第17回 吃音キャンプOKAYAMA 保護者からの質問に答えて4

ずいぶんと間が空いてしまいましたが、吃音キャンプOKAYAMAでの報告です。
最後のセッションは、保護者から出された質問に答えました。その続きです。

 
ライフステージによって、吃音はいろいろと変化すると聞いたが、どういうことが起こるのか、それをどう乗り越えていったのか、エピソードを聞かせてほしい。


 今回の大水害で、千葉など関東地方では、浸水しなかったとしても、いろいろ大きな被害があったようです。去年は、岡山の真備町でした。2011年の東日本大震災のとき、防災教育がきちんとされていた釜石では、学校にいた子どもたち全員の命が助かった。ところが、防災教育を徹底していなかった石巻市の大川小学校では、長時間、子どもたちを校庭に待機させておいて、教職員も子どももたくさん亡くなりました。これと吃音とは、似ていると思います。吃音は、予防教育だと思うからです。予防教育を徹底することです。どもるという言語症状を治したり改善したりすることはできないけれど、吃音のせいで逃げたり隠したりしないように予防することはできます。
 劣等感や劣等性を理由にして、口実にして、人生の課題から逃げることを劣等コンプレックスと言います。課題というのは、仕事、人間関係、そして愛だと、アドラー心理学は言います。僕の場合、話すことから徹底して逃げた。それで、思春期に何が起こるかというと、自分が何者かということがつかめない。勉強したり、遊んだり、努力したり、仲間の中で傷ついたり、けんかをしたり、仲直りしたり、そういうことを経験していないので、自分が何ができるのか分からない。勉強しない人間ほど、俺は勉強したらできるんだと言います。じゃ、やってみろと言うと、しないんですよね。僕がそうでした。そうなると、エリクソンのライフサイクル論でいう、自己同一性が形成されない。自分は自分だというのが混乱するのが思春期です。僕が一番悩んだのは、やはり思春期で、どもっている僕は僕じゃない、どもりが治ってから、僕の本当の人生が始まる、今は仮の人生を生きている、そんな発想をしていました。仮の人生を生きるのに、一生懸命努力する人はいません。本番の人生だから、一生懸命がんばれるのです。今を、仮の人生と考えてしまうことが、思春期の大きな課題と言えます。
 今年、吃音親子サマーキャンプは、30年になりましたが、小学校のときに、きちっと吃音のことを勉強していないと、思春期はそれでなくても、肉体的にも心理的にも怒濤の時代で大変です。昔からそうですが、今も変わっていないし、今の方がより以上に情報があふれているので、複雑で思春期を生きるのは難しいと思います。その怒濤の思春期を乗り越えるには、その前段階である学童期の社会心理的課題が達成されていないといけません。学童期にしっかりと吃音に向き合い、吃音について勉強しておくことです。学童期の課題は、勤勉性で、その対になる考え方は、劣等感です。僕は、その劣等感が強かったので、勤勉性はなく、勉強もしなかった。劣等感はなくす必要はなく、そこそこつきあえる程度、抱えられる程度にしておきたいと思います。
 水上勉という作家と話をしたことがあります。水上さんには、重い障害をもっている子どもがいました。子どもが生まれたとき、混乱を来して、それが重い荷物になって、自分の人生に覆い被さってきた。いろいろなことを勉強して、子どもをおなかで抱えた。背負っていたら、荷物は、めちゃくちゃ重かったけれども、抱えてみたら、これは自分でもつきあえるものだと分かって、すごく楽になったという話をしてくれました。そうか、僕たちと考えていることは一緒だと思いました。敵だと思っていれば、敵は巨大になっていくけれども、かわいいところもあるんだとかわいがっていけば、吃音はそんなに強敵ではない。これが、吃音の大きな特徴です。
 関節リウマチの友だちの話を聞くと、24時間、激痛が続くというのです。本人から話を聞かなければ全然理解できませんでした。切々と話す話を聞いて、理解ができました。関節リウマチのような肉体的に痛みのあるものなら、とても大変だけれども、幸い、吃音は痛みはないし、考え方を変えさえすれば、どもっていても、何も悪いことでも劣ったことでもなく、ちゃんとやれると思える。どもらないで電話をすることはできないし、どもらないで発表はできないけれども、どもっていいと思えば、電話もできるし、発表もできる。だから、吃音だからといって、できないことは何ひとつないと言い切ることができると思います。どもりのためにできないと言う人がいますが、それは、どもりたくないから、からかわれたくないから、そのことで傷つきたくないから、どもれないのです。どもる覚悟で、自分の人生を大切に生きるということができれば、思春期は乗り越えられる。
 子どもにはできるだけいろいろな物語を語ってほしい。社会に起こっている出来事、僕はオリンピックが大嫌いだけれども、オリンピックが好きだとしたら、パラリンピックでがんばっている人のこと、社会の中でがんばっている人の物語、ストーリーを、子どもに語ってほしい。僕の父親はそれを僕にしてくれました。子どもの頃から、感受性が強くて、涙を流し、想像力を働かせることが、今、僕が、生きていることにとても活きていると思います。想像力はとても大事です。
 今、東北地方で起こっている大変なことを、あんなの他人事だと思ったらそれまでだけど、世界中に紛争があり、いろんなことで多くの人が殺されていくということまで、想像できる人間であれば、自分の吃音ということも客観的にとらえ直すことができるでしょう。あの人よりも自分の方がましだと比べることではなくて、もう少し人生を考えることができるんじゃないかなと思います。思春期を乗り越えるには、劣等感を抱えきれる程度のものにするすること、そのためには何かに勤勉になり、何かを達成する経験をすることです。そのためには、子どもの強みを発見をして、強みを育てる生活習慣をつけてほしい。
 母親が、夕陽を見て、「きれいだね」と言ってくれたり、道を歩いていて、「キンモクセイの香りがしてきたね」と、季節のことを物語って聞かせてくれたことが、僕の感受性を豊かにしてくれました。人の痛みを知ったり、社会がいかに矛盾していても人は困難を抱えながらも生きているという現実を知ったときに、自分はどもっていたとしても、ちゃんと生きていこうという気持ちになってくれるんじゃないかなと思います。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/12/8