サマーキャンプに参加できるのは、高校3年生までです。小学校4年生から連続9回参加した子が高校3年生になり、サマーキャンプに参加するのが最後になった年、急遽、サマーキャンプ卒業式をしました。青色の画用紙にメッセージを書き、卒業証書として渡しました。その後、毎年のように、卒業生がいて、きちんとした卒業証書を渡すことになりました。
 卒業証書を渡すと、子どもたちは、ひとりひとりあいさつをします。初めて参加したときの不安な気持ち、自分以外のどもる仲間に出会った喜び、吃音について自分について語り合ったうれしさ、一緒に参加してくれた親への感謝の気持ち、そして僕たちスタッフへの感謝の気持ち、あふれる思いを、涙をこらえながら、そのとき生まれてくることばを大切にして、話します。その姿はまぶしく、頼もしく、いつもいろいろなことを思い出して、僕も泣いてしまいます。
 この年、4人の卒業生がそれぞれにみんなの前で話をして、卒業していきました。
 このサマーキャンプは、決して楽しいだけのキャンプではありません。少し困難な課題に取り組み、みんなで成し遂げた達成感を味わい、それを自信にして、新しい道を歩み始める子どもたちを見て、続けてきてよかったと思うのです。

 この年のキャンプに初めて参加した大学院生がいます。今もつきあいのある原田大介さんです。原田さんの感想は、明日紹介します。
 
第16回吃音親子サマーキャンプ 2005年
  会場    滋賀県・彦根市荒神山自然の家
  参加者数  145名
 芝居    森は生きている(サムイル・マルシャーク)


   
楽しさと喜び

                 日本吃音臨床研究会代表 伊藤伸二

 「日頃どもることで苦戦をしている子どもたちに、楽しさをいっぱい与えるキャンプにしたい」
「吃音と向き合い、苦しい中にも、何かひとつのことをやりあげ、そこから子どもたちが喜びを見い出すキャンプにしたい」
 吃音親子サマーキャンプを始めた数年ほどは、児童療育施設の言語聴覚士のグループと実行委員会を組んでの取り組みだった。言語聴覚士のグループは、「楽しいキャンプ」を強く主張した。吃音についての話し合いや、厳しい劇の上演に取り組むより、遊びが主体で、表現活動をするにしても、自分たちでシナリオをつくり、楽器を使って楽しい無理のないものにと主張した。
 どもることで苦戦している子どもたちにとって、同じようにどもる子どもと出会うこと、そのことだけでも大いに意義あるものには違いない。
 しかし、吃音に苦しみ、吃音に向き合うことで吃音と共に生きる道筋に立つことができた私たちが取り組むキャンプは、難しいかもしれないが、一歩踏み込んだものにしたかった。楽しいだけのものにはしたくなかった。吃音と向き合い、苦手なことに挑戦し、そこで得られる達成感や充実感によって自信をもち、生きる力や吃音と向き合う力、表現する力が育つきっかけとなるようなものにしたかった。そこに子どもたちは喜びを見い出すだろうと信じていたからだ。
 このように、臨床家とどもる人間である私たちとのキャンプに対する基本姿勢はかなり違い、実行委員会は常に激論が交わされた。第一回のキャンプから、話し合いや、劇の上演は取り組まれていたものの、私たちとしてはかなり譲歩した内容で物足りなさを感じていた。数年後、いろいろな事情が重なり、言語聴覚士のグループと離れ、私たち単独の取り組みになったとき、現在の吃音親子サマーキャンプの原型ができあがった。それから10年以上、プログラムはほとんど変わっていない。
 初日の夜に第1回の90分の話し合い。2日目の午前中の120分は、作文教室でひとり吃音に向き合う。その後2回目の120分の話し合いがある。話し合うグループは年齢別に分かれ、ファシリテーターとして、臨床家とどもる私たちの仲間が入る。数年前、作文の時間に泣き出し、後の話し合いに参加できなかった女子高校生がいた。吃音でいじめられた体験がよみがえり、苦しくなったのだ。その後の話し合いには加わらず、ひとりで2時間ほど散策していた。その後は、劇の練習に加わり、精一杯演じた。「小さな子どもたちが劇に一所懸命取り組んでいる姿に、私もがんばろうと思った。今、とても気持ちが楽になった」と語っていた。
 話し合いも、ひとりで吃音に向き合う作文も、心楽しいものではないだろう。劇にしても、プロの演出家である竹内敏晴さんの脚本・演出で取り組む本格的な劇だ。大人のスタッフが合宿で竹内さんの演出指導を受けて取り組む。話し合いや遊びの時にはどもらなかった子がセリフを読み始めるととたんにひどくどもり、泣き出すこともある。
 このように子どもにとってキャンプは楽しいだけのものではない。しかし、子どもたちはもっと話し合いたい、劇が楽しかったと言う。ほとんどの子どもが最後までやりきる。
 楽しいキャンプも子どもたちにとって素晴らしいものには違いないが、それは与えられたものを受け取っているに過ぎない。私たちのキャンプは、子どもたち本人の努力が伴う。少し困難な課題に取り組み、それをみんなで成し遂げた達成感は、自信となり、次の課題に挑戦する力となる。キャンプで育った子どもたちは、思春期に再び苦しみ悩むという揺れは経験しながらも、「吃音を生きる」という道を確実に歩み始める。
 今年、キャンプを卒業した4人の高校生。どもることを恥ずかしいものと考え、吃音を隠すために話すことを避けて、劣等感を募らせ、みじめで暗かった私の高校生活とは全く違う子どもたちの明るい笑顔に、キャンプに楽しさだけでなく喜びを自分の力で見い出した子どもたちの素晴らしさと、その場を共に経験できた幸せを思う。(了)  (2005.10.22)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/9/13