ライフサイクルからみた吃音 その2

 1998年11月に、女性ライフサイクル研究所発行の「女性ライフサイクル研究」特集:今、子どもたちの心と社会は に掲載された論文の続きです。1998年に書いたものですが、そのまま掲載します。
 吃音親子サマーキャンプのこと、参加者の2人の子どもに焦点を当てて、書いています。
子どもの変化、子どものもつ力を感じました。


5.吃音親子サマーキャンプ
 キャンプには、一般的なキャンプで行われる野外活動や、野外炊事などの楽しい行事の他に私たちならではの、二つの大きな活動がある。

◇どもりについて困ったことなどを、オープンに話し合う
 学年別にわかれて5名程度をひとつのグループにしての話し合いで、子どもたちは、学校で困っていることや嫌な体験などを実によく話す。そんな場合はこうしたという他の子どもの体験に耳を傾ける。親は、子どもがこのように考えたり、悩んだりしていたことは全く知らなかったという。
◇日本語のレッスンと劇の上演に取り組む
 吃音が完全には治らないまでも、声が出やすくなること、話しやすくなるようにできないか。私たちはこの10年、竹内敏晴さんの《からだとことばのレッスン》に取り組んできた。私たち自身がレッスンを受け、楽に声が出るようになったり話しやすくなったりした経験から、このレッスンを、子どもたちと共に、劇の稽古と上演という形で取り組む。劇の稽古を嫌がり、セリフの少ない役をしたがった子どもたちも、同じようにどもる子どもが一所懸命取り組む姿に接し、だんだんと声が出始め、最終日に大勢の前で上演をする。どもりながらも最後までやりきったこと、聞いていた親や教師が正当に劇の上演やそれまでの稽古について評価することで、自分にもやれるという自信が少しつくようである。学童期の勤勉性に結びつく、これまでできないと避けてきたことに挑戦する、何かに一所懸命になることを共に経験するのである。
 「どもるのは私だけじゃない。それを知ってほっとした」
 キャンプに初めて参加した子どもたちは、口を揃えて言う。子どもたちは、これまで同じような悩みをもつ子どもとほとんど出会ってこなかった。成人のどもる人がひとりで悩んできたように、どもる子どもも、誰にも吃音についての悩みを話せず、ひとりで悩んでいる。
 「どもりのことをいっぱい話せてよかった」
 これもキャンプに参加した子どもたちの声だ。年齢別に分かれてのグループミーティングの中で、子どもたちは実によく吃音について話す。どもることでからかわれたり、いじめられたりの辛い体験が話されると、じっとその話に耳を傾ける。吃音との対処の話し合いになることもある。他人のどもる姿も、体験を聞くのも初めての体験だ。どもる子どもは、子どもたち同士だけでなく、親や教師とも、吃音についてオープンに話し合うことはなかった。吃音について一切触れず、話題にしてこなかったという親は多いからだ。それは、「吃音を意識させてはならない」の幼児吃音についてのひとつの指導が、かなり定着しているからだと言える。ことばの教室でも、吃音を直接の話題にしているところはそれほど多くない。

 キャンプでは、同年齢の子どもたちだけでなく、小学生、中学生、高校生、大学生、社会人と、各年代のどもる子どもやどもる人に直接出会い、生活や意見を聞くことができる。どもる子どもは、高校生や大人のどもる人と話し、共に行動することを通して、具体的な自分の将来をイメージすることができる。
◇キャンプに行くときは、ことばがつまることがはずかしかったけど、自然の家に着くと、みんながつまっていたのでほっとしました。子どもも大人もつまる人がたくさんいました。
「発表のときに、ことばがつまるのが、はずかしいです」とぼくが言うと、「ぼくも、いっしょや」と言ってくれました。(小学3年生)
◇何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった。(小学4年生)
◇2年の頃、よくみんなにからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだと分かってから、発表ができるようになりました。からかわれたら、「それがどうしたんだ」と言い返します。(小学4年生)
◇この2泊3日間、みんなの前で堂々とどもれたことがなんといっても一番うれしかったです。まだ、「私はどもりです」と学校の友達やクラスのみんなに言えないけれど、それを言える日もそう遠くないと思います。(女子高校2年生)

 どもる子どもは、「どもってもいいんだ」というメッセージを吃音親子サマーキャンプで受け、その後の生活の中で徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり逃げたりせず、学校でいじめやからかいにあっても、主張的に対応することができるようになる。
 吃音を受容し肯定して生きることが、楽しい雰囲気の中で無理なく浸透していく。

