島根県聴覚言語障害教育研修会報告 4

 週末の「新・吃音ショートコース」は、とても濃厚な、深い2日間でした。また、報告するとして、今日は、中断していた、島根県聴覚言語障害教育研修会報告です。
 今回は、1970年代から1980年代に提唱された、アーロン・アントノフスキーの「健康生成論」が、40年経った今、再び注目され、レジリエンスやポジティブ心理学と連動し、大きく注目されていることを受けて、それを吃音の教育・臨床に生かす話をすることにしていました。健康生成論について、一度でも聞いたことがあるかとまず質問しましたが、誰もいませんでした。一方的に講義のように話しても、新しい知識はなかなか入っていかないだろうと思い、今、みんなも知っている話題から入ることにしました。また、グループで話し合いができるよう、設定しました。
 「元農林水産省の事務次官が、ひきこもりがちな自分の息子を殺害した事件がありました。私の仲間には、ひきこもりの若者や、その家族を支援する仕事をしている人がいて、とても他人事とは思えません。そこで、あの元事務次官に、どのような<力>があれば、あの残念な事件を防ぐことができたか、グループで話し合って、後で報告して下さい」
 これだけ話して、グループで話し合ってもらいました。そして、各グループから出てきた話に、僕なりにコメントしていきました。僕と同年代のあの親の苦悩はとても理解できますが、どのような<力>が彼にあれば、あの不幸な事件は防げたのでしょうか。それを、僕は健康生成論的に説明していきました。

 1970年代、医療社会学者、アーロン・アントノフスキーは、アウシュビッツの強制収容所の想像を絶する恐怖を経験し、何年も難民であり続けても、健康な状態をもち続けた3割の女性はなぜ健康でいられたのか。彼女らへのインタビューから、その人たちの特徴を抽出したのが、首尾一貫感覚(Sense of Coherence)です。
 「ストレスフルな出来事・状況にあっても、その人の内外にある資源を上手に動員し、糧にさえ変えて、健康で元気に明るくいきいきと生きていくことを可能にする力」として、首尾一貫感覚として3つを挙げました。

把握可能感 自分の置かれている状況を一貫性のあるものと理解し、説明や予測が可能とする感覚。
処理可能感 困難な状況に陥っても、解決し、先に進める能力や、困難を乗り越えるに必要な“資源”(相談できる人やお金、知力など)があり、それを引き出せる感覚。
有意味感 いま行っていることが、自分の人生にとって意味のあることで、時間や労力など、一定の犠牲を払うに値するという感覚。

 元農林水産省の事務次官に、この首尾一貫感覚(Sense of Coherence)があれば、あの悲惨な事件は防げたのではないかというのが僕の考えです。
 「若者のひきこもり」について、親として、人間として、学んで整理していたら、長年続いた息子のひきこもりについて、「把握可能感覚」がもてたでしょう。そのチャンスは何度もあったのです。また、相談できる機関を調べ、SOSを出して一緒に考えてくれる人がいたら、「処理可能感」をもてたでしょう。そして、今、自分の人生にとって、息子の人生にとっても、この問題にちゃんと取り組むことに意義があるとの<有意味感>をもっていれば、息子と向き合い、取り組めたでしょう。そう考えると、僕は、残念でならないのです。
 このように、アントノフスキーの首尾一貫感覚は、今起こっている社会のできごとについて整理するときの視点を提供してくれます。
 そのような話をして、その健康生成論を吃音の教育・臨床に活用しようと提案したのが、午前中の3時間でした。吃音と健康生成論については、これから何度も触れることになると思います。午前中の3時間を受講して下さった92名のことばの教室、難聴教室、支援学級の担当者は、とても興味をもって聞いてくれているように僕には思えました。
 そして、休憩に入って、僕に対して質問を書いてもらいました。午後の最初にその質問のすべてに答えることにしました。そのことは次回に。

 2019/06/19 日本吃音臨床研究会 伊藤伸二