大阪吃音教室の講座で使っていた、論理療法の入門編と応用編の配布資料を紹介してきました。論理療法は、大阪吃音教室が金曜開催になった1987年4月当初から、吃音と上手につき合うための吃音講座の中心プログラムです。アメリカの言語病理学者、ジョゼフ・G・シーアンは、吃音氷山説の海面下の部分、吃音から受ける影響こそが吃音の中心的な問題だと提起はしましたが、それに対する具体的なアプローチを提案しないままに、亡くなってしまいました。アメリカでは、シーアンの考え方を受け継ぐ吃音研究者・臨床家がいなかったことが、残念でなりません。僕は吃音氷山説をさらに具体的に明確にして、吃音から受けるマイナスの影響と、吃音へのアプローチの方向性を明確にしました。
 吃音を否定することからくるマイナスの影響
 々堝亜ゝ媛擦魃し、話すことを避け、だんだん消極的になっていく
◆〇弭諭ゝ媛擦鯲瑤辰拭恥ずかしいものとし、吃音であれば何々ができないとの考え
 感情 どもることへの不安や恐怖、どもった後の恥ずかしさ
 この3つのうち、感情は結果として変わるものの、直接に感情にアプローチしても変えることは難しい。変えることができるのは、自分がとっている行動、自分がしている思考です。自分を縛り、幸せにしない考え方を変えるのに、論理療法は最適なのです。
 今日から、論理療法の具体的な実践について紹介します。
 どもる人が、仲人をするまでの心の記録があります。論理療法を活用した、とても分かりやすい記録です。それを紹介する前に、その記録を紹介しているニュースレターの、僕の巻頭言をまず紹介します。

  
論理療法実践−山より大きい猪は出ない
                              伊藤伸二

 もし、ここで一発出ると同点。昨年10月19日、130試合目のロッテ戦で阿波野が高沢に同点本塁打されて近鉄が優勝を逸した場面がダブる。しかし、この日の阿波野は違っていた。優勝を決めた後のインタビューで阿波野は次のように言う。
 「ああいう追いつめられたときに、山田さんや東尾さんのように笑って投げられればいいですね。昨年は打たれてはいけない、打たれたらダメだと考えすぎ、思いつめて、結局打たれてしまった。今年はあの場面で、打たれても命までとられるわけではないと考えた」 ここに昨年とは違う阿波野がある。「打たれたくはない。そしてできれば優勝もしたい。打たれないにこしたことはないが、懸命に投げた球が、たとえ打たれたとしても、残念だし、悔しいが、仕方がない。命まで取られるわけではない」このように考えたのであろう。 阿波野の肩から力みが消えた。併殺を成立させ、ピンチを切り抜けたことが近鉄の優勝に結びついた。これは私たちが学びつつある「論理療法」の世界だ。

 秋の訪れと共に結婚式シーズンが始まった。自分が企画したゴルフコンペでの挨拶さえ避けてきた、つまり、人前での挨拶を一切してこなかったどもる人が、阿波野のように考え、結婚式の仲人の役を全うした。「殺されるわけではない」が阿波野なら、彼は「山より大きい猪は出ない」と言い続け、自らの不安、恐れに対処した。奈良善弘さんの体験はそのまま論理療法の実践例として興味深い。
 アルバート・エリスは、論理療法を個人セラピーとして創案したが、「グループセラピーは個人セラピーに比べ、より効果的で、集中的で、能率的だ」として、積極的にグループセラピーもすすめ、3っの洞察を強調する。

1 私を不安・憂鬱にしているのは、『私』であるという洞察
2 「私が今不安・憂鬱であるのは、私が自分に非論理的な考えを言い聞かせているからだ」という洞察
3 「非論理的な考え方を捨てるには『努力、練習、実践』しかない」という洞察

 奈良さんは、仲人の依頼をされて不安・憂鬱になった。『厳粛な雰囲気の結婚式での挨拶では必ずどもる。だからどもる人間が仲人など引き受けるべきではない』と考え、7割方仲人を断るつもりでいた。『人生の困難はこれに直面するよりも避ける方が楽である』とも考えていた。その頃大阪吃音教室と出会い、論理療法を知った。グループでの話し合いの中で、それらの非論理的な考え方に気づき、それの粉砕に成功した奈良さんは、努力し、練習し、実践する。論理療法を知り、自分の非論理的思考に気づいても、それを粉砕し、論理的思考を定着させるには、実際の行動が不可欠である。
 10月10日の結婚式を目指して様々な実践を積み重ねた奈良さんだが、式の2ケ月前には再び、不安になり、憂鬱になった。そして、病気になったら仲人をせずにすむとも考えた。ここで再び自分に言い聞かせる。『できればうまく挨拶をしたい。しかし、たとえ、うまくできなかったとしても、自分なりに精一杯努力した今までの結果なのだから仕方がない。仲人がどもって挨拶したからといって結婚式がダメになるわけではない』
 結婚式の当日。結婚行進曲にのって、二人を披露宴の会場に案内するとき、足が震え、背筋がぞくぞくとした。そのとき「山より大きい猪は出ない」と何度も何度も自分に言い聞かせた。その結果、挨拶をしている自分でも盛り上がっていることが分かり、周囲に感動を与えて仲人役を終えることができた。自分を支えるグループがあったからこそ最後まで逃げずにこれたのだ、一人ではとっくに逃げていただろうと述懐する。エリスの言うグループセラピーの利点でもあろう。
 優勝しなければならない、日本一になってこそ巨人なのだと考えている巨人。日本シリーズに出ることだけでも幸せだ、楽しくやろうとしている近鉄。両チームの戦いぶりが楽しみである。
 参考 『論理療法に学ぶ』日本学生相談学会編 川島書店   (了) 
          「吃音とコミュニケーション」NO.9 1989年10月26日


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/11/14