き合い、子どもとどう接すればいいのか、子どもをどう指導すればいいのか、適切な情報が少ない中で、悩んでおられる親や臨床家は少なくありません。吃音に悩み、40年以上にわたり吃音に取り組んできた伊藤伸二と、教育相談の現場で吃る子どもとその親に接している清水俊子、吃音に悩みながら現在障害児教育に携わる溝口稚佳子が計画した相談・講演会です。日頃、子どもの吃音について悩んだり困ったり、疑問に思ったりしていることなどを持ちよって、話し合いましょう。
 吃る子どもの保護者の方、ことばの教室の担当者や病院のスピーチセラピストの方、ぜひご参加下さい。また、現在ご指導中の方や終了された方にもご紹介いただけると幸いです。   (企画者:清水俊子)

□日時 2009年11月21日(土)13:30〜16:00    受付 13:00より
□会場 横浜市社会福祉協議会・横浜市社会福祉センター 
8階大会議室A 筺045-201-2060  
      JR京浜東北線、横浜市営地下鉄「桜木町」駅下車 徒歩2分
 □参加費 1500円(資料代として)
□スタッフ ・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会会長・大阪教育大学非常勤講師)
        ・ 清水俊子(学校心理士・臨床発達心理士)
       ・溝口稚佳子(寝屋川市立国松緑丘小学校、特別支援学級教諭)
□申し込み方法 FAXで、〇疚勝´⊇蚕蝓´E渡叩´せ劼匹發稜齢 ズい辰討い襪海
 これらを書いて申し込み下さい
□申し込み先・問い合わせ先
清水俊子 TEL/FAX 046-250-4356  
      ※電話による問い合わせは、午後8時30分以降

大阪吃音教室  吃って声が出ないときの対処




  吃ってはいけない場面などほとんどない  
  
 先週の不安と恐怖に続いて、「吃って声が出ないときの対処」も私の好きな講座です。
 参加者の発言によって、講座はどんどん変わるので、毎回新鮮です。
 参加者の中に、メモをとって下さるありがたい人がいて、今回もそのメモをたよりに自分なりの報告です。
 
 まず、「声がでないで困る時」を参加者に出してもらいました。
 ・大勢の会合で名前だけを言うとき、
 ・電話
 ・人前で話すとき
・映画のキップや食堂で好きなものを注文するとき
 このほかたくさん出ました。

 いつでも、どこでも吃りたくないと言われても、それは無理な相談です。吃ってもいいところと、吃りたくないところを区別をする必要があると提案しました。
 例えば二度と会わない人の前で吃る場面など、吃っても我慢ができることは捨てていくのが賢明です。
 私は、人前で話すときでも、電話で話すときでも、吃って困ることはまったくありません。吃って当たり前と思っているから、必要な時は、どんなに吃っても話します。だから、声が出なくて「困ることはない」のです。ただし、私が「困ることはない」と考えていることを、実は多くの人が困っているのです。
 どういうことでしょうか。
 私は「伊藤」と数字の「イチ」てばほぼ確実に吃ります。声が出ません。だから、通信販売などで、名前と、住所を言わなければならないときが、「吃って声が出ない」時といえるのかもしれません。だけど私は困りません。「イイイイ・・・」「・・・・イ」「イートウ」などで何とかしのぎます。住所の数字の「イチ」でも難発(ブロック)の状態になります。それでもなんとか、言わなければならないので言います。
 当然吃らない人なら、10秒ほどで言えるとしたら、私は30秒か60秒かかります。それでも何とか言うことができて、無事に注文した品は届きます。ただ、時間がかかるだけのことです。また、電話の向こうの相手とは、生涯、会う可能性はありません。
 こんな場面は、食堂の注文でも同じです。その食堂に二度と行くことがないかもしれません。私は、民間吃音矯正所・東京正生学院に通っていたとき、早稲田大学の近くにあった、鶴巻食堂で「アジのからあげ」が食べたかったのですが、ついに食べることが出来ませんでした。その食堂には何度も行く必要があったからでしょう。いや、当時は、どんな所でも吃るのが嫌だったので、常に逃げていました。
 ただ、最寄り駅の「高田馬場」のキップを買うのは避けられません。弾みをつけたり、時には紙に書いたり、いろいと試みてしのぎました。
 ます。とにかく、どんな場面でも吃りたくなかつたのです。それでは、吃音と共に生きていくのが大変です。
 どの場面でも同じように「吃りたくない」と思うとつらくなる。どうでもいいところは、吃ってもいいと、吃りたくない場面をどんどん捨てていき、優先順位を決めていくのです。最後に残った場面だけ、吃つた時落ち込むのです。他の場面では落ち込まないと、決めると楽になります。そして、不思議なことに、優先順位を決めると、どんどん捨てていくことができるようになります。そして、結局は、どもってはいけない場面など何一つなく、吃りたくないという思いも軽くすることができます。
 
