吃音親子サマーキャンプと、人間性心理学

 吃音親子サマーキャンプの申し込み受付が始まりました。芝居のための事前レッスンに参加するスタッフからの申し込みや、問い合わせも入ってきています。
 30回という数字は、欠かさずずっと参加している僕にとって、感慨深いものがあります。長いような、あっという間だったような。
 毎回、思うことですが、出会いは一期一会、丁寧に準備し、当日を迎えたいと思います。

 前回は、日本特殊教育学会での発表を紹介しましたが、他にも、学会での論文があります。今日は、日本人間性心理学会の特集記事として、依頼を受けて執筆したものです。

 特集のテーマは、〔特集:私たちの人間性心理学を問う〕でした。アメリカの人間性心理学会(AHP)の会員が中核として共有している価値観について、ホームページで記述されていたことから、このテーマでの特集が組まれました。各の研究者が異なった内容を研究していたとしても、この中核として共有している価値観でつながっているという内容で、その価値観、Core Valueとして、次の5つを紹介しています。 
 /祐屬梁左靴反祐屬硫椎柔の発展への情熱 ⊃誉犬魯廛蹈札垢任△蝓∧儔修靴討い襪發里箸靴討陵解 スピリチュアルなもの、直感的なものへの慈しみ ぅ┘灰蹈検爾侶鯀瓦気悗侶莪奸´ダこΔ鮗茲蟯く深刻な問題の認識とそれらの建設的改善への希望と責任
 実際、この特集で執筆している人も、さまざまな分野の方でした。それぞれが自分の研究を通して、この5つの大切な価値観を共有していることを実感できるものになっていました。


  人間性心理学研究第15巻第2号
      1997年12月 日本人間性心理学会 〔特集:私たちの人間性心理学を問う〕

  そのままのあなたでいい−セルフヘルプ・グループで学んだこと−
                    日本吃音臨床研究会  伊藤伸二

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 病気や障害があると、治したい、障害がなくなればと考えるだろう。病気や障害が日常生活を著しく生き辛くさせていれば尚のことである。しかし、現実には現代医学、科学の進歩をもってしても、解明できないことや治せないものは少なくない。治らないもの、治りにくいものに対して、人はどう向き合えばよいのか。
 近年、同じような悩みや生活上の困難を共有する人達が、様々なセルフヘルプ・グループをつくり、体験を分かち合い、自分らしく生きることを模索している。グループは、障害、病気、依存症や嗜癖、死別など、多種多様である。1960年代の日本に大きな流れとしてあった障害者団体、患者会とはかなり違う動きである。前者は施策要求の活動が主であり、組織そのものに焦点が当てられた。後者は、組織よりもメンバーひとりひとりの、互いの人間的な成長に焦点が当てられている。そして、グループの多くが、従来の病気や障害を治したり、悩ませている事柄をなくすという発想に対し、「そのままのあなたでいい」という新たな価値を生み出してきている。
 「あなたはどのような人間性心理学を実践しているか」の編集部からの問いかけに、筆者の言語障害者としての体験と、その後のセルフヘルプ・グループを通しての実践を振り返りたい。それが、AHPのCore Valuesの照合になればうれしい。
 
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 筆者は20歳すぎまで吃音に深く悩んだ。吃音を恥じ、隠し、話すことから逃げた。「吃音は治るはずだ」と専門機関で治療を受けた。吃音は治らなかったが、その機関で多くのどもる人と出会い、自分の悩みを話し、聞いてもらえる初めての経験をする。この喜びを、ひとりのものにしたくない。筆者は30数年前、どもる人のセルフヘルプ・グループを作った。世話人として活動する中で、自分自身が吃音の悩みから解放されていった。
 セルフヘルプ・グループに大勢のどもる人が集まり、体験を語り、その体験を整理していくと、これまで信じていたことが間違いであることに気づき始める。

