武満徹さんの「吃音宣言」

 世界的作曲家、武満徹さんは、大阪教育大学特殊教育特別専攻科学生のぶしつけなアンケートに、ご自身はどもる人ではないにも関わらず、回答を寄せてくださいました。
 以前読んだ武満徹さんのエッセーは、どもらない人からの、肯定的にとらえた吃音として、僕にとってとても新鮮でした。
 武満徹さんのアンケートの回答と、僕が以前書いた「武満徹さんと吃音家」というタイトルの文章を紹介します。

 
武満徹さん(音楽家)
 私は吃音者ではなく、また、そうであったこともないのです。たぶん、私が「吃音宣言」(『音、沈黙と測りあえるほどに』 新潮社 1971年10月 に掲載)という文を、かつて書いたことがあるので、そう想像されたのだと思います。私は吃音者ではありませんが、吃音をある観念としてとらえていると思います。つまり、思想を肉化するために吃音すること−無意味な反復ではなく、変化しつづける状態としてありつづける(ものである)吃音を、自分の精神のものとすることが、たいへん大事ではないか、と考えているのです。
 吃音を肉体的障害として、それを矯正しようというのでは克股はできないと考えます。人間関係(政治的社会的)に障害をきたすものとして吃音を考え、そしてほんとうに吃音によってコミュニケーションはそこなわれているかどうか、そのことをじっくり考えてみる必要があると思うのです。吃音は肉体の問題と同時に精神の問題であり、そして、それはけっしてわたしたちを貧しくはしないと思うのです。
(第2回吃音ショートコース報告集 1974.8.7〜11 大阪教育大学特殊教育特別専攻科)


 
武満徹さんと吃音家
                  日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二

 「ダ・ダ・ダ・ダーン。 ……ダ・ダ・ダ・ダーン。
 ベートーヴェンの第五が感動的なのは、運命が扉をたたくあの主題が、素晴らしくどもっているからなのだ・・・・」
 武満徹さんのエッセー《吃音宣言》に出会って、すでに27年になる。このエッセーは、今なお私の中で生き続けている。
 どもりは悪いもの、劣ったものと思い続けて生きてきた。吃音矯正所の宣伝には、必ずどもりの悲劇が取り上げられ、早く治さないと大変なことになると脅かされた。
 吃音矯正所に通い、一所懸命どもりの矯正に励んだが、どもりは治らず、1965年、吃音矯正所などで知り合った人達と言友会を創った。
 大勢の吃音者との出会いの中から、少しずつ吃音への取り組みや、考えが変わっていく。
 武満さんの問いかける、どもりが本当にコミュニケーションの妨げになるのか問い直す作業が続く。どもりを隠さないで、話すことから逃げないで、恥じらいつつも自分を語れば、ことばはどもっていても、人は耳を傾けてくれることを知る。
 吃音矯正所でも、言友会でもどもりは治らなかったが、悲劇的なことは起こらなかった。自分なりの人生を歩むことができるという確信が徐々に育っていく。「吃音を治そう」とのスローガンはいつしか色あせていく。
 この大きな変化の時、武満徹さんのエッセー《吃音宣言》に出会った。新鮮な驚きだった。吃音に対する否定的な思いは少なくなりつつあったが、吃音をプラスとまでは考えなかったからだ。
 武満さんは「自分を明確に人に伝えるひとつの方法として、ものを言う時にどもってみてはどうだろう」とまで勧める。また、どもりは革命の歌だ、とさえ言う。吃音を肯定的にとらえた考え方との初めての出会いだった。
 それが、後の『吃音者宣言』へ繋がるとは、その時の私には思いもよらなかった。
 武満さんが、このように吃音をとらえるのは何故だろうか? 長年、音楽家同士としてつき合いの深かった、指揮者の岩城宏之さんは、次のように言う。
 「フルート二本のための曲でも、オーケストラ曲でも、不協和音でも、きれいな音でも、音符を三つ、四つ聴くだけで『あ、武満だ』と分かる。そんな自分だけの音を持つ作曲家は、ほかにはいない。また、ペラペラとうまく演奏するより、心のこもった演奏を喜んでくれた」
 この、武満さんの音楽家としての音へのこだわりと共に、出会った吃音者の影響も大きかったのではないか。《吃音宣言》は、羽仁進・大江健三郎さんというふたりの吃音者とのつきあいなしには、決して生まれることはなかったであろう。
 「親しい友人であるすばらしい二人の吃音家、羽仁進・大江健三郎に心からの敬意をもって」
 《吃音宣言》の冒頭のこのことばがそれを示している。吃音家とは、なんといい言葉だろう。エッセーを最初読んだ時には、この吃音家という表現に出会っても素通りしてしまっていた。
 私が、『スタタリング・ナウ』NO.4(1994.11.1)の巻頭で、ノーベル文学賞受賞の大江健三郎さんについて書いた時、「吃音に影響されずに生きている人にとっては、吃音者のレッテルは不本意ではないか」と書いたのは、大江さんを吃音者と紹介したことへの違和感からだった。27年ぶりに読んだ《吃音宣言》では、武満さんは、大江さんを《吃音家》と表現していた。
 2月29日、武満徹さんの告別式。「小説断筆宣言」をしていたはずの大江健三郎さんが、友人代表の挨拶でこう語った。
 「私は長編小説を書いて、あなたにささげようと思います」
       (『スタタリング・ナウ』NO.19 1996.3.11)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/7/4