東京大衆歌謡楽団

 やっと初夏らしい陽気になりました。1ヶ月前は、桜と雪が共演していましたが、ようやく気温も落ち着いてきたようです。
 年末年始、東京にいましたが、そのとき、偶然、浅草の街角で、懐かしい歌声を耳にしました。声のする方に行ってみると、時代が逆戻りしたかのような雰囲気が漂う一角があります。歌は、懐かしい昭和初期の歌、歌い手はポマードでかためられた髪型で気持ちよさそうに歌っている、取り囲んでいる人たちは、僕と同年かそれ以上の人たちばかりで、これまた気持ちよさそうに手拍子をうちながら一緒に口ずさんでいる、そんな光景でした。これが、東京大衆歌謡楽団との出会いでした。15分間くらいだったでしょうか、知っている歌ばかりだったので、一緒になって歌っていました。
野崎観音2野崎観音1 大阪に戻ってから、インターネットで調べて、名前が分かり、5月2日、野崎観音で歌うことが分かったので、行ってきました。
 「野崎参りは、屋形船でまいろ」の歌で知られる野崎観音です。僕の家からは、電車で3駅。駅を降りたところから、露店が出て、とてもにぎやかでした。境内までは、かなり急な階段があります。境内に作られた特設会場にはすでにたくさんの人がいて、出番を待っていました。11時過ぎ、浅草で見たままの服装の4人が登場し、懐かしい歌を聞きました。
 西暦しか使わない僕は、新元号に浮かれているように見える今の雰囲気にとても強い違和感をもつます。しかし、昔の歌には何か心に残る歌詞やメロディーがあり、懐かしい気持ちになりました。
 吃音に悩み、苦しかった時代、つらいとき、僕は、吉永小百合の「寒い朝」が、つい口をついて出ていました。「北風吹き抜く、寒い夜も、心一つで暖かくなる・・・・くじけていないで手に手をとって・・・・」の歌詞です。今から思うと、論理療法のような歌詞です。
 今の歌はまったく歌うこともないし、覚えられないですが、昔の歌は、覚えようとしたつもりはないし、そんなに歌ったつもりもないのですが、口をついて出てきます。僕は、映画や文学、小説に救われたとの思いはあるものの、歌に救われたとか、元気になったという自覚はないのですが、「寒い朝」や「若者たち」を覚えているということは、何らかの力になっていたのかもしれません。
 同年代の人たちが、手拍子をうち、口ずさみながら楽しく聞いている姿は、いいものでした。新緑の野崎観音は、大勢の人であふれていました。
 
日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/5/2