ライサイクルからみた吃音

 30回を重ねてきた吃音親子サマーキャンプ、たくさんのどもる子ども、その保護者に会ってきました。いろいろなドラマがありました。それらのエピソードを拾いながら、吃音親子サマーキャンプについて、いろいろなところで書いてきたのだなあと改めて思います。

サマキャン 竹内 出会いの広場 15%

 今日は、1998年11月に、女性ライフサイクル研究所発行の「女性ライフサイクル研究」特集:今、子どもたちの心と社会は に掲載された論文を紹介します。1998年に書いたものですが、そのまま掲載します。
 女性ライフサイクル研究所は、1990年、村本邦子さんにより開設された心理相談・研究機関で、村本さんは2014年まで所長として勤められ、現在は立命館大学教授をされています。
 この論文はかなり長いので、2回に分けて掲載します。
 前半の今日は、はじめに/ライフサイクルからみた吃音/学童期の課題/セルフヘルプ・グループで得たもの
 後半の明日は、吃音親子サマーキャンプ/僕、どもっていいんか/初めての友達/おわりに です。

1998.11.1 女性ライフサイクル研究所
   女性ライフサイクル研究 第8号 特集:今、子どもたちの心と社会は
                  
     どもっているそのままでいい−吃音親子サマーキャンプ
                     日本吃音臨床研究会 伊藤伸二

1.はじめに
 日本吃音臨床研究会が取り組む吃音親子サマーキャンプは、今年で9回目を迎えた。当初、近畿地方だけの、20人程度の参加者でスタートしたこのキャンプは、ここ数年、北海道や九州などからの参加もあり、全国的な広がりを見せ、100名近くが参加するようになった。どもる子どもだけでなく家族ぐるみで参加するのが特徴である。
 この吃音親子サマーキャンプは、どもる人の体験、およびどもる人の長年のセルフヘルプ・グループの経験がもとになっている。
 なぜ私たちがキャンプに取り組むようになったのか。キャンプで出会う子どもたちを紹介し、吃音親子サマーキャンプの意義と使命について探ろう。

2.ライフサイクルからみた吃音
 アイデンティティの概念で知られるE.H.エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分け、その段階ごとに達成しなければならない発達課題を設定した。エリクソンは人がそのライフサイクルの中で、次の段階に進むか、あるいは逆行したり横道にはずれたりするかの分岐点をそれぞれの発達段階の危機として表した。例えば、0才から1才頃の乳児期の発達課題を基本的信頼対不信の対の概念で表し、この危機において基本的信頼が不信を上回って優位な力をもつと、その危機を乗り越え、次の段階へ進むとした。
 エリクソンは、思春期がライフサイクルの中で最も波乱に満ちた時期で、自分が何者であるかがあいまいになったり、何がしたいか分からない、思春期、青年期の危機を同一性対同一性拡散として表した。
 エリクソンのこの自我同一性の危機論を待つまでもなく、多くのどもる人が吃音に悩むのは、思春期および青年期である。どもる自分が認められず、吃音を隠し、話すことを回避することによってモラトリアムの状態になる。つまり、どもっている現実の世界は仮のものであり、吃音が治ってからの人生を夢見る。高校に行けなくなり、通信制の高校に転校したり、退学して引きこもる。また、社会人になって厳しい現実に直面し、出社できなくなり、退職し、結果として引きこもる。最近このような高校生、社会人の面接が多くなってきた。
 吃音が思春期および青年期前までに治ってしまうものであるならば問題はないのだが、幼児期にどもった経験をもつ子どもの50%が自然治癒するものの、小学校入学時まで吃音症状が消失しなければ、吃音が完全には治ることは極めて難しい。
 治らないものを隠したり、吃音と直面することを避けることで、自我同一性はますます拡散していく。どもる人の悩みは、思春期の発達課題を達成できないままに成人期それ以降の人生を歩むことにある。
 常にどもる自分に不全感をもち、吃音を隠し、日常生活を送っていると、自己実現とはほど遠い人生を歩んでしまうことになり、吃音の悩みをずっと持ち越すことになる。このような吃音の現状をかえりみたとき、どもる自分を肯定し、自己を受容して生きることがその人の自己実現に結びつく。
 どもる人の自我同一性の形成こそ、吃音の最大のテーマなのである。

