『どもる子どもとの対話〜ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力』のうれしいレビュー

 金子書房から『どもる子どもとの対話〜ナラティヴ・アプローチがひきだす物語る力』が出版されたのは、昨年12月半ばでした。
 読んで下さった方のレビューがインターネット上のアマゾンなどで、いくつか目にとまりましたので、紹介します。ひとつ、強烈に批判しているものもありましたが、「吃音を治したい、治るはずだ」と考えている人には、「吃音と共に豊かに生きる」の主張は我慢できないものなのでしょう。感情的な批判ですが、ある明確な考え方を世に出したからには、強く反発する人がいるのは当然のことで、仕方のないことと受け止めています。
 吃音関係者だけでなく、ナラティヴ・アプローチ関係者も読んで下さっているようです。うれしいレビューがいくつもありましたので、肯定的なレビューを紹介します。

どもりながらサバイバル
 「これは洗脳だ」と酷評(というよりただの誹謗中傷)してらっしゃる方もいらっしゃいますが、読解力が絶望的にない方なのでしょう。勝手に誤読して、事実も捻じ曲げて批判してらっしゃいますし、レビューの日本語がひどいことも、この方の日本語能力を示していると思いました。
 第一、「吃音は治らない」と「洗脳」して、伊藤伸二さんに何の得があるというのでしょう(それでお金を稼いでいるわけでもなし)。ゆっくり話して切り抜けられるならゆっくり話せばよいし、どもらないように工夫できるのならすればよい(それと「治る」こととは違うでしょう)。だけど、ときにはどもって話す覚悟が必要なときもありましょう。
 その時その時で、柔軟にサバイバルしてゆけばよい。そして、子どもたちにはその力があるし、治療にエネルギーを注ぐよりも、サバイバルしていける力を養いたい。
 治そうと思って治るものではないものを治そうとし続ければ、不幸に陥るのは必然でしょう。どもって、ときには落ち込むこともありましょう。誤解されることもありましょう。だけど誤解されたなら、誤解を解くよう努めればいい。それもまたサバイバル。
 「治療モデル」ではなく「サバイバルモデル」。伊藤伸二さんの一貫した、現実的で柔軟な姿勢が伺えました。


最初に出会ってほしい本
 吃音・どもりに悩み始めたときに、どの本を最初に手に取るかで、その後の苦しみの大きさがたいへん異なってくることがある気がします。
 本書によって、吃音・どもりがあったとしても、「あなたらしく生きていっていいんだよ」というメッセージと共に受容される体験をしてほしいと思いました。そして、どもる子どもたちにかかわる大人も、「どもりの改善をしてあげられなくてもいいんだ、でも、ちゃんと子どもとかかわって欲しい」というメッセージと共に、今後の方向性を見出してほしいと思いました。
 どもることは、時によっては不便なものです。うまく言えないですし、話すタイミングも失うこともあります。でも、どもりが不便ということだけで、人は悩むのでも苦しむのでもありません。吃音状態が改善すれば、その苦しみや悩みが変わる可能性もありそうですが、ものごとはそんな簡単なことではないと言うことが、本書から見えてきます。
 「吃音・どもり」をマイノリティの問題として「読む」こともできます。本書は、ありとあらゆるマイノリティの問題にかかわっている人にも是非ともお勧めしたいです。


「強くなる」って、「弱さをしっかとハグすることなんだなあ」と感じる一冊
 結論は急がない方がいい。結論を急がないと、豊かな選択肢を自ら見つけ出すことができる。そして、結論は一つではない。そういうことを教えてくれる本だった。
 2章のどもる子どもと対話する先生たちの一言ひと言がすごくいい。答えを強いることのない質問が注意深く繰り出されている。極意を学びたい。続く3章は、ナラティヴ・アプローチの魅力を余すところなく理解可能にしてくれる。国重浩一氏の解説はとてもわかりやすい。5章、伊藤伸二氏のどもる子どもへの語りかけ、『どもる君に』。「あなたはあなたのままでいい」とは、どういうことかを具体的に伝える。
 「強くなる」って、「弱さをしっかとハグすることなんだなぁ」と感じる一冊でした。深いです。


子どもの成長のすごさ
 集団生活の中の子どものアィデンティティの成長に驚いた。先生との心の底からの会話も頼もしい。薬剤師の女性の吃音の変動も納得できる。どもってもどもらなくても一つの土俵をぐるぐるまわっているのだなと思った。土俵からはずれるのはどうしたらいいか。著者が開催されたワークショップ森田療法も一つの方向だとも思う。どもってもどもらなくとも吃音を相手にしないでそのものになって進んでいく。うつ病の場合は治療が必要だが。有名人でNHKファミリーヒストリーで丹波哲郎さんをしていたが吃音のため軍隊に入れなかったが戦後生きるために必死で働いていたら吃音が飛んでいって素晴らしい俳優さんになられた。白洲次郎さんは日本語より英語のほうがどもらなかったそうです。NHK仕事の流儀でアニメ監督の細田守さんは話さなくても済むアニメの仕事につかれたのにヒット作品が続出し世界にもノミネートされ、より話をしなければならなくなったそうです。最後に田中角栄首相のフメさんは角栄少年がからかわれて帰ってくると「言葉が不自由なのは、角栄の看板のひとつだよ」津本陽著 異形の将軍より 明治の女性は強かった。


生きやすくなるために
 ナラティヴ・アプローチは、「どもりがあるから」から「どもりがあっても」へと、当事者のストーリーを書き換えてくれる可能性を持っている。
 事例では、4章の「それぞれのナラティブが変わる」で、他からどう思われようが、自分の心、気持ちが変わっていけば生きていけること。その変わっていく様がここに示されている。自己再生の物語がある。ここで紹介されている事例が「どもる子」たちを導いてくれる。人は変われるのだということを。
 5章「どもる君へ」は伊藤さんからのメッセージだ。そこに示された、原因も分からない、有効な治療法もない爐匹發雖瓩鮖つ当事者がどうやって生きていくのか、生きていけるのかの指針が示されている。当事者やその関係者は一刻も早く、このメッセージに触れてほしい。


どもりとともに生きる生の声がつまった、宝物のような本
 どもりの当事者として全国のどもる大人、子どもと実際に対話を重ね、吃音に振り回されない自分の人生を歩んでいるたくさんの人に出会った著者だからこそ、文章に説得力があるのだろう。確かに治す努力の否定は書かれてあるが、治したいと思う当事者の気持ちまでは否定していない。どもりを受け入れるのは難しい。まずは自分がどもりだと認めることが、0の地点に立つ、すなわちどもりと向き合うことだと著者は書いている。そのために必要とされるのが、信頼できる人との対話である。
 本書には、その考え方のヒントとしてナラティヴ・アプローチの理論とともに、対話の実際がわかりやすく載っていることがおもしろい。どもる子どもとの対話、大人との対話、援助者との対話など、どこを見ても実に興味深い内容になっている。私がおすすめしたいのは、実際に消防士として働くどもる青年の話。さまざまな苦難に直面しながらも、自分の力を最大限発揮し、誠実に日々の職務にあたる彼の姿は、読んでいてとても清々しい気持ちにさせてくれる。


日本吃音臨床研究会 会長 伊藤伸二 2019/2/26