伊藤伸二の吃音(どもり)相談室

「どもり」の語り部・伊藤伸二(日本吃音臨床研究会代表)が、吃音(どもり)について語ります。

2008年05月

大阪吃音教室 エゴグラムによる自己変革

 エゴグラムによる自己変革

 毎週金曜日に開かれる、NPO法人大阪スタタリングプロジェクトのミーティングである大阪吃音教室の「吃音と上手につきあうための講座」は、吃音について学ぶ、コミュニケーションについて学ぶ、人間関係について学ぶが3つの柱だが、5月30日から人間関係について学ぶ交流分析が始まった。
 毎回エゴグラムを書いて、グループで話し合う。少しずつ変化していく人、大きく変わった人など、グループで話し合うと何回しても、興味深い。
 私のグループは5名。それぞれが講義で得た自我状態の知識をもとに、自分について語り、話し合う。その中のふたつについて報告する。

 1  「CP(批判的親)NP(保護的親)A(成人)が高く、中でもAが満点に近く高い」
 「CP、NPは互いに相反する項目なのに、私は、両方が高いのは、おかしいのではないか?矛盾しているのではないか?」との疑問が出された。
 この人の場合、Aがきわめて高い。長年の社会生活の中で、Aの機能が育ってきた。だから、この人の「A」が状況や相手を判断し、保護的に優しく接したり、必要な時には厳しく相手に接することができるので、矛盾はしていないのだ。

 2 「FC(自由な子)は真ん中、AC(順応の子)が一番高く、Aがかなり低い」
 この人が、ACを少しでも低くしたいと言った。確かにACが高すぎると、少し生きづらいだろう。エゴグラムを使っての自己変革には、高いところはその人の特徴なので、それを低くするよりも、他の低い部分、FCを高くすることをすすめる。しかし、FCを高くすることは、難しいという人は少なくない。この人の場合もおそらくそうだろう。根がとてもまじめな人なのだ。FCを高くすることよりも、かなり低いAを高くすることを提案した。
 エゴグラムは性格テストではない。だからエゴグラムを使って性格を変えようと提案しているのではない。性格というものは、結果として変わることもあるが、基本的には変えようとして変えることができるものではないと私は思う。
 交流分析の大きな特徴は、他人と過去は変えられない、自分を変えることはできるということだ。自分を変えると言っても、性格を変えろといっているのではない。自分のとっている行動を変ようというのだ。
 Aを高くする行動を日常生活でとっていけば、自然に変わってくる。
 Aの項目で×をつけたものを○になる行動を心がける。つまり処方箋を自分自身で考えることができるところに、エゴグラムの良さがある。
 「何事も情報を集めて、冷静に判断するように心がける」
 「いろんな本を読むようにする」
 「何かするとき、自分にとって損か得か考える」
 エゴグラムによって、項目は違っているかもしれないが、×をつけた項目についてその内容の行動をとるように心がければいいのだ。その上でさらに、私は、新聞の活用を提案した。
 自分の関心のある記事しか読まない人は多いだろう。Aを高くするには、できれば社説、コラム欄を読むことを勧める。できれば音読をするとさらにいい。そして、自分はどう考えるか、自分の考えを持ち、確認するのだ。社説が少し敷居が高い場合には、読者欄の他の人の意見に対して、私はこう考えるという自分の意見を確認することを続けたい。常に私はこう考えるという自分の意見をもつことを心がければ、だんだんと、Aが高くなり、結果としてACは低くなってくるだろうと私は思う。
 ACを低くするのに、一番手がつけやすいのが、Aを高くすることだと私は思う。

 新聞の読み方
 私は、1月1日、敗戦記念日、憲法記念日などの新聞は全国紙の全てを買い、新聞社がどのような主張をしているか読み比べることを30年以上の習慣にしている。それぞれの主張が違っていて興味深い。考え方、主張に違いがあるのは当然で、それについて文句をいうことはないが、あまりにも、理屈に合わない、表現が不適切な社説があった。中日新聞の敗戦記念日の社説だった。新聞社に電話をして質問をしたとき、同じような指摘が数件あったと、紙面相談室の担当者は答えた。
 朝日新聞の夕刊一面トップに漫才師の宮川大介・花子の大介が、「がん」か何かの病気から無事生還したとの大きなふたりの笑顔の写真入りの記事が掲載されたことがある。記事が少ない日だったのかも知れないが、一面トップに大々的に報道することはないだろう。強い違和感をもった。せいぜい社会面の小さな記事でいいはずだ。朝日新聞もここまで落ちたのかとがっかりして、これも紙面相談室に電話をかけた。これもかなりの読者から苦情があったという。
 ちなみに私は、いまでこそ少し下がりつつあるけれど、CP(批判的親)がかなり高い。常に私はこう考えるという自分の意見をもっている。そしてそれは、きわめて少数派であることが多い。このような態度が、「どもりを治す・改善するが、吃る人の幸せにつながる」という多数派の意見に、決して流されることなく、頑固に主張し続ける源泉になっているのだと思う。5月30日、大阪吃音教室で考えたことだ。

・参考資料  日本吃音臨床研究会年報7号 『杉田峰康・ワークショップ 生活に活かす 実践的交流分析入門』1000円(送料込み)
 
  

