2020年5月9日(土) 午後11:00〜午前0:00(60分) NHK Eテレの「映画監督 羽仁進の世界」の続きです
羽仁進3
☆「絵を描く子どもたち−児童画を理解するために」
 子どもたちのシリーズとして、『教室の子どもたち』の次に撮影したのが、『絵を描く子どもたち−児童画を理解するために』でした。ある小学校の1年生の教室が舞台で、登場するのは、その教室の1年生の子どもたちと図画工作の野々目先生でした。8ヶ月にわたって、撮影されたそうです。初めはおそるおそるだった子どもたちの絵にも、いろいろな内容が盛られてきます。図画の授業を通して、表現することの楽しさに目覚めていく1年生の子どもたちと、それを温かく見守る先生の姿がいきいきと映し出されていました。子どもたちが書いた絵のカットだけカラーにした、斬新なものです。羽仁監督はここでも、集団になじめない孤独な陰をもつ子どもにねらいを定めていました。
 そのひとり、町野君は、内気で引っ込み思案で、初めは何も描くことができませんでした。

羽仁:全然紙に手をふれないんですよね。じっと、ただ見て座っているだけなんですよ。「変わってるな」と最初から、僕は、その子にひかれちゃって、それから3日くらいして、小学校に行くときに、その子と会った。何となく、その子は僕が気になっているなあと分かったらしく、初めて僕の方を振り返って、ちょっと笑った。僕はすごくうれしくて、その日、町野君は初めて絵を描いたんです。


 やがて、町野君は、誰もいない小さな家を繰り返し描くようになります。カメラはその謎をとこうと、教室の外での彼の姿を追いかけます。町野君は、ひとりで、夜まで、留守番をすることがあると話します。この映画で、町野君として紹介されていたのは牧野さんという人で、今は、居酒屋を開いています。その牧野さんが、「私は弱かったし、泣き虫だったし、恥ずかしいねえ。母子家庭で母親が働いていた。親の愛とかをあまり豊かには受けていないんで、絵なんか描いたこともないんですよ。それでとまどっている」と、その頃のことを思い出して語りました。
 撮影が進むにつれ、野々目先生と羽仁進さんに心を開いていく町野君は、殻の中に隠れていた顔を見せるようになります。先生に抱きつくシーンもありました。最初の画用紙を前に何もできないで固まっていた町野君の変化は驚くばかりです。

羽仁:朝行ったら、その子が、キリッとしたはりきった顔をしていたので、僕はカメラマンに「この子は今日、けんかする」と言った。カメラを据えてもらっていたら、3・4時間目に、その子は初めてクラスの1番の暴れん坊のところにけんかを売りに行った。あっという間に殴られて泣きながら帰ってきたけど、とにかく、けんかを売ったのがすごくて。


 このけんかが始まる瞬間をキャッチしてカメラを回し、暴れん坊に向かっていくところ、なぐりかかるけれど、反対になぐられて負けてしまい泣いている町野君の表情をばっちりとらえていました。その映像の素晴らしさ、観ている方がうれしくなるくらいです。
 町野君はそれから、大きく変わっていきました。そして、撮影が終わる頃には、落ち着いた色彩豊かな絵を描くようになったのです。
 「とにかく、大人は信用しないというのが、基本にあったのかもしれない。そのときも、その後も。ただ、この野々目先生と羽仁さんだけは信じていたんじゃないのかな。信じられる大人が何人かでもいたっていうのは、僕にとって幸せだったのかなあ」と、その頃を振り返りながら、牧野さんが、ゆっくり話されたのが印象的でした。
 生活が苦しく、周りの大人に恵まれなかった牧野さんにとって、1年生の時のこのドキュメンタリー映画の撮影を通して、信頼できる二人の大人に出会ったことが、その後の「生きる力」になっている。それが、次に紹介する羽仁さんのことばで分かります。

☆「生の瞬間」を撮りたい
羽仁:僕は、子どもたちの今あるあるがままを写すんじゃなくて、そこからちょっと飛び出す、その人自身も知らなかった「生の瞬間」みたいなものを撮りたい。ふだん、何も言わない黙っているような子どもの中に、何かあると僕は勝手に決め込んで、一緒に協力して、その人の持っている隠れている、自分でも分からないもの、それが出てくる瞬間を写したい。


 今、僕たちは、吃音の臨床は言語訓練ではなく、「どもる子どもとの対話」だとして、子どもとの対話を続けています。子どもとの対話は、何か目的、目標があるわけではありません。どう展開していくか予測がつきません。それでも対話を続けながら、その子どものもっている隠れている、自分でもわからないものが出てくる瞬間があると信じています。羽仁進さんの映像と同じです。好奇心をもって、対話を楽しみ、そこから出てきたものに驚き、感心する。とても楽しい営みです。
 羽仁さんのドキュメンタリーは、カメラを通して子どもと対話をしているようです。僕たちがどもる子どもと対話をしている姿勢や子どもに向けるまなざしと、羽仁さんの姿勢やまなざしに共通しているものを感じました。僕たちの子どもとの対話も、子どもと一緒にドキュメンタリー映画を制作しているようなものだと思いました。
 『どもる子どもとの対話−』(金子書房)を読んでいただければ、そのことが感じられるように思います。

 91歳の羽仁監督、生きていることが楽しいと語ります。若い頃、クイズ番組に出演し、軽やかに音を重ねて、どもっていた姿を思い出します。あんなふうにどもりながら話すことができたらと、憧れに近い目で見ていたこともありました。悲壮感などみじんも感じさせない独特の話し方をする、偉大な吃音の先輩の背中を追ってみようと思います。
 これで、NHK番組についての紹介は終わり、次回から羽仁さんの書籍や、僕たちに話して下さったことなどを紹介していきます。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/05/13