「吃音を治す・改善する」ではなく、「吃音と共に豊かに生きる」という僕たちの生き方・考え方を、深く理解して下さった吃音の研究者が二人いました。お二人とも、もう亡くなっていますが、内須川洸・筑波大学教授と水町俊郎・愛媛大学教授でした。お二人のことは、今後また紹介することになりますが、今日、紹介するのは、内須川先生の定年退官のときに書いたものです。どもらない人である内須川先生は、どもる人の心理をとてもよく理解されていました。押しつけがましいところは全くなく、さらりとしたつきあいを長くさせていただきました。プロイベートでも、僕たちとは25年以上、秋の2泊3日のグループ旅行を続けました。いろんなところを旅しました。そのプライベートの旅行をとても大切に考えて下さり、忙しい学会シーズンなのに、優先的にスケジュールを確保して下さいました。大笑いした旅先のできごと、真剣に語り合った合宿など、優しく、穏やかな笑顔を、懐かしく思い出します。
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水の若く淡き交わり
                            伊藤伸二
 「君子の交わりは淡きこと水の若く、小人の交わりは甘きこと醴(れい:甘酒)の若く」
                                 『荘子』

 一年に一度程度お会いするかしないか、普段は全く音信不通の状態なのだが、何か私たちがお願いした時には、快く応じて下さる。押しつけは全くなく、過度な情報提供も全くない。このようなおつきあいをさせていただいた中で、パンフレット『どもりの相談』、『人間とコミュニケーション―吃音者のために』(NHK出版)が出版できた。そして、1968年の夏に、私が大会会長として開催した、第一回吃音問題研究国際大会の顧問を引き受けて下さった。
 西ドイツのセルフヘルプグループと吃音研究者や臨床家の関係は厳しい対立が、イギリスのグループでは指導する側とされる側のはっきりした依存関係が見られた。海外の吃音の研究者・臨床家と成人のどもる人との関係は、敵対か依存かが少なくない。
 日本の吃音研究の第一人者、内須川洸筑波大学教授と私たちの関係は敵対でも依存でもなく「淡きこと水が若き」関係であった。それだからこそ、吃音の第一回国際大会を日本で開くことができたのだと思う。その国際大会。大会顧問として「こうしたらいいのに、こうあるべきだ」というものがおありになったであろう。しかし、「こうしたらどうか」式の押しつけは一切なかった。いろいろアイデアやアドバイスが過剰にされていたら、とても私たちは対処できなかったであろう。緊張し、自由に行動できなかったのではないか。自由に動けたおかげで、また大会顧問として後ろに控えていただいたおかげで無謀とも言えたゼロからの出発の第一回吃音問題研究国際大会は大成功を収めた。大会フィナーレ。舞台で満面に笑みをたたえて大きく両手をふり、拍手に応えておられた子どものようにはしゃいだ姿が忘れられない。
 このおつきあいの中から、吃音に悩む人とのつきあいにおける私たちのスタンスを学んだ。
 吃音に悩んでいる人であれば、私たちのセルフヘルプグループに参加すべきだとは私たちは考えていない。セルフヘルプグループが全てのどもる人に有効だとは思わない。人それぞれの考えがあり、私たちの「吃音はどう治すかではなく、どう生きるかの問題だ」との主張を受け入れられない人もあろうし、民間の治療クリニック、宗教、スポーツ、芸術、心理療法など、どのようなルートからでも吃音に悩んでいた人が、自分らしさを発揮し、よりよく生きていればうれしい。
 私たちだけが吃音に悩む人の為になっているという意識はない。しかし、吃音に悩む人が私たちを求めてきたら、私たちは最大限の努力と工夫をして応えたい。セルフヘルプグループが必要なときに、必要な人が、門をたたいてくれたらよい。
 ある研究者から、「あなたたちは吃音者宣言を出し、治すという目標を下ろしたのだから、具体的に何をすべきか、羅針盤を示すべきだ」と言われたことがある。吃音の悩みからの脱出は共に考えられても、その後の生き方は個々人の問題だ。私たちから「このように生きるべきだ」と押しつけるものではなく、押しつける必要もない。押しつけられることこそ迷惑だ。人それぞれよりよく生きる道は違うはずである。それは、個々人がみつけることだ。
 吃音に悩む人との交わりは、内須川教授から学んだ「淡きこと水の若く」でありたいと思う。
内須川本表紙4冊_0004内須川本表紙4冊_0005 この春、内須川洸教授は、筑波大学を定年退官される。学生時代から一貫して吃音を心理学の立場から研究テーマにされ、定年まで続けられた初めての人だ。どもる人間として、長年、吃音と、私たちと、つきあって下さったことに心から感謝したい。その感謝の気持ちを込め、昨年末、私たちが呼びかけ、『内須川先生の退官記念の関西の集い』を持った。水の若きつきあいの人々ばかりが大勢集まって下さり、心温まる集いができた。
 そのときのフィナーレに、内須川先生は「ありがとう」と、ことばをつまらされた。私たちも胸がいっぱいになった。ギブ・アンド・テイクがつきあいの基本なのに、私たちの一方的なテイクだった。いただいたことへのギブは、吃音に悩む人、どもる子どもたちにしていきたい。きっと喜んで下さることだろう。4月からの内須川先生の、新しい出発に乾杯!! 1991.1.31


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/11