ゝ媛擦慮彊は未だ解明されず、すべてのどもる子どもやどもる人に100%有効な治療法はない。
⊆N鼎鮗ける、受けないにかかわらず、治っていないどもる子どもやどもる人は多い。
A瓦討里匹發訖佑悩んでいるのではない。明るく健康に自分らしく生きているどもる人は多い。吃音から受ける影響は、症状の程度によるよりもむしろその吃音をどう受け止めているかによる個人差が大きい。

 これらの事実が明らかになるにつれ、グループの活動に質的変化が起こる。「吃音を治す」から「吃音を克服する」へ、「吃音と上手につきあう」へと目標は変化した。吃音だけでなく、病気や障害や生き辛さを感じている人々は、それぞれのセルフヘルプ・グループの体験の中から、「そのままのあなたでいい」という価値観を育んでいる。治らないもの、治りにくいもの、個人の力ではどうしても解決できないものに対して、治したい、治そうとすることがいかにその人を生き辛くさせ、自分らしく生きることを阻んでいるか、多くのセルフヘルプ・グループの仲間たちは知っているからである。

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 E.H.エリクソンは、学童期は「学ぶ存在である」として、発達課題を《勤勉性対劣等感》で表した。勤勉性とは、「精一杯学ぶとか、一所懸命何かに打ち込む」ことだが、劣等感を強くもつと、困難なことに立ち向かい、そのプロセスの中で解決していくという喜びがもてない。筆者の学童期は、劣等感のかたまりであり、どもりを嘆き、授業中いつ当てられるかの不安に脅え、どもるからと全ての役割を拒否し、消極的に生きた。学童期の課題が達成されなかったために、思春期にアイデンティティの確立ができなかった。
 アイデンティティの拡散は、現在その人を悩ませるだけでなく、将来に大きな影響を与える。思春期の前段階である学童期の子どもたちに、私たちのセルフヘルプ・グループの中で得たものを伝えたい。吃音親子サマーキャンプは8年前に始めたが、今夏は、全国から92名が参加した。大きなキャンプに育ちつつある。
 成人のどもる人が悩みの中にあった頃、ひとりで悩んできたように、どもる子どもも、誰にも吃音についての悩みを話せず、ひとりで悩んでいる。どもる子どもの指導に、「どもりを意識させてはならない」があり、吃音が話題にされなかったからだ。サマーキャンプでは、どもって笑われたり、いじめられたりした経験や、したいことでしなかったこと、もし吃音が治らなかったらどうするか、将来の仕事についてなど、年齢別に分かれて話し合う。成人のどもる人も自らの体験を話す。同じ悩みをもつ者同士の語り合いの中で、子どもたちは実によく話し、他人の体験に耳を傾ける。また、作文を通して自分を語る。
 苦手にしていた演劇に取り組むことで、どもりながらも表現する喜びと、劇をつくりあげていく達成感も味わう。その中から、吃音は、恐ろしいものでも、解決できないことでもなく、直面することによって解決できるということを学んでいく。
 どもる人のセルフヘルプ・グループによって企画、運営されるこのキャンプには、小学1年生から大学生まで、各年代のどもる子どもやどもる人が参加する。どもる子どもをもつ親は、各年代の子どもが参加しているため、子どもの将来の具体的な見本と接することができ、その子どもたちから直接話を聞くことができる。どもる子どもにとっても親にとっても、成人のどもる人と話し、共に行動することを通して、具体的に将来をイメージすることができる。吃音を受容し、肯定して生きることを、楽しい雰囲気の中で無理なく学んでいく。

 「どもるのは僕だけじゃないことが分かってほっとした」(8歳)
 「高校生もどもっていたな。お母さん、僕もどもっていいの?」(7歳)
 「何でどもりになったのかという暗い気持ちから、どもりでよかったという明るい気持ちになった」(10歳)
 「2年の頃、よくみんなにからかわれたり、真似をされ泣いて帰ったが、3年生の時、キャンプに参加して、どもってもいいんだと分かってから、発表ができるようになりました。からかわれたら、『それがどうしたんだ』と言い返します」(10歳)

