言葉を、感情を、人生を取り戻していく

 小学2年生の秋から吃音に悩み、学校に居場所がなくなった僕にとって、家庭は安全で、安心できる場所でした。ところが、中学2年生の夏に、僕が吃音を治そうと大きな声で発声練習をしていたとき、「うるさい、そんなことをしても、どもりが治るわけないでしょう」の母親のことばに、強い怒りがこみ上げ、母親をののしって家出をしました。その時から、学校にも家庭にも居場所がなくなり、勉強をまったくしなくなり、夜の町をさまよっていました。唯一の居場所が映画館でした。何度も教師や警察にも補導されましたが、夜の町をさまようこと、映画館に入り浸ることはやめられませんでした。悪い仲間がいたら、僕は確実に犯罪者になっていただろうと思います。僕の通っていた、三重県立津高等学校の近くに、少年鑑別所がありました。僕は、ここに入ることになるのかもしれないとの不安や恐れをずっともっていました。
 そんな経験があるので、少年院や刑務所に、他の人とは少し違う思いを持ち続けていました。そのため、この映画は、とても他人事とは思えずに見ていました。また、僕たちのセルフヘルプグループの活動に似た部分にも共感できました。

プリズンサークル 舞台となった刑務所は、島根県にあります。島根あさひ社会復帰促進センターの簡単な紹介を、パンフレットから抜粋します。

 
島根あさひ社会復帰促進センターは、官民協働の新しい刑務所だ。警備や職業訓練などを民間が担い、ドアの施錠や食事の搬送は自動化され、ICタグとCCTVカメラが受刑者を監視。しかし、その新しさは、受刑者同士の対話をベースに自分の侵した犯罪に向き合うことで、子どものころ虐待や育児放棄などの自分自身の過去とも向き合う。幼い頃に経験した貧困、いじめ、虐待、差別などの記憶。痛み、哀しみ、恥辱や怒りといった感情。これまで封印したきたこれらのことを表現する言葉を獲得していく。とても一人でできることではない。系統的なプログラムがあり、心理療法などの教育、訓練を受けたスタッフがいることで、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムが導入できている。4万人の受刑者の中で、希望者から選ばれた40名の仲間がいる。TCユニットと名付けられた、島根あさひの教育プログラムは、「サークル」と呼ばれる円座での対話から始まる。


 プリズンサークルのプログラムと、4人の受刑者がプログラムの中で、どのように変化して行くかを丁寧に追っていくこの映画は、セルフヘルプグループの活動に関わる人、様々な生きづらさを抱えている人に、是非見て欲しいと思いました。
 全体での大きなグループの話し合いと、小さなグループに分かれての話し合いがあります。ロールプレイやサイコドラマの手法を使うところもあり、いろんな意味で、僕たち、どもる人のセルフヘルプグループのミーティング、大阪吃音教室にかなり似ていると思いました。
 安心できる場の中で、一人が語るのを聞き、このように自分も語ればいいのかと、今まで話さなかった人が語り始める。犯罪を犯した刑務所の受刑者が、ここまで自分を語り、自分の罪に向き合うことができるとは思わないでしょう。自分に向き合う姿に、目を見張らされます。よくこのようなドキュメンタリー映画を作ることができたものだと、心からの敬意の気持ちがわいてきました。
 
 全体で話すときは、支援員と呼ばれる人がファシリテーターとして入りますが、小グループにわかれるときは、メンバー同士で話し合いがすすみます。エンカウンターグループのようでもあり、サイコドラマや当事者研究のワークのようでもあり、僕にはなじみのある場面がたくさんありました。登場する受刑者たちのことばは、確かにその人自身のことばであり、深いものでした。
 被害者の気持ちを考えるために、加害者と被害者の役割を交代して、対話をしていくシーンがありました。他の受刑者たちも、補助自我として入ります。自分が犯した事件なら、そこまでつっこめないだろうなと思うくらい、被害者としての思いを加害者である受刑者にぶつけているのが印象的でした。自分のことならつい甘くなってしまうのを、他人のことだとかなり厳しく突っ込んでいきます。その厳しい突っ込みはやがて、自分のこととしても受け取っていくのです。
 もうひとつ印象的だったのは、刑務所の外でも、この語り合いが続いていたことです。出所したTC修了者によって、3ヶ月ごとに集まっているシーンがありました。出所後の生活、どんな気持ちで毎日を過ごしているか、ひとりひとりが話します。周囲がもう少し温かい目で見ることができたら、社会の不寛容さがもう少し減ればと思うことが多いのですが、こうして、つまずきかけている人の話を、同じ訓練修了生の先輩たちが聞き出し、共感しながらアドバイスしているのはいいなあと思いました。ときに厳しく、ときに温かく、メンターの役割を果たしているのでしょう。

 4人の幼い頃の回想シーンは、砂絵のアニメーションで、やわらかくリアルに表現されていました。安心・安全な刑務所の中で初めて自分のことを、自分の被害経験を、そして自分の加害経験を語る姿に、今までの彼らの人生の中で、ちゃんと聞いてくれる人がひとりでもいたら、生きる道は変わっていたのではないかと思いました。

 この映画へのコメントを、パンフレットから一部紹介します。

 加害性だけを自覚し、強い意志で新しい生き方を目指そうとすることは、必ずしも罪を償うことにつながらない。むしろ、蓋をしてきた痛む過去を受け入れ、受け入れられることで、はじめて加害の意味に気づく。傷ついていた、という認識は、傷つけていた、という認識に先行するのだ。償うことは、過去を清算することではなく、過去とともに生き続けることだということを、この映画は教えてくれる。(熊谷晋一郎・東京大学先端科学技術研究センター准教授/医師)

 
円(サークル)を作って、語り合う。それだけのことができない今の日本社会。その縮図ともいえる刑務所(プリズン)での、貴重な治療的試みが記録された。
 受刑者たちの過酷な子ども時代の傷を、砂絵が優しさと切なさで包み込んでくれる。加害者がみな被害者だったわけではない。だが、人として村長される経験こそが、結局、人を尊重することにつながるのではないか。そう強く感じた。(宮地尚子・精神科医/大学教員)

 
人の苦しみがすべて他者との関わりから生まれるのなら、それを癒やすのもまた他者との関わりでしかあり得ない。他者と関わる手段は「会話」であること、暴力へのカウンターは「言葉」であることに改めて思いを巡らせました。全刑務所でTCが導入されればと思います。(ブレイディみかこ・ライター)


 この映画との出会いを作ってくれた小冊子『くらしと教育をつなぐ We』で、監督の坂上香さんへのインタビュー記事が掲載されていました。そのしめくくりで、「この映画をどんなふうに観てもらいたいですか?」の質問に、坂上さんはこう答えています。
 
「他者の本音に耳を傾けることで、言葉を、感情を、人生を取り戻していく−彼らの言葉に、じっと耳を傾けてみてください。劇場でできるだけ観てもらって、劇場がない地域では自主上映をすすめて。いろんな人に観てほしいですね。そして映画を観て感じたことを話し合ってほしいと思います」


 僕も、多くの人に見てほしいと思います。

 日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2020/2/27