誰にとっても、就職の面接は人生の一大事ですが、どもる人にとっては格別の体験になっているようです。体験を綴る「自分史を書こう」から「ことば文学賞」へと体験を書く活動は変わっても、多くの人が書いているのが「就職時の面接」です。今回の物語は、「どもる時はどもる」とある程度覚悟を決め、面接時の心構えも前もって確認して面接に臨みながら、「君、どもるね」の一言で動揺します。しかし、指摘され、動揺したものの、吃音についての自分の考えを一所懸命伝えたことが功を奏したようです。
 
    
面接での動揺
                             田村 裕
 名前を呼ばれて、「はい」と大きな声で返事をする。椅子から立ち上がる。今日は面接試験、地元ではそこそこ名前の通った中小企業である。正念場だ、気合いを入れて行け。目の前のドアに向かって僕は歩き出した。
 小学校低学年からどもり始めた僕は、人と同じようにしゃべりたいと何度も願いつつ神様を信じてどもりが治ることを祈った。朗読、発表が当たる前日は夜遅くまで練習した。だが、結果は無残だった。練習で得た自信はことごとく砕ける。惨めな思いを繰り返し、死にたいと思ったこともある。そして、成人を過ぎてたどり着いたのは、「じたばたしても始まらん。俺はどもりや。どもるときはどもる。どもりがどもるのはどうしようもないやないか」という結論だった。
 頭ではそう思えても現実の恥ずかしさは消えない。だが、奇妙なことに、いざ面接というような土壇場になると、僕は開き直れた。まな板のこいの心境、というのだろうか。僕のどもりは15分間の面接時間中隠し通せるものではない。その日によって好不調の波がある。それは自力でコントロールできない。どもらずしゃべれるかどうか気にやむことは無駄なこと、損するだけだと、僕は体験から学び取った。ただ、面接での心構えは自分なりに組み立てた。
 1)相手の目を見て話す
 2)元気よく話す
 3)表情を豊かにする
 僕はこの点に留意してしゃべる。しゃべった結果ひどくどもろうが軽くどもろうが、それは自分の努力・工夫の範囲外のことだ。多くのどもる人と接していて、僕はそういう割り切り方を身につけていた。
 応接間のドアを開ける。狭い部屋に面接官が5人。「失礼します」と言ってドアを閉める。すすめられたソファに座る。面接官は50〜60歳代。威圧感がある。
 「気後れするな。堂々としてろ」
 下腹に力を込め、背筋を伸ばす。面談が始まった。氏名、年齢、経歴、家族構成、志望動機…。僕は型通りの質問に答える。返答に詰まるような質問はなし。ことばの調子は可もなく不可もなし。ときおり顔を歪め、2〜3秒の間があく。普段の自分だ。動揺はない。今日は声がよく通っている、と感じる。そのとき、面接官の一人がいきなり言った。
 「あなたは、どもりますね」
 瞬間、絶句した。顔がこわばるのが分かった。今何が起こったのか。そう、どもりを指摘されたのだ。就職試験の面接の場で。何か言おう。動揺を知られたくない。何を言おう。何を言ったらいい。何を、どう答えたらいい。頭の中がぐるぐる回った。
 しばしの後「私は、…」と声を出した。長いような一瞬のような沈黙が終わった。そのあと、自分は小学校のときからずっとどもってきたこと、今でもどもっていること、成人のどもりは治りにくいこと、どもりが職業上の致命的なハンディになるとは思っていないことを夢中で話した。
 面接が終わって控室に戻り、僕はようやく冷静さを取り戻した。
 ひとことどもりを指摘されただけで逆上してしまった自分を恥じた。同時に自分の長所をアピールしなかったことを悔やんだ。そして、どもりがどもるのは当たり前などと、判ったふうな顔をしていた自分が中身のない薄っぺらな人間に思えた。でも、もういい。反省は次に生かせばいい。自分の甘さを思い知らされただけでも今日は良かった。合否は面接官が決めること。いくら悔いてもじたばたしても、もはや自分の力でどうなるものでもない。そして、これが今のありのままの自分の姿なのだから。そう考えてみると、本音で語り明かした朝のような壮快感が身体に残っているのを感じた。
 数日後、採用内定の通知を受けた。最初、あの日の面接官の顔が浮かんだ。次に、世の中捨てたもんじゃないと思った。「おまえはどもりか」と言っておいて「ウチへ来い」と誘ってくれる会社が現実にある。そして次の瞬間、僕はあふれる自信の喜びを押さえることができなかった。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/3/4