コロナ時代を生き抜く旅 

 僕は子どもの頃から放浪癖があります。中学2年の夏の母親の「ひとこと」で僕は傷つき、学校にも家庭にも居場所がなくなり、その頃から全く勉強をせず、夜になると自転車で海岸に行き海を眺めたり、昼間は山に登ったりしていました。高校時代は不登校になり、三重県津市から名古屋までいって、警察に職務質問され、パトカーに乗せられたこともありました。とにかく、家にいない人間でした。そのころからの放浪癖で、大学4年生の時には、8万円で北海道の礼文・利尻島から、当時の最南端の島、与論島まで一人旅をしました。8万円で、3か月ですから、ほとんど無銭旅行に近い日本一周でした。
 2回目の日本一周は、大阪教育大学の教員時代に行った「全国吃音巡回相談会」です。35都道府県38会場で相談会を開きました。2回の日本一周と、全国各地でのことばの教室の担当者の研修会などで、北海道から九州まで、たくさんの所へ行きました。どもる子どもたちとのキャンプでは、島根、岡山、静岡、群馬、沖縄、千葉など毎年出かけていました。「吃音」の話をすること、どもる子どもや保護者、その人たちを支援することばの教室の教師や言語聴覚士に会って話すことが大好きなのですが、このようなイベントがうれしいのは、「旅」をすること自体が好きだというということもあります。
 しかし、コロナの影響でこれらがすべて中止になりました。旅好きの私には耐えられません。「ステイホーム」はなかなかできないのです。

 新型コロナウイルス対策の一環として政府が始める観光支援策「Go Toキャンペーン」、東京を除いて実行するようです。政府がこんなことを言い出したときには、感染拡大が止まったわけでもないのに、何を言っているのかと思いました。いわゆるアベノマスクも、特別定額給付金10万円のときもそうでしたが、僕たちの感覚とのあまりのズレにあきれるばかりです。収束の兆しすら見えない中、医療関係者の悲痛な叫びに近い訴えをどう聞いているのか、本当に理解しがたいです。ニュースで見た、東大先端研の児玉龍彦さんが声を震わせて「感染の危険性」を話していた姿は心に残りました。
 自らの命の危険を顧みず、コロナに向き合い、コロナと闘っている医療関係者には本当に頭が下がります。「ありがとう」の拍手や、飛行機のパフォーマンスよりも、もっと現実的に考えなければならないことがあるだろうと思います。昔のドラマ「家なき子」は見ていないのですが、「同情するなら、金をくれ」というセリフがあったように記憶しています。病院、医療従事者にこそ、お金を出すべきです。こんな、誰が考えてもわかりそうなことをどうして政府や政治家は考えないのか、不思議でなりません。
 コロナ感染者を受け入れたために、病院経営が悪化し、倒産の危機さえ言われています。医療従事者の給料がカットされるとか、ボーナスが出ないとか、病院そのものの維持・継続が難しくなったという話を聞きます。それはないやろと思います。政府が打ち出した「Go Toキャンペーン」にあてる費用の全額を、病院経営の建て直しや医療従事者の補償に回したとしても、誰も文句は言わないのではないでしょうか。コロナ感染者を引き受けてくれた病院が、そのせいで経営困難になっているなんて、絶対におかしいです。今後、ますます医療が逼迫するのではないかと懸念されています。そっちに大切な僕たちの税金を使ってほしいと強く思います。

 吃音を生き抜く力として、アーロン・アントノフスキーの「健康生成論」を学んでいます。アウシュビッツの強制収容所の過酷なストレスの中で、健康状態を維持し続けた人々に共通していたのが、「把握可能感(わかる)」、「処理可能感(できる)」、「有意味感(意味がある)」の首尾一貫感覚(SOC:センスオブコヒアレンス)です。
 新型コロナウイルスのような、未知なもの、得体の知れないものに対して、人間は大きな不安を抱き、恐怖を感じます。膨大に感染者が増え、感染経路が分かり、新型コロナウイルスに対する診断、治療、予防の研究が世界中でなされ、その症状、感染経路、対処法など、実態が明らかになるのに相当の時間がかかりましたが、多少「把握可能」になりました。感染予防策をとった上で、経済生活が徐々に再開され、日常生活を取り戻しつつあります。「処理可能感(できる)」が高まり、互いに感染しないようにみんなで気を配ることが、自分の、そして自分の大切な人の命を守ることになるとの「有意味感(意味がある)」が国民全体の認識になったとき、「withコロナ」の状態になります。

 僕は、後期高齢者で糖尿病で、とてもハイリスクです。自分が感染しない、人に感染させない一番確実で簡単な方法は、「家から出ない」ことです。しかし、子どものころから、放浪癖のある僕には、その選択肢はありません。徹底して「自分が感染しないよう、誰かに感染させないよう」にすることはできると信じて旅に出ました。宿泊しているホテルでは、ホテルでの対策を丁寧に説明し、私たちにも徹底して三密にならないよう、消毒やマスクの着用を求めました。
 こんな時期にあえて旅をするのは、これまでのたくさんの旅へのお礼の意味も込めて、僕たちなりの観光業界への恩返しでもあると思っています。
 旅といってもいわゆる観光地を巡ることはほとんどしません。1週間、2週間と一カ所に滞在し、ゆっくりと山や里、海や湖で「いい風に吹かれている」だけの旅です。2台のパソコンを持ち込んでの旅なので、一日中仕事をしている場合もあります。それでも、知らない町を歩いていたいのです。あと何年、元気で旅に行けるか分からない年になりました。僕の人生に彩りを与えてくれた「旅」「読書」「映画」は、コロナには奪われたくありません。
 旅の話は、明日以降に書きます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/7/20