大阪吃音教室では、「ことば文学賞」を制定し、吃音について、ことばについて、人間関係やコミュニケーションについて、体験したエピソードを一つか二つに絞って自分史を書いていこうという運動を始めて、23年になります。
 2020年度のことば文学賞には12編が集まり、その受賞式が、コロナ禍の中、昨年最終の大阪吃音教室で行われました。受賞作品を読み上げ、参加者一人一人が感想を述べ、その人の人生を深く味わう、とても豊かな時間でした。その受賞作品は、日本吃音臨床研究会のニュースレターの3月号で紹介することになっています。
 ことば文学賞が始まる前から、僕たちは自分の体験を書くことを大切にしてきました。自分史として、たくさんの作品が集まりました。また、ことば文学賞に応募したけれど、入賞しなかったものもあります。これら、過去に書かれた、たくさんの埋もれていた、吃音の物語を、しばらく、紹介していこうと思います。
 この物語が、今現在、吃音に悩み苦労している人、また、何かに新しく挑戦しようとしている人にとって、何らかのエールになれば、うれしいです。

    
初めてのアルバイト経験
                    中田紀子(教員)

 私は、大学に入学してすぐにできた友人に誘われて初めてアルバイトをした。高校生の時はしたくでもできなかった接客の仕事で、デパートで総菜を売る仕事である。
 よくどもる私だけれど、その頃は一番調子が悪く、どもる回数が多いだけでなく、一度ことばが詰まると、なかなかことばが出てこなくて困っていた。友人は私を同じデパートの売り場のアルバイトに誘うことを躊躇したそうだ。
 「デパートの販売員は、接客の仕事の中でも、ハードルは高い方だ。しかし、彼女は大学入学そうそう私に話しかけてくるなど、どもっていても積極的だ。クラスでも仲間もできて、どもっても、最後まで言い切っている。多分大丈夫だろう」
 と、自分がアルバイトをしているデパートの責任者から、いい人がいたら紹介して欲しいと言われていたので、私を誘ってくれたのだ。高校生活の苦しかった時期を経て、大学生になったのだから、いくらどもっていても、何でもやってみたいという気持ちが強くなっていたころなので、私は、友人の誘いに応じたのだった。
 高校生の時と違って、大学生活を一人で自立して始めると、買い物だけでなく、様々な場面で話さなければならない。だから、どもってことばが出てこないときのために、いつも紙とボールペンは用意しておくことを習慣にしていた。当然、デパートのアルバイトでも、それを使わなくてはならない場面があるだろうと覚悟はしていた。
 しかし、それを一度も使わずに済んだ。そして、多分言えずに苦戦するだろうと思っていた、「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」が、不思議なことにあまり苦労することなく出てきた。ただ、総菜は量り売りだ。重さを計って値段を言うときに数字が出てこなくて困った。お客さんは、忙しいのに何をもたもたしているのか、早く言って欲しいという顔をして、「なんぼですか、なんぼなん」と言ってきた。そのとき、近くにいた友人が心配顔で私のそばまで来てくれた。それに安心したのか、なんとか値段を言うことができた。言い終わると、友人は黙ってその場から離れていった。
 そんなことがあったためか、友人は仕事が終わっての帰り道、「どう、しんどい?」と聞いてきたので、「いや、しんどくないよ」と答えた。周りら見たらつらいだろうなあと思える場面があったのかも知れないが、高校時代にできなかった接客の仕事ができていることがうれしくて、つらいと思ったことは一度もなかった。それどころか、話しかけてくれる人もいて、少しことばをかわすだけだったけれど、初めての人とことばを交わせることに自分でも驚き、そのことを楽しんでもいた。
 だけど、どうしても調子のいいときと悪いときがあり、ひどくどもった時は、売り場の主任さんが、私がどもっている姿を見てどう思っているのだろうという不安と心配があった。しかし、当初の予定の三週間は、自分としてはあっという間に終わった。まだ、アルバイトを続けている友人は、売り場主任からこう言われたそうである。
 「あなたの友だちは、声が出にくいようだったけれど、よくがんばっていましたね。彼女は、あのように人と話す場にどんどん出て行ったらいいんだよね」
 一年後、去年と同じ時期に、友人はまたデパートでアルバイトをすることになった。売り場主任に会ったとき、「今年は、彼女は来ないんですか」と聞かれたそうだ。
 高校時代、みんながコンビニなどでアルバイトをして、その話題が出る度に、私には絶対に接客業などできない、どもると周りに迷惑をかける、相手に不快な感じを与えると信じて疑わなかったが、必ずしもそうでないことを、初めてのアルバイト経験で確かめることができた。こんなにもどもる私が、社会人となって仕事ができるか不安を持っていたが、この経験は、大きな自信となった。
 教員養成大学に入ったものの、教員にはとてもなれないと思っていた私が、友だちが教員採用試験を受ける波に乗って、受験し、合格し、曲がりなりにも教員生活を送れているのは、大学1年の時のこのアルバイトの経験があったからだと、誘ってくれた友人に感謝している。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/3/3