吃音親子サマーキャンプについて発表 日本コミュニケーション障害学会で その2

 日本コミュニケーション障害学会から依頼を受け、「グループの力」というシンポジウムに参加しました。そこでの話の続きです。

6.活動の3つの柱
 活動には次の3つの柱がある。ゝ媛擦妨き合うために、吃音について、グループで話し合う。表現活動、日本語のレッスンとして演劇に取り組み、最終日に上演する。子どもを支援するための、親の学習会をする。

6.1吃音に向き合う
 初日の夜に第1回の90分の話し合いがある。2日目の午前中の90分は、作文教室でひとりで吃音に向き合う。その後2回目の90分の話し合いがある。
 学齢期の低学年、中学年、高学年、中学生、高校生など同年齢のグループに分かれて話し合う。親もグループに分かれるが、子どもも親も、1グループは7人程度にしている。それぞれのグループには、ファシリテーターとして、臨床家と成人のどもる人がひとりずつ入る。初めて吃音について話したという子どもが多いのは、これまで、家庭でも学校でも、吃音についての話題が避けられてきたためである。聞いてくれ、話を整理してくれるファシリテーターがいて、何でも話せる自由な雰囲気の中で、子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分自身をみつめる。
 吃音についてどう考えているか、いじめられたり、からかわれたりしたことがあるか、そのときどうしたか、吃音のためにしなかったことはあるか、吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事をどう考えるかなど、年齢に合った話題が子ども自身から出される。
どう話していいかわからない初参加の子どもも、複数回参加の子どもの発言に、自分を語る表現の仕方を学び、話すようになる。話す喜び、聞いてもらえた喜びを感じ、私だけではなかったと実感する。また、ほかの子のどもりながらがんばっている姿や体験を聞いて勇気づけられて自分もやってみようという気持ちになる。
 このように、吃音と向き合い、吃音と共に生きる知恵と技術を学ぶためには、同じようにどもる子どもやどもる人と出会い、吃音について話し合うことが必要である。話し合いの中で、自分とは違う吃音についての考えや体験を知ることで、問題解決能力を身につける。吃音と共に生きる道を探る出発点に立つことができる。これが、「グループの力」である。
 親もひとりで悩んできたことでは、子どもと同じだ。子どもがひどくどもっているときどのような態度で聞けばいいか、からかわれたりいじめられたらどうすればいいか、将来の結婚や就職への不安が出される。子どもも親も、キャンプ複数回参加の先輩や、どもる人の体験を聞くことによって、吃音についてのこれまでの考え方に自ら検討を加えていく。

