『放任主義』より  どもりの子は、「どもり」と呼べ

 日本吃音臨床研究会のニュースレター「スタタリング・ナウ」1995.1.20 NO.6で、【人シリーズ】として、各分野で活躍している(いた)どもる人を取り上げました。
 第1回目が、映画監督の羽仁進さんでした。「羽仁さんはその多くの著作の中で、自分のどもりについてたびたびふれている。それらを紹介しながら、どもりという視点を通しての羽仁さんの考え、また、人となりをみる」と、特集のまえがきにあります。
 その時の特集記事の、『どもりの子は、「どもり」と呼べ。』の項目は、抜粋だったのですが、せっかくなので、その項目の全文を紹介することにします。今、僕たちがどもる子どもと取り組む姿勢に通じるものがあります。ずいぶん前の本ですが、今読み返してもとても新鮮です。
放任主義の本の表紙
人シリーズ 羽仁進
 東京都生まれ。自由学園卒業後、共同通信社社会部、岩波映画製作所を経て、フリーの映画監督に。現在羽仁プロダクション代表。ブルーリボン賞など多数の映画賞を受賞。主な作品に「不良少年」「初恋・地獄篇」「アンデスの花嫁」「絵を描く子どもたち」など。『10分映画!運動』など映画による平和運動にも積極的に参加し、市民グループ「平和博物館を創る会」の代表理事。最近、30年にわたるアフリカロケの集大成とも表されるビデオシリーズ「動物に学ぶ−生きる」を発表。また、最新刊の著書は「羽仁進の世界歴史物語」。

§ どもりの子は、「どもり」と呼べ。

 ぼくは、どもりである。子どものころは、かなりひどいどもりであった。そのころは、子どもたちのあいだに、どもりが伝染するという説があった。そのころ、ぼくは野球で二塁手や遊撃手をやっていたが、盗塁するのをいやがる仲間がいた。セカンド・ベースにいるあいだに、近くのぼくからどもりがうつっては困る、というわけだ。事実、ぼくと仲のよかった男の子が、軽いどもりになりかかったことがある。人間には、本能的に模倣欲がある。他人の口真似をしてみたい欲求があるのだ。いまなら、CMの口真似でもするところだが、不幸にもその子は、いくらか珍妙なぼくのしゃべり方を真似してしまった。たしかに、どもりには伝染の危険があるらしい。ますます悪評が高まり、ぼくは学校でよくからかわれるようになった。
 からかわれた記憶が多いわりに、それによって心がひどく傷つけられたことがないのは、理由がある。ぼくは、家でどもりであることを、つねに意識させられてきたからだ。小学校にあがるずっとまえから家族の者から、「どもり」と呼ばれたことが何度もあった。
 ぼくは、けっして気の強い子どもではなかったから、「どもり」と呼ばれて、なんとも感じないわけではない。それどころか口惜しさで、顔を真っ赤にしている幼い自分の姿が、いまでも心の底には古びた写真のように焼きついている。はたして、父がどれほどぼくの幸福のためを思ってわざと「どもり」と呼んだのかは疑問である。父は、相手を見て手加減しない男だから、子どもといってとくに手心を加えることはしなかったのかもしれない。しかし、子どもにやさしい母までが、自分ではそんなことは言わなかったにしろ、父や妹の「どもり」呼ばわりを止めさせた記憶がぼくにはないのをみると、母には何かの配慮があったにちがいない。
 たしかに、その母の配慮の効果はあった。自分にとってもっとも身近な父や妹によって、自分の肉体的欠陥をいつも指摘されていた体験は、いわばぼくの心にとって、予防注射のような作用を果たしたのだ。ぼくは幼稚園にかよった体験はないので、小学一年生が家族以外の他人とつきあうスタートであり、そのときには相当に胸をおどらせていた。そのときはじめて他人に手ひどくからかわれていたら、へんな心の歪みが生まれたかもしれないのだ。
 妹たちにまで「アニキのどもり」と呼ばれるのは、たしかに腹立たしかった。しかし、これはぼくに、どもりについての別の視点をあたえてくれたのだ。たしかに、どもるのは事実である。いくら自分より年下で、よちよちしている妹から言われても、事実は否定すべきではないのだ。これも教訓のひとつ。だが、それだけではない。いくらどもりとからかわれても、だからといって、ぼくが妹よりだめな奴になったわけではない。どもりというひとつの欠点は、ただちに他の性質に影響を及ぼさないし、いわんや、ぼくという人間のすべてを否定してしまう力はぜったいにないのだ。
 このような教訓を得たのは、はじめての嘲りとの遭遇が、家庭という場で、しかも一抹のユーモアをたたえておこなわれたからであろう。もし、もっと酷薄なかたちでおこなわれたとしたら、ぼくはもっとひねくれたり、復讐心によって心の自由を失ってしまったかもしれない。つまり、どもりという単一の欠点が、別の欠点を作り出し、ついに人格の核心にまで影響をおよぼしたかもしれないのだ。
 ぼくの場合は「どもり」であったが、ほかにも、「でぶ」、「びっこ」、「めっかち」と子どもがひけ目を感じる要素はある。こんなとき親は、こまってしまうこともあろう。だが、愛情が率直な表現になることの効果も、忘れないでほしいと思う。
 数年間を、屈辱の中で過ごしたのちでも、ぼくには、自分のどもりと自力で取り組む余裕が残されていた。ぼくは自分のどもりを直視することにより、本を朗読するときは、どもらないことも可能なのを発見した。ほかのことを考えないために、どもらないらしいのだ。それを手がかりにして、いっぽうで、少しずつどもりを直した。今日では、どうやらこうやら用をたせる程度には、しゃべれると思っている。
 また、このどもりを直す努力を、自分ひとりでやった体験は、自分というものを客観視するというひとつの能力を、ぼくに授けてくれた。なぜどもるのか、それが自分の心の動き方と関係のあるのを発見したことが、ぼくという存在のもっている性格、「恥ずかしさ」を、ひそかに自分の心でみつめ直す力を、ぼくにあたえてくれたのだ。
 人間は、欠点を隠したがるものである。欠点を隠したり、欠点を直したりしようとする努力は、しばしば人間の能力を高める。しかし、それはあくまで本人の問題だ。親しい他人が、欠点に目をつぶるふりをするのは、親切のようで、本人への侮辱になる。欠点によっては、他人の助けがどうしても必要になる。必要な助けをあたえるのと、欠点をごまかしてしまうのとは、あくまで別なことだ。
 外国を旅していてよく見かけるのだが、日本の青年で、いまは前途をあきらめて、どうでもよいような暮らしをしているものが多い。出発のときの盛大な見送りを思うと、日本にだけは帰りたくないという芸術志望者である。彼らの先輩や親しい者が、欠点を指摘してやらないというその場かぎりの配慮、よけいなお世話に、だめになってしまった原因のあることが少なくないのを、ぼくは見た。
 愛情のある者ほど、その人間にとって嘘のない鏡になってやるべきだ。どもりの子は、「どもり」と呼ぶ。よけいな小細工は、鏡にはないほうがよい。
   『放任主義』(羽仁進 光文社・KAPPA BOOKS 1972年)


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/05/16