3.学童期の課題
 それぞれの段階の前段階の課題が達成されたとき、初めて次の段階に進むことができるというエリクソンの発達論からすれば、思春期・青年期のどもる人の自我同一性の形成には学童期が重要な意味をもつ。学童期の課題が達成できないで、思春期を迎えると、つまり有能感よりも劣等感が勝ると、自分が自分であることがつかめず、吃音を否定し、自己を否定することで、自己同一性が形成されないのである。
 エリクソンは、この学童期を、学ぶ存在であるといい、発達課題を勤勉性対劣等感で表した。勤勉性とは、何も勉学だけにとどまらない。精一杯何かに取り組むとか一所懸命何かをすることである。学ぶ喜び、何かに取り組む喜びを味わい、困難なことに立ち向かい、そのプロセスの中で解決していく喜びを持てると、劣等感に勝る有能感が獲得される。
 私は、基本的信頼感をはじめ学童期以前の発達課題は達成していたが、学童期に勤勉性よりもはるかに劣等感が勝った。学童期の課題が達成できなかった。強い劣等感から、自分を主張できず、消極的になり、友人は全くいなくなった。学級での役割はほとんど果たさず、授業中分かっている答えでも、どもるのが嫌さに「分かりません」でしのいだ。
 現実生活から逃避しては、自分の正当な力がつかめない。自分が何者なのか、何をしたいのか分からない。私の学童期の劣等感は、思春期に大きく影響を与えた。自我同一性の形成ができず深刻に吃音に悩んだ。つまりどもる自分を肯定できずに、吃音が治ることばかりを夢見た。当然現実の生活から逃げ、吃音と直面することはなかった。
 吃音の劣等感により、吃音に向き合うことも、行動することも、何もできずに閉じこもっていた私が、学童期の課題を達成できたのは、セルフヘルプ・グループでの活動によってである。セルフヘルプ・グループの活動は、私にとって、生ききれなかった学童期をそのまま生きたことになる。これは多くのどもる人が共通して経験することでもある。
 セルフヘルプ・グループを作った21歳から私の学童期が始まったと言える。

4.セルフヘルプ・グループで得たもの
 公的な治療機関のない中で、私は吃音を治したいとの切なる願いをもって吃音民間矯正所に通った。必ず治ると宣伝する治療機関で、吃音は治らなかったが、どもる人同士が出会ったことは大変大きな意味をもった。ひとりで悩んでいたが、私だけではなかったのだと、まずほっとした。
◇いたずら電話と間違えられて切られた。
◇得意先から、「電話を代われ」と怒鳴られた。
◇どもるために結婚を反対され、好きな人と別れた。
◇学科試験ではいい成績で合格したが、面接でどもりを治せと言われた。
◇どもりを治さないと首にすると社長から言われた。
 どの話を聞いても、「僕もや、その気持ち分かる」という話ばかりだ。これまで、消極的、無口と言われていたのが嘘のように話す。話すことが、話を聞いてもらうことがこんなにうれしいことか。人と一緒にいることで、こんなにやすらぎが得られるものなのか。吃音は治らずとも、同じような人と出会い、誰にも言えなかったどもりについて話せ、友達ができたことで私は満足した。それほど、同じ悩みをもつ人々との出会いは大きな意味をもった。せっかく出会えた人たちと、離れ離れになりたくない。吃音について話し合えた友と別れたくない。そのためには、どもる人の会を作るしかない。1965年秋、私はその治療機関で知り合った仲間と、どもる人のグループ、「言友会」を作った。セルフヘルプ・グループという概念は日本では全く使われていなかった頃のことだ。

 セルフヘルプ・グループでは次のことを経験した。
ゝせちや、吃音の情報について分かち合うことができた。
 ひとりで悩んでいたのでは、誰にも悩みは話せない。このように同じ体験をしている人がいることなど、想像すらできなかった。多くの同じ悩み、体験をもつ人との出会いで、気持ちの分かち合いだけでなく、吃音に関して、吃音治療に関しての情報交換ができる。想像していたのとは違い、吃音が治りにくいものであること、治療法が確立されていないこと、などが明らかになっていく。
行動を通して、多くのことに気づくことができた。
 セルフヘルプ・グループの活動は、幅広く行われる。グループの発展のために、これまで電話を一切してこなかった人が新聞社などに電話をかける。ミーティングで司会をする。活動を通して、これまでどもるのが嫌さに話すことを避けてきた人たちが、どもりながらもどんどん話すようになる。どもっていれば、人にばかにされるに違いない、親しい友ができるはずがないなどと思っていたのが、活動し、行動する中で、それは自らを縛っていた思い込みであったと気づく。
 これらセルフヘルプ・グループの活動の中で、自分自身にも、同じ悩みをもつどもる人にも言い続けてきたことは次の3つに集約ができる。
 「そのままの私で(あなた)でいい」
 「私は(あなたは)ひとりではない」
 「私には(あなたには)力がある」
 このセルフヘルプ・グループでの経験を、今、学童期や思春期にいる子どもたちに伝え、ともに体験したい。吃音親子サマーキャンプはこうして始まった。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/6