大先輩・羽仁進さんの青春(4)どもりは個性の一部

 いろいろなところで、これほど自分のどもりについて書かれている著名人は多くないと思います。羽仁さんのことばは、刺激的でした。さて、最後は、どもりを個性ととらえていた羽仁さんのことばで、編集部の松本進さんが執筆してきた、月刊紙「スタタリング・ナウ」の特集記事を締めくくります。
 なお、今回で終了の予定でしたが、特別編として、僕が起草した「吃音者宣言」について、羽仁進さんが書いているものがありましたので、次回を最終回として、「吃音者宣言」と羽仁さんの感想を紹介します。

§どもりは個性の一部
 羽仁さんは、青春論の本も何さつか書いている。
 『青春を生きる』(大和書房)の「自己の個性を発見する」という項では、どもりは僕の個性の一部に過ぎない、と書く。

 
『このごろ、人生における試みは、可能か、ということを、しきりに考えている。僕は、歌手のエルヴィス・プレスリーの伝記を読んで、彼が、ほんとうは、金髪であったことを知り、非常に興味をひかれた。彼は、髪を、ほとんど紺に近いといわれる黒に変えたばかりではなく、気が弱く、不安におちいりやすいところのある性格をも、彼なりに努力して、ちがった表現をとるようになった。それは、なにも、彼がウソの自分をつくりあげているということではないのだ、と僕は思う。
 人間の個性は、たとえてみれば、氷山のようなものだ。氷山が海の上に出ているのはごく一部分であり、はるかに大きな部分は、海の下にかくれている。他人や社会から問題にされるのは、つねに海の上にある部分、つまり見えやすい部分だけだ。
 しかし、それはけっして、その人のすべてではない。ごく一部分にすぎない。いや、多くの場合に、人はそれほど目につく個性をもっていない。つまり海の下に、ほとんど全部沈んでいる氷山だってあるのだ。本人にとっても、いったい自分とは何なのか、何が自分の個性なのかと問われても、はっきり答えられないほうが、あたりまえだろう。
 子どものころの僕は、今より、もっとひどいどもりであった。そのころ他人の目につく僕の個性といえば、あるいはそのどもりだけであったかもしれない。しかし、よく考えてみれば、どもりは、なにもほんとうの僕自身ではないのだ。内向的なのか、空想的なのか、いや、そんな言葉にもあてはまらない何かが、僕の心の核にあり、それが他人と接したときに、どもりとなって出てくる。どもりも、また、その核に対してはひとつの仮の姿にすぎないのだ。
 より美しく、よりよい、姿は、ありえないのだろうか。僕は、僕なりにさがしもとめてきた。ほんとうの僕は、けっしてはじめから、見える形では存在しない。他人に見えないだけではなく、自分にも、その実在が信じられないくらいだ。こうでありたいという願いのなかに、わずかにその影を感じられるだけだ。しかし、その見えないものを、見えるものにしていかなければ、人間はほんとうに生きたことにはならないのだ。
 プレスリーにとっても、気の弱いと見えるものはけっしてほんとうの彼ではない。弱いものから、ダイナミックなものへと、よりほんとうの願いに近いものへと、からだごとねじこんでいくような彼の、人生における試みに賭けた姿こそ、じつはほんとうの彼にいちばん近いのであり、だからこそ、それを見た僕らは感動するのではないだろうか』
(『青春を生きる』大和書房)


【特集にあたって】 編集部 松本進
 羽仁さんの特集をまとめるにあたって、著書を何さつか読んだ。羽仁さんについては、何となく知っているようで、実はほとんど何も知らないといってよかった。
○映画監督で、素人の若者を主役にした映画や、アフリカで撮影した映画を何本も作っている。
○連発で吃りながらもニコニコして、一向にそれを気にしている様子がない。
○「どもりの子は『どもり』と呼べ」というユニークな文章を書いている。
ということくらいしか知らなかった。
 「どもりの子は・・」の文章はずいぶん前に読んだことあるが、それが載っている『放任主義』という本の他のペーシはほとんど読んだことがなかった。改めて、この教育論を読んでみて、どの項目も一見首をかしけたくなる逆説的なタイトルがついているが、じっくり読むとうーんと考えさせられてしまう。常識的な考えやものの見方のもつ、いい加減さをまっすぐに突いていて、説得力がある。「性の冒険をさせよ」「友情ほど頼りにならないものはない」「親は、子を捨てたいと思うこともある」など。
 この本で羽仁さんは、青春期までの体験ということを重要視しているのがわかるのであるが、では、実際に、どんな学校生活を送ったのだろうか?それがわかるのが、「自由学園物語」だった。
 私自身の学校時代を振り返ると、人前でしゃべる機会はとにかくできるだけ逃げ回った。生徒会活動など、最初から自分とは無縁のものと思い定めて、全く関心を持たなかった。しかし、特集記事の中の「自由学園」の項でも紹介したが、この学園はかなり徹底した生徒にょる自治が行われていた。この自由学園が戦前から存在していたことに驚くとともに、羽仁さんの吃音克服の秘密がわかった気がした。自由学園での体験が羽仁さんにとって、どんなに大きなものであったか、本当に羨ましいと思うのである。

【引用した著書】 
『放任主義』光文社
『新・家族論』三省堂
『自由学園物語』講談社
『人間的映像論』中公新書
『青春を生きる』大和書房

【羽仁進さんからの手紙】
 この特集記事を載せるにあたり、羽仁進さんに連絡をとったところ、次のようなお手紙をいただいた。
 
『お手紙うれしく拝見。じつはあなた方にも、一度ビデオ作りに興味をもって考えていただきたいと思っていたところです。表現の方法として言語onlyでなく、様々な手段を考えていくことは、吃音をもつ人間にとって役に立つ(私が映像の手段を選んだのも、無意識にそんな選択をしていたのかも)のではないでしょうか。
 一年に一度の発表会があります。もし東京におられる方がいらっしゃれば、ぜひ見て下さい。そうでなくても事務局宛にご連絡下されば(羽仁から聞いたと)、過去の入賞作品などお見せすると思います。 羽仁進』

               「スタタリング・ナウ」1995.1.20 NO.6

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/05/20