 学校の先生が卒業式の時、卒業生の名前が言えない、吃りたくないと悩みます。仲人を引き受けた人が、新郎新婦の名前が言えないと不安を持ちます。これらは、吃ってはいけない、吃りたくない場面の典型的な場面でしょう。そのような場面でも、吃っても何の問題はありません。そう考えられればいいですね。
 私はそう考えています。しかし、矛盾するかも知れませんが、寿司屋で「トロ」や「たまご」がいえません。まあいいかで「マグロ」など言いやすいものを注文しています。どうでもいいようなところは、どんどん逃げてもいいじゃないですか。逃げるのもありですよね。だけど、 大事なこと、本当に必要な時には、絶対に逃げませんよ。・

  「吃って声が出ないときの対処」となると、なんとか吃らずに声がでるようにすることと、思われるかも知れませんが、決してそうではありません。
 「どんな手を使ってでも生き延びる」。サバイバル術を工夫して身につけようということです。どうしても言わなければならないときには、どんなに吃ろうと、「吃ってもいい」と、吃ること。しかし、それほど大したことのないところでは、サバイバルして切り抜けるのです。

 「声が出ないときにはどのようにして切り抜けていますか?何か工夫はありますか?」

 いろんなアイディアが出されました。
 ・ 名前が出ないとき、言いやすい、自分の住所を前につける。
  このような場合、、緊急時に備えて、言いやすくてかっこいいことばをレパートリーとして持っておくことがいいですね。

 ・ 手をふるなどの動作をつける
 一発勝負しないといけない時のために、それ以外の時は、そこまでエネルギーを使わなくてもいいけれど、手をふったり、指を折ったり、普段からジェスチャーを豊かにしたほうがいい。相手に向かっていくためのアクションとして考えたらいい。随伴症状ではなく、随伴行動を、豊にレパートリーとしてもっておくのです。
 
 その他、いろんな対処方法が出されて、とてもいい時間でした。
1.アクション使う(目立たない、かっこいいもの)
2.言いやすいことばをつける(「えーと」「ん」など)
3.音色(声のバリエーション、クレヨンしんちゃんの声なら言える。裏声など)
◎普段から声を出すことを意識して練習する。
4.母音を常に意識する
 竹内敏晴さんから学んだ、「一音一音、母音をつけて丁寧に話す」を心がける。
 自分なりのゆっくりさを身につける。
5.リズム(自分なりのリズム)
 日常生活で声を出すことを取り入れる。歌を大きな声で歌う。講談、落語、詩吟など声を出す教養を身につける。好きな小説を一日10分でもいいから声に出して読む。「声に出して読みたい日本語(斎藤 孝)」や谷川俊太郎の詩、新聞のコラム(天声人語など)を声に出して読むなどがだされました。

 最後に、「ありがとう念仏」のみんなの声が、大阪吃音教室の会場である應典院というお寺に響き渡りました。
 歌を歌ったり、声でいろいろ遊んだりした、楽しい時間でした。
 やはり、声を出すと気持ちがいいものです。
 
 こんな結論になりました。
「ことばのちから、音のちから、声のちから」
 声を出すことで自分のちからになり、生きるエネルギーになる。結局は、常日頃から声を出すことで、緊急避難の時にも普段の時にも役に立つ。
 吃るから声が出ないのではない。吃りたくないから声を出さない。吃ってもいいと思えば声が出る。僕らは吃るということを覚悟すること。吃って声がでない時の対処法は、吃ること。「この場面では吃ってはいけない」と自分で勝手に決めてしまわない。実際は吃ってはいけない場面なんてほとんどない。

 2009年11月14 日本吃音臨床研究会   伊藤伸二

大阪吃音教室 「予期不安と吃音恐怖への対処」

 2009年10月30日


     不安を活かすも、不安につぶされるのも自分次第


1987年4月から、今のようなスタイルの毎週金曜日の大阪吃音教室が始まりました。これまでの、発声練習や3分間スピーチ、話し合いなどを中心にした、大阪の例会から、吃音と上手につきあうための、講座中心のスタイルに変えました。吃音とつきあうためには多くのことを学ばなければなりません。そのために、わがままを言って、最初の1年は40回ほどの講座の全てを私が担当させてもらいました。
 講座の内容を考え、毎週、毎週、資料づくりに追われたその当時がとても楽しく充実していて、今でも懐かしく思い出されます。それから20年、セルフヘルプグループのミーティングにふさわしく、みんなでつくりあげてきて、今は20名ほどの運営委員が入れ替わり立ち替わり講座を担当します。というわけで、私の講座担当はだんだん少なくなり、今では5回もありません。
 その中で残ったのが、この「予期不安と吃音恐怖への対処」です。この講座は私の大好きな講座の一つで、今年も私が担当しました。毎年していても、参加者が違うと、毎回話題が新鮮で、おもしろいです。     参加者:35名(初参加者4組5名)

 日常の生活を送る中で、不安のない人はいません。老後の生活や病気について、よほど脳天気な人でない限り、不安を持っています。私は今の政治の状態を考え、教育や福祉など、日本の将来がとても不安です。絶望に近いものをもっています。

