「ほうれんそう」は、一時流行ったことばですが、最近も使われているのでしょうか。僕が昔書いた文章の中に、社会人になるどもる人への応援歌がありました。僕はサラリーマンの経験が全くありません。「吃音を治す、改善する」にこだわらず、「今の自分を肯定して生きよう」と「吃音を治す努力の否定」を提起したころ、僕は大阪教育大学の教員をしていました。そのためか、「伊藤さんのように国家公務員の安定した仕事をしているから、そんな甘いことが言えるのだ。現実のサラリーマン生活は甘いものじゃない」とよく批判されました。だからこそ、新しく社会人になるどもる人への応援の気持ちがとても強かったのだと思います。1992年4月30日の文章は、その思いから書いたものですが、今でも通用するように思うのですが、どうでしょうか。
 「ほうれんそう」は、社会人として仕事をしていく上で不可欠なことです。どもりたくない、どもるのが嫌だと思うと、どうしてもおろそかになってしまいます。僕は、自分にも他者にも誠実に生きるということが大事だと思いますが、他者に対して誠実であるということが、この「ほうれんそう」につながります。報告と、連絡と、相談。ありふれたことばですが、それができることが社会人としての基本なのだと今も思います。


   
ほうれんそう
                      伊藤伸二

 「社会人になって一番期待していることは?」の問いに、「新しい出会いがあること」と答え、「一番不安なことは?」の問いに、「職場の対人関係がうまくいくかどうか」と答える新社会人が多いと、新聞記事にあった。
 新しい世界で、新しい人間関係を作ることへの期待と不安は誰しもが持つ。しかし、まだ吃音とうまくつき合えていないどもる人にとっては、不安ばかりが先行する。
 「学生時代から不安でいっぱいでした。案の定、新入社員研修でつまずきました。私だけが取り残されて皆の輪の中に入っていけませんでした。研修が終わり、ある部署に配属されましたが、人間関係がうまく作れません。仕事もうまくこなせるかどうか不安です…」との手紙をいただいた。
 いかに能力を持っていても仕事は一人で出来るものではない。価値観、立場、年齢の違う人々と協力し合わなければならない。日頃から、日常の仕事を通してよりよい人間関係を作る努力は怠れない。
 そこで、どもるがゆえにしてきた失敗をもとに、私たちが得たものを、新社会人のお祝いとして贈りたい。それは、『ほうれんそう』だ。もとよりポパイを強くする野菜のほうれんそうではない。
 「仕事の経過は、上司に報(ホウ)告しながら、同僚とは連(レン)絡を密に、困ったことや疑問に感じたことは相(ソウ)談する」ということだ。
 なんだ、そんなこと常識じゃないか、と思うかもしれない。何も目新しいことではなく、常識なのだが、これがなかなか難しい。出来そうで出来ていないからこのようなことばを作り、常に意識しようということなのだ。
 報告、連絡、相談、というありふれた言葉を結びつけ、新しい概念のように『ほうれんそう』としたのは山種証券の、当時社長だった山崎豊治会長だが、先月2人の社員の証券不祥事「飛ばし」が発覚し、会長辞任に追い込まれた。社員に野菜のほうれんそうを配るなど、社をあげて「報・連・相運動」を展開してきただけになんとも皮肉な話だ。
 私たちが行っている吃音評価に、日常生活での回避度をチェックする項目がある。
 「上司に伝言すること」「同僚に伝言すること」「上司に報告すること」「大切な用件で電話すること」などの項目で、いつも避けるという人はほとんどいないものの、時々避けるという人は少なくなかった。
 報・連・相が主としてスピーチで行われるだけに、どもる人が苦手意識を持ってしまう。しかし、新社会人として今から、『ほうれんそうは、今後社会で自分の能力を十分に発揮するためにも、職場の人間関係をより良いものにするためにも不可欠なビタミンのようなものだ』という認識を持っていれば、また、日頃から報・連・相を心がけ、工夫と努力を怠らなければ、『ほうれんそう』は強い味方になるだろう。
 『ほうれんそう』を味方につけるには、どもることを隠さないことだ。避けずに大いにどもることだ。
 私たちは、どもりたくないために、必要なことでも報告しないことがあった。その時決まって「いちいち細かいことまで」と言い訳をした。相手の立場に立たない思い込みや早合点はほうれんそうの敵だ。また、ことばを言い変えたり、まわりくどい言い方をし、「何を言いたいのか?」と叱られた。こちらが緊張しているために、相手も緊張させ、相手の注意が表情や態度に向き、内容が伝わらないこともあった。どもりたくないためにとる行動がほうれんそうを腐らせた。
 ほうれんそうは生きており、手作りの個性的なものだ。作り置きが出来ないものだ。臨機応変の柔軟性が求められる。ということは、実際の社会生活の中でしか育たない。試行錯誤しながら自分自身が育てるものだ。そうすることによって同時に、ほうれんそうが私たちを育てる。
 どもっても、こまめに連絡しよう。困ったことや疑問に感じたことがあれば、遠慮しないで、できるだけ早めに相談しよう。報告は、要領よく簡潔に、結論から言う習慣を身につけよう。1992.4.30

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/24