吃音ボクサー

 NPO法人大阪スタタリングプロジェクトの例会である、大阪吃音教室で、就職問題について考えたとき、これまで大阪吃音教室に実際に参加した人の職業をホワイトボードに書き挙げていったことがあります。一般的には、どもる人は話すことの多い仕事を敬遠しがちだと思われているようですが、全く違いました。むしろ、話さなければ成り立たない仕事に就いている人が実にたくさんいたのです。教員は、幼稚園から小学校、中学校、高校、大学とすべていましたし、医師も、内科、外科、小児科、耳鼻科、眼科、泌尿器科など、ほとんどの科の医師がいました。看護師、薬剤師など、医療従事者もいました。警察官、消防士、海上保安官、バスガイドや添乗員、結婚式の司会業もいました。また、珍しい職種としては、プロの棋士もいました。愛媛大学教授の水町俊郎さんのどもる人の就労の調査でもあらゆる仕事に、まんべんなく就いていていることに、驚いておられました。

 今日は、ちょっと珍しい職業に就いた人の話です。プロのボクサーです。僕も、招待されて、この人のボクシングの試合を見に行ったことがあります。初めてのボクシング観戦経験でした。派手なガウンの彼が出てくると、大勢のファンが声をかけ、華やかな会場のリング上で輝いている彼は、いつも大阪吃音教室で見る彼とは別人のようでした。
 大阪吃音教室の作文教室の時に彼が書いたものを紹介します。


    
吃音ボクサー

 俺は高校でボクシングを始めた。
 中学の頃はひねくれていて、中途半端な奴だった。だけど、ボクシングをしてからは生活も性格も更生されていき、毎日が充実できるようになっていった。昔から多少あったどもりは、普段の生活では自分でも別に気にならない程度だったが、ボクシングでどつかれたダメージもあるのだろうか、徐々にひどくなっていった。
 だけど俺はボクシングが楽しくて仕方がなかったから、気にせずに強くなることだけを考えて毎日励んだ。高校の試合で成績を残せた俺は、中卒で働こうと思っていた頃には考えもしなかった大学にまで進学できた。ボクシングのおかげで勉強ができない俺も大学に行くことができたことに、自分も周りも本当に驚いた。
 大学でもボクシングの充実した毎日を送った。4回生になったときには、教員免許の資格をとるために大学から出身中学へ教育実習に行った。体育の教員としてだけど、保健の授業もあるし、体育館で何百人もの前で自己紹介や挨拶をしなければいけないし、ひどくなってきている吃音に不安が出てきた。
 そこで調べて、初めて行った大阪吃音教室は衝撃的だった。普段周りにはどもりがいないが、吃音教室に参加している人はみんなどもりで、なんか自分を見ているみたいで正直ショックだったが、反面、「俺だけやないんや」と安心でき、心強く温かかった。
 大阪吃音教室に行ったおかげで見事、俺の教育実習は成功した。ただ当時は吃音は治るものだと思っていたから、どもらないようにごまかしごまかしで、生徒に気づかれないように話し、うまく過ごした。
 その後は俺は教師になる道を選ばずに、大学卒業後は、プロボクサーの道を選んだ。最初はのびのび自分のしたいようにボクシングをしていたから、連勝しすべてKO勝ちで順調にランクを上へと登っていった。ボクシングは殴り合う、言葉のいらないスポーツだ。だけど強くなってくると周りが変わってくる。後援会やスポンサーもついて人前や目上の人と話す機会が増え、気をつかわなければならない環境になり、それが次第にストレスとなって自分のやりたいように戦えなくなっていった。それでも俺は勝ち続けていった。だけど下手な試合はできないから、俺は毎試合必死だった。
 そして4度、強くなるために渡ったアメリカでの武者修行。そこでガチのどつき合いをかなりして俺はだいぶダメージを受けてしまう。ボクシングの環境のストレスとパンチのダメージで、俺は前よりどもりがひどくなってきたように思った。
 そしてある時、試合後のリング上で、勝者のヒーローインタビューが行われたとき、俺はかなりひどく皆の前でどもってしまった。テレビ放送が予定されていたこともあり、俺は勝利したけれど、どもりを披露したことによってしばらく屈辱的な気持ちだった。
 そんなことがあってから俺はまた大阪吃音教室に行こうと思い、通い始めた。また行くようになったおかげでたくさんの方から助言もいただいたし、相談にものってくれたから、今では笑い話にできるくらいになって、ホントに良い経験をしたと思えるようになった。それからは周りにどもりを披露してしまったこともあり、もう吃音を受け入れるしかないから、前みたいに治そうとは思わなくなった。
 そして先日、俺はプロボクシングの道からグローブを置くことに決めた。アマチュアから入れてボクシング歴13年。チャンピオンにも挑戦し、ベルトこそ奪うことはできなかったが、様々な経験ができ、人脈も増えて、俺にはチャンピオンになる以上の財産ができたと思っている。多少ダメージは残ったが、本当にボクシングに感謝している。
 引退してからあるきっかけで、縁あってある刑務所で刑務官の訓練生の訓練を見学し、おまけに講演までさせていただくことになった。ちょうど前日に自分の結婚式があり、そこで挨拶もうまく成功していたので自信はあったが、刑務官の想像以上にすごい訓練を目の当たりにして圧倒され、すごく緊張した。
 最初に「俺は口べたです」と話してから、俺の生い立ちとボクシングで経験したことをどもりながらも熱く一生懸命話した。あんまりうまく話せなかったからちゃんと伝わったかなと不安だったが、皆さんは俺の話を一生懸命聞いてくれて、最後には花束や寄せ書きまで書いて、俺にサプライズでプレゼントしてくれた。皆さんからの、感動し刺激をもらったとの温かいメッセージに俺は感動し、ボクシングをしていて本当によかったと思った。それに、どもりだから逆に相手に伝わったのかもと思えてうれしくもなった。だからとにかく何でも一生懸命することが大事なんだと感じて、どもりも捨てたもんやないなと思った。本当にすばらしい体験になった。
 これからも俺は、無理して飾らず、自分のありのままで一生懸命に生きていこうと思う。
 ボクシング。最高の俺の青春でした。(了) 


 ボクシングを引退した彼は、その後、刑務所で講演をしたことをきっかけに、刑務官の仕事をしていると聞いています。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/8/6