 不安はあって当たり前で、ない方ががおかしいのですが、それにあまり振り回されるのは問題です。まず、不安のプラス面とマイナス面の両方を考える必要があります。
 
 大阪吃音教室の詳しい内容の報告は、NPO法人、大阪スタタリングプロジェクトのニュースレター『新生』や、日本吃音臨床研究会のニュースレター『スタタリング・ナウ』で詳しく紹介していますので、ここでは私の感じたことだけを書きます。

 参加者ひとりひとりに、発言を求めるのが私の進行のスタイルです。一緒に一歩一歩考えていきたいからです。不安のプラス面はびっくりするくらいたくさん出ました。当然のことながら、不安が強すぎることによって起こるマイナス面もたくさん出ました。
 不安はプラスの面もあるけれども、大きくなり過ぎると悪影響がでます。付き合える程度の不安にしておくには、不安の構造を知っておく必要があります。
 
 【予期不安のマイナス面の例】
 私は、高校に入学して、中学時代から続けていた卓球部に入りました。ところが5月の初めに、男女合同合宿があると分かり、私はあれだけ好きだった卓球を退部しました。入学式の時見初めた女子生徒も卓球部に入っており、その彼女の前で自己紹介をするのが不安で、怖かったからです。吃ったら彼女に嫌われる。彼女の前では吃りたくない。
 吃音への予期不安がとても大きかったので、もし合同合宿で自己紹介したら、ひどく吃って彼女に笑われ、軽蔑されるだろう、そうしたらいたたまれなくなって、卓球部を辞めることになるだろう、どっちみち辞めることになるなら、傷つかずに辞めようと思ったのです。でも、もし卓球部を辞めずに合宿に参加していたら、どういうことが起こった可能性があるだろうとみんなで考えてもらいました。

 ・稀かも知れないが、吃らずにできたかも知れない。
 ・とても目立って、ヒーローになれたかも知れない。
 ・自己紹介の場面がなかったかも知れない。
 ・思ったより成功したかも知れない。
 ・吃って自己紹介する伊藤さんに好感をもったかもしれない。
 ・彼女も吃音だったかもしれない。

 どんどん出てくるのが、大阪吃音教室のよさです。常に考える練習をしている成果です。
 
 私は不安に負けて、逃げてしまいましたが、みんなが言うようなことが起こったかも知れません。いろんな可能性があるのに、吃るかもしれないという不安で、惨めになるという一つのことだけを考えて、卓球部を辞めてしまったのは、とても損で、私の悔しいことのひとつです。
 アドラー心理学で考えると、「私は不安を使って、自分が本来すべき人生の課題から逃げた」ことになります。私は21歳の秋まで、不安を使って、自分のすべきことからほとんど逃げてきました。そのような逃げの行動にも必ず目的があります。どんな目的があったか、みんなに出してもらいました。
 ・自分が傷つきたくないので、自分を守るため ・自立することから逃げるため
 ・自分の可能性を残しておきたいため ・自分をだめな人間と思いたくないため
 ・自尊心(プライド)を守るため
 これも、たくさん出てきました。自分では「吃るから、これこれができない」と思っていたけれど、目的はみんなが挙げたようなことです。自分は単なる怠け者ではなく、吃音という、まっとうな原因があるのだから、逃げて、怠けて当然だと思っていたのです。自分が社会に出る猶予(モラトリアム)を、自分に与えていたのです。
 私のこの事例でこういうことを確認しました。

 ここで、論理療法の出番です。吃音を使って人生の課題から逃げて得するか、損をするかです。一瞬は傷つかないから得だと思っても、人生の長いスパンで考えるとどんな損をするか。これも、一時的に得をしたことと、長い目でみて損だったことを挙げました・
 21才の夏、東京正生学院に行くまでの私は、すべての人生の課題から逃げていたのです。勉強も、友人関係も将来の夢も、「吃音はいつか治る」と思い、「治ったら、いろいろなことができる」と思い、吃音を治すことばかり考えていたのです。
これに私は、「隠れ蓑(みの)」という言葉を使いました。「隠れ蓑」を身にまとって、自分の身を守っている自分に気づき、「隠れ蓑」を脱ごうと提案したのが、「吃音者宣言」なのです。
 ここまでが、前半でした。後半は、どうしたら不安や恐怖を使わずに、自分の人生の課題から逃げないようになるか、不安や恐れの対処を考えていきました。

 参加者感想
 ・不安と上手につき合うのが大事だと分かった。 ・不安なことを、プラスに考えることができる。 ・どんどんいろいろなことに挑戦していきたい。 ・分かりやすく勇気が出た。 ・今まで吃らないように吃らないようにして来たけれど、吃らないで自分のどもりのことを知って欲しいと思うのは、確かに矛盾していると気づいた。 ・不安になっている時間が勿体ない。 ・自分の今の状況を、話してもらっている気がした。 ・吃るのは恐いが、今度出たらそれを楽しもうと思った。 ・他の人を信頼していきたい。

