新しい年を迎えて早1週間が過ぎました。コロナの感染拡大は止まらず、感染者数は、各地で、過去最高を更新しています。本日、東京近郊の1都3県に緊急事態宣言が発出され、大阪など関西2府1県も、その後を追う形になりそうです。毎日の報道に、気が滅入り、重苦しい気分になります。影響が生活に直結する人たちはなおのことだろうと胸が痛みます。
 例年、この時期は、3連休に行う「吃音を生きる子どもに同行する教師・言語聴覚士の会」の合宿の準備を忙しくしている頃です。「親、教師、言語聴覚士のための吃音講習会」の内容の検討など、1年間の予定を立てていたのですが、中止しました。また、その連休最終日には、年に一度の「伊藤伸二吃音ワークショップin東京」があり、吃音について、また自分の人生について、真剣に考える人たちと共にいい時間を過ごしていたのですが、それも中止にしました。「楽しみにしている、今年も参加したい」との連絡を何人かからいただいていたのですが、残念です。
 こんな中で何ができるのだろうか考えていきたいです。
 松元ヒロさん、朝ドラ「エール」の話題を挟みましたが、昨年来、紹介していた、以前、ニュースレターに書いた巻頭言を紹介します。1990年に書いた「自己主張」です。

アサーショントレーニング 表紙  1991年『青年心理751号 』の「アサーショントレーニング」の記事を読んで、「アサーティヴトレーニング」に強い関心を持っていた私たちは、平木典子先生に一日ワークショップで学びました。1993年、平木典子先生の『アサーショントレーニング―さわやかな<自己表現>のために―』(日本・精神技術研究所)が出版されました。その「さわやかな自己表現」の表現に惹かれて、1997年9月13〜15日に、また、平木典子先生を講師に迎えて、「アサーション」をテーマに吃音ショートコースを開きました。
 それをもとにした『話すことが苦手な人のアサーション〜どもる人とのワークショップの記録』(平木典子・伊藤伸二、金子書房)が出版されています。
話すことが苦手な人のアサーション 表紙 この一連のアサーションの学びの出発となる「自己主張」の文章です。

   
自己主張
                    伊藤伸二

 「どもりのくせにえらそうなこと言うな!」
 子どもの頃、言い争いでは必ず負けた。腕力にものを言わせても、この一言が出ることによってけんかは終わる。こちちがいくら正しくても、負けるしかない。何度も何度もこのようなことが繰り返されると、どうせ最終的には負けるけんかなら初めからしないでおこうと、言いたいことも言わず、自分が不当な扱いを受ける恐れがあっても主張しないパターンが身についてしまった。また、人から何かを頼まれても、したくないこと、できそうもないことでも、その人との人間関係が壊れることを恐れ、「ノー」と言えず、いやいやながらも引き受けた。一人ぼっちに、仲間外れになりたくなくて、いい子を演じてきた。
 学校で、悔しいこと、辛いことがいっぱいあった。時には泣いて帰ったとき、「男のくせに泣くな!」と父親に叱られた。反対に母親は「かわいそうだったね」と涙ぐみ、過剰に反応した。子ども心に親を心配させないでおこうと、どもって辛いこと、いやなことがあっても誰にも話さず、がまんした。自分の感情を出さずに生きてきた。
 自分を殺し、がまんをして生きることは、ある意味で生きやすい。しかし、生きているという実感は持てない。不全感を常に持ちながら子どもの頃を生きた。
 私はこのように生きてきたのだが、私と似たような体験を持つどもる人は少なくない。
どもる人自身が自分を主張できずに生きてきたと思っているだけでなく、周りの人もそう見ているということが、調査によって明らかになった。
 愛媛大学の水町俊郎教授の調査研究で、聴覚言語障害児教育の経験者が、「吃音児の特徴」を挙げた。もちろん、否定的なものばかりではないが、上位にあがったのは、次の項目である。

柔順…友だちの言いなりになる
敏感…繊細な子 周囲の言動を気にする
小心…臆病 おどおどしている
非社交的…友だちが少ない つきあい下手

 私たち大阪吃音教室では、自己の体験から、自己を主張することの大切さを知り、行動療法の一つ、主張訓練をプログラムの中に取り入れてきた。その成果があったのか、水町教授の調査では自己主張において、どもる人とどもらない人には差がない。むしろどもる人同士の間に差があるという興味ある結果が出た。吃音のとらわれの高い人ほど自己を主張することができないところから、水町教授も自己主張訓練の必要性を強調している。
 自己を主張することの大切さが必要なのは何もどもる人に限ったことではない。
 国際社会で生きていくのに必要な資質として、東京学芸大学海外子女教育センターの調査で、海外生活経験者は、第一に次のことを挙げた。

 「自分の考えをしっかり持ち、それを肩ひじ張らずに主張できること」(日本経済新聞1990.5.14)
 また「いい男になるための基礎講座」と銘打って昨秋開かれた「花婿学校」では、
*自分の要求を勇気を持って言えること
*「私はこう思う。あなたはどうなのだ」ときちんと話せることなどをいい男になるための条件として挙げている。(朝日新聞1990.5,22)

 人はいつまでも他人ばかりを気にしながら生きていくことに耐えられない。自分の本音を知り、表現し、主張する。そして他人の本音を受け入れる。自分を、他人を大切にしてこそ生きることが楽しい。
 あまり話せなかった私たちが、少し話せるようになると自信がつく。しかし、それが度がすぎると「しゃべりすぎる」ようになり、かえって人間関係がうまくいかなくなったことを経験した。自己を主張するあまり相手への気づかいがなくなり、「攻撃的」態度になってしまうことに気をつけたい。非主張的に生きてきた人が適切に自己を主張できるようになるのは、それほどたやすいことではなく、学習、トレーニングが必要なのである。
1990.6.30


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2021/1/7