島根県での研修報告 2

 島根県の研修は、3日間行われ、僕は、その最終日の7日に、吃音を担当しました。午前3時間、3時間、計6時間の講義です。6時間しゃべっても、それでも、足りないくらいでした。
 前日の夕方、出雲空港から島根入りをしたのですが、夜には懇親会が開かれました。懇親会の会場は、ホテルの近くで、僕が着いたときには、広間に18人ほどが集まっていました。
 冒頭、事務局長の吾郷典子さんが挨拶し、その後、ひとりひとりの自己紹介が始まりました。それは、僕との出会いを織り込んだ自己紹介でした。
島根聴言研 懇親会6人 吾郷さんは、22年前、国立特別支援教育総合研究所の短期研修で、僕の吃音の講義を受けました。「しじみちゃん」という愛称で呼ばれていたのを思い出します。宍道湖のしじみです。そのとき、吾郷さんが僕に「島根にぜひ来てほしい」と言ってくれたのです。その年の年末年始、僕は恒例となっていた玉造温泉で過ごしていました。そのときに、前のブログに書いたように、暮れも押し詰まった、多分12月26日か27日頃に、研修会が開かれたのです。そんな日程だったのに、たくさんの人が集まってくれました。
 懇親会には、僕と初めて会うという担当者も参加して、おもしろかったのは、本は読んでいたけれど、著者の実物に会いたいと思っていて、会えてよかったと言ってくれた人がいたことです。本物がいる!という感じなのだそうです。ありがたいことです。
 ことばの教室のベテランの安部満明さんは、僕は忘れていたのですが、国立特殊教育総合研究所時代に、「ショートコース 吃音」という3日間の研修会で、僕の吃音の講義を聞いたのが最初だったと話してくれました。その研修会を企画したのは、島根県のことばの教室の草分け的存在の大石益男さんでした。
 大石益男さんは、島根県では、伝説の人です。僕が、大石さんに会ったのは、1975年でした。当時、大阪教育大学の教員だった僕は、その年、全国巡回吃音相談会で、全国を回りました。3ヶ月をかけ、35都道府県38会場で、吃音相談会をしました。その相談会で、多くのことばの教室の先生に会いました。大石さんも、その中の一人でした。島根県松江市の雑賀小学校ことばの教室担当だった大石さんが、会場設定から宣伝から、いろいろとお世話をして下さいました。そこから、大石さんとのつきあいが始まったのです。
 その後、大石さんは、国立特別支援教育総合研究所の室長になり、念願だった大学教授になって、松江に戻ってきました。ところが、残念なことに、これからという矢先に病に倒れ、亡くなりました。島根との関係で、大石さんとのことは外せません。大石さんは、「障害を治す、改善する」ではなく、その子どもの「暮らし」を大事にすることを貫いた人でした。吃音は、言語訓練ではなく、「自分と他者を大切に、日常生活で話していく」と主張してきましたので、僕と共通することはたくさんありました。基本的な考えが共通していて、同年代の大石さんとは、今後、いろいろな研究や実践ができると思っていたのに、本当に残念でした。懇親会の自己紹介で「大石益男」さんの話が出てくる度に、大石さんとのことを思い出していました。
 大石さんのピンチヒッターで講演したこともありました。大石さんは、病に倒れる前、静岡県の言語障害教育県大会で講演することになっていました。体調がすぐれず、代わりに講演してくれないとかと依頼を受け、僕は、静岡県大会で講演しました。
 また、チャールズ・ヴァン・ライパーの著作である『The Treatment of Stuttering』の本を翻訳しようと、吃音研究者や全国のことばの教室の担当者、どもる人などで、翻訳プロジェクトを立ち上げたときには、いち早く手を挙げ、参加してくれました。何度か合宿し、翻訳したものをみんなで検討していました。内須川洸・筑波大学教授を中心としたこのプロジェクトも、僕が他のことで忙しくなり、5回ほどの合宿で頓挫してしまったこと、今更ながら残念で、申し訳ないことをしました。
 また、大石さんと共通の友人だったのが、高知県のことばの教室担当者で、後に、京都大学医学部付属病院の音声言語外来に移り、さらに京都教育大学教授になられた川野通夫さんです。その川野さんのことも、昨年末、高知市に行ったとき、ブログで書いています。高知での相談会の直前に、川野さんのお連れ合いと電話で話したのですが、川野さんは、今年初めに亡くなりました。そんなことを思い出しながら、僕は懇親会の席にいました。
 島根大学教授の原広治さんも、懇親会にかけつけてくれました。原さんとも、古くからのつきあいです。
島根聴言研 懇親会全体 吃音一筋で生きてきて、いろいろな人とのかかわりがあって、今、ここにいるのだなあと、しみじみと幸せを感じました。二次会には、10人以上が参加し、12時近くまで、吃音について、子どもについて、教育について、話すことができ、いい仲間との時間を過ごしました。

 年間に6回も聴覚・言語障害教育の研修を組んでいる島根県。研修はもちろん、飲んで、しゃべるという文化が、人と人とを結びつけ、子どもの暮らしに活かされているのだと思います。そんな故郷のような島根での居心地のいい時間でした。
 さあ、翌日から、いよいよ僕の吃音の講義です。

日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/6/12