 吃ることへの不安の源はいくつもありますが、その一つに、他者への信頼がないことが挙げられます。「相手が信頼してくれるなら自分も相手を信頼する」ではなく、先ず自分から、他の人を信頼しようということで、講座は終わりました。
 吃音に悩み、不安を抱えて生きてきたからこそ、深い話が、みんなと共にできたのです。セルフヘルプグループのもつ大きな力を思ったのでした。
 
 自分は吃音ではないが、部下の為に参加したという初参加者がこんな感想を言いました。
 「部下に吃音の人がいます。私自身は、吃音も本人の個性の一つだと思って来た。そのように思ってくれる人は、かなりいるのではないか。しかし、そうは思わない人もいることは事実で、今回のこの体験を会社の中でどう伝えるかが私の課題です。
 本人も、そういう自分の個性を、人にどう伝えるかを学んで欲しい。今日の内容は、吃音の話に留まらず、すべての人に役立つ話だと思って聞いた」
 
 深い話し合いができる仲間がいることの幸せをかみしめた、大阪吃音教室でした。

 2009年11月7日   日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

帝塚山大学心理福祉学部心理学科での講義

2009年11月3日

うれしい応援歌

 帝塚山大学心理福祉学部心理学科の三木善彦教授が、ご自身の大学のゼミ生に、私の話を聞かせたいと、私を招いて下さいました。

 三木さんとは、ずいぶん長いおつき合いをさせていただいています。私たちの大阪吃音教室に2回ほど講師として来ていただいていますし、主宰されている「奈良内観研修所」のワークショップや、そこで開催された、デイビット・レイノルズさんの「建設的な生き方」のワークショップにも参加しています。
 三木さんは、講演の前に手品をして下さる、ユニークな楽しい人です。お書きになった、『内観療法入門』(創元社)は、内観療法のバイブルのような本で、内観療法の第一人者でもあります。研究だけでなく、ご自宅が内観研究所であり、1週間の集中内観のために、多くの人が全国から集まります。
  三木さんと私を強く結びつけて下さったのは、大阪大学教授時代に担当されていた、読売新聞の「人生案内」です。

 子どものころから吃音で、子どもができてから、保育所の先生との会話や、子どもに絵本を読んであげられなくて困っているという、20代主婦の相談への回答を担当されました。そこで、私に連絡して下さったのです。
 ちょうどそのとき、日本吃音臨床研究会が、「吃音と上手につきあう、吃音相談室」というガイドブックを作った時だったので、人生相談で本や冊子の紹介は見たことがないけれど、この冊子を紹介していただくとありがたいと、厚かましいお願いをしました。回答に、本の紹介をすることを、三木さんがどう説得して下さったか、読売新聞社がどう判断して掲載されたかお聞きしていませんが、冊子の紹介がでました。
 1999年6月25日の「人生案内」の三木さん自身の回答文のあとに、この冊子をお薦めしますと掲載されたのです。書店からの出版ではないので、日本吃音臨床研究会に注文しなければなりません。会の住所と電話番号が明記されました。

 「日本一の発行部数の読売新聞の全国版だから、反響があると思いますので、少なくとも、25日は家にいていただいた方がいいですよ」
 三木さんのことば通り、すさまじい反響でした。新聞に掲載された25日は10時間電話の前に釘付けでした。2週間で750通の申し込みがきました。その後、他の新聞にも紹介されたこともあって、2か月たたない内に、2000通以上の手紙と、200本以上の電話があり、4000部が完売し、その後も注文が続き、結局6000部発行しました。

 この大きな反響に、芳賀書店の芳賀英明社長が出版を決断して下さり、この冊子は、広く店頭に並ぶ本として生まれ変わりました。その本も3版、8000部販売されましたので、自費出版の冊子と合計すると、14000部が、吃音に悩む人、吃る子どもの保護者、教育関係者に届けられたことになります。
 この『吃音と上手につき合う吃音相談室』は、私がとても好きな本ですが、芳賀書店が書籍の出版を止めたために、絶版となりました。とても残念です。

 この本のきっかけになったのが、三木さんの読売新聞の「人生案内」だったのです。三木さんは、ことばでは感謝しきれない、大恩人なのです。
 
 今回の、ゼミ生への講義は、伊藤の吃音体験、その後の様々な人との出会いや人生の苦難をどう乗り越えたかを「私の吃音」として話して欲しいというものでした。
 私は、いろんなところで、講演や講義をしていますが、「吃音の人生」と、そのものずばりのタイトルをいただくことはまずありません。ことばの教室の担当者や、学校で教育相談を担当している教師や、どもる子どもの保護者など、ストレートに自分の吃音人生を語ることは、実はほとんどなかったのです。とてもうれしいテーマでした。
 しかし、私がこういう体験をしましたと話しても、吃音に縁もゆかりもない学生が興味をもって聞いてくれるわけがありません。ある程度、多くの人の共通のものとして話さなければなりません。劣等感や、人間関係の悩みなど、心理学のトピックスを使って、キーワードと結びつけながら話す必要があります。すると、皆さんが、一所懸命聞いて下さり、気持ちよく話すことができました。