ソーシャルワーク演習

5月27日、ソーシャルワーク演習

 私はある大学で、ソーシャルワーク演習を担当しています。一日3時間を14回ほどしなければなりません。毎週一度大学に通っています。
 どうして私がソーシャルワーク演習を担当しているのか不思議ですね。この演習を依頼されたときこう考えて引き受けました。私は福祉施設に勤めたことはないし、ソーシヤルワークについて何も知りません。ただ、自分の吃音と向き合い、自己否定の固まりだったのが、自分を肯定し、とても楽に生きられるようになつた経験はある。その体験をカウンセリングなどの知識や技法で跡づけすることはできる。私が勉強してきたそれらのものを伝えることができるとは考えたのです。
 「伊藤さんのやりたいようにすればいいです」という、依頼者のことばに、引き受けたのでした。そして、毎年学生とつきあってきたのですが、受講した多くの学生が、「自分に気づき、他者の理解に役に立ち、おもしろかつた。この演習を受講してよかった」と言ってくれました。私のやり方でいいのだと思っていました。
 ソーシヤルワークの直接的な、具体的なスキルを身につけることも大切だが、まず人間としてどう自分に向き合い、対等の立場で相手に接する、人間としてのあり方が大切だと私はずっと考えてきました。だから、言語聴覚士の専門学校でも、指導技術などの話よりも、専門家として、臨床家して、どうあるべきかを語り、話し合ってきました。専門学校という、即役立つものを求める学生も、興味をもって聞いてくれて、私が吃音の担当でよかったと言ってくれていますので、これでいいのだと思ってきました。このスタンスは自分では間違っているとは思いませんし、このスタイルでしか私は講義ができません。
 専門家である前に、ひとりの人間として自分をどう育てるか、治療ではなく、その人が生きやすくなるためにどんな支援ができるかについて、「育てるカウンセリング」について14回のプログラムを組んで取り組んできました。
 しかし、中には「ソーシャルワーク演習」と名が付くからには、直接的なソーシャルワークのスキルを身につけたいと考える人もいます。つまり、実際の事例を検討し、みんなで、どのような対応がいいのか話し合うという、イメージをもっているのでしよう。事実、私以外の教官はそのような演習をしているようです。もちろん、それもとても重要な演習のありかただと思いますが、私にはそのような事例がありません。そのような授業はできないのです。そのようなイメージをもって、私の演習を受けた人にとっては、満足出来ない演習なのでしょうね。その学生の期待には応えられないのは、申し訳ないことなのですが、できないことはできないので、「ごめんなさい」という言う他はありません。でも、中には、この演習がとても楽しくて、ためになりますといつも振り返りに書いて下さる学生もいるので、それに支えられて、自分の「ソーシャルワーク演習」をするしかありません。また、こんな演習をする人間が一人くらいいてもいと私は考えているのです。

 今日で5日目、これまでは、効果的なコミュニケーションの5つの要素、ハンディキャップの箱、障害とはなにか、氷山説、エリクソンのライフサイクル論にそって、ヘレンケラーがいかにサリバンに教育されたかなどを演習方式で話してきました。
 交流分析のエゴグラムを使っての自己変革、やりとり分析、人生脚本が終わりました。
 今日はセルフヘルプグループについて話しました。ひとりの学生がセルフヘルプグループを卒論のテーマにするので、その学生にセルフヘルプグループについて、まず話してもらいました。その発表に添って、セルフヘルプグループの成り立ちや、特徴、機能、匿名性と、非匿名性のグループの違いなど、学生に考えてもらいながらすすめました。
 私の講義のスタイルは、ほとんど私が話す前に、学生がどう考えているか、想像しているか指名します。もちろん、パスありですが、みんなとてもよく考え、自分が思いついたことを発言してくれます。
 セルフヘルプグループの機能として「同じような経験をしてきた人からアドバイスを受けることができる」という発言から、「あなたがアドバイスをされたら、どうか」について一人一人にきいていくと、とてもおもしろい発言かがありました。
 「自分が発言した、アドバイスについて、意見を交換しあうとは思ってもみなかったので、少し驚きました。何事にも共通することですが、メリットのみではなく、デメリットについても考えることが大切だなあと感じました」
 と振り返りに書いてくれた学生がいました。
 あと、NHKの「週刊ボランティア」を見て感想を言ってもらいました。
 こんなように、私の「ソーシャルワーク演習」はすすんでいきます。

5月26日 島根スタタリングフォーラム

5月24日。25日
 島根県の浜田市で第10回の島根スタタリングフォーラムがありました。
 島根県のことばの教室の教師が、実行委員会をつくって取り組んでいます。今年も60人ほどが参加しました。
 私は、親の学習会の担当ですが、3年前から、子どもや親、教師の参加者全員に30分ほど始めに話すことになっています。ことしは、夏に新しくでる本を紹介し、その本の中で書いた、「どもる君が、幸せに生きるために」という章のなかから、自分のいい所を探して、確認するために、「どもる子どものいいところを10挙げて説明しました。吃音に苦戦し、悩む中で、子ども達はとても素晴らしい力をみにつけていくのです。その話を全員が真剣にきいてくれました。

 私はこのフォーラムには、第一回から参加しています。私にとって、とても大切な活動のひとつです。10年前に三瓶山の麓の自然の家で開かれたとき、つい、初恋の人の話をしてしまい、その初恋の人を探してきてくれる人がいて、27年ぶりに初恋の人と再会するきっかけをつくつてくれたのです。島根とはとても縁があるのです。
 親の学習会で、私がどんな話をしたかは、またの機会にします。
 どもる子どもや、その親御さん、支援することばの教室の教師と、どもりについて、話し合うのがわたしにとっては、一番の幸せです。
 詳しくはまた。
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