6.2からだとことばのレッスンと,劇の上演
 苦手にしている表現活動に挑戦することで、困難に立ち向かう力を、また、日本語の発声・発音について学ぶことで、表現する力を身につける。吃音に悩み、表現することを回避していると、声は小さく、不明瞭で、相手に届かなくなることがある。からだは緊張し、かたくなっている。
 キャンプでは、子どもたちと、からだとことばのレッスンに取り組み、表現活動、日本語のレッスンとして演劇に取り組む。キャンプ中にひとつの劇に子ども全員で取り組み、最終日に上演する。話し合いや遊びの時にはどもらなかった子がセリフを読み始めるととたんにひどくどもり、泣き出すこともある。話し合いとは違う吃音との直面になる。声が出ないとき、どのように声を出すかなど、対策を考えたり、ことばのレッスンをする。そして、最終日の上演では、誰もが緊張する大勢の前で、自分を支え切る。どんなにどもっても、セリフを言いきる。過去、劇の上演から逃げた子どもはいない。吃音を受け止め、支える仲間、大人がいるからである。
 宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」やミヒャエル・エンデの「モモ」など、子どもたちが興味をもって取り組めるシナリオを、演出家であり、「からだとことばのレッスン」で知られている竹内敏晴さんが書き下ろし、スタッフが、まず、竹内敏晴さんから、合宿で演出・指導を受ける。それを子どもたちに指導し、全員で取り組むのである。
 吃音の改善のためではなく、日本語のレッスンをする。子どものからだや声にアプローチし、相手に向き合うからだをつくり、相手に届く声が出るよう、生きる力となる声が出るよう、声とことばに取り組む。どもる子どもの中には、学校生活の中で、どもるがゆえに、せりふの少ない役や裏方の仕事をしてきたという子どもは少なくない。どもりながらも人前で演じることの楽しさを知り、声を出す喜びを味わう。どもってもいいという雰囲気の中で演劇に取り組むことで、表現力をつける。登場人物になりきって、動作をつけながら、楽しく演じ、かたくこわばっていたからだがリラックスし、細かった声が張りのある生き生きとした声に変わっていく。グループで、仲間と共に取り組むからできることである。苦手なことに取り組み、達成できた自信は、その後の学校生活に活かされているようだ。
 これらの子どものプログラムは、ある意味厳しいものである。作文の時間に泣き出し、後の話し合いに参加できなかった女子高校生がいた。吃音でいじめられた体験がよみがえり、苦しくなったのだ。その後の話し合いには加わらず、ひとりで2時間ほど散策していた。その後、気持ちの整理ができて、劇の練習に加わり、精一杯演じた。「小さな子どもたちが劇に一所懸命取り組んでいる姿に、私もがんばろうと思った。今、とても気持ちが楽になった」と語っていた。話し合いも、ひとりで吃音に向き合う作文も、心楽しいものではないだろう。このように子どもたちにとってキャンプは楽しいだけのものではない。しかし、子どもたちはもっと吃音について話し合いたい、劇が楽しかったと言う。
 楽しいだけのキャンプも、子どもたちにとっていい思い出になるには違いないが、それは与えられたものだ。私たちのキャンプは、子どもたち本人の努力がともなう。少し困難な課題に取り組み、それをみんなで成し遂げた達成感は、自信となり、次の課題に挑戦する力となる。キャンプで育った子どもたちは、思春期に再び吃音に苦しみ悩むという揺れは経験しながらも、「吃音を生き抜く」という道を確実に歩み始める。
 3年以上キャンプに参加した高校3年生には、卒業式が行われる。卒業生の発言する態度や、話す内容にはいつも感動する。吃音を恥ずかしいものと考え、吃音を隠し、話すことを避けて、劣等感を募らせ、みじめで暗かった私の高校生活とは全く違う子どもたちだ。明るい笑顔に、キャンプに楽しさだけでなく喜びを自分の力で見いだした子どもたちの力を感じる。

6.3親の学習会
 親は、親同士の90分2回の話し合いだけでなく、どもる子どもを支えるために、吃音の基礎的な知識や、吃音治療法の歴史、現在のアメリカの治療法などを学ぶ。また、子どもが今後困難な場面に合ったとき、どう対処すればいいか、その対処を支えるために、役に立つ考えや技法について学ぶ。
 これまで、交流分析、アサーション・トレーニング、論理療法、認知療法などを学んできた。また、親自身も、子どもと同様、からだとことばのレッスンに取り組み、最終日に子どもの劇の上演の前座として、声とからだで表現する。親のはじけた、大きな声の、からだをつかっての表現は、常に子どもたちを驚かせる。最近は、工藤直子の「のはらうた」を話し合いのグループで練習して、子どもたちの前で思い切り演じる。小学校の学習発表会以来だと、恥ずかしい思いをしながら演じる、普段決して見ることのない親の姿が、その後の子どもたちの劇の上演への勇気づけとなっている。話し合い、一緒に取り組む表現活動で、親も子もひとつのファミリーになっていくのである。

7.吃音親子サマーキャンプの特徴と効果
(1)楽しさを与えるキャンプではなく、ひとりひとりが喜びをつかみ取るキャンプ
 いわゆる野外キャンプのような遊びの要素はほとんどない。2日目の昼に2時間ほど野外活動の山登りがある程度で、90分の話し合いが2回、90分の吃音と自分をみつめる作文の時間の後のほとんどは、表現・日本語のレッスンとしての自分の声、ことばに取り組む。演劇は歌なども取り入れ、楽しんでできるように工夫されているため、子ども達は集中して取り組む。
 ハードなプログラムだが、子ども達は楽しかったという。与えられた楽しさではなく、仲間と共に、吃音に向き合い、ことばの課題に取り組み、何かひとつのことをやり遂げた達成感が、喜びとなり、楽しかったと実感できるのである。自分で困難な場面に向き合う自信がつく。受け身ではなく、自分の力でかちとったことに、喜びがわいてくるのだろう。