 学生の感想は、レポートとして、三木教授に提出されますので、見ていませんが、講義の後で、三木さんが短いコメントをして下さったのは、私にはとてもうれしいことでした。
 
三木善彦教授の終わりのコメント
 いい話を聞くことができてよかったですね。私たちは吃音がなくても参考になりました。 今回は吃音がテーマでしたが、人は何かのテーマをもっ生きています。その時々のテーマがあり、長い人生の中でのテーマもあります。「吃音を治すのではなく、どう生きるかだ」の伊藤さんの主張に、賛成です。正しいと思います。
 吃音は治らないと思うし、治す必要もない。もし、吃音が軽くなるのなら、それはそれで結構なことだけれど、吃音を治そう、治そうとして、そのことに大きなエネルギーをかけ過ぎて、人生を棒に振るのはもったいないことです。吃りながらも、やるべきことをやり、仕事、遊び、友だちをつくること、人を愛することの課題から逃げないことが大切です。私も、吃音ついては、若い頃からこのように考えていました。
 私は、吃音の研究者ではないので、吃音について話すチャンスはないけれど、伊藤さんの主張には全面的に賛成です。世界の誰が反対しようと、私は伊藤さんが正しいと思います。
 私たちもこれから先、いつどんな事故に合い、または老化によっ身体に障害をもつことがあるかもしれません。その時、足を引きずりながらも、散歩に行くとか、映画に行くとか、遊ぶとか、したいこと、必要なことはしていく。障害をもちながら生きていく姿勢が大事だと思います。
 伊藤さんは、私の主張は少数派で、ひとりぼっちだと言っていますが、決してそうじゃない。結構、伊藤さんを応援している人は、私を含めてたくさんいると思います。また、世界の吃音研究者の中にも、きっと賛同する人もいるだろうと思います。
 今日は、吃音に関する話ではありましたが、私たちがこれから生きていく上での、大きなヒントを得られたと思います。

 うれしい、うれしいコメントでした。言語病理学、吃音研究の領域では少数派だけれど、精神医学、臨床心理学、カウンセリング、さらに広い領域では、私は決してひとりぼっちじゃないと、吃音ショートコースで様々な分野の講師の方々と話す度に確信してきました。今回も、臨床心理学者として、カウンセラーとして、内観療法家として様々な人の悩みに耳を傾けて来られた、三木さんのことばだけに、大いなる勇気をいただきました。
 このような機会をつくり、三木さんは私を応援して下さっている。日本には、応援して下さる人がたくさんいると、改めて思えた、うれしい時間でした。
 帝塚山大学の学生2人が、卒業論文で吃音について書くそうです。その2人が残っていろいろと質問してくれました。いい時間をありがとうございました。

 2009年11月3日  日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

いいところが見つけられない君へ

   いいところを見つけられない君は、ダメじゃない


10月27日、岡山県の聴覚・言語障害児教育の研修会があった日、岡山県のある市のことばの教室の担当者から、一通の手紙をいただきました。私宛の手紙です。その子は返事が欲しいそうです。

  伊とうさんへ
 こんにちは。伊とうさんお元気ですか。ぼくは元気です。でもぼくは自分のいいところがみつけれません。しかも、悪い所しかみつかりません。伊とうさんはどうですか。自分のいいところみつけれていますか。
 そしてなんと、ぼくのいい所見つけるのは、学校のたん任の先生や、ことばの教室の先生や、ぼくのお母さんたちのほうがかずが多いです。ぼくはときどきいじめられたり、わらわれます。
             小学5年生の男の子  原文のまま

 
 
 ことばの教室の担当者としては、この子にどのように声かけをしていけばいいか、どのように寄り添っていけばいいか悩んでいる。そこで、私に手紙の返事を書いて欲しいというのです。
 
 小学1年生の子どもに「あなたは自分のことが好きですか?」と質問すると、半分が手を挙げる。しかし、中学1年生になると、クラスの三分の一は自分が好きだが、三分の二が自分が嫌いだと答えるそうです。このデータは少し前のことだから、現在はもっと自分のことが嫌いだという割合が増えているだろうと思います。諸外国に比べて、日本の子どもは、自分が嫌い、自分に自信がない子が際だって多いのだそうです。
 さて、この子にどう返事をしたらいいか。必ず返事をすると約束したので、この子は、私の返事を待っています。とても難しい宿題ですが、彼の質問に添って書いてみます。


いいところが見つけられない君へ

 「僕は いいところが見つからない。伊藤さんはどうですか?」という質問なので、そのことだけ答えるね。10月、10・11・12日と、僕たちが毎年している、吃音ショートコースという2泊3日の合宿勉強会がありました。アドラー心理学を学んだのですが、その時の講師の先生が、講義の中で、参加者である僕たちにこう指示しました。
 「自分のいいところ、長所をできるだけ書いて下さい。少なくとも、20は書いて下さい」
 20以上と聞いて、「えええっ」という声が上がりました。

