日本吃音臨床研究会では、「スタタリング・ナウ」という月刊のニュースレターを発行しています。2021年1月号で、317号を数え、26年ほど続いていることになります。毎月、締め切りに追われていますが、そのときどきの社会状況を織り込みながら、また、精神医学や臨床心理学、社会学で学んだ新しいことを盛り込みながら、ただ伝えたい「吃音を否定しないで欲しい」「吃音と共に豊かに生きることができる」を、様々な角度から、多様な切り口で、紙面8ページで構成しています。そして僕は、毎月の特集にふさわしい巻頭言を欠かさず書いています。すんなり書けるときもあれば、締め切りぎりぎりまで苦戦することもあります。苦戦しながらも書き上げたときの喜びは格別です。
 「スタタリング・ナウ」の発行は、1994年6月ですが、それ以前にも、名前は違いますが、ニュースレターは発行していて、その巻頭言も書いていました。最近紹介している文章は、その頃のニュースレターに書いた文章です。よく続いているなあと我ながら思います。今年いただいた年賀状にも、「巻頭言のネタは尽きませんね」と添え書きして下さった方がおられました。
 随分前に書いたものなので、よく覚えている文章もあれば、そうでもないものもありますが、どれも、そのとき、僕から生まれ出たことばたちで、愛おしく思います。
 今日、紹介するのは、ニュースレターのタイトルを切り替えてしばらく経った頃のようで、当初の目的が達成できたかどうか、振り返っています。この目的の中には、すでに達成できたものもあれば、まだまだ届いていないものもあります。今も変わらず、僕の中にある大切な目的です。

    
キャッチボール
                          伊藤伸二

 私たちの発行するニュースレターも2年以上が過ぎた。発行を始めた当初の目的が達成されたかどうか、振り返ってみたい。

1)幅広い人々に読んでいただくこと
 当初、私たちがニュースレターを発行し始めた時の読者のほとんどは成人のどもる人だった。それが今では半数がどもらない人たちだ。そのことを考えれば当初の目的は達せられたといえる。言語障害関係者だけでなく、吃音とはあまり関わりを持たない人々の読者が増えつつあることはうれしい。今号の「読者の広場」のコメントは、言語障害関係者でもない、あるワークショップで知り合った人で、「自分で自分を認め、好きになるためのエッセンスが、このニュースレターにはたくさん入っている」と書いて下さっている。吃音を中心テーマとしながちも、「人として、今を生きる」ことを追求しているからだと思う。
 吃音をテーマに実践・研究することが、吃音でない全ての人々にも共通のものとなることを、《吃音者宣言》を出した頃から意識していた。どもる人のための大阪吃音教室には、吃音とは全くかかわりのない人も参加して下さったり、また本紙を読み、「より良く生きる」ための参考になったと喜んで下さっている。私たちが意識していたことが、実証されているようでうれしい。吃音と直接には関わらない人々の間に読者が広がっていくことを、まず喜びたい。そして、その輪をさらに広げる努力をしたい。

2)どもる人にとって役に立つこと
 どもる人の自分史、実践記録など、どもる人の生の声をできるだけ載せたいと願った。どもる人の生き方、生きるプロセスの中から、現在吃音の悩みの中にある人の生きるヒントがそこにあると信じていたからだ。自分の体験を綴ることをセルフヘルプグループ活動の大切な活動として位置づけて続けているのもそのためだ。実際に掲載できた自分史の数は少なかったが、断るつもりだった仲人の役を引き受け、当日までの取り組みを綴った体験には、共感の多くの感想が寄せられた。このような読みごたえのあるどもる人の自分史がもっともっと集まることを期待したい。

3)吃音研究および実践の交流の場とすること
 ニュースレターを吃音研究と実践の交流の場としたいという願いがあったが、当初はことばの教室の先生方の実践記録はほとんど掲載できなかった。吃音研究に関しても愛媛大学の水町俊郎教授の研究が掲載できたにとどまった。この点が現在の私たちのニュースレターの一番弱い部分である。吃音の研究者・臨床家との交流をより深め、研究・実践を数多く掲載できるようになりたいものである。

 わずか8ページのささやかな情報紙だが、私たちは毎号毎号、一生懸命に作っている。労がむくわれるのは、それに対する反響があった時である。読んでどのような感想を持たれたか、一番知りたい。一般の新聞には読者の広場欄があり、新聞と読者のコミュニケーションが常に行われている。その欄を読むたびに情報紙制作者として大変うらやましいと思う。
 私たちも読者ともっとキャッチボールをしたいと思う。当初の目的として、私たちの主張とは異なるものを含め、できるだけ幅広く吃音問題を扱いたいと願った。だから、私たちが投げかけるボールは直球もあるし、変化球もある。投げたり受けたりする中から「私はこう考える」というその人の考えが出され、ディスカッションできればうれしい。そのキャッチボールを通して、私たちが学べるからである。 1991.4.10


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/12