どもり内観は、ナラティヴ・アプローチの外在化の手法のように僕たちは使っています。吃音について語るとき、自分の中の吃音を、ただ単に「どもりさん」と呼びかけるだけで、取り組むみんなには、吃音を客観的にとらえることができるようになっています。大阪吃音教室の人たちにとっては、,痢屬匹發蠅気鵑砲世話になったこと」を語るときが一番楽しそうです。そして、お世話になったことと比べて、して返したことの少なさに気づくことが多いようです。また、迷惑をかけたことをしっかりと振り返ることで、吃音との今後のつきあい方が明確になったという人がいました。実際に大阪吃音教室でみんなの発言を聞いていると、吃音の豊かな世界を実感することができます。
 前回のつづきで、△靴栃屬靴燭海函覆靴討△欧燭海函法´L堆任鬚けたこと を紹介します。

*どもりさんにして返したこと(してあげたこと)
・どもる自分を認めてあげた。
・どもりを否定しないようになった。
・どもっていても、積極的に他の仕事をした。
・吃音を職場で公表してあげた。
・プライベートでもどもりを話題にしている。
・どもりを好きになった。
・やんわりどもりは治らないと話した。
・話すことから逃げなかった。
・どもりは悪いものではないことを発信した。
・公立図書館でどもりの本を調べた。
・大阪吃音教室として、伊藤さんの本を、図書館に贈呈した。
・昔、どもりをからかった人を殴った。
・世間のどもりのイメージを変えた。

*どもりさんに迷惑をかけたこと
・長い間、どもりさんを否定していた。
・どもりさんを、かっこ悪いと思った。
・治そうとした。
・どもって、いらだって、人に八つ当たりした。
・話すことから逃げた。
・治らないと自分の人生は始まらないと思った
・しなければいけないことから逃げた。
・会話の中での沈黙をどもりのせいにした。
・仕事の選択肢の少ないことをどもりのせいにした。
・自分の全人格を否定した。
・お礼の電話をしないで義理を欠いた。
・失敗をどもりのせいにした。
・就職ができないのをどもりのせいにした。
・会話の中に入っていけず、盛り上げることができなかった。

§まとめ
 どもる人にとってどもり内観をする意味は大きい。どもりながらも生きているという実感をもつためには、社会への信頼が必要だ。社会は敵だと思ってしまうと厳しいし、ストレスとなる。自立して、社会と調和して生きるには何が必要かというと、アドラー心理学でいう、共同体感覚だ。

,△覆燭呂△覆燭里泙泙任いぁ(自己肯定)
△△覆燭楼貎佑任呂覆ぁ人はみな仲間だ。(他者信頼)
あなたには生きてきた力がある。他人に貢献できる力がある。(他者貢献)

 親や他者に愛された経験は「話を聴いてもらえた、受け入れられた」となり、自己肯定につながる。「迷惑をかけた」と思っていたことが、実は相手が「してくれた」ことだと思えたら、私たちはもう少し楽になる。「迷惑をかけた」ことばかりを考えていたら委縮してしまうし、自分を否定的に考えてしまう。
 内観によって自分が多くの人や物などに支えられ、生かされているという自覚をもち、他者信頼ができるということは生きる力となる。その経験は他者に対してお返しするという他者貢献につながる。
 「どもってもいい」と言われても、人を信じられなければ、どもれない。「人を信じたい」と考えるとき、内観は大きな力を与えてくれる。
 過去と他人は変えられない。嫌な出来事による自分の感情もコントロールできないが、自分の思考や行動を変えることはできる。自分の思考や行動を意識的に変え、生活の変化をもたらすきっかけとなる方法の一つが内観である。
担当&報告 徳田和史 (了) 「新生」2014年12月号 NO.470より


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/26