 僕はすぐにたくさん思い浮かびましたよ。
 もちろん、君のように小学5年生の時、同じ質問をされたら、君と同じように、悪いところはいくらでもすぐに浮かぶけれど、いいところなんて、何一つ浮かばなかっただろうと思うよ。それは、21歳まで、ずっとそうだった。
 だから、君がいいところが見つからないというのは、よく分かる。
 吃音に悩んでいた僕は、いじめられたり、からかわれたり、生徒会の副会長に立候補させられて、全校生徒の前でどもって笑われたりしてきた。だから、「僕なんて、最低の人間だ」とずっと思ってきた。長所なんて全然思い浮かばなかっただろう。

 君は勉強をしていますか。僕は、吃音にとても悩んでいたから、吃音ばかりが気になって、全然勉強しなかった。だから、勉強もぜんぜんできなかった。また、君は、クラスの何か委員をしていますか。僕は、飼育係、図書係など話すことに関係ない係もさせられたけれど、なまけて委員の仕事もしなかった。だから、クラスに何の役に立つことをしていない。クラスや学校で何の役にも立っていないダメな人間だと思っていた。君が勉強もして、クラスの委員もしているのなら、僕は君以上に、悪いことばかりがたくさん思い浮かんだと思う。

 今は、違うよ。僕のいいところはたくさん思い浮かぶ。
 たくさんの人と出会った。最低の人間だと思っていた僕を好きになってくれる女性が現れた。また、どもる人の会を作って、小学校や中学校時代にしなかった、世話役や、リーダーになった。そこで、僕はがんばった。すると、みんなが、「ありがとう」と言ってくれることが、だんだん増えてきた。できないと思っていたことが、どんなにどもっていても出来ることが分かった。
 僕がどもると、笑う人もいたけれど、多くの人がよく聞いてくれた。うれしくて、僕はいっぱい話した。そして、友だちといろんなことをいっぱいした。すると、「どもりながら頑張っている伊藤さんはステキだ」と言われたり、僕も、人のことが大好きになっていつた。そうして、今まで長く生きていると、自分の長所がたくさんあることに気づいたんだ。

 一番最初に思い浮かんがのは、何だと思う?
 きっと、びっくりすると思うよ。本当に、一番最初にこれが思い浮かんだので、すぐに書いた。「人前でオナラを平気でする」なんだ。これが長所? いいところだと思うかい?
 僕は、他の人と違うことが大好きだ。少しでも、他の人と違うところを見つけると、うれしくなって、僕の長所だと思ってしまうんだ。「人前でオナラをする」ことで、僕のオナラが嫌だという人も少なくないけれど、楽しいこと、いいこともたくさんあった。だから、オナラは僕の大きな特徴なんだ。
 こんなことでも長所になるのか、と考えたら、君にも人と違う何か、特徴はないかい。それは、きっと君の長所になると思うよ。
 ちょっと恥ずかしいけれど、その合宿の時に書いた僕の長所の一部を紹介しよう。


         僕の長所

 人前で、平気でオナラをすること。  好奇心がつよいこと。 人に優しい。 
 人に厳しい。 言いたいことを言う。 そっちょく。 正直。 ねばり強い。 
 打たれ強い。 人のこうげきにたえられる。 発想が豊かで、柔軟。 
 考え方がじゅうなん。 人前で話すのが好き。 人の話をよく聞く。 
 仲良くなったら、その人を大切にする。 好きなことにはやる気がある。 
 人前でもよく泣く。 人前で大きな声を出して笑う。 社会の不正や不正義によく怒る。 本をよく読む。 興味のあることにはよく勉強する。 人を大切にする。 
 自分のいいところも悪いところも人に話す。 自己開示をためらわない。 
 冗談をよく言う。 文章が書ける。 他の人と考えが方が違うことが平気だしも好き。 人見知りはするけれど、知らないところにも出かける。 戦争が大嫌いで、どんなことがあっても反対する。 世の中の常識にふりまわされない。 平和をなによりも大切にかんがえている。  
 暴力が大嫌い。 人に甘えることができる。 人に頼み事ができる。 
 人から何かたのまれたら、ほとんど断らない。 まずしくても生きていける。 
 10日くらいなら、何も食べす水だけで生きられる。
 できないことが多いので、人に助けてもらう。