(2)ひとりひとりが主役
 スタッフは、募集はしていないが、キャンプの実践を知った言語聴覚士やことばの教室の教師など、九州や関東地方などから、自ら申し込んで毎年40名ほどが参加する。交通費を使い、参加費を払って、自分の喜び、楽しみのために参加するのだとスタッフは言う。
初参加のスタッフも、複数回参加のスタッフの動きをみながら、キャンプの輪の中に入っていく。
 保護者の中で父親の参加が多いのもこのキャンプの特徴だ。きょうだいも、きょうだいの話し合いがあり、演劇に参加する。だれひとり傍観者はいない。親は単なる付き添いではなく、話し合い、学習会、表現活動と、ハードなプログラムに取り組む。子どものための送迎のつもりで参加した父親が、自分が楽しみ、次回からは自らの意志で参加することも少なくない。
 ひとりひとりが、自分の力で喜びや楽しさを見いだしていく。子どもだけでなく、親、スタッフにとっても、意味のある体験となっている。

(3)複数回参加者が多く、初参加とのバランスがとれている
 話し合いや、表現活動などのグループ活動では、初めて参加する人と、複数回参加している人を組み合わせてグループを作る。話し合いの中で、このバランスがいい雰囲気を作り上げている。どもる子どもたちは、自分の問題を自分のことばで話していく話し方を先輩から学び、親は他の親の体験を聞くことで自分だけではなかったと安心し、子育てのヒントを学んでいく。

(4)困難に立ち向かう力・吃ったときの対処
 同じようにどもっていても、自分が今まで尻込みしていたことに挑戦している子どもの話を聞くと、勇気づけられ、がんばってみようという気持ちになる。どもって困ったときにみんながどんな工夫をしているのか聞くこともできる。友だちから「なんでそんなしゃべり方なの?」と聞かれたとき、どう答えるかなど、ヒントや参考になることが多い。

(5)違う体験、考え方に出会い、価値観が広がる
 吃音についての考え方も、将来への不安や展望も、ひとりひとり違う。グループだからこそ、自分と違う考え方をしたり、体験をしている子どもと出会うことができる。いろいろな違う体験を聞くことによって、自分の行動や考え方を転換、修正、広げていくきっかけになる。どもっていても大丈夫だと変わっていく。

8.キャンプの成果−グループの力
仝鋲箸ら解放され、気持ちが楽になる
∀辰傾腓Δ海箸如体験を整理することができる
B召旅佑┐箏亳海鮹里襪海箸如価値観が広がる
さ媛擦閥Δ棒犬るモデルに出会う
サ媛擦鮃猟蠹に捉え、対処法が身につく
 子どもたちは、スタッフの成人のどもる人たちが、どもりながら説明したり、演劇の指導をする姿をよく見ている。小学生は中学生の中に、中学生は高校生の中に、生きたモデルを見いだしている。自分なりに明るく豊かに生きる成人の姿を見ることは、子どもにとっても、親にとっても、「どもっていても大丈夫」だと実感できることにつながるようだ。さまざまな活動と、話し合いを重ねる中で、子どもたちは、徐々にどもる事実を認め、吃音を隠したり、逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、練習したアサーション・トレーニングを実践し、対応することができるようになる。たった3日間の経験だが、学校生活に活かすなど、私たちの予想をはるかに超えて子ども達は力をつけていく。
 親も、どもっていても、明るく前向きに生きる中学生や高校生、成人と出会い、その人たちと話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。将来、屹音が治らずとも、自分なりの人生を歩んでいけることを実感する。目の前に具体的なモデルがいるからである。成人のどもる人と、言語聴覚士やことばの教室の教師などの臨床家がいることが、親や子どもに安心感を与える。リラックスした雰囲気でプログラムに取り組むことで、以上のような成果があがる。

