論理療法 本表紙_0001論理療法 本表紙_0002 1981年『論理療法 自己説得のサイコセラピイ』(アルバート・エリス/ロバート・A・ハーパー著 国分康孝・伊藤順康訳 川島書店)と、1984年『神経症者とつきあうには―家庭・学校・職場における論理療法』(アルバート・エリス著 国分康孝監訳 川島書店)で、論理療法を初めて知ったとき、吃音と相性がぴったりだと思いました。
やわらかに生きる表紙 また、国分康孝教授の論理療法のワークショップで、アルバート・エリスの面接を受けているような気がして、その思いはますます強くなりました。1987年から、これまでと全く違う講座のスタイルの大阪吃音教室が始まって、論理療法、交流分析、アサーションが講座の中心になりました。その後、国分さんに紹介していただいた、筑波大学の石隈利紀さんに3日間のワークショップをしていただき、その記録は『やわらかに生きる―論理療法と吃音に学ぶ』(石隈利紀・伊藤伸二、金子書房)の本として出版しています。その後、石隈利紀さんとは、長くおつき合いしています。国分さんとの面接の経験から、どもる人と提唱者のエリスとの仮想面接を書いた、1990年9月30日の文章を紹介します。
 大阪商人につながる、大阪に住んでいるせいか、「損か得か」の迫り方は、効果があるようです。
 交流分析、アサーション、論理療法については、今後度々紹介することになるだろうと思います。


   
損か得か
                           伊藤伸二

どもる人: 『吃音者宣言』は、「吃音を治そう」とするより、「どう生きるか」を考えているようだが、とてもその姿勢についていけないのです。治るかもしれないのに、どもったままでいいなんておかしいですよ。
エリス: 君は、どもりが治らないと有意義な人生は送れないと考えているのかい。
どもる人: それはそうです。どもってバカにされ、笑われて、嫌な経験をいっぱいしてきたんです。治らないとお先は真暗ですよ。それにどもりじゃ、今の会社で出世もできませんよ。
エリス: そりゃ、今まで辛い、苦しいことがあったのは事実だろうが、それが将来もずっと続くとは限らないだろう。またどもっていても出世している人はたくさんいるから、どもったままでは出世できないというのは事実じゃないね。
どもる人: どもっていて立派な仕事をしている人はいるかもしれません。でも、それは特別な能力がある人ですよ。
エリス: それもおかしいな。何も特別な能力のある人たちでなくても、自分なりの有意義な人生を歩んでいる人は周りにいっぱいいるじゃないか。
どもる人: 人は人ですよ。私は、どもりは治さないと現実の厳しい社会で生きていけないと思うんです。
エリス: 君は今、どもっているわけだろう。現実の社会で現に生きているじゃないか。君は、どもっている今は死んだ状態で会社へ行っているというのか。
どもる人: そうじゃないけど、治れば、軽くなれば、今よりもっといい仕事が、もっと楽しい人生が歩めると思うのです。先生は私に、『吃音者宣言』のような生き方をすべきだとおっしゃるのですか。
エリス: 「〜すべき」とまでいうと論理療法では非論理的な考え方に入るんだ。「〜すべきだ」とは言わないが、その方が得だと思うよ。どれだけの訓練を、どれだけの時間すれば治るか分からないものを、また、これまでのどもる先輩たちが治らずにきたものを、つまり結果が分からないものに取り組むのかい。治ることを信じて使う時間的、金銭的、精神的エネルギーは大変だと思うが、治らなかったら損だよ。それよりも、よりよく生きるために、自分を高めるために、努力しろというのは、勉強や仕事や楽しい人生を歩むために努力しろということだから、どっちに転んでも損をしないじゃないか。

 もとよりこれは、論理療法の提唱者、アルバート・エリスの実際の面接場面ではない。架空の面接だが、当たらずとも遠からずだと思う。なぜ、このような紹介をしたのか。
 日本への論理療法の紹介者、国分康孝・筑波大学教授の論理療法のワークショップ(主催:日本人間性心理学会)に参加し、クライエント体験もし、改めて論理療法と私たちの考え方の共通点を見い出したからだ。
 「吃音に悩み、吃音に影響される人とそうでない人の差は大きく、その差に注目するところから、新しい吃音へのアプローチが探れる」と私は主張してきた。
 論理療法では、A(出来事)そのものがC(悩み)を生むのでなく、A(出来事)のB(受け止め方)によって、C(悩み)は変わるということになる。
 私たちの吃音への考え方に反発する人に、理想で迫るより現実で迫ってきた。つまり、「〜するべき」よりも「〜した方が得だ」との迫り方だ。論理療法でも「損か得か」で迫ることもあるという。また、論理療法は、全て考え方だけ変えればよいと狭く考えていない。A(出来事〉を変えることができるなら変えようとする。しかし、Aを変える前にまず、B(受け止め方)をしっかりとさせるのだという。
 吃音受容の取り組みに自信を深め、今広くコミュニケーションという立場に立って「ことば」そのものにアプローチしようとしている私たちの今の姿によく似ている。
 デモンストレーションの面接をしていただいた国分康孝教授とアルバート・エリスがだぶって、前述の架空の面接場面となった。 1990.9.30


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/9