 ここまで書いたら、その演習の時間は終わった。時間があればもっともっと書きたいことがたくさんある。君も、一生懸命さがしたらあると思うよ。

 君のお母さんや、担任の先生や、ことばの教室の先生が、君のいいところをみつけてくれてくれるんだけれども、「そんなの、僕のいいところじゃない」と君は、つい考えてしまうんだね。君のことを、君のことばの教室の先生から少し聞いたけれど、君のことをあまり知らないぼくでも、その話のはんいだけれど、いくつも見つけられるよ。
 お母さんたちに言ってもらった、いいところを、素直に「ぼくって、そういうところもあるんだ」と受け止められたらいいね。ぼくなんか、だれからもいいところを見つけてもらえなかったから、「僕はだめな人間だ」と考えたけれど、君はそうじゃない。言ってくれたことを、半分疑っていてもいいから、「ありがとう」って言おうよ。そして、半分、「そうかもしれない」と思えればいいね。
 それと、もうひとつ、「自分のいいところを見つけられない、僕はだめな子だ」と考えていないかい。今、「自分のことが嫌い」でも、いいと思うよ。
 いろいろと経験して、いろんな人と出会って、好きな人から「こういうところがステキ」と言われたら、これまで、君が「自分のよくない」と思っていたことが、オセロゲームの黒が、ばたはだと白に変わるように、変わると思うよ。今の、僕のように。あせらなくてもいいよ。

 「いいところが見つけられなくてもいいんだよ」

 君の答えて欲しかったことに、うまく答えられたかな。ちょっと自信がないな。分かりにくい話になったかもしれないね。ごめんね。この手紙を、ことばの教室の先生に送るから、読んで下さい。さようなら。元気でね。

 2009年11月1日 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二
  

女子中学生からの手紙


   どうしたら、吃音が治りますか


 私の吃音ホットラインには、一日2件ほどの電話相談が入ります。メールや手紙の相談もあります。九州に住んでいる、中学生の女の子から、かわいい封筒に入った、イラスト入りの手紙がきました。
 
  「私は、中学1年生の女の子です。小学5年生から、学校へ行けなくなりました。音読の時どもって笑われたことがきっかけです。中学生になって、思い切って学校へ行きました。最初の2週間はどうにかがんばって行ったのですが、行けなくなりました。
 今は、フリースクールに行っていて、友だちもできました。
 だけど、この間、中学の体育祭を見に行ったとき、みんなが楽しそうにしているのを見て、やっぱり、私も学校へ行きたいなあと思いました。
 どうしたら、吃音が治りますか。
 教えて下さい。                  K・Y 」


 K・Yさん

 小学校5年生から、学校へ行けない状態が続いていて、中学校の運動会を見て、学校へ行きたくなった。だけと、学校へ行くには、Kさんの場合、「どもりが治る」ことが条件なのですね。「どうしたら、どもりは治りますか」と書いてきた気持ち、とても分かります。 
 僕も、21歳まで、どもりが治らないと何もできないと、治ることばかり考えていたからです。だから、どもりが治ったら、勉強もするし、友だちもつくれると、治ることばかりを考えていました。だから、あなたの気持ちは痛いようにとても分かるのです。
 あなたは、どんな状態になることを治るといいますか。

  〜瓦どもらない人が空気でも吸うように、いつでもどこでも自然に声が出ること。全くどもらなくなり、かつてどもっていたという意識もない状態。
 ◆ゝ媛擦鬟灰鵐肇蹇爾任るようになり、以前よりはあまりどもらなくなる。
  どもっていても、吃音に負けないでほとんど吃音からくるマイナスの影響を受けずに生活すること。
 
 どもりが「治る」といっても、人によって少しイメージが違うようです。私もそうでしたが、多くの人は、,両態になることを治ると言うのでしょうね。

 ところが、,両態になることはかなり難しいということは、世界の吃音研究者で一致しています。このような状態になることはまず無理です。
 アメリカでは、スピーチセラピーが盛んで、△砲覆襪海箸鯡椹悗靴討い襪茲Δ任垢、これも訓練によってなることは難しいようです。どもりながら生活している中で、自然に身につくことはありますが。

 アナウンサーや女優さん、落語家の中に、どもる人がいます。その人たちは、仕事の時はあまりどもらなくて、周りの人には分からないでしょうが、普段、家族と話したり、遊んでいるときなんかは、どもるそうです。
 僕もそうです。人前で話すときはあまりどもらなくなりましたが、「伊藤」の「い」、数字の「イチ」「たちつてと」ではよくどもります。お寿司屋さんで、「トロ」「たまご」を注文する時は、必ずどもります。だから時々、一緒に行った人に言ってもらったり、残念だけど言いやすいものを注文することがあります。
 こんなふうに、今でも僕はどもるけれど、全然悩んでいないし、困ることもありません。大学生の前で講義をしている時、どもるけれども平気で講義をしています。吃音に負けないようになることは、本人の決意次第で、誰にでもできます。
 大阪の大阪吃音教室に参加している僕の仲間や多くの人がそうして生きています。
 
 また、僕のどもり方は変わりました。ずいぶん以前よりは、ひどくどもることは少なくなりました。また、悩まないし、困ることもありません。僕のように、どもることはあるけれど、困ることがなくなればそれでいいですか。これを「どもりが治る」と、幅広く考えることができれば、治る方法がひとつだけあります。それは僕自身が経験してきたこと。また、多くの人や子どもが実行して、効果があった方法ですから、確実な方法です。

 どうですか、教えたら実行しますか?
 何も努力しないで変わることはありません。治るために努力しますか?