9.課題
 キャンプの成果ばかりに焦点をあてて述べてきたが、当然うまくいかない例もある。中学生や高校生で不登校になっている子どもは、親や教師がどんなに勧めてもキャンプに参加しないことが多い。思春期はそれでなくても不安定な動乱の時期である。これまで話題にもせず、向き合ってこなかった吃音に向き合うことは難しい。相談があった思春期の子どもにキャンプを勧めても、実際に参加するのは1割もない。中学生以上の子どもの参加をどう促すかが今後の課題である。同時にそれは、学童期に吃音に向き合うことの必要性を示している。
 また、キャンプに参加しても、問題が解決するわけではない。また、私たちの考え方を受け止められない子どももいる。しかし、一度キャンプに参加することで、免疫力がついていると、私は信じている。卒業した高校生も、将来吃音に悩むこともあるだろう。その悩みの中で、揺れ動きながらも、卒業生が、スタッフとして参加したり、近況を報告してくれる。「吃音を生き抜く力」をつけているのがわかる。一定期間だけの関わりではなく、成人し、結婚して子どもができてからも、長いつきあいが続いている。いつでも困ったときは、メールでも電話でも相談にのっている。

10.おわりに
 「グループの中では、吃音についてこんなことまで話すのか。私は今まで何をしていたのか。ちゃんと聞いてやっていたのか」と自問することばの教室の教師がいる。このようにグループにはグループの良さがあるが、1対1の指導にも、個別臨床の良さがある。その両者が上手く機能したとき、よりよい吃音臨床が展望できるだろう。1対1の臨床と、グループとは違うが、グループでなければできないことがあるのも事実だ。それが「グループの力」だ。

*子どもの感想でしめくくる。
・「高校生もどもってた。僕もどもっていいの」(7歳)
・「何でどもりになったのかと暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
・「2年の頃、よくからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだとわかってから、発表ができるようになった。からかわれたら、『それがどうしたんだ』と言い返します」(10歳)
*高校3年生になり、サマーキャンプの卒業を迎えた時の作文教室で書いた高校生の作文を紹介する。
・「やっぱサマキャンの力はすごい」(高校3年生女子・東京)
 サマーキャンプに小4で初めて参加してから早くも卒業という時期を迎えてしまいました。今までの自分の吃音を振り返ってみると、いろいろなことがあったなと思います。小さいときに、友だちの家のインターホンを押したときに、自分の名前が言えなくて泣いて家まで帰ったこと、小4で代表委員に立候補し、全校生徒の前で自分の名前がなかなか言えなくて泣いたこと、小学校の音読で最初の音がなかなか出せなくて、すぐ終わるような文章を何分もかかってしまい、その場から逃げ出したかったこと。他にもここに書ききれないくらい吃音で嫌だったこと,苦しかったこと,泣いたことはいっぱいありました。そのたびに吃音のことを憎んでたし、吃音じゃなかったらこんなに苦しい思いはしなかったのにと何度も思っていました。でもそのたびに吃音サマーキャンプのことを思い出して、「自分だけじゃない。みんなもがんばってるんだ」と思って、サマーキャンプに早く行きたい気持ちでいつもいっぱいでした。
 サマーキャンプに参加してからも中学くらいまでは、吃音の原因がどうとか、治したいという気持ちが全くなかったわけではなかったけど、今は原因とかどうでもいいし、治したいとは思いません。それでも日常では無意識に言いやすいことばに換えて喋っちゃってるんですけどね。
 それでも吃音に対して前と考えが変わったのは、吃音親子サマーキャンプのおかげだと思っています。これから吃音で嫌なことはいっぱいあると思います。人前でも堂々とどもれるのにはまだ勇気がいるし、吃音から逃げることができないけれど、今までどうにかなってきたんだから、これからだって失敗はいっぱいするだろうけど、やっていけると思っています。そう、信じています。

参考文献
平木典子,伊藤伸二.(2007).話すことが苦手な人のアサーション.金子書房.
石隈利紀,伊藤伸二.(2005).やわらかに生きる一論理療法と吃音に学ぶ.金子書房.
伊藤伸二.(2008).どもる君へいま伝えたいこと.解放出版社.
伊藤伸二.(2004).どもりと向き合う一問一答.解放出版社.
水町俊郎,伊藤伸二.(2005),治すことにこだわらない,吃音とのつき合い方。ナカニシヤ出版

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/9