6.僕、どもっていいんか 倉田悠樹(小学3年生)の場合
 「高校生の人もどもってはったなあ」「悠樹君、その人のお話聞いててどう思った?」「なんとも思わへんかった。お母ちゃん……僕、どもってもいいんか」「ええんやで、どもっても」母親は、うれしくて、ほほ笑みながら答えた。
 吃音親子サマーキャンプから家に帰ってからの、母親と小学校3年生の悠樹君との会話だ。悠樹君はキャンプ中、他の子どもたちとなかなか交われず、独自の行動をしていた。話し合いのときも、虫がとんできては騒ぎ、会話の流れを阻害することが多かった。芝居の練習も、何度も邪魔をし、他の子どもから抗議を受けていた。
 このキャンプは彼にとって意味があったのだろうか。スタッフ会議で話題になっていた子どもだ。悠樹君がキャンプの後、吃音についてこのように母親と話していたことは、母親の感想文で知った「どもってもいいんやで」これは、私たちが一番、子どもたちに伝えたいメッセージだが、話し合いにまじめに参加することなく、他の子どもたちから、問題児やと言われていた彼が、そのメッセージを受け止めていてくれたとは。子どもたちは、問題児やと言いつつも、彼を無視することはなかったのだろう。彼はグループの中に常にいた。ふてくされたような、恥ずかしいような態度で、劇の上演の時も、彼は彼なりのスタイルでそこにいたのだった。
 「どもってもいいんやで」
 「そのまんまのあなたでいいんだ」
 その子どもの存在を、現在の姿を、丸ごと肯定する。今のままでも自分は認められている。存在することができる。これが、どれほど大きな意味をもつか、「そのままのあなたでいい」全てのことに優先して、これがこなければ、治らない、あるいは治りにくい障害や病気、自分の力ではどうしようもない事柄をもった人にとっては、辛いことなのだ。
 私たちは決してことばへの直接的なアプローチを否定しているわけではない。むしろ、とても大切なものと考え、実際、サマーキャンプでも、ことばのレッスンや表現としての芝居に取り組む。しかしそれは、吃音症状ではなく、〈声〉に一緒に取り組むもので、「どもっている、そのままのあなたでいい」が前提にある。症状に注目し、吃音を治してあげたい、軽くしてあげたいと取り組むことは、その子の吃音を、ひいてはその子自身を否定することにもなりかねない。
 吃音親子サマーキャンプは、吃音を受容するという明確な信念をもったスタッフの、明るい雰囲気の中で行われている。だから、その子どもにとって意味があったのか心配していた子どもが、私たちが一番大切にしているところを感じとっていてくれたのだろう。
サマーキャンプそのものが、そのような装置となっていることになる。

7.初めての友達−保坂由貴(小学4年生)の場合
 「私の大好きな友だちはいっぱいいる。だけど、その中で一番好きなのは、私と同じどもりの女の子だ。名前は、みほちゃん。私が生きてて初めてとても気が合う友だちだった。けど、その子とは、1年に1回しか会えない。その1回とは、サマーキャンプの事だ。」 吃音親子サマーキャンプに参加した母親からの手紙に、子どもが学校で書いた作文の一部が紹介されていた。キャンプに来る前、親子は、《どもり》ということばは使ったことがなく、なるべくその事には触れないできた。児童相談所の吃音を意識させてはいけないという指導があったからだ。意識させずに、なんとか吃音を治したいという思いを一杯もってキャンプに参加した。
 「初めて母娘ともに、同じ悩みをもつ多くの人と出会い、私達だけじゃないという思いと、そして、真剣にどもる子どものことを考えて下さる多くのスタッフの存在を知ったことは、私の大きな支えになっています。キャンプから帰ってから由貴もみちがえるほど明るくなったのですが……」帰りの新幹線の中で、母と娘は初めて吃音について話し合い、「どもってもいいじゃないか」と母は娘に言えるようになった。しかし、夏が終わり学校が始まると、キャンプの時とは違って、実際にどもるのは娘だけだ。「どもってもいい」がどれだけ娘の支えになるか空しく感じたという。そんな中、4年生後期の代表委員に立候補して由貴ちゃんは当選する。母は内心びっくりしながら、自ら立候補したその勇気を褒めた。
 ところが、その夜、布団の中で娘はこう言う。
 「代表委員にならなければ良かった。今度の全校集会での自己紹介の時、きっと言葉が詰まってしまう……」
 「言葉がどもってもいいじゃない。ママは、代表委員で頑張ろうと思った由貴ちゃんの気持ちを素晴らしいと思う。どもっても由貴ちゃんは偉いよ」
 今度は、心から母はそう答えることができたと言う。
 そして、4年生の3学期の終わりに学校で書いたのが、「ともだちと自分」のこの作文である。保坂さんは手紙をこう結んでいる。
 「半年以上も前、たった3日間の交流しかなかった伊藤美穂ちゃんが、今でも娘の心の中で、大きな支えになっているんだと思いました」
 この保坂さんの手紙には、セルフヘルプ・グループの最も基本の大切なことが含まれている。
 「あなたはひとりではない」
 「あなたはあなたのままでいい」
 ひとりどもりに悩んでいた頃は、どもるのは本当に自分ひとりのように思っていた。
他にいるだろうとは想像すらできなかった。仮に想像できたとしても、実際に出会うのとは全く違うことだろう。
 セルフヘルプ・グループの人たちは、「同じような悩みをもつ人との出会い」の喜びがいかに大きなものだったか口を揃えて語っている。
 ゆきちゃんにとって、同じようにどもるみほちゃんとの出会いが、学級代表に立候補する後押しをしたのだろう。そして、辛いことがあったとき、みほちゃんのことを思い出したことだろう。
 吃音について一切話題にせず、吃音が治ることを願っていた母が、子どもに「どもってもいいじゃない」と心から言えたというのは、すごいことだ。「あなたはあなたのままでいい」は、セルフヘルプ・グループの最も大切にしているコンセプトだ。
 娘は「私はひとりではない」と実感でき、母は、心から「そのままのあなたでいい」と言う。セルフヘルプ・グループのもつ意義の大きさを改めて思った。

8.おわりに
 子どものための療育キャンプの歴史は古く、現在も様々なキャンプが行われている。ことばの教室や親の会が企画する言語障害児キャンプの中にどもる子どもが参加するという形では行われてきたが、どもる子どもだけを対象にしたものは全くなかった。また、どもる当事者が企画運営するキャンプとなると世界的にも例がない。小学生・中学生・高校生・大学生・成人と各年代のどもる子どもやどもる人が一堂に集うことも珍しい。
 日本全国から参加するようになり、100名近くが参加する大きなキャンプに成長しつつあるのはそのためだが、ことばの教室の教師や、スピーチセラピストが大勢参加するようになったことは喜ばしいことだと言える。当事者ならではの発想と、当事者ならではの企画のこのキャンプの意義をいわゆる専門家が認めつつあるということだろう。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/7