 これは、僕が実際にしてきた方法です。証明済みですから、信用して下さい。
 どもるからと言って、日常の学校生活から逃げないで、どもりながら、言いたいこと、言わなければならないことを言っていく。だだ、それだけのことです。ただそれだけのことと言われても、今のあなたにはとても難しいことかもしれません。
 次に書くことを、できることから、実行してみて下さい。

 1 どもることを、仕方がないからと認めること。
 2 どもっても、言わなければならないこと、言いたいことを言うこと。
 3 他人が笑ったり、指摘しても、平気ではないだろうけれど、「笑わないで」と言ったり、そんな人は無視して、どもつても話していくこと。
 4 何かしないこと、できないことをどもりのせいにしないこと
 5 自分の好きなこと、楽しいことをたくさんすること。
 6 ひとりでいいから、どもりのことを話して味方になってくれる友だちをつくること。

 まだまた、たくさんありますが、手紙には書ききれません。もし、よかったら、電話をしてみて下さい。いろいろと話ができればいいですね。
 
 僕は、とてもつらい、小学校、中学校、高校時代を送りました。とても悔しいです。そして、「どもりが治れば、こんなつらい、苦しい生活をしなくてもいいのに」と、いつも「治りたい」と思っていました。
 あのころは、学校へ行かない人がいなかったので、我慢して、どんなに苦しくても、学校へは行っていました。でも、ちっとも楽しいことはなく、つらいことばかりでした。友だちがひとりもいなかったので、運動会も、文化祭も大嫌いでした。

 今、僕は幸せに生きています。だけど、あの小学校、中学校、高校時代が悔しいです。あのころに戻りたいと思うことがあります。
 でも、どもりが治った僕として戻りたいのではありません。吃音について勉強し、いろんなことを体験した、今の僕の状態で子どものころに戻るのです。
 あなたも、「どもりと向き合う一問一答」や「どもる君へ いま伝えたいこと」など、僕が体験したことを元にして書いた僕の本をしっかり読んで、どもりを勉強して下さい。治らないものだと考えて、どもりに負けないで、自分のしたいことをして下さい。僕が高校1年生の時、自己紹介が嫌さに、「卓球部」をやめたなど、どもりを隠し、逃げてばかりの生活が、とてももったいないと思うからです。

 あなたが、昔の僕のように、どもりを口実にして、大切なことから逃げる状態から、なかなか抜け出られなくても、僕も実際にそうだったから、「それはだめだよ」とえらそうなことは言えません。ただ言えるのは、悔しい、損をした、つまらなかったと言うことだけです。

 あなたももう中学生。これからどんな人生を送るかは、自分で決めることができます。よかったら、僕のホームページに、僕が書いた本が紹介されています。その中の、「どもりと向き合う一問一答」と「どもる君へ いま伝えたいこと」は、あなたのような人のために書いた本ですから、是非読んで下さい。
 読んで、また、お手紙下さい。               伊藤伸二 


 この手紙を書いた後、すぐに、彼女から返事がきました。

 その手紙には、伊藤の提案した方法はできない。
 きっと、治った人がいるはずだから、私は絶対吃音を治します。とありました。

 私は、胸が痛くなりました。この気持ちも、痛いように分かるからです。私も21歳の秋まで、絶対に治るはずだ、治せると思ってきました。吃音親子サマーキャンプに来た子どもの中には、私が21歳までかかったことを、小学校の低学年で、「どもっていても、大丈夫」という子もいますが、この子のように、絶対治したいという子がいることは当然のことでしょう。
 世界一の吃音研究者、チャールズ・ヴァン・ライパー博士は32歳、世界的なミュージシャン、スキャットマン・ジョンは52歳で、やっと自分の吃音を認めました。中学一年生のこの子が、吃音を認められず、治したいと思うのは無理ないことです。

 私が、「吃音を治さなければならない」と思い詰め、治ってからの人生を考えて、自分の人生の課題から逃げて、損をしたという悔しい思いがあります。だから、「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ」とずっと主張してきましたが、他人から言われても、「ああ、そうですか」と言うわけにはいかないでしょう。現在、吃音治療法がなく、ほとんどの人の吃音が現実に治っていない事実を目の前にしても、それを認めたくないのでしょう。
 いくら説明しても、このように「絶対治したい」という子に対しては、私はとても無力です。何もしてあげられません。私は提案はできますが、意見を押しつけることは出来ません。せめて。本だけでも読んで欲しいと思うだけです。

 私や、ヴァン・ライパー博士やスキャットマン・ジョンが、大きな壁にぶつかり、自分で気づいたように、この子も、自分の体験を通してでしか、気づけないのでしょう。それが、できるだけ、早く来ることを祈るばかりです。

 2009年10月30日  日本吃音臨床研究会  伊藤伸二
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