吃音親子サマーキャンプを始める前から、僕たちは「どもる子どもの両親教室」という名前で、吃音相談会をずっと開催してきました。受付で、不安そうな両親が、相談会が終わって帰る頃には、すべての参加者がといっていいほどに、ほっとした表情になり、安心して笑顔が出ていました。
 吃音とは何か、将来どうなっていくのか、書籍を読んだだけではイメージができません。一人一人の保護者の疑問に答え、質問に対して複数のどもるスタッフが自分の体験を話していきます。我が子が、吃音のまま大人になったらどうなるだろうと、不安をもっていた保護者が、実際に大人になって、教員や営業職、看護師などの仕事に就いているスタッフの話を聞くことで、具体的にイメージできるようです。帰り間際に、親同士互いに連絡先を聞き合っている姿には、暗い表情はもうありません。
 今年も、吃音相談会を開催できてよかったと、毎年思うのです。
 二人の保護者の体験を紹介します。
 
  
吃音を考えることは、人生観や価値観を考えること

                  木下 良二(会社員)

 私の長男は小学校4年生です。どもり始めたのは小学校1年でしたが、最初のころはあまり気にもしていませんでした。しかし、2年生、3年生になっても治る様子もなく、親として次第に不安が募ってきましたので、大きな本屋に行って、言語障害についての本を買って読んだりして、吃音とは何か、子どもへの対応の仕方を学ぼうとしたのですが、明確な答えは得られませんでした。ある日、読売新聞の泉の欄で、両親のための吃音相談会があると知り、吃音について理解を深めようと参加させていただきました。
 会に参加して驚いたのは、参加人数の多さと、悩んでいることが、皆さんほぼ同じ内容だったことです。
 吃音は治るのか?
 どうすれば治るのか?
 私も同じ疑問を抱えて出席しました。
 スタッフの体験談や解説を聞くにつれ、2時間ほどの間に、吃音に対する考え方が徐々に変わってきたのに気づきました。これまでは、吃音はみっともないとか、恥ずかしいものと思っていました。しかし、「吃音とつき合う」という表現を聞いたとき、ハッとしました。吃音とは、人間の背が高いとか低いとか、足が速いとか遅いとかと同じ次元の問題なのだと気づいたのです。何かふっきれた感じがしました。
 私は、将来吃音で悩むであろう子どもに、吃音とはその次元の問題と認識できる柔軟な考え方でした。それは、吃音に限らず、その他色々な問題に対しての、子育ての原点でもあり、自分自身も向上してゆこうと思いました。この会に参加して、吃音を考えているうちに、何か人生観、あるいは価値観といったものを、吃音を離れて考えさせられ、大変勉強になりました。(1989年)


 
どもったっていいんだよ
                      松谷 佐知子(主婦)

  小学一年生の長男が心配そうに言います。
 「お母さん、今日、ぼく、日直だけどうまく言えるかな」
 「つまったって大丈夫、いいんだから。笑われたら、笑いかえすくらいのユーモアをもちな」
 「そんなことできたら、苦労しないよ」
 幼稚園の年長組の途中で大阪に引っ越してから、どもりはじめた息子をこんなふうにはげますことができるようになるまで、私は相当に悩みました。
 そういう私も子どものころから吃音をひどく意識し、どもりさえ治ったらといつも思い、自分の進路も真っ暗でした。そんな私ですが、教職課程だったために、すらすらしゃべれるようになったら、ことばの先生になりたいという夢はもっていました。ところが、大学の終わりころ知り合った今の夫との恋愛をきっかけに、ことばの教室の教員になりたいと思っていた夢をすて、どもりから逃げるように、父母からもふるさとからも遠くはなれて、結婚してしまいました。
 そんな中で子育てが始まりました。心の奥に、子どもだけはどもって欲しくないとの思いがありました。結婚生活の中でも吃音を隠し、できるだけ話すことから逃げていました。次男もうまれ、長男は1、2回どもりかけていましたが、何とかおさまっていたのが、引っ越ししてから、完全にどもるようになってしまったのです。
 先日のNHK教育テレビで、どもりを治すには、親子の心の安定が必要と先生が話しておられましたが、引っ越しや、私がどもることや、他の自分のいやな事から逃げていたこともあり、心の安定からはほど遠い、ひどい状態でした。
 でも、吃音相談会に参加し、他の保護者や、どもる人の体験、そして講師の方の話を聞くうちに考え方が変わってきました。自分自身の吃音も、子どもの吃音もいやで、息子がどもってしゃべるのを聞きたくもなかったのが、どもりながら一所懸命しゃべる息子がいとおしく、この子がずっとどもっていてもいいじゃないかと思えるようになってきました。どもっていても明るくどもりに負けない子に育ってほしいと思い出したら、いらだちがなくなってきました。NHK教育テレビで、子どもがどもっていても許される環境をつくることが必要だと話していたことを思い出しました。
 子どもの吃音を受け入れることができるようになり、家では息子のことばの方は、早口ながら、以前よりは落ち着いています。息子が学校から帰ってきました。
 「お母さん、今日学校で、つまらないで言えたよ」
 「そう良かったね。でもつまったっていいのよ」
 引っ越し以来、うつ状態も続いていた私ですが、少しずつ元気になってきました。今あるものに感謝をもって、三人の子どもを育ててゆきたいと思います。(1989年)

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/3/7