 どもる子どもは、どもってもいいんだというメッセージを受け、徐々に吃音を受容していく。吃音を隠したり逃げたりすることが減少する。学校でいじめやからかいにあっても、アサーティブに対応することができるようになる。
 「どもりであれば、教師やセールスの仕事などつけない」と思っていた親も、実際にその仕事についているどもる人に出会い、職業選択についての不安が軽減する。そして、子どものどもりをどうしても治したいから、治るにこしたことはないに変化する。
 親は、明るく前向きに生きる成人のどもる人と出会い、話をする中で、吃音症状に以前のようにはとらわれなくなる。キャンプに来るまでは子どもがどもっている姿を見るのは辛かったが、今は子どもがどもっていても平気でいられるようになったという父親がいた。

検\こΔ妨けての実践
 1986年、筆者が大会会長となり、第1回吃音問題研究国際大会を京都で開いた。11か国から34名の海外代表を含め400人のどもる人、臨床家、研究者が集う文字通り世界で初めての大きな国際大会となった。
 それまでは世界のどもる人のセルフヘルプ・グループは互いが連絡をとることはなく、また、どもる人、臨床家、研究者との交流はほとんどなかった。この大会をきっかけに、その後の国際交流の機運が一気に広がり、世界大会は、第2回ドイツ、第3回アメリカ、第4回スウェーデンと続き、念願の国際吃音連盟が設立された。筆者は3人の運営委員のひとりに選挙で選ばれ、25か国にまで広がった国際組織の運営にあたっている。また、どもる人の参加を積極的によびかける国際吃音学会も設立され、今夏第2回大会がセルフヘルプを大きな議題のひとつに選んで開催された。筆者もそのシンポジストとして参加した。
 1998年の第5回吃音者世界大会は、南アフリカで行われる。人権問題など様々な解決しなければならない課題のある南アフリカで、国際大会を開く意味は小さくない。吃音について、セルフヘルプ・グループについて関心があまりもたれていない国で、その仲間への支援の意味もこめられている。準備段階から各国の支援が始まっている。
 ワーキンググループはそれぞれの活動を展開している。吃音の資料を世界で共有するデータベースの整備がすすみ、インターネットのホームページを通して、情報が提供される。吃音児童年と銘打って、シンポジウムやワークショップを開くなど、どもる子どもへの取り組みがなされている。世界各国では吃音をとりまく状況はかなり違い、就職差別の厳しい現状が報告され、就職差別についての実態の調査が始まった。
 国際吃音連盟では、「あなたはひとりではない」のメッセージを世界に送り続けているが、課題は多い。財政的な問題で国際大会に参加できない国をどう援助するか、まだグループがない国にどうグループを作っていくかなどだ。そのため、WHOの登録団体となることが確認され、そのための交渉が進行し、法人化に向けても歩み始めた。
 日本がリーダーシップをとり、吃音を通しての国際交流がすすむのはうれしいことである。

V おわりに
 「治さなくてもいい、そのままのあなたでいいのだ」と、どもる人が吃音の受容を立場をとるのに対して、専門家は、吃音を治そうとする。専門家が治そうとすればする程、吃音は悪いもの、劣ったものとの吃音を否定する意識が強まり、それは自己否定に結びつく。
 自分を否定して生きることが、どんなに辛いことかと、セルフヘルプ・グループで得た価値観をどもる人が主張し始めた。だからといって専門家が不要なのではない。当事者と専門家が互いの主張を受け止め、ともにどう取り組むかが、今後の大きな課題だと言える。
セルフヘルプ・グループの価値観を広く社会のものとすることは、ひとりセルフヘルプ・グループだけでできることではない。人間性心理学の貢献を期待したい。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/7/5